● 快晴の青空の下、強豪レーサーを乗せたマシン達が唸りをあげる。 シグナルを誰もが凝視する。 青。 青。 赤。 各車一斉にスタート! 真夏のアスファルトの上に幾つもの揺らめき断つ轍が刻まれた。 ● 『三高平レーシング2013 サマーGP開催』 『悪狐』九品寺 佐幽 (nBNE000247)がぺたぺたと張り紙を貼ってまわる。 見れば、カートレースを開催するらしい。 レースといっても半分は障害物競走じみており、もう半分は“なんでもアリ”といった様子だ。 ポスターには後続車にバナナの皮を投げてスリップさせる、なんてイラストも乗っている。 「人は失敗から学ぶものです」 佐幽はバナナの皮を淡々と剥きつつ語ってみせる。 「安全運転を学ぶには、安全じゃない運転をした結果どうなるかを“身を以って”体験することが一番です。またリベリスタの皆さんは時には、というより任務ではやむなく映画ばりのカーアクションを要求されることもございます。 ここはひとつ、実戦演習のつもりで“妨害OK障害物ガン盛り完走できたら合格”というレースを開催してみようかと」 バナナを剥き終わた佐幽は、あーんと大きく口を開けて頬張るのではなく、慎ましく一口啄ばむ。 バナナの先端を丁寧に、妖狐の突き出した犬口で食んだ。 断ッ。 バナナの先端が食い千切られる! 哀れ、バナナは損傷率20%を突破していた。もう助かるまい。 「あ、ネズミ」 「え!?」 あっち向いてほいに引っかかった隙に、佐幽は相手の口へ強引に残りのバナナを突っ込んだ。 太くて曲がっていて甘くてねっとりとした味わいのバナナが喉まで一気に突き刺さる。 「もぐ、もがががが」 「レース用のバナナの皮集め、ご協力ありがとうございました」 ……手製だったんだ。 ●会場の下見 三高平レーシングの開催は、何も佐幽の思いつきだけが発端ではない。 『危険運転教習所』 三高平郊外にあるこのレース会場は、アークの数ある訓練施設のひとつだ。 超法規的活動に従事するアークのリベリスタ達にとって「公道上の安全運転」も大事ではあるが、等しく「公道上の安全な危険運転」も時には要求される。 改造車両に乗って逃走ないし暴走するフィクサードを捕まえよう、だなんてシチュエーションは十分に想定できるわけで、そうした場合、いかに安全に危険な走りができるかは重要だ。 それこそ映画のカースタントみたいに、正義のヒーローは一般人をカーチェイスの巻き添えにしてはならない。一台二台おしゃかにするのはご愛嬌でも人命はギリギリ一線どうにか守る。 このレース会場は、フィクサードとの車上銃撃戦でいかにタイヤを狙い撃つか、どうやればエンジン部を撃ち貫いて敵車両を爆破できるか、といった動的射的訓練にも使われる。 とにかく頑丈に作ってあるし、広大な敷地には山アリ海アリ罠アリ市場アリと障害物が山盛りだ。 その改装工事が終わってより危険にリニューアルオープンした記念にレースを開催する。 「どうです? 素敵なコースですよね」 佐幽は、左右のドラム缶が爆発炎上するジャンプ台を指差して楽しげに語る。 「できたてほやほや、夜明けの新雪のようにまだ誰も試走したことのないレース会場ですよ」 一番乗り。 なんとも良い響きではないか。 「……あの、安全性テストは?」 「それをこれから皆さんにやって頂くんですよ、一般職員にやらせると労災を幾ら払っても足りないので」 蝉の音。 夏の日差し。 ジリジリと照りつける太陽に、貴方の頬を汗が伝い落ちる。 されどここは防弾仕様の室内観客席、冷房はよく利いている。 「失礼。正しくは危険性テストでしたね」 その証拠に、佐幽はもふもふ胸毛のクセして何とも涼しい表情をしているではないか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月25日(日)22:40 |
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●1 快晴の青空の下、強豪レーサーを乗せたマシン達が唸りをあげる。 シグナルを誰もが凝視する。 青。 青。 カレー。 赤。 各車一斉にスタート! ――しない。 観客席がざわつく。といってもコースに近い臨場感溢れすぎるB席はちっとも埋まっておらず、 極少数の命知らずだけが座っていた。 葛木 猛に誘われて『よく見えるらしい』B席にリセリア・フォルンは彼の隣に座っている。陽 光がサンサンと降り注ぐ中、寒色系コンビのふたりは見た目だけは涼しげだ。 「なんのトラブルだ?」 「あ、誰か警備員に連行されてる」 青いポニテ(深化して増量した、らしいですよ)をぐいっと引っ張られて、レースクイーンのひと り春津見・小梢が裏の方へ連れてかれる。 「あーれー」 なお警備員は他ならぬ佐倉 桜。制服を着こなしすぎて個人としての存在感は皆無である。 「はいはい、こっちに来る」 さっきまで春津見は炎天下の下で黙々とカレーを食べていたので観客からは異様に目立っていた のだが、絶妙なバランス感覚でカレー皿をこぼさずに強制連行されるさまは職人芸だ。 ……この暑い中、カレーなんて見てるだけで滝汗ものだ。 「おふたりさん、アイスはいかがぁ~?」 レースクイーン霧積・桃華――は何故か明褐色の肌を惜しげもなく魅せつける情熱的コスチュー ムのまま、アイスの売り子をやっている。母の営むアヤシイ家業の手伝いで客商売にこなれている ためか、快晴もあって既にアイスは飛ぶように売れている。 「ふたつくれ!」 「はいどーぞ」 ワンコインでアイス二つ分、さらにお釣りと領収書まで帰ってきた。良心的価格設定だ。 と、よくみれば領収書の裏に出場チーム全23組の名とオッズが――。 「レースに賭け事は欠かせないと思わない?」 「乗った!」 「賭けって……」 即答した葛木にリセリアは溜め息をつくが、ここで賭け事に付き合わないのも味気ない。 「ただし賭け金は小額だけですよ」 「わかってるって」 「それじゃ後で予想を回収にくるから、じっくり考えててねぇ~ん」 桃華がファッションモデルのように華麗な後姿で立ち去ってゆく。 「さて、誰が勝つかねえ……そうだ、何なら金以外にお互い賭けてみるか?」 「なにを?」 「賞品は相手の事を1度だけ聞く、定番中の定番だな」 「……ここまできたら猛さんに付き合いますけど」 誰が勝利するのか。 ささやかな賭け金が、急にレースへの興味を引き立てる。それはまるで香辛料のように。 刑事ドラマのセットじみた一室で、春津見はカレーかつ丼をムシャッていた。 尋問中の桜はマイペースぶりに頭を抱えている。かくいう桜も日頃は引きこもり生活を送るマイ ペース人間なのだが、表に出てくるときは明るい看板娘として振舞うので気疲れしやすい。 「で、なんでシグナルの真ん中にカレーを……」 「シグナルに黄色が無い!フンスフンス! カ(ート)レー(ス)なのにこれは許せないね。…… という理由だった気がしたけどこのカレー美味しい」もぐもぐ。 「褒めてもダメ!」 桜はそっぽを向く。せっかく手作りしたかつ丼にカレーをだばーされたので複雑な心境らしい。 「あれ? 横ポニー」 「こ、これは……」 気恥ずかしげに桜はうつむく。警備員服が目立ってすぐに気づけなかったが、白桃色のサイドポ ニーが快活さを強調している。イメチェンの結果だ。 無理してる。 けれど頑張ってる。 