●情報提供者曰く お化け屋敷ってあるじゃないですか。 いえいえ、遊園地なんかに作られるような、緻密に作られたようなものじゃあないんですよ。 ほら、今街中で、大きな夏祭りをやってるでしょう? その一環でしょうねぇ、薄暗くした建物の中に入って行って、お化けに扮した人が脅かす中を決められたルートに沿って歩くっていう……。 いかにも突貫工事というか、出来としては雑な部類に入るんじゃあないでしょうか。 カーテンを潜ると薄青いライトがぼんやりと照らすだけの暗い屋内を、墓場をテーマにした内装が飾ってるんですよね。 卒塔婆に墓石、古びた井戸にゆらゆら揺れる柳……ほら、実にありがちな設定でしょう? ところが、ね……そこに、一体だけ本物が“出る”って――言うんです、皆。 始めに聞こえてくるのは、ぜぇ、ぜぇという耳障りな呼吸音。そこにね、ヒュー……と、風の抜けるような音が絡んでいる。 最初は、そりゃあ誰も気にしません。安いつくりのお化け屋敷ですよ、ヒュードロドロっていう、使い古された効果音まで響かせているような代物ですから。 でも、立ち止まってじーっと聞いている内に、別の音が聞こえてくるんです。 ぜぇぜぇ、ひゅーひゅー……呼吸音に紛れて、ずるっ……がしゃん、ずるっ……がしゃん――そんな音がね。 よし、じゃあ、どんなお化け役か見てやろうと、立ち止まって振り返ったまま待つんです。 するとね、角の方からぬうっと現れる影がある。 その影がよろよろと頼りない足取りで、ゆっくりゆっくり這うように近付いてくる。 ほほう、バイトにしては中々迫真の演技じゃないか――と、最初のうちは思うんです。でも、違う。 近付いてきた“奴”を見て、違和感が湧き上がってくるんですよね。それでよくよく目を凝らしている内に――気付くんです。 あぁこいつ、人じゃないなって。 お化けに化けているとか、そういう話じゃあないんです。 だってね、そいつ――肉がないんですよ。肉付きが悪いとか、骸骨に扮しているとか、そんな次元じゃない。 正真正銘、骨しかないんです。 ほら、学校の理科室に、人骨標本ってありませんでした? 丁度そんな感じ。 人の骨だけが薄明かりにぼうやりと照らし出されて、足を引き摺りながら近付いて来るんです。 人骨標本と違うのは、そいつが一人で勝手に歩いていることと……首がね、二つある。肩の上に、頭蓋骨が二つ乗っているんだ。 そして段々近付いてきたそいつが、震える腕をこっちに目掛けて伸ばしてくる。四つの暗い眼窩を向けて、じーっと見詰めてきてね。 そして……言うんです。隙間風みたいな声で。 『助けてくれ、殺される』……――――って。 ●骸骨曰く “そいつ”の足音は、常に背後から聞こえてきた。 とん、たん、たん――軽く弾むような、楽しげなステップでも踏むような音だ。 その無邪気な音に背が震える。恐怖で全身の骨が震え出す。 この薄暗い世界が何処なのか、自分には――自分達には分からなかった。 気付けばどことなく青さの混じる暗い場所に紛れ込んでいて、全身をひんやりとした冷気が絡み付いてきていた。 振り返れば口を開けた暗いホールがあって、自分がそこから出てきたことにはすぐに気付いた。 ホールがすぐに閉じる気配はなく、よしそれなら少しだけ周囲を探検してから、と――そんなことを思ってしまったのが、そもそもの間違いだったのだ。 「――おいっ、来たぞ!」 “右頭”が喚いた言葉に、“左頭”がハッとして振り返る。 暗さに目が慣れた所為だろうか、角を曲がってくる影に、喉の奥から「ヒッ」と短い悲鳴が洩れた。 微風に靡く毛皮、弾む足取り、無邪気な顔立ち――間違いない。見間違える筈がない。 全身の骨が鳴り響きそうな恐怖に、ぜぇぜぇと呼吸が乱れる。足取りが乱れて覚束ない。 あの“獣”――あんな化け物が居るとは思わなかったのだ。だが一刻も早くホールから脱出しようにも、奴から逃げ回る内に肝心のホールがどこにあったか分からなくなってしまった。 