●企業『アシカガ』兵士研究部 その建物が、物々しい器具や研究者然とした職員たちの姿で研究室だとは一目でわかる。ただその一角、子供っぽい私物が無造作に置かれたデスクの付近。甘ったるい匂いに調子はずれな歌が響けば、鉄の匂いと規則的な鈍い音とが織り成す不協和音が成立して。 「ゆーびきーりげーんまん」 のんきな声が響いている。見た目は少年と言っていいほど。背もたれ椅子に逆向きに座って、指にべっとりついたチョコレートなんかを舐め取って、愉快げに眺める視線の先。 腕を振り回すたび血が飛び散った。男が2人、片方が相手を一方的に殴り続け、その度に派手に血を撒き散らし。殴る男の手を見ればその指は綺麗に切断されていて今なお血を噴出している。 室内に規則的に響き渡る殴る音、殴る音、殴る音。 ……それしか聞こえない異常。 悲鳴はない。懇願もない。けれど生きている。けれど反応はない。殴る者も、殴られる者も。その瞳には何も映らずただ腕を振る。呼吸すら荒げない。 血が飛び散る。血が飛び散る。 「そろそろいいかな」 舐め取ったチョコレートを舌先で十分堪能して、少年は手を叩く。たった一言、「もういいよ」と。 男たちの目に光が宿る。一瞬呆けたような表情を見せて。そして。 「嗚呼ああああああああああああああああぁ!!」 絶叫は2人のもの。殴られ続けた者のその顔は顎が砕け頭蓋骨に深刻な影響を与えるほどに陥没し。そして殴り続けた者は腕が不自然な向きに折れ曲がり肘からは骨が突き出して。 絶叫の勢いが衰え泣き声交じりになって、ようやく滑稽な見世物に腹を抱えて笑っていた少年が椅子に座り直して手を叩いた。 「君達が汚した部屋を片付けてよ」 音が止む。泣き声がぴたりと止まればその表情も人形を思わせる硬いものへと変わり。動きを止めた2人の男。指のない手から流れる血だけが生きてることを感じさせて。 指示を受け黙々と汚れた床を磨く。後から後から流れる血を拭き続けるその姿にまた笑いながら手を叩く。 「実験しゅーりょー。じゃあ君達はもういらないから」 バイバイ。そう告げれば男たちは表情のないまま別室へと進む。『処理室』と書かれた扉を抜けて。 しばらくして機械の動作音が聞こえたがそれだけ。他の音はない。なかった。 「けどそれじゃあつまらないよね」 だから少年はモニター越しに解除を唱えて。途端、絶叫。自分の身体が溶けていく最中の意識の回復。その不幸を心から笑う、笑う。 「悪趣味が過ぎませんか副社長」 平坦な声に振り返る。神経質そうな30代の小男と軽薄そうな20代の大男。彼らの格好は研究員ではなくボディガードというところか。 「より上を目指すために実験は必要でしょ」 的外れな言葉を返し、気付けば絶叫の途絶えたモニターをつまらなそうに消して。 「うちの企業は兵器ならなんでも作るからねぇ。刃物、銃器にヘリ……革醒者実験用の毛色の変わったのもあったけどさ」 その多くが一般人でも扱えて多大な力を与える。革醒を促し、運命を奪い、滅びの道に足を掛けさせ―― 「で、ボクの研究はと言えば人間……死なない兵士作りは支配者の理想だよ」 彼が生み出した人を操り支配する『感応』の力もあくまで兵士研究の副産物に過ぎない。理想の兵士を作るためのだ。感情を持たず、命令に逆らわず、死ぬまで戦いをやめない。そしてその力も。 「人は無意識に力をセーブする。限界を知らずに力を振るえば自分に返るのは当たり前だからね」 だけどねと笑って。 「その無意識すら操作できるのが感応だ」 全力で殴る。殴り続ける。指がなかろうと。腕が折れようと。骨が突き出そうと。痛みも恐れも執着もなく、命令のままに。命令のままに。 彼らはどれだけ傷つこうと痛みも恐れも感じない。身体が動く限り……文字通り『死ぬまで』戦うだろう。 「今のは必要な実験ですか? 感応の完成度はすでに実証済みでしょうに」 「勿論理論はパーフェクトさ。