●平均律、祟りて 天井からエアーを供給するパイプが揺れていた。 縦長の筒型LED信号灯が明滅する中、産業用ロボットのアームが、なにやら多種多様な機械をベルトコンベアへ運んで行く。 「相変わらず、凡庸な見てくれだ」 夜だと言うのに忙しないノイズの中、女は言葉を吐き捨てる。 彼女が目にしたのはノートPC上に表示されている、巨大な兵器の設計図であった。 述べた女の後ろには数名の兵士。誰も彼も旧時代の軍服を身に纏っている。 彼等は第二次世界大戦下ドイツの亡霊であり、意匠は伝統的な鉄十字にトーテンコップのみならず、禍々しい鉤十字も誂えられていた。バロックナイツは『厳かな歪夜十三使徒』第八位。『鉄十字猟犬』率いる親衛隊の面々である。 言葉は続けられる。 「今度は動くんだろうな?」 「え、ええ、勿論ですとも」 その隊長格であるヴィルヘルミナ・アーデライン兵長の言葉に、長田友康は額の汗をハンカチで拭いながら慇懃に答えた。 以前のように、余計なことをされなければ―― そう続く言葉は心の内に留めながら。 「見せてみろ」 「起動させたまえ」 指示を受けた部下は白衣の袖を捲った。彼はUNIXの端末からドック装置のRTOSにログインし、関数を叩く。 けたたましい音をたて、開いた床の下からせり上がるのは『カール』と呼ばれる巨大な兵器であった。 三ツ池公園を攻めた際に、アーデライン三姉妹が運用したもの、その二号機にあたる。 大元のモデルとなったのは第二次世界大戦時にドイツ軍が運用した怪物兵器だが、実際にはかなり近代的な設計構造になっていた。更に、そこには多種多様な神秘の力を加えている。一般人にも扱うことの出来る革醒兵器を目指して作成されているのだ。長田はこの『カール』の開発責任者であった。 以前、三姉妹は一号機を譲り渡されると、出力を極端に高める改造を施したらしい。 改造されたカールはエネルギー充填にかなりの時間を必要とし、結果としてアークリベリスタの速攻を前に敗れ去ったのだ。具体的には浴びせる間もなく部隊は壊走の憂き目にあった。 確かに三姉妹の改造はカールの出力を極端に引き上げたが、運用出来なかったのでは意味がないし、あまつさえその無残な結果を長田等の責任にされては堪らないではないか。 「課題の旋回性能はクリア出来て?」 「ええ。完璧ですよ」 口ではそう述べながら、長田の腹は煮えくり返っている。一技術屋として、これほど悔しいことはなかった。 彼は十年も前に管理職となり現場を離れて久しいが、この案件では部品の一つ一つまでチェックし、制御プログラムのコード一行にまで目を通したのだ。たしかに速度と旋回性能には課題が残っていることは認識していたが、当初の出力であれば速射が可能であり、運用上問題はないはずだったのだ。 当然、三姉妹の言い分もさるもの。彼女等はあくまで旋回性能について長田をつついている訳である。 そして今回、三姉妹は出力に改造を加えないらしい。 卑怯なやり口だなと、長田は思う。だが、それでも顧客に逆らおうとは思わない。 彼がやりたいことは、あくまで最高の製品を仕上げることだけであり、それも一つの矜持であったのだ。 ため息一つ。小さな椅子に腰をおろしたテレジアは思案を巡らせる。 その姿はしとやかな日ごろの言動に、細身の身体とも相まってどこか深窓の令嬢めいて見える。 兎も角、彼女が目を通したスペックは、旋回性、機動性の向上が見て取れる。これは申し分ないだろう。 それから前回、彼女等が問題にした出力について。こちらは親衛隊が奪取した公園から何か収穫があったらしく、著しく向上しているようだ。これなら手を加える必要もないだろう。 それから。ああ。面倒なことが一つだけあった。 先ほどから盛んに怒鳴り散らしているだけのヴィルヘルミナを、リザ・リス軍曹は頬杖をついたまま見上げている。 彼女はアークに敗北したアーデライン三姉妹の部隊に合流したのだが、配下を多く失った三姉妹とは事実上の共同戦線である。