そんな自分達を嘲笑うかのように、獣はギラリとその両目を輝かせ、醜悪な牙を剥き出しにする。 咄嗟に身を翻して再び駆け出しながら、その背後で獲物を見つけた狩人が声高に雄叫びを上げた。 「走れ、走るんだ! 追い付かれるぞ!!」 「煩いっ、お前も足を動かせ!!」 喚き立てる“右頭”に“左頭”が怒鳴り返しながら、ひとつの身体を必死に走らせる。 きゃんきゃん、と――……狩猟を始める獣の声が、背後から迫っていた。 ●フォーチュナ曰く 「夏祭り会場のお化け屋敷に、アザーバイドが一体紛れ込んだようです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の言葉と共にモニターに映し出されたのは、二つのしゃれこうべを肩に乗せた人骨だった。アザーバイドというよりも、どちらかというと理科室の人骨標本に、誰かが悪戯のつもりで骸骨をもう一つ乗っけたと言わんばかりの見た目だ。 「どうしてそんな場所にD・ホールが開いたのかは不明ですが――とにかく、騒ぎが大きくなる前に保護して送還して下さい」 「現場が祭の会場じゃ、とっくに大騒ぎになってるんじゃ……?」 リベリスタの怪訝な言葉に首を振って、ナビゲーターの少女は手元の資料を捲る。 「いいえ、場所がお化け屋敷だったお陰か、この見た目もあって今はただの“脅かし役”だと思われているようです。もっともそうは言っても一般人の多い場所ですから、いつ騒ぎになるか分かりません」 混乱を避ける為にも早急な対処をお願いします、と、和泉はいつものように一礼したのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月17日(土)22:16 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●はじまりに次ぐ話 「おじさんお約束というか何というかね、きっちりオチが付いてくる気がしてならないわけよ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が呟く中、入場者を整理する従業員に送られて重苦しい暗幕を潜れば、そこは既にお化け屋敷の中だ。ヒュードロドロ、と何処か懐かしい効果音がスピーカーを通して響き渡り、冷気が足元を冷やりと擦り抜けていく。 「オチがあるとですか?」 「烏のおっちゃんの場合、格好が格好だからなぁ」 烏の言葉を聞き付けた『永遠を旅する人』イメンティ・ローズ(BNE004622)がきょとんと首を傾げる横で、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が苦笑する。 「良く呼び止められなかったよな。僕、てっきり入り口で止められると思ったけど」 「其処はあれだよ、仮装に違いないと思われたということで一つ。夏祭りだからね」 飄々と言ってのけるその顔は、当の覆面に隠されて窺いようもない。 そんな会話が交わされる後ろでは、『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717 )がティッシュペーパーを被せて明かりを抑えた懐中電灯で足元を照らしながら辺りを見回していた。 「こんだけ神秘を見てくると、いい加減アレよね。多少のお化けじゃ驚かなくなるよね? ――あれ、犬束?」 「怖くない! 無視! 怖くないったらない……!」 「おーい、犬束ー」 「は、はいっ!?」 何某かを自分に言い聞かせていた『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が、もう一度声をかけられてハッとしたように明奈を振り向く。 「何かっていうか……大丈夫か?」 