春津見にしてみれば自然体がなによりと言いたいところだけど。 「なんとかなるよね」 ●0.5 数刻前、控え室にて。 「ふごふごふががー!?」 ベルカ・バナナスキーは無理やり佐幽に甘くてねっとりとしたバナナを口腔に突っ込まれた。 これでバナナテロ何人目の犠牲者か。 「もぐもぐもぐ……ごっくん」 ぜぇはぁと小刻みに犬らしい吐息を繰り返して、窒息しかけたベルカは息を整える。 一方、佐幽は素知らぬ顔だ。 このふたり、宿敵(?)の間柄である。 「この駄悪狐めー! 皮をたくさん剥いて欲しいなら最初からそう言えば良いのだ!」 「無理やり食べさせるのが醍醐味なんです」 「拷問か!」 「第一バナナお好きだったとは想定外でした」 「凍ったバナナで釘を打つのは得意であるからな! はははっ」 「では、頭も打ってください」 天井からタライに入って落ちてくるバナナの束が、ベルカに直撃した。 ゴーンッ。 はたと気づけば駄FOXがいない。 「む、痛たたた……やってくれたな! 腹いせにこのバナナ山を喰い尽くしてくれるわ―!」 1時間後。 「もう食べられないよー……けぷっ」 まんまるおなかのベルカさん。 石詰めて氷河に沈めたいほど愛くるしいとは思いませんかね。 ●2 スタートが仕切りなおしになったところで場繋ぎに活躍するのがレースクイーンだ。 「どーもどーも! 三高平のアイドル、白石さん。今日はレースクイーンのお仕事です! 皆の目線もハートも釘付けにしちゃうぞ☆」 白石 明奈はここぞとばかりに売名に勤しむ。美少女といえば美少女だけど相変わらず元気すぎ。 ガムテ口にはっつけておいた方が売れるんじゃないっすかねプロデューサーさん。 へそのくぼみがまぶしいチューブトップにショートジャケット、ぴっちりとしたミニのタイトス カートが白石の健康的なエロスを強調する。 「でもレース中はよそ見禁止! ワタシに見惚れてクラッシュしても知らないゾ? 入賞者には祝福のほっぺキス! 任せとけ!」 猿轡ハメよう、今すぐ。 「怪我しない程度に……いや、フェイト消費しない程度のデッドヒート期待してるぜ!」 決め顔の白石だがしかし観客の視線がイマイチ少ない。 「乳神様ァ~!」 一般人観客?らに謎の美女が崇め奉られている。その威風堂々とした存在感に白石も息を呑む。 霧島・神那。 ワールドイズマインと大胆不敵な乱神ボディが圧倒的なまでに一般観客の支持を得る。後光が差 してるし、というか神秘だし、完全にワンマンショーだ。 「なにあれズルい!」 「フハハハハーン!今日のグランプリで老いも若きも、誰が一番なのか決めちゃうのね~ん!」 褐色の美しさを強調する白を基調とした神那のRQコス。 大質量の胸の谷間を伝い落ちる、爽やかな汗の雫。 その肉々しさを買われて勧誘されただけはある。 「きゃっと空中三回転キィィィクッ!」 レイライン・エレアニックのチョップ(蹴りではない)が神那の衣装を切り裂く。やーん!と手ブ ラで隠す神那、カメラのフラッシュが次々と焚かれる。 「ふんっ、誰が“老いも”なのやら」 この少女、還暦+1です。 「見よ、このセクシーキャットレースクイーンぶりを!」 レイラインは幼げな肢体にゴシックロリータを意識した白と黒のツートンビキニ水着にジャケッ ト&スカート、エナメルハイヒールブーツで決めて三高平のロゴ入りパラソルを華麗に回す。 そして最後は満天スマイル。完璧だ。 (……テリー来てないかのう) 淡い期待を胸に秘めて、想い人の姿をついつい目で追ってしまう恋乙女ぶり。可憐だ。 そんな様を満足げに見つめる少女がひとり。 五十嵐 真独楽(BNE000967)だ。 「レイライン超似合ってるっ♪ きっと彼も喜んでくれるぞっ!」 「ひゅにゃ!」 レイラインは背後から真独楽にぎゅっと抱きしめられて二本の猫又尻尾をキャット逆立てる。 と、回した腕がちょうどたまたまレイラインの胸元を締めつける形になっていて「羨ましいなぁ ……」と真独楽はつぶやき、羨望と嫉妬と嫉妬からか自然と締めつけを強めてしまった。 「いたたっ、これでは鯖折りじゃ!」 「あ! ごめんね!」 「はぁー、レースクイーンにも危険は潜んでいるのじゃなぁー」 危険といえば、真独楽のレースクイーン姿もなかなか危うい。チューブトップ+マイクロミニ+ ブーツのセクシー&キュートを狙った衣装はRQとしてはオーソドックスな格好で、何気に白石 明奈とは肌が明褐色系なところまで被っている。 しかし真独楽という少女――♂だ。 エキゾチックなチーターの尾を妖しくうねらせる。スマートでスレンダーな体型にほんのりと女 らしい肉づきをしているにも関わらず、少女であって少女ではない危うさはRQの過剰に女らしさ を強調する趣向とはアンバランスである。 真独楽の真実を知らぬものには明るく健康的なキュートさを、真実を知るものには妖しくインモ ラルなセクシーさを感じさせる。どこか、失速した独楽のふらつきのように不安定で興味を惹く。 パシャッ。 背後では、白石と神那がカメラ撮影者の奪い合いをやっている。 「まこも写メ撮っとこ! 後でパパに見せるんだぁ♪ 他のみんなもいっぱい記念撮影!」 他のレースクイーンはふたり。 鋼・女帝皇とセレア・アレインだ。二人とも日陰に悠然と佇み、前へ前へと出ようとはしない。 セレアは自称「ごく普通のか弱い吸血鬼」だけに直射日光は嫌いなのか、単に暑がりなのか扇を 扇いで余裕の笑み。 女帝皇(メテオと呼む)は優雅な西欧貴族じみたパラソルを差して落ち着いた様子だ。 パシャリとふたりを写メった後、真独楽は次に救護班の氷河・凛子の横顔をパシャリ。白衣に眼 鏡といつもの女医さんスタイルを崩してないので凛子は逆にRQより目立つ。 ギュィィィィィィィンッ! ギターがギラりと鳴り響く。 目立つといえば、彼らを忘れてはならない。 そう、BoZだ! エレギ担当、結城 ”Dragon” 竜一。 尺八担当、焦燥院 ”Buddha” フツ。 ドラム担当、酒呑 ”L” 雷慈慟。 三高平レーシング2013テーマ曲『Tera-SQUARE』を担当するのはBoZに他ならない。――なんで尺 八? あのお坊さんひとりだけおかしくない? という初見の人に説明すると、このバンドは『救 世』をテーマに音楽によって無常な人の世に光明をもたらすことを志しているありがたーいアーテ ィスト集団だ。みんな変人だけど三高平のエース級は7割変人につき気にしないでおこう。 「三高平レーシング2013のテーマソングは任せてもらおう!」 フツはマイクを握り締め、レース開催を待ちわびる観客たちへ特設ステージ上から呼びかける。 紫の袈裟を着たロックバンドと僧侶の混在した姿が極めてトラウマ級のインパクトだ。 「今日はオレも、使い慣れたマイクではなく……これを使う!」 太陽へ掲げる。 「僧(そう)っ、SYAKU-HACIだ!」 金の尺八が、フツの頭が、夏の太陽を浴びて燦然と輝いた。まるで救世の光だ。 「この曲に必要なのは疾走感! 俺たちはロックスターだ! すべてを音で表現してみせる!」 竜一のエレキギターが冴え渡る。ライトハンド奏法による早弾きは宣言通りにスピーディなビー トを刻み、聴く物の心に電流を迸らせる。 雷慈慟もドラムをスティックで素早く打ち鳴らし、調子を確かめる。 「熱くなってきた。行くか」 「ああ、バリバリ奏でるぜ!」 