●丸くて柔らかいピンク色の例の奴(推測) ぴぎぃ、と。 その、いかにも柔らかそうな丸っこい生き物が鳴いた。 「なんだこりゃ……?」 舗装された山道を登って、地元でも大して知名度のない展望台での最初の出会いがこれである。 目の前に現れた生き物に、男が戸惑いがちに顔を近付けた。 ボールのような体型は、両腕を広げてギリギリ抱えられるかどうかの大きさだ。首と胴体の境目も判然としないし、足があるのが不思議なほど、とにかく丸い。 そんなボールの中でボタンのように黒い目がくりくりと二つ輝いていて、くるんと巻いた短く細い尻尾が揺れていた。 何よりも特徴的なのは、ボールの中心にある、スタンプのように潰れた鼻だ。それがひくひくと蠢いて、その下の口からは『ぴぐ、ぴぎぃ』と濁音交じりの甲高い鳴き声が繰り返されている。 まるでデフォルメされたイラストのようで、よくよく見れば肌の表面も生き物というより、風船のようにつるんとした輝きを帯びているような気までする。見たところ、弾力性もありそうだ。 「豚……だよなぁ。多分……」 男が恐る恐る指を差し出すと、元は人に飼われていたものだろうか、警戒心を欠片も見せずに平たく潰れた鼻が再びヒクヒク動いて、差し出された手に匂いを嗅ぎにきた。 その様子はいかにも滑稽で、男は噴出すように笑って一層顔を近付ける。 つるつるした表面を撫でて、笑みの形に弧を描いているようにも見える口に触れた。 促されたと思ったのか、丸い豚が胴体の半分近くもありそうな口を大きく開く。 「へぇ、結構デカい口――……」 ぐっぱりと開かれた口の中を覗き込んだその瞬間、 ――――ばくり。 男の首が、消えた。 悲鳴を上げる暇もなく、頭部を失った男の身体が地面に沈む。 噛み千切られた首から噴水のように吹き上がる朱色の温水を浴びながら、丸い豚は縫い包みのような無邪気な顔をしたままで、顎を動かす。 モグモグと動かす大口の縁から、唾液のように赤い液体を滴らせ。 骨を噛み砕く音だけが、ガギン、ボギッ、とその頤から響いていた。 ●狩猟計画(任務) 「豚を狩って頂きたいんです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の告げた内容は、実に簡単なものだった。 「標的はE・ビースト、フェーズは1。E・ビーストではありますが、行動パターンは単純ですし特別な能力もありませんから、言葉通りに狩って頂ければ結構です」 和泉の口調は迷いがなく淡々としている。 しかし――。 「豚、か?」 「豚です」 モニターに映し出されているのは、豚というよりピンクのボールだ。心なしか艶めいた肌は、投げると大層良く弾むような気さえする。たとえばスーパーボールのように。 あからさまな戸惑いでもって向けられた細やかな質問に、これもまた迷いなく即答した和泉が、何事もなかったかのように手元の資料を捲る。 「特徴は弾力的な肉体と強靭な顎です。滑稽な顔をしていますが、顎の強靭さは豚というよりも鰐の領域ですね」 何よりも、豚は雑食――人間にすらも恐怖を覚えず、不用意に近付けば安易に餌にしてしまう。 ――つまり、このまま放置すれば数時間後、通りがかった一般人が捕食されてしまう。そんな予知の実現を防ぐ為にも、一刻も早く駆逐して欲しいのだと、和泉は告げた。 だが、そんなことよりも。 「弾むのか……?」 「弾むそうです」 「……………………」 「弾むそうです、物凄く」 誰かが小さく呟いた疑問を拾い上げて、顔を上げた和泉が再び即答した。それだけでは足りないと思ったのか――それとも彼女自身、そのことが胸に引っ掛かっているのか、強調して同じ言葉を繰り返す。 