●彼の人への想い 或る一時だけ、死んだ者の魂がこの世に戻ってくる。 幼い頃、はじめてそう聞いたときは夜に眠ることができなかった。 何処に、どんな形で死んだ人が戻って来るのだろう。声は聞こえるのか。姿は見えるのか。お話はできるのか。そう思うと胸が高鳴って、夜通しずっと逢いたい人の魂が訪れるのを待っていた。 大きくなった今は、魂が戻ってくると云う話はただの謂れであると知っている。 それでも、今だって逢いたい人が居る。 空の向こうに逝ってしまった、大好きなあの子ともう一度お話をしたい。叶うなら――ううん、叶わないことだとも知っているけれど。大切な人を想うことは何時になっても止めたりしない。 形が無くても、何も見えなくても、何も聞こえなくても。想い続けることで戻ってきた魂とほんの少しだけ、触れあえる気がするから。 ●迎え火 「御祭があるらしいの。とはいっても、賑やかなものじゃないわ」 盆が近付く或る日、『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル (nBNE000261)は、近所の仏閣でひっそり行われるという催しについて話す。 死者の魂を尊び、迎え入れる。 旧くからの習わしやしきたりが薄れかけている現代、若い人にその大切さを知って貰おうと云う趣旨で行われるもののようだ。 「日本では『迎え火』って言うんだったかしら? その辺は私より日本人の皆の方が詳しいと思うわ」 そういって、ロザリンドは仲間達を催しに誘う。 地域によって行われる時期は異なるが、件の場所はこの時期に取り行うらしい。それに、宗派や思想の違いはあれど、死者を尊ぶ気持ちは万人共通だろう。今回も特に何かを強制されるわけでもなく、境内に厳かな火を灯されているという形だ。 其処で手を合わせ、暫しの間だけ大切な人を思う。 ただそれだけのものだが、ロザリンドは行ってみようと思うのだと告げた。 「別に私ひとりでも良いんだけど……えっと、行われるのが夜なの。ひ、ひとりだとちょっと寂しいかなって。思ってたり思ってなかったり……ううん、とにかく! 来たい人だけ来ればいいじゃない!」 少女はそっぽを向いてしまったが、誘った理由は真剣そのもの。 大切だった人。そして、今でも大切に思う人の為に心を馳せ、還ってくるという魂を迎え入れる。それが形式だけのことだったとしても、その心が大切なのだろう。 「だから、貴方達も一緒に」 行きましょう、と微笑んだ少女の表情には少しだけ、未だ癒えぬ悲しみの色が見えた気がした。 だが、仲間達に向けられた眼差しは澄んでおり、何処までも真っ直ぐだった。 魂に形はない。 それでも、ひとときでもまた触れたいと思うのは、生きる者の我侭だろうか――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月22日(木)00:00 |
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■メイン参加者 13人■ | |||||
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● 火にて迎え、灯にていざなう。 仄かに燈る明かりの下、ひとびとは亡くした者を想う。魂は無へと還るとも、かたちがないとも言われているけれど、今日この日だけは現世に帰って来て欲しいと思った。 ――かの戦いで何人の命が失われたのだろう。 様々な思いを馳せた雷音は兄の傍ら、迎え火を見つめた。夏栖斗も『彼女』が自分達を見つけやすいようにと灯籠の傍に佇む。 気持ちには整理などつかず、感傷に過ぎない想いは心の澱のように残るだけ。 静かな夜の最中。兄と妹、二人の間に多くの言葉は要らない。 きっと二人は同じ事を考えている。こてり、と兄にもたれかかった雷音の体温は、夏だというのにひどく冷たかった。それは心の温度を表しているかのようで、夏栖斗は敢えて冗談を紡いだ。 「僕らにとって幽霊ってエリューションフォースだよな。もし今出て来られても困るじゃん」 討伐対象になるから、と笑った彼に雷音はぎこちない表情を返す。 夏栖斗にもそれが下手くそな冗談だと解っており、己の不器用さがもどかしかった。