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その先に見えるもの


「……皆、大丈夫?」
 僅かに上がった息を整えながら、少女が周囲の状況を確認する。
 周囲にはゾンビ、ゾンビ、またゾンビ。わらわらと沸いてくるゾンビの群れが、大きな輪をゆっくりと狭めるように進行してくる。
 囲まれているのは少女を含めた5人。そのいずれも無事であるのを確認してから、少女はちらりと自分の隣を見る。
「沙羅、大丈夫?」
 隣の――文字通り自分達の生命線たるホーリーメイガスの少女、天枷沙羅は若干気を悪くしたように頬を膨らませながら応える。
「大丈夫だよー。これくらいで回復切らしたりはしないから安心してよ」
「ん……別にそっちの方は心配してないけど、体力的に大丈夫かなって。まだ歩ける? きついなら私がおぶるけど。あ、翔。そっち、左側にゾンビが結集しつつあるからちょっと散らしておいて」
「あぁもう、相変わらず人使い荒いなっ!?」
「とか言いつつ何だかんだときちんと役割はこなしてくれる、そんな翔が大好き?」
「疑問系で言われても嬉しくねぇーー!」
「悪いね、ちょいと頑張ってこっち片付けるから、一人で暴れてておくれ」
 言って、ショートヘアを揺らしながらゾンビと切り結ぶ少女の息は大分上がっている。
「……萌、衝動に身を任せすぎると後が持たない。ここは私に任せて少し後方に注意を向けておいて」
「お生憎様、このくらいでバテてちゃソミラの名折れだよ。ようやく体が温まってきたところさ。そっちこそ配分を間違えるんじゃないよ。こっちはただでさえ手数が足りないんだから」
「わかってる……けど、流石に向こうの手数が多すぎて後手に回らざるを得ない」
 どこからか飛んできたナニかを反射的に盾で叩き落す。
 ソレは腐ったゾンビの腕だった。
「ん……六花、そのまま萌の援護に回って。ここにある物資だけなら、しばらく私だけで耐えられるから」
 足元に転がってきたソレを眉を顰めながら踏み潰し、少女は六花に萌のサポート指示を飛ばす。
「もう、やっぱり私みんなのお荷物扱い……私だって少しは我慢できるんだから、葛葉ももっと前に出ていいんだよ?」
「はいはい。私一人じゃ全部は庇いきれないし、半々になるくらいには流すから、まずはそこから頑張って」
 ダガーを飛ばして翔の援護をしつつ、葛葉と呼ばれた少女はその奥に嫌な光景を目撃する。
「……今回の目標を若干修正しなきゃ、かな。夜が明けるまでにこいつらを掃討。もしくは、できるだけ数を潰してからの戦線の離脱。皆、死なないように頑張って」
 視線の先。さらに十数体のゾンビの出現に、葛葉はちらりと時間を確認する。
「今夜は長い夜になりそうね」
 ――夜明けはまだまだ遠い。


「えっと、皆さんは『楽団』を覚えていますか?」
 ブリーフィングルームに集まって早々に『あさきゆめみし』日向・咲桜(nBNE000236)が口にした単語。それはこの場に集まった者全員に嫌な出来事を思い出させる。
 あの無差別な惨劇があってから、もう随分と時が経つ。
 その後も様々な事件が起き、その解決に東奔西走して。……まさか今更その単語を聞くことになるとはと表情を強張らせるリベリスタ達を見て、咲桜が慌てて訂正をする。
「あ、と……安心してください。今回の事件は直接『楽団』とは関係がありません。むしろ焦点はその時の被害者……いえ、アークと同じように立ち向かったリベリスタの方達です」
 それは咲桜が担当した東北地方の集団――『家族』、と互いを呼び合い相互扶助をモットーに活動を続けていた者達。
「当時の襲撃でその大半が『楽団』に取り込まれてしまい、後に私達の手で還してあげたわけですが……その時に5人だけ、その『楽団』の魔の手から逃れられた方達がいるんです」
 東北地方が襲われたとき。動けなくなった本隊と別れ、奏者を探し続けたグループ。
「『家族』の中でも若く、才気に溢れたグループで……次世代を担う者達として期待を寄せられていたようです」