「いくぜBoZの皆! エキゾーストノートをかき消すくらいの音で!」 「ああ、大排気音に負ける事の無い熱音でな」 雷電激震、天地鳴動。 レースと一体化するようなインストゥルメンタル『Tera-SQUARE』が会場を走り抜けた。 激しく、大胆不敵に、けれど耳障りではなく、どこか繊細さを感じさせる旋律。卓越した技量と 仲間との絆に裏打ちされた疾奏が夏風を震わせた。 ●3 再度、各車一斉にスタートラインに揃ってレース開始を告げるシグナルを待ち侘びる。 『三高平レーシング2013 サマーGP。 ここ『Danger Driving School』略してDDSサーキットよりお送り致します。 実況はおじさんこと晦、解説はエイプリル・バリントンです。本日は宜しくお願いします』 『よろしくね』 実況、解説席の二人は一番安全で見やすいところからコースを一望している。 晦がただでさえ怪人めいているのに、新顔のエイプリル・バリントンもまた金髪緑眼で見目麗し い容貌でありつつ、どこか精巧な西洋人形のような得体の知れぬ雰囲気を漂わせている。この組み 合わせ、なんとも不安だ。 『安全な危険運転、危険第一で安全第二』 くすっ。 『道路交通法に全力に喧嘩を売ってて素敵だね?』 マイクに拾われた微かな笑い声が空恐ろしい。 『いざとなったら救護班、三高平の白衣エンジェル、氷河君の出番ですねー』 『一般人の観客はくれぐれもA席から出ないでね、医療費かさむから』 かく話す間にも、特設ステージではBoZが演奏に熱をあげ、レースクイーン勢が奔走する。 『さぁ間もなくレース開始です。勝利の栄冠を掴むのは23組のうち誰なのでしょうか』 『ねえ、ところで一部レギュレーション違反よね』 自転車、しかも補助輪つき。 イメンティ・ローズ曰く「れーすってよく分からぬですが、乗り物を使ったかけっこですとよ ね?」とのこと。フェリエだけにレースにまつわる常識がないのだ。 と、イメが放送席に話しかけてきた。 「イメの今回の相棒はばいしくる、つまるところは自転車とです。煙吐く乗りものはちょっとイメ には早すぎるとです。補助輪がついとるとダメとですか?」 『大会委員長の九品寺君、判定は?』 『フェリエ無罪』 『そもそもこのレースに参加することが罰ゲーム同然ね、おめでとう』 「わーい! やったとです! 優勝したとです!」 勘違いを超越したワープ優勝祝賀でフィアキィと一緒にイメはクラッカーを鳴らす。 警備員の桜が詳しいルールをちゃんと理解させるために、また5分スタートが遅れたのだった。 『ちなみに大会趣旨として人力走行は基本NGなのですが――』 ぎくりっ。 司馬 鷲祐とロビン・オブライエンの【ロビ司馬】チームが子連れウルフよろしく木製の手押し 箱車でもろに規約違反だけに冷たい汗をこぼす。 「フッ、生半な機械機構はいらん。俺こそがEngineだ……!」 と意味不明の供述。 「そう、それがサムラーイスピリッツ!」 一方、ちびっこアメリカンサムライガールなロビンは打刀をぶんまわして電波を発信する。 「かわいいぞロビ五郎!」 「ちゃーん!」 ほっぺすりすり愛のスキンシップ。 アナスタシア・カシミィルは二輪カートにまたがり隣で見守っていたのだが痺れを切らした。 「鷲祐、これ以上ヘンなコトしたらあたしの得物が唸るからねぃ!」 「……嫁、バイク似合うな」 「本題そらすな!」 「変なことなどしない! 何故なら!」 【子 連 れ 大 蜥 蜴】(題字:九品寺 佐幽) 派手なタスキを掛け、堂々と胸を張るが意味はわからない。ごっこ遊びだと言いたいのか。 「で、結局どうスンダ?」 リュミエール・ノルティア・ユーティライネンに至っては四輪カートを解体して脚部を覆うロー ラーシューズ的なモノに仕立て直していて、車輪をかろうじて残すことで車両と言い張れるよう対 策してあるが運営の判断ひとつで失格たりえる。 緊張の一拍。 『実験対象は少しでも幅広いことに越したことないのでアリとします』 ホッと胸をなでおろす反面、もろに実験と公言されてしまった。 『特に司馬さん、燃えるような熱い走りを期待します』 「……!?」 それは事実上の火刑宣告であった。 並列する三台の二輪車。 上沢 翔太、焔 優希、纏向 瑞樹の三者はお互いに熱い闘志を滾らせてエンジンを暖める。 「かなりのレーサーが居るようだし、面白楽しく走れればいいかなぁ」 翔太は不敵に笑う。 「ただし優希には負けるつもりないけどな!」 「ああ翔太、真剣勝負といこうか」 男二人、爽やかな笑顔混じりの宣戦布告をかわす。 微笑みながらも健やかな闘争心を燃やす瑞樹は己を振り返る。 (手を引かれ、後ろを歩くばかりじゃない。貴方の横を走ったり、時には前を進む事だって) ――できるんだ。 「勝負を受けてくれてありがと! でも、負けないよ!」 「瑞樹、お手並み拝見と行くとしよう」 ふと見やれば、警備員としてB席を巡回していた桜が大きく手を振ってエールを贈っていた。 焔はアイコンタクトで自らの勇士を見せつけてやると宣言する。 「やるからには勝つ!」 パチンッ☆ 自分宛てのウィンクと勘違いした白石がセクシーポーズで素敵なアイビームを返してくれた。 無論スルー。 一方、犬吠埼 守がなぜか軽い敬礼ポーズを取っていた」 桜は警備員として働くにあたって、今回事前に守の指南を受けていたのでその繋がりだ。 「がんばれー」 「がんばるー」 白雪 陽菜が春津見のゆるーい声援にゆるーく答える。 「ええと~。程々に、頑張りましょうね?」 梶原 セレナは穏やかな笑顔で、不安げな面持ちの助手 水無瀬・佳恋へにっこり微笑む。 チーム【ミナセレナ】(※命名:佐幽)はMRⅡ風の小型ミッドシップスポーツカーで出場だ。 「成る程、フィクサードを車で追走することも考えられますし、リベリスタとして技術を深めるに は運転技術も必須ですね。私も20歳になりましたし、車の運転を学び……」 と、チョロい具合にまんまと同乗したのが後になってみれば佳恋の運の尽きであった。 ●4 遂にシグナルが点灯する――。 青。 青。 赤。 二十三台が一斉にスタートを切った。 が、ラインを越えて数十メートル付近で大半の車両が“見えない壁”に止められてしまった。 ――陣地作成。 魔法陣に隔絶されてしまった特殊空間内に各車が足止めを喰らう中、複数のチームがコレをいち はやく突破して首位グループを形成した。 雪白 桐とリンディル・ルイネールの【キリン】(勝手に佐幽が命名)チームの四駆だ。 「あってよかった魔術知識! このままノリノリで! 行っちゃいます!」 「助かりました、リンディルさん」 豪快粉砕。 遠野 御龍のデコトラ、龍虎丸が凄まじいパワフルさと質量で強引に陣地作成を突破する。多少 のダメージは痛覚遮断を車両に反映させ、度外視する。 「こちとら小さい頃から転がしてんだぁ1位を目指すぜぇー!」 マスタードライバーを誇る御龍は桁違いの馬力と比例する操作性の悪さを巧みに使いこなす。本 大会優勝候補の一角、鬼気迫る運ちゃん姉御のドライビングに観客席が湧く。 というか、博徒が湧く。 「うっしゃあっ! いけぇ御龍さん!」 藤倉 隆明はA席で酒を軽く嗜みつつ、複数枚購入した御龍一点賭けの車券を団扇にする。 桃華に誘われたこのギャンブル、藤倉は知人が多いだけに悩みに悩んだ。 