●limit --:--:-- 音の濁流がそこにはあった。 埼玉県に存在する大田重工の所有する工場にはある種の緊張感が満ちていたと言っても過言ではない。 その一角、奥まった場所に存在する排水処理塔の更に裏手、『神秘エネルギー収集装置』を設置した施設で通信機は音を吐き出し続けていたのだ。 「――それで、状況はどうですか」 女の声は冷え切っていたと言えよう。通信機から流れ続ける濁流には普段はある筈の静けさはなかった。 音の濁流は次第に激しくなっていく。『この場所』が知れるのも近いだろう。 水音よりも大きな『戦闘』の音が施設を支配するに至っては、負けを認める様なものだ。 とん、とクリスティナの指先が魔術書の背表紙をなぞった。瞬く、その小さな瞬間だけ一瞬煌めいた様な気がする神秘の力を有する魔術書にクリスティナの形の良い唇がつり上がる。 彼女の近くで、魔術知識を有する親衛隊員の顔色が変わる。其れに構わず、女の手はしかと魔術書を抱き、何事も無かったように通信機へと向き直った。 「解ってますね、少尉。何としても食い止めねばいけません。我々の作戦は成功しなければならない」 その美貌を表す様な澄み切った声音に通信機の向こう側で息を飲む音がした。長い髪を揺らし、落ち着き払った女はただ一言、「お任せしました」と言い渡すのみだった。 ●limit 00:15:00 ざあ、と水の音が聞こえる。金髪を揺らした女は、通信機の向こうから聞こえた『上官』の声に緊張を浮かべながら副官を手招いた。 「解っておりますわね、今の中尉の言葉、聞き逃してはおりませんわね? 我々は『正義狂い』を中尉の元には進ませず、この広い工場敷地内で曹長や少佐殿が優位に戦い、勝利に至るまでのお手伝いをしなければなりません。 お分かりですわね? 解らないとは言わせませんわ。我々は『親衛隊』。優良種ですわ、ベルント」 告げる声に、頷く副官はゆっくりとその場所を後にする。 全力でその身を祖国に捧げ戦うブレーメや、彼等の上官たるリヒャルトが苦戦を強いられる事が無い様に、バックアップを行うのが彼等の仕事だ。 無事に補給路を確保する事こそ、大切になる。 かつん、とアスファルトを蹴ったルーナ・バウムヨハンは背を向ける。その向こう、千里眼を駆使した向こうから近付く『正義狂い(リベリスタ)』の姿を目にしたからであろう。 「我々は、負けてはならない。我々は『亡霊』。なれば劣等の生者には負けてはなりませんわ! ――陽動等に屈しては行けませんわ。勝ちに来る彼等を負けさせる。ソレこそが堪らない快感となる! 我々が少佐や曹長の支援は真っ当して見せますわ。――作戦開始ですわ! Sieg Heil!」 「「Sieg Heil!!」」 女の声にリベリスタが顔を上げる、機械達が一斉に踊り出る。 亡霊の号令の元、轟々と地を揺らす水音を掻き消す様に、機械達が動き始める。 まるで、それは生物の雄叫びの様に響き渡った。 「我々は、皆さま達を不利に陥れますわ。無事に帰れるだなんて思わない事ですわね。『正義狂い』! さあ、我々と皆様のプライドと信念を賭けた幸福論をぶつけあおうではないですか!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月11日(日)00:43 |
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●音の濁流Ⅰ どこから聞こえる音は排水処理塔が轟々と響かせる水音では無かった。 川が豪雨によって水嵩を増す様に、不安を煽るには十分な『音』の中、それでも余裕を崩さぬ侭に女は一人、形の良い唇を吊り上げ笑っている。 『時代遅れ』と称するに値する彼の亡国の軍服を纏い、怜悧な色を灯す瞳はそれでも冷たさを孕んだまま。 白手袋に包まれた細い指先が魔術書の背を撫でる。 ――始めましょう。 ただ、一言、囁く様に告げた女は通信機から聞こえる声に耳を傾けて『機』を待った。 ●limit --:--:00『トツニュウカイシ』 鳴り響く機械の音が脳を揺らす。広い敷地内、様々な施設に繋がる工場施設の道路にリベリスタ達は立っていた。 懸命に重ねられた車や自転車のバリケード。両手を組み合わせ南無と呟いた遊菜は「保険効くといいニャ」等とのんきな言葉を発していた。 ぐらぐらと揺らす機器の音の中、広げられる守護結界はこれから戦いに赴く仲間達を鼓舞するものだ。 「あの人達は、まだ戦争を続けてるんやね……」 ただ、何気なく一言を紡いだ宗助はパワースタッフを手に普段とは違った表情を見せる。 