●プレイボール! 小石川 琢磨(こいしかわ たくま)は仲間たちとともにネット裏で試合開始を告げる審判の声を聞きながら、胸のうちでほんとうにこれでよかったのだろうかと自問を繰り返していた。 せめてこの試合が終わった後で、と言った仲間たちの気持ちは痛いほど分かる。だけど……。 魔眼でターゲットを近くのグランドへ連れ出し、せめて試合の真似事をしてやる、という琢磨の案は仲間たちに却下された。そもそも試合の真似事をしようにも人数が足りてなかったから、ダメ出しをされて当然といえば当然なのだが。 ――なに、あと2、3時間ぐらいは大丈夫だよ。 仲間内に広がったなんの根拠もない楽観に飲みこまれ、最後にしぶしぶ首を縦に振ったのだが、嫌な予感にだんだんと胃が固くなってくる。 熱い歓声を左右に聞きながら、琢磨は体を折った。 まるで祈りをささげているかのように。 ●8回の裏、二死満塁。 ここを乗り切れば勝てる。次は甲子園だ。 流れ落ちる汗をグローブをはめた手首で拭い、キャッチャーの出すサインに目を凝らした。 ミットの下に出た指がよく見えないのはこの暑さのせいかもしれない。先ほどから頭がぼんやりとして、ボールを握る指先がじんじんとしびれている。スタンドの声援がやけに遠くに聞こえた。 ――あ、やばい。 首を横に振ったとたん、体から魂が離れそうになった。 足の親指にぐっと力を込めて踏ん張る。 大丈夫だ、どこも異常はない。そうとも、あいつらの言ったことなんて信じるもんか。オレは生きている。 なのに目の前の景色はゆらゆらと揺れ続けて…… ――えっと、オレ、ここで何してるんだっけ? 左手が丸くて固いものを握っていた。なんだかわからないけど、これをアイツに投げなきゃいけないような気がする。 そうだ、アイツが邪魔だ。アイツが死ねば行けるんだ。 ――どこへ? さっぱりわからないけど、とにかくみんな殺してしまえ! ● 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ブリーフィングルームに集まった面々に万華鏡で予知した未来を語って聞かせた。 高校野球地方予選の決勝戦で、ノーフェイスのピッチャーが暴走。相手チームの選手やチームメイトたちだけでなく、審判や観客までも凶器と化したボールを投げて殺すという事件が起こるらしい。 アークの介入がなければ、事件は取材に来ていたマスコミによってニュースとなり、その日のうちに日本中、いや世界中の人々に知られてしまうだろう。 それは困る、とイヴは前髪を揺らした。 「このノーフェイス化したピッチャーはもちろん、彼に同情して試合に出させてしまう地元リベリスタたちの対処もしてほしいの。お願できる?」 問いかけに「できない」と言い出すリベリスタはいなかった。 そう、と短くこぼしてフォチューナは目蓋を伏せる。 「今から出発すれば試合開始の1時間前に球場に着くわ。残念だけどピッチャーの高堂和樹(たかとうかずき)はその時点ですでにノーフェイスになっている。事故にあったのは昨日の夜みたいね。地元リベリスタたちは9名。いずれも高校生。レベルは高くない……」 どう対処するかは任せるわ、と言ったきり、イヴは口を閉ざした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月25日(日)22:59 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● 「リベリスタ組織は認可制度と年齢制限付けた方がいいんじゃないでしょうか、マジで。正直彼ら現時点では『有害』としか言いようがありません」 頑として説得を聞き入れない地元リベリスタたちを前に、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は憤慨していた。まあまあ、と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)がとりなす。 「車に俺とあばたが集めた野球道具、その他もろもろ積んである。揃いのユニフォームも急遽アークが作ってくれた。