● 父親は借金まみれで蒸発。 母親は男と逃げた。 ……運が悪い事に私は18を越えていた。 …………だから、借金を返しながら下のきょうだいを養わなきゃいけない。 仕事の選択肢なんてまぁ、水商売から派生した誰かの愛人ぐらいしかなかったわけで。 遊びに来た愛人が戯れに小生意気な弟を殴った所で、あたしに止める権利なんてないわけで。 殴られてる弟、父親に似ててさ、ちょっと胸がすっとしたなんて、嘘なわけで。 「あはは」 なんかもうどうしようもない。 いっそ錘なガキがいなくなればいいな、なんて。 ――ガン! ボロアパートが揺れる、そんな錯覚を覚えるような音が響き、さすがにあたしは廊下を歩く速度をあげた。 「ハッハ! すっげェ、こいつあんな派手に頭ぶつけたのに、まァだ動くンだァ? お、マリ、おかえりー」 ドアをあけたらローチェストに凭れてぐったりする卓と、間近で手を叩きはしゃぐ翔の姿が視界に飛び込んできた。 翔はホスト崩れで金だけは持ってる、卓はあたしの弟。 「お姉ちゃん、卓が、卓が……」 「ちょっと翔! いくらなんでもやり過ぎよっ」 子供一人分の茶碗と小皿は、洗ったように綺麗。餓えた卓が必死に食べたのだろう。洗っとけって言ったのにという苛つきを感じつつも、小さく胸を上下させる卓へ姉面してあたしは近づく。 ● 「願いは現実になります」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は、唇を噛みしめわざとフラットな声音で告げる。 「ただし願ったマリさん含め、現状放置すると全員が死亡してしまいますが」 その願いが本当ではないと信じたい気持ちを絡め、和泉は概要の説明に入る。 「あるアパートでノーフェイスが一体発生します。そのノーフェイスは相手を殺す事で被害者をエリューションアンデッドにしてしまいます」 ――そして四人が斃れるまで戦い続ける、それが最悪の未来。 「みなさんにはそれを阻止して欲しいのですが……」 言い淀み俯く和泉は、アパートにいる4人の内、誰がノーフェイスかわからないと零した。 アパートに帰宅した、マリ。 マリの愛人、翔。 マリの弟、卓。 マリの妹、静。 「この内、誰かが既にノーフェイス化しています。残念ですがその人は救う事はできません」 リベリスタの皆は、四人の内誰がノーフェイスか推察し的確な対応を取らねばならない。 ノーフェイスかどうか推理する唯一の手がかりは「彼、ないしは彼女が一度死亡している」ということである。 「更に質の悪いことに、ノーフェイスは近くにいる人間を殺しエリューションアンデッド化させてしまいます」 現状、マリと静、翔と卓がそれぞれ近くにいる。お互いのどちらかがノーフェイスなら、相手を殺しエリューションアンデッド化を狙う。 それを阻止するためには最低でも六人で対応しなくてはならない。 つまりリベリスタが四人二組に分れての対応では、悲劇の拡大は止められない。 誰がノーフェイスかを推理しておかねば、敵が二体に増える事が確定と言える。 「敵は戦闘中でも手駒を増やす事を狙うでしょうし、他の方は避難させる事も考えた方がいいかもしれませんね」 現場のアパートは1階で1DK、玄関と対角線の位置に窓がある。 「もちろん、敵の数が増える度に、此方側の勝率も下がっていきます……本当に申し訳ありません」 明確な判断材料を示す事が出来ない事を憂い、和泉は眼鏡越しの瞳を眇める。 「でもできれば、三人を助け出して欲しいのです」 ノーフェイス化した一人は救えない。ここまで崩壊が進んだ関係の彼らに未来などないのかもしれない、けれど――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:一縷野望 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月29日(木)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●引き金 ――お姉ちゃんが私にご飯をくれなくなったのは、翔さんからお菓子をもらった日だった。 『ホント、男に取り入るのうまいわね。全部あたしに押し付けて男と逃げた母さんそっくり!』 『これからはそうやって翔に媚びてご飯もらえばいいわ。