●花の死 ――死んで骸になった後は花に埋もれて、大地とひとつになりたい。 ――そして、その花が大好きなあの丘のツツジの花であったなら、わたしはとても幸せよ。 嘗て、彼女は幾度もそう言っていた。 きっとそのときには既に自分の死期を悟っていたのかもしれない。そんなときに、彼女の話を真面目に聞かなかった自分はなんて愚かだったのだろうか。 それから、暫くして彼女は逝った。 花に埋もれて朽ちたいというあの願いは、周囲に反対されて叶えられなかった。 「だけど、大丈夫だ。遅くなったけれど、お前の夢を現実にしてやるよ」 彼女の躯を抱き、花咲く地に腰を下ろす。 季節外れだというのに、願うだけで低木にはツツジの花が咲き乱れた。おそらく、これもあのときに拾った不思議な石のお陰なのだろう。 これがあるからこそ、こうして彼女の夢を叶えることができる。 周囲の低木は見る間に枝を伸ばし、現実離れした成長で辺りを包み込んでいく。不思議だとか、怖いだとか思う以前に、ただ嬉しかった。 骨になった彼女の眼窩は空を見ていた。 今や、その空の光景すら成長する花と枝木によって埋め尽くされてようとしている。 「ツツジの花、きれいだな」 このまま此処にいれば、花が俺ごと彼女を包むだろう。そうすれば、俺の役目だって終わる。 だから、それまでは――。 「もう誰にも邪魔させない。……絶対にだ」 彼女は――いや、俺達はこの花に抱かれて共に朽ちる。そう、決めたのだから。 ●ツツジとドクロ 『緑の命石』。 それは、所有者に取り憑き、周囲の植物を操る能力を与えるアーティファクトだという。 「その説明だけを聞けば便利なアイテムだと思うよね。だけど、それは恐ろしいものなんだ。使用者の命を吸い尽くすまで離れない上に、操られた植物を狂わせる効果もある」 そして、不幸にも緑の命石を手にした青年がいる。 そのことをリベリスタに告げた『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は、その青年が抱える事情が実に厄介なのだと語った。 青年、志野原カイには恋人が居た。 病弱だった恋人は闘病の後に還らぬ人となり、家族の手によって埋葬されることとなる。カイは彼女が言っていた言葉を思い出し、火葬にするのは止めて欲しいと願ったらしい。 だが、その願いが聞き入れられることは無かった。 「どうしても『花に埋もれて朽ちたい』という彼女の願いを叶えたかったカイは、葬儀の前にその亡骸を盗んだ。それから、暫く彼は行方不明だった」 おそらくは、ツツジの花が咲く季節になるまで何処かに潜んでいる心算だったのだろう。 しかし、アーティファクトを手に入れたことで青年の計画は変わった。力を行使できると知ったカイは、すぐにでも彼女を花で包むことにしたのだ。 「……で、現在。カイは亡骸と一緒に丘の上にいるってわけだよ」 彼自身は誰かに危害を加える心算など無い。だが、問題はその願いによって成長する木々の方にある。 放っておけば、緑の命石の力によって狂った植物が街へと至り、大きな被害を出してしまう。そのうえ、彼女の花葬が最期の仕事だと思っているカイは自らアーティファクトに命を捧げるだろう。 「今ならまだ間に合う。急いで丘に向かって、緑の命石を破壊すればすべてを防げる」 カイ自身に戦闘能力はなく、その右手の甲にはまっている石を壊せば事件は一応解決する。 しかし、厄介なのは丘の周囲を包み込む植物達だ。 成長した異形の植物は近付く者に攻撃を仕掛けて来る。鋭利になった葉による範囲攻撃、枝による薙ぎ払いなど、戦いは厳しくなるだろう。 そのうえ、植物はカイの命の力を使って何度も再生するようだ。何とかしてそれらが再生する前に斬り払い、青年までの突破口を開く。そして、アーティファクトを壊せば任務は完了。 そうすればカイの命も救われ、急成長した植物も力を失う。 「ただ……彼はこのまま死にたいと思っているようだね。救うことが心の救済に繋がるかは、わからない」 タスクは複雑そうな表情を浮かべ、視線を落とした。 青年が死に向かう上、街や人々に被害が向かう未来があると分かっている以上、放っておくわけにはいかない。 「カイが行おうとしていることはいけないことだけど、悪意からのものじゃない。それでも、止めなきゃいけないこともあるんだ。……頼んだよ、皆」 そうして、フォーチュナは説明を終えた。 花と共に朽ちようとしている彼等を待つ未来は、どんな色に染まるのだろうか。