このボクが完成させた理論なんだからね」 穴などないと豪語するこの少年……に見える男。感応研究部を研究員だった妻に譲り、複数の研究所を子飼いに持つ兵士研究部の所長として……今や実力主義の企業アシカガで副社長の立場に君臨する。 紛うことなき天才。もっともその人格は…… 「あれをやるとインスピレーションが湧くんだ。天才の指先ひとつで無能の命が動く。世の中ってそういうものだし、それくらい役に立ってもらったっていいじゃない」 指を切り落として1万回殴る。どの程度で兵士としての活動を停止するかはとうに調べ尽くし。故にただのエンターティナー。滑稽であればあるほど素晴らしい。 「まー副社長の下は美味しいおこぼれも多いですし? 何考えてるかわかんない社長よりずっとありがたい上司ですし」 難しい表情の相棒の肩を押しのけ、軽薄そうな男が話題を振る。 「ただ気になるのは社長が生み出したあの『フェイト』を失わせる理論ですし。あれってなんの意味があるんですし……ですか」 企業の製品の多くに備えられた運命を失わせる力。副作用というわけでもないのにわざわざ付属させた特性であり、自分らのような革醒者にとっては恐ろしく、一般人でも使えるはずの兵器がその特性によってノーフェイスを生み出す力となっている。意図を持って使えば強力な悪意だが、社長はその意図をなんら公表してはいない。 「さあ? 社長の考えなんてボクが知るかよ。ボクは感応の力を持って低コストで替えの利く最強の兵士を生み出すだけさ」 それが成ればどの国も組織も喉から手が出るものとなろう。企業は実力重視。社長より上だと皆に思わせれば企業アシカガはこのボクの物。 「死を売買し裏から騒乱を操る選ばれた集団、企業……この天才、細川央海こそその頂点にふさわしい。そう思うだろ」 無邪気な少年は無垢な笑顔を見せ付けて――その内の悪意の塊を隠しもせず。 ●アークブリーフィングルーム 「蜘蛛の糸事件をご存知デースか」 開口一番『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)はそう切り出す。アーティファクトをばら撒いてそれに関わった人々を破滅に導く連続事件。 「前回判明した感応の危険性についてアークは重く受け止めマーシてネ」 1度でも感応の支配を受けた者はアーティファクトを手にしていなくても操られる。いつ。誰が。その危険の大きさは想像に難くない。 だがそれに対しアークの打てる手は少ない。現状、企業アシカガがどれほどの規模でどんな組織なのかすらわかっていないのだから。 「少ないデースけどネ。打てる手は打ったんデスよ」 だから褒めてというわけでもないだろうがなぜかドヤ顔で告げ、細川幽子と口にした。 「現在アークで身柄を確保している企業の感応研究部所長デス。彼女、いくら傲慢お姫様な性格とはいえ、1年以上もだんまり決め込むのが不思議でならなかったのデースが」 押してだめなら引けばよし。別方面からアタックを開始し、ひとつの事柄がわかった。 「要は彼女、感応について知ってることがほとんどなかったんデースよ。研究員としては優秀だったようデスが、大きなプロジェクトを立ち上げて推進するリーダーではなかった」 形が纏まった理論を誰かから引継ぎ研究を続ける。細かい部分や発展計画はその人物が指揮を執る。それが現状だったのだという。 「その、感応という理論を完成させた人物こそ彼女の夫。細川央海さんじゅうさん歳デース」 なぜ年齢をつけた。 「感応について調べ対策を得ること。それがこの蜘蛛の糸事件で今最も必要なことデス」 この細川央海、あるいはその研究所。抑えることができればその対策を手にすることもできよう。 「細川央海の居場所はまだわかっていまセンが、幽子がその研究所のひとつの場所を漏らしマーシた。ソコを調べることで彼らとの繋がりを得られるかもしれまセン」 その場所は都会の街の中、1階では普通のドラッグストアを経営している。