● 「ん?!」 遠くの景色を見ていた。今日は何処に行こうかなって。 田舎の祖母祖父の所に遊びに来ていた少年は、暇を持て余しては山やら海やらに足を伸ばしては一人で遊んでいた。 「んんんー!?」 どうした事か。元々視力が良かった彼の目線の先――。 澄んだ歌声が響いていた。 此処は足場が悪いし、波も大きい。『人』は皆あそこには近づくなと言う場所であり、現に死者も出ているようで全く誰も近寄らない。 そんな場所にエメラルドグリーンの鱗を持ったそれはそれは美麗な人魚が、1人。平らな岩に腰を下ろしていたのだった。 「すっげーーー!!!」 びくりと震えた人魚の肩。歌を止めて振り返ってみれば、足場とも言えない岩と岩の間を上手く使って、少年が1人で下りて来ていたのだった。 しかし少年の光り輝く瞳に圧倒され、人魚はそのまま水面へ飛び込んでしまった。少年の小さな逢瀬はほんの一瞬で砕け散る――と、それだけで話が終われば良かったのだが、少年が彼女の姿を追って水面を覗き込んだ瞬間だった。映った顔は少年の顔では無く、歪んで笑う男の顔であった。 そして波が彼を攫って、泳げない彼はそのまま深い深い青へと沈んでいく。 其処が上なのか下なのかは解らない。それでも少年は伸ばした手を――握り返した温かい体温があったのだ。 ● 「夏ですねぇ」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は集まったリベリスタ達を見回して言った。 「さて、今回の依頼ですがEフォースの討伐をお願いします。まあ、水辺は危ない時期にそろそろ成りますしね、そういうものですよ。あえて名前をつけるとしたら、近くて遠いですが『海入道』とでも言いましょうか」 杏理が手渡した資料にあるEフォース。如何やらその現場で波にのまれて死んだ無念の思いがエリューション化しているというのだ。波を操り、その場に来る人を飲み込んでは力を溜めこんできた厄介なエリューションだ。 「討伐だけなら良いのですが、皆さんが行く頃に杏理が見た光景が再生されているでしょう。つまり、少年が1人捕らわれています。まあ偶然にも……何処かのチャンネルから来ていたのか人魚が意識を失っている少年を引き上げようと波と戦ってくれているので、できれば其方の支援と救出も一緒にお願いしますね」 人魚は海に落ち、そのまま沈んでいくはずだった少年を引き上げようと奮闘してくれているが、海入道が上から抑えつけて上らせないようにしているという。人魚こそ、水中でも呼吸できるからいいものの、少年は違う。放っておけばすぐにでも少年は溺死するだろう。 「フェイトを得ている人魚さんです。彼女に関しては敵対する必要は皆無ですよ。ただ、此方の言葉は知らない様なので、用意しておくと事はスムーズかもしれませんね」 現場は非常に足場の悪い岩場である、尚且つ海に引き込まれる危険もあるため十分に対策は必要だろう。 「如何にもこうにも、人の念が一番怖いのかもしれませんね。それでは皆さん、お気を付けていってらっしゃいませ」 杏理は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月20日(火)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――ちゃぷん。 水面から跳ねた魚が、空中で半分に千切れて其処から真っ赤なものが青を染めていく。怨霊の仕業なのだろうが、それは何処かこの世界が浸食されていっている様にも見えて『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は瞳を閉じた。 海風は心地よいが、嫌という程に感じてしまうエリューションの存在感が全てを台無しにしていた。ロマンチックな、素敵な出会いを邪魔した様に、そしてこの世界に留まってはならないものが居る様に。 「助けに行くのだ」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は翼を広げ、純白の羽が風に攫われていく。あの日、悲しい別れをした彼女に重なるのか、胸の奥が『助けなければ』と疼くのが止められない。それは彼女だけでは無く、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)や『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)。