●精神を病むある男の話 ねえ、ちょっと。 聞いてくださいよ。 たった今思い出したことがあるんです。 夜な夜な鳴くんですよ、バナナが。 こう、テーブルの上でね、ナーナーと、ミルクをせがむ子猫のようにね。 斑点の浮いた黄色いカラダをくねらせちゃったりして。 いや~、この歳になって初めて知りました。 バナナって、鳴くんだって。 え? もちろん刺しましたよ。 これも仕事ですからね~。 イヤイヤするやつを手で掴んで――ぎゅっと握っちゃだめですよ――黄色い皮をひんむいて、ピィピィ鳴いている白い尻にずぶりと太い棒を突き刺しました。体の中ごろまでね。 それで、まだひくひくしているやつをですね、溶かしたチョコレートの中にとぷっと浸けてから凍らせたんです。 くひひ……。 で、先生。 俺はどうしたらいいと思います? やっぱりナッツやスプリンクルをまぶしたほうがよかったんでしょうかねぇ……。 ●ある脳神経外科医の話 正常です。脳に血管障害などは見られません。 後は神経内科でもなく精神科の仕事でしょう。 バナナ……ですか? 興味ありませんね。 覚醒を促すのならともかく、ただ気を狂わせているだけですから。 ほっとけばいいじゃありませんか。 わたしは忙しいのです。こんなことに関わっている暇はありません。 そうだ、アークにやらせましょう。 うん、それがいい。 ねえ、モーモーさん? ●それはアザーバイドです。 「さっそくだが、夏祭りの屋台で売られているバナナもどきの回収と始末をたのむ」 モル柄の扇子で顔をあおぎながら、『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)はさして緊迫感のない声で言った。 やる気がないのは一目瞭然である。 集まったリベリスタたちに「とにかく説明しろ」と急かされて、男前のフォチューナはパチリと扇子を閉じた。 「匿名希望フィクサードさんの投書によると、串刺しされて凍った状態でもアザーバイドは死んでいないらしい。解凍されるとふたたび動きだし、近くにいるものの精神を緩やかに破壊するおそれがあるそうだ。もちろん食べると危険」 将門は畳んだ扇子を白と黒の牛柄便箋の上に置いた。 そのまま腕を高く上げ、椅子の上で大きく伸びをした。 「ここまでOK?」 誰も何も言わない。 NOといったところで先ほどとまったく同じセリフを聞かされるだけだろう。時間の無駄だ。 一番端に座っていたリベリスタが、いいから、と手を振って将門に先を促した。 「ふむ。どこまではなしたっけ? あ、そうそう。屋台で売られている分はいいとして、問題はすでに売れてしまった分だな。小さな子供から無理やり奪い取ったり、初々しい中学生カップルの女の子から奪い取ったり……荒野のガンマンを撃ったり、と少々悪者になる必要があるが、まあここにいるみんななら大丈夫だろう」 リベリスタたちは頭を抱えた。 ツッコミどころが多すぎて、何をどう指摘すればいいのか分からない。 なんだ、荒野のガンマンって? 重苦しい雰囲気がブリーフィングルームに広がる。 「あ、そうだ。バナナもどきはくれぐれも手にもつなよ。ビジュアル的に危険だからな。じゃ、よろしく頼んだぜ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月18日(日)22:44 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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●ああ、夏祭り! 町の中心である神社を基点として、特に港へ至る大通りの両側にずらりと屋台の夜店が並ぶ様は壮観だった。広い道にぎっしりと人の頭が詰めている。この人出の多さはハンパじゃない。墨に銀粉を刷いたような空の下を太鼓の音に導かれ、カラフルな浴衣姿が笑いさざめきながら流れていく。 「あの連中、わざわざ素性が分かるように知らせてくるなんて。完全におちょくってるな。