そう、戦争を始めるのは『大人』だ。ならば、戦争を終わらせるのって『大人』の仕事ではないか。彼の背後で緊張した様に体を揺らすクロアの姿を見るたびにそう実感するのだ。 「いこう。くーさまよわいのはよーくわかってるし、だから、皆で頑張らなくちゃ」 そうしなきゃ、勝てないから。出来る事なんてそんなにないと知っていた、けれど、『ムカツク』からには仕方が無い。 ――……勝たなくちゃ。 「……リベリスタ」 零された言葉はその道路――補給路を位置づけられた場所の後方から響いていた。時代遅れの軍服を纏った中年の男の指揮に飛び出してくる親衛隊の隊員達。 広い道路に広がって見せる彼等を目にし、宗助は守護結界を展開した。 その護りを受けながら、ひょっこりと顔を出した比翼子は両翼を広げて、赤い瞳を細めて笑う。そして、ドヤ顔でポーズ。 \黄色のサルだと思った? 残念! 金色のとりさんでした!/ 「暴れさせて貰うぜ、犬っころ共! いっくぞー!」 速さを纏い敵陣へと飛び込んだ。切り刻んで引っ掻き回して滅茶苦茶にしてやる。一秒でも長く、時間を稼いで稼いで、他の戦場への支援など遅らせはしない。 (黒ちゃん、倒れんなよ。助けには行けねーから! ……あたしだって余裕ないし、黒ちゃんも助けられたくもないでしょ?) 幻を孕むフェザーナイフが親衛隊を切り裂く中、比翼子に攻撃を仕掛けようと現れる親衛隊を切り裂く蹴撃が飛びこむ。 「くーさまにできることをする! なぐる、けちらす! 戦いぬくんだ!」 叫ぶように告げる『くーさま』ことクロアは長い金髪を揺らし、前線へと繰り出した。反射による傷は気には止めない。ちょっとでも攻撃して、倒し切らなくちゃ――負けたくないのだから! 「ニャー!!?こういう修羅場は苦手だニャッ!!」 慌てて放つ鴉。飛び交うソレは遊菜へと意識を向けさせるものだ。それを避ける親衛隊の視線は遊菜に向けられる。逆立つ毛を抑えて小太刀を握る掌に力を込める。 「おーい、兵士さん達、遊菜と遊ぶニャ!!!」 一気に攻め立てる様に効率的に動き出す親衛隊に、身体を引く遊菜の目の前へと比翼子がフェザーナイフを振り翳す。 黄色の鳥……失礼、金色の鳥の羽が散り、戦火の中に身を投じる彼女はちらり、と背後を振り仰ぐ。 彼女等を支援する様に唯、歌う宗助は障害物の影に隠れ、回復を与え続けた。前線で戦う比翼子が背筋を逸らせる。その場所に、振り翳された破滅的なオーラ。 影を纏った伊織はドレスの裾を持ち上げて、唇を釣り上げる。炎を想わせる両腕から羽根が小さく舞った。 「焔は世界を救済します。……なら、今こそが救済すべき時でしょう?」 炎を想わす真っ赤なドレスの裾を翻し、握りしめたブラックコード。影と踊るが如き動きに翻弄される親衛隊は彼女を傷つけんと刃を振るう。 目前に迫る刃があれど、伊織は何処か余裕を浮かべた様に唇を釣り上げる。それもその筈だ、その刃を遮る様に真っ直ぐに飛んだのはアルメリアの矢。 狙いは背後で指示を行うベルントであったが、其処までの射線は未だ通らない。反射的に喰らわされる攻撃を癒す手を借りながらアルメリアは金の瞳を細めて、照準を合わせた。 (ワタシ、この国のこととか、アークの事って結構気に入ってるのよね、だからあんまり滅茶苦茶にするような子には、お仕置きしちゃうんだから!) 「こんちゃーっす。地元への入り口塞ぎやがった御礼参りっすよ! 痛ぇのはさっさと帰って忘れちまうからアンタらはいい加減ぶち壊れるっす!」 轟々となり続ける機械の音に、ケイティーは目を細めて、フィンガーバットで狙い撃つその手を止める事はない。 『地元への入り口』――三ツ池公園にある閉じない穴付近を制圧する親衛隊にケイティーも苛立ちを隠せなかったのだろう。 「反撃でもなんでもかかってきやがれっす!」 爆発炎上なんて上等だ、全てテツクズになれば『唯のゴミ』でしかないのだから! くん、と鼻を鳴らした純鈴が魔力鉄甲に包まれた拳に力を込める。増えるであろう増援に気を配り、仲間達へと指示を送りながら、繰り出した一歩。雷撃を纏う武技が親衛隊の体を殴りつける。 菫色の瞳を細め、黒いスカートの裾を翻し、親衛隊の一撃を避けるが、その攻撃を避けきれぬまま純鈴の腕からは赤い血が流れ出す。 『生まれが違う、ソレだけのこと』だなんて言えるのは、この時代に生まれたからだから。 「皆と仲良くできる今が良い、そうあの子なら云うのだから……ッ」 幼馴染みの『あの子』の言葉を想う。譲れない。 