ダミーとして買い取ったものであり、1階部分で働く者は完全に無関係な一般人。客もおり、怪しげな動きをすればまずいことになるだろう。 4階建ての内、3階より上に窓はなく防音も完璧で、それぞれ研究室、資料室となっている。2階は警備の人間が滞在している部屋で、ガードマンに扮したフィクサードたちだ。数は2人だけだが、ここは窓もあり防音もしっかりしていない。迅速に対処できなければ1階、あるいは外の人間を不審に思わせることになるだろう。何せここは街なかなのだ。 「不審に思われないよう2階に到着し、騒ぎになる前に迅速に倒す。3階以降がどうなっているかはわかりまセンが恐らく戦える者は他にもいるでショー。力づくで突破するかあるいは潜伏し先へ抜けるか。とにかく4階で目ぼしい資料を手に入れて騒ぎになる前に脱出してくださいリベリスタ」 万が一の不測の事態にも上手く対応してくださいねヒーローと笑いかけ。 ●研究所総合実験部隊 「幹雄君。椎名君」 ペースト状のチョコレートを舌先ですくい上げながら央海が告げる。 「アークが動いたみたいなんでよろしくね」 軽い口調に幹雄が神経質に眉を動かす。 「何故お分かりに?」 「幽子ちゃんに教えておいた研究所はそこだけだもの。調べられるとしたらそこだからマークしてたの。で、裏で調べてる痕跡を発見したからちょちょいとね」 くすりと笑う。ひとつに絞り、金と手間を惜しまなければ難しいことじゃないさと嘯いて。 「アークの実力、思考、動作。データを見たいんで襲ってきちゃって」 最強の兵士作りのために、非常に参考になるだろう彼らとの邂逅。楽しまなくちゃねとほくそ笑む。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月15日(木)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●推し量るもの 「へへ、こいつは酷いですし?」 足で転がして確認すれば店員は完全に気を失っており。店内をざっと見渡しても動く者は見当たらない。 「迅速を尊えば合理的な判断、中の上だ。その分離脱に手間取れば言い訳のきかない状況になるが……力に自信があるらしいな」 「実力を測るのは俺らの仕事ですし。そのために俺らわざわざ外で時間潰してたんですし」 ひひっと革ジャンの男が笑えば、黒尽くめの男が表情を変えず顎で促す。心得たとばかり革ジャンの男が―― 「ありゃ、誰かに気付かれたみたいですし」 上階の感情を読み取ろうとした男が、こちらの感情を察知せんとする感情とぶつかり合い。その報告をした時には相棒はすでに上階へと駆け出して。 「では最終パートの診断といこうか。我々をどう対処し、脱出を行うか」 戦うことが目的故に、脱出のタイミングを待っての武力介入。 さあ楽しもうと高ぶり揺れる感情に――小さく息を吐いて『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はAFを繋げる。 読み取った感情が近づいていることを告げ、仲間を促して資料を掴む。それは次へと繋がる大切な―― ●作戦思考 「……一般客におかしな点は見受けられんな」 「おし、じゃあ始めるぜ」 店舗の様子を観察した『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の言葉に頷いて。ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は除外の意思を形成する。範囲を絞った結界に、程なくして一般客が店を出るのを確認して。 もっとも店員たちにはその効果は及ばない。彼ら自身には沈黙してもらうしかないのだ。 「いい加減殴りに行きてぇんだが、実態が掴めてないんじゃしょーがねぇ……」 ――けどあんま得意じゃねぇんだよなこういうの。 