 彼らが別働隊に選ばれたのは、5人でも奏者を倒せるだけの実力と……万が一、見つけられずに戻ってきたとき。全滅した『家族』の姿を見ても無謀なことをせずに撤退を選べるだけの決断力を持っている。そう、リーダーから見込まれていたから。
「そしてそのグループはその後、実際にリーダーの見込み通りに戦場から離脱して、それから今まで潜伏しつつ力を蓄えてきていたわけですが……その、なんといいますか。先の事件でゾンビにトラウマができてしまったみたいでして」
 まぁ、親しい人間が全員ゾンビになって襲ってきたりすればその光景がトラウマになってしまうのもわからないことではない。
「ただ、ゾンビの類はリベリスタとして活動する中でも割とよく見かけるタイプですし、このままではいけないと一念発起してゾンビ掃討の仕事を請け負ったみたいなんです」
 トラウマを克服する準備として力を蓄え、正面突破で打ち破る。その前向きな姿勢は敬意を評するには十分だろう。
 そこになんの問題が? そう首を傾げるリベリスタ達に、咲桜は苦笑しながら応える。
「一匹のゾンビを見かけたら百匹のゾンビがいると思え、ではありませんが……その仕事、本当なら15人から20人程度の規模で取り掛かるべき内容なんです。……結論からいうと、今、すごくヤバイ状況だったりします」
 ゾンビ大量発生は、どうやら5人が突入した廃墟となったホテルの最上階に放置されていたアーティファクトが何かのきっかけで起動してしまったことが原因らしい。
「……何より問題なのは彼らが請け負った依頼は「ゾンビの討伐」という内容であり、ゾンビが発生した原因等については一切知らないという点です」
 そしてアーティファクトは自らが生み出したゾンビが倒されるのを感知することができ、それを補完しようと次々とゾンビを生み出しているらしい。
 つまり。彼らがその場に留まり続ける限り、ゾンビの大量発生は止まらない。
「なので皆さんはまず、最上階へと向かってそのアーティファクトの破壊をお願いします」
 幸い、アーティファクトは目下の敵を「彼ら」に定めているためゾンビはそちらへ集中している。その隙をついて最上階へと向かい、速やかにアーティファクトを破壊してほしいと。
「アーティファクトが破壊されても、既に生成されたゾンビは消滅しないようなので……それが終わったら、彼らの元まで応援にいってあげてください」
 普段の彼らなら残りのゾンビも苦なく撃破できるだろう。だが、今回は既に疲労困憊の状態であることに加え、
「……彼らにはトラウマがあります。おそらく一人でも戦闘不能に陥れば、その倒れる姿が……件の光景をフラッシュバックさせて集団パニックを起こすだろうと予想されます」
 そして連携が乱れ、撤退もままならぬまま全滅。
 トラウマを克服しようとして、見事にトラウマに飲み込まれ、その末に最悪の結末を迎える。
「……今回の件もそうですが」
 咲桜がやや難しげな顔で呟く。
「実力的には十分にあるはずの彼らですが、依頼の度、かなりの頻度でこういった危機的状況に陥っているようです。その原因は彼らの実力不足云々の問題ではなく……絶対的な情報力不足」
 現在の彼らは組織として何とか体裁を整えているものの、まだまだそういったところにまで力を注げるほどの余力はない。
 そこで、と咲桜はリベリスタ達へ自らがつけていたペンダントを服下から取り出して差し出す。
「これは少し前、お願いをして回収してきてもらったアーティファクトです。まぁ、少しだけ手を加えさせてもらってますが」
 澄んだ透明を青色をたたえるそれは、色こそ異なるものの回収に携わった者達が見れば確かにそれとわかる姿形をした――未来を見通すことが出来る石だった。
「以前よりも効果と適合者を限定的に絞った物です。私では精度を少し落とさざるを得ませんでしたが……逆にこれくらいが安全であると判断しました」
 それを、向こうの側にいるある少女に渡して欲しいとお願いする。
「本当は、こちらの傘下に入ってくれれば一番なんですが……突然に言って了承されるなんてありえませんからね。まずはパイプを繋いで……繋ぎなおして、関係を補強するところから始めましょう」
 とりあえず、それまでは……この石が、ぎりぎりの綱渡りを繰り返している現状を脱し、他へ目を向ける余力を取り戻すまでの御守りくらいにはなるはずだと。
