●空の色 空が青かったのだ。 初めて見た空の色は、まるで、自分の鱗とそっくりな色。 真っ白くてふわふわした“何か”が、どこまでも青く淡く澄み渡った空の上を、風に乗って流れていく。 それは、なんて不思議な光景だろう。 水の上に白い泡が立つような、見慣れているようでまるで知らない、不思議な世界。 青い金魚の初めて見た光景は、そんな青空に満たされた景色だった。 ここはどこだろう、と、そんな疑問はいつの間にか消えていた。 金魚は薄青く透き通るような鰭で波を掻き分けて、ゆらゆらと水面に浮かんで空を見る。 届きそうで届かない空へと伸ばした指先を、風が優しく嬲っていく。 果ての見えない空をうっとりと眺めながら、青い金魚は浅い波間にたゆたっていた。 ――時間がないことなんて、すっかりと忘れて。 ●時計の針の沈む先 青い金魚――それが、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の説明だった。 「正確には、金魚というより人魚ね……。ただ、大きさは精々大型の金魚といったところよ」 モニターを一瞥して幼い指先が示した大きさは、軽く見積もっただけでも10cmにも満たない。 異なるチャンネルから紛れ込んだアザーバイドは、まるで人形のような大きさをした青い鱗の人魚だというのだ。 「あなた達には、彼女を送還してもらいたいの。D・ホールはまだ開いているし、今から行けば昼過ぎには到着する筈よ」 手を下ろしたイヴが、集うリベリスタ達を見回して言葉を続ける。 「ただし、この任務には時間制限があるわ。送還の期限は日没まで」 「日没?」 「ええ。この金魚にとって、月光は毒となるようね。太陽が空にある限りは、その光が守ってくれるようだけど」 夕陽の最後の一欠片が水平線へと沈み、世界が月の支配下に置かれるまでに送り還す必要がある。 そう告げて、白い少女は無表情のままゆっくりと瞬いた。 「もし間に合わなければ――『青い金魚』は、泡になって消えてしまう」 それはまるで、遠い昔の物語…………泡となり天に召された人魚の娘のように。 だからよろしく、と、イヴは静かな調子でリベリスタ達に告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月08日(木)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●前奏曲の束ね方 ――ちゃぽん、と、日差しの中で水滴が跳ねる。 小さな金魚の尾鰭に跳ね上げられた雫が、煌いた弧を描いて潮溜まりに模様を描いた。 「あ――あそこみたいだな」 まるで遊びに興じるように跳ね上げられた水の軌跡を視界に捉えて、虚木 蓮司(BNE004489)が声を上げる。 精々潮の満ち干に巻き込まれた小魚が居るかどうかの、他よりはやや大きめの潮溜まりには、魚が起こすというには些か頻繁に水飛沫が散らされていた。さながら太陽の輝かせる雫、その一つ一つを愛でるように。 『青い金魚』の泳ぐ潮溜まりを確認した所で、彼女に気付かれるより先に足を止めたのは『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)だ。 潮溜まりから海へと視線を移した真昼に気付いた『飛べない駒鳥』ロビン・オブライエン(BNE002056)が、つられたように立ち止まって首を傾げる。 「どうしたの、ヘビのおにいさま?」 「いきなり皆で一斉に話しかけたら、怖がらせるんじゃないかと思って。金魚さんにとって、オレ達は巨人みたいなものだろう?」 「ふむ……そうだな」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、真昼の言葉に少し考えてから頷いた。 「だから、オレは金魚さんが落ち着くまで白夜と海で遊んでるよ。折角水着も新調したしね。――ロビンはどうする?」 「ロビンは……い、行ってあげてもいいけれど?」 