「勿論――いえ、あの……エリューションやアザーバイドは故が分かってる分平気なんですが……」 即答しようとしたのは自尊心ゆえか、それとも反射的なものか。もっともそれは最後まで紡がれる前に、真逆の言葉へと変じるや否や溜息に紛れて掻き消えた。 けれどそんな態度に疑問を感じていないのか、 「おにーさんやおねーさん達が一緒なら、お化け屋敷も怖くないね!」 「う……。そ、そうですね。一緒ですもんね!」 『チャージ』篠塚 華乃(BNE004643)の無邪気な言葉に、うさぎは無表情ながら、微かに目許を和ませる。 そうした会話の、更に後ろ。 彼らよりも少しだけ距離を離れたところに、今回の任務の参加者の、最後の二人が並んで歩いていた。 「……どれだけ持って来たんだ?」 「チョビのおやつを何種類かだろ、それに骨型の玩具も。おやつは好みが分からないから、色々試してみようと思ってな」 手元の荷物に視線を向けながら尋ねる『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)へと、その隣に寄り添うように歩きながら『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が笑う。 その表情が婚約者の服装を眺めて益々楽しげなものへと変われば、普段よりも若々しい格好を思い出したのだろう龍治が溜息を零す。 「普段の仕事着でも良いと思ったんだがな……」 「へへー。いつもの服装も良いけど夏祭りなんだから、そっちのが目立たなくていいだろ?」 上機嫌に笑う木蓮を横目に見て、龍治はやはり溜息に似た、しかしそうとばかりも言えない吐息をそっと吐き出した。 「それより従業員のあの様子じゃ、まさか中に“ホンモノ”が居るとは気付いてないみたいだな」 入り口の従業員のにこやかな態度を思い出し、夏栖斗が呟く。 「気付いていたら疾うに大騒ぎだろうさ。機械仕掛けじゃなく人力仕様のお化け屋敷にD・ホールが開いたのは、不幸中の幸いって奴だろうかね」 烏が――覆面の所為で判り辛いながらも――軽く頷いて同意を返した。そんな彼らのすぐ先では、イメンティや華乃が物陰を覗き込んでは、几帳面に労いや謝罪の言葉をかけている。隠れている脅かし役に、怯えるどころか平然としたものだ。 「龍治、何か聞こえるか?」 「少し待て……」 木蓮の言葉に龍治が耳を澄ませる。 間もなくガシャン、と何かが擦れるような音を的確に聞き取って、龍治は音のした方――ルートから少しばかり逸れた方角へと顔を向けた。 「向こうだな。犬の方を探したつもりだったが……とにかく、恐らくこのまま進んでいけばすぐに――」 見付かる筈だ、と。そう続く筈だった言葉は、最後まで紡がれることはなかった。 「ああ、これは……先に追い付かれたかな」 「え、なんだ? どうかしたのか?」 同じスキルでアザーバイドの歩行する音を聞き取っていたのか、暢気ささえ感じる烏の言葉に夏栖斗が疑問を投じる。 けれどその答えが返るより先に、その理由は安易に知れることとなった。 ――――………… 「……何か聞こえませんか?」 「何かって?」 「ええと……悲鳴、ですかね」 集音スキルを有さない中、最初に気付いたうさぎが首を捻る。聞き返した明奈に、しかし“何か”以上のことはうさぎにも分からないのだろう。 事情を分かっている筈のスキル所有者は何故か、片や完璧に繕った無表情、片や――被り物が邪魔をして表情は読めないものの、少なくとも醸す雰囲気は――何処となく楽しげに口を噤んでいる。そしてそんな中でも、うさぎの聞き取った悲鳴は徐々にその大きさを増していく。 ――――ァァァ……ァ………… お化け屋敷である以上、悲鳴は珍しいものではない。――だが緻密とはいえない代物で、道も半ばを過ぎた先から逆送してくる悲鳴は余り聞けるものではないかもしれなかった。 最初はヒュードロドロ、と効果音に邪魔をされて微かにしか聞こえなかった悲鳴が、徐々に徐々に大きくなる。 