●恐山 神秘の力を使って不当にお金を稼ぐことは、容易である。 だがそれが『気づかれずに』とつくと難易度は跳ね上がる。経済とは世間の流れである。その流れに逆らわず、しかしその一部を掠め取るのは神秘の力ではなく奸智が必要となる。そしてそれを為すのが Fixer(フィクサー)と呼ばれる存在だ。 霧崎真人と呼ばれる恐山のフィクサードはその才を持っていると聞いていたのだが……。 「……お金の流れが分かった?」 「ええ。隠すつもりもないみたいね。素人なら誤魔化せる程度の隠蔽しかしていない。罠かと思うぐらいにあっさりとつかめたわ」 資料の束を纏めながら七瀬亜実は頭を抱えた。立場上は霧崎の部下に当たる彼女は、上司の行動を探るために暗躍していた。 霧崎は、『刺した物を低確率でエリューション化するナイフ』のデータ集めに躍起になっていた。そして霧崎は『W/END』と呼ばれるアーティファクトに執着している。幼いころ病魔に冒された自分を救ってくれた願望器。願ったものの魂を食らう破滅型のアーティファクトに。 「お金は霧崎の生まれ故郷に集められてるわ。そこで兵隊やらビルやらを買うつもりみたい。このままだと私達も兵隊としてそこに集められるわね」 「何のためにです?」 部下の質問に七瀬は肩をすくめた。皆目見当もつきません、とばかりに首を振る。 「使うと自分の魂を奪われる願望器に、すぐ死んじゃうエリューションを生むかもしれないナイフ。役立たずアーティファクトとしか言いようがないけど、このお金の動きは霧崎の本気……というか捨て身を感じるわ。なりふり構っていないわね」 七瀬は霧崎という男を想像する。同じ恐山のフィクサード。七十歳を超える老人は、けして臆病ではない。出るべきタイミングで活躍しているからこそ今の地位にいるのだ。それが一世一代の勝負に出ている。 「駄目ね。情報がたりなすぎる。もう少し相手の懐にもぐりこまないと」 「お嬢、気持ちは分かるが危険ですぜ。下手すると消されちまう」 「名目があればいいのよ。その街にアークの協力者がいるでしょう。それを利用させてもらうわ」 ●アーク 「お前等、スーツの準備はあるか?」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に向かって、説明を開始する。 「恐山のフィクサードが某町にあるホテルでパーティに出席する」 「はぁ?」 よくわからない前フリにリベリスタが首をひねる。 「そのパーティ自体は町の何十周年記念とかだが、それはいい。そこにアークの協力者が参加者として呼ばれることになった」 「まさか、彼等を暗殺するとか?」 「そいつはBADな作戦だぜ。恐山はその協力者に接触して、アークへの援助を控えるように交渉を持ちかけるみたいだ」 伸暁の言葉と共に幻想纏いにデータが送信される。皆一般人のようだが、それなりの地位を持っている。彼等の協力が弱まると確かに今後の行動に支障が出そうだ。 「せこい動きだなぁ」 「ロビー活動を侮るなよ。これはこれで有効な手段なんだぜ。 パーティ会場でで交渉をするようなので、適度に邪魔するかそれを止めるかしてくれ。連中は武装していないから、力技で攻めることもできるぜ。BADな方法だがな」 場所は普通のホテルだ。刃傷沙汰になれば、結構な事件になる。 「あと別の恐山フィクサードが別の場所で動いている。病院を探っているようだが……まぁ、今回の任務とはあまり関係ない。気になるなら追従してもいいぜ」 そして恐山フィクサードの情報も幻想纏いに送られてくる。『万華鏡』が補足した彼等の映像と一緒に。 ●再び恐山 「ああ、お姉さまは今頃ドレス着てパーティに出てるのね。シャンデリアに照らされるドレスのお姉さま……滾るわ!」 「そりゃ美しいこってすね。ナースいるから魔眼頼むわ」 「えいっ。なのに私は任侠崩れと病院でこそこそ泥棒真っ最中。お姉さまのためとはいえこの運命は酷すぎる!」 「大声出すなよ。……って任侠崩れってのは俺のことか? 崩れたつもりはないぜ」 「ふーんだ。お姉さまへの恋心を抑えて『お嬢』って言って忠義に誤魔化してるくせに。このハードボイルド気取り」 「お前みたいに年がら年中発情しているメスネコよかましだ!」 「違うわ。私はタチなのよ! ああ、でもお姉さまにリードされたい! 優しく、時に激しく! きゅんきゅん!」 「駄目だこいつ。やはり俺がお嬢を守らないと……っと、ここだ。壁を抜けて扉開けるぞ」 「ごたいめーん。さぁ、さくさく探しましょう」 「……と言う会話をしてはいますが、今のところ順調のようです」 「予想通りだけど順調ならいいわ」 「しかし見つかるとおもいますか?」 