お姉ちゃんもう知らない!』 ――用意されるご飯は1つに満たない量。卓は私を突き飛ばし押し入れで隠れ食べる、必死に。 ――お姉ちゃんは……あの日から、私の存在を完全に無視して卓にだけ話しかける。 ●関わりたくない そんな素振りを隠しもせずに付近の住民は警官服の一団を遠巻きにする。 「一般人の退去を確認致しました」 流麗な話調で『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)は仲間に告げる。被せた幻は無個性な警官の物。その奧で眇められる瞳には過去へのやるせなさと、此より先を書き換える矜持が滲む。 (やましさが遠ざけるか) 『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)はたった今マリが消えたドアへ視線を向け、突入を示した。 (本当、どうしようもないわね) 動かぬ沙希の口元は笑んでいる。だが一切厭わず『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は視線の先へ辿り着きドアノブに指をかけた。 此の中で起っている人生劇に感慨はない。育ったスラムでは、親が子を捨てるだの子同志が殺し合うだのは日常茶飯事、何処にでもある話だ。 「お姉ちゃん、卓が、卓が……」 ドア越しに響く涙混じりの声に『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は眼鏡越しの瞳を眇めた。 ――此より紡ぐは虚言。 『静は伝染病』 その虚言が崩壊した関係を慰めると信じていた――『0』氏名 姓(BNE002967)がドア越しに問い掛けるまでは。 「お宅に静さんはいらっしゃいますか」 沈黙。 静が死んでいるならマリは動揺する、そう姓は踏んだ。その隙に陣を固める手はず。 だが、オーウェンの手でひらかれた先になだれ込む『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は目の前の光景に息を呑んだ。 「い、いいい、います……ちゃんと養育していますからっ、帰って下さいっ」 極限を超えやせ細った妹を隠すように立つマリに張り付くのは後ろめたさ。更に増えゆく警官に彼女はあからさまな焦りを貼り付けていた。 つまり。 つまりだ。 ……頑張った妹は、死んでいたから無視されていたわけじゃなくて、生きていたのに無視されていました。 マリは静が死んだ事すら気づいていない、完全に存在を脳裏から消去して過ごしていたから。 「……あぁ、そう」 どこかマリを信じていた。だからこの台詞が揺さぶりになると信じていた。でも虚ろしかなかったのだと、姓は瞼を下げ力無く声を吐いた。 逆にイスカリオテは予測を外れた彼らに興味湧いた、齢80を越えてなお読めぬが人の綾。 同じく、爆ぜ晒された絶望に沙希は笑みをますます深くする。 (だからこそ・私は惹かれる) 「静ちゃん!」 たまらず金糸が部屋の中へと散り、真っ直ぐ静へと向う。 「人ンちに勝手にあがりこんでンじゃねェよッ」 卓の胸元を掴みぶら下げ怒り露わな翔だが、自分に落ちる影に怯む。 青を1つ黒で隠した銀髪の娘『Hrozvitnir』アンナ・ハイドリヒ(BNE004551)は、翔より遥かに小柄。だが口元に刻んだ三日月はいっそ凄絶、其処にあるのは男の魂を刻む悪意。 「さて」 アンナは翔と卓の救出に来た、それは確か。悪意を抱こうが善行は行える。 無造作に翔の額を鷲づかみにし痛みに唸る卓を無造作に解放した。この時点で男性陣は攻撃してこないから人間確定。 「通報を受けて参りました!」 リコルの声を皮切りに、リベリスタ達は口々に通報で駆けつけた警官であると名乗り速やかに配置につく。 「なんでなんで?!」 それに対しガリガリと頭を掻きむしるマリは、妹に一瞬おぞましい程の厭気を向けた後、ヒステリーを爆発させる。 「あたしは頑張って養ってるのに、どぉして警察が来るのよっ、帰ってよッ!」 地団駄を踏むマリの腰に棒きれのような腕が伸びた。 「お姉ちゃん」 「おっと」 とんっ。 その腕を『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)が軽く弾く……軽く弾けたのはリベリスタである彼女だから。 