まあ、被害を最小に出来るだけマシだと思うことにしておこう」 行き違う人に肩を押されて、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)はクーラーボックスの肩紐をぐっと握り直した。 “あの連中”、六道フィクサードの高原 流たちとキリエは少なからず因縁があった。つい先日も、彼らが面白半分に覚醒させた野菜を半日かけて退治したばかりだ。今回は流たちの仕業ではないようだが、数えて4回目の関わり合いともなれば少々うんざりする。 それにしても蒸し暑い、とキリエはハンカチで額の汗を拭った。 連日、熱帯夜が続いていた。日はもう落ちているというのに気温はまだ30度を越えている。暑いから夏。とはいえ、お盆過ぎてのこの暑さは勘弁して欲しい。 「あ、あそこですね。チョコバナナの店」 幻視で背中の翼を隠した『魔砲少年』風音 空太(BNE004574)の小さな指が差す先で、チョコバナナとショッキングピンクで描かれた屋台飾りが見え隠れしていた。どぎつい蛍光色が目に痛い。 「夏祭りって心が躍りますよね。チョコバナナやかき氷、綿あめにりんごあめ、食べたいものがいろいろあります」 「終わった後に皆さんでわいわい食べるのは賛成です! ボクもお好み焼きを食べたいです」 幼い空太の隣に並んで歩きながら、このフライエンジェよりも3歳年長の離宮院 三郎太(BNE003381)が同意する。 バナナに似たアザーバイドを捕獲して始末する。簡単な依頼だ。バナナもどきはただ存在するだけで人の精神を蝕む危険な生物だが、リベリスタたちが相手ではほぼ無害といっていい。そんなわけだから、空太たちの心が後の楽しみに飛んでしまってもしかたがないだろう。とはいえ――。 「何が起こるかわからない。10体すべて捕獲して処分するまでは気を引き締めていこう」 キリエの前で、「はーい!」とボーイソプラノの声がきれいにハモった。 テンガロンハットをかぶる『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)の肩の上から、黒猫の初名さんもミャーンと鳴く。 「じゃ、ここで一旦解散しますか。終わったらあたしはキンと冷えたビールが飲みたいっすよ」 ぐいっとビール缶をあおる仕草をする計都に、『アルケニート』ネイル・E・E・テトラツィーニ(BNE004191)はぐったりとしながらうなずき返した。 (あー、しかし暑いな……) 1人涼しい顔も変だろうと、ネイルは弱冷気魔法を封印していた。道で配られていたうちわで顔をぱたぱたと扇ぎながら、せっかく習得したのに意味がないな、と胸のうちでぼやく。 「さっさと終わらせて遊んで帰るかねえ。金魚すくいの前まで一緒に行こうよ、計都っち」 じゃあね、とキリエたちに手を振って、ネイルは計都とともに人波の中へ消えていった。 ●女・フーテンの寅さん 「ちょいと、そこのお兄さん、おねいさん! せっかくだから近くに寄って見ておいで♪ 夏祭りに来たならば、町の名物カラフルチョコバナナを見やしゃんせ。見るだけならなんと0円、タダだ、ただ! チョコバナナを買わなきゃお代はいらないよ、ときたもんだ。さぁさぁ、寄っといで寄っておいでー!」 台の奥から威勢のよいかけ声をあげるのは、豊な胸をさらしで巻いた勇み肌。法被を着たその姿は女フーテンの寅さんといったところか。 さも呼び声に誘われたふうをよそおって、キリエたちは屋台に近づいた。先に屋台にいた中年カップルの横に並ぶ。 「わあ、きれい」 空太の歓声に女寅さんが嬉しげに目を細めた。 台の上にたくさんのチョコバナナが刺さっていた。縦に4段、横に6個の計26本だ。どれもネイルアートのようなカラフルなトッピングが施されている。 「凝っていますね。ひとつひとつデザインが違いますよ。あ、これ、モル柄じゃないですか!」 「モル? モルモットじゃないよ、それはハムスターのつもりだったんだけど……まあ、モルでもいいか」 女寅さんはほつれ髪を小指で後ろへ流しつつ、あはは、と歯を見せて笑った。 「弟たちにひつと買ってあげなよ、そこのお兄さん。……お兄さん、だよね?」 キリエはあいまいに微笑むことで返答を避けた。屋台から少しはなれ、こっちへおいで、と空太を手招きする。 