「彼らもアークの存在は把握しています。……『家族』と対立し、しかし『家族』に安眠を与え、事件を終息に導いたアークの存在に、内心複雑な物があるでしょうが……だからこそ、わだかまりを解くきっかけを作らなければいけません」
 ですから、と咲桜は腰を折る。
「彼らとよりよい関係を築けるように、よろしくお願いします」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:葉月 司  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年09月07日(土)23:14
 お久し振りです。ようやくOPを出すことができました、葉月司です。
 今回は前々からやろうと思いつつ放って置かれていた元『家族』達のお話です。
 彼らは全員で5人。簡単なジョブ構成は以下の通りです。


・樗木葛葉・・・リーダー。まだ17歳前後の少女ながらメンバーの中で最年長。レイザータクトで後衛からの戦闘指揮を担当。

・天枷沙羅・・・回復を担当するホーリーメイガス。メンバーの構成上長期戦になりやすく、その為安定して高回復量を供給できるよう特化した性能を持つ。

・橘六花・・・メンバー随一の耐久力を持つダークナイト。傷ついた仲間の楯となって時間を稼いだりすることが主な役割。

・水切萌・・・アタッカー担当のソードミラージュ。最前線で敵の波を掻き分ける役割を持つことが多い。

・常葉翔・・・萌と同じくアタッカー担当のソードミラージュ。メンバー中唯一の男子。そのポジション故か、遊撃を担当し危険な敵陣に突っ込み敵を攪乱させることを得意とする。


 石の適合者は沙羅と呼ばれるホリメの少女。
 戦場は廃墟となったホテルの中で時間帯は夜明け前のため、灯り等は必須かと思われます。
 ホテル内の構造はお客様が使用する表エリアと、従業員が行き来するための通路がある裏エリアがあり、彼らは表エリアの一階ど真ん中……中央ホールで死角を作らないようにしながら戦っています。その為に戦いやすく、そしてゾンビも集まりやすい状況。非常口から侵入し、裏エリアを進んでいけば殆どゾンビとも遭わずに最上階(10階)へ向かうことが出来るでしょう。
 流石にアーティファクトのある階での戦闘は免れませんが、ゾンビが出てくる部屋があればそこがアーティファクトの置かれている部屋です。中はぎりぎり8人が立ち回れるだけの広さがあります。
 アーティファクトは2mほどの棺の形をしており、蓋をこじ開けるような形で中からゾンビが這い出てきます。

 今回の依頼はゾンビを生成するアーティファクトを破壊し、沙羅に石を渡すまでが成功条件です。
 交渉の仕方によっては今後彼らが敵に回ったり、石を受け取ってくれなくなる可能性がありますのでご注意ください。
 また、今回の接触で彼らのアークに対するスタンスを決定します。彼らの今後は皆様次第です。

 それでは長くなってしまいましたが、今回もお付き合い頂ければ幸いです。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
ホーリーメイガス
シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
ホーリーメイガス
汐崎・沙希(BNE001579)
ナイトクリーク
椎名 影時(BNE003088)
クリミナルスタア
★MVP
藤倉 隆明(BNE003933)
デュランダル
双樹 沙羅(BNE004205)
プロアデプト
椎名 真昼(BNE004591)


「……嫌な臭いだね」
 廃ホテルの非常口から侵入した直後から漂う異臭に、かつての出来事を思い出しながら四条・理央(BNE000319)が呟く。
 視認出来る範囲にゾンビはいないのに、ここまで漂う強烈な腐臭。それは確かにあの無限に近いゾンビ集団を相手にした時を彷彿とさせるには十分だろう。
「まったく……本番で、なんでトラウマ相手にしたの。死んじゃうよ?」
 それとも、自殺志願者なの?