それ自体は敬愛するリヒャルトの采配であり問題ないのだが、彼女はアーデライン三姉妹の作戦遂行能力を疑っていた。敗北は事実であり、部隊の再編成は致し方のない事ではあるのだが、目下心配なのは無能とも思える三姉妹に『足をひっぱられないこと』にあった。粗暴なヴィルヘルミナに、狂人のようなオティーリエ。そしてどこか茫洋としていまいち何を考えているのか分からないテレジア。 とはいえ。リザは静かに瞳を閉じる。腹のうちを明かさぬのは、彼女とて同じことではあるのだが。 それでも兎に角、テレジアとリザは公園に攻め入る生意気なアークに目にものを見せてやるのだと、内心の一部を一致させていたのである。 今、この時は―― ●タイトロープ エアコンの風が少女の頬を撫で続けている。 夏を冠する名前の割に寒がりで、夏の屋内ではブランケットに羽織物を手放さない彼女ではあるが、今日はそれらを椅子の上に放置したまま、静かにモニタを睨んでいる。 「おこなの?」 「いえ……」 砕けたリベリスタの呼びかけにも、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)の返事はそっけない。 やはりきっと。ちょっぴり『おこ』なのだ。 過日、親衛隊との戦いで、アーク個別の部隊単位ではそれなりに勝利を収めたが、結局の所、戦略目標の到達には至らなかった。アークの重要拠点である三ツ池公園の奪取を許してしまったのである。 つまり敗北だ。 それ自体は誰しも悔しく、放っておけない事態でもある。 しかし必ずしも、敗戦そのものに負の感情を抱くエスターテではない。単に親衛隊がアークの領土を我が物顔で闊歩する姿にガマンがならないだけなのだ。 「ま、言いたいことは分かるわ」 「はい」 心なしか、しゅんとした返事。歴戦のリベリスタ同士であれば、互いに想いが同じであることは、直ぐに分かるのだ。今度は子供っぽい己の怒りに嫌気が差したのだろう。 「今度は攻めるんだろ?」 「はい」 少女の感情の変化は兎も角、リベリスタ達は最早『親衛隊』の自由を許す訳にはいかない。 三ツ池公園を制圧した彼等は、その成果を元に革醒軍事兵器を強化すると共に、新たな動きを見せ始めている。 アークにとって、キース・ソロモンの宣戦布告によるタイムリミットも刻一刻と近づいている以上、早期の攻撃で親衛隊を撃破する他、道はなくなってしまっている。 前回の戦いで、親衛隊はアークという組織の脆弱性、つまり『エース』に頼りがちな戦力構成という弱点を狙ってきた。即ちそれは『守るべきものを多く持つ』というアーク側の泣き所への打撃に繋がっている。 今回アークが立案したのは、その意趣返しである。 「今回、攻めるべき拠点は二つあります」 「ほうほう」 それは親衛隊の本拠地、そして奪取された三ツ池公園だ。 狙いは公園への大規模な陽動を囮に、手薄になった本拠地を叩くことだ。 二拠点を防衛しなければならない親衛隊にとって、手荷物が増えていることは確かなのだから。 「俺達は、本拠地のほうだな」 「はい」 リベリスタ達は直ぐに状況の検証を開始する。 敵の本拠地は大田重工の埼玉工場だ。巨大な軍事向上であるが、ロケーションが割れている以上、不利な点は少ないだろう。 その他。陽動と合わせて大規模な作戦であるが、後背はどうなのか。 こちらも時村財閥として、かつての政敵である大田財閥相手であれば是非もない。 国内主流七派の動向についても、戦略司令室長・時村沙織は国内七派筆頭格の逆凪黒覇に乾坤一擲の『楔』を打ち込んだ。室長は『この戦いでアークが倒れた場合、次の標的はどこになるのか』と問うたのである。 これはハッタリである。 だが徹底した合理主義者である逆凪黒覇にとって、『計算の立たない最強の腹ぺこ』であるキースは最悪のジョーカーである。逆凪をはじめ、主流七派が親衛隊とアークの戦いに漁夫の利を狙おうとも、そこにキースが現れることで厄介な状況になるのは想像に難くない。 