そして綺沙羅も同じ事を思っていた。 あの日も、とても綺麗な青空の下、そして青い海の上だった。 「ああいう別れた方はもうゴメンなんッス」 「妬ましいわね、前に人魚に会ったなんて」 リルが呟いた言葉に、『以心断心嫉妬心』蛇目 愛美(BNE003231)は怨霊を指差した。 「どう見てもあれね、仲間を増やして大きくなるなんてフォースならば定番的な話かしら」 こんなに鮮明に怨霊が見えるというのも、何処か不思議な状況な訳だが。夏の風物詩にしては些か存在が過ぎる。眼帯を掴んで、強引に引っ張って外して露出した愛美の左目はソレを映していた。 「ちゃんと供養してやらんとなぁ」 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は両手を合わせてみた。全てが終わった後もきっと同じように無念の塊に手を合わせるのだろうが、まずは此処で亡くなった方々に対して。同じように『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)も手を合わせてから、刀を抜いた。斬れるものならば全て斬り伏せ進む、剣の道。馴染んだ柄を握り締め、翼を広げた。 崖を降りだす仲間たち。小さな夏の思い出に傷は着けないよう――そう願いながら『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)も彼等の後に続いていく。 どんな結果になるかは、まだ不安ばかりだ。それでも物語にリベリスタが手を加えればきっとハッピーエンドは見えるはずだから。 さあ、思考を始めよう。 ● 手を伸ばしたって届きやしない。空ってこんなに高かったかと疑問に思える程に。 まあ、上と下、どちらが空かなんて解らないけれど。 『――っ! ―――!!』 心地よい音は聞こえていたよ。 く す く す し ね、 しね こ っちお いでよ こ っち こっち あは う ひ ひ ふ ふ ふ く ふ ふ ふ 「うるさいッス!!」 近づけば彼等の声が聞こえた。不愉快極まり無い声で、女の声とも男の声とも解らない。 リルが回転しながら利き手に纏う冷気を海入道へとぶつけた。重なりに重なった人間だが、その打撃を受けた1人が叫び声を上げた。 つんざく悲鳴は置いておき、リルの目線から海の奥に揺れるエメラルドグリーンはよく見えた。しかし話しかけられる程の距離でも、場所でも無い。 会話は不可能だと聞いた雷音は札を放つ。風に攫われる前に鳥へと化身したそれらは群を成して海入道を貫いていく。しかしその前に耳をつんざくような悲鳴が周囲に響いていた。強力な高音に頭が割れる感覚を余儀なくされた雷音の攻撃は、全て海入道を逸れていく。 「……っ」 死者の絶叫か、それは解らないが雷音は両耳を抑えて唸る。 「頼むのだ!」 「おう! 行くぜ深緋!!」 『あれもう死んでるけど殺そう! 全部殺そう!』 海入道さえ動かす事ができるのであれば、きっと人魚は上がってこられるだろうとリベリスタは踏んでいた。彼は深緋を振りかぶり、その瞬間に矢が海入道へ刺さった。 「……妬ましいわね、ほんと」 呪われた存在に呪いを与える事はできなかった事に苛立ちを覚え、愛美は次の矢を愛弓にかける。そしてフツの槍が海入道を突き抜け――敵は後退した。影人を召喚しながら綺沙羅は水面を見たが、人魚は上がってこない。まだ、伸ばされた手は空気を掴めない。 「………もしかして、倒さないと駄目なのかな」 「それなら、さっさと倒してしまうべきですよね」 セラフィーナの言葉に綺沙羅は頷いた。そうだ、エリューションが海水を操っている元凶であるのならば移動したって同じなのだろう。海こそ海入道のフィールドなのだ。その瞬間、フツを飲み込んだ局地的な高波。ドボンという音が聞こえた後、泡の音だけが響く世界で彼は人魚と目があった。 (助ける。ちぃっと待っててくれ) 『――』 それが言葉として送れないのが悔やまれるが、人魚は何処か解っている様な凛々しい表情を返してきた。 戻って、地上。 飲み込まれて、其処で消えた彼の名前を呼んだ真昼。急いで投げた気糸は海入道に上手く絡んではくれなかった。未だショックの響く身体で、近くの岩を片足で蹴って八つ当たりしながら「くそ」と心の中で吐くが、冷静になれと思考を切り替える。 集中するんだ……、次は、当てて見せる。 真昼の手前で咲夜は歌を奏でた。その音は魔力の具現であり、そして咲夜の思いのカタチ。 「女子供を困らせるなんて、紳士にあるまじき行為じゃぞ?」 