急に話し掛けられた所為か、僅かな動揺を見せたロビンがすぐにつんと態度を取る。 けれど誘いは吝かではないのだろう、真昼の腕に巻き付く白蛇をちらちらと見ながら、持参した浮き輪をぎゅっと抱き締めた。緑色の双眸が、迷ったように真昼と白夜の間を行き来する。 「……ヘビさん、かまない? 前みたくがぶがぶしたら、いやよ」 「大丈夫、噛まないよ。噛んじゃ駄目って言ってあるから」 恐々とした態度で白夜を突付くロビンに目隠しの下から微笑ましげな視線を向けながら、真昼が小さく笑った。 「しかし、怖がらせる――か。…………」 海に向かう真昼とロビンの背を眺めて呟いた雷音が、不意にその視線を傍らの『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)へと向ける。 「せ、拙者は大人しくしているでござるよ?」 「…………なら良いのだが」 フリルの華やかな、ピンクのビキニ姿の将来の嫁――もとい、愛娘を眩しげに見ていれば唐突に向けられたじとっとした視線に、虎鐵が慌てて無害を主張する。見定めるような沈黙を挟んで見上げていた雷音だったが、暫くして漸く頷いた。 溺愛する娘の側から引き剥がされるという危機を脱して、安堵の色濃く溜息を吐く虎鐵を余所に、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が行く先に広がる潮溜まりへと視線を向け直す。 「さ、時間は無限ではありませんし、そろそろ行きましょうか」 「そういえばりん、それはどうしたのだ?」 雷音が指差す先、抱えた金だらいの中に満たされた花々に他の視線も集まる中で、『燐光』文無・飛火・りん(BNE002619)が赤や白、ピンクや黄色――様々に咲き誇る内の一輪を摘み上げる。 「摘んで来たんだ。海の中だとお花はさかないでしょ?」 「女の子はお花が好きとです。きっと喜んでくれると思うとですよー」 『永遠を旅する人』イメンティ・ローズ(BNE004622)がにこにこと頷いて、楽しげな飛沫を散らす潮溜まりへと再び歩き出した。 ●潮溜まりの人魚姫 「ハロー金魚ちゃん、はじめまして」 りんのハイテレパスが潮騒を打ってさざめきのように広がった瞬間、幾たびかの飛沫を大きく跳ね上げて、青い鱗が潮溜まりの底に沈んだ。といってもたかが知れた深さだ、岩陰に広がってたゆたう髪や、その間からちょこんと覗いた好奇心に輝く目と同様に、空に良く似た青い鱗は消える訳でも隠れ切る訳でもなく浅い水の中でキラキラと輝いている。 そんな青い金魚の前にしゃがみ込んだミリィが、驚かせまいと精一杯穏やかな微笑を浮かべて話しかけた。 「初めまして、小さな小さな人魚姫さん。私達の声が聞こえていますか?」 自分の身体よりずっと大きな少女を些かの警戒でもって見上げていた青い金魚が、暫くして小さく頷いた。 「人魚姫さんは、ここで何をしていたのですか?」 青い金魚の警戒心を解こうとミリィが尋ねると、小さな金魚は真っ直ぐに空を指差した。ぷかり、と浮かんだ綿雲が、夏の青色に良く映えている。 「空を見ていたのか?」 雷音の言葉に一度頷いて、それから首を横に振った。説明の仕方に迷ったように、そのサイズ同様に小さな眉を寄せる。 「ああ、そっか。雲が気になってたんだね」 唯一、この場でハイテレパスを持ったりんが青い金魚の心を読んで言葉にすると、ぱっと顔を上げた彼女が何度も大きく頷いた。明確に言葉が通じる相手が居たことで残っていた警戒心も掻き消えたのか、隠れていた岩陰から出てきて上機嫌に潮溜まりの中をくるりと一回転する。 「アレは雲って言って……常に空の上にあって、姿を変え続ける存在なんですよ」 「海草やイソギンチャクみたいなものかな、だって」 ミリィの説明に再び大きく首を傾げた人魚の言葉を代弁しながら、りんが潮溜まりに足を浸した。抱えていた金だらいから、道々摘み集めた色とりどりの花々を、潮溜まりの上に舞い散らすように浮かべる。 