「単純に個人の速さだけなら司馬鷲祐にリュミエールあたりだが、妨害ありならアークの守護神の 堅牢さが光るか? ベルカは――うん、無理だな」 決断が功を奏したか。 まだはじまったばかりとはいえ、御龍は頑健な車体をフルパワーでぶんまわして首位のキリン組 を追う第二位だ。 と、やや遅れて三組目がキュラキュラと陣地を無限軌道で強引に走破する。 モニカ・アウステルハム・大御堂と鈴宮・慧架の【もにけいか】だ。愛くるしいチーム名と裏腹 に、本大会最大最強の車両チャーチル歩兵戦車(風)は凶悪の一言。速度が大きく犠牲になった結果、 その極端な火力と装甲で敵対者を殲滅することを至上としている。 「邪魔なのは人も物も問わず砲撃ですべて消し飛ばしていきます」 「主砲、装填。発射します」 怒号ッ。 前方の龍虎丸を狙った砲撃。モニカの殲滅式自動砲と連動した主砲は、ブラックプリンス仕様の 17ポンド砲だけに破壊力も抜群だ。 「やるねぇ!」 御龍は神業めいたドリフトでコーナーリングしながら回避、しかし容易くクレーターを作る威力 は直撃すれば生き残れる車両は居ないだろう。 遅いとはいっても今時の戦車はそこそこ早い。着実に距離を離されつつも【もにけいか】も第三 位のまま『市』の第一カーブを抜けた。 ●5 一方、スタート地点では陣地作成により混沌とした状況の中、不意に隔離空間が解除された。 術者を見つけてフルボッコにしようぜ☆ という流れの中、急に解けたものだから各車は慌てて再スタートを切り犯人探しは有耶無耶に。 『一斉にリスタート! いやはや一体全体この開幕早々の大波乱、犯人は誰だったのでしょう』 『バレたら火炙りの刑だったわね』 実況と解説のトークにニヤリと笑うのは自称紳士の廿楽 恭弥だ。三月兎と帽子屋を彷彿とさせ るいでたちの青年は意地悪げに飄々と素知らぬ顔して第二陣後方を走っている。悠然とガルウィン グドア(垂直開閉式)のスタイリッシュオープンカーを乗り回すさまは気障の一言に尽きる。 「いやー悪意とか全く無いんですけどね。純粋に好奇心ですよ、ははは」 やらかした張本人のクセに優雅に『市』の障害物をかわしつつ第一コーナーを走り抜ける。 この道化ぶり、末路が楽しみだ。 「完走目指して頑張るとですよー」 きーこきーこ。 最後尾はイメンティ、あくびの出るほどスローリーなペースながら遅さゆえに『市』の果物箱や 通行人ダミーに接触もなく補助輪つきで安全なサイクリングを愉しんでいる。マジ天使。 第二陣後列は遅い順に、ベルカ、犬吠埼 守、白崎・晃、廿楽の四者となっている。 「わははははっ! ゆけー犬ぞりの如く!」 ベルカの愛車ポチョムキンは古き懐かしき六十年代の大衆車で、まるっこくてどんくさそうな見 た目が可愛くもあり風情がある。そのスペックは頑丈さと燃費の良さに比重が置かれている。ぜひ とも搭乗者ごと冬のテムズ川にダイブさせたい愛嬌だ。 が、より目立つのが警察仕様の白黒ツートンパトカー、アルフォンス号だ。 「いやあ、懐かしいですねえ。こうして車を運転してると、現役時代を思い出しますよ。交通課の 応援に駆り出されて、ミニパトを転がしてたモンです」 装甲カートを改造した代物だけに速度は控えめでも頑強さに長けており、優勝を狙うには心もと ないが完走するには最適なバランスだ。赤い回転灯に桜の代紋の心理的効果も大きい。 しかし一言でいえば「趣味の世界」な二台だ。廿楽のガルウィングオープンカーも合わせて、見 かけの印象強さだけは突出している。 逆に白崎・晃の装甲カートは、デフォルト仕様の無骨でプレーンな装甲車両にさらに追加装甲を 重ねているものの走破性やスピードに悪影響がない程度であって、つまるところ質実剛健だ。 「アーク流自動車教習と聞いてやってきたけど、目指すは完走、安全運転だな。攻撃されたりして も相手の妨害なんてしないぞ」 丁寧にハンドルを切り、果物入りの木箱を避けつつも晃はうまくアイテム箱を拾い、開ける。 「……スイカ?」 晃は氷水でキンキンに冷やされたスイカを一玉GETして用途不明ぶりに困惑した。 これでどうしろと。 ご丁寧に箱にはアイディア提供者名と三行程度の説明カードがついていた。 『夏場の氷水で冷やされたスイカは最高だよね』byエイプリル。 使い方ないない。 『食べてもいいのよ?』 「さすがにハンドル握りながらスイカ食べるのは危険運転どころじゃない!」 と邪魔臭くなって晃がスイカを投げ捨てたところで――。 「直線キタッ! 必殺マニューバ『シベリアン・エクスプレス』点火! わははははははっ!」 とベルカが攻勢教導を無理やり愛車の加速に転用、派手に大口を開けて高笑いしたところへ。 がっぱご。 ベルカのゴールにスイカをシューッ! 超! エキサイティンッ!! 「もががががががっ! も、もがーーーっ!」 難易度がバナナの非ではない。ベルカは頬袋に詰めすぎたハムスターよりもまんまる顔に。顔色 はみるみる氷河のように蒼ざめ、哀れ、スイカを詰まらせ操作不能のまま『海』ゾーンへ。 「――も、がふっ」 そのまま愛車ポチョムキンごと水中にダイブ、沈降。走馬灯が巡る中、ベルカが目にしたのはS D省エネ作画で嘲り笑う悪狐・佐幽の幻だった。 『さゆゆゆゆ~(暗黒狐笑) こうなる未来は知っていたけど面白いから黙ってたさゆ~』 「ほのふぇ……ほのふぇふぁふぉっふふー! ぐぼぁっ」 第一脱落者、ベルカ。残り22/23組。 すぐさま救護班の凛子が駆けつけ、腹部を強く圧迫してスイカを吐き出させ事なきを得る。 『おっと早くも脱落者』 『安全運転を謡いつつ騙まし討ちとはやるね』 「いや、違……」 晃が意図せぬ妨害成功に不安を抱く中、『海』を通過中の第二陣も本格的に衝突を開始した。 ●6 『海』は道幅が狭く、横に四輪カート二台分の広さしかない桟橋と後は水上というトンネルだ。 ここでは対策の有無が大きい。 というのは『海』に差し掛かる頃には他に比べて鈍足の現在第三位【もにけいか】戦車が横幅1. 7台分を占有して後続車を防ぐ壁と化していたからだ。 『海』で大きくリードを稼ぎたければ、桟橋を使わずに戦車を避けて通らねばならない。 猛烈に追い上げてきた第二陣先頭集団。 リュミエール、上沢 翔太、焔 優希、纏向 瑞樹、ランディ・益母、アメリアの六組だ。 「フッ、人一人通ル隙間ハソリャアルダロ」 黒耀瞬神光九尾の称号は伊達ではなく、身軽さと小回り、加速と瞬発力については大半のマシン を凌駕している。ブリッツクリークの雷光を纏い、雷獣と化したリュミエールは本大会最小といえ るサイズのマシン(申し訳程度のレッグパーツ)だけに軽々と歩兵戦車の横をくぐった。 「よっと」 上沢 翔太の二輪カートが絶妙なバランス感覚で戦車の側面、桟橋落下寸前のギリギリラインを 走り抜け、纏向瑞樹もまた同じくハイバランサーを駆使して突破、追随した。 ランディ・益母も伊達にバイク屋の主人ではない。 挑戦者を意味する愛車『Herausforderer』は世界最高水準のカスタムバイクであり、なおかつラ ンディの技量もマスタードライバー級となれば優勝候補の一角という下馬評も頷ける。 ランディはじゃじゃ馬二輪を豪快に乗りこなしてさも当然のようにハイバランサーなしでは不安 定な瀬戸際すりぬけをやってみせた。 壮絶なジェットエンジン音がトンネル内を切り裂く。