●愛した音 彼女が生まれた世界は、音が存在しない場所だった。 無音。否、音が無いとすら認識できない世界。それを知らなかった彼女は不幸だとも云え、同時に幸福だとも云えた。 そんな彼女のセカイが変わったのは、この世界――ボトム・チャンネルに降り立ったとき。 異世界に適応して身体が変化していく。そして、彼女がヒトの姿を取った瞬間。 「……!」 目の前に広がったのは見たことのない景色。吸ったことのない空気。 そして、溢れる音。音。音。 風が吹き抜ける音。木々がざわめきに川のせせらぎ。雨粒が地面を叩く音。小鳥のさえずりや虫の鳴き声。海がさざめく波の音。繁華街の雑踏。街頭のに流れる宣伝の声。排気ガスを吐く車が走る音。電車が線路を駆け抜けていく音。 たくさんのものを聞き、それが『音』という存在なのだと理解した。 その中で彼女が興味を持ったのは人の声。なかでも特に気に入ったものは――恐怖に慄く悲鳴。 「すごく、キレイ。もっともっと聞きたい。ずっとずうっと聞いていたい!」 この世界はこんなにも素敵な音色で溢れている。 だから、いちばん美しい音を溢れさせよう。そう決めた彼女はその身に宿る力を使ってふわりと浮き、夜の街へと駆けていった。 ●響く聲 「アザーバイドが現れた。それも緊急を要するタイプ」 アークの一室にて、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)はリベリスタ達にとあるアザーバイドの資料を見せ、説明を始めた。 資料には髪の長いごく普通の女性が映っている。 それには名前がなく、こちらで名付けた仮の名称は『アザーバイド・トリラーレ』。一見すると人間のようだが、それはただ擬態した姿なのだという。 「特有の適応能力、なのかな。元は違うカタチだったみたいだけど、元あった能力なんかはそのままにこの世界に相応しい姿になったみたいだ」 イメージとしては、スライム状だったものが人間に変化したというホラー映画めいたもの。 ゆえに見た目は自分達に似ていても、性質は全く違うものだ。彼女にはこちらの常識などは通用せず、ただ己の思う侭に動く。 それが『悲鳴を聞きたい』という思いから来る殺戮行動なのだというのだから、放ってはおけない。 今夜、アザーバイドは或る田舎町の郊外の山林付近から繁華街へと向かう。 其処には多くの人が居り、彼女は見たものを皆殺しにすることで悲鳴を聞こうとするだろう。そうなる前に駆け付け、道中の畦道でアザーバイドを迎え撃つ。 そして、対象を打ち倒すのが今回の任務である。 「アザーバイドの目の前に立ちさえすれば、君達に興味を持つだろうね。後は向こうも悲鳴をあげさせようと攻撃してくるから、そのまま戦いに持ち込めるはずだよ」 しかし、相手もこちらが戦闘能力を持っていると知ると抵抗するはずだ。 自分にそっくりな幻影を二体呼び出し、それらと共に魔術めいた攻撃を行うと予想される。 「本体さえ倒せば幻影も消えるけれど、そう簡単に本体だけを狙えるとかと言うと難しい。でも、君達の作戦次第では上手く対応できるかもね」 幻影は本体と比べると力も劣るようだが、舐めてかかると痛い目に遭うだろう。 それらを上手く倒し、アザーバイドの凶行を止めなければならない。 戦いは厳しくなるだろうが、君達ならきっと大丈夫だとタスクは云う。 「戦闘不能にしてから付近のバグホールへと還すか。その場で息の根を止めてしまうかは自由だよ」 一応はアザーバイドとの対話も可能だ。 人にはそれぞれ、好きな音や音楽があるだろう。その観点だけを見るならば自分達と彼女が音という存在を愛する気持ちは同じ。 だが、彼女が好きになったのは自分達が美しいと思う音楽などではなく、忌むべき悲鳴と死の言葉だった。価値観も考え方も違う相手と言葉を交わすのは難しく、説得はほとんど通用しない。 しかし、彼女にどんな言葉を掛け、どうするかはリベリスタに一任されている。 どうか思う侭に、と告げたタスクはそこで説明を終えた。 「確かに、この世界はたくさんの音に満ちている。だけど……溢れさせてはいけない音もある」 そうだろ、と視線を投げかけたフォーチュナは仲間を送り出す。 未来に聞くことができるのは人々の悲鳴ではなく、勝利の報なのだと信じて――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月19日(月)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――音。