「見つからなかったら手詰まりよ。霧崎が病魔に侵されて入院していたころの記録。そこで何があったのか」 「……確信がおありで?」 「『W/END』は願いをかなえると魂を奪う。じゃあ霧崎の病気を治したとき、奪われた魂は誰のもの? 絶対にいるのよ。その誰かが。『W/END』と霧崎を洗って何もないなら、そこから情報を得るしかない」 「筋はとおってますな。となると狙うは」 「霧崎の通っていた学校の校長。入院していた病院の幹部。このあたりね」 「任務ですので、ホテルの方にも接触を」 「分かってるわ。『善意の盾』をふんだんにふるって行きましょう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月22日(木)23:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ジャミング?」 七瀬はテレパスが通じなくなったことを察し、会場内を見回し―― 「初めましてってトコか」 スーツ姿の『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)が声をかけてくる。このタイミングで話しかけてくるのは、そういうことかと七瀬は察した。驚きを隠し、笑顔で挨拶を交わす。 「ええ、始めまして。お一人かしら?」 「いや、あそこにもいるぜ」 ランディが指差す方向を見れば、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)を初めとしたアークのメンバーがいた。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)に『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)、そして『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)……。 七瀬の笑顔が引きつり、隠していた驚きがにじみ出る。 「……戦争でも仕掛けに来たのかしら、この構成は」 「成り行きだ。少なくともここでドンパチする気はねぇよ」 武装をしていないことをアピールするランディ。七瀬もその言葉を信じたのか、控えさせておいた石垣に合図して動きを止める。 「さすが『万華鏡』ね。神秘の要素は可能な限り排除したつもりなのに」 「お前さんたちが追ってるものに反応したんじゃねぇか。詳しいことは俺もわからん。 それより個人的にはお前に興味がある。以前言ったらしいな、守る価値がない奴はいる、と」 ランディは七瀬に向かって話しかける。 ランディが持ち出したのは、アークの過去の依頼だ。我欲に走り人を殺した一般人を神秘の脅威から守るリベリスタに、そんな男を守る価値があるのかと七瀬が揺さぶりをかけたことだ。 「言ったわね。そのことで責めるつもりかしら?」 「いや、俺もその意見には同意だ。あんな連中に価値は無い。だが、革醒者とそうで無い者、運命に愛されなかった奴の違いが『偶々』である以上、守る価値なんて生殺与奪を考える事が俺達の思い上がりなのさ」 「ご高説ね。運も実力のうちとは思うけど」 「そいつも否定はしない。俺はただ怠け者と弱い奴は勝手に死ね、と思うと同時に幸せも不幸も押し付けられるしかないこのルールが気に入らないだけだ。俺はそれをいつか破る為に自己の矛盾を通す」 それはランディのリベリスタとしての信念。七瀬はその信念を見せられ、瞑目してから息を吐いた。 「酷い矛盾ね。応援はできそうにないけど、健闘ぐらいは祈るわ」 ひらひらと手を振って、七瀬はランディから離れる。さて、ロビー活動開始だ。 ● 場所はパーティ会場から離れた病院。 「霧崎……六十年前……」 「ねえねえ。これもそうなんじゃない?」 「ああ、メモっとけ。……ストップ、何か様子が変だ」 ここは病院の資料室。神尾と波佐見が書類の束を前に奮闘していた。調べているのは昔の記録。それを調べているときに、違和感に気づく。 「恐山の。一先ずそこまでにして貰おうか」 「やあ、泥棒猫ちゃん。君の本当の探し物はそこにはないよ。そう、恋という探し物はね」 資料室に入ってきたのは 『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)と 『三高平最響』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)だ。 「……誰?」 