優希は力業ながらも遠心力と大推力によっ て壁走りを実現、マシンパワーにものを言わせて戦車を突破した。 やや遅れて、佐倉 吹雪は水飛沫をあげて二輪カートで水上走行、ロアンもまた面接着で華麗に トンネル内を壁走り走行してみせることで戦車という障害物を攻略した。 そうして第一週目の『海』をもにけいか組の戦車が越えるまでに、計八組がその前方へ。 結果として第一陣2/23組、第二陣8/23組、戦車1、第三陣8/23組、第四陣4/23組という四グルー プに分かれてレースが推移する形に。 早くも手に汗握る白熱したレース展開に安全な室内のA席に集まった観客たちは盛り上がる。 本来、肉眼では外側からトンネル内など見えるはずもない。しかしコース各所にカメラが設置さ れており、それらを要所要所でスイッチングすることで克明にレース模様を伝えていた。 「激しいレース展開です……、初めてみるんですがまさかここまでとは」 離宮院 三郎太も観客として初めてのレースを観にきたものの、当初は少し緊張していた。けれ ども折角のイベント、思いっきり楽しみたいものだ。 試しにコーラにポップコーンを注文してみた三郎太は、しかし今は息つく間もない攻防戦に喉が 渇きを訴えるまで手が止まっていた。 ちなみに二列後ろでは誰かさん(藤倉)が物欲にまみれて歓喜の声をあげている。 そんな中、遂に第一週目の『罠』エリアに第一陣、第二陣が突入しようとしている。罠とアイテ ムは観客にも提案可能だった為、ある意味、必ず採用されるといってもいい定番アイディアを応募 した三郎太にとっては一番ハートがときめく瞬間が近づいてきた。 「やはり王道はバナナの皮でスリップでしょうか。某カートゲームでもスリップはとてもやっかい なのです。といっても本当のカーレースでもバナナの皮は有効なのか、興味深いです」 BoZの熱い音楽が会場をヒートアップさせる中、前人未到の『罠』エリアがいよいよ牙を剥く。 ●7 『罠』エリアはもはや戦場以外の何者でもない。 採石場や廃墟をイメージした“いつでも爆破OK”な悪路は、それだけでもオンロード仕様の車 両にとっては減速要素だ。が、これはあくまで下地に過ぎない。ケーキでいえばスポンジだ。 ワルキューレの騎行。 壮大なクラシックBGMが流れる中、輸送ヘリ群が何機も罠エリア上空に待ち受ける。無論、こ のヘリをはじめ罠の仕掛け人への直接攻撃は事前にルール上で禁じられている。 『さぁはじまります、金タライ絨毯爆撃』 『伝統と信頼の金タライね』 気楽な人も真剣な人も無差別に、罠エリアへ突入した第一陣、第二陣へ金タライ爆撃が襲った。 ゴーンッ! と御龍のデコトラに山ほど命中するも一切動じず、やはり頑丈さと質量の重さは大きい。ほとん どのタライが各自の技巧で回避される。 「ふふ、それは“注意をそらすための囮”とも知らずに」 「……」 RQのセレアが不敵に妖しくつぶやくさまを、日傘の下で女帝皇は涼しげな表情で聞き流した。 今更『罠』が最難関地帯であることは語るまでもない。 「チェストー! チェイサー!」 シップーイアイスラッシュでロビ五郎にバナナの大群を切り払わせ、ここまで得意の神速で箱車 を押して全力疾走してきた司馬。が、並走しているアナスタシアには一目瞭然の問題点がついに噴 出していた。 疲れる。どっと疲れる。 強靭な瞬発力を誇る神速の司馬といえども、箱車ひとつ押しながら神秘仕様の車両と互角に走り 続けるには圧倒的にスタミナが足りない。人力での最大速の持続には限界がある。 それはもう、チーターに米俵を乗っけて「さぁ走れ地上最速よ」と要求するようなものだ。 だとしても弱りきりつつもロビ五郎のためにと司馬のとっつぁんは死力を尽くして走る。 「燃えよ(対戦相手の)タイヤ! 地獄の魔炎!!」 外道ここに極まる。 首位のキリン組、後部座席のリンディルが後続車の一群を狙ってフレアバーストを爆裂させた。 爆熱炎上。 罠で不安定なところに降り注ぐ火炎地獄に後続が大きく乱される中、焔を筆頭に幾人かは炎の ベールを突破して勢いづく一方、ロビ五郎の箱車はナイトメア再び木製だけによく燃えた。 第二脱落者、ロビ五郎。残り21/23組。 「ロビンはサムライになるから……」 燃える。 「泣かな……、なか」 燃えている。 「びええ」 ちいさな雫では、焼失する箱車をどうすることもできなかった。 司馬の瞳の中で踊る絶望の炎。実況が失格を告げる。勝利など一縷の希望もない。 「鷲祐!」 走り去るアナスタシアの一声に、司馬はハッと我に帰る。 「泣くなロビ五郎。浮世は己の足で踏み締め歩むもの。刀を持つのなら、泣いてはならん」 手を差し伸べる。 しかし、ロビンは自ら立たねばならぬ。 その時、ロビンを勇気づけるようにBoZの奏楽が熾烈に過激に、けれどもどこか優しく勇ましい ものへとより高まった。 「レースのtruth(真実)はチェッカーフラッグが振られるその時までわからない……」 フツの黄金の尺八が心に響く。 「好敵手(ライバル)だけでなく 自分にも打ち勝つ為の 意識は外(アウトライン)にあるのかも知 れない…」 雷慈慟はスティックを投擲、激烈なる素手ドラム奏法が鼓舞する。 「最終到達点(ゴール)は、いつだって、スピードを超えた先にあるものさ」 テンションが最高潮に達した竜一は歯ギターを披露、痺れるほどにエールを贈る。 「さぁ、最後まで己の足で歩き切るんだ。愛と勇気を刀に込めて!」 手を、小さな手で握り返す。 二人揃ってゴールを目指そう。例え、そこに勝利も栄光も待っていなくとも。 一方、首位独走のキリンチーム。 「桐さん、バナナの皮が大量に!」 「飛びましょう!」 「はい! コースを走らない前提の飛行機が駄目とは言われましたがカートが空を飛んではいけな いとは言われませんでした!」 詠唱、翼の奇跡よ羽ばたけ。 「必殺! ロード・オブ・ウイング!」 リンディルが翼の加護を車両に与えて、ジャンプ飛行でバナナ群をかわした次の瞬間、真上から 降り注ぐ金タライ絨毯爆撃が襲う。これをあわてて回避しようとした時、なんと突風が吹きつけて 車体をぐらつかせ、強烈な金タライの素敵な響きを我が身を以って奏でるハメに。なぜかブレイク 効果なのか翼の加護も打ち消されて地上へ落下、コースアウトして瓦礫に突っ込む。 『あ~おじさんの用意した滞空封じの突風、見事に決まっちゃいましたねー』 『おじさまいやらしい』 『お褒めに預かり恐悦至極』 よりによって実況の手製にやられるとは。キリン組、メンテ復帰中にぐいぐい抜かれて首位から 最下位にまっさかさま。 「えぶりばんは速いとですねー」 きーこきーこ。 お遊戯じみたバイセコーのイメにまで抜かれると涙がちょちょぎれる。 ボスンッ。 完全な故障だ。黒煙を吐いた車両に感謝を告げて、桐とリンディルは潔く降参する。 第三脱落者、桐&リンディル。残り20/23組。 亡きベルカの怨念と三郎太の好奇心を託されたバナナの皮軍団は、王道が王道であることを証明 するかのように金タライとの黄金タッグを発揮する。 ここに至り、罠のみならずチャンスとみて妨害を図る車両が続出した。 新田・快率いる【新田商店】は冠に悪徳とつけたいほどに大躍進する。 「同乗者は美女ふたり。レースクイーンだと思った? 残念、戦闘要員でした。ってな」 「いぇあ!ほら、新田君!もっと早く運転して!」 