● 戦争が好きだった。眉を顰められようと不謹慎と罵られようと、戦争が好きだった。 当時の彼には、他に何の躊躇も遠慮もなく殺し殺される場所が他になかったのだ。 倫理にも法律にも縛られず、命のやり取りができる場所が。 神秘の側に踏み込んで、戦争以外にそういった事ができると知っても尚好きだった。 数多くの者が熱に浮かされたかのように戦場に立つ、あの空気が大好きだった。 そして今も、大好きだ。 彼は戦争自体が引き起こした結果に思う事はない。 戦争への慕情を理解した過去に神秘を知らぬ伴侶とは別れ、一匹の狗となった。 後ろを振り返る。笑みを浮かべた男も、己と似た無表情で立つ男も、似たようなもの。 祖国の奪還。優良種の支配。それも大切だ。――戦争には、大儀が必要だろう。 問い掛ける。 「我々が求めるのは?」 「無情の殺戮」 「我々が求めるのは?」 「名誉の勝利」 「我々が求めるのは?」 「終わらぬ戦争!」 「宜しい。ならば敵はブチ殺せ。無様に敗北(しぬ)事だけは許さない。這いずってでも食い千切れ。死ぬ暇があれば一人でも多く殺せ。屑の始末で、アルトマイヤー少尉の手を煩わせるな」 「Jawohl! Sieg Heil Viktoria!」 Sieg Heil Viktoria. ただ、勝利を。 「……ねえ。楽しいわね?」 常の無表情に、ほんの僅かな笑みを乗せて――男は、笑った。 ● 「さて、もう詳細はお聞きでしょうか? 聞いているとしても、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが説明させて頂きますね」 いつも通りの薄い笑み。『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はモニターに地図を映し出した。長くアークにいる者ならば、何度見たかも分からない公園の見取り図だ。 「はい。三ツ池公園です。制圧してからここ暫く、親衛隊は『穴』の付近で革醒新兵器の強化などを行い続けています。これが危険だ、というのは言わずともお分かり頂けますよね」 時間を与えれば与える程、その脅威は増す。それに加えて、アークは他のバロックナイツ――『魔神王』キース・ソロモンからの期限を切った宣戦布告まで受けているのだ。悠長に使える時間はないに等しい。 「アークは多くの人員を抱えています。が、全員が全員優れた戦闘能力を持っている訳ではありません。結果として、多くの戦場を渡り歩ける優秀な方々にどうしても多くの部分を頼りがちになります。……前回親衛隊に突かれたのは、そこですね」 フィクサードと違い、アークが守るべきものは多い。そこに一斉に手を出されれば、必然的に人数や質は薄めざるを得ない――簡単に切り捨てる事のできない方舟の泣き所である。 「ですが、今回はその仕返しです。親衛隊は公園を得た事で、『守るもの』が二つに増えた。守るものが増えれば手が減るのはあちらも同じ。ぼくらが今回行うのは、『公園の奪還』と『本拠地への襲撃』となります」 正確に言えば、とギロチンは赤ペンを振った。 「公園の奪還は陽動です。公園で大作戦を展開し、奪い返しに来たと見せかけてその隙に本拠地を叩く」 こつん、隣に置かれた地図を、ペンが叩いた。 「七派や他との兼ね合いについては、時村室長が既に手を打ってくれたそうです。――『アークが倒れた場合、勝利した勢力にキース・ソロモンが喧嘩を売ってくる』……まあ、本当か嘘か相手には分からない以上、怖い状況ですよねえ」 動きの読めない『魔神王』の存在は、それだけで脅威と成り得る。交渉自体に多大なリスクは含むものの、これは十分な牽制となるだろう。 「そして、皆さんに向かって頂くのは地図の通り公園です。『陽動』だからと言って手を抜いて頂く必要は全くありません。――親衛隊の戦力は先の通り薄くなっている。