集うリベリスタ達が黙ってしまった様子を一瞥に眺めて、和泉は小さく咳払いすると今一度、資料に視線を戻した。 「狩った後は好きなように処分して構わないとのことです。玩具にするでも、食べるでも……人通りのない山中にでも置いておけば野生動物が始末してくれるでしょうから、それでも結構、と」 これまで淡々と、単なる業務のように言葉を続けてきた和泉だったが、選択肢に到って流石に少しだけ眉を顰める。 死体で遊ぶ、という選択肢も中々に問題のあることだったが、何よりも。 「食べるでも……」 リベリスタの誰かが、思わずといったように反芻した呟きに、和泉は小さく頷いて先の言葉を繰り返した。 「豚、ですから」 …………自分に言い聞かせるような声、だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月13日(火)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●景色の良さと風通しは最良の物件です(遭遇) 人気のない展望台の、転落防止の柵のまん前。 まるで唯一の観光客のように、そいつは居た。 ピンク色のプリプリしたボールが、高地にあるが故に木々の香りを纏ってそよぐ風をつるんとした身体で目一杯受けている。 ボタンのような目で街並みを見下ろす態度は、豚にも拘らず妙に芝居がかっていた。もっともそれをいうなら、果たして本当に豚かどうかも怪しくなるような球体だったが。 「黄昏てる……」 「豚なのに?」 少し離れた所からじっと様子を窺っていた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)がぼそっと呟くと、『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)がいつも通りの冷静な口調で尋ねる。 「“世は儚く味方もなし”――だって」 「豚なのに……」 ぶーぶーぶひぶひ。 風に乗って運ばれてくる鳴き声を動物会話で通訳する雷音に、真昼が同じ言葉を零した。 「中身は案外詩人なのかもしれないね」 「荷物置いてきたぞ!」 真昼の呟きに呼応するように口を挟んだのは『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼンだ。そのすぐ後から、登山の際には持ち運んでいた荷物を置いて手軽になった『赤猫』斎藤・なずな(BNE003076)も姿を見せる。 他の仲間も同様に、二人が背後にした展望台の端に位置する東屋へと荷物を運び入れていた。それぞれに持ち寄った食材の匂いを嗅ぎつけられないようにという配慮だ。 風の流れの所為か、今の所豚に気付いた様子はない。 「豚さんはどんな感じ?」 「喰われる準備は出来てそォか?」 「本人は食べられるつもりじゃないと思うのです」 東屋へと荷物を運び入れた『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)が尋ねる所へ、同様に支度を終えた『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)が口を挟んだ。冷静に突っ込むキンバレイ・ハルゼー(BNE004455)の後ろでは、他の面々よりもやや緊張した面持ちの夜兎守 太亮(BNE004631)も支度を終えている。 「おー、本当に丸っこい。んで思ったよりでかいな120cm」 「普通の豚に比べたら小柄な方だろうがね。恐らく縦についていくべき肉が、胴回りに全て回ってしまったんだろうが」 太亮の言葉にセッツァーが推論を交えながら答えていたが、そもそも普通の豚ならあんなにツルツルしていないだとか、流石にそんな所まで突っ込む者はいなかった。 