「はい危ないよー、ちょっと離れてようね」 その柔らかな声はネグレトされた静にかけられたようだった。 でも、違う。 どうしようもないお話の登場人物の中『助けられる人』に静は入っていないから。 (救われないねー) 弾かれマリに届かぬ静の指。伝わる毒に小首を傾げ小梢は嘆息を零す。 ●混迷 背後の窓を指さしアンナはきっかり告げた。 「逃げろ」 卓を小脇に抱え、三日月笑みは連れたままで。 「はぁ? なんで逃げなきゃなンねぇんだよ」 卓をあっさり取られ尻もちをつきながらも、翔は警官達への言い訳を考える。 「虐待ィ? それマリさんがやったんじゃねぇっすか?」 「翔?! なにかの間違いよ。やだ、棄てないで棄てないで」 「面倒ゴトに巻き込みやがって。あ、ケーサツさん、俺無関係っスからー」 「! あっ、あたし頑張ったのに……」 不幸の根源の父親そっくりの卓だって、ちゃんとご飯食べさせて養ったのに。 やだ。 「やだやだやだやだやだやだやだやだぁあああ! 翔まであたしを棄てないでッ。なんとかするから、警察なんてなんとかするから」 ジタバタと腕振り回し駄々っ子のように殴りつけてくるマリに小梢は、いざとなればスタンガンの使用も止むなしかと思索を巡らせる。 (翔へこそ気兼ねなく使えるんだけどねぇ) 小梢に庇われながら「棄てないで」と泣きじゃくるマリと、ひたすら「無関係」を誇示する翔。これらを退かさねばならない。 (面倒だな、始末するか?) 窓をあけアンナと卓の退去をサポートするオーウェン。 彼としては防ぎたいのは周囲に革醒化を広める事。そういう意味では此処で翔やマリを殺してしまえば更なる覚醒は止められる。 だが仲間の意思が一般人保護に向いているのは理解しているし、それを無碍にする気は、ない。 とりあえず、想像以上に日常の延長だと誤認している大人2人の収拾を図らねばならない。 「お姉ちゃん……」 「お母さんそっくりの泥棒猫の上に疫病神ッ。翔に棄てられたらアンタのせいよっ」 「! 静ちゃん」 たまらず舞姫は静を抱え翔を見せぬよう遮った。攻撃を届かせない為もあるが、それ以上に惨さを見せたくない想いが強かった。 「静様」 傅くように膝をつき、リコルは左右の黄金を一旦閉じ静と視線をあわせた。 「貴女様は一度亡くなり、既に人で無いものになってしまっております」 一言一言穏やかに――それはメイドが幼い主を諭すように、リコルはいつもと変らぬ所作で言葉を連ねた。 ……其れはリコルの最大限の敬意と慈悲でもある。 「わっ……わかんな、い……!」 沸き上がるような叫びは、命摘み取る力を孕む。部屋全体に広がる音波は、周りを囲むリベリスタを蝕む。 「ッと」 小梢はまだ至近のマリに覆い被さり庇った。 「……静様ッ」 金扇をひらきリコルは咄嗟に小さな躰を張り飛ばした。 「痛い、ッ……打た……ないで」 びくりと痙攣する躰に胸痛めながら、 「ご家族を傷つける前に止めさせて頂きます!」 きっとこの子は家族を人ならざるものに変えるのを望んでは、いない。 不純、不浄、不徳――気持ち良いぐらい腐っているマリと翔にこそ此の紅の布は相応しい、が、気を惹くように翻り打ったのは静の頬。 「喧嘩をしている場合じゃない」 その上でイスカリオテは鋭い声を響かせる。 「悪性の伝染病だ、さっさと逃げなさい!」 「へ? 伝染病って……」 こいつらは虐待の通報で来たのじゃなかったのか? と、翔は怪訝に思う。だが我が身の保身という薄汚い気持ちが翔を逃げへと急き立てる。 そんな外道を背景に、沙希は虚空に描いた魔方陣から招聘した矢で穿つ。 「……ッかはっ」 吐かれた赫は果たして沙希のキャンバスに艶やかな色を刻んだ。 居るだけで死ねと言われるか、タガの外れたフィクサードに玩具にされるノーフェイス、その不幸な有り様は描くに値する。 「……ッ、おね、お姉ちゃん」 崩れそうになりながら、未だ縋るように。 私ともう一度家族、して。 言葉なくも伝わる想いに舞姫は未だ力は振わず痩せた少女の髪をただただ撫でた。 だが少女が唯一求める姉から返るは、聞くも無残な、罵声。 「父さんに殴られても縋ってた母さんと一緒……あたし、アンタの目を見る度ね、父さんから守ってくれなかったあげく、あたしに全てを押し付けて逃げたあの女を思い出すのよッ!」 