●ランタン掲げた君は誰? 郊外の墓地は人々の記憶から忘れ去られたかのように、日中であっても人の気配はなく、蔦や草木ばかりが生い茂っている。 ましてや深夜ともなると、人どころか獣さえも近付きたがらないかのように、風だけが寂しく吹き荒んで口笛を奏でる。 木の葉を揺らしたざわめきが、形なき霊魂達の悲鳴のようにさんざめき、何処で、誰が鳴らしているとも知れない鐘の音が、荘厳さも失われて幽玄な響きで聞こえてくるだけだ。 或いは、その寂寥を誘う佇まいこそが、人々の好奇を惹き付けて已まないのかもしれない。 墓の中心に立つ骸骨を抱える聖母像の上へと腰を下ろした少年が、長くゆったりとしたローブの下で、影に隠れた口許を楽しげに綻ばせていた。 そこには聖母像を足蹴にしている躊躇いも戸惑いもなく、寧ろ下にしているのが聖なる名を冠する石像であることさえも知らないかのようだ。 少年の歯が、手にした板状のチョコレートをパキリと砕き割る。 咀嚼するというよりも、口周りをべとべとにしながら舐めて溶かし、汚れた指先までも甘さに染まった舌で丁寧に拭ってからローブの裾で拭き取った。 手にした杖は、恐らく少年の背丈を越える程もあるだろうか。 ぶらぶらと無造作に、枝切れを扱うように揺らす頂で、ぶら下がったランタンが杖の動きに合わせゆらゆらと淡く光を揺らめかせる。 「ヒトって馬鹿だなぁ……」 不意に零れた甲高い声は、未だ稚い響きを色濃く残していた。 けれどそんな幼い響きとは裏腹に、どこか達観したような、哀れみと侮蔑を織り交ぜた口調で言葉を零す。 「近付かなければ安全なのに、ね。どうしてだろう、『好奇心は身を滅ぼす』なんて、自分達の作った言葉じゃあないか」 くす、くすと、ゆったりとした笑声だった。 楽しむように、哀れむように、見下すように笑いながら、少年が更にひと欠片、チョコレートを砕き割る。 「知らなければ幸せなのに。近付かなければ安全なのに。――でも、仕方ないよね? それが人間なんだもの」 誰に言うともなく、少年の唇が歌うように言葉を紡ぐ。 否――敢えて言うならば、それは惨めな亡骸への、芝居がかった哀れみだった。 雲間から顔を出した月明かりが、柔らかな地面を、墓場を――……地から生えるように天へと伸ばされた、もがき足掻くような幾つもの『腕』を照らし出す。 肉を失い、色を失い、歪に差し伸べられる人骨の腕が、さながら白い花のように忘れられた墓地に幾つとなく咲き誇る。 微笑む少年が口許を汚しながら、パキリとチョコレートを噛み砕いた。 午前三時。化け物の蠢く刻限を告げよとばかりに、生温い風が枝葉を揺らす。 ――――…………何処かで、鐘の音が聞こえていた。 ●誰も知らないあの子は何処に? 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)のもたらした情報を要約すれば、それは以下のようなものになる。 一、郊外の西洋墓地に、『死霊案内人』を名乗るアザーバイドが出現すること。 一、肝試しを始めとして、特定の時刻にその墓場を訪れた者が、悉く行方不明になっていること。 一、ただしこのアザーバイドが、行方不明者に直接関与している証拠は、今のところ浮上していないということ。 以上の三点から、アザーバイド『死霊案内人』への対処が任務として下されたということだった。討伐という内容にならなかったのは、三つ目にある『直接的関与が確認されていない』という、ただ一点だけが理由に他ならない。 「……情報にある限りでは、『死霊案内人』が我々に敵対する意思はないようです。しかしだからといって、抵抗しないということには繋がりません」 資料を捲りながら、和泉が現状で知り得ている情報をリベリスタ達に伝えていく。 「『死霊案内人』が現れるのは、午前零時から午前三時の間。行方不明者が生じているのもこの時間帯になります。――皆さんにはこの間に現場へと赴き、『死霊案内人』への対処をお願いします」 アザーバイドと同時に発生した複数の行方不明者、という時点で、最早彼らの生存は絶望的だということは明白だった。 けれど微塵にも私的な感情は表に出さず、飽くまで淡々と機械的に任務内容の説明をして。 和泉は平穏とは言えないだろう現場へと向かうリベリスタ達に、「お気を付けて」と短く声をかけたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月07日(土)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――鐘の音が、響いていた。 