細まった咲夜の瞳は、彼がこれまで苦労してきた過去の賜物なのか、優しく澄んでいた。そして彼の腕に灯る光。ソレは周囲の全てを飲み込むように、太陽よりも煌々と輝いたという。 ● 海水の中、大きな空気の丸が上へと上がっていく。そしてフツの目に見えた、少年が嘔吐する様に口から空気を出す光景。 ――時間は、待ってはくれない。 掴むように水面へ手を上げたフツの手。それを握り返したのは雷音だった。引き寄せられ、水面より上に足が上がった彼だったが、入れ替わりの様に真昼が海へと引き込まれていく。咄嗟に雷音は手を伸ばすが、濡れた指に滑って彼の姿が消えていく――。 「溺死なんてさせません。この場で妖怪退治です!」 太刀を振るう、小さな身体は羽を舞い散らせながら刃を海入道へと突き刺した。舞い上がった雫がキラリと光り、それは美しくも思える。刃が刺さった顔から絶叫が聞こえるが、それでセラフィーナが力を緩める事は無く。刃を回して抉ってから抜く。 声にならない声を上げながら、宙をばたばた動き回って苦しむ姿は酷く滑稽であった。それで怒り任せに飛ばしてくる氷柱がセラフィーナの身体を掠っていく中。 「無念の想いはわからなくもないが、生者を引き込み、仲間になんぞさせてなるものか!」 叫ぶ雷音。彼女の身体にも氷柱が迫り、服は破れ、血が滲み、その赤は海の青へ落ちていく。それでもブレの無い千兇は敵を射抜くのだ。同じく身体に傷を刻むフツは水面から上がってこない真昼を心配しながらも深緋で海入道を射る。 「恨み言なら……後で聞くからよ」 いくらでも、どれだけでも。聞けば聞くほど、クルシイだとか、タスケテだとか、そんな四文字が連呼されているようにフツには聞こえる。 「お前さんも、救済するから」 フツの眼の先、海入道の背後へ回ったリルが身体を大きく捻ってクローを突き出している姿が見えた。 「いい加減に、するッスよ!!」 再びの、腕に絡む冷気と共にクローを突き刺したリル。しかしその時、回復の詠唱を行っていた咲夜が叫んだ。後ろだと、危険だと、咲夜はリルへ言うのだが。 その瞬間ハッとした、後方を見たリルだったがその時には遅い。波が高く上がり、その身体は水面にちゃぷんと飲み込まれたのだった。焦った咲夜はそのまま呪いを打ち消す光を放つ――どうか、この光が仲間に届きますよう。 「妬ましいわねもう、これで何人飲み込んだのよ」 その一部始終を見ていた愛美が大きくため息を吐いた。海入道の身体に絡む人間、つい仲間が多くてうらやましいとまで思えてきたが、あんな奇形は愛美であっても御免である。そして己のやる事はけして変わらない。 弓の弦を引きながら、呟く。 「そんなに仲間が欲しいなら、彼岸とか沢山いるんじゃないかしらね」 本当か嘘かは知らないけれど。キチキチキチと伸ばした弦を離し、弾丸にも負けない程に吹き飛んでいく矢は、海入道にくっついていた一部の人間を風船が割れたかのように消していった。喉を鳴らして、確かな手応えを感じた愛美はもう一度弓を引く――が其処で足に絡んでいた海水に引っ張られて引きずられた。 「後衛全員、近接大集合ね」 「別に好きで来た訳じゃないわよ」 引きずられた愛美を受け止め、綺沙羅は烏を放ちつつ、手元のキーボードの時計を見た。着々と時間は迫っている、少年の命があるとしたら残り30秒程度か。 「時間無い、一気に」 やるしかない。泡沫に消えた『あの子』のように――この物語を終わらせる訳にはいかない。親指の爪を噛んだ綺沙羅が意地でもう一枚の札を放ち、烏を放つ――その瞬間に自らも飲まれて水面に消えた。 「仲間を……返してください、そして男の子と人魚も!!」 セラフィーナは叫びながら、太刀を海入道へ突き刺した。煌めく技を放ちながら、例え海入道の牙が肩に食い込んでいてもその力を止める事はしなかった。 「あああ、ああああああ!!!!」 一刀両断していく腕に更に、更に力を込めて。上から下へと刃を押していく。そのゆっくりと刻まれる感覚に海入道は断末魔を上げるが抉るセラフィーナの手は止まらない。 「アンタに与える刻印は引導ッス」 水面から飛び上がるように出て来たリル。動きが鈍った、というよりはセラフィーナの魅了が海入道を支配していた。今こそソレは動く事さえままならない状態だ。 此処ぞと、その刹那を見逃さなかったリルは死の刻印をひとつ、フォースを構成する身体のひとつに刻み込む。サヨウナラのその刺青は、不吉に輝いていては此の敵の未来を予知する様。 「巡り巡る輪廻の内側へ!」 