更には逆凪黒覇が親衛隊を介して同じバロックナイツであるキースの情報を収集することが出来るのであれば、それすらも室長の言葉を裏打ちするのではないか、と。 後は具体的な作戦だ。 「アーデライン三姉妹の部隊と、リザ・リス軍曹の部隊は、あまり信頼関係がないと思われます」 「なるほど」 親衛隊は部隊単位、軍隊単位での指揮、合理性、連携は極めて高い水準にある。 だが指揮官個人単位ではどうなのだろうか。 勿論、裏切りや仲たがいなど、そうそうするはずもない。しかし敗北した部隊とそうでない部隊、あるいはアークと戦った部隊とそうでない部隊に確執が生じることもある。 「けど、そんなもん利用しようがなくねえか?」 「そうかもしれません……」 エスターテはある情報は全て吐き出すといった風でもある。使えない情報かもしれないが、ないよりはマシなのかもしれない。 「指揮系統が統一されていない。具体的にはアーデライン部隊と、リス部隊で二分されていることが予測されます」 「なるほど」 そういうこともあるか。 「奇襲は出来ないか?」 それは攻める場合に考慮したい大きなポイントでもあるが。 「この戦域では難しいです」 理由は単純極まる。この部隊との交戦は敷地内部であるから、少なくともリベリスタが討ち入りすれば準備をする時間はある。 「その代わり――」 「その代わり?」 「こちらが飛び込む瞬間に、一度砲撃を加えてきます」 「思い切り?」 「おもいっきりです」 どうやら飛び込んだ瞬間に一斉射撃されるらしい。 「なるほどな」 リベリスタが笑う。厄介なことだが、分かっているならば何か出来ることはありそうだ。 資料を端末に保存して席を立つリベリスタの背に、桃色の髪の少女は静謐を湛えるエメラルドの視線を凛と注ぐ。 彼女は、アークのエースがもたらす結果が、勝利であることを信じて疑うことはない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月06日(火)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● フォギーブルーの天井を見つめていたテレジアがほくそえむ。 「ヴィルヘルミナ?」 頷いたヴィルヘルミナがトールのエネルギー充填を開始する。 工場敷地内にリベリスタが進入したという連絡を受けたのは、つい今しがたの事。調度頃合だった。 巨大な搬入用鉄扉の外側から、何か響く音がする。僅かな足音だ。 「エネルギー充填!」 「Ja!」 「構えろ!」 「Ja!」 「いいか手前等! オルドヌングの野郎共に舐められんじゃねえ。一斉打方!」 「Jawohl!」 一方、壁外のリベリスタ達の行動は大胆極まるものだった。 「行けェ!」 扉を打ち崩す轟音に続く『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の激と共に、ハルバードGazaniaの先端が爆煙を貫く。 その主。我先に駆ける『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)を出迎えたのは巨砲と十を越える銃口だった。 「Feuer!」 膨れ上がるプラズマに、パリパリと空気が焼け―― ――大丈夫だ。 今度は絶対勝ってくる。 赤髪の少年は、ブリーフィングルームからリベリスタ達を送り出すフォーチュナにそう告げると、少女の頭に掌を乗せた。 約束だ。 僅か一瞬、交差する目線と指切り。 この戦いで、己が身は、この約束は双子の姉の代わりなのかもしれないが、それでも―― 斉射。雷撃が大気を劈き、巨大な鉄扉が蒸発して消える。続く轟音。数千の弾丸が爆煙の中へと降り注ぐ。 きな臭い硝煙の只中。恐らく跡形も、扉の破片すら残っていないであろう。 「打方やめ!」 俄に弾幕は終焉する。 「他愛モネェナ」 常人をはるかに越えた速力を発揮する為だけに誂えられた極限の二刀を携え、『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は光を纏い、掻き消える。 