企業の実態は未だ掴めず。近づくための重要な一歩といえど、一般人を傷つける行為には違いない。 「なに、みんなの力を合わせればやれるはずさ」 客と入れ違いに入ってきた『三高平最響』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)。一般人に被害を出さず、敵に気づかれず。難しいことでもこのメンバーならやれる。だから焦るなと言うように。 「俺は戦うことしか出来ないのでみんなにおんぶにだっこされるだけだけどな!」 「何言ってんだよ、頼りにさせて貰ってるぜ」 笑みを交わして離れる。後は電子組の合図を待ち。 ――情報を引き出すのに1年以上かかった場所に、どれほどの手掛りが残っているものか…… 鉅の独白は、けれど先を見据える意思を持つ。 「残っていたとしてもあちらの餌という気はするが、それなら釣糸ごと釣竿と釣り人まで引きずりこめばいい」 ――つまりあの人は切り捨てられる手駒だったわけね。嫁でもなんでもなく利用してただけ。 かつて捕らえた感応研の所長。その際に従事していた『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)は幽子が夫を自慢にしていたことを聞いている。 ――それに気付かないとは哀れな女。 「ん。監視カメラの映像は切り替えたよ」 綺沙羅の言葉に慌てて意識を電子上に戻す。より深く、ネットワーク上を滑り捉え引き出して。 「ロック完了だ。これで少なくとも一般人は入ってこれんな」 同様に電子を操って外への扉を封鎖した『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)が言葉を吐く。これで上階の敵はこちらの動きを悟れず、外から一般人が入る危険もない。そしてフィオレットの作業は。 「……見つけたよ」 武装した者は2階に2人、3階に4人。それ以外は3階に2人、4階に2人……AFを通して仲間に伝えていく情報。カメラを利用して上階の様子を探っていく。 「少ないね。件のやつらは見当たらない?」 「……そうね。隠れているか、ここにいないか」 4階の資料そのものはプロテクトされていた。綺沙羅と言葉を交わし、直接探す必要を伝え――フィオレットはカメラを見上げた。 「人は自らの意思で戦うからこそ戦いの意味を考える。意識のない兵器など不必要。私は外道を潰す悪の華、故に企業はぶっ潰す!」 その先で、悪意を浮かべ笑っている者を見据えて。 「最近はとみに神秘界隈に浸り切った企業が増えてきていますね」 大抵はこのように碌でもない所ばかりなのが困りもの――『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)の思考は各所でのスタンガンの音に遮られた。 先んじて店員を催眠状態にしていた彩花は、スタンガンをしまい外へと駆け出す『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)の後を追い。 「……ちょっとやり過ぎだったかしら?」 「懸念事項も減るし、シンプルでいいと思うよ」 戦闘音を聞きつけられては厄介。一旦外に出た2人は周囲に結界の影響が及んでいるのを確認し。 「上階の様子はどうですか?」 「気付いてないようだね……」 それ以上は必要ない。人除けの結界で人目がないのを確認し、一気に壁を駆け上った。 キリエは壁を透視し中の様子を計算し、幾通りもの演算を叩き出して。AFを通した準備完了の連絡は1度のみ。 頷きあって、眼前の窓を突き破る! ●状況判断 散らばった硝子に男が椅子から慌てて腰を浮かす。その顎を彩花の拳が的確に捉えれば、そこを中心に凍りづかせた男の身体に集中する気糸の連弾。 「申し訳ありませんが、即沈めさせていただきます!」 