●万華鏡 「何を考えておるのだ、お前は……!」 ぱん、と頬を張る音。 赤く腫れた頬を押さえ、少女は“女王”を睨み付ける。 「暫くは隠れ、何も事を起こすなと言った筈だ! リベリスタの組織に目を付けられるようなことをして……対抗出来るだけの戦力が、今のわたくしたちにあると思うか!」 “女王”は片手で己の目元を覆った――少女が、手にしたスピアをぐっと握り直したのには気付かずに。 「やはりお前一人には、蜂夜の家を任せられない。まだ成果は得られていないが、もはや時間をかけているわけにもいかぬ。……あの子を連れ戻そう」 しかしその言葉を聞いて、少女の顔は見る見るうちに華やいだ。 「ほんとうに、ほんとうにハニーがななみのところへかえってくるのね? うれしい! ななみ、ハニーのためならなんでもするわ。クイーンのいいつけも、ちゃんとまもる!」 瞳に浮かぶは狂気。ドレスの裾をひるがえし、少女ははしゃいだ様子でくるくると回る。 「ねえクイーン、ハニーがあるくみちを、おともだちのちでそめましょう? ぱあーっとみなごろしにするの。ハニーがいっぱいいっぱいくるしむように! ふふ、うふふふふふふふ」 ●箱舟 「以前アークのリベリスタが遭遇したフィクサードの、正体が判明しました」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は手元の資料を捲りながら、集まったリベリスタに告げる。 「彼女たちは、蜂夜(みつや)というヴァンパイアの一族です。現当主は蜂夜 八重(みつや・やえ)……エリューション能力をビジネスに悪用し財産を築いてきた、血族中心の小さなフィクサード組織のようですね」 古くから連綿と続く家系のようだが、規模も能力も脅威になる程でも無く、大きな事件を起こしたことも無かったため、残る資料自体は少ないのだと言う。 特にここ数年は蜂夜の息が掛かった企業が廃業したり不動産が売りに出たりと、一言で言えば没落の一途を辿っているようだと、和泉は語った。 「――敵の正体が判明した契機は、前回の任務に当たったリベリスタが持ち帰った、この写真です」 和泉がコンソールを操作すると、モニターに赤毛の女性の遺体の写真が現れる。 「彼女の名前は蜂夜 零子(みつや・れいこ)、数年前まで存在した伯母の五十鈴(いすず)の経営する会社で、広報を務めていたフィクサードです。何か法則性があるのかは、情報が少なくて不明ですが……蜂夜家では、クイーンと呼ばれる当主の直系に、数字を冠した名前が付けられるようですね」 そのような斜陽の組織が何故、一連の事件を起こしたのかは未だ明らかで無い。しかし、また新たな事件が予知されたのだと、和泉はリベリスタたちに向き直った。 「どうやら、カフェ『Secret Garden』に勤務する一般人の中に、フィクサードと関係の深い人物がいるようです。肝心な“誰なのか”という部分は、万華鏡でも視えなかったのですが――フィクサードの狙いは、その人物を連れ去ることと、その他の一般人の皆殺し……です」 ブリーフィングルームの空気が、緊張感を孕む。 「……けれど、敵は私たちが万華鏡を有したアークのリベリスタだと言うことを知りません。また、フィクサードより先に“関係者”の身柄を確保することが出来れば、前回とは逆に、今回はこちらが人質を抱えた有利な状況を作れる筈です。敵の裏をかいてやりましょう!」 和泉が提示した、今回の作戦の概要は次のとおりである。 =========================== ◆当日朝~店の閉店時間(19:00)まで フィクサードの関与は無いため、自由に行動可能 (“関係者”の特定ができていなければ、この時間帯に追加調査もOK) この間に“関係者”と接触し、店近くの大きな公園に呼び出すor連れてくる ◆19:00以降~ (1)フィクサードは襲撃の機会を狙うため、飛行してどこかに隠れ、カフェ『Secret Garden』を【イーグルアイ】で見張りだす 何らかの手段でフィクサードに、「“関係者”の身柄を預かっている」「“関係者”に危害を加えられたくなければ至急公園まで来るように」と伝える (関係の無い一般人の目に付かないように、事前に店の屋根の上に貼り紙でもしておけばOK) (正義の味方であることに付け込まれ、他の一般人を人質に取られることのないよう、リベリスタとは名乗らない&気付かれないことが望ましい) ↓ (2)公園にて誘い出されたフィクサードを迎撃 (“関係者”はフィクサードから攻撃される心配は無いため、庇う必要なし) =========================== 一通りの説明を終えると、和泉は信頼を込めた瞳でリベリスタを見つめる。 