それは、共に傍に在る素晴らしいもの。 たとえば街にあふれる音楽。今の季節ならば涼しげな風鈴の音や、虫の鳴き声なども良い。聞こえ始めたひぐらしの聲を聞き、神谷 小鶴(BNE004625)はふと瞳を伏せる。 「私も、綺麗な音は好きですけど……」 何故、よりによって誰かを犠牲にしないと聞けないような音を好んでしまったのか。小鶴が顔をあげ、見据えた畦道の先。其処には髪の長い少女が宙に浮かんでいた。 それこそが今回の標的であるアザーバイド、トリラーレだ。 「わぁ、ニンゲンがたくさんね」 彼女は人間めいた無邪気な表情を湛え、往く手に立ち塞がるリベリスタを見回す。『水睡羊』鮎川 小町(BNE004558)は前に歩み寄り、彼女に声をかけてみた。 「あのっ、こんばんはです!」 「こんばんは。あのね、貴方達の悲鳴を聞かせて欲しいの。いいよね!」 一応は挨拶が返ってくる。が、それと同時にトリラーレが魔力を紡ぎはじめた。こちらが答える暇すら与えられぬまま、魔術は小町めがけて解き放たれた。 「まず落ち着いておはなし、は……きゃあ! できそうにないです、ねっ!」 すれすれの所で直撃を避け、小町は身構える。 シェラザード・ミストール(BNE004427)も警戒を強くし、敵の動きを見据えながら集中しはじめた。 同じ異世界の者としてボトムが驚きに満ちていることは認めよう。だが、アークの一員として属しているシェラザードにはトリラーレを放置して置けなかった。 「討伐、させて頂きますね」 「アナタ達、戦う力を持っているの?」 シェラザードが攻撃に備えていると感じ取ったトリラーレは、分身達を傍に呼び出す。 これでもっと悲鳴が聞けると呟いたアザーバイド。それを聞き、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は肩を竦めた。 「傍迷惑な。新しい遊びにはしゃぐ子どもですか。ある意味では無邪気ですね」 式符を影人に変化させた諭は、双眸に敵の姿を映し出す。彼女に此方の常識は通用しない。ただ衝動のままに動くそれは子どもよりも厄介かもしれなかった。 彼女が元居たのは音が無い世界だったという。 想像だに出来ぬ世界を思い、『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は頭を振る。音にあふれたこの世界が素敵に思えるのならば、賛同したいところだが――。 「ようこそ、と言いたい所なんだけどそうも言っていられないわね」 杏は背の翼を広げ、目の前のアザーバイドと幻影達に魔力の風を解き放った。渦となった風は周囲の草木を烈しく揺らし、トリラーレ達を穿つ。しかし、敵はそれらをものともしない。 「きゃは! おもしろーい」 幻影と共にはしゃぐアザーバイドは瞳を輝かせている。『残念な』山田・珍粘(BNE002078)こと那由他はその目前へと駆け、漆黒の闇を解放した。 「今晩は、異世界の貴女。聞けば私達の悲鳴を聴きたいとか」 闇は見る間に武装具となり、那由他を包み込む。 自分の欲望を貫く心。それは那由他にとって好ましい要因のひとつ。狙いを自分に定めさせるべく、トリラーレに近付いた那由他はくすりと笑んだ。 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)も前に布陣し、主格に接敵しようと動く。だが、彼は飛び出した幻影に往く手を塞がれてしまう。 「邪魔するってわけか。しかし、アンタはちぃとばかし派手にやり過ぎちまうようだからな」 だからこそ、容赦は出来ない。猛は怯むことなく幻影越しにトリラーレを見遣る。気を制御した彼は自らの身体に満ちる力を感じ、拳を握りしめた。 続いた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)も身構え、意志を持つ影を生み出す。 「私は、命の紡ぐ音が好き。貴方が音に魅了されるのも共感できるよ」 そして、瑞樹は静かに口を開いた。自然の奏でる音や人々が日常の中で紡ぐ生活の音。そういったものを感じる事で生を感じられる。 「でもね。だからこそ――それを奪うような真似は看過できないんだ!」 