● ザザ……。 ノイズ混じりの記憶の切れ端が古い映写機に映し出される様にペラペラと切り替わっていく。 その雑音は、海の鳴き声の様に止まること揺蕩うて。 寄せては返す漣がいつまでも続いていた。 「そんな、馬鹿な話があるか!!!」 よく通る太い声が施設内の一室に響きわたった。 ルートガー・オルドヌングのネルソン・ブルーの瞳に怒色が滲んでいる。 先の三ツ池公園から撤退をしていたオルドヌング兄弟の部隊は、極東の大田重工が用意した埼玉工場に帰還していた。 戦場にてルートガーを庇って殉教した兄のギルハルトを本土に送り届けるため、一度防腐処理を施して死体安置所に眠らせてあったのだ。 最後に兄の顔が見たいと思い、その場所に着くとギルハルトの死体は忽然と姿を消していた。 そして、ようやく見つかった時には見るも無残な『化け物』に変わり果てていたのだ。 「何故、このような下等な……」 ギルハルトを素体とし、手は大田重工製の銃器アーティファクト、腹には醜く唾液を滴らせる口、爬虫類の腿に、馬の脚、そして魚の尾。 「これではまるで、『ヒメーレ』の様では無いか!!!」 獅子の頭、山羊の胴、毒蛇の尾を持つ悪魔を、または遺伝子を組み替えられた生物兵器をそう呼んだ。 「この場で、介錯をする。皆の者、離れよ……」 数十名の部下達が見守る中、右手のフリッツファングを起動させる。 カテドラルの黒光がルートガーの腕を這い上がっていった。 「お待ちください、兄上。通信が入っております」 「後にしろ!」 「いいえ! 裏門管理室から伝令です! アークが敷地内に侵入した模様です!!」 ネルソン・ブルーの瞳が大きく開かれる。 「猿どもめ……よりにもよって、この様な時に」 起動させたフリッツファングの印は解かれ、冷静さを取り戻したルートガーの声が轟く。 「これより、オルドヌング隊の総指揮は私が取る! 良いな!」 「我々の尊厳と名誉の為!」 「Jawohl,Herr Unteroffizier!」 「この胸に偉大なる爪が刻まれている限り決して屈さぬ精神を!」 「Jawohl,Herr Unteroffizier!!」 「よかろう! ならば行くぞ! このフリッツファングの威光にかけて!」 「Jawohl,Herr Unteroffizier!!!」 数十名の部隊が後にした薄暗い室内で末弟ヴォルフ・オルドヌングは嘲笑い声を上げた。 「くははは! 無様だな! こんな醜い姿になったお前を、兄上はもう尊敬なんてしない!」 化け物になったギルハルトの脚を踏みつけて、心底可笑しいのだと青年は腹を抱えて嗤う。 死体安置所から長兄を引きずり出し、『研究対象』としてリッド・ブルーの瞳をした男にくれてやった。 その男は数日も経たないうちに研究成果を出して、そしてそのまま何処かへ消えたのだ。 行方なぞ知らぬが、この醜悪な生物兵器の性能は上々の様だ。 「はは、良くやってくれたよ。カ――ンジマ―ト」 ザザ……。 酷いノイズがヴォルフの声をかき消して、ディーマン・ブルーの暗闇に全てが落ちていった。 ● 三ツ池公園の『穴』を利用して革醒新兵器を量産・強化している親衛隊に時間的猶予を与えては此方が不利になる一方だとアーク司令部の面々は推考した。 キース・ソロモンの宣戦布告時刻までに事を片付けるには早期の攻撃が必要であろう。 作戦としてアークが立案したのは敗戦の意趣返し。 公園奪還作戦を陽動として、手薄になった本拠を制圧する……則ち、アークが受けた二点同時攻撃をそのまま親衛隊に返すのだ。 大田重工と主流七派の兼ね合いについても、重工相手は是非もなし。 七派については作戦遂行において、戦略司令室長・時村沙織は七派筆頭格の逆凪黒覇に『楔』を打ち込んだ。それは、リスクを多分に含むものであるが、躊躇いの心は少なからず生まれるであろう。 『この場でアークが倒れた場合、キース・ソロモンの相手になるのは『勝利した』日本の神秘勢力である』 これがハッタリである事に変わりはないが、『計算の立たない最強の腹ぺこ』であるキースは損得を物事の基準とする合理主義者の黒覇にとって最悪のゴールデン・ジョーカー。 