選手の不足はアークの職員たちで埋める」 それでも、とごね続ける地元リベリスタたちの頭の上に、『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)の一喝が落ちた。 「ノーフェイスの出場は既に理を外れた試合であろう。なれば我や貴様ら……即ち異能の存在で彼奴の本気を受け止める、真の決勝戦を行うべきである」 『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)も言葉を添える。 「彼の青春、そしてその命は残念ながらここで終わる。それは必然であり、避けようの無い事実だ。ならば、せめて……」 全力で戦わせてやろう、という言葉にようやく地元リベリスタたちの気持ちが動いた。 魔眼をもつ小石川が高堂の連れ出し役を買って出た。 『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は笑顔で一同の顔を見渡す。 「という訳で、高堂君と最期の試合を全力でやるぞ!」 ● 「プレイボールッ!」 主審セッツァーの宣言で試合は始まった。 4回から6回まで、両チームともに得点なし。三高平側は高堂の投げる球にまったく手が出せず、高堂の通う竜華商業側は何人かがヒットを飛ばしはしたものの、チャンスの度に新田の好リードとピッチャーあばたの奮闘に翻弄されて点が取れていない。 そして迎えた7回表、竜華の攻撃。 トップバッターは竜華のユニフォーム、背番号2番をつけたキャッチャー・琥珀だ。バットを軽く振りながら左打席へ入っていく。 観客席に仕掛けられたラジカセから、ブラスバンドの演奏にあわせてメガホンを叩く音とリズミカルな声援が流れていた。実際のスタンドはがらがらなのだが、誰もそのことを気にしていない。 「琥珀! 狙っていけー」 琥珀は強く息を吐き出して腕の袖を引いた。 まず塁に出なければ話にならない。 「よし!」 ここまであばたは105球を投げていた。引きこもりのインターネットジャンキーにとっては重労働だ。 あばたは快の出したサインに小さくうなずくと、大きく肩で息吸ってから体を起こした。振りかぶり、キャッチャーミット目掛けて握ったボールを放つ。 「ボール」とセッツァー。 その後2つ続けて球はストライクゾーンを外れ、ボールが3つ先行した。ノーストライク、スリーボール。あばたは強打を意識するあまり、肩に力が入ってストライクゾーンへボールを入れることができない。 返球を受けたあばたの体が微かに揺れた。帽子をとり、額の汗を袖で拭う。空を仰いで熱い空気を胸に吸い込む。いまにも倒れてしまいそうだ。 しかし、三高平のベンチは動かなかった。 刃紅郎は「お菓子のホームラン王」を握りしめて立ち上がりこそしたものの、ベンチは出なかった。胸の前で腕を組んだまま、まっすぐマウンドを見つめている。 琥珀がバッターボックスに入り直して、再び試合は動きだした。 4球目、快の出したサインは内角低めのストレート。 あばたの指からボールが離れた直後に、キン、と快音が響いた。 やや外側へ逸れてしまった甘い球を、琥珀のバットがライトへはじき返したのだ。 ボールは左中間を割っててんてんと転がっていく。 白球を追うアーク職員の足はのろい。 「走れーっ!」 ベンチで狂ったように腕を振り回す高堂。 琥珀は1塁ベースを回り込んだ。がむしゃらに走る。 ようやく野手が拾った球を中継へ投げたときには、琥珀は2塁ベース上に立っていた。ツーベースだ。 竜華のベンチはチャンスに沸いた。 ノーアウトランナー2塁で迎えたバッターは背番号3番の小石川。そして4番の高堂へと続く。 ただでさえ強いプレッシャーがかかっているうえに、隙あらば3塁を盗もうとする 琥珀の動きに気を散らされて、あばたは小石川にファーボールを出してしまった。 1塁と2塁が埋まった。 ここで快が立ち上がった。ホームベースの前をはなれ、キャッチャーミットを高く構える。 あえて満塁にしても守り安さを取る。このメンバーで併殺を狙うのは虫が良すぎるだろうか。 どのみち高堂にバットを振らせるわけにはいかなかった。仮にも決勝まで駒を進めたチームの4番バッターである。