アンタなんか、いらない。 いや。 もう、いない。 棄てないでと叫ぶ女は妹を棄てる、なんとう因果な話か。 それでも、 「! おね、お姉ちゃん!」 なおも静が自分の脇から細い腕を姉に伸ばそうとするのに、一瞬だけ姓は遮るのを止めたくなった。 (――過去、私もこう見えていたんだろうか) あの人の事を恨んだけれど、それでも求め想いを返される日がくるのを夢見た自分は、この子と同じだったのだろうか? ……あくまで自分の話、なのに、符合していくのが嫌だ。 …………此と過去を符合させる自分に反吐が出る。自分の衣食住は確かに満たされていたというのに(でも、あの人は私を棄てなかった) そしてこの場で「棄てないで」と泣きわめく女は、既にこの子を――棄てて、いる。。 「静ちゃん、えらいよ」 舞姫は静の腕を優しくだが強い力で取り止めた。 「……ぁう」 「寂しかったよね、一人ぼっちで。すぐそばに大切な人たちがいるのに」 存在を無に扱われながら、弟を想い姉を慕った。 何故、この子はフェイトを得ないんだろう。 誰がこんなに惨い選別しているんだろう。 「静ちゃんは、家族がまた、いっしょになれる、たった一つの方法を思いついたんだよね」 でもそれはだめだよ。 ――それは姓の目を醒ます抱擁であり労りでも、あった。 ●家族 「伝染病とかマジ怖ェッ!」 へっぴり腰で窓から這い出そうとする男を、アンナは腕を掴んで引き出した。翔の安堵も一瞬、銃口と共に娘は最初の三日月恐慌がつきつけられた。 「部屋から出る事は赦そう、だがこの場から全ての責任を放棄して逃げるのは赦さないよ」 だが卓と2人きりにするのは懸念があるとアンナは焦れた視線を室内へ向ける。 「翔ッ! 翔ッ!」 「あなたも避難しなさい!」 「やぁ、棄てないで! 翔!」 いっそこのまま狂わしてしまえばいいかとイスカリオテは醒めた認識がわき出すのを感じながら、再び紅を翻した。 「痛い、やぁっ」 静は舞姫を払い除けると怒りの儘にイスカリオテに歯を立てた。マリに攻撃が行かぬのは行幸と彼は稀く笑む。 「――」 宙に描く魔方陣は、幾ばくか仲間を癒した。 けれど沙希が一番描きたいのは、静。 「……ね」 静へ唇を近づけ彼女だけに届く声を落とす。 「何か伝えたいことはある?」 「伝えた、い……」 「してほしいことはある?」 外道の女が零す甘露は本当の望みを語れと誘う。もはや少女は据わりの悪い首を揺らし姉を見た。 が。 「ヒッ?!」 その先は、残酷絵巻紐解かれるりるり広がりつつある。 半狂乱の叫びが止り、化粧の濃い女はぐったりと意識を飛ばす。止むなしと小梢がスタンガンを使用したのだ。 離れたいと請う小梢の視線に頷くと、オーウェンは翔の傍から歩き出す。近づくごとに荘厳なる金髪は安っぽく染めたモノへ、思慮深い翡翠は粗暴なチンピラの瞳へ変じていく。 オーウェンは静に駆け寄り腕を広げた。 「俺が憎いか? さぁ、こっちだ」 「……ッ」 目があうと怯えたように俯き、少女は声を震わせた。 「翔さん、お姉ちゃんのトコ……」 見る事すら罪と、その目を塞ぎ。 だって、お菓子を貰った時から、お姉ちゃんは私を見てくれなくなった。 私が翔さんを取るって思ったから。 違うよって、ちゃんと言わなきゃ。 「お姉ちゃんは翔さん、大好き……翔さん」 居たたまれないと唇を噛みリコルは静を打った。はやく止めてしまおう、この子を。もはや存在するだけ魂を灼く煉獄が編まれるだけだから。 「翔様」 でもせめて一矢報いたい、外にいる翔に届くよう声を張り上げた。 「貴方様の卓様への暴力は明らかです」 かちり。 扇を閉じて振り返らずに、 「観念されないのであれば刑務所に叩き込みます」 だが飛びきりの怒気を声に纏わせた。 「警察って、てめえら、マリを殺したじゃねぇかよッ!」 「スタンガンだよ、死にはしない」 ああ、アンタは簡単に棄てられてラクな人生だね、と姓は思い切りの侮蔑を塗し言った後で、なおも遠ざかる姉へと手を伸ばす静へ卒塔婆から紡いだ糸で絡め取る。 ごめん、と動いた唇。 此のお墓には埋めてあげられない、けれど。 ●願い 一般人の退去は無事終った、故に彼らは依頼成功の障害には、ならない。 オーウェンは攻撃に集中すべく姿を戻すと、容赦なく伸ばした指で静の肩口を凍てつかせる。