何処か遠くから聞こえるような、それでいて近くから聞こえるような、捉え所のない響きだ。 「……聖母像があるならば教会や鐘があっても良いのですが」 遠く鐘の音を背後に敷いて、『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)の言葉が墓地に落ちる。言いながら幼い掌が触れ撫でるのは、月の光を浴びる聖母像だ。 「好奇心は猫をも殺すというけど、なるほど。肝試しにはもってこいのロケーションだね」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の口からは、そんな声が零れた。 「いなくなってしまった人達はどこにいったのかな……? 無事だといいけれど……」 『小さな青のお友達』言乃葉・遠子(BNE001069)が呟いたが、それはやはり希望的観測だ。頷く者もいれば無言を貫く者も、返す反応は様々であれ――明確に、“答え”を口にする者はない。 一方、柔らかさを持つ墓土を靴底で確かめていた『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は小さく吐息を洩らすと、墓場そのものを視界に納めるように周囲を眺めた。 「土の下に何かある――と。そういう訳でもないようね……」 「周辺に教会とかがあるのかな……? それとも案内人さんが鳴らしているのかな……?」 「教会なら、少し先にあるみたいだよ。余り近いとは言えないけどね」 不意に注いだ声に遠子が顔を上げれば、聖母像の上に黒いローブが揺れていた。手にした杖の先で、カンテラが鈍く淡く光を揺らめかせる。 「さて、敵か味方か。難しいな、こういう場合」 「敵ですか……」 敵意というには淡いながらも明確な言葉に、『三高平妻鏡』神谷 小夜(BNE001462)が苦笑めいて表情を僅かに曇らせる。 「信じる。そう口にするのは容易いね? でもキミ達の方もボクを味方とは見てないでしょ」 像の上で多弁に笑うアザーバイドに、不意。聖母像の前に立った『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が頭を下げた。 「初めまして。私は犬束うさぎと申します」 「……初めまして、『死霊案内人』です」 礼儀正しく頭を下げられたことが意外だったのか、ぽかんとした様子で見詰めたアザーバイドがおもむろに聖母像から飛び降りた。 「チョコお好きなんですか? もし良ければこれどうぞ。お土産です」 「う、うん……ご丁寧にどうも」 そんな小柄の来訪者の手元を指したうさぎが持参したチョコレートを差し出すと、何処かたじろいだ様子で受け取る。 「こんばんは、案内人さん……。私は遠子です……名前を聴いてもいいですか……?」 「なんだかなぁ……チョコで買収されてる気がする」 同じようにチョコレートを差し出しながら穏やかに声をかけられて、此方も同様に受け取りながら案内人がぼやく。 「気の所為、気の所為。あ、こっちのチョコ食べる? とりチョコ。流行ってんだぜ」 軽く流した『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)もまた持参した菓子を取り出せば、フードの下で案内人が首を傾げる。 「とりチョコ? 鳥が入ってるの?」 「いや、流石にそれは……鳥の形してるってだけ」 ふーん、と零した案内人が、それでも新たなチョコレートを受け取って、他の贈り物と共にローブの袖に落とした。そこが収納場所になっているらしい。 「我々、ここで起きてる行方不明の原因を調べてるんですが、何かご存じないですか?」 「知っているといえば知っているし、知らないといえば知らないね」 「というと?」 「目の前で死んだ人間なら僕が埋めた。でも、中には素直に逃げ帰った人も居たからね」 うさぎに対しそちらは知らない、と、淡々と答える案内人の言葉に、遠子が微かに眉を顰める。 「そう――本名があるのなら教えて頂戴」 「……まぁ、これだけ沢山貰って名乗らないのも失礼かな」 再び名を問う氷璃の言葉に呟いたアザーバイドが、チョコレートをひと欠け口に放り込む。 「渡し守、ゴースト、ファントム。色々呼ばれるけど、ブギー・ブギーっていうのがお気に入りかな」 「……本名を、と、そう言ったのだけれど」 「ボクの居た世界にそういう思考はないんだ。