ノーフェイスとなったいまは、只でさえ秀でた野球能力が更に高まっている。打たれればホームランも考えられた。 低いがよく通るセッツァーの、ファーボールという声を聞き、高堂が静かにバットを置いて1塁へ走った。 「内野、前へ出ろ!!」 刃紅郎はベンチを出て叫んだ。叫びつつ内野手に前進守備のサインを送る。 「全員、ダイヤモンドの内側へ!」 野球をやっているものならば、この局面でまずこんな指示は出さないだろう。万が一にも外野へ打ち上げられればお手上げだ。かかしの外野が奇跡的にもフライを落とさず捕球したとして、3塁の琥珀と2塁の小石川は確実にホームへ帰ってきてしまう。自軍バッターが高堂の球を打てない以上、2点差は致命的だ。しかもワンアウトでまだ高堂が塁に残る。 だが、監督を務める刃紅郎は、ここで相手チームに1点もくれてやる気はなかった。模擬戦もへったくれもない。戦いは恒に勝つ! 百獣の王の威信にかけて。加えて、快とあばたのバッテリーに対する絶対の信頼が、刃紅郎に前進守備の作戦を取らせた。 (頼んだぞ) 5番がバッターボックスに立ち、あばたの腕から気迫の一球が解き放たれる。 振り遅れて詰まった当たりは内野フライ。前進守備をしていたサードがマウンド横で、落ちてくる球を難なくキャッチした。 審判のセッツァーが『インフィールドフライ』を宣告してワンアウト。 ため息の波が竜華のベンチから、安堵の息が三高平のベンチから流れ出る。 (よし!) 厳しい表情はそのままに、刃紅郎も小さく拳を握った。 依然として満塁。だが、ひとつアウトをとったことで三高平バッテリー、いやナイン全員の緊張の糸がほんのわずか緩んだ。 あとは6番、7番と野球経験のない下位打線が続く。しかも覚醒者のバッターは一旦ここで終わりを告げ、8番と9番は人数合わせのため助っ人に入ったアーク職員だ。 正念場を無事乗り切った、という油断がピンチを呼び込んだ。 6番打者がスクイズを成功させた。まるで様になっていないへっぴり腰が、さっとバットを倒すや否や手本のようなバントの構えとなった。高めに外した球にちょんと当てただけのボテボテのピッチャーゴロ。だが―― 「えっ? ち、ちょっと……これ、どこに投げれば――」 あばたは判断に戸惑った。捕球で腰をかがめたまま、キョロキョロと顔を振る。 「GO、GOGOGO、GO!!」 砂煙をあげて琥珀が本塁へせまる。 その後ろ、重なるようにして小石川。 「あばたーっ!」 怒鳴る快に向けてあばたはトスを放った。 ゆっくりと、縫い目が見えるぐらいゆっくりと、快が広げたキャッチャーミット目掛けて山なりのボールが落ちていく。 そのキャッチャーミットの下を、ヘッドスライディングしてきた琥珀の手がかいくぐり―― 「アウトーーーッ!」 親指を立てたセッツァーの右腕が鋭く振りぬかれた。 五角形の一辺まであとほんの5ミリ。琥珀の指はベースに触れていなかった。 あわてて三塁に戻る小石川を、快と三塁手の覇界闘士が挟みうちにする。 しばらく、両者の間を行ったり来たりしていた小石川だったが、ついに球の入ったキャッチャーミットで背中を叩かれた。 スリーアウト、チェンジ。 刃紅郎は弾かれるようにしてベンチを飛び出すと、腕を高々と突き上げて吼えた。 ● 9回の裏。 一番バッターのスターサジタリーが見送り三振に倒れた後、監督の刃紅郎は試合の流れを変えなければ、と思った。 あばたはもう限界だ。次の回、登板はない。かといってあばたの代わりにピッチャーが務まる者がいるかといえば、これが実に心許なかった。 おもむろにベンチを出ると、代打を高々と告げる。 「代打! 細野に代わり――我!」 主審のセンツァーが呆れたように首を振るのが見えた。 (ふん…何を驚いておるか?) 刃紅郎はそのままベンチには戻らず、マウンドの高堂をにらんだまま、駆け戻ってきた2番バッターの細野から金属バットとヘルメットを受け取った。 途中、3番打者である新田と拳を軽くうちあわせてから進み、バッターボックス手前で立ち止まった。 ぶん、とバットを一振りする。 目に見えないスイングは強い風を巻き起こし、乾いた土を吹き飛ばした。続けて一振り、二振り。 