後はこのノーフェイスの排除のみ、それで終る。 リベリスタ達はそれぞれ想いを孕みながら、小さな躰を壊していく。 「……ッと。カレーの力すごいねー」 心を握り潰すような静の叫びから癒し手の沙希を庇い、小梢は圧倒もされず飄々とそこに立つ。 彼らはこの部屋に居る外道な大人達を無事外に逃がした。 静が仲間を増やせなかった上で、8人が全力で掛かるのであれば天秤はリベリスタ側へと傾いていく。 「静ちゃん、また一緒になれるからね」 舞姫は輝きを招き寄せる。 (なんで……なんで……) わたしは静ちゃんを助けられないんだろう。 偽善。 光の乱舞を見せてせめて心安らかになんて、死者に此からを解いても救いにならない! ボロボロと涙を零す娘の隣でアンナは老獪に笑った。 「ボクが全身全霊をもって愛(こわ)してあげよう」 想いは全て姉への思慕、もう相まみえる事は決してないけれど代わりに受け止めると連撃を見舞った。 「貴方はあんな物でも傍に居て欲しかったのですか?」 「――望み、うまく言えないなら頭に描いてみて?」 神父と絵描きの問い。 留まる事なく溢れる問いとリベリスタの力が静という存在を此の世界からこそぎ取っていく。 いや。 なんとか此の世界に擦りつけ留めようとしているのか。 問う事で彼らは、その心に静を残そうと望む――それは彼らの中に蠢く欲望。身勝手だ、でも存在を消すよりそれは何処までも慈悲深い。 (……嫌えるわけないんだよね。そうであって欲しい) 姓は問わず、ただ「マリはきっとあなたを愛していたよ」と囁き、ますます糸で少女を包む。この言葉は祖母が自分を愛していたと縋る自分勝手な投影でしか、ない。 でも。 「本当……に?」 「うん、大丈夫。静ちゃんのことは……」 舞姫は卓とマリの名を告げようとして、どうしても告げられず――。 「『おねえちゃん』は忘れないよ」 最大の欺瞞だ、逃げだと責め苛みそう口にした。 瞬間。 静はふわり、笑む。 「ちゃんと……おねー……ちゃん……」 私を忘れてご飯くれなかったし口を聞いてくれなかったけど……思いだして、くれるか、な? 「……」 ようやく引き出せた望みはパレットに宿った色、沙希は満足げに筆をつけ『静』を描きつける。 「……宜しい」 恨まず逝くのもまたひとつの終焉とイスカリオテは忌わしの書に手を宛て厳かに頷く。例え世界の祝福がなくとも、死を尚賭した想いが無価値である筈が無い。 そう――陰惨な人生の中、斯様に心が強くても運命は静には微笑まない。アンナに言わせればそれは「きまぐれ」の一言につきる。 「どうしようも無い事無いのですよ」 でも憂いを絶ちたくて、リコルはそう唇にのせると子守唄を謳うような眼差しと相反する苛烈さで、二振りの黄金を振り下ろした。 ●さようならと未来と 「意味がある事か微妙だけどね」 のんびりとした口調と相反する力で小梢は翔の腕をねじり上げ無理矢理目覚めさせた。 痛みに顔を顰める翔に、オーウェンは「次は首を取りに来るかも知れんぞ?」と軽妙にして冷淡に告げた後、目覚めたマリへと視線を移す。 姓は『此のマリ』には告げる言葉持たず、野次馬と化して近づく一般人の対処に向おうとする。 でも、一言。 「……あのさ、苦しいと、嫌いは、違うでしょう?」 「!」 悪夢から覚めたように俯くマリに紙片が差し出された。 マリさんへ――。 沙希は「恨みでも話したい時は呼べばいい」と綴った。恨みを語る内、キャンバスに刻んだあの子の色が溢れるはずだ。 「忘れないで、静ちゃんがいたことを」 「静ねぇ」 身を竦める大人達の中、舞姫の手に残る静の熱へ卓が指を伸ばす。 「家族と言う物程、人にとって大事な物はない」 卓とマリの手を繋がせて、オーウェンは失いし者の実感を込め言い聞かせた。 「失ってからでは遅い……残った一人を、大事にするのだな」 リコルは法的な救済措置について調べ集めた資料を手渡した。 「どうしようも無い事無いのですよ」 もう一度、姉にもその言葉を――どうかもう『手遅れの迷宮』に閉じ込められぬよう願いを込めて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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