 理央と同じく『楽団』との因縁を思い出したのか――尤も、ここに来た者でそれを想起しなかった者はいなかったが――『Lost Ray』椎名・影時(BNE003088)の言葉は辛辣だ。
 だがそれも命を大切に思うからこそ。
 それを知っている『Le Penseur』椎名・真昼(BNE004591)が実の妹を軽く窘める。
「そういう言い振りはよくないよ、影時」
 その声に、影時が驚いたように後ろを振り向く。
「……あ、兄さん居たんだ知らなかった」
「ひどいな。向こうを出るときから一緒にいたじゃないか」
 妹の毒舌っぷりには慣れたものなのか、肩を竦めながら飄々と受け流す真昼。
「……まあ精々怪我しないことだね」
「ありがとう」
 影時の言葉を素直に受け止められるのも長年兄をやってきた貫禄か。
 ともあれ。影時の言葉は少々きついが、また事実でもあるのだ。
「敗北を乗り越える、か。それ自体は間違ってはいないが……準備を怠るようでは、な」
 例え当人にとって準備万端だったとしても、結果がついてこないのであれば同じこと。
 何が足りてないかを自覚する余裕も無く前を向き続ける姿勢は好ましくもあるが……
「再戦こそ確実なる勝利を期す物。全ての情報を解析し、全ての状況を想定し。確実な勝利をもぎ取るべき物である」
 だからこそ、『欺く者』オーウェン・ロザイク(BNE000638)はそう断じる。
「ま、でもせっかくここにはゾンビがいないんだしさ、さっさと向かっちゃおうよ」
 で、どっち向かえばいいわけ?
 暫く進んだ先で現れた分かれた道。手を翳して左右を見渡すのは『デストロイヤー』双樹・沙羅(BNE004205)だ。
『――ここから右にまっすぐ。二つ目の分かれ道を曲がった先に中央ホールに向かうドアがあるわ』
 事前に頭に叩き込んできた見取り図を思い出しながら、『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)が念話で皆に告げる。
「で、オレ達はこっちかな」
 千里眼を駆使してホテル内部の構造を確認していたのか、真昼が左側の通路脇に設置されたドアをこんこんと叩きながら言う。
「この向こう側に階段が見えるから、ここから何とか10階まで上がろう」
『――じゃあ、ここで皆に翼の加護をかけておく』
 真昼の言葉に、再び沙希の念話が聞こえる。
 発声を極端に抑えながら沙希が息を吐けば、皆の背中に小さな翼が現れる。
「……どうぞ、ご武運を」
「そっちは三人ぼっちの行軍だ。無茶は仕方ねぇが無理はすんな」
『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)の無事を祈る声と、『悪童』藤倉・隆明(BNE003933)の注意を促す声にふと左を見れば、光源の先に現れるゾンビの影。
「いざとなったら壁壊して逃げ道作っちゃうから安心してよ★」
 言って、ドアを潜る者に背を向けて走り出すのは沙羅。その後ろに理央と沙希が続き、背の翼を利用して滑空する。
「後ろのゾンビは無視するとして……先に何体か見えるね。どうする、やっちゃうかい?」
 一つ目の曲がり道を突っ切り、――中央ホールに近づいているからか、暗視で見える範囲に数体のゾンビがぽつぽつと見えはじめて、沙羅が二人に確認をとる。