叩いた成果次第では本当に『公園の奪還』も可能です」 薄い水色が、リベリスタを捕らえて笑った。 「場所は南門。ここにはベンヤミン・シュトルツェ率いる親衛隊の一団と、彼らの『兵器』が鎮座しています。なんかもう、丸鋸って聞いただけで嫌な感じしかしないんですが、まあご想像の通りです。当たれば凄く痛いと思います。痛いで済めばいいんですが」 映し出された装置を真似て描いたつもりなのか、資料の上に円盤を持った木のようなものが出現する。 それを塗りつぶしてから、ギロチンは首を振った。 「数は十三、兵器は五。……今この部屋にいる方の数では親衛隊の人数にも足りませんが、現地では更に十人が合流します」 公園の奪還と言う大作戦に、人数が少なければ怪しまれる。 合流する十人は、決して実力は高くない。それでも、決死の覚悟で志願したアークの同胞だ。 何人が、無事に戻ってくるか分からない。フォーチュナもそれは、理解しているのだろう。 けれど、方舟が有利を叩き付けるには今このタイミング以外にないのだ。 「親衛隊の狙いが兵器の拡散である以上、この結果如何によってはアークのみではなく世界全体の平和を脅かす事になりかねません。ですからどうか――勝利を」 言ってから、ああ、とギロチンは苦笑する。 「……この言い方は大袈裟ですね。ぼくは、皆さんが一つでも多く戦果をあげて、そして――一つでも傷が少なく帰ってくる事を、信じています。ね、ぼくは嘘吐きですけど、これは本当ですよ」 待って、いますから。 目が細められて、フォーチュナはそっと、頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月09日(金)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 金属が加速する甲高い音。木材の加工場にも似て、けれど彼らが切り倒すのは木に非ず。 夜戦を好むのは、高速で回転する刃の音が暗闇で恐怖を加速させるからか。南門に陣取った『四肢断裂』ベンヤミン・シュトルツェの率いる部隊は誰一人として明かりを持たず、辺りの光源も破壊する徹底振りだ。 けれど、そんなのはリベリスタにとっては作戦に織り込み済み。誰一人として光を欠かさず暗闇を見通す目を欠かさず、黒に蠢く男達と回転する刃を睨めて駆ける。 「Guten Abend!」 早く速く、そう駆けて。『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)はいい夜だね、と唱えて笑った。足裏が地面に付いた感覚もない様に、瞬間、姿を掻き消すと。目標は『Nachlaessigkeit』二体の間に立ったチェーンソーを構えた男。ぢぃんと刃と刃が触れ合って、火花が飛んだ。 「お墓に入るにはいい日じゃない?」 赤と青の一瞬の交差。大戦から消えぬ亡霊をそう笑い、哂い、終は戦争の犬に冴えて冷えた短剣を振り上げる。刻んで刻んで、氷の破片は形を捉えられぬ無数の刃となってベンヤミンの身を細かく裂いて張り付いた。 「思う存分涼んでね☆」 「そうね。立つ気力も失せる程に冷え切って頂戴」 八月の夜、冷気で白く凍った息を吐き出す男は確かに生きているのだろう。だが、その生き様は余りに違い過ぎた。大型のチェーンソーから繰り出される斬撃は、冗談の様な速さで終の体を抉り返す。ベンヤミンが続き加速を得たのを確認しながら、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)はその間を一息で跳んで打てる距離まで埋めた。敵の武器に走るのと似た雷光が、身を覆う。極めた速度で、今度こそ。 唸り、唸り。肉を断ち骨を砕く刃が上げる鬨の声。