「よっし、一気に潰すのみ!」 彩花とキリエの奇襲にタイミングを合わせ、背を向けたフィクサードに竜一が裂帛の意思を叩き込む! 悲鳴は上がらない。ふいうちからの強力な一撃は一瞬で意識を刈り取るのに十分すぎる効果を上げていた。 残る1人も鉅の気糸によって呼吸を潰され、トドメと彩花の拳が無防備な腹を打てば地に沈む。 ここまでは順調。だがここからは状況がはっきりしておらず、時間の経過は危険を及ぼす。 「この先は防音らしいし遠慮なく暴れていいんだろ。急ごうぜ」 そんな中でも、竜一はいつものように笑って仲間の前を進むのだ。 「――なんだっ!?」 「リベリスタさ」 フィクサードたちの怒号は暗闇に呑みこまれ。太刀の一振りで闇を生み出した禅次郎はじめ、半数以上が3階のフロアを駆け抜ける! その身に影を纏えば、先頭を走る鉅の身体を斬風が狙い打つ。その全てを見極め傷一つなく突破すれば、その隙を見逃さず対処するリベリスタたちが取り付いて。 得物を抜き交戦が起こる一方、慌てて階下を目指す者たちもいる。非戦闘員である研究員たちが、壁際を抜けて入り口へと向かい―― 「行かせないよ。抵抗しなきゃ殺しはしないわ」 意思の閃光に崩れ落ちれば、フィオレットは続いて仲間の癒しを紡ぎ。 敵の実力はさほどなく、数もこちらより少なかった。一方で4階にも研究員がいる以上、破棄される前に優先して資料を抑える必要がある。 鉅、キリエ、綺沙羅が上階へと駆け上がってもその背中を狙う余裕はなく。竜一、フィオレット、禅次郎が2人を抑えれば、残る2人は入り口の突破を狙い……その横腹に雷撃を纏う彩花の武技が炸裂し! ふらつきながら入り口をくぐれば、鋼鉄の意志が立ちはだかる。剣持ち盾持ち、歯刃の音を響かせて。 その圧迫感。鎧に包まれた精悍な肉体がそこにあるだけで、突破などできようものかと疑わせ。 ツァインはそこにある。楽しげに口元を歪め、理想の影を纏わせて。 「隠密も奇襲も探し物も苦手だがなぁ、これだけは自信あんだよ。ゆっくりしていけ!」 突入と同時に巻き起こった閃光が研究員の足を止めれば、綺沙羅は瞬く間に場を制圧し。生み出した影人に取り押さえさせると自身は資料室に置かれたパソコンへと足を向けた。 ――幽子、偉そうだった割に大した事無い。その上ショタ。 かつて口封じされかけた幽子をその身を張って庇ったのも、情報を得て企業へと1歩近づくためのものだった。それが結局一研究員に過ぎないとわかってしまったのは停滞に他ならない。ショタはともかく。 企業に。感応に。副社長の居場所に繋がるデータをここで収集しなければならない。故に彼女はキーボードを叩く。意識をネットワーク上に落としたなら、綺沙羅は電子を自在に泳ぐ妖精となって。 「……この辺りの資料はよく使われている形跡がある。優先だな」 一方、資料棚を練り歩き、鉅は重要性の高そうな資料を集めて回る。全ては持ってはいけない。時間は長く掛けられず、隠匿されれば次はない。 故に確実に重要な資料を持ち帰り、階下で戦闘を行っている仲間のためにも迅速な脱出を行わねば。 ――感応で企業に隷属しているのかもしれないけれど、配慮出来る余裕はこちらにもないから。 企業のアーティファクトの危険性をキリエはよく知っている。研究員たちが身につけている強化アーティファクトもだ。 連れて行けるなら連れて行きたいが、果たして―― 「そこ、調べてくれる?」 綺沙羅の言葉にキリエは意識を戻して。綺沙羅の視線を辿れば、動きを取れない研究員が横目に気にしている場所がある。 ゆっくりと呼吸して意識を集中させる。棚の裏を透視すれば、そこに隠された資料を手に取って。 「……こんなものかな?」 十分資料は集まったように思える。綺沙羅を見ればパソコンから集めたデータを抜き取ったところだ。 「――っ」 綺沙羅の表情が変わった。何事かと駆け寄った鉅とキリエも画面を見て息を飲む。 