降り注いだ鮮やかな雨に目を奪われていた青い金魚が、すぐ傍らに舞い落ちた花びらを恐る恐る突付いてから、不思議そうに匂いを嗅いでいる。テレパスを介さずともそれと分かるような、初めて見たという態度だ。 「花っていうんだよ」 「りんが君の為に摘んで来たんだ。――虎鐵はこら、おとなしく、びっくりさせるだろう! ステイ!」 「拙者は犬でござるか……!?」 それまで気付かなかったのだろう、ふと顔を上げた青い金魚が雷音の後ろから顔を覗かせる一際大きな『巨人』に気付いてビクッと身体を強張らせた。途端に、素早く水中に潜って雷音の影に隠れてしまう。 目の前の少年少女たちと比べてしまえばいかにも猛々しい面構えに警戒心も露に様子を窺ったものの、今の短い会話だけで優位は雷音にあると判断したらしい。彼女の影に隠れていれば安心だとでもいうように、すぐにも大きな目には好奇心が戻って、愛娘に叱られてしょぼんとした虎鐵をまじまじと観察している。 「大丈夫でござるよ。顔はこんなんでござるが決して危害は加えないでござる」 虎鐵が雷音の影に隠れるようにして様子を窺う小さな人魚に声をかけると、頷いておずおずと少女の影から姿を現した。とはいえ完全に無防備にはなれないのか、ちんまりとした指は雷音の水着の端を摘んだままだ。 「えっとね、金魚ちゃん。恐がらないで聞いてほしいの。おひさまが沈んでお空が暗くなったら、金魚ちゃんとけちゃうんだって」 話を戻したりんの言葉に、青い金魚が首を傾げる。小さな人魚の疑問を察したミリィが空に燦々と輝く太陽を指差すと、それで漸く理解したのか尾鰭を揺らめかせ、身体に見合った小さな瞳が先を促すように改めてりんを見た。 「大丈夫、そうなる前にちゃんと帰してやるからさ」 「それにおひさまがしずむまでまだ時間あるし、それまでいっしょにあそぼ!」 不吉さの予言に不安げな金魚を宥める蓮司の言葉の先を続けて、よろしくね、とりんが握手の代わりに指先を差し出す。 それを戸惑って見上げた小さな人魚だったけれど、すぐにその表情を微笑みに変えて、小さな両手でぎゅっと握り返したのだった。 ●紡ぎ描かれる物語 「そういえば、貴女のお名前はなんと言うのですか?」 此処に居る面々はそれぞれに名乗ったけれど、未だに彼女の名前を聞いていないことに気付いてミリィが疑問を投げる。 けれど尋ねられた金魚の方はといえば、戸惑ったように目の前の人間達を見回して、最後にそっと首を横に振った。 「――そっか。金魚ちゃんにはお名前がないんだね」 声にならない彼女の声を聞き取ったりんの言葉に、青い金魚がこくりと小さく頷く。 青い金魚は青い金魚。これまでもずっとそう呼ばれてきたし、これからもそれは変わらない。それ以外の名前なんて自分の居た世界では必要ではなかったのだと、りんのハイテレパスを通訳に挟んで金魚は言った。 「それなら、なんて呼びましょうか。人魚姫さん、とか……」 迷ったように疑問符を浮かべるミリィに、同じように首を傾げていたりんがぽつりと呟く。 「『あおいちゃん』――なんてどうかなぁ?」 「あおいちゃん?」 怪訝な声を洩らしたミリィが、反応を窺うように青い金魚に視線を向ける。 意味を理解するまでに些かの時間を要したのか、きょとんとしていた金魚がぱっと顔を輝かせた。発せない言葉以上に顕著な反応で、嬉しげに尾鰭が水面を叩いて飛沫を散らす。 「どうやら気に入ったようだな」 擽ったげに笑う小さな金魚の様子に、雷音が満足げに微笑を浮かべた。 「様子はどう?」 「ああ――ええ、随分慣れてくれたようです」 ふと背後から湧いた声に振り向いたミリィが、そこに真昼とロビンの姿を認めて頷いた。 新たに現れた二人の『巨人』に驚いたように、青い金魚の尾鰭がぽちゃんと水を掻く。けれど眼前の彼らが敵ではないと認識したらしく、逃げ出そうとするどころか潮溜まりの縁に両腕をつき、興味津々に身を乗り出していた。 「海の蛇より白くて綺麗だって言ってる」 「……だって。