ロシアン・ルーレットの様な彼の情報を親衛隊を通して収集できるのならば、却って其れは裏打ちにもなる。 「皆さんには、親衛隊の本拠制圧に動いてもらいます」 『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は何処か不安げな海色の瞳で言葉を紡ぐ。 言葉にならない焦燥感を未来視した時点から感じていたのだ。 「公園へ陽動に向かった方たちの為にも、気を引き締めて行きましょう!」 励ましの言葉を、明るい激励を。そう心がけていたのに。 再生された映像、資料に並ぶ文字を見ると胸のあたりが締め付けられる様な感覚に陥る。 しかし、自分の状態などこの場には関係ないのだ。 未来を視てリベリスタに出来る限りの情報を示す事がフォーチュナに与えられた役目。 「以前、公園に攻めてきた部隊の残党勢力を倒すのが目的です」 オルドヌング家率いる部隊、それと一体の化け物。 それは、師走の風が吹きすさぶ三ツ池公園で暴れ狂った『生物兵器』によく似ているモノ。 「すみません。その化け物については、分からない点が多いです」 それを造り上げた人物の事も不明瞭だった。 イングリッシュフローライトの髪をエアコンから吹く冷たい風が撫でていく。 「皆さんなら、きっと大丈夫だと信じてます。頑張って下さい!」 一通りの説明を終えて、なぎさはリベリスタを送り出した。 心を突く焦燥感は一向に拭えないまま。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月06日(火)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● フォギー・ブルーに統一された太いパイプが製造工場の内部を縦横無尽に張り巡らされていた。 「アーデラインのお嬢ちゃん達に遅れを取るな!」 「Jawohl,Herr Unteroffizier!」 響くのはルートガー・オルドヌング軍曹の太い声。続く足音は乱れること無く、広い工場内に木霊し、その後に重たいモノを引きずるような音が次第に大きくなっていく。 煌めくガードゥン・プールの閃光弾が『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の短剣から解き放たれる。 それは、オルドヌング隊前列の目の前ではじけ飛んだ。 瞬きをするより速く、飛来した閃光弾は戦士2人と軽戦士3人の戦意を奪っていく。 「忌々しい、劣等め! 怯むな! 此方には最高の指揮官であるルートガー軍曹殿がいらっしゃるのだから!」 ヴォルフは5人の戦意を喪失している戦士達を前線に推し進めた。 ……わたしたちの事を劣等だなんて、よく言える。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)はキャンパス・グリーンの瞳の奥で怒りを灯す。 ねえ、ヴォルフさん。満足? 脳裏に過ぎるのは六道のお姫様。あのひとも、あなたも、どうしてそんな事が出来るの。 たとえ敵対してたひとだって、そんなふうに扱うなんて考えられない。 しかし、それを伝える事は出来ない。旭の役目ではない。否、彼女の言葉は真っ直ぐに届き過ぎるのだ。 旭の拳から嫌いな赤色が怒りの炎を上げる。 「だから、ただ。自分のすべき事を果たすよ」 戦う理由が違いすぎて、親衛隊の主義は全く理解できないけれど。 「それでも……彼らも同じ「人」なのですね」 滑稽なほどに、家族の問題に心悩ませているのだから。『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は想う。 自身の身を固め部隊の奥、異様な形をした『化け物』を見据え注視した。 光介には行方を探している男がいる。 