「難しい依頼になるかと思いますが、皆さんなら無関係の一般人に犠牲者を出すこと無く、解決出来ると信じています。――どうか、お気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥栖 京子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月27日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「関係者はヨウジさんかな? 名前を八二と書くのだったらハニーという愛称も頷けるし、七三ちゃんと八二さんで、名前の数字を合わせたら『廿』になるよね」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の推理に基づき、リベリスタは裏付け捜査に乗り出した。 『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は電子の妖精を用い、静岡のアーク本部と接続した端末から、関係者の戸籍を洗い出す。 花邑ヨウジの戸籍上の表記は――終の予想通り“八二”であった。家族は無く、過去をさかのぼると数年前に父親が死亡している。念のため桜坂一葉と沙藤リクトの戸籍も調べ上げ、偽造や不審な点が見当たらないことを確認すると、ランディは仲間に調査結果を連絡し、自らも店へと向かう。 「――お久しぶりです、鳳黎子です。ちょっと相談したいことがありまして、少しだけお時間よろしいですか?」 ランディの報告を受け、呼び出しは『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が行った。ヨウジの携帯に電話を掛けると、仕事が終わってからで良いかという相手を適当な理由をつけて説得し、夕方に近くの公園で会う約束を取り付ける。 一方の、カフェ『Secret Garden』。 夏の強い陽差しと蝉の声が降り注ぐ中、店近くの木陰では『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)と『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が、万一の事態に一般人を守れるよう待機している。 『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は直接本人から情報を収集すべく、客として店内に入った。 「あっれー、ルアちゃんじゃん! 久しぶり~」 彼女の姿を目ざとく見つけたリクトが声を掛けてくる。空調の効いた店内は夏休み期間ということもあって賑わっており、テラスの鮮やかな緑が眩しい。平和な日常の風景は、短期アルバイトをしていた頃と変わらなかった。 「ルアちゃん、いらっしゃい。なんだか今日は、久しぶりの再会が重なる日だな。さっき黎子さんからも電話貰ったんだよ」 ヨウジもまた笑顔を浮かべて奥から現れると、ルアはさりげなく彼らの“名前”について聞き出す。 「私、日本に来てまだ2年で、少し漢字に弱いの。きちんとアドレス登録したいから、教えてくれる?」 聞けば、リクトの名前は片仮名表記で正式なのだと言う。――そして、ヨウジがルアの差し出した紙に書いたのは、『八二』という漢字だった。特に隠している訳では無いらしく、普段名前を書く時に片仮名を使うのは何故かと尋ねれば、正しく読まれることがほぼ皆無だから、という答えが返ってきた。 「それと……ヨウジさんって甘いもの好き?」 「仕事の関係で時々食べるくらいかな。それがどうかした?」 「ううん、なんでもないの」 ● 「読みかけの推理小説をほっぽり出したままっていうのは、気分が悪いわよね」 公園灯にもたれ掛かりながら、『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が独りごちた。日が落ちた公園の暗い茂みからは、虫の音が静かに響いている。 ランディから仲間のAFに、もうすぐヨウジがそちらへ到着する、との連絡が入った。彼は公園へ向かうヨウジを、悟られない距離を保ちつつ護衛してきている。 《……奴さんはこっちの尾行に全く気付く気配もないな。