「さてと、まずはアイツを惹き付けねェとな」 それぞれの支度がなった所を見て、口を開いたコヨーテが、瓶を取り出しながら数歩豚へと歩み寄る。 途端に気付いた様子の豚が短い足をちょこちょこと動かし、滑稽な動きで少年を振り返った。 「ほ~らブタ野郎、おいしい定番おやつ、ブラックペッパーだぜッ!」 『…………』 「アレ、反応しねェの? 瓶に入ってッからかな……ほれほれ、ブラックペッパーだぞー」 思わぬ反応の悪さに首を捻ったコヨーテが、蓋を開けて黒い小粒を掌にざらざらと出し、豚の方に差し出してみる。 近寄ってくるでもなくその場でヒクヒクと鼻を動かして匂いを嗅いだ野良豚はしかし、 『……ぷぎぃ』 溜息に良く似た小さな鳴き声を上げると、ぺっと唾を吐き捨てた。やたらに人間臭い反応だったが、そんなことよりも。 「……もしかして、ブラックペッパーは、おやつでは……ない……?」 「あいつに限らず、胡椒をそのままおやつにする物好きは少ないと思うぞ」 ショックを受けるコヨーテに、なずなが平静な口調でトドメを刺した。とはいえ聞こえているのかいないのか、豚の反応が余程のダメージだったのか反応も見せない少年に、場を取り繕うように太亮が口を開く。 「あ、あのさ、あいつをどうやって山に追い込むかって話じゃなかったか?」 「む、そうだった」 太亮の言葉になずながこほんと小さく咳払いして。 「食べちゃうぞー! がおー!」 『…………』 「動かないな」 なずなの威圧をじーっと見詰めてみた野良豚だったが、微動だにするどころか鳴き声の一つも上げなかった。それどころか、気の所為かしらけたような顔になっている。 そんな反応を冷静に眺めていた雷音が呟いた時、彼女の方に目を向けた野良豚が不意にビクッと竦みあがった。 ピンク色の肌がプルプルと怯えたように震え出す光景に、誰かが疑問を口にするより早く。 「お肉……お肉なのですよ……」 「……キンバレイちゃん……」 雷音の隣。 目の据わった小学生の独り言に、壱也の笑顔がやや強張る。 けれどそんな状況には気付いていないのか、キンバレイが一歩踏み出した瞬間、唐突に豚が身を翻した。 「あ、逃げた!」 余程身の危険を感じたのか、山中へと一目散に駆け出す背中を太亮の声が追い掛ける。 「よ、よーし。さ、いっちょがんばりまっしょい!」 気合を入れ直すような壱也の掛け声と共に、舞台は展望台から山中へとその場を移したのだった。 ●豚といえども獣は獣(狩猟開始) 狭い間隔で並ぶ木々を障害物として生かし、逃げる豚の周囲を大きく囲むようにしてからその輪を狭める。 やがて状況に気付いたのだろう、逃げ道を探すように小さな目を忙しく動かしたことに気付いた雷音が行く手を阻むように眼前に立った瞬間、現れた障害物へと豚が大きく口を開く。 「む――おっと、危ない」 目の前でばっくりと開いた大口を思わず見詰めた雷音が、それでも豚の静止した隙に脇へと避ける。直後に勢い良く大口が噛み合わされて、先程まで雷音の居た場所――その背後のまだ若い木へと齧り付いた。 「ふむ、中々強力だな」 「冷静ですね……えいっ」 平静な声にそんな感想を洩らしたキンバレイが、此方も何処か緊張感に欠けた声でマジックアローを放った。 『ぴぎぃッ』 肌を抉る形のない鏃の攻撃に追い立てられたのか、鳴き声を上げた野良豚が木々の間の若干開けたスペースに飛び込む。けれど素早く向きを転じるなり、短い四足に力を入れてぐっとその身を踏ん張った。 「お?」 不意に逃走を止めた豚にコヨーテが怪訝を感じた瞬間、豚のボタンに似た目がギラリと光った。 野良豚の蹄が2、3歩地面を掻くや否や、良く弾むボール状の身体が急激な加速を見せてコヨーテ目掛け突っ込んでくる。 