それが悲しみだけではなければ良いと願い、少年はリベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月20日(火)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 街を一望できる小高い丘の上。 夏真っ盛りのその場所には、季節には不釣り合いな花が満ちていた。ツツジの花。それだけを見るならば実に美しく、心地好いものだ。しかし、それは今も成長を続けながら丘を覆い尽くさんとしている。 「……やれやれ、面倒くせぇ話だ」 三影 久(BNE004524)は植物が成す球体へと視線を差し向け、溜息を吐いた。 植物を操るアーティファクトを持った青年は、ただ故人の願いを叶えたいだけだ。だが、それは阻止しなければならない。あまり気分が良い話ではないが、このまま放置する方がよっぽど後味が悪い。 「恋は盲目。そう、何時まで経ってもな」 仲間で形成する陣形の一番前に立ち、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)はふと呟く。 楔形に陣を張り、目指すは集中一点突破。後方では『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)が敵である植物球体の解析を行っており、めまぐるしく視線を巡らせていた。 「解りました。やはり街の方向から見た所が一番薄いようです。あの一点から切り込みを!」 狙うのは層が薄く、攻め入りやすい箇所。 こうも早く薄い部分を見つけられたのは、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が元からアタリを付けていたためだ。 「ああ、この眼下の光景は大切なものだったのでしょうね。とてもとても綺麗ね」 僅かに振り返った海依音は感嘆の声を漏らす。しかし、いつまでも街を見つめては居られない。かの街を蹂躙させぬためにも、今は目の前の植物と対峙するときだ。 内部に位置取った光介の指差した先を見据え、『足らずの』晦 烏(BNE002858)も小さく言葉を紡ぐ。 「『花に埋もれて朽ちたい』か、故人の生前の意思を尊重してやりたいとは思うがね」 「ああ……だが、歪み切る前に目覚めてもらうぞ!」 烏の声に頷いた鷲祐が全身に雷光を纏った。それに続き、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が漆黒を解放して武装具を次々と装着してゆく。その気配が戦いのはじまりだと気付いたのか、植物はリベリスタ達を敵と見做したようだ。 「来たみたいね。それにしても、常識を超えた行動……一種の狂愛なのかな」 魅零は枝葉を広げるツツジの奥を見透かすように双眸を細める。この中心にはカイという青年がいるはずだ。今も彼女の亡骸を抱き続けているであろう彼は今、何を想っているのだろう。 恋人を葬るのが最期の役目。 そう考えている青年は間違っている。『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)もぎゅっと掌を握り締め、青年の気持ちを思った。 大切な人が死んだ後の話なんて、できれば口にしたくない。だからこそ青年はそのとき目を背けたことを後悔して、命懸けで彼女の死と向き合っている。 「でも……後追いなんて、生きられなかった彼女にとっては酷いことよ。だめ、なの」 その合間にも植物はざわめき、今にも襲いかかってきそうだ。 『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)は攻撃効率動作を共有させ、仲間の力を増幅させてゆく。どれほど多くの人間が不幸を避けようと願っても、いつだって不条理は起きてしまう。 「我々は不幸を回避することは出来ないのでゴザイマス。シカシ、抗う事は出来る」 だからこそ、自分達は力を尽くす。 アンドレイの言葉に久が頷き、ひよりも真剣な眼差しを向ける。 それぞれの瞳で見据える先。其処に求めるのは目の前の敵を屠って手に入れる、完全なる勝利だけだ。 ● 此方が攻撃に動くよりも先に、ツツジの枝がリベリスタ達に襲い来る。 必然的に狙われるのは陣形の先頭を担う鷲祐だ。彼を中心にして解き放たれた葉の舞いが仲間達を次々と切り裂いていく。