そして、 『うわあああああああ!!! うわああああああああああ!!!!!』 …………遭遇は、唐突だった。 前方から重なった悲鳴で突っ込んでくる骸骨に、おどろおどろしさもお化け屋敷の風情もない。ましてやその後ろを追いかけるのが、きゃんきゃんと楽しげな子犬の鳴き声ともなれば尚更だ。 それにしても二つ頭の骸骨はどう見ても化かし役だというのに、それが悲鳴を上げながら逆走している状況で、雇われの脅かし役が持ち場から離れて姿を見せないのは、天晴れのプロ根性とでも言うべきか。 「骸骨だな」 「ああ、骸骨だな。間違いない」 自分達目掛けて突っ走ってくる骸骨標本もどきにぼそりと夏栖斗が呟けば、同じ方角に目を向けた木蓮が深く頷く。 「あれが骨ボーンかぁ、龍治もああいうのが好きだったりするのか……な……へぷ!」 「犬の好物など好む筈がないだろうが。大体、犬ではないというのに」 「ス、スマンスマン、そうぷんすこするなって!」 木蓮の思わずといった呟きは、恋人にぺちりとやられて奇妙に途切れた。けれど少女の方は満更でもない様子で、よしよしと婚約者を宥めている。 「わー、骸骨さんから来てくれたー! わんちゃんもいっしょだよー」 「探す手間が省けたとですよー」 さて一方、良い意味でも悪い意味でも動じていないのは仲間内の最年少で、華乃の口調は楽しげに弾んでいた。答えるイメンティの調子ものんびりとしたもので、まるで危機感というものがない。 「本当に骸骨……――いや、ぼーっとしてる場合じゃないって!」 「はっ、思わず……!」 いち早く我に返った明奈の声で、探していた標的が突っ込んでくるという状況への認識が漸く意識に追い付いたのか、うさぎが慌てて一歩前に出た。そのまま口元に手を当てて、メガホンのようにアザーバイドへと言葉を飛ばす。 「救援です! 獣は対応班に任せてこちらに!」 「おっと、そうだった。わんこー、骨ガム、こっちのが美味しいから、こいよ」 然程広くもない通路だが、左右に分かれる程度の余裕はある。 二つ頭の骸骨が脇を通れるように道の端に避けた夏栖斗が数歩ばかり前に出て、小さな狩猟者の前に取り出した骨型のガムを揺らしてみせれば、子犬が標的に迷ったように走る速度を少しだけ緩めた。 「おおっ、救援だぞ“右”!」 「待て、信じるのか? 信じていいのか!?」 「信じなかったら“獣”の餌だぞ!? それに見ろ、同胞っぽいのも居るぞ!」 「よし分かった、突っ込め!!」 果たして、一つの身体の上で二つの首が騒々しくそんな会話を取り纏めると、骸骨はがしゃんがしゃんと騒々しい音を立てながら迷わず夏栖斗の脇を走り抜けた。 「骸骨さん。怖がりさんだから、これ以上はだーめ」 一方むく毛の子犬の前に立ちはだかった華乃が、小さな追っ手に合わせるようにしゃがみ込む。そのまま突っ込んできたところを、幼い掌が抱き上げてぎゅっと胸元に抱え込んだ。 「ナイス、華乃」 「えへへー」 夏栖斗に褒められて華乃が相好を崩す背後で、全力疾走を遂げた二頭骸骨はぐったりと床に四つん這いになっていた。 荒々しい呼吸を繰り返すアザーバイドに、明奈が少し迷ってから骸骨の肩に触れる。 「初めまして! 言葉、通じるよ――ね?」 陽気さを装った挨拶が終わるより先に、身体を起こした当の骸骨に肩へと触れた手をがっしと掴まれた明奈がぽかんとする。そんな少女の掌を骨張った――というより骨でしかない両手でしっかりと握ったアザーバイドは、 「いや有難う! 有難うお嬢さん方! 本当に有難う!!」 大仰なまでに盛大な感謝でもって頭を下げた。四つの眼孔からは、どういう訳か滂沱と涙が流れている。 「くっ、この世界の住人ときたら――」 「人が助けを求めると笑い出すか悲鳴を上げて逃げ出すかのどっちかで――」 「最早これまで、このままあの化け物の胃袋に収まるしか術がないのかと――」 「――其処をお嬢さん方が救ってくれてたという訳だ! 