雷音は自分と同じ、それ以上に苦しんでいるであろう兄を暫し見つめ――そして、小指を差し出す。 「君は……君と虎鐵だけはボクの前からいなくならないください」 『絶対』は、この残酷な世界にはないのは知っているけれど、約束をしたかった。夏栖斗もそれを理解していながら、小さな笑みを返して指を絡める。 「無茶はしないよ、絶対」 「嘘は、嫌いだ」 落とされた言葉はただ静かに、夜の狭間に交じって消えてゆく。 月が綺麗な夜だった。 一人ぽつんと空を見上げ、林に佇む虎鐵は様々なことに想いを巡らせている。 「……拙者は……無力でござるな」 大切な子達の心の支えにすら成りきれぬ自分。なんという言葉を掛けて良いかすら分からないのは、きっと己が人間ではなく獣であったからだ。 (所詮は戦う事でしか守れぬのでござるな……) 自分にはそれしかできない。考えれば考えるほど深みに落ちていくようで、心は淀み続ける。 だが――。 「こんな無様な姿は見せられないでござるな。少なくとも、こんなのは拙者ではない」 心の中では足掻いていても、いつもの自分で居られるように。 ただ、強く在ること。それが今の虎鐵の思いだ。 ● ――もう居ない人で逢いたい人は居る? 快に問いかけられ、ロザリンドは「居るわ」とだけ答えた。快はそっか、と頷いて再び口を開く。 「俺もね、いっぱいいるよ」 様々な戦いで仲間が大勢死んだ。大学でよく顔を合わせた友人や本部で仕事を教えてくれた先輩。そして、行きつけのお店の主人。 「そういえばあの人、いつも俺に白酒勧めて来たんだよね。そんなに呑めないってのに」 皆、逝ってしまった。それぞれ覚悟を決めた戦士だったからこそ悔みはしない。それでも――。 「……寂しいよ」 「そう、ね。寂しいわ。だけど……」 其処に続く言葉はなかったが、快は少女が何を言わんとしているかを理解していた。 思い偲ぶことは悪いことではない。だからこそ、今日という夜があるのだ。 「いやぁお盆だねぃ」 巫女だった頃を懐かしみ、御龍は巫女の舞を優雅に踊る。嘗てはこうして、毎年踊っていた。今もたまに踊るけどね、と笑んだ彼女は祝詞を口にした。 ――祓い給え。清め給え。 「こうして祖先の霊を慰めるのも立派な巫女のお仕事だったからねぃ。昔取った杵柄さぁ」 それでも、全ては過去の話。今を思い、舞を終えた御龍はそっと夜の空を見上げる。 夏は好きだけど、この時期は少し寂しくなる。 何処からか聞こえ始めた虫の声は遠く、夏の夜に静かな音色を宿していた。 夏の夜空の下、魅零は物思いにふける。 その傍らにはタスクが腰掛けており、共に亡くなった人を尊ぶ静かな時間を過ごしていた。 「もし、タスクが死んだりしたら、私は数年くらい凹んで立ち直れないかもだよー」 うひひ、と笑った魅零は、それくらいタスクの事が大切になっていると告げる。少年もふと考えを巡らせたが、すぐに想像を打ち消した。 「俺も魅零が死んだら悲し……いや、死ぬなんて許さないよ。置いていかないで、欲しい」 彼の切望めいた言葉を聞き、魅零は小さく頷く。 見つめるのは迎え火。 自分達の未来は分からないけれど、今は死者に祈ろう。魅零はふたたび口を開き、言の葉を紡ぐ。 「大丈夫だよ、ゆっくり眠ってね。アークは皆で護っているから」 ● リサリサにとって、母はいつも思い出の中の存在だった。 この国にいるという事を知ったのもここ数年の事。そして、アークにいることまでわかっていながら、気付いたときには母は生涯を閉じた後だった。豪快で愛情に満ちた彼女。街で何度か見かけたあの人が母だったなんて。今思えば、感じていた郷愁の気持ちは間違いではなかった。 「ワタシが今、出来ること、それは――」 母の守ろうとしたものを護ること。きっと、それが母への思いを伝える唯一の手段だから。 「見ていてください。ワタシはこれからもずっと護って見せます」 誓いを立てたリサリサは母を想う。 その表情は凛としており、一片の戸惑いすらなかった。 「早いモンでアンタが先に行ってからもう随分たつんだねぇ。向こうでも元気してるかい」 双子の妹に語り掛け、富江は豪快に笑む。 それは故人とよく似ていながらも、それでいて姉らしさが滲んでいた。