ラジカセの電池が切れてしまったのか、はたまた王者の風格に気圧されたのか、グランドから一切の音が消えた。 (久々に血が滾る試合……学生時代を思い出す) 右バッターボックスに入ってすぐ、刃紅郎は大きくバットを構えた。ひよいと片足を上げて一本足で立つその姿はまさしく世界の王である。 タオルを頭に乗せて項垂れていたあばたは、ベンチの中まで吹き込んできた熱い風に顔をあげた。陽炎の彼方、バッターボックスに立つ刃紅郎をひと目見るなり、ピン○レディ? と呟いた。 横に座っていた地元リベリスタがなんのことやら分からず首を捻る。 分かる人にだけ分かればよい、と再びタオルの影に逃げ込んで、ネットジャンキーは細く笑んだ。 シーンは再びバッターボックスの刃紅郎に戻る。 「全力で来るがいい」 威風堂々たる刃紅郎の姿を見て、だれが「実は野球部に在籍していた事が一度も無い」などと思うだろうか。 実際、キャッチャーの琥珀もピッチャーの高堂も、すっかり刃紅郎の作り出した雰囲気に飲み込まれていた。 (ビビるな、高堂。どんなにスイングがすごかろうと、バットに球が当たらなきゃ飛ばないんだ) インコースに速い球を投げたのち、アウトコースに緩い球を投げ込んで打ちとる。だが、誘い球は甘すぎてはいけない。 高堂はそんな琥珀の難しいコース要求によく応えた。 しかし、肝心の誘い球に刃紅郎が一切手を出さない。 チェンジアップを見逃してツースリー。 真っ青な空の下、さっきまで凪いでいた風がいまはホームプレートからセンターへ向かって流れている。 一発サヨナラの局面にバッテリーが選んだのは、高堂自慢のインコース真っすぐ。 だれもが固唾を呑んで見守る中、6投目が投げられた。 高堂の帽子が飛ぶ。 刃紅郎の胸の前を横切った白球が、琥珀の構えるミットの中へ吸い込まれていく。 ミットを叩く球の音にかぶさって、セッツァーの美声がダイヤモンドを越えて響き渡った。 「ストライーーーック! バッターアウト!」 …… ……… むぅ……… 刃紅郎は片足を下ろすと、バッターボックスを静かに去った。結局、一振りもせず、否、振ることすら出来なかった。 出番を待っていた新田が立ち上がる。 「先程の“熱気”が届いていると信じる。さあ、我と“彼ら”に魅せてみろ―― “この夏一番の感動”を」 「もちろんだ。いままでの俺の打席……いや、みんなの頑張りのすべてを、このバットに込めて打つ!」 高堂との勝負のため、こだわって使い続けた木のバット。快は強く握りしめた。 その肩を、ぽんと軽く叩いて刃紅郎はベンチに戻った。 (延長か……) 9階の裏。ツーアウト、ランナーなし。 ネクストバッターボックスを出て、スイングを繰り返しながら打席に向かってくるのは4番、キャッチャーの新田。 高堂は小早川を3塁へ送り戻すと、ホームに背を向けてスコアボードを見つめた。 ずらりと並んだ0の文字が揺れる。ここにきて小早川のおまじないも効力が落ちてきたようだ。目をしばたいて意識にかかる霞を必死に振り払う。 今朝から、いや、昨夜からどうも調子がおかしかった。体の動きなら文句はない。絶好調だ。9回まで投げて疲れもほとんどなく、このまま延長戦にもつれ込んでも最後までいい球を投げられる自信がある。だけど―― 集中力に欠けた。勝ちたい、と強く願う欲求が回を重ねるごとに薄れていく。どうでもいい、とすら思えてくる。ベンチで、マウンドで、自分が何をしていたか分からなくなることも度々あった。 「バテたか、高堂? お前ならまだまだ行けるだろ!?」 いつのまにかキャッチャーの琥珀がマウンドに来ていた。 高堂は口元をグローブで隠して、大丈夫、と短く返す。 「ならいいんだ。なんかこう……ぼおっとしていたように見えたんで。よし、じゃあ記録塗り替える心算でいこーぜ!」 「ラーメン」 「へっ?」 「この試合に勝ったらラーメン食べに行こうぜ。奢ってやるよ、お前だけじゃなくて一年生全員な」 高堂はグローブで口を隠したまま、相手ベンチへ真剣な表情を向けて言った。 「しかし、神さまっているんだな」 くるくると変わる話題についていけず、琥珀はスパイクの先で土をならしながら、なんの話しだい、と聞いた。 「ん。