良かったね、白夜」 りんの通訳を受けて真昼が愛蛇に声をかける傍らで、ロビンがいそいそと潮溜まりに足を浸す。波の動きでそれと気付いたのか、あおいと名付けられた金魚が歓迎するように少女の周りをひと泳ぎすると、彼女の抱える浮き輪に興味を持ったらしく小さな掌でぺたりと触れた。 「浮き輪というのよ。……はじめまして、Mermaid」 幾つ目かも分からない『はじめまして』に、にっこりと笑った人魚が嬉しげに頷いた。言葉を出せない代わりに、表情や態度が何よりも豊かな感情表現になっていた。 「ほら、あおいちゃん」 いつの間にか潮溜まりに潜っていた雷音が水面に顔を出すと、掌に幾つも小さな貝殻を乗せてあおいに差し出した。 潮の満ち干の忘れ形見か、巻貝と雷音とを見比べたあおいが惹かれたように貝殻へと耳を寄せれば、遠くからさざめき響き渡るような潮騒の音を拾い上げ、好奇心の強い双眸が和らいで細められる。 「この貝殻はイルカの親子の歌を聞き、くじらの恋人たちを見送り、珊瑚礁の美しさを眺めて生を終え広い海を流れてきたものなんだ」 雷音の、少女の声で語られる穏やかな情景に想いを馳せるように、あおいが海のロマンスへといとおしげに耳を傾ける。語られる物語は小さな人魚の心を捉えたのだろう、物語に語られるイルカやくじらを追い掛けたいというように、青い鰭が揺らめいた。 「ねぇ、Mermaidのいた所はどんな所?」 貝殻の囁きに耳を傾けていた青い金魚が、ロビンの言葉に大きく腕を動かした。声を発せない口の代わりに、小さな身体を目一杯伸ばして異なる世界の景色を告げようとする。 ひとしきりわたわたと身体を動かしてからりんを見上げると、頷いた少年が読み取った人魚の心を言葉に置き換えた。 「あおいちゃんの居た世界は、何処まで行っても水の中で、空や雲はないって言ってる。色んな魚や貝や、あおいちゃんみたいに鰭のある人は居るけど、こっちの世界みたいに花や風や――海底はあっても、陸地みたいなのは存在しないみたいだよ」 そうだよね、と確認の言葉を向けると、あおいが一際大きく頷いて、再び身振り手振りで何某かを告げる。 「ははっ――そっか。あおいちゃんの世界だと、雷音さんや虎鐵さんみたいな羽や耳は見たことないんだって」 水だけに満たされた世界であるが故か、水中には不向きかもしれない陸の動物の翼や毛並みは見慣れないものなのだと、りんの通訳の横で小さな人魚は不思議そうに首を傾げていた。 「Mermaidの泳ぐ海……ロビンはここ以外のばしょを知らないの。いつかあなたのいた所にいってみたいわ」 うっとりと呟いたロビンに、青い金魚が誘うように小さな両手で彼女の手を取った。言葉にせずとも、人形サイズの小さな顔が浮かべる満面の笑みが、何よりも歓迎の意味を表している。 「そういえばイメ、この間お空を旅するお話を読んだとですよー。魔法で小さくなったにんげんさんが世界を渡る鳥さんの群れに混ざって冒険するお話だったとです」 イメンティの言葉にきょとんとして首を捻った青い金魚は、戸惑ったように空を見て、海を見て、それから思い付いたように辺りを見回せば雷音の元へと泳いでいく。 そのまま彼女の背中側に回ると、少女の背から伸びる一対の翼に指を伸ばしてもう一度首を捻った。空を過ぎる影でも見たのだろうか、両腕を羽ばたきのようにぱたぱた動かして空を示し、再び雷音の翼を指で指す。 「うん、こんな翼で空を飛ぶんだ」 身振りで伝えようとする金魚に、雷音が笑って頷くと背に生やした翼をそっとはためかせた。緩やかに生み出された風に表情を綻ばせたあおいが、白い羽に触れようとばかりに小さな手を伸ばす。 そんな様子を見ながらイメンティによって語られる物語は、水の世界に住まう金魚にはきっと無縁の世界だったのだろう。空や鳥といった水底にはない単語に時折疑問を挟みながらも、話が語り終わる頃にはすっかり心惹かれた様子で、あおいの瞳は空を捉えていた。 