言葉と共に大蛇の影が形成される。それは戦いへの決意を表すが如く、瑞樹の周囲を覆った。 音を愛し、音を求める。 純真でありながらも残酷な渇望。それは決して、叶えさせてはならない。 ● 悲鳴を聞こうとする敵の攻撃は痛みを齎すことを重視した魔術ばかり。 鋭い刃と化した魔力が那由他を襲い、僅かに口許が歪む。だが、那由他は声をあげず、わずかに口許を歪めるだけに留まった。 「アナタは強いのね。でも、そんなヒトの悲鳴はきっとステキよね」 「どうぞ存分に試して下さい。その代わり……貴女の悲鳴も私に聞かせてください、ね?」 那由他はトリラーレに挑戦的な視線を投げかけ、黒霧の匣を仕掛けた。反動が彼女の身体に襲い掛かるが、同時にあらゆる苦痛がトリラーレを包み込む。 しかし、幻影達も黙ってはいない。 主を攻撃する那由他に狙いを向け、引き離そうと動きはじめた。すかさずそれに反応したのは小鶴と小町だ。小鶴が衝撃を受けた仲間へと癒しの符を放つ。 「お任せ下さい。しっかり支えますから」 それと同時に小町が幻影の背後に回り込み、疾撃を打ち込んだ。 「させません! あなたの好きな音で溢れたりしたら、この世界が壊れちゃうですから……!」 悲鳴が響き続ける世界――。 それは実に恐ろしいものだろう。小町は声を震わせ、更なる一撃を幻影に見舞った。 もし、トリラーレが普通の音を愛してくれたなら、いくらでも和解する方法もあったはず。小鶴はひたすら悲鳴を求める敵の姿を見つめ、緩く首を振った。 その間に杏が魔術詠唱を終え、指先に雷を纏わせる。 「アナタはこの世界の音に強い関心を抱いてくれた。その事はとても有難い事だわ」 言葉を紡ぎながら、杏は嘗ての出来事を思い出していた。 以前、音を操り人々を苦しめるアザーバイドが現れた。出来るならば、自分は彼と歩み寄りたかった。とはいってもその心変わりを期待し、利用して打ち倒すつもりだったのだが――もしその心変わりがあったならば、彼という存在に胸を痛めてあげることだって出来た。だが、それは叶わなかったのだ。 「ただ……気に入った音が悪いわ!」 杏の放った雷撃が拡散し、幻影達を巻き込む。それによって一体が弱り、体勢を崩した。しかし、敵は最後の力を振り絞って広範囲に広がる魔炎を迸らせる。 「気を付けて下さい……!」 シェラザードは逸早くそのことに気付き、仲間達に危険を呼び掛けた。諭も影人に指示し、杏を庇うように命じる。 「庇いなさい。類い希な砲台です。活かして貰わない手はない」 諭自身も襲い来る炎の一撃に耐える。しかし、身を焼く焔が身体を侵してゆく感覚は快いものではない。思わず、押し殺した悲鳴がシェラザードから上がった。 「つまらないわ。もっと素敵な声を聞かせて」 それを聞いたトリラーレは唇を尖らせる。シェラザードは痛みを堪えながら横に首を振った。 「貴女の求めるものはこの世界では消えた方がよいものです」 お願いね、とフィアキィのシャルマに願った彼女は癒しの力を発動させる。 同じくして、小鶴も失われた仲間の体力を癒すべく天使の歌を紡いだ。すぐに戦闘が始まったため、持参したプレイヤーで音楽を聞かせる暇はなかった。だが、おそらくアザーバイドは既に様々な音を聞いたうえで悲鳴が一番好きだといっているのだ。 「音楽で満足していただけたら、お互い辛い思いをすることもないですのに……」 小鶴はやりきれない思いを抱きながらも、懸命に癒しを担っていく。 そして、態勢を立て直した猛は弱った幻影へと肉薄する。間合いさえ越え、幻影を掴み取った彼は砕かんばかりに大地に叩きつけた。戦う力を失った影が消えていく中、猛はトリラーレを見据える。 「単刀直入に言うぜ? アンタがやってる行為はこの世界の住人にゃ迷惑だ。止めて貰おうか」 「どうして? こんなに楽しいのに」 そうでしょ、と首を傾げたトリラーレは猛に問い掛けた。おそらく、言葉は通じていても真意を理解してもらうことはできない。猛は軽い溜息を吐き、大きく隔たれた価値観の違いを改めて実感する。 「だったら、手始めに自分の悲鳴でも聞いてみちゃあどうだい……!」 猛は自分が開けた射線を示し、瑞樹に合図を送った。 小さく頷いた瑞樹は気糸を紡ぎ、残っている幻影を縛りあげる。麻痺を受けた敵は暫し動きを阻まれていたが、手順を迎えた瞬間に麻痺を凌駕してしまう。