良い物を持っている、と『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は回転する刃に目を向けながら距離を詰めた。 「オレにくれないかね」 冗談のように口にしながらも進むは手が触れる程近くはなく、鮪斬と鎌形の刃が届く位置。地面を蹴って、敵である兵器の一つも蹴り飛ばして、サーキュラソーの背後にいる、ヴィクトールと思しき軽機関銃を構えた男へと緋色と蝋色の多角攻撃を加える。 「防御に自信のある方……私を守って頂けませんか?」 平時と変わらぬ微笑を浮かべながら、『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は、周囲から集めた魔力を身に張り巡らせながらそう囁いた。強く頷いた仲間のクロスイージスが、覇界闘士が、プロアデプトが彼女の前へと進み出る。アークでも指折りの癒しの力を持つ彼女の重要さは、この場の誰もが知っていた。この命に変えても、と硬い表情で告げる仲間に、シエルは微笑む。 「己が人事を尽くせば大丈夫です。皆様のお怪我は、只管私が癒してみせましょう……」 どんな場所でも、どんな戦場でも、自身の役割は変わらない。仲間が辛いならば、それ以上の回復を持って応えよう。微笑みの奥に決意を秘めて、シエルは目前の仲間達を見詰めて力を高める。 ベンヤミン、デュランダル、そして覇界闘士にクロスイージス一人。前衛のみを丸鋸が描く五角星形の足元に置いた布陣で、敵の後衛は守られているのが『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276) の目に見えた。義衛郎の攻撃を受けても、ヴィクトールは動かない。狙いを定める為の演算を行っているのだろう。癒し手二人が己に魔力を集め出し、レイザータクト二人が親衛隊全員の攻防を上げて行く。連携の取れた彼らは猪突猛進の自殺志願者ではない。だというのに戦争が好きだなんて、全くもって気が合わない。 「気にいらねーな」 唇の端を吊り上げて、片目を細め。震動破砕刀の柄を握ったまま、立ち上らせるは暗黒の瘴気。己の生命力を多少捧げたとして何だと言うのか。彼らが望む『終わらない戦争』なんてものを真実にして堪るものか。巻き込めるだけ巻き込もう。『絶対復讐システム』による強化を恐れるよりも殲滅速度を取った琥珀は、丸鋸諸共デュランダルと覇界闘士を闇に包んだ。 「フラッシュバンは仲間を巻き込まない様に厳重注意。インスタントチャージとかを使える人は、二、三回攻撃叩き込んだら後はそっちに集中して」 「はい!」 「オッケー!」 ちらりと背後に視線を向けて指示を飛ばした『0』氏名 姓(BNE002967)は、他の仲間と同様の位置に進み、魔導書を捲る男に向けて自らも閃光弾を投擲した。弾ける光。眩しい煌き。これで消える可愛げのある亡霊であればまだ良かったのに。 「死に損ないめ」 暗闇の目を眇めて呟いた。この時代に生命として存在しても、その思想は死んだ時代の妄想に過ぎない。理想と共に死ぬ事も叶わなかった哀れな者達。奪われ傷つけられた仇は必ず返してやろう。光に応えるようにホーリーメイガスが翼を授け、レイザータクトが皆の防御を押し上げた。 丸鋸は動かない。残像を浮かばせ回る刃は、この距離からでもリベリスタを捉え得る。だからこそ、『憤怒』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)はまずその間を全力で埋めねばならなかった。丸鋸に対して叩き込む一撃は決まっている。甲高い音を立てる兵器と、合間に見える戦闘服の男達。虎鐵は一瞬だけ両の目を見開いて、彼らを睨み付けた。 「よう、駄犬共。……テメェ等を殺しに来たぜ」 毛が逆立つ程の殺気を込めて、呟いた。彼の世界は巨大で手の届かない物ではない。