有難う、本当に有難う!」 左右の頭が入れ替わりに喋りながら、両方の腕でブンブンと明奈の手を振り回す。 「わ、分かったから落ち着いて、ね!」 「怖かったとですね。もう大丈夫ですよー」 容赦なく振り回されて疲れ始めた腕に、明奈が骸骨を宥めながら苦笑する横で、イメンティもにこやかに同情を示す。 「おお、すまんすまん。それにしても、まさかこんな場所で同胞に……会えるとは…………――んん?」 集う面々の中で最も奇怪な人物に話しかけた骸骨だったが、その言葉が終わる前に二頭揃って首を捻った。 「いや待て、何か違うな。例えばこう、胴体がヒトっぽいというか……」 「ヒトだから当然なんだがね」 『……………………』 「うん、少なくともそちらの世界で生を受けた覚えはないよ」 人を喰ったような言い回しにも聞こえてしまうのは、その口振りの所為か、それとも特異な外見の所為か。 少なくともいずれにせよ、顔を見合わせた二つのしゃれこうべは、息の合った動きで同時に口を開いて。 『お化けぇえええええええええ!!!!!』 「誰がお化けだコンチクショー」 予想通りといえば予想通り。 若干のタイムラグこそ発生したが、案の定の悲鳴にお約束の一言だ。 左右どちらに逃げようというのか、或いは両方に逃げようとしたのか。引っ繰り返った二頭骸骨を前に、騒々しさだけがお化け屋敷の中に響いていた。 ●暗幕に秘された光景 「私達は貴方達を保護……と言うか、無事送り返す為に来ました」 「ちゃんとお家に帰れるよ。よかったね!」 「保護? そりゃまあ、いつまでもあんな獣と一緒に居たくはないが」 二つのしゃれこうべが落ち着くのを待ち、リベリスタ達からの一通りの名乗りを終えて。 そう告げたうさぎと華乃に、向かって左――彼ら曰く“右頭”のしゃれこうべが首を傾げた。“左頭”の方は二人の言葉よりも、すぐ側にいる夏栖斗の腕の中で大人しく与えられた骨型のガムを齧る子犬の方を警戒も露に窺っている。 「こいつに悪気はないよ、君が面白くてじゃれてるだけだぜ。撫でてやってみ?」 「ころころさんはまだ小さいとですゆえ、からからさんに遊んで貰いたかっただけとです」 「冗談言うな、じゃれ付くだけなら普通は襲い掛かるもん――か……」 視線に気付いた夏栖斗が言うところへ、イメンティもまた、にこにこと表情を和ませながら言葉を続けた。 それに対して“左頭”の方は疑り深く二人と一匹を見比べていたが、イメンティが子犬に差し出す物体を見てかくんと顎が外れる。 「ど、同胞よ……!」 「同胞? ただの骨とです」 「それは……どうなんだ、この場合……」 「……確かに餌には違いないな」 ブルブルと震え始めた“左頭”にイメンティが首を傾げる横で、ジャーキーを手に子犬の気を惹いていた木蓮が曖昧に苦笑した。対して龍治の方は子犬に齧られる骨とアザーバイドを見比べて、何某か得心したように頷いている。 しかし“右頭”の方は片割れの状態には気付かないまま、うさぎ達との会話に集中していた。 「件の猛獣に関しては此方で対処するのでね。その間にお引取り願いたいわけだ」 「ちなみに、ですが。あの獣、この世界じゃその辺にポンポンいるポピュラーな生物なんですよ」 「良し、さっさと帰るぞ“左”。そもそも探検しようなどと思ったこと自体が過ちだ!」 微笑んだうさぎの言葉が決定打になったのか、“右頭”が即座に立ち上がった。反対に、元気の欠片も残っていないのは“左頭”だ。 「“右”よ、あの生物はやはり獣だ……我らが同胞をバリバリ、バリバリ……おおお」 「な、なんだ? 変なものでも喰ったのか?」 項垂れて呻く“左頭”だったが、流石に命の恩人の一人――と、少なくとも思っている――イメンティを告発する気にはならなかったらしい。 的を得ない呻き声に首を捻る“右頭”に、事情を知る側の面々はそっと視線を逸らしていた。 「そうそう、そうだ! 此処だ、此処!」 