上だと。瞳が捉え、情報が神経を伝わり脳に到達する前に親衛隊ホーリーメイガスの身体は無数の白刃に切り刻まれた。 テレジアが微かに怯む。ジース・ホワイトは殺した筈だった。なのに、そこには死体がない。 「また迫撃砲ですか、好きなんですな」 相も変わらず『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の眼前に聳えるのは巨大な兵器だ。 「女だてらに物騒な……いや、何でもないですぞ」 仮面の下、彼は笑ったか。 「前回の突っ込みは厳しかったですのう」 依然、駄洒落を呟いた直後に撃たれたことをつい思い出してしまう。けれど二度はやらせない。 「やれやれ御機嫌よう」 皮肉気な声音で『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が嘯く。 リベリスタ達が仲間の死に動揺していないという訳ではないのだ。戦場にわれ先と飛び出したジースは、彼自身によって生み出された虚像だった。死んでなどいない。 「抜刀!」 戦況の分析、把握が遅い訳ではないのだろう。けれど親衛隊に再び構えられるより速く、リベリスタ達は肉薄していた。軍略の肝とは情報である。戦う上での素早い判断、的確な指示等は前提に過ぎず、実戦では思考速度すら越え、身体に刻み込まれた反射に頼らねば間に合うものではない。 「相変わらず的外れな指揮っすね?」 リベリスタ達はあえてジースの幻影を突出させることで、あくまで熟達した正攻法を用いる親衛隊の裏をかいたのだ。一斉射撃も、予め知っていればいくらでも手が打てるという事。とはいえ。その程度汲み取らねばこの世界での戦いなど出来よう筈もない。残った結果は親衛隊の無駄撃ちだったという事だけだ。 兎も角。 「一回は一回だ」 返礼は欠かせない。 「うちの速さ、其の身に刻み込め!」 フラウが放つ逆襲の氷刃は時すら刻み、二名の親衛隊を瞬く間に氷像へと変える。 「アークのリベリスタメイだ」 再びの逢瀬に感謝を―― 「逢えて嬉しいよ」 糸は繋がらねば意味が無いから。 アルパカを駆る『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)の刃が、天井から降り注ぐLEDの冷たい光を反射する。 薄紫の一閃が親衛隊を吹き飛ばす。リベリスタ達は敵陣をこじ開けて往く。 「どうにか逃がさなくてはな」 僅かに唇をかみ締める『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が両手に握る二対の書を解き放つ。 右往左往を始める作業服の男達は工場の社員であろう。 フィクサードでもリベリスタでもない。彼等は紛れも無い一般人だ。出来れば巻き込みたくはない。けれど、出来るだろうか。己が問いへの答えは明快。出来ることをやるだけだ。 「敵陣突撃も二度目ですな」 禍つ閃光に続く九十九の弾幕。 「くっくっく」 既に九十九は女神の加護を身に纏っている。端から全力だ。ここで早くもホーリーメイガスが落ちる。 存外。大した相手でもないのか。嘆息する『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は美しい流形の弓を引き絞る。 弓弦が弾け、無数の業炎が敵陣に降り注ぐ。先の斉射にも劣らぬ絶大な火力。胸に生じた矢を引き抜きながら、剣兵の一人が地に伏した。 「そりゃ仲間内で評価も下がる訳だ」 と。 「大した歓迎ありがとよ」 奇襲は終わらない。否、ここから改めて本番である。 「反撃開始と行こうじゃねぇか」 敵とて、狼狽する程やわではない。 「突撃!」 親衛隊は構えを終え、突撃を開始する。 そんな相手を掻い潜り、リュミエールは更なる光の二連を叩き込む。狙ったのは敵の防衛隊。こうしてまた一人が散華した。 「最初っから全力だ、行くぜェ……!」 猛の拳が閃く。 