「ここから、逆転」 二台にゲストの星川・天乃、助手席にゲス徒の海依音・レヒニッツ・神裂が搭乗。軽トラだけに 速度は今ひとつ、さらに同乗者ふたりを乗っけてスピードは低いし操作性も悪い。しかし積載量が 多く三人分のスキルを発揮した結果、バリア、超直観、熱感知、マスターファイブ、暗視と多彩で 硬くて火力もあるゲスい車両に仕上がっているでゲス。 ここまで目立たずスリップストリームを利用して他の車両に隠れてきたが遂に本領発揮だ。 「人手が三人、アイテム、積み放題」 スーパーニトロ(by葛木)にホーミング赤コウラ(by藤倉)、さらに特大ダイス(by桃華)と荷 台は天乃が拾ったアイテムがどっさり。 スーパーニトロを給油口にドバドバ流し込むと、ロケットブーストで一気に前方へ躍り出た。 「せっかくですもの!勝ちにいきますから! ヘィヘィジャパニーズヤブサーメ!」 海依音は助手席から身を乗り出して、手当たり次第に前方車両に灰は灰に塵は塵にの聖なる呪言 を刻みつけ、浄化の炎を連発する。白翼天杖をペンキで真っ黒に塗りつぶしただけはある。 「鴨打ち楽しいです! 鴨南蛮、鴨南蛮!」 「うおっ!」 バナナ地帯に対処すべく隙を見せた優希の二輪のエンジンが浄炎に撃ち抜かれる。当たり具合は 浅いが、あと一撃は耐え切れまい。 「イエア! トリガーハッピー最高です! カモンカモンカモーンッ!」 「くっ」 「優希!」 見かねた瑞樹が救急箱型のアイテム治療キット(車)を発揮、優希車のエンジンを修復した。 「すまん!」 「借りにするから返してね!」 「神様はおっしゃいました。リア充爆発しろ」 「まだ、終わって、ない」 「よし、今だ!」 海依音の射撃が牽制をかけ、新田・快がうまく金タライとバナナをかわしてブースト状態の高速 走行を安定させ、天乃が特大ダイスを射出する。 なにがでるかな、なにがでるかな。 なぜか陽気なBGMが流れたかと思えば、出た目は『今日の当たり目』であった。 「……なんです?」 「わから、ない」 『新田商店には雷音ギフトセットが後日贈られる、かもしれませんねー』 『おめでとう』 「……喜んでいいのか?」 「わぁ、い」 「どうせくれんだったらGPがいいのに、世の中おぜぜですよおぜぜ」 そうしてる間にブースト切れで逃げ切られる。 「ええい、こうなったら次のアイテムをなんでもいいからGETですよ!」 「う、ん」 と天乃が触れたのは運悪く流しそうめんセットであった。 解説曰く『提案は凛子さん。効果、食べ切るまで動けない』 強烈な呪縛によって強制的に停車させられた三者はカラダが言うことを利かぬまま、背後で砲火 や悲鳴が飛び交う最中、三人は着席すると強制的にそーめんを食べさせられた。 「……うん、なんだコレ」 「罠、ハマった」 「主よ、あなたのいつくしみに感謝せずこの食事をいただいてやります。ソーメン」 スーパーソーメンタイム、スタートナウ。 その間、停止中の軽トラは完全に無防備なわけで。 「おおっとバナナで滑ったぁっ!」 ガシーンッ。鋼・剛毅の特撮趣味全開なサイドカー、疾風迅雷セイバリアンのフルメタルスピン アタックによって軽トラが横転させられる。 「チャンス」 スパンッ。涼子のバウンティショットが行きがけの駄賃にタイヤを撃ち貫く。 「必ず殺すと書いて必殺技いってみよー! くひひっ」 ズバーンッ。陽菜、スターダストブレイカーで運転席をぶち抜き、ハンドルがぼたりと落ちる。 「なぁ……麺つゆってこんなにしょっぱかったっけ」 机に突っ伏して光る汗を流す新田の背中を天乃と海依音がポンと慰めるように叩く。 「今、泣いても、いい」 「神の愛、特別に1万2千GPでつかったげますよ」 「なぜここで値上げすんだ浅ましい!」 血涙で叫ぶ新田。 ドッカーンッ。もに戦車砲、直撃。 第四脱落者、新田商店。残り19/23組。 戦車内でのんきに紅茶を嗜むモニカ。 戦車長席の慧架は足で指示を出すことになっているので靴を脱いでニーソでモニカの肩を蹴り、 指示を出す。ふとモニカの悪戯心が、茶請け代わりにとぺろりと慧架の足を味わった。 「ひゃっ!?」 驚いた慧架の足が、モニカの頭をガツンと踏んづけ熱々の紅茶が顔にスプラッシュした。 「熱っ」 一瞬、パニックに陥り何か操作をミスった。 次の瞬間、ずぶずぶと機体が妙な浮遊感と共に沈降する。泥沼(by晦)にハマったのだ。 無限軌道を以ってしても、泥沼はまるで抜け出せない。 「沈む、沈んでます!」 「……ごめんなさい」 第五脱落者、もにけいか。残り18/23組。 「はっはっはーっ、みなさん不幸でしたねー」 廿楽は白い歯を光らせてナイスマイルで新田商店ともにけいかのそばを通りすぎてゆく。 が、まだ戦車は沈みきってはいなかった。 「死なばもろとも」 「……皆さん、目が怖いですよ」 「発射」 17ポンド砲が後部車輪を貫き、ガルウィングドアを手羽先のようにカラッと揚げた。 第六脱落者、廿楽。残り17/23組。 上沢 翔太が第二位に。 その秘訣、必殺走行瞬撃殺による罠ゾーンの強行突破が功を奏した。 「よしっ、このまま首位を」 白一色。 視界が突如ゼロになる。 「うおおおおっ!?」 訳の分からないままやむなくクラッシュ、瓦礫の下に車体が埋まる。 「な、なにが起きたんだ…」 這い出してきて、何かが顔を覆っていることにようやく気づいた翔太はソレを剥ぎ取った。 しまパン。 「どうしてこうなった!?」 不条理だ。 観客席のひそひそ声が聴こえる。違う。これは完全に罠だ。一体この罠を仕掛けたのは誰だ。 名前。そう、アイテムや罠には全て名前が書いてある。 『五十嵐 真独楽』 可憐に手を振り、美少女が遠くで「ごめーん」とはにかみ笑っている。 無表情を極力キープしつつも翔太は乾いた笑いを零し、悲運に打ち震える。 「――男の娘か!」 第七脱落者、翔太。残り16/24組。 快走、MKⅡ。 「ふ、ふふふふ……」 遅くもなく早くもなく、ここまで猫を被ったトロい運転で抑えてきたセレナがここに至り、激化 するレースによって走り屋の血に目覚めてしまった。 修羅、降臨。 「MR2を転がして箱根の峠を攻めてた頃が懐かしいわ」 ギアを弄り、アクセルを壊れんばかりに踏み込む。 「佳恋、神に祈ってなさい!」 劇的ビフォーアフター。 「梶原さん、顔がかわっ……きゃああああああ!? ちょっ、止めてくださいーーっ!?」 居合い斬りで補助しようとか発想が甘かったと佳恋は痛感する。死ぬ。命綱同然のシートベルト をしっかりと握り締め、柱を掴み、目を閉じて必死に祈る。 「死にたくない!」 「相手をドライバーごと全損事故にしましょ! 唸れ私のマスタードライブ!」 「ゆるめて、アクセルゆるめて!」 「アクセルペダルには漬け物石でも乗せとけばいいの!」 全力全開。 否、全壊の大暴走。 コーナー際でインからアウトへ相手を押し出すべく、優希と瑞樹の二輪に側面から激突する。 「くっ、負けるものか!」 「ネバーギブアップ!」 ギリギリでバランスを保ち、クラッシュを回避した。そう確信した刹那、罠のクレイモアが炸裂 した。タイヤが破裂、流石に致命傷となって二台ともクラッシュする。 「あ、悪魔ですか!?」 「悪魔でもいいのよ」 しかしだ。一本のバナナが命運を分つ。 つるんっ。 「あ」 スパイ映画のカーチェイスみたいに四回転して瓦礫の山にクラッシュするさまは、ただただ、永 遠のように長く、儚く、流れ星のように美しかった。 