家族を忘れ、刻み、それでも家族を偲び、狂っていった1人の研究者を。リッド・ブルーの瞳を持つ男を。 「もう一度、会わねばなりませんから」 この位置からではまだ製造者の傷跡すら分からない。しかし、必ず探しだしてみせる。 まだ、命題を交わしきれてはいないのだから。 ――あはっははは、憎しみの余り兄を化け物に変える何て。何て素敵なんでしょう。 その心の歪み、とっても美味しそうですよ。 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他は恍惚のエメラルドを震わせた。 くすくすくす。三日月の唇が嗤う。カードの絵柄が舞う様に、優雅な動作で弓を引く那由他。 「お久しぶりです、親衛隊の皆さん。元気にしてました? あ、とっても元気な方が一人居ますね」 くすくすくす。グラファイトの黒が嘲笑する声はダーク・ヴァイオレットの境界線をこじ開けた。 黒死の疫病が悲鳴を上げながら、旭諸共、戦意を失った親衛隊5人を飲み込む。 旭の純白のドレスが死毒に染まった。 ミモザ・ゴールドの髪が揺れる。ある種女神の様な出で立ちで『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が神々の加護を解き放った。 トパーズの光が旭の毒を優しく癒していく。 ……何です、これは。ここまでの事を、予想した訳ではないけれど。 これが……無駄死にでないなら。何だというのですか、ギルハルト少尉。 少なからず、信念を貫く意志に共感を覚えたというのに。 こんな末路の、何処に貴方の言った誇りがあるというのです。 ムーンシャイン・ブルーの瞳を向ける先。 誰の仕業かといえば、ヴォルフ……。敵の事情に過ぎないとはいえ――許せぬものは在ります。 命を冒涜した罰を。報いを。受けて頂きます。 親衛隊さんの誇り、かぁ……。命をかけても護りたい、大切なものってこと? 大好きな誰かのため、とかじゃなくて組織の為、なの? 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は大切な誰かの為に生きているから、彼らの気持ちがよく分からなかった。 「後衛を狙え!」 ルートガーはグレーステ・シュテルケを纏い、小隊へと指示を飛ばす。 アリステアの身体にプロアデプトの攻撃が連続で重なった。 暗殺者は戦士達の後方にて闇の権威を従え、次弾を構える。 ……全くしつこいやつらだねぃ。これだから犬は嫌いなんだようぅ。おまけにへんてこな怪物みたいなのいるしぃ。 『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が震動破砕刀を大きく振り上げ前線へと躍り出る。 「まぁいいさぁ……我は外道龍敵味方も関係なし! 戦いこそが全てよ! 全殺しだ!」 瞳と同じサラマンダーとドラゴン・ブルーの覇気が螺旋になって御龍を覆った。 男が一歩を踏み出す度に、暗黒の蛇が地に爆ぜる。グラファイトの黒より尚、Chaos。 神秘探求同盟第零位・愚者の座『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が戦場に姿を表す。 「ヤツを狙え! ヤツは危険だ!」 ヴォルフが近くのクロスイージスに命令を下し、十字の光がイスカリオテを撃った。 「ヴォルフ、状況をよく判断しろ! それでも、オルドヌングの末弟か!」 「……ッ!」 その様子をクリムゾンの瞳が観察する。 ふむ、毒が効き過ぎましたか……実に重畳。その罪深き叡智、喰い甲斐がある。 兄弟の情、ですか…。 非常に罪深い貴方達ですが、人の尊厳を踏み躙られた貴方の兄には少し同情を禁じ得ません。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が伏せられたラピスラズリの瞳を開き二丁の教義を構える。 ――ですが、今は裁きの時。罪は罪、その命で償って頂きます。 