向こうの出身者で名前を持っているなら、それは自分で名付けたか、誰かに貰ったかしかない。ボクは後者だよ」 その言葉が終わるより早く――まるでなんということのない手遊びのように、氷璃の手の内で日傘が傾いだ。 ● 空気が揺らぐその先で、黒く影のような鎖が蠢き、神秘の片鱗に絡み付く。 エリューションと呼ばれる、世界の“異常”。 それらの数多と対峙してきたリベリスタという存在にとって、神秘を前に挑むことに戸惑いも躊躇いも存在しない。 やはり僅かな隙もなく長槍を構えたフツを中心に展開された結界が、獲物の匂いを嗅ぎ付けたように集まってきた『無念体』を捉えるなり、異相をなした神秘の数体が格段に動きを鈍らせる。 「アークって知ってる? 普通の人間が知らないこと……神秘って言って通じるかな。それ関係専門の組織な」 「私達はその、世界護持・神秘防衛を目的とする専門機関の者なんです」 敵を前にしながらのフツと、そして彼の言葉を補足するように繋いだ『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)の言葉に、アザーバイドは地を蹴ると聖母像の上へと呆気なく戻って座り込み、あっさりとした態度で頷いた。 「噂程度には聞いてるよ、風変わりな集まりがあるって」 「風変わりっていうと?」 「助けたり、殺したり。殲滅したり、生かしたり。自由だね」 さも愉快そうに笑う案内人に、フツの表情が苦笑に変わる。 対して敵前へと飛び込んだうさぎの手がステップに合わせて閃けば、落ち行く滴の形を残した刃に切り裂かれたエリューションの怒号か嘆きか、風の音とも付かない響きが墓場を揺らす。 「無作法だけど許してね、まずはこの無念体倒すのは、構わない?」 「ご自由に。彼らの意図は僕には関係ないからね」 「では遠慮なく」 疑問を呈した夏栖斗にアザーバイドがあっさりと頷き肩を竦めると、ロマネが呼応するように腕を振るった。――蔓薔薇に百合、絡み付き、或いは刻まれた花々が月明かりを浴びて揺らめく中で、少女の、少なくともそう見える幼い姿の全身から放たれた気糸が無念体を次々に貫く。 「君はこの世界の祝福をうけてる存在だけど、元の世界に戻ることはできるの? 決まった時間以外は何処へいってるの?」 「戻れた筈だけど今は分からないかな。それに、ボクが渡り歩いているのはこの墓地だけではないし」 疑問を重ねた夏栖斗に対し、単なる会話好きなのか、それとも本当に菓子を餌にして釣られたものか。 アザーバイドは次々と畳み掛ける質問に一定のトーンで答えながら、眼前の戦闘も気にせず菓子を頬張っている。 「それじゃ別の質問――君はここに来る人間たちをどうしてるの?」 放たれた武技が飛び道具さながらに夜気を裂き、動きを阻められたエリューションを的確に切り裂いた。 ――まずは一体。だがそんなことよりも、聖母像の上へと向けられた金色の瞳を捉えているのか否か、像に座した案内人の口元に浮かんだ笑みは貼り付いたかのように動かない。 「自分の世界に引き込んでたりするの?」 再び重ねられた夏栖斗の言葉に、笑んだ口許がチョコレートを砕き割った。 指先で溶けた油脂を舐め取ると、次の菓子に指を伸ばす。 「愉快な質問だ。逆に尋ねるけど、そうすることでボクに何らかの利点は生まれるのかい?」 「へ? それは……分からない、かな」 「ボクにも分からない。毒にも薬にもならないことに手を出す趣味はないからね」 「つまり、お前さんが行方不明者をどうこうしたんじゃないってことだな?」 「殺すという意味でなら、今のところは何もしていないよ。――此処ではね」 小さく付け足された声は、月光を照らして翻るフツの長槍の生んだ風鳴りに飲まれて響かない。呟きを拾い上げることが適ったのは間近に居たロマネだけだったが、彼女の灰色をした双眸は緩やかに瞬いただけで言葉を紡ぐことはしなかった。 「では、この世界に来た目的は?」 純白の翼が風を生み、低く宙を舞う氷璃の手の中で日傘がくるりと回った。 「仕事中に好奇心で遊びに来たら帰れなくなった、なんてオチなら自業自得だけれど――」 水色の瞳がちらりと揺れ動いてフードの姿を捉えたが、視線を向けられた本人は相変わらずチョコレートを咀嚼するばかりだ。 「チョコを食べ続けるのは嗜好品として、かしら? それとも回復を続けなければ身体が持たない?」 