店でクレーマーを装って軽く掴みかかってみた時にも感じたんだが――動作が隙だらけで、戦闘経験や訓練の類いを受けたことがある人間とは思えん》 ランディは夕方店へ赴き、ヨウジに接触して覚醒者かどうか、暗示や洗脳・破界器による隠蔽が無いかを調べたのだが、相手は一般人としか見えず、また神秘に関するものは何も見つからなかった。瞳孔の変化や、ヴァンパイアの特徴である牙も同様である。 「以前の七三の話から察するに――“関係者”とは、相当長い間離れて暮らしていたのかもしれんな」 『大魔道』シェリー・D・モーガン(BNE003862)は顎に手を当て、思考を巡らせる。 和泉からも一般人と説明があったものの、リベリスタたちは“フィクサードと関係が深い”という情報から、ステルスを使った覚醒者ではないかという疑いを捨てきれずにいたのだが。 「七三は『まだハニーは自分に気付いていない』と言っていた。ハニーとやらが花邑ヨウジならば、ヨウジは神秘に対して無知なのか、まだ一般人なのか……」 * 日没後とは言えまだ蒸し暑い夜の公園に、ひとけは無い。 現れたヨウジに、黎子は挨拶をした後、単刀直入に切り出す。 「最近とある人に付き纏われて困っています……蜂夜七三という名前を御存知でしょうか?」 その名を聞いた瞬間、ヨウジの表情は目に見えて強張った。 「七三は妹です。あの子が何か――」 「妹……ですか」 黎子は白い顔を更に青白めさせた男を観察する。髪や瞳はくすんだ薄茶をしているが……こうして表情を消すと、作り物めいた冷たい印象の顔立ちは、確かに七三とよく似ている。 “関係者”の確定を受けて、隠れていた仲間たちも姿を見せた。 見知らぬ顔、今日の客、以前の短期アルバイト。ヨウジに戸惑いが見られたのは、幻視を使っていない故に、以前会った時と髪や瞳の色が異なる者が居たからだろう。 「彼女は暴走しています。我々も好んで敵対したくはありません、穏便に済ませるために協力して頂きたいのです」 「――貴女たちは一体……?」 リベリスタの中に、自分たちについて何らかの説明をしようとする者はいなかった。状況が全く理解できていない様子のヨウジは、不審を浮かべて自分を取り囲む男女を見回す。 「七三があなたの周りの人たちを殺そうとしているわ。それを止める方法を知ってる?」 ルアが小声で問いかけるも、返ってきたのは困惑の表情。 「殺そうと、って……? 俺には、何が何だか……」 「ヨウジさん、信じられないかもしれないけど、これも七三ちゃんがやったんだ。周りの人たちが危険に晒されてるのは本当なんだよ」 終は、零子の遺体の写真を見せる。 「っ……零子さん――」 「蜂夜家について、知っていることを話して欲しい」 シェリーの言葉に、ヨウジは顔を蒼白にしたまま、黙って頷いた。 話を信じるならば――花邑の姓は父方のものであり、ヨウジは幼い頃父親と共に家を出て、七三には20年近く会っていないのだという。 「え、20年って、七三ちゃんいくつなの?」 「俺と2つ違いだから、今年で25の筈だよ」 「……25歳」 現当主の八重は、曾祖母に当たるらしい。終とルアがスピアに関して聞けば、あれは“ようらん”と呼ばれており、代々当主が受け継ぐ物であること位しか知らない、とのことだった。 「――で、あんたと親父さんは何で家を出たんだ?」 ランディの問いかけに、ヨウジは目を伏せる。 「俺は……妹が怖くて逃げ出したんです、あの家から」 一族でも突出した“力”を持って生まれた妹が、その狂気を顕現させ出したのは、まだ彼女がほんの幼子の頃からだった――そうヨウジは語った。 兄の関心が自分以外に向くことを極端に嫌い、がんぜない子供の残酷さで“力”を振るった。曰く、学校の友達が不自然な大怪我を負い、可愛がっていた犬は八つ裂きにされたのだという。 「要するに、病的なブラコンな訳ね」 呟いたのはシルフィア。 ヨウジに見せた零子の遺体の写真には“七三が殺した証拠”は写っておらず、逆にリベリスタたちが疑われる可能性すらあったが――彼が七三の凶行だとあっさり信じたのは、妹の残虐性をよく承知していたからなのだろう。 「蜂夜の家は女系で、男は病弱だったり夭折したりと弱いんです。曾祖母も、父と俺の居場所を把握していたにしても、何の“力”もない俺のことは気に止めていないのだと、そう思っていたんですが」 「――彼女たちの目的はヨウジさんを連れ戻すことみたいなんだけど、なぜ周りの人を殺そうとするのか理由はわかる?」 「いや、全く……それなら、皆に危害を加えられたくなければ戻れと、直接俺を脅せばいい。何故そんなことをするのか……」 AFを通して一部始終を聞いていたユーヌは、強結界を張り人目を避けると、夕闇の中を翼で舞い上がった。店の屋根に、フィクサードに向けた貼り紙をする。 