「生憎と今回は負けてやる心算はねぇんで――な!!」 雷光が瞬き、大気にたゆとう饐えた埃を焼き払い、親衛隊の身を貫く。 敵を後衛に抜かせはしない。リベリスタ達は瞬く間の内に次々と親衛隊を打ち倒して行く。 一方的な攻撃はあまりに鮮やかで息を飲む暇も与えていない。 そもそも、雑魚に構っている暇など無いのだ。こいつらの力量などたかが知れていることは把握済みである。 「切り裂き女。今回はうちと御デートっすよ」 「素敵ね、眼帯さん!」 大剣を振りかぶるオティーリエに、フラウは剣を走らせる。いかなる歴戦の剣士であろうが、速さで負ける心算は毛頭ない。 裂帛の闘気に揺らめく陽炎は、されど神速の刃の前に霧散する。 太刀筋等見えよう筈も無く。凍りついた大気がオティーリエの全身に絡みつき、動かぬ腕から飛散する血液すらもキラキラと凍りつく。振り上げた腕を動かす事すら許しはしない。 「姉さん。連中、もう勝った気でいやがるらしいぜ」 親衛隊の圧倒的劣勢に見える中、ヴィルヘルミナが高らかに哄笑う。 「では一つ。教育して差し上げましょう」 焼けた銃口をひと吹きテレジアが笑う。 ● 凶しい波動が床のリノニウムを破り、フラウ、五月、レン、九十九、猛の眼前に格子を形成する。 放たれたゲフェングニスの楔は、リベリスタ達を貫き、猛、五月、レンを石の彫像へと変える。 「これはこれは、手痛い反撃ですな」 かなりの傷にも飄々と。 「誰も彼もが戦場では傷つき、命を散らせる――」 九十九の銃口が火を吹いた。 「悲しいことですな」 口ではそう述べながらも、仮面の下に感情一つ見せず。情けも、容赦もなく。敵陣を覆う九十九の弾幕に、敵魔術師、軽戦士が倒れる。 リザは聖神の癒しを戦場に解き放つが、間に合わなかった。 「悉く散って頂けますかな」 させねぇよ…… 小さな。けれど不吉な呟き。 「逃げろ!」 レンが叫ぶ。けたたましい警報が鳴り響き、社員達は一目散に退避を始める。 「自分たちが開発したものの威力ぐらい、知っておきたいだろう?」 死ねばそれすら叶わない――己も、彼等も。 立ちはだかるように両腕を広げる。間に合うのか。 「来るぞ! 私の――」 ただ一人、戦場の隅に立ち尽くす長田の顔が光に彩られる。 レンは砲撃の直撃を避けるように身を捩り、されどその手は広げたまま。 「トールハンマー! Feuer!」 音が消えた。鼓膜を圧迫する大気と共に、雷撃の絶大な波動が五月、レン、猛を襲う。 ―― ―――― 少女は。 澄んだ紫の瞳に映る全てを守りたいと誓った。 痛みもなく。ただ眩しくて―― 腕を伸ばすように求めても。 その手は。想いは。とても届きはしなかった。 けれど。死せる運命をねじ伏せ、小さな少女は両足を踏みしめる。 地に伏すことを運命が許しても、諦めることなど出来ない。 諦めることさえしなければ、幾らでもあがき続けることが出来るのだから。 この剣は誰が為。 想いと共に君の為。 過去に縛られ、塗りつぶす悪夢の亡霊。 君と共に在る今を生きる五月の願いは、こんな所で潰えることはない。 光を切り裂き、五月は足掻く。親衛隊の兵に牙を――紫花石の刃を突き立てる。 立ち上る血煙だけが、今宵、生存の証明。結果は敵の絶命。そうであったとしても。 貪欲に全てを護る――! 鉄柱が消滅していた。LED蛍光灯は全て砕け散った。オフィスデスクやノートPCなど、最早瓦礫の一部でしかない。 未だ現役のブラウン管モニタが弾け、煙を吹いている中で、レンは明滅する意識を説き伏せる。 何人守れた――? 物陰で動く影に、戦場から逃げ出す人々にレンは安堵する。 未だ敵は健在。早くも次のエネルギーが蓄え始められている。だから数える余裕なんてない。けれど出来ることはやった。 今、あの公園を取り返しに行っている連中が居る。今ここには親衛隊を打ち倒そうとする連中が居る。どちらも必ず成功させるのだ。彼等を、勝利を信じて、今、出来ることをやる。 「は! はは! 二発目もイイ出来じゃないか!」 