「……ボクにとって、このお菓子は媒体だよ」 「媒体ですか?」 「チョコレートの成分が、そのまま癒してくれる訳じゃないってこと。だから嗜好品だね」 聞き返した小夜に、これ以上は秘密だよ、等と惚けた口調で告げた案内人が口元に人差し指を当てる。 「それとさっきの質問。この世界に来た目的を語るつもりはないよ、悪いけど」 そうですか、と頷いた氷璃が、案内人から視線を外した。 「もしも貴方が帰還を望むなら、私達が力になりましょう」 木々をざわめかせる夜風を纏い、氷璃の言葉が凛と響く。 「対価は情報、貴方が此処で見ていた総て。“彼等”が屍を晒す事となった原因は何かしら?」 至極簡潔にして淀みのない明白な疑問に、フードの下でアザーバイドの口許が笑う。 「帰還に興味はないが、二つ目の問いには答えよう。――彼らは異形の警告を軽んじ、己が意思にて悪戯に災厄を味わった。それゆえに求められた対価の支払いを、如何にして他者が阻めようか?」 返答に、子供めいた響きは一切が剥がれ落ちていた。 声音こそ幼さを感じさせる高さだが、異形を名乗るアザーバイドの口振りは、芝居がかった物言いそのものを楽しむ気配さえあった。 「貴方は警告を発したと?」 氷璃の疑問と共に闇色に輝く鎖が地を這い空を切り、黒の渦と化して無念体をその暗き臓腑に沈み落とす。 「そう取ってくれて構わない。“此処には化け物が出るから帰った方が良い”――警告に従うか否かは彼らの自由さ」 「……強敵とまでは呼ぶに到らない神秘も、一般人にとっては充分な脅威でしょうね」 ブラッドエンドデッド。華やかに舞い躍る涙滴型の刃の合間を縫うように、うさぎの声が会話に混ざる。 「ゆえに死した者もいれば生き延びた者も存在する。後者が今頃、どこでどうしているのかは知らないけどね。……これでキミへの返答にもなったかな?」 首を傾げたアザーバイドの言葉が向かう先は、行方不明者の安否を案じていた遠子へと向いていた。 呆気なくも差し出された回答に、けれど、生存を祈る少女は答えあぐねたかのように案内人を見上げ、そっと視線を逸らせた。代わりに紡ぐのは、新たに湧いた疑問だ。 「エリューション・フォースが現れるのはあなたが死者の魂を迎えに来る存在だからなのかな……? 自分達も連れて行って欲しくて……」 「うーん、その辺りはボクにも分からないね。何しろ仲良しこ良しとしてる訳じゃないから」 「敵でも味方でもないってことか」 遠子の言葉にアザーバイドが首を傾げる。納得したように頷いたフツへと肩を竦めて、案内人が手にした鳥の形のチョコレートを軽く振った。 「ボクは彼らに関与しない、彼らもボクに関与しない。それがボクらの共有する互いの位置関係なのさ」 菓子を口の中に放り込んだ案内人が、ふと小夜へと向いた。 「キミは戦わないのかい?」 「いいえ……回復役は被害が出た時、それを癒やすのがお仕事ですから」 「面白いね。役割分担がなっているのか」 感心した口振りに興味を惹かれたのか、小夜が案内人に目を向ける。 「貴方は普段……?」 「組むような相手は居ないからね。これがヒトの戦い方?」 「時と場合――状況次第です。……ただ、回復役という立場から考えると、今回の仕事はちょっと心苦しいですね」 「何故?」 「癒せば被害者が戻るわけではありませんから」 戦場へと視線を戻す小夜を見下ろし、死霊案内人は静かに頷いた。 「成る程」 「この世界では、みんな、誰かが死ぬこと、居なくなることを嫌いますから。私達も無視できないんです」 視線の先では刃が翻り、斬撃は空を飛び、炎が上がる。形を持ちながらも実体のない気の糸がエリューションを縫い付け、一撃に吹き飛ばされて神秘と呼ばれる怪異は砕け散る。 「……取り戻しがつかないことは起きないのが、私の理想なんですけど」 「儚い理想だね。世界は常に、取り返すことも取り戻すことも許してくれやしないじゃないか」 少年のような声が、高くからからと夜空に響いた。だがそこに、侮蔑の色はない。寧ろ眩しい光でも前にしたかのように、微かな切望が、哀愁が潜められていただろうか。 語られぬ真意は知れぬまま、それでも何らかの片鱗でも見出したように、氷璃の瞳がそっと瞬く。 「それにしても分からないな。ヒトはどうして、自ら危険に首を突っ込みたがるのか」 「危険……だと、分からないからかもしれません」 弓の弦を弾くようにして一撃を放ち、遠子が迷いを宿したように僅かに揺らぐ声で言葉を探る。 「知らなければ安全なのに? 