肌を掠め、頬を伝った血を拭うこともせず、鷲祐は刃を掲げた。 「この身神速の魔弾と成して。撃ち抜くッ!!」 凛とした響きと共に、音速の壁すら撃ち砕く神速の刃が枝を斬り刻む。それは宛ら竜鱗の如く冷徹なる咢は多くの葉を散らした。 しかし――奥に辿り着くまでには足りない。 薄い部分とはいっても、他と比較すればの話だ。アーティファクトの持ち主に至るまでには何手もの攻撃が必要だろうと思わせるほどに、樹木の壁は厚い。暴走をはじめるアーティファクトというだけあって、その力は相当なものだったのだ。 アンドレイは続けて防御効率動作を向上させ、攻撃に対する守りを固めた。その際も左目でしかと標的を見つめ、様子を窺うことは忘れない。 「怯まず参りませう。小生が居るからにはこの戦争に我等ノ敗北ナドありませぬ」 幾ら強くとも、負けるわけにはいかない。アンドレイの護りの力は仲間を包み、久や海依音は漲る力を感じていた。そこから続き、攻撃に動いた烏は往く手を遮る枝を狙い、銃を構える。 間髪いれずに打ち込まれた射撃の威力は相応のものだ。 「アーティファクトなど使わず地道に目指していれば邪魔をする事も無かったわけだが……」 急いては事を仕損じる。 内部の青年に送る言葉はそれが相応しく、実に言い得て妙だった。烏の射撃と枝葉の散り具合を見つめながら、光介は攻撃の衝撃を癒すべく、詠唱を紡ぐ。 その間に海依音は強烈な閃光を放ち、更なる衝撃をツツジに与えた。 カイは、大切な人を静かに追おうとしている。後追い自殺にも近いそれは放っておいてはいけない。 「見過ごすわけにはいきません」 そう口にした光介には強い思いがあった。何故なら、それは少年の中に常にある『迷い』と等しいからだ。癒しの微風が仲間を包み込み、光介はしっかりと戦場を睨み付ける。 そんな少年の姿を横目で見遣った後、魅零は攻撃へ転じた。 一気に解き放たれた魔力は無限の悪意と絶望の闇へと変わり、崩れた枝に襲い掛かる。 「カイ君、聞こえる? 私達は貴方に危害は加えないわ。ただ、止めるべきものを止めさせて頂戴!」 魅零は枝葉越しに青年へ呼び掛け、反応を窺った。 何も言わなければ、彼は自分達をただの邪魔者だと思うだろう。無論、実際にも邪魔を死に来ているのだが、意思の疎通をするとしないでは大違いだ。 「――止めろ、俺達の花を散らさないでくれ……!」 すると、内部からカイが叫ぶ声が聞こえた。拒否が滲む声を聞き、ひよりはふるふると首を振る。 いつでも癒しに回れるよう、状況を見極めている少女は青年の思いに心を寄せたいと思った。寧ろ、既に死した『彼女』の方だろうか。 「待って、あなたは……大地とひとつに、その願いの意味を考えてみたことはあるの?」 腐って、崩れて、土に還り、また生まれる。 その果てに思いを馳せるのは終わりの続き。それはひより自身もよく夢想することだった。 問い掛けの答えは戻って来ない。このまま拒絶されたままなのだろうかと不安が過ぎったが、ひよりは諦めないことを誓う。其処に続けとばかりに、久も言葉を投げかけた。 「おい、答えろよ。……『彼女』は一度でも死にたいと言った事があるのか?」 カイはその石が命を食んでいると知っているのだろう。そのうえで、青年は彼女と同じ死への道を辿ろうとしている。彼女が望んでも手に入れられなかった、健全な肉体を持っていると言うのに。 「なのに、なァ……お前はあの世で『彼女』に胸を張って何かを言えるのか?」 「――!」 変わらず、明確な言葉は返って来ない。だが、久は相手が息を飲んだらしき気配を感じ取っていた。素早く攻撃に移った久は連撃を撃ち込み、邪魔な枝葉の排除にかかる。その間、内部から激しい怒りと困惑の叫びが響いてきた。 それと同時にツツジの枝や花がふたたび成長を始め、削った部分の修復に掛かってゆく。 「うるさい、黙れ! お前らに何が分かるってんだ!」 「我侭を通しますか。ならばその宝石を手放せなんて意地悪は言わないわ。もし本当にそれが必要なら――ワタシ達を倒しなさい」 海依音は敢えて否定も肯定もせず青年に告げる。 アンドレイも同意を示し、海依音と共に枝葉の排除に動いた。 「ソウデスネ、サァ互いの『我儘』の為に戦争をシマセウ。戦争ナンテ所詮ソンナモノ」 どんな戦いであっても、結局は両者の意地と我侭を貫き通す勝負になる。 すべてを巻き込んで死すか、すべての命を拾い上げるか――。おそらく、戦いの結末はそのどちらかになってゆくのだろう。 ● リベリスタは樹木を蹴散らし、穿ち、突破を目指す。 