家族を中心とした守るべきもの、それが虎鐵の世界で戦う理由。その一角を崩した彼らに、情けの一つも掛けてやる義理がなかった。 台座の下に隠されたローラーを使い丸鋸が位置を調整する。リベリスタも気を遣っていない訳ではなかったが、一台に付き二方向――単純に考えても十本の線全てを把握しきれる訳ではなかった。ちゅん。小鳥の短い囀りにも似た高い音と共に、射出されたサーキュラソーは風を裂いて襲い来る。 一枚は弾き飛ばし、また一枚はマトモに食らい。それでも『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)は笑みと共に距離を詰めた。ぞぶりと肉に刃が沈んだ感覚が消えない。流れる血は熱くて敵わない。けれど敵の得物が血塗れで、己の得物が新品だなんて有り得ない! 「丸鋸丸鋸チェーンソー。切って刻んでバラ撒いて」 軽やかに口ずさむ。都市伝説として跋扈する、少女の願いは街がなければ叶わない。この公園は、街の一部だ。彼女の支配すべき領域だ。亡霊にくれてやる余地はない。さあ取り戻せ。狂気と薄紙一枚を隔てた哄笑が、蹂躙された公園に響いた。 「やあ、こりゃ派手でいいねえ」 にい、とエーミールが笑って呟く。軽い口調と裏腹に、一コマの隙も逃さぬとばかりに向けられた鋭い視線と銃口はリベリスタから外れない。 チェーンソーが振り上げられた。己の指揮能力とオフェンサードクトリン、トップスピードの後押しを受けたベンヤミンは、この瞬間終の速度をも凌駕して――けれど、その刃より速く散ったのは、光の飛沫。青の瞳が瞬いた。それは無表情の男には珍しい、僅かな驚愕を含んだもの。同じいろを映した相手が、自分の前にいるのが信じられないかのように。 舞姫はただ一つの目で、男を見据えた。 「立ち塞がる者あれば、これを斬れ――戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫、いざ参る」 目的は、丸鋸の破壊と親衛隊の戦力を削る事。障害となるこの男は、自らが止めて見せよう。 青白い雷光を纏った少女に、男は笑う。今までで一番楽しげに。 「ごめんなさい。嘗めてたわ。――ベンヤミン・シュトルツェ。首も含めて四本全部、ブッ散らかしてあげましょう」 さあ始まりだ、長くて短い公園での戦争が! ● 血が飛ぶ血が飛ぶ内臓の欠片が跳ぶ皮膚ごと削り取られた髪が落ちる。 内部に替え刃を持った丸鋸の弾丸は、幾度も幾度もリベリスタを抉った。 「癒しの息吹よ……」 余りにも血腥い戦場の停滞した空気を拭って行くのは、シエルの呼ぶ清涼な風。彼女に攻撃は届いていない。けれどシエルの体にはべったりと血が染み付いている。彼女の代わりに身を以って進路を逸らした仲間の命の欠片。丸鋸の刃が直撃すれば、癒しをも拒む傷が刻まれた。風は半々の確率でそれを乗り越えて傷を塞いではいたけれど、それはやはり全てとはいかないのだ。 重ねてブレイクフィアーを放ったクロスイージスと入れ替わりにシエルを庇っていた覇界闘士が崩れ落ちる。フェイトを燃やす事も叶わず、彼は血の地に沈んだ。丸鋸の破壊は急務である。 幸いにも、親衛隊は兵器への攻撃集中を然程重要視していなかった。当然だ。武器はまた作れるのだから。敵がそちらに向かって、人員の被害が少ないのは喜ばしい事だ。だからこそ、攻撃が集中したのは――先日もベンヤミンと打ち合い、その厄介さを植え付けた終であった。 「潰しなさい」 ベンヤミンによる簡潔な指示よりも早く、ヴィクトールは銃口を終に向けている。並外れた行動の速さで連続して動きを止めようとしてくる彼に、親衛隊の攻撃が集中した。ホーリーメイガスの一人はフリーであった為に終の一撃で未だ動く事が叶わないが、もう一人はクロスイージスが完璧なる守りを以ってガードしている。 