「うおッ――速ェ!?」 持ち前の弾力を充分に発揮した一撃を咄嗟に交わしたコヨーテに、標的を失った豚は木々の一つにぶち当たった。途端に幹に弾き返されて、地面を跳ね返るなり更にその先にあった別の木にぶつかって向きを変え、今度は一番近くに来た太亮に標的を切り替える。 「わっ、わっ! あ、危ねぇっ!」 反射的に地面を転がって交わした太亮の上をギリギリで通過した先で、しかしその軌道を読んでいたのか、フードと目隠しの下で軽く目を細めた真昼が飛び込んでくる豚を前に動揺もなく掌を翻した。 「はい、そこまで」 『ぴぎッ!?』 ピンポイント。 練り上げられた気糸に豚の特長とも言える鼻を鋭く穿たれ、苦痛よりも驚愕の鳴き声を上げた野良豚が与えられた衝撃に強制的に動きを鈍らせる。 一転、二転。自身のスピードさえ攻撃の勢いに巻き込まれた身体が逆方向に小さく弾んで、それでも素早く転がり起きた。 『ぷぎゃぷぎぶー!!』 「おお、喚いてる喚いてる。――なんて?」 「“見せ場を取るな”だって」 この場で唯一、動物会話を使いこなす雷音が、コヨーテの問いに豚の怒声を通訳した。妙に人間臭い苦情は、果たして人馴れしていることに原因があるのかどうか。 ともかく雷音に指差されたのが一層火に油を注ぐ結果になったのか、傍目にも怒り心頭モードだった野良豚が、地団太を踏むように一際強く地面を蹴り付けた。――と。 『ぷぎ?』 きょとんと瞬いたボタン状の目がくるんと斜めに傾いて、そのままぽんっと跳ね上がった。 「あれだけで跳ねちゃうのですか……」 心なしか情けなさそうな顔付きで跳ね続ける豚を見ながら、キンバレイが小さく呟く。 「ぼよんぼよんするぶたさん……可愛いな。ぬいぐるみみたいだ」 弾み続ける豚を同じように見詰めていた雷音が感想を洩らした。 「……弾み終わるまで待機してよっか。巻き込まれないように」 壱也の言葉を合図にして、曲がりなりにも戦場らしからぬだらけた空気が一同に漂う中。 豚の弾むリズミカルな音だけが、山中に響く鳥や蝉の鳴き声と協奏していた。 「それにしても興味深い生物だな。豚のような容姿をして一見重く動きも鈍そうなのにこのように軽く弾む動作を見せるとは……昔子供が遊んでいた良く弾むゴムボールのようだ」 数分後。弾むボール、もとい野良豚を観察しながらセッツァーが感想を零す。 「まだ落ちてこないな……」 「うーん……もうちょっとだと思うぞ? ほら、最初より跳ねる高さもだいぶ低くなったし」 弾む豚を見ながら太亮も呟きを零し、雷音が野良豚を指差した。 当の豚の方はといえば、先程から黒いボタン状の目が切なげに疲労感を漂わせている。 「それならそろそろ仕上げに掛かるか」 腰に手を当てたなずなが掌を翻し、仲間を巻き込まぬようにごく一点に照準を絞って魔炎を召喚した瞬間。 『ぷぎぷー!?』 「あ、なずなちゃん容赦ない」 ぼっ、と勢い良く燃え上がった豚が、唐突な攻撃に甲高い悲鳴を上げた。劈くような鳴き声に、壱也がぽつりと呟く。 やがてこんがりと色好く焦げ目を付けてぼてんぼてんと地面に転がり落ちた豚が、地面の上にぐったりしながら酷く恨めしそうな目付きでなずなを睨んだ。 「うぐっ……そ、そんな目で見るな!」 と、思わず一歩後退ったなずなを睨む豚の上に影が差す。 ぐったりとしたままでそちらを見た豚が、いつの間にか目の前に良い笑顔で佇むコヨーテにビクッと身体を強張らせた。 「悪ィな……強いモンが弱いモンを食うのが自然の摂理ってヤツよ」 仁王立ちになったコヨーテが、微塵も悪いとは思っていない笑顔で言い放ち。 「いただききますッ!」 「コヨーテ、それはまだ早い」 雷音の冷静な突込みを余所に振り下ろされた斬風脚を始まりに。 