強い、と呟いた瑞樹は戦法の変更を考えつつ、トリラーレに呼び掛けた。 「ねえ、貴方の好きな悲鳴も命が紡ぐ音なんだよ。殺したりなんかしたら二度と聞けなくなっちゃう」 それは勿体ないことじゃないかと問うてみるが、相手はきょとんとしている。 「この世界にはヒトがいっぱいいるから、新しいヒトの悲鳴を聞けばいいじゃない?」 「そんなの、違います! 知ってますか? この世界に溢れてるのは音だけじゃないです。悲しい気持や苦しい気持ちもいっぱい、いっぱい……っ」 思わず小町が声を上げ、悲痛な思いを伝えた。 トリラーレは己の事しか考えず、人間をモノのように思っている。それが悲しくなり、小町は唇を強く噛み締めた。少女の思いを耳にしながら、諭は冷たくも感じられる眼差しを敵に向けた。 そして彼は傍らの影人と共に重火器を構え、狙いを定めた諭は銃弾を打ち込む。 「こんな音はお気に召しますか? 着弾で体が拉げる音も、破壊される喜びも私は知りませんが」 音は認識の助けであり、其処にあるものを知るためのもの。 声もまた然り。聞こえているのならば、耳を傾けて欲しい。音の楽しみ方を広げたいのなら、それは尚更。しかし、思いも言葉も届かぬことを諭は悟っていた。 化け物に道理を説く義理はない。そう判断した諭は冷静に、かつ着実に砲撃を重ねていった。 流石にトリラーレも痛みは感じているのか、小さな声が上がる。那由他はその様子を間近で見つめ、楽しげに口許を緩めた。 「さあ、これはあらゆる苦痛を内包する黒い箱」 そうして、彼女は再び黒霧を生み出した。 この箱に詰まっているのはトリラーレが大好きな音を聞くために、相手に強要している痛みそのもの。 「――今、どんな気分ですか?」 那由他がそっと問うた言葉に答えはなく、ただ悲鳴だけが辺りに木霊した。 ● 痛みや恐怖にあがる甲高い声の響き。即ち、悲鳴。 多大な衝撃と様々な効果を受け、自らの叫び声を耳にしたトリラーレは今、混乱に陥っていた。 「あは……は、きゃははは! 悲鳴、悲鳴、ステキね!」 彼女自身は喋る以外に動くことはできなくなっていたが、未だ幻影は自由に動き回っている。杏は幻影を撃ち落とすべく、狙いを定めていく。 「確かに素敵かもしれないわ。でも、誰かに不幸を起こさなければ聞けないような音は……駄目よ」 魔力を孕んだ風の渦が巻き起こり、トリラーレもろとも幻影を打つ。 上手く説明するには言葉が足りない。しかし、人の悲鳴という悪い出来事を想起させる音を響かせてはならないことだけは確かだ。杏の翼が大きく広げられると同時に、幻影の動きが一瞬だけ止まる。 その機をしかと捉え、シェラザードは魔弓を引き絞った。 「逃しません。同じ異世界より来た者として、貴女を討ちます」 避ける暇さえ与えぬ速さで、彼女は魔弾を打ち放つ。一瞬の合間に射抜かれた幻影は地に落ち、跡形もなく消えていった。これで邪魔な幻影は消え、残るはトリラーレ本体のみ。 それも麻痺を与えられたままであり、戦いはリベリスタ達の優勢だった。 小鶴は激しい戦いの中で失われた力を癒すべく、更なる歌をうたい続けた。そのお陰で未だ誰も倒れることなく、攻勢に出られる状態だ。 「ちょっと複雑な心境、と言いますか」 もし仮に相手がこちらを受け入れて帰ってくれたとしても、悲鳴を求めて再びこちらの世界に来る可能性もある。だからこそ、リベリスタ達は討伐を決めたのだが――。それでいいのか、という気持ちもある。 今が倒すチャンス。 そう分かりながら、小町も未だ胸の裡で燻ぶる思いを消せてはいなかった。 「ほんとにほんとに、討伐しなきゃいけないでしょーか。悲鳴の他に気に入る音はないですか…?」 いつでも一撃を繰り出せる準備をしつつ、小町は悲しげに問い掛ける。たとえば、そう――小町が知っているいちばんきれいな音。 「子守唄は、もう聴いたことあるですか?」 「……っ、そんなの、つまらない音よ!」 出来れば歌ってあげたい。だが、痛みに抵抗するトリラーレから返ってきたのは否定の言葉だった。 猛が首を振り、小町を視線で宥める。唇を引き結ぶ小町とて、気持ちが届かない事は分かっているのだろう。それを理解している猛は合図をひとつ送り、地を蹴った。 自分達が出来るのは、戦うことだけ。 「生憎と、お前さんの好きな音はこの世界じゃ忌避される様な感じでな。あと、異世界の住人のお前さんが居るだけでこの世界は壊れ始める。