「さあ、お祈り(戦争)を始めましょう。正しき十字の下に、我等に勝利を――!」 教義から放たれたオーピメントの弾丸は、オリオン・ブルーの軌跡を描き、小隊を喰らい尽くした。 守られた回復役のエルヴの光が敵陣を包むより速く、苛烈なるピジョンブラッドの炎がアルフォンソの閃光弾で戦意を喪失していた5人を、カッパー・レッドに火葬していく。 兄弟間の確執や愛憎等色々とあるのでしょう。それを戦場にまで持ち込んでしまうのは人の業というものですかね。 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は人の些細な心象が存在するのは知っているが、実感として理解が出来なかった。 彼女は世界の槍であり、正義の審判者だったから。世界の悪を全て、滅するまで止まることはない。 目の前で焼かれていく親衛隊の死臭に反応してか、ヒメーレが前線に近づいているのを感じたノエルは、白銀の騎士槍を手に怪物の前に立った。 敵陣後方に押しやる為に、Convictioを叩きこむ。 獣の様に駆けて、ヒメーレは攻撃を仕掛けてきたノエルに極大の傷を負わせた。 ノエルのwillaを持ってしても、半分以上の体力が一瞬で吹き飛ぶ一撃。光介やイスカリオテが受ければ一手で落ちてしまうであろう。ヒメーレの相手は彼女でなければならなかったのだ。 そして、受けたダメージを待機していたアリステアが丁寧に癒していく。 ヴォルフが自掃式機関銃CU-721を構え、灰色の気弾を打ち出した。 自付をした者に対して行われる弱点を付き破砕する嫌らしい技。 後衛を狙った射線は遮られ、旭、アルフォンソ、御龍、リリに命中する。 神々の黄昏と纏ったオーラが砕け散った。 親衛隊は『弱い部分』を的確に狙ってくる。それは、則ち、後衛。 ユーディスが那由他が動くより速く、迅雷の轟音がコバルト・バイオレットの天使とホリゾン・ブルーの羊目掛けて飛来した。 ビリビリと痺れる指先を前に出し、万式実践魔術を組むのは光介。 ペール・アクアの光が仲間を優しく包み、万全の状態へと盛り返していく。 仲間の癒しは旭に力を与えた。ぎゅうと拳を握りしめて、蹴りあげた中空。純白のドレスが舞う。 次の瞬間には暗殺者とプロアデプトの胸に赤色が走った。 インモートリティ・ヴァイオレットの紋様が那由他の傷跡だらけの身体を彩っていく。 ルートガーの指示に従い、プロアデプトがアリステアと光介を狙って怒りの気糸を放った。 しかし、二人の顔には余裕の表情が見て取れる。 「何……っ!?」 光介にはユーディスが付いており、アリステアにおいては自身が怒りを受け付けない身。 親衛隊は貴重な二手を無駄にしたといっても過言ではないだろう。 それでも、止まらぬ彼らの猛撃は続く。暗殺者の赤い月は3つ。不吉を下ろす魔の色。 それに、被せるように敵陣を襲うのはエンバー・ラストの赤。イスカリオテの砂塵だ。 「回復を!」 「Jawohl!」 壊れた体組織を修復していく神々の息吹、その吐息を焼きつくす神々の雷はリリの「十戒」と「Dies irae」から放たれる蒼の矢。 追い打ちをかけるが如く、御龍の大剣がルビーの煌めきを帯びて暗殺者の頭を粉砕した。 返り血を浴びて、彼女の巫女装束がアルジェリアン・レッドに染まっていく。 クロスイージスがアスター・ヒューの破邪の光りを放ち、もう二人は回復役の護衛についていた。 ● 初動での戦士達を殲滅できたのが功を奏して、拮抗状態が続いている。 あれが無ければ、即刻後衛に敵が入り込み陣形が崩れていたであろう。 しかし、不確定要素であるヒメーレがノエルを標的から外して前線に突入した。 均衡が弱り、崩壊していく。 「一気に畳みかける! 私に続け!」 ヒメーレの乱舞、ルートガーの雷撃、ヴォルフの灰弾、小隊の爆撃がリベリスタを襲う。 決死の一体感。 旭、リリ、イスカリオテが。光介をかばい続けたユーディスが倒れた。 アリステアはユーディスが攻撃に晒されぬ様、彼女の前に立つ。 