対する枝葉は再生を繰り返しながら、侵入せんとする鷲祐達に容赦なく襲い掛かってきていた。まるでそれが青年と彼女の心を映し出しているかのようにも思え、ひよりは瞳を潤ませる。 「怖くて、寂しくて、辛いのね」 死の別れはとても重いしこりとなるだけで、あまりに無価値に思えるのか。 周囲に何も返せないで死ぬことが怖いのか。すべてを理解したとは思えないが、ひよりには何となく彼を通じた彼女の気持ちも分かる気がした。 仲間を切り裂く枝からの衝撃に備え、ひよりは癒しの息吹を具現化させる。広がる枝や花に負けないくらい、めいっぱいに両手を広げた彼女の力は、手酷い傷を受けていたアンドレイ達を癒す。 魅零は幾度目かの無明を放ちながら、カイに呼び掛け続けた。 あれから何も反応が返ってくることはなかったが、それでも魅零は言葉を紡ぐのを止めたりはしない。 「恋人を葬るのが最期の役目なんて言わないで。勝手な事を言うけど、生きて欲しい!」 放つ魔力は絶望の形をしていても、求めるのは希望の形だ。相反するからこそ、手に入れたい。魅零も自らの我侭を貫き通すため、こうして戦っている。 「小生は貴方が間違っているトハ思わない。ソシテ我々が間違ッているとも思ワない」 『悪』の無い戦いというものは実に辛いものだ。 アンドレイはそう語りながらも、大胆不敵に対象の弱点を見極めた。放たれる一閃は鋭く、再生した分の枝を薙ぎ払ってゆく。 流石、と感想を零した久も前を見遣り、再びカイに問い掛けた。 「もう一度聞くぜ。君の願いを叶えて死んだんだ――って彼女の目を見て言えるのかよ?」 彼女は悲しむはずだ。 それすら想像でしかないが、花に埋もれて大地とひとつに、などという女性はきっとそう思うだろう。 一進一退の戦い。 互いの攻防が続く中、烏はなかなか切り拓けぬ射線を何とかして開こうと画策していた。 「隙間を狙えば、或いは――」 翼の加護で受けた能力を使い、烏は上空に飛び立つ。それと同じタイミングで駆けた鷲祐は光の飛沫を散らした。枝が折れ、幾許かの射線がひらく。 「カイさんの姿が見えました。きっともうすぐです!」 光介が指差せば、鷲祐も頷いた。そして彼は空高く伸びた枝の中腹まで飛びあがった烏を見上げ、即座に呼び掛けた。 「今だ!! 撃ち抜け!」 「了承した。……上手く行くと良いが」 刹那。放たれた弾丸が枝の合間を掻い潜り、僅かに姿が見えている青年――その右手に迫る。 アーティファクトたる緑の命石にヒビが入り、壊れたかのように思えた。だが、ギリギリのところで完全に破壊するまでに至れなかったらしい。 アンドレイは状況を聡く察し、あと一撃さえ入れられればそれを破壊できると判断した。 しかし、暴走する枝葉の勢いは止まらない。飛行する烏に目掛け、葉の舞を向かわせた植物の一撃は手痛い衝撃となって襲い掛かった。烏は地に落ちて膝を折りかけたが、運命を引き寄せて立ち上がる。 癒しが間に合わなかったことは悔しかったが、光介とひよりは互いに視線を交わしあった。 「これから先は、負けないの」 「大丈夫です。誰も倒れさせたりなんてしませんから……!」 大切な家族の下へ逝ってしまいたい。それは光介とてもよく思うこと。だけど、一方で思うこともある。いま逝ったら大切な人達に失望されるのではないか、と。それはカイへの思いにも通じる。 ひより達が示し合せて施した息吹は、傷付いた仲間達を完全に癒しきる。長く続いている戦いも、カイの姿が見え始めたことで終わりが近いのだと感じられた。 そのとき、カイがリベリスタ達に叫び掛けた。 「いい加減諦めてくれ。俺は、俺達は……」 困惑と驚き、様々な感情が入り混じった声が悲痛に響く。海依音は軽く息を吐き、枝葉を斬り払ってしまうべく光の裁きを迸らせた。 「いいですか? 貴方まで死んだら、貴方の中の『彼女』も消えちゃうのよ」 死ぬのは簡単。だけど生きるのは難しい。 彼女のことを想って行動する彼は根本的なことを勘違いしてしまっている。海依音達は任務で赴いているとは言っても、彼の生死は任務外の話。でも、だからこそ勝手なお願いを貫きたいのだ。 すると、カイはリベリスタに視線を向けた。 「共に消えたいと願ったんだ。約束出来なかった約束を果たしたいんだ。なぁ、俺は……」 ――どうしたらいい。 言葉は紡がれなかったが、彼はそう言っているように思えた。 道を塞ぐ枝はもうかなり薄くなっている。植物とアーティファクト。