「向こうから襲ってこなければ無視。合流困難になった時だけこの場で陽動。合流までなるべく温存の方向でいこう」
「了ー解、とっ!」
 同進行方向に歩くゾンビの背をたんと飛び越え、その勢いで天井を蹴って更に加速する。
 その後もゾンビの左右を掻い潜り、二つ目の曲がり道を折れて、
「……ま、ここまで戦わずに来れただけでも上出来だーね」
 おそらく倒れたゾンビがストッパーになっているのだろう。開きっぱなしとなっているドアの先に蠢くいくつもの濁った眼が三人を捉える。
 その群れがあっという間にドアを塞ぐ壁になるのを見て、仕方ないと三人は臨戦態勢を取る。
「後ろのゾンビ達に追いつかれる前になんとしてもここを抜けるよ!」
 理央が素早く魔法陣を描き、そこから出現する矢が前方のゾンビの足を幾体も貫きその動きを鈍らせる。
「はい邪魔邪魔ー」
 そこへ沙羅が追撃の一撃をゾンビ一体の上半身に浴びせて吹き飛ばす。
 下方からの攻撃でバランスを崩されていたゾンビ集団は吹き飛んでくる仲間ゾンビを受け止めきれず、ドミノ倒しのように倒れていく。
『――今のうちに、ゾンビの上を通っていきましょう』
 明滅する翼を補強するように翼の加護を掛け直し、沙希が飛ぶ。
 ゾンビを飛び越え、一気に中央ホールへと抜け、見えたのは――まさしく死屍累累の光景。
 倒れたゾンビをゾンビが踏み躙り、階段や別の侵入口からぞくぞくと現れては中央へと流れていく。
 家族らはその中で腐肉に足を取られないよう何度も位置を調整していたのか、積み重なるゾンビの数の明暗がはっきりと分かれているのが見てとれる。
『葛葉、向こうに新手の影発見!』
『翔、落ち着くな。ありゃ生きた人間だよ』
『……萌。生きてるから安全、味方とは限らない』
『なんで、こう次から次へと……! うぅ、胃が……!』
『ほら、落ち着いて葛葉。深呼吸ー、ついでに神の愛ー』
 かすかに聞こえる家族らの声を沙希が聞き取り、沙羅と理央に伝えれば、
「……なんか、意外とよゆーそう?」
 沙羅はやや拍子抜けしたように首を傾げ、
「そうかな? ボクは無理して普段通り振る舞おうとしてるんじゃないかなって思うけど」
 理央が別の見解を示す。
 ――と。そんな三人の右手側を閃光弾のような物が転がっていき、強烈な光と音を立てながら炸裂してゾンビの動きを一時的に制圧する。
 ぎりぎり三人に影響を与えない絶妙な位置に放たれたそれは――紛れもなく、彼ら家族からのファーストコンタクト。
「そこの人達! ここは現在、ゾンビに包囲されている。こちらと敵対の意志がないのなら今すぐそこから避難して!」
 そこ、と差された先はおそらく正面玄関へと通じる最短距離。先の閃光弾はその道を確保するためのものだろう。
 敵か味方かも不明な相手に対して、まず真っ先に逃げ道を確保してやるとは根が良いというか何というか。
 やれやれと肩を竦めながら、沙羅が言う。
「こっちはアークだよ。落ち着けよ、戦士だろ? 支援してやるから、生きる事に死ぬ気になれ」
 手にした大鎌を振り回し、立ち上がりかけたゾンビの首を刈って支援の意思をアピールする。
「アーク……!?」
 が、彼の行為そのものよりも、彼の言葉の方に家族らが色めきたつのがわかる。
 その声に含まれる感情には頓着せず、ただその一言で簡単に動揺を起こす家族に向けて、沙羅が一喝する。