ねぇ。兄弟、なんだよね? なのにあんな無残な姿になったギルハルトさん? のこと。 何とも思わないの?どうしてこんなひどい事に……? 声に出さないアリステアの訴えが虚空に消えていった。 こんなにも悲しいのにとコバルト・ヴァイオレットの瞳が色を増す。 「いいねぇ、これでこそ戦はやめられぬ!」 御龍が受けた大きな傷を物ともせず、運命をすり減らし立ち上がった。 血みどろの身体で敵に向かっていく。 「もっとだ! もっと我を楽しませろ!」 リリはラピスラズリの瞳で唱える。 「一つ、悪しき十字を掲げた事 二つ、絶対である神の下、平等である人の子への差別 三つ、神が作り給うた生命への冒涜 ―――神罰執行、致します。Amen」 斬鉄を引く度に唱える祈りの言葉と、数える罪。 前に出てきたヴォルフをその身でブロックにでるリリ。 ――さあ、神秘探求を再開しよう。 リリに行く手を阻まれた灰狼の耳に木霊する一つの声。 “良いのですかこんな所で遊んでいて” それは、劣等に与した同族の中でも特に忌まわしいあの男。イスカリオテ・ディ・カリオストロの声だった。 “貴方の大嫌いな長兄殿――あれに本当に何の理性も無いと?” 動揺。 疑心。 ヴォルフとリリを狙ってかヒメーレのゼーが降り注ぐ。 “おや、獣が人の振りをするより逆は遥かに容易なのですが…” 「知っているのでしょう? ヒメーレの製造者を。漣の指輪をはめたあの男を」 外からの声は光介のもの。 「製造者だと……? どういうことだ、ヴォルフ」 “次は死にますよ、貴方の大事な兄上” 悪魔の様な蛇の囁きが、首元をじわじわと締めあげてくる。 “また、「灰色」になってから後悔なさるのですか?” 「ヴォルフ! 答えろ!」 白(ルートガー)と黒(イスカリオテ)の狭間で、灰狼の思考能力が奪われていく。 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 ヴォルフがCU-721を向けた先は、イスカリオテでも光介でもルートガーでも無かった。 悪いのは長兄。全ての悪はギルハルト。コイツさえ居なければ……。コイツさえ! 彼の突如の行動に誰もが動きを止めた。 灰色の弾丸はヒメーレを打ち続け、赤煙を上げる。 「ヴォルフ!!! 状況をよく判断しろと言っただろう!!! 『ソレ』は敵じゃないぞ!!!」 「……ッ!」 ルートガーの一喝でヴォルフの乱れ飛んだ思考が集約していく。今するべき事はリベリスタの制圧。 先に動いたのはアルフォンソだ。 残っている敵陣回復目掛けて、閃光弾を炸裂させた。 ヴォルフとルートガーが連携して狙うのは光介とアリステア。 庇いの無くなった光介は猛撃に膝を折る。けれど、倒れない。倒れるにはまだはやい。 「止まるわけにはいきません!」 旭が赤を纏う。クリストローゼのドレスを脱いで、純白に着替えたのは、倒した敵の色を刻む為だろうか。それとも、流れる黒髪に起因するのか。 変わらぬキャンパスグリーンの瞳で敵に拳を振るい、ドレスに嫌いな赤色がまとわりついた。 光介は確かに見た。ヴォルフに動揺が生まれたのを。 彼は知っているのだ、リッド・ブルーの男を。探し求めてやまない、自分と対極にいる男を。 見つけ出すまで、追い続ける。光介はそう心に誓い、術式を組み上げていく。 「ねえ、身内をこんな姿にして戦いに駆り出すのは、貴方達の誇りを汚さないんですかー?」 くすくすくす。 毒を。グラファイトの毒を。盛り上げよう。さあ、もうひと押し。 「……貴様!」 「もうアーリア人とか関係無くなってますよね」 他人の弱みを嗤うのが好きだから。那由他は貶め、屈辱に歪むその表情に愉悦を感じる。 暗黒の瘴気が悪魔の形をして敵後衛を狙い撃った。 「ところで同じアーリア人として聞きますがルートガー殿」 イスカリオテは指揮官の怒りを誘う。人を人として見ぬ彼のクリムゾンの瞳が嗤う。 図書室の地下で灰狼を踏み台と言ったそのままの顔で。 