「……次は私が運転しますね、フェイトがどれだけあっても足りません」 第八、九、十脱落者、優希、瑞樹、セレナ&佳恋。残り13/23組。 『罠』の終端のカーブには魔が住まう。 「妹(キャラ)だけど(バイクへの)愛さえ有れば(年齢なんて)関係ないよね!」 アメリア・アルカディアは自動二輪を変幻自在に使いこなし、血の掟によって強化、バナナ罠を ハイバランサーで対処、卓越した運転技能で華麗に金タライもかわして小回りを活かして妨害も切 り抜ける。 そうして第四位にまで順調に辿りついたものの、突如、桃華発案の真鍮ダイスが撒きビシのよう に路上に散らばる。 「なんの!」 タイヤに突き刺さるが任務用にチューンしたバイクはパンクせずに走り続ける。 「覚悟を決めたあたしは1200万リベリスタパワーで走り抜けるのだ!」 「なにその単位」 「え、単位? あたしが今作った!」 意気揚々と調子に乗ってアメリアがクラッシュ寸前のギリギリ超絶コーナリングを仕掛ける。 ――さて、だれが返事をしたのか? 突如、漆黒の魔手がアメリアを覆った。 闇の世界。 陽菜の笑いが木霊する。 「まさか、敵に試そうと思ってたのを仲間に仕掛ける事になろうとは……勝負とは非情だね」 暗闇では目薬も要るまい。 星明かりの光矢が閃き、痛んでいたアメリアの二輪タイヤを貫く。 「闇に生きる暗殺者(と書いて鉄砲玉と読む)の、このあたしが闇に負けるなんて!」 派手にクラッシュ。 第十一脱落者、アメリア。残り12/23組。 『罠』を越えて『山』に、そして『市』に至り二週目に入る。 その直前、B席の片隅にひとりぽつんと座る佐幽を見つけて陽菜は心を躍らせた。 「チャーンスッ!」 とくに理由はない。暴力という名のクラッシュを、純粋な悪戯心で佐幽にぶつけた。 ものの見事に大成功だ。 一般人とさしたる差もなき非力なフォーチュナーに全速力の車体が直撃したわけだ。 「――おや、何をそんなに驚いてらっしゃるんですか」 「だ、て……」 右脚が、あらぬ形に圧し折れていることが着物越しにもわかる。鮮血が滲み、平静を装いきれぬ ほどに弱った息遣いのまま佐幽はひしゃげたベンチの上に横たわっている。 凄惨な結果だ。 悪い冗談だ。 「ウソ、だよね」 首を振る。 「こうなる為に、わたくしはこの大会を開いたのです。計画通りです、ご安心……を」 虚ろな銀の瞳が、霞む。 「予想外なのは……すべて話せる、ほど、甘く……」 「佐幽さんっ!」 泣けない。それでも泣けないのが陽菜なのだ。 「迷惑な人ですね」 白衣の天使――凛子が駆けつける。冷静すぎるほど的確に治癒を施す。 「これから死にかけます、なんて告げられて何事かと思えば」 医務室に運ばれた後、佐幽は端的にその悪巧みを陽菜へ打ち明けた。 「だから申し上げましたよね? 安全運転を学ぶには、安全じゃない運転をした結果どうなるかを “身を以って”体験することが一番です、と」 第十二脱落者、陽菜。残り11/23組。 ●8 『山』は難なく越えて二週目の『市』にトップ勢が突入する。 と、市街地風の地形に乱入するレースクイーン、セレアの姿に誰しも驚愕する。 陣 地 作 成。 「ほほほほ、先に進みたければあたしを倒してからにしなさい!」 この二度目の露骨な妨害が、つまり一度目の真犯人である廿楽の犯行までもセレアの仕業だと誤 認させたのが悲劇のはじまりだった。 「上等! 余計な計算は要らねぇ、邪魔するやつは蹴散らすまでだ」 「いい加減にシロ」 殺気立つランディとリュミエールを前に、セレアは悟る。 あ、終わった、と。 半数近くの消えたレース場、ここまでくると完走さえ偉業に見えてくる。 ちなみにこのレース、入賞は五位までだ。 第一群は首位のデコトラ御龍、つづいて佐倉 吹雪と鋼・剛毅が追いすがる構図だ。 第二群は陣地作成を脱出したランディとリュミエールが猛追を掛ける中、アナスタシア、ロアン、 曳馬野・涼子も追随する。 第三群は犬吠埼 守と白崎・晃の装甲カート二台、そして不動の最後尾がイメ子の自転車だ。 再度『海』へ。 「それじゃ水上バイクと洒落込むか」 御龍のデコトラが桟橋を大きく塞ぐ中、吹雪は水上走行で鮮やかに抜き去り遂にトップへ。 「へっ、やるねぇ」 御龍は迫る後続車両をバックミラーで確認、桟橋を離れて浅瀬の上へと逃れる。車高がある分、 少々水に浸かっても通常車両より支障がない。それでも減速は必然、後続車に道を譲る形になるも 勝負はこれからと焦らずに第二群へ合流した。 ランディとリュミエールが第一群に返り咲く中、アナスタシアがコバンザメ走法でついてくる。 「今まであまりバイクに乗ったコトなかったケド、コレけっこー面白いねぃ! ヒャッホー!」 信じがたいことに彼女は瞬間記憶で他のバイク乗りのテクニックを頭に留め、経験の不足を大き く補っていた。今はランディがお手本だ。 「はふふ、ゴールするのを目標にしつつ楽しみながら走らせてもらうねぃ!」 光る糸。 世界が空転する。 トンネル天井、頭上を走っていたロアンがフッと涼やかに笑った。 常人ならば首なしライダーになりかねないピアノ線トラップの応用を、真上という死角から繰り 出されたのだ。二輪が水中へ没する。 悔しい。けれど見事な一手だ。瞬間記憶が克明に映した各人の熾烈な走りが脳裏をよぎる。 もっと早く、もっと巧く走りたい。 不敵に頬を吊り上げて、アナスタシアは水飛沫をあげてコースアウトした。 第十三脱落者、アナスタシア。残り10/23組。 ●9 二週目の『罠』では、バナナと金ダライが撤去されていた。 『さぁー命知らず達が再びこの最難関へ帰ってきた。おかえり地獄へ』 『よくもここまで来たものね。この最終鬼畜兵器をもって諸君の健闘に私自らが褒美を与えるわ』 泥沼と突風。 有刺鉄線と地雷原。 実況の晦と解説のエイプリルの悪意、いや殺意に満ちたお出迎えに誰もが戦慄する。 『死ぬがよい』 その頃、B席観客陣。 「なんというか、派手ですね……」 生と死の境界線を踊り、散っていった戦士達の中には知った顔も多々ある。リセリアは、この レースの本質が「誰が一番早いか」ではなく「誰が最後まで生き残るのか」というサバイバルであ ることに恐怖を抱く。 「ヒュゥ、こりゃ中々面白い展開になって来たみたいだな。全員ガンバレよー!」 葛木 猛はこの展開を予測済みだ。彼はグランドギャンブラー。賭け事には強い。多少の番狂わ せはありつつも、余裕の横顔が本命はまだ勝ち残っていることを物語る。 一方、A席では御龍と一蓮托生の藤倉がことあるごとに一喜一憂している。 「勝てばしばらくの酒代に困らねぇ…っ! 頼むっ、頼むぞっ!」 ――オトナって。 三郎太の白眼視など露知らず。 バテた。 リュミエールは理不尽なほど凶悪な有刺鉄線と地雷原を慎重に避けて通る。 が、遂にスタミナが完全に底をついた。 「陣地、作成ズル過ぎ、ダ、ロ……」 直面したのはチーターの全力疾走と同じ課題だ。100m走とマラソンは違う、障害物競走では さらに大違い。自力の疾走である以上、機械にはない柔軟さや小回りのよさという長所もある反面、 疲労消耗するのも自分だ。 ブリッツクリークを駆使してここまで全力で駆け抜けてきたものの、持久力に欠けるリュミエー ルが消耗の激しい走法を繰り返した上、二度も陣地作成で足止めを喰らい、さらにセレアをしばき 倒すことを強いられたがために限界に。 