「成仏するんだぜ」 続く、雷音とフツの攻撃。雷音の千羽鳥が敵を射抜く中、フツの深緋が横に貫いて刃の先が貫通した。 「近くに寄せたのは、ある意味好都合だったかもしれないわね」 愛美の弓に矢を乗せて、それが絶叫する口を零距離で標準を定めていた。破魔矢……には程遠いかもしれないが、これでサヨナラ。 「妬ましいわね、成仏させてもらえるなんて」 そう言い残し、矢は貫通して大海原の先へ消えていった――。 ふう、と息を吐いた咲夜。リベリスタひとりひとりの能力が高かったからか、戦闘は早々に片付いたと言える。 「何人か……いないのじゃ」 焦ったように、海の深い場所へ歩を進めた咲夜。水面下に瞳を落とし、見回して飲み込まれた彼等を探した。 ● こぽ。 口を開けばしょっぱくて、涙くらいにはしょっぱくて。いつか海は魚たちの涙が集まったものなんだよって誰かが、そんなあほくさいおとぎ話をしていたけれど。 海の中、綺沙羅が身体が軽くなっていた事に気づく。敵が居た時は、何故だろうか、上から押さえつけられていて窒息を促されているような不思議な感覚がしていたが……。 戦闘は終わったのだろう、しかし海の下に沈んでいく真昼が見えた。綺沙羅はそのまま体勢を変えて彼を追う。 「――ん?」 だが真昼の身体は上がって来たのだった。エメラルドグリーンに光り輝く姿が綺沙羅の下へ。 「レヴィアタン?」 いつか、見たその姿。綺沙羅は真昼の身体を抱えた瞬間、目の前に居たはずのエメラルドグリーンは消えていた。 大分下の方に押されていたのか、空はあんなにも遠くて。その内真昼の顔が青くなり、綺沙羅が持ってきていた酸素ボンベを彼の口元に押し当てた。 海水が目に染みる。綺沙羅は上なのだろうという方向へ手を伸ばし、そしてその手に温もりが握り返してきた。霞む視界、少年の身体を抱えた人魚が尾ひれを揺らめかせて上へと上がっていった。 ――ま ――ぃ る ――真 る 「真昼! 大丈夫か? しっかりするのだ!」 「……ぁ、ぁれ?」 目を覚ませば、そのまま咳き込んだ。どうやら此処は地上らしい。大丈夫かと顔を覗きこんで来るフツ。 どうやら多分、大丈夫らしい。リベリスタ達の耳には澄んだ歌声が響いている。それはどうやら人魚のものらしく。 その歌がぴたりと止んだ時、雷音は彼女に問う。 「人魚さん、君の名前はなんていうのかな? それと……レヴィアタンという人魚のことはしっているかな?」 『……私の名前はテテュスです。レヴィアタン様ならば、知っていますが残念ながら行方は知れないのです』 雷音の後ろで、リルと綺沙羅は顔を見合わせた。顎に手をあてた咲夜は頷きながら、どうやらかの『レヴィアタン』が居た世界の人魚と見ても良いのだろうと思考する。 「私の世界は昔海水が黒くなってしまう事もありましたが……今はもう戻っていて」 ちょっとだけ、昔に終わった話をしよう。呪いを消すためにボトムを利用した、それでも心優しかった人魚姫のお話を。 その間に、セラフィーナは菊の花束を海へと投げた。水面で揺れる菊花は散って行く――どうか、安らかにとセラフィーナはそのまま目を閉じた。 「あ、目を覚ましたわよ」 愛美の声。 咳き込みながら少年がゆっくりと立ち上がった。痒い目を擦った少年時也はそのまま目を丸くしながら「あ」と声を出した。セラフィーナからリルから1人1人を目線がなぞっていく。 「人魚に加えて天使とか動物とか色々いるスッゲーーーーーーーーーー!!!」 そういえば、幻視を忘れていたと愛美は背中の翼をばさりと動かした。次に少年は目線が動いた先は真昼の蛇、白夜であり。シャー!と鳴いた白夜に真昼は「こら」と宥めたものの……。 「ぎゃあああああああああ!!」 とか叫び声をあげながら、蛇を警戒して咲夜の後ろへと時也は逃げていった。真夏の、ちょっとした不思議な体験。それは少年の心にずっと残るのだろう――。 「ありがとう、可愛らしいお嬢さん」 咲夜はまた、にこりと笑った。その手を差出し、テテュスはその手を握る。握手の様に、まるで友人になった2人のように。きっとこの世界とは上手くやれると信じれるように。 頑張って、いつか聞いた声を雷音は思い出す。握った拳に、温かい温もりがあった気がした。 「また会えるよね」 輝く歌は、きっとどこまでも届くから――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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