そこに映った少年の顔は―― ●実力診断 「初めまして。探してくれてたんでしょ? お望みの細川央海だよ」 「画面越しに見てるだけとか趣味が悪いよ、13歳」 このタイミングの介入は監視していなければ不可能だろう。綺沙羅の皮肉に笑い声を上げ。 「いいね外見もぴったりだしお嫁さんに欲しいくらい。幽子ちゃんは当時はお義父さんが上司だったし利用価値があったんだけど今は……あはっどうでもいいか」 「それで、何のつもりだ?」 鉅の言葉にああそうそうと……画面上で両手を揃え、満面の笑みでたった一言。 「もういらないよ」 ぱちんと音がした。途端、視界の隅で倒れる研究員。毒を飲んだのだろう、苦悶の表情で死に絶えた。 「あは! いいよ、いいよその表情――っ!」 研究員の苦悶の死に顔か、あるいは綺沙羅たちの表情か……笑いながら続ける。 「ここまでの行動は全部記録済み。後は時間制限ありの実力診断ってことで」 警察には連絡したから急いで脱出しなよと笑う……すぐに綺沙羅が周囲の感情を察知して、仲間へと連絡した。 「下から来てる。キサたちもすぐに行くから」 資料を手に階下を目指す3人の背中に。 「そうそう、データの中にはボクとまた会う方法が記載されてるから大事に持ち帰ってよね」 無邪気な声が降り注いだ。 「新手が来るってよ!」 仲間に注意を促しツァインが盾を構え階下を振り返る。フィクサードはまだ倒しきってはいないが、優先するべき危険が新手なのはわかりきったことだ。 近づく足音は2つ……いや、何かがおかしい。どこか多角的な――そこまで考えて気付く。角を曲がり迫った影は案の定。 「上か!」 天井を駆ける黒尽くめの男に剣を振る――それをわずかな動きで避けフロアへと飛び込んだ。ツァインに振り返る余裕はない。そのすぐ後を別の男が飛び出して! 革ジャンを派手に広げて、豪快な笑みと共に迫る魔力の塊を咆哮上げて迎え撃つ。 フィクサードの1人を切り払い地に捨てた禅次郎の呼吸は荒い。デュランダルを多く相手した彼の身は傷が多く、自慢の体力も無尽蔵ではない。 それでも反射的に太刀を振るったのはさすがのものだったが。 黒尽くめの多角的な斬閃がその反応を上回る。激しく噴出した血に膝を付き、それでも立たんとする運命の後押しは――爆炎の衝撃に掻き消された。 「――てめぇっ!」 自身の肩越しに放たれた術式にツァインが唇を噛み締めた。眼前の男のそれは、禅次郎を気絶に追い込んだだけにとどまらず、意識のない研究員たちを巻き込み死に追いやったのだから。 「口封じは命令ですし? あ、和田椎名と申しますですし」 ひひっと笑って――心身喰らう虚無の術式がツァインの肉体を派手に穿つ! 浴びた返り血に表情を楽しげに歪め、ついでおやっと疑問を浮かべる。 傷口を閉じさせた祈りはフィオレットのもの。ツァインの後ろに立ちその決意を後押しして―― 「では、他の研究所とかあなたたちの上司の居場所、きっちりと吐いてもらいましょうか?」 「やれるもんなら、どうぞですし?」 激戦を制す為に! 「大御堂彩花。弱点らしい弱点は存在せず、天才的センスで物事を昇華する。どの位置でも安定して力を発揮するスタイル。匂いは上の下」 「おやめなさい気味の悪い!」 鼻をひくつかせるイヌのビーストハーフに放ったガントレットの衝撃は的を逸れ。二振りのナイフが攻撃に防御にと自在に動けばその身のこなしは容易には捉えられない。 「一方的に知られるのは気分が悪いか。俺は津田幹雄。覚える必要はないが」 「ちょこ、まか、と――っ!」 突き出した彩花の拳を掻い潜り、隙を見つけては深く切り裂く。幹雄のナイフが閃くたびに鮮血は紅く部屋を彩った。 次はより深く――細めた眼は瞬間見開かれ、防御に回ったナイフごと青の斬閃がその身を穿ち薙ぎ飛ばす! 手に納めた想いは未来を切り開く燈火、そして竜一を護る渇望の祈り。