待ち受けるのは絶望的物量。 精根尽き果てたとて、リュミエールは止まれない。己が最速を証明するために。 クレイモアが無慈悲にも炸裂する。 最低限マシンと言い張る根拠だったレッグが爆ぜ、失意のうちに転倒する。 第十四脱落者、リュミエール。残り9/23組。 アイドルin地雷原。 「……どうしてこうなった」 罠:ワタシ! という白石 明奈の悩殺セクシートラップ案が採用された結果である。 ランディやロアンら男性陣が地雷原と有刺鉄線で阿鼻叫喚の地獄絵図を死に物狂いで走破する中、 例え超一流アイドルだろうと見蕩れてもらえるわけもなく完全にスルーされる。 『神父だって今時バイクのひとつも乗れないと、ね』 ロアンなんぞレース前にウィンクとばして観客席の女性陣にカッコつけてたクセに完全無視だ。 ぷっつん。 「こっちを見ろぉっ!」 赤コウラを豪快にシュート。 有刺鉄線をかわすべくジャンプしたロアンの二輪車をホーミング撃墜、地雷原へ叩き落す。 爆発、爆発、大爆発。 第十五脱落者、ロアン。残り8/23組。 「……やばっ」 瓦礫の中、ロアンがゆらり立ち上がる。爆発オチでもアフロにはならない美形であるからこそ、 そこにある笑顔の凶悪な爽やかさに白石は魂を凍りつかせた。 「罠は踏んでも起動する前に走り抜けちまえば何の問題もねぇ、気合で一気に突破してやるぜ」 現在首位の佐倉 吹雪は紙一重で地雷原走破を試みる。 が、甘い。巧妙に路上に隠された重圧パネルによる急減速(byリセリア)が計算を狂わせた。 「しまっ」 爆火に次ぐ爆火。 速度のために強度と安定性を犠牲にした二輪カートはあえなく再起不能の屑鉄に。 第十六脱落者、吹雪。残り7/23組。 「いや、クラッシュしてもハンドル握って自分で走ればごまかせるだろ!」 猛然とハンドルを握って走り出そうとする佐倉 吹雪を、「無茶はダメですっ!」と警備員の佐 倉 桜が羽交い絞めにして制止する。 「――お父、さん?」 凍結する時間。 桜と吹雪、佐倉と佐倉。亡くなった筈の桜の父が、あたかもそこに化け出でたように見えたのだ。 男らしく精悍な顔立ちにカウボーイハットの似合う、三十代前半頃の青年。そんな吹雪の印象と 外見年齢が偶然、齢十六の桜には亡き父親の面影にちょうど符合したのだろうか。 「……俺、まだ二十四歳なんだが」 「……はい?」 ●10 たった七組となった三週目も終盤、レーサー間の妨害合戦は既に収束していた。 三週目の『罠』に各車ともダメージが積み重なり、本来の性能を発揮もできないほどボロボロに なりつつも傷だらけの愛車を気合と技術で突破させる。 『山』では優勝争いに王手を掛けるランディの二輪と御龍のデコトラが下り坂でデッドヒート。 「いいねぇ、燃えてきたぜぇ」 「俺とテメェどちらが早いか勝負だ」 最中、不意にけたたましいパトランプが明滅する。 「前方をいく車、とまりなさーい!」 犬吠埼 守のパトカーだ。サイレン音の心理的効果は大きい。調子が狂い、両者が失速したとこ ろを追い上げに掛かる。 「喰らえ必殺、ジャスティスター!」 伝統の星、ならぬ黄色い星型手裏剣(by神那)を投擲すると、それはスパスパと樹木を切り捨て デコトラのコンテナを貫通した。 「ちっ、詰めの秘密兵器が!」 その派手な攻防の裏で、ここまで敵を作らぬよう潜伏してきた曳馬野・涼子のバイクが猛然とス パートを掛け、虎視眈々と狙っていたランディの二輪後部タイヤを狙い撃つ。軽度のパンクによっ て乱調、減速をよぎなくされる。 波乱の最中、一番に『山』を脱したのは黒き鎧の男、鋼・剛毅であった。 「経験した修羅場の数なら負けないぜ! どんな困難が立ち塞がっても晩飯前に帰るとかバニラと 間違えてラムレーズンアイス買っきて3分で3km離れたスーパー往復して交換させられたりな!」 疾風迅雷セイバリアンという往年の特撮ヒーローを模したサイドカーに、採石場で次々と爆炎の 上がる中を走り抜ける特訓を積み、剛毅はマスタードライバーの域に達している。御龍やランディ がそうであるように、最高の愛車と技量を兼ね揃える剛毅はまさしくジョーカーであった。 「よしっ!」 観客席で葛木 猛がチケットを手に猛る。一流の勝負師は凡夫に気づけぬ盲点を突くものだ ついに『市』へ突入する。 優勝は目前だ――! 疾風怒濤、一直線に剛毅はゴールへ迫る。 「させるか!」 アルティメットキャノンを背面に撃ち、ランディは急加速でパンクした車体を無理やり加速させ、 一寸狂えばクラッシュ確定のバランスを卓越した技量で維持する。 「運送なめんな!」 一方、御龍はコンテナをパージして後続の二人に盛大な不意打ちを浴びせつつ軽量化して一気に 猛追。コンテナが直撃したパトカーは中破、再起不能に。 「こ、公務執行妨害で……がくっ」 第十七脱落者、守。残り6/23組。 涼子はかろうじて無事に回避を成功するが、しかしラストスパートの好機を潰されてしまった。 (このままじゃ優勝はあの鉄仮面に!) 起死回生の一手はあるのか。 千里眼で密かにコース内を調べてきたが、内側には何も――。 いや、待て。 “コースの外側”にならば、ある。 「女帝皇!」 叫んだ。 後は最早全力疾走あるのみ。涼子はグリップを握りしめて、体を沈めて、ひたすらに風を切る。 パラソルを畳み、レースクイーンが応えるようにゴールのそばへと歩み出る。 さいたまの女王、鋼・女帝皇。 今しがた余計な内情暴露をやらかした剛毅にとって、これより怖い罠はあるまい。 「ウワァァァァッ!? ナス゛ェミテルンテ゛スカー!!」 剛毅のハートはボドボドだ。 ゴール寸前、恐怖心がスリップを誘い、剛毅をバナナ山盛りの鉄箱へクラッシュさせた。 目を回す旦那のそばへ優雅に近づき、女帝皇は優しげに慰めの言葉を紡ぐ。 見上げれば、女帝皇は真夏の太陽を背負い、パラソルの下に闇を湛えて、地面の反射光によって RQならではの大胆なミニスカが必然的に隠しきれぬ無垢なる白を晒していた。 「無様ね」 誰がゴールしたのか。遠くでは、盛大な歓声が湧き起こった。 ●11 優勝のメダルを授与した白石は、祝福のキスをランディのほっぺに贈った。 直後、御龍のシャンパンシャワーが彼の横顔を襲った。 「次は絶対にあたしが優勝してやる」 「次があればな」 なおこの時、観客席では悲嘆にくれる強面の青年が目撃されていた。 「おめでと」 三位入賞の涼子にも神那より花束が贈られる。 「……ありがとう」 「キスは?」 「しなくていい」 拍手を贈る白崎・晃もまた第四位、最後まで安全運転を第一に走ったことが結果に繋がった。 「アーク流自動車教習……これっきりでもいい、よな?」 きーこ、きーこ。 表彰台をのんびり横切り可憐なバイセコー少女がようやくゴールした。 「おお。ごーるですかね? 頑張ったとですー」 イメンティ・ローズ、最下位にして見事に五位入賞である。 『それでは三高平レーシング2014 ウィンターGPでまたお会いしましょう!』 『――早く中止になあれ』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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