それぞれ一撃ずつさえ入れられれば、暴走は止められるはずだ。 「……悪いが、お前達はお呼びじゃないんだ」 恋路の邪魔はもうさせない。 即座に斬り込んだ鷲祐が光を散らせ、樹木を粉々に吹き飛ばす。しかし、再生を計った枝が更に道を塞がんとして動き始めた。されども、それもまた枝を狙い打った烏によって砕かれる。 「さあ、最後を飾ってやればいい」 烏の言葉に頷きを返した光介が視線を送り、ひよりも願いを込めて最後の一撃を望む。 手番が回り、アーティファクト破壊の機を得たのは魅零だ。彼女は地を蹴り、ただ一点を目指した。 「失った人は戻らない。でも、聞いて。つつじの花言葉はね、『愛の喜び』だよ。だから……!」 「――!」 そして、振り下ろされた刃は青年の右手に宿る石に向けられ――次の瞬間、砕け落ちる音が響く。それと同時に、ぽこん、という軽い音が聞こえた。視線を遣った仲間が見たものは、 「はい、おしまいです。海依音ちゃんの必殺……ではなく、不殺の杖でちょっと眠って貰いました」 そう言って、倒れたカイを膝枕している海依音の姿だった。 ● 静けさと平穏が戻った丘の上、枯れ果てたツツジを見下ろしたアンドレイ小さく零した。 「人はイツカ死にマス。誰だって死にマス。悲しいデスガ死人にソレ以上はありませぬ」 彼は静かに語り、気を失っている青年の傍らにある髑髏を見つめる。 だが、生きている者には先がある。先さえあれば何かが出来る。果たして何を望まれているのか。それを理解し、決めるのはカイなのだ。 「いつまでそうしているつもりだ」 やがて、鷲祐がそう声を掛けると彼はゆっくりと瞳をあけた。 「ん……」 「ごめんね、つつじ、これしか残らなかった」 魅零は枯れてしまった花の欠片を青年に渡し、命に別条はないことを確認する 「アンタ達が俺を助けてくれたってことになるのか。俺の負けだ。でも……ありがとう、な」 ぎこちなくも返された言葉は曖昧だったが、彼は礼を告げた。魅零には彼にたくさん告げたいことがあったが、何故かそれだけでもう十分だという気分にもなる。 そして、烏はカイの手を取って立ち上がらせた。 その手で様々な季節に花をつける花々の種とツツジの苗木が入った小袋を彼に手渡し、語りかける。 「性急な方法ではダメだったがね、彼女の願いそのものはこれからでも叶えられるだろ?」 焦らずとも自分の手でゆっくり叶えて欲しい。そして、生きて毎年彼女の為に、花を咲かせてやればきっと喜んでくれるだろう。ひよりも笑みを湛え、青年に告げる。 「死ぬ気でがんばるなら、彼女が静かに眠れるように何年かかってでもこの丘を買い取って埋葬許可を得るくらいの甲斐性を見せたらいいの。やろうと思えるのはあなただけだもの」 そうしていつかこの地に加わってひとつになる。すてきなの、と少女が笑うと、青年も笑った。 「……はは。そいつは良い考えだ」 「生きていれば良い事があるとか、そういう事を言うつもりは無いが……後ろめたい思いを抱えてるよりはマシだろ。な?」 久も笑いを堪えつつ、カイの背を軽く叩く。 アーティファクトが消え、僅かでもリベリスタの気持ちが届いた今、青年は死を選ぶことはないだろう。光介はカイに微笑みかける。 「迷うけど、大切な人には胸を張りたいから。生きて、一緒に悩みましょう?」 「わかったよ。ったく、お前みたいなガキに諭されるとはな」 返事はぶっきらぼうだったが、光介にはそれが彼の物言いなのだと解っていた。 「分かるか、カイ。お前の愛した女は、お前を愛した女は、お前への愛の下に眠りへつこうとしたんだ。そしてツツジはここで咲く。お前と同じ世界で生きるために。彼女はそれを、ツツジに託したんだ」 さぁ、その恋を愛へ変えろ。 鷲祐が雄弁に語れば、カイは「よくそんな恥ずかしい事が言えるな」と照れ隠しに笑った。 それから、海依音は許可を得て『彼女』の亡骸を手に取り、其処に遺された想いを読み取ろうと試みる。 「最後に彼に残す言葉があってもいいでしょう? さあ……」 そして、髑髏から読み取れた想いは――。 『ありがとう、大好きよ』 籠められていたのは、至極簡単で、それでいてとても優しい言の葉。 想いを聞いた青年の口許が綻ぶ。それはまるで――小さな花が咲くかのような笑みだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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