空太の後ろから小さく、「お父さんです」という三郎太の声が聞こえてきた。これには思わず苦笑いした。ふたりとも自分の子供とするには大きすぎる。上は10歳、下は13歳の時の子か。仮にもう少し歳を取って見えたとしても、いや、ありえないだろう。 案の定、女寅さんと先客の中年カップルが息を飲む音がした。 キリエは指で帽子のツバを引き下げると、興味津々で向けられた6つの目をさえぎった。腰を少しかがめて空太に問いかける。 「あの中のどれがアザーバイドか分かったかい?」 先の打ち合わせで、空太は千里眼を使ったアザーバイドの見分けを任されていた。透視できれば無生物、出来なければ有機生命体、すなわちアザーバイドであるという理屈である。 「簡単だったよ。一番前の右から4つと、そのすぐ後ろの列の左2つがアザーバイド。それと、お姉さんの横に置いてある木箱の上に生が1体いるよ」 中年のカップルがキリエをチラ見しながら立ち去った。 三郎太は他の誰かがやってこないうちに素早く強結界を張った。一般人に被害が及ぶような展開にはならないだろうが、万が一に備えての措置である。 すぐにチョコバナナの店の前だけを人が避けて通るようになった。これだけ露骨に避けられれば、感がよかろうが悪かろうがイヤでも気づく。 「あれ? あれれれ?」 女寅さんはチョコバナナの柄を熱心に眺める三郎太から目を離すと、折りたたみ椅子から腰をあげた。ぱんぱんと手を打ち鳴らし、ややあせった声で呼び口上を怒鳴る。 「250円だよ、1本250円。え、なになに高いだって? しょうがないねぇ。高くてよいのが人の鼻、低くてよいのが人の腰。大幅に値下げして1本200でどうだい! 凝りに凝ったトッピングのチョコバナナが1本200円だよ? さあさあ、見に寄っといで寄っておいでー!」 まずい。 三郎太が顔を横向けると、それに気づいた空太がキリエの手を引いて屋台へ戻ってきた。 空太は愛らしい口を尖らせると、若すぎるパパに、チョコバナナ買って買って、とおねだりした。 「しょうがないな。よし、お留守番のママたちにも買って帰えるか」 わーい、とはしゃぐ子供たち。 「1番前とその後ろの2列、まとめていただこう」 「こりゃまた男前な買い方で。まいどあり! ところで兄さん……っと、クーラーボックス持参かい。用意がいいね」 キリエは肩からクーラーボックスを下ろすと女寅さんに手渡した。女寅さんがクーラーボックスの中へ丁寧にチョコバナナを並べ入れていく。 「その横にある生バナナもよかったらひとつ譲ってくれないかな。明日の朝食用に欲しい」 「はあ? あ、まあ、いいけど。たくさん買ってくれたし、これはオマケしとくよ。てか、兄さんたち、バナナ好きだねぇ」 女寅さんの指の先が黄色い皮に触れたとたん、ピィとアザーバイドが甲高い鳴き声を上げた。 この突発的な事故に驚き、慌てたのは女寅さんばかりではない。 キリエも三郎太も空太も一緒になってわあと声を上げた。 その中で一番はやく立ち直ったのは三郎太だ。 「ぴ、ぴぴぴ……ぴょ? お父さん、ボク、ヒヨコ釣りがしたいです!」 とっさに三郎太が利かせたアドリブに、キリエもすかさず調子を合わせる。 「い、いいね、ヒヨコ釣り。うん、行こう。すみません、今夜の祭にヒヨコ釣りの屋台は出ていますか?」 「なんだいなんだい、もう! 驚かせないでおくれ。うちの人じゃあるまいし、一瞬本気でバナナが鳴いたと思ったじゃないか」 一同そろってあはは、と笑う。 キリエと三郎太がヒヨコの屋台の位置を聞き出しているすきに、空太は屋台の横からバナナもどきへ手を伸ばした。 小さな手をするりとかわし、とん、と身を弾ませてバナナもどきが木箱の上から飛び降りる。 目の端でバナナもどきをとらえていたキリエが後ろ手で生糸を飛ばしたが、貫いたのは黄色い皮だけだった。 うねうねと身をくねらせながら、意外と素早い動きで抜き身になったアザーバイドは地を這い進む。 「まてー!」 すってんころりん。 空太がバナナの皮を踏んですっころんだ。 「大丈夫かい坊や。頭、打たなかった? ちょいと、あんた。ダメじゃないか、こんな小さな子から目を離しちゃ」 空太を助け起こすキリエが女寅さんに叱られているうちに、アザーバイドは隣の綿あめの屋台へ向かう。 