「落ち着けっつってんだろ! あぁ、もう。言葉で言うよりもテレパスの方が早そうだ。ってことで、よろしく」
『――了解』
 沙羅に任され、沙希が頷いて家族ら5人とテレパスの回線を繋ぐ。
 念話の最大の利点は、慣れれば会話よりも短い時間で情報を共有できること。そしてこちらの感情をダイレクトに伝えることができる点だ。
 僅か数秒でこちらの持つ手札を開示し終えた沙希が最後に一言。
「お願い。今は共闘して欲しい」
「……貴方達の情報が本当なら、確か共闘は嬉しい。けど、一つだけ。……貴方達がアークだという証拠を、提示できる?」
 おそらくリーダーの葛葉の声だろう。そう尋ねる声に、理央が頷く。
「『彼ら』と最期に戦った人がメンバーにいるよ。一段落したら、会って話を聞いてみるといいと思う」
「………わかった。共闘を受け入れる。でも正直こっちからそっちに向かうのは厳しい状態。飛んで、こっちまで来てくれると助かるかも」
 葛葉の言葉を聞いて、まずは第一関門はクリアとほっと胸を撫で下ろす理央。
「さて、あっちは大丈夫かな……?」


 理央、沙希、沙羅が家族と合流を果たす頃。残りの一行はようやく10階へと辿り着こうとしていた。
「これで四体目、だね」
 狭い階段上での遭遇は、数こそ少なかったものの戦闘自体は避けれず、若干の苛立ちを隠さず影時が呟く。
「そろそろこちらのことが察知され始めた頃でしょうか」
 影時の気糸が動きを封じ、シエルの羽が巻き起こす魔風がゾンビを切りつける。
「どっちにしろ、ここが最上階だ。気付かれてようがどっちだろうが突っ切るのみ、だろ?」
 辛うじて膝を付かずに立つ状態のゾンビの頭を隆明が打ち抜き、ゾンビが完全に沈黙するのを確認する間もなく客用通路へと繋がるドアに手を掛ける。
「と、翼の加護の効果が切れそうだね」
 お疲れ様、と散る翼を労いながら真昼が倒れるゾンビの心臓を一突きし、
「ここからが本番だ。気を引き締めていこう」
 皆に注意を促す。
 その言葉に頷きながら隆明がドアを開き、まずは確実な戦闘スペースを確保するために躍り出る。
「……結構、いるね」
 続いて出た影時が暗視の能力で視界内のゾンビの数を確認すれば、その数は十体ほどか。
「部屋から出てきてる様子はなし。列を組んでもないから突っ切れそう」
「んじゃ、往くぜ!」
 言うやいなや、一同は駆け始める。
 襲い来るゾンビの攻撃は受け流し、背後に回ってはその背を蹴って転倒させる。時に気糸を駆使しながらひたすらに繰り返す。
 やがて、
「見えた……この突き当たりから二つ手前の部屋」
 影時の暗視がゾンビの出てくる部屋を確認し、オーウェンが透視とOwl Visionを使って部屋の状況を確認する。
「ゾンビが部屋の入り口付近に密集しているな……」
 ならばとオーウェンは自身の体を物質透過を用いて壁の中へと侵入させていく。
「道は押し開こう。合図と共に侵入を」
 言って、隣の部屋からアーティファクトのある部屋へと侵入する。
「突入前のお約束、とな」
 そして投擲するは神秘の閃光弾。
 ほぼ不意打ちに近いそれは半数以上のゾンビがショック状態を起こさせ、無事だったゾンビの大半がオーウェンへと矛先を変えて入り口から離れる。
「今だ、通りたまえ!」
 その合図にリベリスタ達が突入し、開かれた道を更に押し広げる。
「あれが棺……!」
 シエルが視線の先で、棺が一度に五体のゾンビを吐き出すのが見える。