お化け屋敷の通路を逸れ、記憶通りの場所に“左頭”が安堵の声を上げた。 「実に助かった、感謝してもし足りない」 左右どちらが告げたものか、口を開くホールの前で改めて振り返った骸骨が、リベリスタ達へと深く頭を下げる。その手に抱えている本は、明奈に土産として渡された観光用のガイドブックだ。お礼として乞われるまま撮影した写真は、心霊写真というより変わった骸骨とのツーショットにしかならなかったが。 今はイメンティに抱かれて少女達に構われ、甘えている子犬から視線を剥がした“右頭”が面々を眺めた末、薄暗い中でも分かる赤い覆面へと顔を向ける。 「なぁ、お前さんホントに同胞じゃないのか?」 「烏のおっちゃんのアレは覆面だからな」 どうにも其処が疑問らしい。首を捻る“右頭”に、本人ではなく夏栖斗が笑いながら答えれば、左右どちらの意思が強いのかはさておきホールへと踏み出しかけていたアザーバイドの背に「そういえば」とうさぎが声をかけた。 「貴方達のお名前はなんと言うのですか?」 「さあなぁ……今まで二頭骸骨とした呼ばれたことがないものでな」 「それか、精々“右頭”に“左頭”呼ばわりだ」 「おや、そうなんですか……」 骨だけの肩を竦めた二頭骸骨は、今度こそD・ホールへと足をかける。 「それじゃあ、短い間だったが世話になったな」 と、“右頭”。 「いつかまた『道』が繋がったら、その時には是非遊びに来てくれ」 と、“左頭”。 泣き喚いていた最初の騒動など欠片も見せず、左右の顔が骨だけでもそれと分かる形に微笑んで。 ――今度こそ、二頭骸骨の姿はD・ホールへと呑まれていった。 ●団円とは斯くの如くに D・ホールを無事に閉ざして暗幕を下げただけの出口を潜れば、其処には屋敷内の騒ぎとは全く異なったざわめきと、夏の眩しさが満ちている。 「さて、と――」 暗い屋内から日差しの照り付ける屋外へと踏み出して、烏が覆面越しに視線を巡らせた。 早速取り出した煙草に火を点し、紫煙を燻らせて仲間達を見る。 「無事に送り返せた所でだ、若い連中は夏祭りでも楽しんでこい。おじさんが奢るんでね」 「え、良いのか!?」 「わーい!」 烏の言葉に即座に反応した明奈の声に、無邪気に喜ぶ華乃の声が重なる。 他の面々も殆どが似たり寄ったりで、年長者の甘い言葉に従って、お化け屋敷とは対照的に日差しの眩しい賑やかな祭りの中と散っていった。――その中に一名、実年齢では遥か上を行く最年長者が含まれていたのはご愛嬌だ。 「……祭りで奢られるほど若くはないんだがな」 傍らに立って呟くように零した龍治に対し、烏はやはり飄々と、何処か道化のように芝居がかっても見える仕草で肩を竦める。 「堅いことは言いっこなしだ、雑賀君。息は抜ける時には抜かねぇとな――それに、彼女の方はそうじゃないだろう?」 覆面がちらと動き、隠された両目が日差しの中に鮮やかに躍る白の髪を視界に捉えた。 向けられた視線に気付いた訳でもないだろうが、祭りの喧騒に会話が紛れる程度のほんの少し先で、子犬を抱いた木蓮が振り返る。件の子犬はおやつの匂いが気になって仕方ないというように、少女の持つ荷物の方へと短い前足を伸ばしていた。 「龍治! 何してる、早く行こう!」 「…………、ああ。今行く」 陽光の中の笑顔を眩しげに、唯一の景色を映し出す左目を細め見つめて、龍治は小さな吐息と共に婚約者へと微笑んだ。 恋人の元へと向かう背中を見送る表情は覆面の下に覆い隠し、烏は微かな笑声を漏らす。くゆる紫煙が空へと溶けた。 「いやはや、若いね。羨ましい限りだ」 やはり何処までも真意を掴ませない独り言を零し、烏もまた、お化け屋敷の前から祭りの賑わいへと一歩を踏み出す。 季節は夏。 人々の賑わいは蝉の声さえも呑み込んで、陽気な祭りはまだまだ盛りを迎えたばかりだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|