「がんばってみんなをおたすけする、です!! みんながすっごいがんばってるです……だからミミミルノもいつものなんばいもなんじゅうばいもがんばるです!」 たどたどしく紡ぎながら、姉達の姿を見習って、翼の加護を仲間達に与えるミミミルノ。前線で戦う仲間達を鼓舞する事が自分の務めなのだから。 「ぜったいぜったい、まけない、です!」 「負けるのは気分が良くないわ……という事は勝たないとねぇ……。微力ながら全力を尽くさせて頂くわぁ」 優しく微笑んだミサはワルプルガの銀を握りしめ、夢を見る様な翠の瞳は前線で戦う仲間の姿を見詰めている。 ミミミルノの支援に合わさる様に重ねられるミサの癒し。厚い回復は仲間を喪わない為の『力』だった。 幻想纏いを通し、分担した癒しは前線で戦うリベリスタ達へと効率的な支援を与えられていた事だろう。首で揺れた十字のネックレス。 神を本気で信じてない、けれど、今は神のご加護を、どうか――。 「皆様にはまだまだ生きていて貰わないと困るもの。目的を達成して戦争にも勝って無事に帰りましょ」 「戦争、うん、そうだな。……久しぶりに顔を出してみれば、アークに暇という物は無いのだな」 撃ち込まれる弾丸にシスター服を翻す。狙われたミミミルノを庇うケイティー。その横から飛び出して、魔力銃を二丁手にした輪廻が体を反転させながら打ち抜いた。 「だが、面白い。私にできる事は限られているが全力を尽くさせて貰おう」 滑り込む。狩りは何時だって効率的でなければいけない。神の徒は悪魔を狩り尽くす。簡単に己の仲間――主の与えし命を喪う訳にはいかないのだから。 「主よ、我等を悪より救い給え。残酷なる我等の敵共を滅する力を貸し与え給え――Amen!」 全般を狙う等と言う器用な真似は出来ない、だからこそ、最大の力をそこで弾きだす。 弾丸は勢いを付けて、ベルント伍長の首飾りを狙う。リベリスタ達が戦うのに適さぬ空間を作るアーティファクト。 ――ソレこそが、諸悪の根源だ! 「その首飾り、貰ったっっ!!」 叫ぶように、蛇腹剣を振るったリーツェは痛みを堪えながらも真っ直ぐに捉える。回復支援を行っていたリーツェは前線に存在する『諸悪の根源』へと狙いを定めたのだ。 「当たれ、当てて見せる!」 その二つの『援護』に罅が入った首飾りにベルントは一手、困惑を浮かべ、背後を振り返る。 グレードソードを握りしめたアルモニカが前線へと飛び出す。親衛隊の体を切り裂く様に振るった一撃は男の体を吹き飛ばす。この場所で勝利を収めるソレこそが他の戦場を助ける事になるのだから。 『正義狂い』だと罵る声が何処からか聞こえた気がする。正義に狂っていると言うならば、それを見せつけてやればいい。 誰かを傷つける相手には自分の正義を信じて、その剣を振るえ! 自分の正義を信じて、死んでも、負けたくないのだから――! 緊張を浮かべた侭、彼女の見据えるのは通路の向こう音の濁流を鳴らし続ける排水処理塔だった。 「正義狂いで結構! 私は正義を貫いて見せる!」 ●limit --:01:00 『ハンゲキ』 下らない過去の亡霊も英雄も言い尽くされた言葉だ。兵器を使った戦争も好みではない。 「墓穴が浅すぎたならもう一度葬ってやろう。今度の墓穴は深いぞ?」 フェザーダガーを手に闇を纏いながら黒羽は前線に飛び込んだ、何処かでドヤ顔を決めている『姉』の支援も必要とせず、黒き瘴気をぶつける黒羽がミミミルノの渡す翼の加護を得て飛びあがる。 背後では「私は翼を得たぞおおお」と比翼子が叫んでいる事だろうが、黒羽は気にとめない。 そうだ、決めたのだ。 「私はこんな奴等、雑魚扱いできるようにならなければいけないんだ……膝をついている暇なんてないっ」 戦う相手が『人間』だと気付いた時、手が震える様な気がした。けれど、戸惑う訳にはいかない。 ――ここは、通しはしないのだから。 「箱舟の共は強く勇敢です。妄執で心濁れど強靭なる鋼の亡霊さん達、あてんしょん・ぷりーず?」 ふわり、と優しい笑みを浮かべたイメンティは初陣に恐れを抱きながらショートボウを握りしめる。 彼女にとってこの地は『異界』だ。箱の様なこの場所は暗き場所なのか。『箱舟の共』の様な勇敢さも、『鋼の亡霊』の様な強靭さもイメンティは自分にはないと知っていた。 荒野を駆けた『兄弟』の勇気があるならば、痛くとも攻撃を与えられる。集中の果て、連れるフィアキィが周囲をくるりと巡る。 「倒す事が出来ずとも、足は止められるとです。痛み等気にせぬです。しゅーと!」 冷気を纏うソレが親衛隊の足を止めた所へと、カルベロの思考の奔流が親衛隊を押し返す。 「生憎私は空っぽなのでね。心を読むのは嫌われる。