「一般の方へ害なす行為はボクがゆるしませんっ!」 三郎太の放ったピンポイント攻撃がバナナもどきにクリーンヒットした。 撃たれてその場でひくひくしているアザーバイトを素早く掴み取ると、三郎太は蓋の空いていたクーラーボックスの中へ投げ込んだ。 ●夏の風物詩といえば 風鈴の音か金魚すくいか。 水文浮かぶビニールシートの屋根の下、横長の水槽の前に3組の親子ずれが陣取っていた。水槽に覆いかぶさるようにしてポイを構えているのは子供たちではなく親のほうだ。件の子づれ、いや孫づれは奮戦するパパたちの後ろでおとなしく順番待ちをしていた。 「じゃあね、計都っち。また後で」 ネイルは計都と別れると肩に担いでいたクーラーボックスの蓋を開けた。 「やあそこのお爺さんとお婆さんと子供さん。祭、楽しんでるかい」 おじいさんとおばあさんの目には、見知らぬ他人にいきなり声をかけられた不安がありありと浮かんでいた。それでもぎこちなく笑顔を作って見せたのは、ネイルが若い女だったからだろう。 「え、ええ。おかげさまで。あの、失礼ですがお宅は――」 どちらさま、と続くはずのおじいさんの言葉を、ネイルはクーラーボックスの中から取り出したバナナで遮った。 「ところで私のバナナを見てくれ。こいつをどう思う?」 唐突に、皮をむきつつ目の高さまでバナナ持ち上げる。 ネイルはバナナに視線を向けた老夫婦に魔眼をかけた。 「こっちのバナナのほうがこの子が持っているバナナよりも大きいと思わないかい? なあ、ボク。交換しようよ」 にっこりと笑いながらチョコバナナをなめていた男の子にも魔眼をかける。そうして周囲の耳目に注意を払いつつ、ネイルは男の子とバナナを交換した。 魔眼の効果が切れるころには男の子はバナナを食べ終えているだろう。老夫婦は孫が手にしているのが棒ではなく皮であることに首をひねるかもしれないが、それはまあ、些細なことだ。 かわいい孫の気が狂うよりずっとマシ、とネイルはクーラーボックスの蓋を閉めた。 「さて、と。問題は中学生カップルだな」 金魚すくいの屋台から離れ、額に手をあててくるりと辺りを見渡した。 万はくだらない人の波の中から、移動するたった1組のカップルを1人で探し出すのは大変だ。見つけさえすれば話は簡単なのだが。 (みんなに助けてもらおうかな) 任務の成功が第一。早く終わればそのぶんだけお祭の楽しむ時間が増える。 ネイルはひとまず回収したアザーバイドをアーク職員が待つ焼バナナの屋台へ運ぶことにした。 ●屋台のガンマン 「世の中には二種類の人間がいる……」 頭を白いタオルで巻いた初老の射的店主もとい屋台のガンマンは、テンガロンハットをかぶった保安官ケイト・クヨウを前にして呟いた。 「オレに撃たれるやつか、撃たれちまったやつか、だ」 「イーストウッドを気取るのは、そこまでだ、ボウズ」 計都はテンガロンハットのつばを人差し指で持ち上げた。一瞥する魔眼の下に不敵な笑みが浮かぶ。さっと手でマントを払いのけ、腰に下げた二丁拳銃をあらわにした。 かたや的当てのショットガンを模したおもちゃの銃一丁だけ、かたや本格的なエアガンと水鉄砲の対決である。 だが屋台のガンマンは怯まなかった。 「ふっ、ママのところへ帰りな保安官。バナナが食べられなくても人は生きていける」 「あいにく。そのバナナが入用でね」 「こいつじゃなきゃダメなのか?」 「ああ。そいつじゃなきゃダメだ」 いか焼きのねっとりとした濃いにおいが熱い風に運ばれて、対峙する2人の間をゆっくりと吹き抜けていった。じゅゅ、と鉄板を焦がすお好みソースの音が人山の向こうで響き、この余計な演出に否が応でも熱帯夜の暑苦しさが増す。 時間にしてわずか数秒のにらみ合いのあと、屋台のガンマンは耳元を飛ぶ蚊を手で払いのけた。 「……そうか。ならしょうがねえな。入る桶をひとつ用意しな。いや、黒馬の分とふたつか」 どうやらアザーバイドに精神をむしばまれた男には、黒猫の初名さんが馬に見えるらしい。 馬と見間違えられて憤慨したのか、初名さんが計都の足元でフッと短くうなった。 射的の屋台前はいまや大渋滞を起こしていた。 