「魔風よ……在れ!」
 這い擦り起き上がろうとするゾンビを巻き込みながら棺に翼が生み出す魔風を浴びせかければ、
「硬い……!?」
 階段でも得たゾンビの柔らかい死肉を裂く感触と同時に伝わる棺の硬い感触に、僅かに目を見開く。
「それだけわかれば十分だ!」
 隆明が突き出したナックルダスターの銃口が火を吹き棺の周辺のゾンビを乱射する。
 閃光弾のショックから抜け出し始めたゾンビ達には目もくれない。
「それはオレの役目、かな」
 攻撃力に自信はないが、それでもやれることはあると真昼は気糸を張り隆明へと接近するゾンビを絡めとる。
「ありがてぇ!」
 身動きの取れなくなったゾンビを蹴り飛ばし、その反動を利用して壁に張り付き一気に天井まで登り張り付く隆明。
 ここから目指すのは棺の真上。
「俺ぁさっさと下に行きてぇんだ、置物が邪魔すんじゃねぇよ!」
 天井からの吶喊。重力をも利用した一撃は棺をこじ開けようとしていたゾンビの腕ごと押し潰し、部屋中に重い音を響かせる。
「……邪魔だよね、いらないねこんなもの」
 部屋の中央でゾンビの注意を引きつけるように舞う影時も、ゾンビの間隙を縫って棺への攻撃を繰り返す。
「臭い生ごみを生成するアーティファクト……さっさと消えろ、目障りだよ」
 そうやって誰もが隙を見ては棺を攻撃する中、シエルだけは仲間の動きに鋭く目を配っていた。
「癒しの息吹よ……!」
 ゾンビの一撃一撃は軽く、しかし量が多い。
 気が付いたら致命傷という事態を避けるべく、こまめに全体治癒を施しながら状況を確認する。
 影時や真昼。時にオーウェンの放つ範囲攻撃がゾンビを沈黙させる速度は、棺がゾンビを生み出す速度を僅かに上回っている。このまま時間を掛ければ確実に棺を破壊できるだろが……
 ――どん。どん!
 シエルが背にするドアに、戻ってきたゾンビが殴打する音が聞こえる。
 客室用のドアは頑丈に作られているとはいえ、ゾンビの猛攻にいつまで耐えられるか。
「急がねばなりませんね……。棺は壊せそうでしょうか!?」
「あぁ、あちこちにひびが入ってきた! もう一押しってところだぜ!」
 拳を……いや、全身を赤く血に染めながら、それでも隆明が力強く状況を報告してくれる。
「あと一息……」
 ならば、自分がその一押しとなろう。
 皆に聖神の息吹をかけて体力を回復させてから、
「皆様、私も棺の攻撃に専念いたします。しばしのサポートをお願いします!」
「任せて。ばっちり守るよ」
「じゃあ、影時はオレが守るね」
 影時がシエルの側に立ち、その二人を庇うように真昼が前に立つ。
「……必要ないのに」
 そう言う影時に、真昼は苦笑を浮かべる。
「例え必要なくてもオレの意地の問題。これくらいは張らせてくれよ」
「では俺はこちらをサポートしよう」
 二人がシエルをサポートするのを見て、オーウェンは隆明の方へと動く。
 新たに生まれるゾンビの前まで駆け、
「爆ぜろ!」
 その思考の奔流を具象化させ吹き飛ばす。
 そして視界が開けたところにシエルの生み出す魔風と隆明の拳が何度も打ち込まれる。
「うぉおおぁぁらぁ!」
 それは何度目の打ち込みか。再び拳が割れるのも厭わずに殴り続けた成果がようやく結実する。
 一番損傷の激しい箇所へと吸い込まれるように叩き付けられた一撃に、棺はどす黒い光を溢れさせ――パリン!