それ相応のリスクがあるのは判っている」 その為に狙われると言うならば囮になればいい。作戦が分かれば自身が手にした幻想纏いから仲間達へと情報を伝えていく。 親衛隊の攻撃とてリベリスタを傷つけるには容易い。投げ込まれたフラッシュバン。動きを止めた所へ、塔矢が煙草を燻らせブレイクフィアーを掛け続ける。 「正義狂いか、それで結構。正義を気取って何がわりい、腐った亡霊なんぞに負ける気はしねぇしな?」 後衛気味、出来うる限りをと与えたソレに反撃を加える様に親衛隊は前線のリベリスタの体を切り裂いていく。 リベリスタ達が気にしていたベルントの所有する『デモーニッシュ』というアーティファクトが壊れた以上、戦いを苛むものは何もない。 本領発揮だとアルメリアの弾丸が降り注ぎ、黒羽の黒き瘴気が包み込む。 壊れたアーティファクトに気を止めず指示を繰り出すベルントの姿。その彼の上官であるルーナ・バウムヨハン少尉の口癖である『正義狂い』にはリベリスタも思う所があったのだろう。前線で傷を負い、気の強そうな翠の瞳を細めた彩音は牙を覗かせて小さく笑う。 「ねえ、貴方の上司? あのルーナっていうの正義狂い正義狂いってうるさいわね」 「まだ猿では無く『人』と認めてもらえているだけ有りがたく思うんだな、劣等」 嘲る様に吐き出したベルントが生み出す真空刃に傷つけられ、赤い血が滴り落ちる。雷撃を纏った武技で殴りつけ、くすくすと彩音は笑みを浮かべた。 「さぁ、かかってらっしゃい。あなたたちの下らない誇り、その貧相な体ごと噛み切ってあげるわよ」 「貧そ……ッ」 前線で戦う彩音を狙う切っ先、彼女が地面を蹴りふわりと浮きあがったのは楽の与えた翼の加護があったからだろう。 ワンドで地面をたたき、周辺の仲間達へと癒しを与え続けるだけでは無く、消費の激しい回復手へと力を配り続ける楽は小さく笑う。 「軍人さんの前でステージなど初めてですが、さて、どうなることやら。 ――では、本日も始めましょうか。今の私にできる最高のステージを!」 「大戦の亡霊、世に聞こえる『兵士』の軍団か。確かに私もあまりに知らぬ相手ではあるな」 冥界の女王を握りしめる手に力を込める。古い亡霊よりも遥かに古い騎士道を尊ぶ惟は突出せぬ様に夜の畏怖で親衛隊を包み込む、目の前のソードミラージュの刃が光りの飛沫を纏い惟の体を傷つける。 一歩後ずさり、楽の与える回復で持ち直したように惟は洸鏡盾鞘エーオ・フォレースで刃を受け止めて、茫とした茶の瞳に色を灯した。 「時を経ても変わらないものは確かにある。これも、これの騎士道に則り三度の大戦など起こさせないと誓おう」 彼女を支援する様に『奇跡』を起こす。奇術師は手にしたカードを選びながら仮面の向こうで緩く笑った。リベリスタをしている理由が『笑顔』にする為ならば、此処で諦めるのはマジシャンの仕事じゃない。 「さあ、笑顔にする為です――お客様の笑顔は何よりも大切ですから!」 「人材は宝、仲間は戦友、運命に愛されてる奴は大切にしないとな」 頷き、手にしたブラックコードが鞭打った。アークのピンチに駆け付けた百景は肩を竦め鋭い眼光を細めて笑う。 「日本、ひいては世界がピンチってことなのかねぇ? 軍人さん、其方の目的は?」 「第三次世界大戦を起こす事、ただ其れだけだ。亡国の野望を果たす為に!」 叫ぶように百景に被さる影を彼は避け、暗視ゴーグルの向こうで傘ぶる影に笑う。一歩、踏み出してブラックコードがひゅ、と音を立てる。 一歩、二歩。踊る様なステップは一気に彼等を切り刻む。ダンシングリッパー。『死神の鎌』は断罪する様に振り翳された。 「おっと、凄いね! あーしにできる事だって限られてるんよねっ。ならその限られた出来事を必死にやるしかないやん!」 望むはにひひと笑いを浮かべ、にゃんこグローブ(防御型)で親衛隊の矢を受け止める。しなやかな猫の体を逸らし、気まぐれな少女は楽しげに笑いだす。 影を纏ったまま、踊る様に突き出すにゃんこグローブ(攻撃型)が親衛隊に刻む死の刻印。 「っ、出来る事が限られて立って、気持ちやっ! まずは絶対負けない気持ちがいっちゃん大事やっ!」 「戦わずして負けるより、やりたいことやって負けたい。っじゃなくて、勝ちたいよなっ」 明るい水色の髪を掻き揚げて小さく笑ったなるとがショートボウを構える。望の攻撃でふらついた親衛隊の足を狙った其れは彼の出来る最大の援護射撃だ。 「こんな僕でも役立てるかなっと思って来てみたワケ。実際負けたら大変な世の中になるんだろ?」 怖い怖いと肩を竦め、増援として送られてくるフィクサードに狙いを付けて放つスターライトシュート。