想像通りの威力に長田が哄笑する。だから言ったのだとヴィルヘルミナは舌打つ。結果が気に入らない。結局リベリスタは誰も倒れていないのだ。 敵の防衛をつかさどるクロスイージス隊の動きは鈍い。一人はレンの一撃で行動を封じられ、一人は七海の業炎から仲間を救おうともがく。 「流石に――」 もう一人。クロスイージスのナイフが燦然と輝き、猛の胸を十字に切り裂く。赤い血が舞う。 「お前らも弱い奴らじゃないんだろう」 けれど、これしきで倒れてなどいられない。 続いてフラウの一閃。 「そうこなくちゃ――」 今度は『切り裂き女』を凍りつかせるには至らない。 「面白くないっすよ」 されど闘志は潰えず。 「逃げるならとっとと逃げな」 言の葉は社員達へと向けて。猛は眼前のクロスイージスに雷撃を撃ち込む。 「あらあら――」 嫌ね、と。テレジアは絶対零度の衝撃を猛に向け放つ。 並外れた体力も、迫撃砲の直撃を受けた上では持たない。膝が笑う。 「どれだけ――」 瞳は閉じない。輝きは失っていないから。 「お前らが強かろうが、どれだけ辛かろうが」 運命を焼く音がする。拳を溜め、地を蹴り付ける。 「この拳を、脚を――」 止めてなんかやらねぇ……ッ! 「この劣等――ッ!」 大気が吼える。ヴィルヘルミナが言葉を言い切ることは出来なかった。 灼熱に明滅する建屋の中で、トールに張り付いていた彼女が宙を舞い、鉄板に叩きつけられる。骨が砕ける音がする。 ● 「さあ決戦の時ですぞ皆さん」 リベリスタ達の猛攻は、親衛隊の兵達を打ち砕く。 こうして最後の一人が敵陣を穿ち続ける九十九の銃弾によって命を散らせた。 残るは幹部であるリザとアーデライン三姉妹だけだ。 リザは懸命に癒しを続けるが、リベリスタの集中攻撃の前には間に合わない。 対して、リベリスタは後衛に温存されていた七海の癒しで大きく体力を取り戻している。 ヴィルヘルミナは戦場全域に火の雨を降らせるが、これも遅い。 僅か一手が落とした影は、大きな差となりつつある。 しかしリベリスタ達を力量で上回る幹部達が健在である以上、戦いの行方は未だ知れたものではない。 ならば次の標的は癒し手であるリザ・リス軍曹が定石。 リザはリベリスタ達の視線が己が身をちらり、ちらりと射抜くのを感じる。 なにもかも、こうなったのも、あの無能な三姉妹が―― 少佐の采配にケチをつける気はないが、このままでは明らかに部が悪い。しかもよりにもよって、先に全滅するのは三姉妹の部隊ではなくリザ達なのだ。 「コンドハ、ドウダ?」 九尾が笑う。 リザの身を切り裂く刃。どうにかしてこの状況を突破しなければならない。無念の思いを魔力に変え、リザは審判の光を放つ。 「この糞虫が!」 ヴィルヘルミナが叫ぶ。 「裏切りやがったのか!」 その矛先はリベリスタの筈だった。しかし焼かれたのは三姉妹である。 「これは――」 何かの間違いだ。 「敵は九尾。ソードミラージュ。惑ったのでしょう」 テレジアの指摘に続く舌打ち。 だがこの時、奇しくも親衛隊には起死回生のチャンスが巡ってきた。 テレジアは僅かな間隙を突き、己が力を最大まで高め、同時にリベリスタを監獄に送り込む。 三名の石化により反撃おぼつかぬリベリスタは、ヴィルヘルミナがもう一度トールハンマーを発射することを許してしまった。 だが―― 「っざけんなよ!」 そのふざけた殺人兵器を――決して撃たせはしない。 ヴィルヘルミナの激昂。死神レンが放った不吉の波動が指先を狂わせたのか、照準が大きく歪む。試作機の挙動が安定しないのは宿命か。 「糞が使えねえ!」 「そんな筈はない! ドイツ人! 貸せ!」 嗚呼――光狐が嗤う。 ドウセ職人トイウカ開発者ッテノハ用途は気ニシナイダロウシナ―― 駆けだす長田の眼前で暴発した光は天井を溶断し、鉄筋の破片が床へと降り注ぐ。 ダガ覚エテオケ。 因果応報ッテヤツヲ。 その身に何が起きたのか把握する猶予すら与えられず、『開発者』長田友康は三十八年の短い生涯を終えた。 ● 戦いは正念場を迎えている。既に敵兵は全滅し、幹部を残すのみとなっている。 未だ倒れたリベリスタこそ居ないが、既に過半数が運命を従えている。即ち二度目はない。 更なる一手が終わり、膠着は解れ始めている。 「コレデ終ワリダ――」 失セロ。 仲間を焼き茫然自失のリザ・リス軍曹に向け、リュミエールの剣が喉をかき切る。 「勝つのは俺達だ!」 猛が吼える。 「もう、テメェらには何も奪わせせねぇ! 誰一人の命もだ!」 「ほざけ劣等! 我が国の恩を忘れたか!」 「知ったことか――!」 地に叩きつけられた衝撃がヴィルヘルミナの脳髄を揺さぶる。 戦闘の鍵が癒し手であることに変わりはない。テレジアは細い指先を七海へと向ける。 絶対零度の一撃は。 俺は約束したんだ。 「絶対勝つって――」 ジースが歯を食いしばる。 桃色の髪の少女に。あの小さな手に勝利を必ず持って帰ると。 「約束したんだよ!!!」 七海が受けるはずの一撃をその身に浴びたのはジースだった。 「絶対に」 膝が笑う。 その力は誰かを守る為にある。 この運命を得た瞬間から。 そしてあの日。一度は人の形をした怪物に成り果てた姉の手を引いたその瞬間から。 微かな迷いを振りきり、決断したあの時から。 「守る!」 「やりなさい、ヴィルヘルミナ!」 「ウるせぇ!!」 今一度戦場を光が覆う。ジースの身に降り注ぐトールハンマーの一撃。 「――お前らなんかに奪わ、せ、ね……ぇ……」 最早立ち上がる力はない。だがジースは確かに見ていた。 「言ったろ……」 七海の癒しにリベリスタが今一度奮い立つ姿を。 「絶対、守るって」 テレジアは再びリベリスタに猛攻を仕掛けようと試みるが、レンの放つ不吉のカードに引き剥がされ、力を発揮出来ていない。 「遅いっすよ、犬ッコロ。その剣、本物っすか?」 正直に言えば、ソコんトコにはスゲー興味がある。 フラウと打ち合う剣戟の、その魔力は本当に伝承の物なのだろうか。 凍りついたオティーリエの剣は鈍く、フラウを狙うに値しない。それでは宝の持ち腐れだ。 「Scheisse!」 「躾がなってないすね、ホント」 満足に動けていない証拠だが、なかかどうして倒しきることもままならない。 「逃がさねーすよ」 力尽きるまで遊ぶと決めているのだ。 一閃。しかし今度はフラウの剣が弾かれる。だが七海の放った呪いの弾丸は、凍りついた身体に楔のようにめり込み、オティーリエが解き放たれることを許していない。 これでは完全な磔だ。 「悪いが、長々とお前らに構ってる心算はねぇ」 裂帛の気合が炸裂する。猛に首を掴まれたヴィルヘルミナはナイフを取り出す――が、遅い。 「グッ、てめ――」 「さっさと倒れちまいなァ!」 三度。地に叩きつけられるヴィルヘルミナの首があらぬ方向に捻じ曲がる。彼女もここで終わりだ。 「んで、今度こそ一発……とか思ったっすけど」 フラウはオティーリエの一撃を身を捻り、かわす テレジアのばあさんに一撃加える心算だったが、目の前の切り裂き女は厄介な相手だ。 この役目を放棄する訳にはいかない。 だから―― 「うちの代わりに一発頼むっすよ」 メイ! 少女は指揮官の元へ、白銀の風――アルパカを駆る。 きっと強いのだろう。 届くだろうか。 テレジアの傲慢な微笑みが五月を射抜く。 されど―― 大丈夫、うちは負けない。メイも負けない。 今度も、勝ちに行くっすよ? そうだ。 君が居るから。 ――――オレは強くなれる! 裂帛の気合を篭めて。紫水晶の刃がテレジアに叩きつけられる。 腕がひしゃげ、すり抜けて、胸を縦一文字に切り裂く。 万事休す。 末女と共に、腕を捨ててテレジアは逃げた。 次女の死体を置き去りにして老婆達は逃げ去った。 その後姿は、最早軍人ではなく。 唯一人の哀れな―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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