「みんなに涼んで欲しいだけなのになぁ」 クリミナルスタアの頭部を狙った一撃に、だらだらと血を流しながら終はそう肩を竦めた。何度切り刻んだだろう。ナイフを持つ自分の手すらも冷たく凍えて来たような気がする。でも、止めはしない。 「オレは戦争なんて好きじゃないからね☆」 世の中には、もっともっと楽しい事がいっぱいあるはずだ。『幸せな終わり』を夢見る終に、数多が傷付き涙する戦争なんか、必要ない。 そんな終の合間を縫って、義衛郎も時を刻んだ。幾度目か、凍り付く己の腕に忌々しげな表情をしたマグメイガスが彼を睨む。 「そんな顔したって怖くはないよ」 不利を通さぬ体とは言え、流れる血ばかりはどうしようもない。千年血戦に滲む血の痕が増えていき、重く冷たく義衛郎を苛んだ。だとしても、胸に秘める緑の石が彼に与えるのは守りよりも攻めの力。赤茶の瞳は柔らかに、けれど冷徹に『潰せる』相手を探って抉る。 「テメェ等はもう過去の遺物なんだよ」 高い金属の唸りとは違う、低い唸り。怒りを冷やして殺意へと変えた獣の鳴らす、死の宣告。不利を打ち消す破壊神の闘気は、丸鋸へと振り上げられた斬魔・獅子護兼久へと這い移り、金属の台座に大きく減り込む一撃と成った。 大きく後退して動きを止めた丸鋸の向こう、音に目線を向けた親衛隊の一人に、虎鐵は切っ先を向ける。 「そしてテメェ等は絶対に殺す。この刀でテメェ等犬共の喉を掻っ捌いてやるよ」 殺してやろう、犬共め。世界を奪った代償を、命一つで贖えると思うなよ。 「ミンチにしてやるってか、いい趣味してるぜ!」 ざくざくざくざく切り刻まれた。虎鐵が三台目の動きを止めたのを確認し、琥珀は貧血に眩む気分を味わいながら笑って見せる。飛び込んだ先で放つのは、掌で転がす魔法のダイス。溢れるように手から転がったそれが、空中を跳ねて覇界闘士を巻き込んで爆花を咲かせた。 閃光と爆発。 銃声と剣戟。 癒しと呪い。 熱気を全て飲み込んで、戦況は加速して目まぐるしく変わる。 ああ、一人落ちた。体力の少ないであろう魔術師にしては、持った事だ。或いはそれが、戦への執念だというのか。己と同じように閃光弾を構える相手に向けて、姓は先んじて投げ込んだ。 敵も味方も傷付いて、命を賭けて殺し合いゲーム。 それに満足を覚えるのか。それが何よりも好ましいというのか。――死に向かい、死に抗う事でしか、生きる事を実感できないのか。そうまでして生きて、何になるというのだろう。彼らの掲げる目標は、この時代にはいっそ滑稽でしかないのに。 「……少し哀れだね」 同情にもならない哀れみを、彼らは怒るのだろうか、鼻で笑うのだろうか。 問うたとして、返事はあるまい。 煙が上がっていた。 破壊した『Nachlaessigkeit』から立ち上る白いそれは、夜半の煙によく似ていた。 ● 光の交差する暗闇に青く白く燃えるのは、運命の灯火。 最早これまで。そう覚悟したのだろう。両腕を広げたヴィクトールが、仲間へと最期の援護を贈る。最後の最期まで、敵を殺す力を。敵を殺す力を持った仲間へ、殺す為の力を。 ごぽごぽと血を吐く彼に向け、虎鐵の顎が開かれた。突き立てた牙は深く鋭く、雷撃を帯びて男を打ち――腹の中身を全て地面にぶち撒ける。 伍長への手向けの如く、クリミナルスタアのギルティドライブが弾けた。その一撃によろめいて、けれど獣は止まらず牙を剥く。運命も、使えるものは何だって使ってやろう。 「テメェ等を殺すまでは地面を這ってでも戦ってやるよ……!」 少しずつ、傾いている。シエルの響かせる癒しは健在だ。その前に多くの体が横たわっていたとして、彼らは覚悟の上で彼女の事を守ったのだ。 血を飛ばして、チェーンソーが唸る。対する舞姫の金の髪は赤に泥み、黒い刃は妖しい滑りを帯びている。大丈夫などとはお世辞にも言えなかったが、それでも舞姫は凛とした口調を崩さない。放たれた肉裂シュトルム。