あのさ、オレを除くレギュラー全員が食中毒を起こしたって聞いたときはさ、絶望で目の前が真っ暗になっちまったよ。正直、終わったなって」 「…………」 「でもさ、怪我の功名っていうの? おかげでいいキャッチャーと出会えたよ。3年の飯田さんはこの大会で引退だ。同じ2年の本木には悪いけど、春は琥珀、おまえとバッテリーを組む」 琥珀は唇を噛んだ。土をならしながら、ただうなずく。 この試合に勝っても負けても、ノーフェイスとなった高堂に明日はない。そのことはリベリスタの1人として依頼に加わった琥珀もよく分かっている。 だからこそ顔を上げられなかった。 「あ、ああ。でも、まずはこの試合に勝たなくちゃな」 精一杯、平静な声を繕ったつもりだった。が、語尾が心情を写して揺れた。気まずさを隠しきれなくなって、琥珀はホームに戻った。 「まだいけそうか?」 打席に立つなり快が呟いた。 琥珀はマスクをかぶると、返事代わりに拳でミットを叩き、ゆっくりとベースの前にしゃがんだ。 両翼から敵味方の視線を集めつつ、快はユニフォームの三高平の文字に右手を置き、ゆっくりとバットを回す。 「よし、こいっ!」 主審のセッツァーがプレイの声をあげる。 ピッチャー高堂振りかぶって第一球。 ――初球打ち! ボールは三塁線左へ切れた。 ベンチを出ていたあばたの前を勢いよく転がっていく。 天を仰いだ高堂が顔を戻したとき、その目が赤くなっていることに快、琥珀、セッツァーは気づいた。 セッツァーは予備のボールを琥珀に手渡したあと、三塁側の三高平ベンチへ顔を向けた。刃紅郎とあばたにそのときが近いことを知らせるために。 (がんばれ) プレイが再開され、琥珀は歯をくいしばりつつミットの下からサインを出す。 「うぉっ!?」 外角低めを狙った152 キロの直球が内角高めへ抜けて、快の左手を直撃した。 体の開きが早くて球が抜けてしまったのか―― 否。 デットボールの宣言に上げかけたセッツァーの腕が止まった。 マウンド上の高堂が血の涙を流していた。引きつれた笑いの中に狂気が浮かんでいる。 「非覚醒者は直ちに退避せよ!」 ベンチから刃紅郎が飛び出した。すでにグランドに出ていたあばたが、マウンドへ駆け寄ろうとした三塁小早川の腕を掴んで引き止める。 マウンド上の高堂が投球の構えに入った。 「逃げるなッ!!」 快の一喝で全員の動きが止まった。 「逃げるなよ、高堂! 勝負はまだついていない!」 痛みを堪えてバットを構える快を見て、琥珀は腰を下ろした。竜華ナインも守備位置へ戻る。刃紅郎とあばたはコーチズボックスへ入った。 (こうなりゃどんと受けてやるぜ。投げてこい、高堂。情熱の直球を!) 高堂がしっかりと前に足を踏み出して、大きく腕を振る。 指先を離れたボールが熱を張らんで白く光る。 快がバットを振った。 芯で情熱のストレートを捉え―― 木片が飛び散った。 かまわず快はバットを振りぬく。 球は――!? 「ホーームラン! ゲームセッット!!!!」 青空の彼方へ白球が消えた瞬間、背番号1の肩が落ちた。 ● 高堂の人としての意識もまた、白球とともに飛び去ったようだ。 刃紅郎とセッツァーがまずアーク職員たちを避難させた。続けてこの試合で体力を使いきった感のある地元リベリスタたちを逃がす。 その間にあばたとダイヤモンドを回りきった快が、フェーズの進んだ高堂を押さえ込んでいた。 ――極力苦しませないように。 琥珀がゆっくりとマウンドへ向かう。 ――出来れば腕は傷つけたくない。 琥珀の目配せに気づいたあばたがラップネストで高堂を捕縛、身動きを封じる。 「……ありがとう。俺は高堂和樹という投手を忘れないよ」 快の別れの言葉が終わるのを待って、琥珀がとどめのカードを放った。 人のいなくなったグランドをセッツァーの悲しみを秘めた歌声が風とともに流れていく。 「花は…咲く、そういつかまた生まれてくればいい。花は何度でも美しくまた咲くのだから」 ――またいつかあおう |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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