巡回に来た警官をも巻き込み、2人を遠巻きに取り囲んだヤシ馬の誰もが蒸し暑さを忘れ、固唾をのんで突如始まった決闘の行方を見守っている。 野次馬の中には一足先にバナナの後始末を終えたキリエの顔もあった。 計都はポケットから100円硬貨を1枚取り出した。自分が手にしたものを確認し、あわてて50円硬貨と取り換える。しばし考えたのち、50円玉を引っ込めて5円玉に替えた。給料日前であった。できれば1円玉で済ませたいところだが、さすがにそれでは恰好がつかないとあきらめる。 「ボウズ、先に抜きな。このコインが落ちた時が勝負だ」 計都が親指で5円玉を弾いた。 屋台の明かりを弾きながら、黄金色の5円玉が夜空へ舞い上がる。 くるくるくる。 落下する5円玉の穴を通じて一瞬、互いの目と目とがぶつかり合う。 5円玉が地に落ちて埃を上げた。 屋台のガンマンの指がトリガーを引き絞る。 コマ送りになった時の中で計都がエアガンを抜き撃ち、バナナもどきが台の上から転げ落ちる。 屋台のガンマンが白目をむいて首を後ろへのけぞらせると同時に、キリエが逃げだしたバナナもどきを狙い撃った。 「アーク屈指のテクニックを舐めてもらっちゃあ、こまるぜ?」 屋台のガンマンがすとん、と膝から崩れ落ちた。どっ、と歓声が沸く。 計都がやんややんやの声に包まれているその裏で、キリエは脱いだ帽子の中へバナナもどきをすばやく隠した。 その一方で、倒れた屋台店主に素早く大天使の吐息を吹きかける。 腫れて赤くなった額のこぶは見ろ見るうちに小さくなっていくが、果たして―― 「無駄だよ」 頭に落ちてきた声には聞き覚えがある。 振り返ったキリエの後ろに、牛柄浴衣を着た流が立っていた。 ●屋形船から花火を見上げれば 「見つけました! ピンクのチョコバナナ、ネイルさんの斜め前にいます」 FAから響く空太の声を頼りに顔を右へむけると、確かにそれらしき浴衣姿の男女が見えた。ただし、ネイルとカップルの間には5人ほど人がいる。花火会場へ向かう人の流れの中である。体を横向けることすら困難なほど込み合った中で、この5人を追い越すのはまず困難だ。目を合わせられなければ魔眼も効果がない。 「ボクがなんとかします!」 FAの向うでそういったのはリンゴ飴を手にした三郎太だった。 それからしばらくして前方で悲鳴が上がった。三郎太が何をどうしたのか、急に人の流れが変わり始めた。人と人との間に風の通る隙間が開く。 ネイルはすかさず前へ進んだ。 男の子の肩をうしろからぽんと叩いて気を引き、ふたりに魔眼かける。 すばやく女の子の手からピンクのチョコバナナもどきを回収し、かわりにキリエが 買った本物のチョコバナナを手渡した。モル柄のやつだ。 「じゃーなお二人さん。いい思い出作れよ」 ぽかんとしている恋人たちを後に残し、ネイルはリンゴ飴を失った三郎太と合流して焼きバナナの屋台へ向かった。人の波を外れたところで空から空太が降りてきた。 「これで全部回収しましたね」 三郎太が声を弾ませる。 「……と、柚木さんたちと一緒にいるのは誰でしょうか? あ、あれ?」 「だれ?」 眉をひそめるネイルに三郎太は小声で六道のフィクサードだと答えた。 「この依頼の発端になった人……です。たぶん、例の投書の」 「こいつが屋形船を奢ってくれるってよ。川風に涼みながら花火の真下でお好み焼き食べようぜ。あ、かき氷もな」 バナナを焼いた甘ったるい匂いの中で汗の浮いたビール缶を片手に計都が言えば、その横でお好み焼きのパックを手に持ったキリエがむっつりと、「せっかくだから奢られてやろう」と言った。うちわの陰で流が苦笑している。 ネイルの背の後ろでこっそりと、空太は祭りの喧騒を振り返った。 (金魚すくいはおあずけですか。ちょっぴり残念だけど……) 夏祭りが行われているのはここだけではない。 「行くよ、空太っち」 手招きするネイルに、はーい、と元気よく返事をすると、空太は仲間たちの後を追って駆け出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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