「アークのリベリスタだ」 首をかしげる波佐見に説明する神尾。 そして術のために印を切りながら『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が移動していた。 「貴様達の上司が俺達の介入を予見して居なかったとは考えにくいのだがな」 「予想はしていたが、まさかここまで大物が来るとはなぁ」 拓真の言葉に頭を書く神尾。武装していない状態では勝てそうにない。 「君と俺とはよく知りあう必要があると思うんだ。プライベートアドレスでも教えてよ。素敵な男子を紹介してあげるよ。そう、酒ちゃんっていうんだけどね。あいつはとてもいいやつだよ! この俺が! 結城竜一が保障するさ!」 「か・え・れ」 一気にまくし立てる竜一を三文字で切り捨てる波佐見。 拓真と竜一が話しかけている間に、フツは術を完成させる。資料室を包むようにフィクサードを閉じ込める結界。『塔の魔女』直伝の封鎖術。それにフィクサードが閉じ込められたのを確認した後、フツは資料室に入る。 「素直に帰れと言って帰りゃしねえか。傷めつけて言うことを聞いてもらうぜ」 フィクサードの逃げ道を封じた後に臨戦態勢に入るリベリスタたち。 「うわ、本気っぽい。神尾っちどうする?」 「うーん……逃がしてくれそうにないしなぁ。とりあえずやるか」 勝率は低そうだが、逃げ道を封鎖された以上やるしかない。そんな表情でフィクサードは懐から武器を取り出した。 ● 「うん、それは聞いているよ。確かに前途ある子供を戦わせるのは、とは思うよ」 藤井は七瀬にアークの話を聞いて、難色を示していた。校長である藤井は学生を死地に向かわせるアークのやり方を示唆されて、気持ちがぐらついている。 七瀬もこれ以上強く追求はしない。先入観を植え付ければ、後は当人が事実を調べて判断するだろう。 「そんなことないよ」 そんな藤井に語りかけたのは夏栖斗。 「僕はさ、三年前から学生としてアークで戦ってるんだ。 確かにアークは年若い学生を戦場に駆り出している。そのまま帰らない子だってたくさん居た」 「……それは」 自分の学校にいてもおかしくない子供から事実を突きつけられ、藤井の心は大きく揺らぐ。 「怖くないかって聞かれたら、そりゃ普通の人より死は近いんだ。怖いにきまってる。だけど、力及ばずに誰かを助けれないことのほうがもっと怖い。 だからさ、割り切れないことも多いけど兵隊だなんて思ってないよ」 夏栖斗の言葉を藤井はかみ締めるように聞き、七瀬はあえて口を挟まずにいた。 「僕らはリベリスタだ。藤井センセが学生にいろいろ教えてくれるから、彼らも『リベリスタ』として戦えるんだ。 センセの教育が誰かの未来を作ってるんだ。それってすごいって、僕は思う」 「複雑な気持ちだよ。『リベリスタ』として危険に向かわせるのが正しいかどうか。だが私の教育が間違っているかどうか、それを判断するのは教育を受けた子供たちだ。 今は君の言葉を信じよう」 藤井は言って夏栖斗に微笑む。齢を重ねた先生でも、迷うこともある。だが、それが正しいかどうかは生徒達が証明してくれる。 「そういえばさ、センセ。『霧崎』って名前に心当たりない?」 七瀬が離れたのを確認した後で夏栖斗は藤井に問いかける。顎に手を当てて藤井は答えた。 「ああ、さっき七瀬さんも聞いてましたな。彼は……」 「失礼致します。アークより臨席致しました酒呑雷慈慟であります。お見知り置きを」 七瀬が向かうより先に雷慈慟が西尾に話しかけていた。七瀬もそこに割り込むことはせず、遠巻きに他の人と歓談している。 「我々の活動は数多くの者達で成り立っております。ですが身の丈に合わぬ案件も多く事故等も多々発生してしまいます。そういった折、貴殿の様な協力者の存在無くしては我々が満足に活動する事等、罷りならぬ事でしょう」 「最近は軍事兵器と交戦しているみたいだね。無茶をしすぎだよ」 「返す言葉もございません。日頃からの貴殿の御厚意、不肖酒呑雷慈慟、心より感謝の意を表明致す所存であります」 医者としての心配を、深々とした礼で答える雷慈慟。礼節に答えるように西尾も雷慈慟に対する心象がよくなる。 「僕らを守ってくれるとはいえ、無理はしないように。優先的にベッドは開けておくからね」 そんな言葉と共に西尾は去っていく。西尾は途中七瀬と歓談し、それが終わったところで雷慈慟が七瀬に語りかける。 「鏑木かなめの経過はどうか」 「概ね良好よ。兄の死を認めるにはもう少し時間がかかるけど」 会話に上ったのはある事件で七瀬が預かることになったリベリスタのこと。心配だったのだろうか、それを聞いて安堵のため息を浮かべる雷慈慟。 