……意味は解るだろ?」 猛は相手に言い聞かせるようにして腕を引き、一気に技をかけた。 轟音と共にトリラーレが地面に落とされ、大きな衝撃を受ける。悲鳴すらあげられない痛みにアザーバイドは目を見開いた。 だが、敵はすぐさま起き上がる。 麻痺をはじめとして、身体を蝕むものの幾つかを振り払った彼女は那由他や杏を睨みつけた。流石にいつまでも妨害が効く相手ではないか。那由他は薄く双眸を細め、様子を見遣る。 「これで少しは自分のしている事を理解して頂けたら幸いですが……」 「ひひっ、悲鳴、悲鳴を聞かせてよぉ!」 「……どうやら反省する様子はないようですね」 那由他としては送還の手を取っても良かった。 しかし、相手は錯乱状態になりながらも此方を傷付けることを選んだ。震える腕を動かし、魔術式を描くトリラーレを見据え、那由他は黒霧を放ち返す。 四色の魔光と迫る黒き匣。衝突しあったそれらが烈しい音と光を散らす中、瑞樹は呼び掛け続ける。 「知ってる? 恐怖の悲鳴って人を傷付けなくても聞けるものなんだよ」 たとえば驚かせること。 死に瀕しなくても、人は心から驚いた時にも恐怖の悲鳴をあげたりする。礼をあげるならばお化け屋敷だとかジェットコースターだとか。そういうものを聞かせてやれれば、良かったのかもしれない。 「それなら何回だって聞けるよ? でも……分かるよ。もう、遅いんだね」 瑞樹は胸の奥に辛さを押し込め、魔力のカードを周囲に舞わせた。息の根を止めることは避けられない。だからこそ、瑞樹は全力を籠めた。 舞う札が示すのは“破滅”の言葉。おそらく、彼女に待つ運命はその文字通りになる。 「ねえ、心変わりせずに、悪者のままのアナタの不幸の音、聞かせなさいよ?」 杏が更なる風の陣を放ち、それに続いてシェラザードも魔弾で狙い打つ。次々とリベリスタが攻撃を加えていく中、諭もトリラーレに語りかけた。 「音を堪能しましたか? そして何が悪かったのかもご理解頂けたでしょうか」 「嫌、いやイヤ嫌ァあああ! もっと悲鳴を、ステキな音を、もっともっと――」 今や、響くのはトリラーレ自身の声だけ。 それは最早、断末魔とも呼べる叫びだった。どうぞ楽しんでください、と皮肉を籠めた言葉を送った諭はこれが最後になるであろう銃弾を打ち込む。 「良い音ですか? 自分を震わせるのは」 「響く、音? あ……そうか、そうなんだ……」 それによって地に落ち、震えるトリラーレは焦点のあわぬ瞳で虚空を見上げた。そして、何かを理解したらしき彼女は口を開く。猛は首を傾げ、不意に問うた。 「おい、どうかしたのか?」 「気付いた、の……。わたしの声も……とっても良い音に、なるって……」 そして、アザーバイドは溶けて消えた。 ● いつしか夕暮れは夜に変わっており、小鶴は空を見上げる。 「音楽なんかより悲鳴。そう言ってくれたから倒せた……けれど、やっぱり複雑なままでした」 彼女の言葉に猛も「そうだな」と頷き、自らの悲鳴と共に果てたアザーバイドを思う。諭は何も言わずに踵を返し、シェラザードもまた言葉を紡がぬままでいた。 反して、瞳を伏せた瑞樹は小さく呟く。 「他の音を好きになれなかったことは、悲しいね」 「こまちの歌、聞いてほしかったです。それで、気に入って、くれたらよかったのになあ……っ」 しんじゃうのは悲しいこと。 そう理解している小町はあふれそうになる涙を堪え、掌をぎゅっと握った。 「あの子は悲鳴をどんな風に感じていたのかしら。ま、なんだって良いんだけどね」 杏はふと零し、それから興味を失ったかのように息を吐く。それぞれの仲間の様子を確かめながら、那由他は未だ耳の奥に残る彼女の言葉を思い返していた。 「貴女の心からの叫びは私の心を震わせてくれました。ええ、私も貴女と同じですよ――」 それが正の感情でろうと、負の感情であろうと聲と音は素敵なもの。 微笑んだ那由他は帰還する仲間達の後に続き、その場をあとにする。この世界の音を知り、愛し、それゆえに存在を消されたモノ。それは果たして、この世界に来れて幸せだったのだろうか。 その答えを知る者はもう、何処にもいない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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