『蜂夜八二の身柄を預かっている。危害を加えられたくなければ至急公園まで来るように』 ● 「ヴァンパイアの一族というと若干の親近感を覚えますが……私が知っている吸血鬼とはまるで違うのですわ」 好き勝手はさせないと、櫻子は暗い空を見上げた。 時刻は19時を過ぎ、公園灯の光が届かぬ場所では、闇が黒く蟠る。 フィクサードにも名の通ったユーヌは軽く変装をし、目を閉じて周囲の音を拾い集めていた。こちらへ向かってくる虫の羽音を捉えると、仲間に合図を送る。 「さて、来たか……では始めるとしよう」 シルフィアの目線の先には――蜂の成虫に守られ、淡く透けた翅で飛行する少女の姿。 黒いドレスにフードを被った蜂夜家の当主が音も無く地面に降り立てば、それと同時に周囲の茂みから、がさがさと幼虫が這い出してくる。 「あの貼り紙を残したのはお前たちですか」 E・ビーストは成虫4匹に、幼虫が12匹。リベリスタは陣形を整え、敵に対峙した。 「こんばんは、蜂夜八重さん。七三ちゃんの姿が見えないけど、どうしたの?」 終の言葉に、女王は妖艶な笑みを浮かべる。 「ほう、わたくしたちの名も知っている……貴方は以前会ったことがありますね。七三は余計なことばかりするので置いてきたのですよ」 イーグルアイが使える七三からは、公園灯に照らされたこちらの様子はよく見えた筈だ。八重の言葉を信じて良いものか、暗視持ちの櫻子とルアが周囲を見渡すが、近くに潜んでいる気配は無い。黎子の千里眼にも、闇に包まれた広い公園は見通しが悪い。 「大お祖母様……」 「久しいですね、八二。積もる話もありますが……お前は大人しく、離れた所まで下がっていなさい」 八重の魔眼に見据えられ、目を虚ろにしたヨウジは、ふらふらとリベリスタの後方へ歩いていく。 スピア――七三が持つ召喚系破界器ではない――を構える八重に、黎子は語りかけた。 「危害を加える気はありません、そちらが動かなければね」 まず八重との交渉を試みることにしたリベリスタが、提示した条件。それは一般人への凶行といったフィクサード活動の停止と情報提供を約束するならば、資金援助等の再興支援をしようというもの。 「元フィクサードの組織レベルの情報は貴重だ。いけ好かないウチの上役も、悪い顔はせんだろうさ」 「こっちは他の蜂夜一族の居場所も把握してる。交渉に応じないなら、武力行使も吝かじゃないよ」 ランディと終の言葉を、八重はじっと聞いている。 「最早敵対する利点はないと思います。当主として賢明な判断を期待します」 「ふむ……面白いことを言う」 長い沈黙。 交渉中にリーディングを使う訳にもいかず、シルフィアも色の異なる双眸を細め、蜂の女王を観察する。 蜂の唸るような羽音と、茂みから聞こえる虫の声だけが、夜のしじまに響く。 ――ふいに、集音装置を持つユーヌが異音を感じ取り、後方を振り返った。 「……あの一般人、どこへ行った?」 その時リベリスタが見たのは、遠く離れた空に魔術の翅で浮かび上がる、全く同じ姿の二人の男。二人の蜂夜八二は――まさに今、闇夜に紛れ逃げ去ろうとしている。 「くそっ、婆さんの方が囮だ!!」 ランディの声が静寂を破った。 当然敵も射程は考慮したのだろう、逃走に備えていたユーヌの遠距離攻撃、終の瞬撃殺すらも最早届かず……また覚醒者と一般人とは言え、遠く離れた場所に同じ姿でちらちらと動き回られては、瞬時に判別もつかない。 敵の当初の目的は、“関係者”の連れ去りと、他の一般人の虐殺だった。その“関係者”に危害を加えることを仄めかしてこの公園へ誘い出した今、フィクサードが何より優先するのが蜂夜八二の身柄の確保であることは明白だったのだ。――リベリスタが敵に隙を突かれたのは、誰もその“人質”に指示を与えることも、動向に注意を払うことも無かったからだろう。 風に乗って届くのは、成人男性の体から発せられる少女の声。 「おかえりなさい、おにいさま……。ななみはずっとずっと、とおくからハニーのことをみていたの。どう、じょうずでしょう?」 声も届かぬイーグルアイからの観察故であろう、顔と体だけの、いびつな怪盗。催眠状態の兄に、少女は甘く囁きかける。 「ハニーにまとわりつくあのいやなこも、このすがたでころしてあげたの。ぴーぴーないて、すっごーくおもしろかったわ」 「咲宮椿のことか……!」 「蜂夜七三……歪んでいますわ」 シェリーと櫻子が睨み付ける中、二人の姿は闇に溶けるように遠ざかっていく。 「――蜂夜は代々フィクサードの家、金と保身のために宗旨変えなどできようものか。