幾重にも重なる星々が貫く様に翻弄していく。 反撃を重ねる親衛隊の男の切っ先が届く前、滑り込んだ望は希望に満ち溢れた瞳で優しく微笑む。 「あーしには見えてる、みんなとあげる祝杯がっ! だから、あーしはまだ頑張れるっ……戦えるっ!」 前を向き、前線に飛び込んで。望の尻尾が揺れ動きそのグローブを振り被った。支援を行う様に、周辺に巻き起こる雷。グリモアールを滑る指先は頁を捲くり、虚ろにも思える黒い瞳を細めて七海は唇を釣り上げる。 「卑怯な陽動を用い私達の住む世界に浸蝕し、好き勝手に立ち振る舞う。その傍若無人さは許せませんわ」 のんびりとした口調で告げる七海は負けるわけにはいかないと虚ろな瞳に似合わぬ戦意を浮かべていた。 自分が弱いと七海はそう知っていた。だが、その力が集まれば何よりも強い脅威になるのだから。 「踊りましょう? この雷撃を受けて。私の命が燃え尽きるまで。世界が終焉を迎えるその日まで」 奏で続ければ良い。その踊り続ければ良い。空から降り注ぐ雷撃はまるで七海の怒りが如く。雷撃の下を掻い潜り抜けてくる親衛隊に向けて己の痛みを武器に攻撃を繰り出す武后はモノクルの向こうで目を細める。 「優良だの劣等だの、正義狂いだの詰まらない。唯、あるのは生きるか死ぬか、勝つか負けるかだ。 いや、どの様に勝つか、その美しさだよ。私の美学に則り、遣って行こうじゃないか」 美学に反する行為などしたくはない。自らの痛みを力とするダークナイト。その攻撃すらも『美しさ』であるのだから。 一つ結びの髪を揺らし、武后が握りしめたリボルバー。其処から発されるおぞましき呪いを振り払い、親衛隊の四色の輝きが彼を狙い撃つ。劈く痛みをも力に変えて、ただ、勝利と言う美学が為に。 「自らの痛みを力とする。美しいじゃないか、そう言うのは好きなんだよ、私は!」 「『変人揃い』とはよく言ったものだな、アーク!」 その言葉に謂われてるぜと言わんばかりに笑ったトリストラム。ヘビーボウを握る手に力を込め、傍らの相棒の見やる。 決戦だ。相手に不足はない。己が胸にある【鉄心】に揺らぎはない。決意だけは、此処に固く――! 決戦と言う言葉に胸を滾らせたジェラルドが切れ長の金の瞳に決意を燃やし魔力槍を握りしめては体を揺らす。 「相棒も生き生きしたもんだ。駆け抜けるとしようかね、この戦場を!」 「ああ! さて、準備は良いか? 理不尽に抗う時間がやってきたぞ?」 己と共にこの戦場を『駆け抜ける』仲間を鼓舞する様に言葉を発するトリストラムに青年は緊張した様にブロードソードを握りしめる。 「……初の決戦、緊張しますが。皆さんとなら、きっと乗り越えられる、そう信じてますよ」 シーザーのぎこちない笑みとトリストラムの熱い意志を受け、肩を竦めるクラッドはブラックコードを握りしめ、悪態を吐く。バトルマニアで有りながら、『英雄』に興味のない彼は自信を悪鬼へと高める舞台に高揚を隠せないのであろう。 「やれやれ、随分とやる気がありますね。……英雄にでもなりたいのですか」 嘆息気味な言葉にも、緩く微笑んだセフィリアは頷き、黒いドレスを揺らす。緊張を浮かべるシーザーの横をすり抜けて、整ったかんばせに甘い笑みを浮かべた彼女は銀髪を揺らし速さを纏う。 「えぇ、私は何時だって準備は完了してますわ。皆さん、大変いい顔をしておられますね」 くす、と唇を歪めた彼女の胸には恐れはない。ただ、望む未来が為に。実力は劣っても心意気だけは誰にも負けはしない。 「……こういう時は全力を出しませんと叱られてしまいそうですしね。全力で、この剣を振るわせて頂きましょう!」 「いいか? 私はただ、戦い、壊す。英雄などには興味はないぞ。『俺』は只……悪鬼であればそれでいい!」 頬を掻きクラッドはセフィリアに続く。集中を重ね、ブラックコードが音を立てる。血を吸う様に振り翳される其れは、ステップを踏み、親衛隊の中を切りこんだ。 「それでは始めよう、俺達だけの物語を!」 前線を指す様に、示すトリストラムの号令に肩を竦めて愁哉は仲間達を支援する結界を張り固める。正義も悪も何もない。己が正直に思うがままに進めばいい。 「はいはい、俺らは俺らなりに遣る事をすればいい、でおっけ?」 闘うべきなら即参上だ。自分たちの戦いを此処で示せばいいのだから! ●音の濁流Ⅱ 『排水処理塔、ルーナですわ。クリスティナ中尉。 現状、工場内各地で様々な交戦が見受けられますの! 製造機点、工場近くではヨーゼフ曹長が交戦中とのこと! なお、製造工場の内部ではルートガー軍曹やテレジア少尉が交戦中! どの場所も大忙しですわねっ』 ゲームを楽しむかのような女の声が響き渡る。