「先日は非常に残念だった。だが、我々が協力体制を取れないとは今だ想定していない」 「……溝は深いと理解してくれたと思ったけど」 「溝の深さを知れば、どの程度の橋が必要か知れる。そういうことだ」 雷慈慟は連絡先を書いた名刺大の紙を七瀬に渡す。 「利が無くとも我々が動く事は多い。我々を動かすのは概ね利ではなく理だからな」 「これはご丁寧に」 七瀬も雷慈慟に名刺を渡す。恐山の息のかかった会社の社長。そんな肩書きだ。 「皆で馬にでも乗りに来ると良い。歓迎する」 「鏑木かなめが完治したら送りに行くわ」 腹芸が苦手な雷慈慟に、笑顔で答える七瀬。この善意も七瀬の盾。溝はまだ、深い。 ● 病院側のリベリスタが侵したミスは、フィクサードの速さを計算に入れていなかったことである。リベリスタが動くより先にソードミラージュの波佐見と、回避に優れた神尾が動きを見せる。ポケットの中に忍ばせた鋏とメリケンサックを取り出し、一気に間合をつめた。 しかしフィクサードの武装は携帯用のサブ武器のみ。装備も意気込みもリベリスタの方が勝っていた。ミスを補う動きでフィクサードを攻め立てる。 波佐見の持つ鋏とフツの『魔槍深緋』が交差する。一瞬送れて神尾のメリケンサックの一撃を拓真がガンブレードで塞ぐ。金属音と打撲音が大きく鳴れば、間合を取り合う靴音が小刻みに響く。 竜一の二刀が袈裟懸けに波佐見を裂くと、フツが槍を回転させながら間合を取ってフィクサードの動きを封じる札を放つ。呼吸法により戦闘力を強化しながら拓真が神尾に問いかける。 「件の資料とやら、お前達は何処にあるか解っているのか? 七瀬の部下だ、当然優秀なのだろう」 問いかけと同時に心を読む。フィクサードたちはリベリスタを睨み―― 「うわー。これはかてないー。こうさんだー」 「ああん、ひみつをかいたメモもはげしいたたかいでおとしちゃったー」 あっさりと降伏した。波佐見にいたっては持っていたメモをわざとらしくリベリスタに方に投げる始末だ。 「……どういうことだ?」 「どうもこうもねぇよ。勝ち目ねぇ。情報渡して命拾えるならそっちを取るに決まってる。問答無用で閉じ込めるから暗殺されるかと思ったぜ」 顔を見合わせるリベリスタ達。 『むしろ、情報を渡してしまえって感じだったぜ。お嬢の命令は』 心を読んでいる拓真に対し、こんな一言を付け加える始末である。 「なるほど」 その意図に気づいたのは竜一だった。 「自分たちが霧崎の情報を取得してもよし。アークが情報を手に入れても、それはそれでアークが動かざるを得ないと見通している。 まさしく善意を盾にとったやり方だな」 「何のことかしらー」 空とぼける波佐見。その態度が竜一の推測を肯定していた。 何はともあれ、リベリスタは恐山が調べていた資料を見る。そこには一人の女性の名前が書いてあった。霧崎の病気が完治した日。その前後一日付近に亡くなった人の名前。 「なるほど。この人物が『W/END』を使い霧崎の病魔を払った人物か」 「『W/END』に魂を奪われ、今は亡き人。さてどんな人物だったんだ?」 リベリスタは書類を読み上げる。一番最初に書いてある名前を。 「『幸野愛理』」 ● 「我々は定期的に慰安旅行的な小旅行を催しています。此処も是非社内に紹介したい」 快は最上と歓談していた。七瀬よりも先に接触して、好印象を与えるためだ。 「はっはっは。気に入っていただければありがたい。時村財閥とは懇意にしたいですからなぁ。しかし身の安全を考えると……」 七瀬の揺さぶりが聞いているのか、若干弱気になる最上。しかしそれを予測していた快は笑顔で言葉を続ける。 「あちこちで未解決事件が起きていて、日本に本当に安全な場所は無い。自衛の手段は必要です」 自分達が貴方たちを守るために尽力しますよ、とアピールしながら七瀬のほうを見た。表情から察するに最上へのロビー活動は諦めるか、というところか。 「ところで、霧崎真人氏をご存知ですか? 最近急にこの街へ資金を集められているとか。いささか気になります」 「名前ぐらいは。……ふむ、注意しておきましょう」 さりげなく恐山への不安をあおりつつ、最上とはなれる快。そこに七瀬がやってくる。 「以外ですね。最上氏へのロビー活動に向かうと思ったのですが」 「箱舟のメンバーがやってきてるのなら、それを無視するほうが恐山としては不自然よ」 遠まわしに他にも恐山のメンバーがいることを示唆し、七瀬は一礼する。 「そちらの千堂さんや佐藤田係長にはお世話になってます」 「こちらこそ。壱子お嬢様の件ではお世話になりました」 軽い挨拶を交わしながら七瀬と快は時間を作る。