身動きを取れないピンクの野良豚の断末魔が、山中に哀しく響き渡ったのだった。 ●野外調理とその醍醐味(バーベキュー) 雷音の提案で場を更に移し、戦場となった場所から程近くの川辺に到着して暫し。 すっかり大人しくなった豚の肌を軽く突付いて、真昼が軽く首を傾げた。 「血を抜いても萎まないんだ……色も変わらないし」 木からぶら下げられた豚の死体は、相変わらず真ん丸いボール状だった。血抜きの所為で足元は真っ赤な惨状と化しているが、肝心の死体は相変わらずつやつやプリプリのままだ。 「真昼、血抜き済んだか?」 「うん、見た目が変わらないからちょっと不安だけど」 近付いてきたコヨーテに解体術の載った本を開いたまま真昼が顔を上げる。 「そんじゃさっさと捌いちまうかッ」 「あれ、コヨーテ捌けるの? てっきり全員、解体作業は未経験だと思ってたけど」 「傭兵時代のダディに連れられて、戦場回りながら習ったかンな。現地調達してカッ捌いて食うのは得意だッ!」 真昼の手から血抜きに使った魔力のナイフを受け取って、宣言通りに慣れた手付きでコヨーテが豚に刃を入れていく。 その近くで調理器具や食材の準備をしていたなずなが、二人の様子を見ながら目の前に調えた支度を一瞥した。 「肉を捌き終わったら、速やかに調理に移るぞ!」 「なずなも料理が出来るのか?」 その口調に雷音が疑問符を浮かべれば、なずなが自信ありげに頷いてみせる。 「こう見えても料理は得意なのだ。一人暮らし歴長いからな……ふふふ……」 「……これは頼もしい仲間が集まったのだな。――壱也、暇なら手伝って欲しいぞ!」 雷音が持ってきたレジャーシートを広げて憩うスペースを作りながら、気の所為かなずなの口調に潜む影からは目を背けてコヨーテ達の方を見ている壱也に顔を上げた。 「あ、うん! そうだ、わたしバーベキューセット借りてきたんだよ」 少年達の遣り取りをにこにこ――というよりもニヤニヤと相好を崩しながら眺めていた壱也がアーティファクトから調理器具を取り出せば、それだけで随分とキャンプめいた様子が川辺に色を足した。 ――と。 「此方の様子は如何かな」 「荷物はこれが最後なのですよ」 東屋に置いてきた荷物を運んできたセッツァーに、同じく荷物を持ったキンバレイが言葉を続ける。その横で荷物を探っていた太亮が、目当てのものを探り当てて雷音へと差し出した。 「こっ、こここここれ。食材。故郷での最後の収穫物だ。良かったら一緒に食べてくれ」 「――そうか。うん、皆で有難く食べるとするぞ」 太亮が突き出すようにして渡してきた食材に、雷音が目元を和ませるように微笑んで受け取った所へ、近付いてきたキンバレイが彼女の手を引いた。 「きんばれいクーラーボックス持ってきたので、お肉持って帰りたいのです」 「肉を、か?」 「きんばれい思うのです……昆虫や木の実よりは豚の方がおいしいって……三食茹でゴキブリっておとーさんに申し訳ないのです」 「茹で……」 「……ゴキブリ」 幼い少女の衝撃の食卓事情に、壱也や雷音の顔が流石に強張った。 「分かった、好きなだけ持って帰ると良い」 「良いのです?」 なずなが神妙な態度で頷くと、ぱっと表情を輝かせたキンバレイがいそいそと肉の塊に手を伸ばす。 そこへ新たに切り分けた肉を運んできたコヨーテが、キンバレイの様子を見て首を傾げた。 「なんだァ? わざわざ持ち帰らなくても――」 「煩いっ! コヨーテはキンバレイがあんな食生活をしていると聞かされて平気なのか!?」 「は? 何の話、」 「そうだよ、成長期真っ只中の女の子なんだからしっかり栄養取らないとでしょ!?」 「わ、分かった、分かったって! 好きにすりゃ良いだろッ!?」 