己に近付く戦闘の気配に高揚した気持ちを隠さぬままルーナは中尉と呼び続ける。 轟々と鳴り響く水音に「それで」と小さく、落ち着き払った声を発したクリスティナは『恋する乙女』の様に色めく女の言葉を遮った。 「少佐と曹長はどうですか? ルーナ少尉。状況は」 『ええ、ブレーメ曹長は全力で戦ってらっしゃいますわ、中尉。其方にもリベリスタが多数。正門裏門共に戦闘を余儀なくされておりますの。 また、事務所や管理棟付近では少佐とその部隊が戦闘中ですわ、戦況は――』 「我々は勝ちます。戦況は聞かずとも」 勝ちます、とそう告げた女の瞳に宿されたのは常とは何処か違う狂気すらも孕む気配であった。 ●limit 00:10:00 『セントウコウセイ』 降り注ぐ氷の雨の下、長い金髪を揺らし、スカートを揺らし魔的な存在を体内に取り込みながら不安を浮かべ続けていた。 「以前戦った時は、死者の群れでしたが……今回は、皆さんと同じ人が相手ですのね。やはり、争いは何処の世界でも絶えないものなのですか」 異界から訪れたセレーネのいう『死者の群れ』は彼女がこの世界に訪れて間も無くの出来事だ。 今、目の前で刃を振るい攻勢に転じる軍人――セレーネとは違う存在であり、彼女の仲間達と同じ『人』達の争いに彼女は何処か憂う様に息を吐く。 「止まっては居られない……」 闘う意思を強く持つセレーネを見詰め、『抗い、護る』と決めた何時か友に誓った約束を想い出す。此処で緊張して、足を止めそうになるだなんて、なんて情けない事か。 この場所で、補給路を食いとめようと何としてもと立ち向かう彼等は自分とは実力に大差が無い。それでも、胸を張って前を向き、この状況に立ち向かう。 ――負けてなどいられないではないか! 「そう簡単に、此処からは先は通しません!」 剣にぶつかる攻撃を受け流し、破れるドレスの裾にも気を止めず、セフィリアは体を逸らせる。降り続けるトリストラムの焔の矢。掻い潜る様に走るジェラルドが楽しげにくつくつと笑いだす。 「良い手応えだ。悪くないね。あちらさんも流石に遣るね?」 ひゅう、と息を漏らし、投げ落とす槍は弾丸の様に降り注ぐ。蜂の巣を作り出す様に耐えずその体へと向けられる槍を避けながら、親衛隊の刃がジェラルドへと降り注ぐ。 その攻撃に、吹き飛ばされる体を堪える様に足へと力を込めた。彼と入れ替わる様に、前線に躍り出たクラッドがその銀の双眸に殺意を込めて笑いだす。 「弱い人間にも、弱い人間なりの矜持がありましてね。少しでも良い所を見せておかないと気が済まないんですよ」 冗談の様に告げるクラッドの瞳が眼鏡の奥で煌めいた。別に喝采も名誉も欲しくない。この場の勝利が必要なのだ。 戦え、戦え、己の命ある限り。『退屈』など、要らぬのだから! 「……言っただろう? 此処は通さないって。私は甘くも優しくも無いんだ」 「黒ちゃん、行け! 止まるな!」 前線に躍り出る姉妹。姉は金色の羽根を散らしながらその速度を武器に、妹は葬る事を考え深き闇を放ちだす。黒羽と比翼子の頭上を通り抜けた輪廻の弾丸が散らばり続ける。 チェーンソーを振り翳す親衛隊の体を避け、一歩、踏み込んだジェラルドが一気に槍で敵を穿つ。 「第三次世界大戦ってのは御免蒙るが、アークと親衛隊の全面戦争、こっちはどこまでも付き合うぜ?」 告げるジェラルドの声に笑いだすベルント。排水処理塔内部から送られる増援の足を止める様にセレーネの氷精が舞い踊る 「そちらが此方の動きを止めてくるのなら、此方も其れに対抗させて頂きます」 振るえる指先にセレーネは力を込める。彼女はもう勇気を知っていた。決して勝てない相手じゃない。勇気も無く、淘汰されるだけだったバイデン達とのあの荒野の戦いと比べるならば、勇気ある今、この程度の戦いに恐れ慄く筈が無い! 「倒れない限りは、俺が回復してやる……! だから、耐えろ! 諦めるな! 諦めんじゃねぇ!」 吼える様に告げる愁哉の声に『攻勢』を強めるリベリスタ。両者の力の拮抗が其処にはある。数の多い親衛隊達へと降り注ぐ氷と焔の雨。雷をも交え、親衛隊を穿つ中、戦意を失うことなく仲間を励まし続けるトリストラムがくつくつと咽喉で笑う。 「狙いは外さない……いや、外せないと言った方が正しいか。だが、このプレッシャー悪くない!」 補給路となるこの場所で負けるわけにはいかない。煌めく一筋の星を想わせる矢が飛んでいく。 負けてなんてやれるかよ――! 