再び飛び込む幹雄の前に立ち、身を包む祈りと共に攻撃を受け流しながらその眼は一挙一動を油断なく捉えていた。 ふっと息を吐き、距離を取る幹雄を訝しむ。 「何のつもりだおっさん」 「採点中だぼうず」 動きで上回る相手の動きを確実に見極めてからの反撃。猛攻の中でも彩花の前に立ち多を巻き込む最大限の効果を発揮させない手腕。 「高得点だよ。身内以外を合理的に切り捨てれる判断力も含めてな……匂いは下の下だ」 「お前に計られるほど小さい男のつもりはないね!」 竜一の二刀が的を捉え―― 「噂に名高い『金将』とやりあえて光栄ですし!」 「おぅ、骨が有りそうなのが居てくれて嬉しいぜ! 金将はともかく!」 言葉遊びは時間稼ぎでもある。資料を集める仲間との合流まで、ツァインは身を張って被害を抑えるために。 その傷を癒し、時に魔力を直接ぶつけて。フィオレットの支援に椎名は苛立ちを上げて。 「お望みならアンタからやってやるですし!」 叫び高めた術式を放つ――それを盾が受け止めて。 「その技ぁ確かに強ぇ。強ぇけどよ……あんま白兵戦、なめんなよぉッ!」 強力な術式は確かにツァインの身体を激しく傷つけていた。だが、直後のフィオレットの癒しは確かにツァインの肉体を回復させている。つまり、1度たりともその力はツァインに直撃してはいなかった。 その騎士は勇猛果敢。その場を抑え続けるのにこれ以上相応しい人物がいようか! 叫び振り上げた渾身の一撃を、守りに構えた杖ごと椎名に叩き込み。 整えた呼吸法が彩花の傷を塞いでいく。素早い動きに傷を負わせるのは難しいが、人数差があれば倒される可能性も低いだろう。 それも身体を張る者がいてこそのもの。ナイフが竜一の身体を捉えれば、それなりの確率で起こる致命的な一撃を幾度も受け。その出血はすでに行動の限界を迎えるほどに流れようと、竜一はその運命を燃やして倒れることを否定した。 多を巻き込む幹雄を仲間から引き離せば消耗は竜一だけ。その目的は達成しており、だからと今更倒れる気もない。 「投降すれば、命だけは助けてやるぞ」 「この状況でそれを言うか」 眉を寄せた幹雄に、お前こそと血を払って竜一が笑う。 「イヌの癖に耳が悪いのか?」 瞬間、背後からの気糸に急ぎ横に飛ぶ。直撃を受け動きを鈍らせた身に、ついで迫る鉅の赤の術式。息つく暇もなく竜一から引き剥がされ。 素早い演算を伴って、キリエの指が動けば執拗に複雑に絡む気糸の洗礼が幹雄を穿つ。鉅が傷を負った者の間に立ち牽制を行って。 「資料は手に入った。もう時間がないからすぐ脱出を」 綺沙羅の言葉とともに出現した影人が幹雄の視界を遮って。 「次を楽しみにしとけよクソ企業!」 仲間が駆け抜けるのを待ってツァインが椎名を蹴り飛ばして背を向けた。 鉅が禅次郎の身体を抱え抜けるのを確認して、殿を務める彩花が追って来ない敵を訝しみ――「急ぎましょう」と背を押して。 「ナビゲーター、いなかったわね。所属が違うのかしら?」 フィオレットの言葉は誰もいなくなった通路に残されて。 ●理想の兵士 「幹雄君。椎名君。決めたかい?」 楽しげな言葉に2人頷いて。 「あの判断、思い切りの良さ。兵士として上の上です」 「楽しかったですし! やっぱ兵士ならああじゃなきゃですし」 それはよかったと声を響かせて。 「ボクも決めたよ。視野の広さ、作戦展開力。状況推移の理解力と……ああ、愛らしさは兵士には別か」 最強の兵士完成はもう間近。今日は素晴らしい前進になった。 「仕上げの前にもう1歩踏み込んで――完成はその後か。ああ、嗚呼早く、その日が待ち遠しいね」 その日こそ、ボクは天才として世界に名を残す―― この細川央海が。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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