知ろうとしなければ、世界も牙を剥かないだろうに」 「知らなければ幸せ、か。なるほど確かにその通りです」 小銃を構えたユウの指が撃鉄を起こし、引き金を引く。その役目に望まれるまま銃声と共に吐き出された業火がE・フォースを包み込み、それ自体がランタンであるかのように神秘の身体が燃え上がった。 「人間にとって未知・不知とは恐怖なのです。我々は正体を知るか、己の識る範囲で理由付ける事でしか乗り越えられない」 「ゆえに死への扉を叩くのかい?」 「……確かに自ら望んで扉を潜る者も居るでしょう。ですが大抵の場合に置いて、開いてみるまで扉の先は分からない――いいえ、気付こうとしないことも間々あるのです」 その正体が如何にあれ、幼い少女の姿で紡ぐロマネの口振りは重い。 けれどそんなか弱さとは裏腹に、細く細く、実体なく拠り合わされた気糸の行く先は、覚束ないままに揺れ動くフォースの姿を迷いなく撃ち抜き――。 「さあ、安らかに」 ――静かな葬送の祈りは木々のざわめきを哀悼に捧げるかのように、夜の風が千千に引き裂いていった。 ● 「今回は一応無関係だから良いとして……今後も神秘で悪さしないでね。ちなみに、悪さってのは神秘の脅威に一般人を晒す事を言います」 若干惚けたように聞こえる口調で告げたユウだったが、不意にその視線が僅かな影を抱く。 「脅すつもりはありませんけど、そゆ事したいならアークが相手です。地の果てまでも追いかけますよ」 「心外だね、ボクもそこまで暇じゃないよ。そりゃあ攻撃されたら自衛手段くらいは取るけどさ」 「そうですか。チョコ食べます?」 「食べる!」 深いフードの下では顔立ちもはっきりとした表情も分からないが、差し出された菓子を見た途端にやはり、アザーバイドの口調が弾む。 「随分買い込んで来ましたね……」 「むふふ、領収書切っちゃいました」 ユウが案内人にチョコレートを差し出しながら、うさぎの言葉に含むように笑った。 「一応心には留めておくよ。多分」 アークの存在を告げたうさぎに対し、死霊案内人の返答はそんなものだった。 「当然強要はしませんが、面倒な代わりに色々得もある組織ですから」 簡易な説明に付け加えるうさぎの口調も、積極性のあるものではない。 「……案内人を名乗るからにはその対象が居るわよね。無念体は違ったのでしょうし、貴方の死霊は今何処に?」 「おっと、それも内緒。これ以上追求される前に逃げようかな」 氷璃の言葉をおどけた口振りで交わして、案内人が聖母像から飛び降りた。 すっ呆けた態度で笑いながら、言葉通り今にも立ち去ろうというように背を向けたアザーバイドが、ふと足を止めて振り返る。 「あぁ、そうだ。彼ら――“神秘”に殺されたヒト達なら、そこに」 チョコレートを齧りながら、案内人がカンテラをぶら提げた杖の先で聖母像の足元を示す。 「全部埋めておいたから、好きにすると良いよ。彼らも居なくなったことだし、ボクもまた此処に来るかは分からないから」 「……なんで手だけ突き出て……しかも白骨ばかりですし」 呟くうさぎにアザーバイドの口許が笑う。 「綺麗だから。そうしてると花みたいでしょ?」 飽くまでも能天気な口振りだった。 一見無防備に黒いローブを翻す背中に幾つもの視線が向けられたが、『死霊案内人』を名乗るアザーバイドが、二度と振り返ることはない。 やがて視界から消えた小柄な姿に、誰かが小さく息を吐いた。 腕だけを突き出した白骨の前にしゃがみ込んだユウが、思案を巡らせるように聖母像を見る。 「犠牲者のご遺体については……んー。出来る限りの情報収集はして、後はアークの実務部隊に任せるのがいいと思います。帰る所のある方が大半だと思いますし」 「情報収集……?」 「遺品回収とか……って、この辺には見当たりませんけど」 尋ね返す遠子に頷いたものの、ユウの表情が周囲を眺めて苦笑に変わった。 死者も生者も一様に広げた腕の下にして、聖母像は静かに佇んだままだ。 やがて。 安寧とした静寂の戻った墓地で、夜の風に紛れるように、再びその音は揺れていた。 刻限を告げる、遠く深く響く鐘の音――……出所の知れない音は未だ、墓場の一戦など知りもしないかの如く、高らかにその音を響かせている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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