 硬質な物が壊れたとは思えない澄んだ音を響かせて、棺が瓦解する。
「しゃあっ!」
「皆様、大丈夫ですか!?」
 隆明が喝采を上げ、シエルはすぐに聖神の息吹を詠唱して皆の傷を癒す。
「ふむ。後は向こうと連絡を取り、掃討戦だな」
「ぐずぐずしてる暇はねぇ、直ぐに向かうぞ!」
「インスタントチャージで少しでも回復させながら向かおうか」
「向こうは今、結構安定して戦えてるみたい、かな」
「では私達もこの部屋の残りと、向かってくるゾンビを倒しながら向かいましょう」
 どうやら最悪の事態にだけは陥らずに済みそうだとほっとしながら、しかしある意味最大の難関である家族らとの対面を果たすため、5人は休む間もなく再び駆けだした。


「……で。さっきまであんなに仲良く共闘してたのに、なんでこんなに気まずくなってんの?」
 結局。全てのゾンビを掃討し終えたのは日が完全に昇ってからだった。
 そこから一息付き、改めてアークから代表してシエルが現在の状況をしている――ところで、妙な空気になっていることに気が付いた沙羅が首を傾げながら呟く。
「あー、うん……まぁ、仕方ない、んだと思うよ?」
 その隣で微妙に困ったような笑みを浮かべるのは天枷沙羅だ。
 名前に同じ字が入っているという点で妙なシンパシーを得た二人を除いて、――特に隆明とその他の家族らはひどく複雑な表情をしていた。
「――以上から、フォーチュナーが居ると居ないではだいぶ違うのです。そのことは、今回のことで痛感されたかと思います。箱船との関係は今すぐ決める必要はありませんが……せめて【この石】を、私達の為ではなく、貴方達『家族』の為に受け取って頂けませんか……?」
 シエルの言葉に続いて、
「俺からも、頼む」
 ずっと沈黙を保っていた隆明が一歩前に出て、頭を下げる。
「お前達の在り方は……『家族』のあの叫びは、言葉は、俺の魂に響いた。すごく眩しいモンだった。あの時の後悔を繰り返したくねぇ。だからお願いだ。俺達に、お前らの力にならせてくれ」
 隆明の真摯な言葉に、葛葉が動揺するのがわかる。
「私、達は……」
 震える唇が、
「迷ってる……」
 彼女の心を表すように。
「それがお母さん達の願いだったのは知ってる。だけど……どう言い繕っても、私達は『家族』を見捨てて逃げたのは、事実……。そんな私達が『それ』を名乗っていいのか。そう在ろうとしていいのか……迷ってる」
 だから。その迷いを振り切る為の、この戦闘だったのだと。
「この石は、受け取っていく。確かにこれは、今の私達にとって必要なもの。……だけどごめんなさい。それ以外のことは、少し……考えさせて」
 石を受け取り、最低限の礼をしながら……葛葉達が背を向ける。
 その後ろに申し訳なさそうな表情の沙羅が付いていき、
「なぁ!」
 その背中に隆明が声を張り上げる。
「お前達がそうであろうと決めたなら、いつでもいい。アークに来い! それで……俺と『家族』にならねぇか?」
 その言葉に返事は返ってこない。だけど、きっと隆明の想いは伝わったはずだ。否、伝わっていなかったなら何度だって伝えてやるまでだ。そう、隆明は強く決心する。
 彼らは機会を得た。
 その機会は、絶対にいつか、アークと繋がる。
 ならばそれを信じるまでだ。
 だってそれが、
「――お前らのいう『家族』っていうもんだろ?」
 隆明にとっての、眩しいものなのだから。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
皆様、お疲れ様でした。
今回はいつにも増して皆様のプレイングからの取捨選択が難しいリプレイとなりました。
書いては削りを繰り返しながら、少しでも凝縮してお伝えできていれば幸いです。
今回、MVPを藤倉隆明氏に捧げたいと思います。
氏の言葉は、彼らの産みの親である私としても非常に嬉しいものでありました。
それはもちろん、私だけでなくきっと彼らにとっても。
今はまだ難しくても、その言葉はいずれ彼らを大きく成長させることでしょう。
そういった少年少女の成長も描いていけたらなと思いつつ、今回はこれで失礼させていただきます。
またどこかで見受けることがありましたら、どうぞよろしくしてやってください。