ぞぶりと噛み付いた刃が、舞姫の腕を抉る。削る。握る手に力が篭らない。けれど。 「腕など何本でもくれてやる」 もう一本。以前にそう囁いた男に向けて、舞姫は黒曜を振り上げた。 例えこの手が刃を持つ事が叶わなくなっても、この顎には牙がある。 「腕を落として悦に入るならば、その高笑いする貴様の喉笛を喰い千切るまで」 やってみせろ。我が決意に違いはなし。同じように血に泥んだベンヤミンが笑う。 「残念ね。もっと汚かったら一緒に底で吼えてられたでしょうに」 決意は信念という手垢に、信仰という色に、情という曇りに容易く汚れる。赤錆に泥み、けれど輝きを失わぬ少女を見る男の目は、侮蔑でも羨望でもなく――ただ、眇められた。 次の瞬間、振り下ろされた別の輝きに、ベンヤミンの獣の耳と頬が深く抉られる。 もう一人。 ぎぢぢぢぢぢぢがぎぎぎぎぎ。振り上げられた金属が噛み合い喰らい合い、互いに引かぬ罵声を上げた。血に塗れた男の顔を見て、血に染まった少女は笑う。殺し合いをしようじゃないか、なあ、二刀のチェーンソー。 「大戦の時代は終わり今は飽食の現代社会。過去の亡霊は成仏し、夜の都市には都市伝説が蔓延るのデス」 戦争を望む亡霊なんて、もう飽きられた。気付いていないのは本人達だけ。肉斬リと骨断チ、少女が持つには余りに剣呑な一対の包丁。夜の都市に響くのは軍靴の足音? 違う、ひたひたと這い寄る都市伝説の足音だ。 「滅びてしまえ、化石達!」 化け物と呼ばれる領域に達した者だけが振るい得る、人外の一撃を振るった行方は告げて笑う。アハハハハハ! その高らかな笑いに見合う程、リベリスタの状況は良くない。ヴィクトールと前後して終は身を地に落とし、今、傷だらけのエーミールの放った死神の魔弾が、義衛郎を撃ち抜いた。 けれど、リベリスタは親衛隊全員を潰す必要はないのだ。兵器を破壊し、戦力を削げ。それが求められた目標だ。 琥珀が、狙いを定めた。 「受け取れよっ……!」 残り少ない命の欠片を、叩き込んでやる。全身を黒が這った。夜の闇に勝る黒が、琥珀の体から立ち上り、エーミールを含めた親衛隊へと叩き込まれる。 「っ、は」 兵長は、浮かべた笑みを崩さず、トリガーから指を離さず……Weissdornへと覆い被さるようにして、全身の力を抜いた。 Nachlaessigkeit、全損。立っている親衛隊は、ベンヤミンを含めて六名。 求められた結果は叩き出した。で、あれば。 「撤退するよ」 前方にいる仲間に声を掛け、姓はシエルの近くに倒れた仲間をとりあえず二人引っ掴んだ。行方と場所を変わりシエルの癒しを受けた舞姫は、未だ刀を納めずベンヤミンの前に立つ。 ばしゃばしゃと、血溜りが足元で弾けた。新たな血痕を服に増やしながら、リベリスタは退いて行く。 ぎいん、と音が鳴った。殿に立つ舞姫と、距離を詰めたベンヤミンの刃が噛み合った。 磁石の反発の如く離れた男は、撤退するリベリスタを眺め、目を細め己の片手を上げる。 追撃の合図ではない。これは。 「……一時後退。他部隊と合流、再編成の後にアルトマイヤー少尉の指示を仰ぐ。急げ!」 ベンヤミン・シュトルツェは戦闘狂。けれどそれ以前に、『親衛隊』であった。 与えられた痛手は大きく、深追いをして傷を広げるのは軍の利に叶わない。 それはリベリスタに幸運な選択であったのか、親衛隊にとって賢しい一手であったのか、今は分からないが――。 それでも、リベリスタが公園の一角を打ち崩した事は間違いなかった。 暗闇に、男達が消えて行く。 後に残ったのは、遠くの爆音と銃声と――散らした命の欠片だけ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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