周辺の下官達が次々に倒れていく中、指示を繰り出し続けるベルントの手が振り翳される。 「終いを見極められないとは『指揮官』としては下等ではないか」 嘲るような輪廻の声に、ベルントが投擲したフラッシュバン。その間を掻い潜る様に前線に飛び込んだのは惟の刃だった。 夜の帳を落とす様に、黒き闇の畏怖が男の体を包み込む。首を垂れ、最後の力を振り絞り通信機へと語りかける男の手が、落ちて行く。 誓った――三度目の対戦など何もない。 「ッ、ルーナ少尉、ご武運を……!」 ザザッ―― 通信機を通して、女がけたけたと笑い始める。この戦場で戦い続けたリベリスタが送りだした彼等の戦闘が『排水処理塔』の中でも起こっていたのだ。 ●limit 01:00:00『コウショウプリマドンナ』 排水処理塔と言うには余りに『違和感』を感じる空間であった。轟々と鳴り響く水の音に耳を傾けながら金髪の女は一歩踏み出した。 「『正義狂い』の皆様ではありませんか! どうぞ、寛いでくださいましね! わたくし、ルーナ・バウムヨハンがおもてなしして差し上げますわ!」 銃剣が放つ弾丸に続き、姿を現す『自動走行型ロボット』に十七名のリベリスタ達は翻弄されていた。黒き瘴気がロボットや襲い来る親衛隊を包み込み、握りしめた斬馬刀に力を込めて、床を蹴る。 「劣等劣等ウルセー連中だな、ホントによ! 良いぜ、だったらどっちが上かハッキリさせてやろうじゃねーかっ!」 吼える様に告げた霧也の隣、ゴーグルをかけ、獣牙甲テリオンを嵌めたグレイスがくつくつと笑いながら早さを武器に飛び込んだ。 「こんな島国でこそこそと! 狂人に狂人呼ばわりされるとは思わなかったな、寝言はあの世で云え!」 叫ぶようにグレイスは、身体を捻り澱み無き連続攻撃を与えて行く。瞬時、身体を捻った親衛隊に傷つけられグレイスの額から血が流れ出す。付けるゴーグルに罅が入り、身体を瞬時に反転させた。 「You are going down!」 「――遣られてやるかよ!」 攻め立てる親衛隊に傷つけられるグレイスを支援する萵苣の指先が電子グリモアを滑りだす。珍しいタブレット形式の魔術書で選びだすアプリ(スキル)は勿論、彼女の得意とする回復メインだ。 「指揮を振るう者が居るか、居ないか。多少差が出てしまうかもしれません。なら、個の力を振るえばいい」 将棋にして王の位置。しっかりとその場に立った萵苣の周りでヒキコーモリが飛び回り続ける。ストローを加えたまま、唇を釣り上げて、萵苣が繰り出す神の恵みは前線のリベリスタ達を確かに支え続けていた。 「僕が出来るのはこの力を存分に振るえるお手伝いです。正義が狂って見えるのは何か苦渋でも飲まされたのですかね?」 「わたくし達が長年、地に潜り味わった苦渋――その八つ当たりとでも申しましょうか? 『正義狂い』!」 背後、指示を送りながらも感情に揺さぶられ易いルーナが笑い声を上げる。さも興味なさげな萵苣の癒しを受けて口を使い肩口に引っかけたショートボウを引いたエレーナは襲い来るロボットをその矢で撃ち落とす。 「余生は人にあらず。鬼となって人を守ろう。過去の亡霊、災厄共め! 人から奪い蹂躙する等人とは認めぬぞ!」 叫ぶ様に告げるエレーナは失った片腕を気に止めることなく器用に使う。己が過ごした長きを感じさせぬ外見、覇気を感じさせるには足りぬ己の実力に彼女は唇をかみしめた。 「この身は盾よ、世界を奪われぬ為ならばこの身位幾らでも削ろう!」 その決意を受けて、気合いを浮かべたソウルは葉巻タバコを吹かせパイルバンカーへと視線を送る。 その齢よりも十分に若く見えるエレーナや、必死に支援を行う萵苣の様な『若造』が頑張って己がでないとは何たることか! 「こういう時に、俺が動かなきゃあな。まったく、俺の様なロートルが出なきゃならないなんてよ」 前線に飛び出す冬弥の体を食いとめる神秘の閃光弾。その災いを打ち払う様に幾度も支援を送るソウルは前線で戦う『若造』へと豪快に笑い言葉を投げかけた。 「さっさと行け、若造! 俺が此処で立っててやるから!」 「……一人でも多く、この場で倒していかねば! 今戦わずして、何の意味があるものかッ」 震えが浮かぶ。魔力のナイフを握りしめるその手が小さく震えた。己は新参の新参で、先達に遠く及ばない未熟な身なのだ。 ――ここで立ち止まる? 何を馬鹿な事を言うのか。『今』を打ち払う為に欲しいと願ってきた力なのだから。前線の親衛隊の体を切り裂いて、その攻撃を盾で受けとめながら冬弥は両の足に力を込める。 「願った力を、今ここで、顕現させる!」 その意気や良し。