前後の話が聞こえていないからこその発言だったが、なずなに壱也と立て続けに責められて、慌てて前言を撤回する。 「なァ、オレなンか言ったか?」 「君が何を言ったかより、聞いてなかったことが致命的かもね」 傍らで運んできた肉を置く真昼に訳が分からないまま疑問を向ければ、此方はどうやら先の話が聞こえていたのか、苦笑ともつかない曖昧な微笑で真昼が口許を緩めた。 一方その頃、 「丸のままの豚を捌くのは結構勇気がいる作業だと思っていたが……中々どうして、侮れないな」 木からぶら下がったまま、綺麗に骨になりつつある野良豚の姿を前にして、セッツァーは一人感心した口振りで呟いていた。輪に飲まれない冷静さは、年の功のなせる業だ。 豚の生姜焼きにトンテキ、串焼きに豚汁。 飯盒炊爨には粒の立つ白米も炊き上がり、鍋ではコヨーテの手による豚骨のスープも香り良く煮立っていた。 他にも少女達の腕を振るった思い付く限りの豚肉料理が並ぶ中で、壱也が元気良く手を合わせる。 「それじゃ、いただきます!」 明るい食前の挨拶を合図に、他の面々もそれぞれに手を合わせて目の前に並ぶ料理に手を伸ばした。 「うむ……これは美味。料理の得意な顔触れが揃ったとは有難いね」 日本式の味付けが多い中、セッツァーが少女達の腕前に小さく唸る。 一方その隣で、希望通りに塩コショウだけのシンプルな味付けを施したステーキを前にしたキンバレイは、 「たくさん食べて元気出して、おとーさんにもいっぱい食べて貰って元気出して貰って朝まで……あ、なんでもないです」 何やら意味深な言葉を紡いで、傍らのセッツァーを咽させていた。ほんのりと色付いた頬が夏の日差しの所為だと信じたい所だ。 「この野菜、君の所のだっけ?」 「ああ、都市開発の影響で今はもう戻れないんだけどさ」 真昼の言葉に太亮が頷いて返す。 「なずなちゃん……たくさん食べて、頑張ろう」 なずなの胸元を見ながら神妙に頷く壱也に、当のなずな本人は豚肉を頬張りながらきょとんと首を傾げる。 「む? 何を頑張――はっ、ど、何処を見ている!? わ、私は気にしてない、全然気にしてないからなっ!?」 若干控えめな胸元を、両腕をクロスして隠しながら顔を赤らめて動揺するなずなに、壱也はそんな彼女の肩をぽんぽんと叩いた。 「大丈夫、分かってるから」 「絶対分かってないだろう!」 「なずな、落ち着け。そんなに勢い良く食べたら喉に詰まる」 心持ち泣きそうになりながら、自棄になったように肉を口へと運ぶなずなに、雷音が優しく忠告した。余り他人事だとは思えていないのかもしれない。 焼け付くような夏の日差しも川面の煌きも、蝉や小鳥の囀りも――それら全てが楽しみに色を添えたのだろう。 やがて皿や鍋が空になる頃、誰がともなく手は合わさって。 『ごちそうさまでした!』 綺麗に揃った締めの挨拶が、夏の空に高く響いたのだった。 尚、後日にあらず。 「声楽家として今日のこの感動を声(うた)にせねばなるまい。此処は感謝の歌を――」 「その前に後片付けが先だぞ」 「コヨーテ君の作ったスープ、残りどうしよっか?」 「あ、残ってるならわたし、持って帰っておとーさんに食べさせてあげたいのです!」 「ふむ、だったら鍋ごと持っていくか」 「ってオイ、その鍋真昼のだろッ!?」 「適当な入れ物がないのだから仕方ないではないか。クーラーボックスに直接注ぐ気か?」 「そ、それよりゴミって全部持ち帰るのか?」 「ゴミよりも、汚れた食器や調理器具を洗っておきたいよね。大変だなぁ……」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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