「貴方はいつまで目を瞑り続けるのですか」 「何を……!」 白が黒に犯されて行く。蝕まれて、貶されていく。冷静な判断を失い、崩壊していく。 兄に守られ、弟に慕われ、生きてきた男の自尊心を喰って。 「兄上に指図するな!!! 劣等に与した反逆者め!!! 貴様は絶対に殺してやる!!!」 イスカリオテに向けられる銃口は幾十の自掃式機関銃。 灰色の気弾が充填されれば、ブラッディ・レッドの血霧が花開く。 数えることの出来ぬ程の、ファンタム・グレイの弾丸を其の身に受けたイスカリオテはその場に崩れ落ちた。 「狼殿。私は……確かに、言いましたよ……「逃がさない」と」 白にも黒にもなれなかったヴォルフの渇望。神秘を追求するイスカリオテの渇望。 その精神性が同調する。 ―――演算、模倣、調整、再構築。 クリムゾンの瞳をした蛇神が、瘴気を放ちながら現界した。 「その業、その罪、この蛇が呑み下そう」 首を擡げた邪悪の権化から、其の身に受けた灰狼の気弾が全て浮かび上がる。 「な、に……!?」 本来ならば在り得えぬ、―――フォルコメングラオのヘルシャフト!!!! 罪は罪に、灰は灰に。Auf Wiedersehen. ファンタム・グレイの弾丸が運命を削りきったヴォルフに数百数千と降り注いだ。 「神秘探求、完了」 ● ヒメーレをルートガーの前に叩きだしたのはノエルだった。 既に、ルートガーとヒメーレ以外の親衛隊は死に絶え、残るは2人のみ。 旭は次弟に長兄の介錯をさせてあげたかった。 しかし、戦場はそれを許してくれはしなかったのだ。 ルートガーの迅雷は末弟を殺したイスカリオテに集中する事となり、命の危険を感じた御龍が庇いに入っていたのだから。 ならば、自分のすべき事を果たそう。 純白のドレスが今は旭の嫌いな色に染上がっている。何故なら、これは命のやり取りだから。 嫌いな赤にまみれても、進まなければいけないのだから。 この拳には、大切な人達の想いが詰まってる。 だから、旭は拳を振り上げる。皆のために、自分の為に! 「許さぬぞ! 劣等!」 「言っただろう? 全殺しだと。主らは生きて帰れぬよ」 彼には逃げる意志すら、既に無く。只管に攻撃を繰り出す機械の様に。 仲間を庇う御龍に重たい一撃が加えられる。 しかし、彼女はそれすらも楽しい事のように笑う。 滾らせる決闘を。もっと痛みを! 楽しみを! 「素敵な物も見れましたし。知人の近況も分りました」 グラファイトの黒は嘲笑う。三日月の唇で。光のないエメラルドグリーンの瞳で。 「じゃあ無惨に死ぬ準備、出来ましたか?」 くすくすくす。 ダーク・ヴァイオレットの境界線から出る不協和音がたった2人の兄弟を暗黒の奈落に突き落とした。 彼女は神秘探求同盟第六位・恋人の座、グラファイトの黒。深淵の闇を覗く者。 「――Veni, Sancte Spiritus.」 ラピスラズリの視線の先。リリが狙うのは2人の兄弟。その、成れの果て。 リリ自身にも兄が居る。だから、兄を想う気持ちは少なからず分かるつもりであった。 だから、一瞬で終わらせよう。 全てを、焼き尽くそう。 オーピメントの弾丸は蒼の螺旋を描き、ルートガーの胸を貫いた。 「あ、ガッ……!」 オリオン・ブルーの軌跡は燃え広がる赤の豪炎へと即座に変わっていく。 轟々と燃え広がって辺りを火の海に変えて。 守られ愛された者の命の灯火がふいに消えた。 ルートガーの命が消滅した途端に、動きを止めたヒメーレは薄ぼんやりと開けたアクア・グレイの瞳から、一粒の涙を流した。まるで、弟の死を悲しむ兄の意志が其処にあったかの様に。 そして、ノエルの騎士槍がヒメーレの喉元を深く抉ると、あの厄介な自己再生が消滅してしまったかのごとく、ドロドロに崩れて後には何も残らなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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