「そうだ、オレも君に読んであげようと思って絵本を持ってきたんだ」 絵本、という聞きなれない響きに首を傾げた青い金魚が、真昼の取り出した鮮やかな色合いの本に惹かれたように少年へと泳ぎ寄る。近付いてからふと、感触を確かめるように白夜の鱗を躊躇なくペタペタ触ると、襲われるとはまるで思っていないらしい警戒心のなさで蛇の身体の上に乗り上がった。 ゆるりと瞬く縦の瞳孔を気にもせずに真昼の手元を覗き込めば、華やかな彩りに心惹かれた様子で真昼の語る読み聞かせに耳を傾ける。 ――そして、古い物語が終わる頃。 ひっく、ひっくと子供のようにしゃくりあげる小さな口から、相変わらず声はひと欠片さえ出てこない。 元々涙脆い性格なのだろう、ロマンチックな物語の一つ一つに目を輝かせ、うっとりとしていた青い金魚だったが、話が佳境に到るにつれて瞳を蕩かしそうな程にぼろぼろと涙を溢れさせていた。 「うーん……話が暗過ぎたかな……」 絵本のページを捲りながら困ったように呟く真昼の声など聞こえてはいないのか、金魚はすっかり馴染んでしまったらしい白蛇に縋り付いてぐすぐすやっている。抱き着かれた白夜の方が、心なしか戸惑った顔さえ浮かべているようだ。 「ねえ、金魚さん。君はこの物語をどう思うかな」 静かに向けられた問いに、青い金魚が声もなく泣きじゃくりながら顔を上げる。 「ゆっくりで良いよ。答えは今じゃなくて良い」 報われない物語の結末に、その答えを先延ばしにして。 ぼろぼろと零れる涙を拭いながらも、人魚は小さく頷いた。いつか、答えを告げる日が訪れることを信じるように。 ●覚めない夢の終わる頃 「さて、そろそろお別れの時間でござるな」 虎鐵の言葉が呼び水となったかのように、雷音のセットしたタイマーが別れの刻限を告げる。 まだ茜色には遠い夏の夕暮れの、潮騒に混じり響いた電子音を止める雷音へと青い金魚が顔を上げる。 「日が沈む前に貴女を帰すと、そう約束しましたからね」 髪に触れるミリィの指先の感触を受け止めながら、此処までずっと――物語という例外はあったが、それを除けばずっと笑顔をた湛えていた小さな人魚の表情が、初めて曇りを帯びた。 鮮やかな花々を浮かべて海水を満たした金だらいを差し出すりんに、未だ戸惑いと――幾らかの寂しさもあるのだろう、眉尻を下げたあおいが、それでも雷音に貰った貝殻を抱いて大人しく小さな器の中へと身体を滑り込ませる。 「そうそう、イメからも姫君にぷれぜんとがあるとです」 ふと思い出した様子で声を上げたイメンティが、金だらいの中にころりとしたビー玉を差し出した。小さな身体には随分と大きな硝子玉を抱き留めたあおいが、きらきらとした夏空の青色にぱっと表情を輝かせる。 「姫君の尾には敵わぬとですが、青き空とイメ達を思い出すよすがにどうぞ」 初めて見た空の色、その青色を閉じ込めたようなビー玉を強く抱き締めて、青い金魚は嬉しげに笑った。 りんから雷音へと金だらいが手渡され、ふわりと浮き上がった視界に驚いてたらいの底へと沈み隠れた金魚だったが、すぐに好奇心に負けて金属の縁から恐る恐る周囲を見回す。 そしてすぐ傍に開いたD・ホールに気が付くと、硝子の宝物を他の想い出と共に水底にそっと沈め、たらいの縁を掴んで目一杯身を乗り出して声の出ない口をぱくぱくと動かした。 ――ありがとう、ありがとう ――大好きな、素敵なお友達………… 思い切り籠めた心の声は、テレパスを持つりんを介して彼らへと無事に届いただろうか。 潤んだ瞳を身体を濡らす潮に隠し、沢山の、抱え切れない想い出を持って、新しい『友達』一人一人の顔を記憶に刻むように見詰めて。 ――……『またね』、と。 再会を願う小さな囁きを零し、『あおい』と名付けられた青い金魚はD・ホールへと飛び込んだのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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