その間に快の隣にいた悠里は病院側と幻想纏いで会話を行い、互いの状況を確認しあう。 悠里がランディに合図し、ジャミングを切ってもらう。 『恐山の監視があるかも知れないからハイテレパスで失礼するよ』 七瀬に笑顔を向ける悠里。ハイテレパスの会話中だと気づかれぬよう、七瀬は『風景を眺める』程度に悠里を視界に捕らえながら、飲み物に口をつける。 『霧崎の件で協力……は無理か。情報交換ぐらいの提携ができないかな? お互いに信頼し合える関係ではないけど、君達は上司である霧崎には手を出せないし妨害も難しい。僕達を利用するという認識で構わない。 病院側の二人の話を聞く限り、そっちもそのつもりみたいだし」 ああ、あっちにも相応に人数を割いていたのね。言葉なく会話を続けながら七瀬は先を促す。 『隠蔽が杜撰なのは、霧崎かあるいはその知り合いがきっと長くないからじゃないかな。誰かに自分の延命を願わせるか、あるいは誰かを生き返らせようとしているんじゃないかな?』 残念だけど、と七瀬が返す。『W/END』は性能的に死者蘇生ができないことを確認できている。そも、願った人間は魂を『W/END』に奪われるのだ。そんな危険なものに誰が願うというのか。ナイフによるエリューション化も短い時間で消えてしまう儚いものだ。 『じゃあ幸野愛理って人が霧崎のために『W/END』を使って魂を捧げたと仮定して……』 そうね、その仮定は間違ってないと思う。問題は『幸野愛理』を霧崎がどう思っているか。……現状で手に入る情報はこんなところね。 ハイテレパスの会話が打ち切られる。これ以上の沈黙は不自然と思われかねない。 「次に会うときは、戦場かしら。できるなら穏便に決着をつけたいわね」 七瀬は笑顔で告げて、リベリスタから離れていく。 「食えねぇ女だな。こっちが病院へ妨害することも織り込み済みか」 ランディが去っていく七瀬に向かって呟く。恐山の戦力二分は下手をすればアークに捕らえられる危険性を考慮した上での策だ。それだけあっちも切迫していたことになるわけだが。 「こっちも霧崎に関して色々話聞けたぜ」 「うむ、おそらく七瀬女史も同じ情報を得ているのであろうが」 夏栖斗と雷慈慟も藤井と西尾から色々情報を得て帰ってくる。 「ロビー活動の邪魔はできたみたいだな」 快は会話の感触からアークの協力者が態度を変えた様子はないと察する。一息ついて料理を口に運んだ。 「じゃあ病院組と合流しよう。情報を刷り合わせれば何か見えるかもしれない」 悠里の言葉にリベリスタは頷き、会場を後にした。 ● 「あー、アークの本気を感じたわ」 「そりゃこっちのセリフですよ、お嬢。あんなのガチで殴りあう相手ですよ」 「私はお姉さまのためならいつだって本気ですよ!」 「で、首尾は?」 「アークにも情報を渡しておきました。形の上では『病院から秘密を探ろうとしたフィクサードから"偶然に"霧崎の関係者の情報を得た』わけですが……無理がありませんか?」 「いいのよ。霧崎は事を急いでる。そっちを調べてる余裕はないわ」 「で、お姉さまのほうはどうだったんです?」 「霧崎は『W/END』で病魔を取り除かれたときに革醒したみたいね。で、そのとき『W/END』に魂を捧げたのが」 「……幸野愛理」 「藤井氏と西尾氏の話を総合するに、霧崎は彼女のことを慕っていたようね。命を助けてもらったこともあるけど、それ以上の感情を抱いていたみたい」 「……え? でもその人の魂は……」 「ええ、霧崎の健康を願った彼女の魂は『W/END』に囚われている。推測だけど霧崎の執着が願望器自体にではなく、彼女にあるとすれば」 「霧崎の目的は、『W/END』から幸野愛理の魂を解放する……?」 「ありえない話じゃないかもしれませんが、どうやって? 神秘の物品なんかとても素人が扱えるものじゃありませんぜ。作製者か、それ以上の魔力なり技術を持つ人間じゃないと逆に食われちまう」 「分からないけどそこに『ナイフ』が関わるんじゃないかしら? むしろ問題なのは」 七瀬は一泊置いてから言葉を続けた。 「想い人を助けるためとか恐山幹部の行動にしてはあまりにも私的すぎる。恐山に利益を生まない暴走が、何故ここまで許されてるの? 他の幹部が霧崎の行動に気づいてないはずがないのに」 霧を少し払いのけ、しかし闇はまだ深く広がっていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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