それに交渉すると言っても……お前たちの意志は統一されていないように見えるが、違うか? そんな相手を信用しろと?」 女王が合図すれば、虫たちが蠢き出す。 「お前たちの相手は、わたくしです」 ● 「痛みを癒やし、その枷を外しましょう……」 櫻子が具現化させた聖なる高位存在の息吹が、仲間を力づけるように包み込む。 戦闘開始から十数分、8対17だった彼我の戦力差も、既に8対3。集まった所をシェリーの銀の弾丸に撃ち抜かれ、ランディの瘴気を纏う両手斧に叩き割られた幼虫の残骸は、白濁した体液を撒き散らしながら、アスファルトの上に千切れ飛んでいる。 「っく……! 小娘が!!」 既にフェイトを燃やしているユーヌの力をことごとく奪い取らんと、凍てつく視線が貫く。 八重にとって最大の誤算は、行動阻害に徹したユーヌだっただろう。自らの盾となる筈の虫たちが、怒りに惑わされ全く役に立たず――また自らも、行動の半分以上を彼女への攻撃に余儀なくされてしまっている。 終は零子の遺体の写真を、足下も覚束なくなりつつある女王に放った。 「やったのは七三ちゃんだよ。……これじゃ再興どころじゃ無くない?」 驚愕に一瞬身を強張らせた八重に、ユーヌの冷たい声が降る。殆どの敵の攻撃が集中し、大きく無力化した彼女は辛うじて立っているような状況だったが、その淡々とした佇まいは変わらない。 「落ち目の零細の後継者選びは難題だな? 不始末が全てに響く……ああ、すっぱり終わる切っ掛けで幸いか」 「――あの馬鹿娘を従わせるためにも、八二を連れ戻したのだ。蜂夜の家は、血は、絶えぬ……!」 「蜂夜八二の周囲の人間を殺そうとしていた、おぬしらの目的は何だ?」 シェリーの問いかけに、黙り込んだままの八重に代わって答えたのは、リーディングを使ったシルフィアだった。 「……こいつら、人為的に八二の覚醒を引き起こそうとしていたのか」 「覚醒……?」 終は以前七三に、何故Secret Gardenの関係者ばかり狙うのか尋ねた時の、返答を思い出す。 『すべてはハニーのためよ。クイーンがいったの、ハニーがちからをてにいれるために、つかうにはちょうどいいって』 覚醒とフェイト獲得の経緯は、人によって様々だ。確かに、悲しみや憎しみ、強い感情の揺さぶりが契機になることも多く、黎子がそうであるように――エリューション事件で大切な人を失ったことで、覚醒した者も居る。 しかし、気まぐれで時に残酷な“運命”は、誰かの努力や希望でどうにかなるものでは無いのだ。いつまでも覚醒する気配の無い曾孫のために、覚醒しそうな状況を人為的に作り出すなど……それこそ雲を掴むような試みとしか言えない。 「――そんな、ことの、使い捨ての道具にするために」 ルアが掌の中の二刀をぎゅっと握り締め、地を蹴る。 「人の命を踏みにじったっていうの……? 許さない!!!」 淀みなき連続攻撃が八重を襲い、ランディの振るう斧の巻き起こす烈風で、蜂の体は粉砕される。 「人の命を平気で奪うやつらであるから、ロクな目的ではないだろうと思っていたが……」 シェリーの詠唱に、次々と展開される魔方陣。 「おぬしらを許す気は、妾には毛頭無い」 逃れ得ぬ魔術師の弾丸に貫かれた女王を、無言のまま気糸で縛り上げたのは、黎子だった。 「……これで終わり、です」 * 「はぅ~……何とか無事に終わって安心致しましたにゃー」 仲間の傷を癒やしながら、へにゃりと微笑んだ櫻子が、 「ふにゃっ!!?」 倒れ伏した八重の姿を見て、耳としっぽの毛を逆立てた。 「お婆さん……ですわね……」 フードから露わになった髪は輝く蜜色から白に変わり果て、艶やかだった白い肌も、今や骨と皮ばかりの老女のもの。 「本当に婆だったとはね。――家の再興ならば、悪事で無くても出来るだろうに」 自らも没落した家を再興中のシルフィアが、ぽつりと呟く。 加齢の止まった覚醒者も、生涯に一度、加齢が復活することがありうる。怪盗で若い頃の姿に変身することによって、八重はそれを隠していたのだろう。 「自分の老衰が迫っていたからこそ、後継者選びと組織の体制づくりに躍起になっていた訳か」 無感情に言葉を落としたのは満身創痍のユーヌ。 「とりあえず八重さんは、アークの監視下に置こう。新たに情報も得られるかもしれないし☆」 「そして――蜂夜七三。あの危険人物は、もう逃がす訳にはいきません」 黎子の言葉に、仲間たちは頷く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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