自分はこの街で元気にやっている。相変わらずこの街の子達は元気一杯でまっすぐな子が多い。その分怖いもの知らずで不安だけど、と零した富江は故人に近況報告をしてゆく。 「アンタが救った花達は今も綺麗に咲いているよ。枯れるどころか逆に力強く咲く誇るようにね」 だから、心配はしなくていい。 ――アンタが遣り残しことはアタシが全部引き受けるから。 きっと、そっちに行くのはもう少し先。それまでに「もう聞き飽きたよ」と言われるくらいの土産話を用意していこう。そう告げた富江は空を見上げ、明るい笑みを湛えた。 普段とは違う静かな竜一にロザリンドは首を傾げる。 しかし、このような夜だ。彼がぽつりと語り出した事に、少女は静かに耳を傾けた。 竜一とて過去に何人もの死を見取ってきた。顔見知りもいれば、親しい奴もいて、色々思わないでもないのだと彼は言う。 「けれども、俺は歩みを止めるわけにはいかないからね」 どんな状況であれ何時も通りにふるまってこそ俺。そうやって笑う竜一に、ロザリンドは頬を緩める。 「竜一は、とても強いのね」 「というわけでロザりん! さみしくなったりかなしくなったら俺の胸の中で泣くといいよ!」 「え……遠慮させて貰うわ!」 だが、結局はいつもの遣り取りになる。それでも、少女の瞳には不思議と嬉しさが滲んでいた。 セッツァー自身には直接偲ぶような人物はいない。 しかし、今夜ばかりは仲間に倣い、命を散らしたリベリスタ達のことを思おう。力尽きた後も迷い無く安らかな世界へいけるよう、彼が奏でるのは弔いのレクイエム。 「届け、わが歌声よ」 生きとし生けるものだけでなく、志半ばに倒れたものたちへ。 その志はこれからも受け継がれるだろう。だから心配することは無い。 「――安らかに」 ● 逢いたくない、といったら流石に嘘になる。 だが、逢いたいと言って逢えるほど都合の良い世の中ではない事も重々承知していた。火車は川辺で小石を投げながら、それとは別に消えない火をじっと見つめる。 「とっくにコイツの事ぁ受け入れてるけどよ」 あれから随分と慣れ、最近は意外と楽しくもやれている。それでも、ひとつ思う事があった。 己のあのときの感情が、己の今の感情が、やがて風化してしまわないかということ。自分で自分を誤魔化しているのではないか。ただ、それだけが怖くもある。 「ま、そっちいく時、言う事だけは決まってる。コレばっかりは揺るぎねぇ事実だがよ」 火を見つめたまま火車は告げる。 夜の色は深く、水の音だけが辺りに静かに響いていた。 ラ・ル・カーナの魂もこちらへ来る事があるのだろうか。 もしそうでなくても、魂が還る日というのであれば友の事は忘れないようにしたい。リイフィアは嘗てを思い返し、弔いの気持ちを捧げる。 抵抗する事も知らず、ただ泣く事しか出来なかった。友が無事に帰れるようにお祈りしましたが結局その願いは届くことなく――。今、フュリエは戦う事を知り、ラ・ル・カーナも再生に向かっている。 「かの魂が、また世界樹を通じて戻ってくると信じています。だから――」 そのときまで、お祈りをしましょう。 リイフィアはゆっくりと瞳を閉じ、魂が廻るように願った。 小川の岸に座り、狭霧は素足を水に浸す。その傍には日本酒の入ったグラスがふたつ。 「貴方は、今の私の事をどう思っているのかしらね」 馬鹿な選択をしたと笑っているのかしら。きっとそうよね、と呟いた狭霧は自分がアークに所属するという決意を胸に抱く。 これから自分の生活は一変するだろう。甘い考えではやっていけず、命を落とす危険性だってある。それでも、どうしても叶えたい事があるのだ。 もっと一緒に飲みながら語り合い、同じ思いを共有したかった。 今更どうしようもないけれど今はそんなことばかり考えてしまう。ただ、寂しいのかもしれない。 「ふふ。少し酔いが回ったかしら」 グラスを傾けた狭霧はそっと微笑む。 この夜を越えて巡り来る明日。これまでではなく『これから』の日々を思い、静かに――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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