からからと笑ったソウルは前線に出て、目の前で『深窓の令嬢』が窓から街を見詰める様な優しげな瞳の女へと視線を送る。 「しっかし、『正義狂い』なんつってもよぉ、てめえにも『正義』があるから、其処に立ってるんじゃねえのかよ、ルーナのお嬢ちゃん」 「……正義? そんな『優しい言葉』なんて、わたくしには必要ありませんわっ!」 降り注ぐルーナの弾丸が、ソウルを貫く。瞬間に萵苣を庇ったエレーナが唇を釣り上げて、戦場を見据えた。 「運命分も使えば、二度も仲間を庇える。余生としては十分じゃな。攻め込むぞ!」 「ふふふふふ、良い、良い、痛みではないですか! 素敵、私への新しい痛みが沢山ですね!」 恍惚とした笑みを浮かべ、魔力剣を振り翳す優衣が己に齎される痛みに『好戦的』な顔をの覗かせて笑い続ける。 好戦的な『顔』を覗かせて、黒き瘴気を与えながら笑みを浮かべ続ける優衣の長い髪を矢が攫って行く。 「ああ! もっともっと痛みを下さい、お礼に貴方達にも痛みをあげますから! うふふふふ」 幸せを浮かべた様に、黒き闇が親衛隊を包み込む。「狂人め」と吐き捨てる親衛隊になど優衣は構っていられなかった。 己の身を削り攻撃を行う深淵騎士(ダークナイト)。その性質を浮き彫りにした様な優衣は痛みに快感を覚え、背筋を走る快楽に笑みを浮かべずには居られなかったのだ。 刃は更なる痛みを求める様に振り翳される。黒き瘴気はロボットごと親衛隊員を包み込むが、それを突破したロボットたちが琢磨の元へと滑りこむ。 ラージシールドを構え、受け流しながら、「アガたん」と脳内に呼び掛けた。ふくよかな体躯をぴっちりとしたTシャツに包んだ琢磨が呼び掛けるのは所謂『脳内嫁』のアガタだ。 「ぼくみたいな奴は確かに劣等の豚かもしれないっすけど……!」 『うん、家畜レベルだね』 さらっと脳内で酷い言葉を吐き出す脳内嫁に「酷いっす」と落ち掛ける肩をしっかりとさせたのもまた脳内嫁だ。 『でもね、優秀だからって人を見下す奴等なんかよりマシだと思うの。あいつら家畜以下だもん』 ぷう、と頬を膨らませた嫁の姿が浮かぶ。腰で揺れる懐中電灯。呼びで用意したソレはもしもの為の支えだ。仲間達を苛むものから解き放ち、眼鏡の奥で琢磨の瞳がキラリと光る。 「アガたんが応援してくれるなら! 僕は頑張るぞ!」 『うん、頑張って! お兄ちゃん!』 両の足でしっかりと地面を踏みしめる琢磨に親衛隊の女が一歩引く。何故だろうか、オタクと言う物の底力は恐ろしい。 「な、何をブツブツ言ってんのよ!」 「僕とアガたんの『ラブストーリー』にケチ付けるんじゃないっすよ!」 親衛隊の放った死の爆弾が炸裂する傍をすり抜ける様に少女が走る。小さな体躯のユーナがグリモアールに指を滑らせ、前線に飛び込んだ。 「ちょっと、結名、誰が盾よっ!?」 「ゆいな、難しい事分かんないけど、頑張って! メグさん、ユーナ!」 応援する様に魔力盾を握りしめ、前線に飛び出すマーガレットを支援する結名はぎゅ、とナイフを握りしめる。 小さな彼女等の【月下の結び】はこの戦場で闘い抜くと言う契りだ。怜悧な瞳を細めて、防御用マントを揺らした彩香が前線に飛び出す二人の目の前にいる親衛隊の足を狙い撃つ。 「……正義なんてのは個人の主観で幾らでも変わる。議論の主題には適さないな」 虚言や挑発。全て何でも使う。知りたいと耳を傾けるが、彼女に今、それに適する能力が無い事に、知識に貪欲な彩香は歯噛みするしかない。 「一つの意見。別にどちらが正義かなんてボクには興味ないけれど、亡霊は亡霊らしく墓に戻りなね」 ローズワイヤーがひゅん、と音を鳴らす。踊る様に繰り出す一歩。沢山の攻撃を得ながらもマーガレットの愛称である「メグ」を呼びながら結名は祈る様に回復を繰り出した。 「ああ、もうっ! 私だってメグっちに負けないんだから! 頼まれなくったってガンガンいくわ!」 前線に普段ならば出ないであろうユーナも立ち止まっては居られない。四色の光が狙い撃ち、傷つけるソレを避ける様に彩香が声を張る。 「そっちです、ユーナ」 「任せて! ああ、私あまり頭良くないからピンとこないんだけど、今回に関してはやられたからやり返す! これに限る!」 キリッと、大きな青い瞳で真っ直ぐに見据えたユーナに結名が小さく笑みを漏らす。後衛にいる結名を狙う攻撃に、彼女が放ったのは神秘の閃光。 燃やし尽くす其れに目を覆った親衛隊の目の前へとマーガレットが滑り込み、自慢のワイヤーを振るった。 「ふむ、戦争か。私の様な未熟者の手まで必要まで必要とはな。それ程の大勝負……いや、戦争か」 大業物を握りしめ、気合を入れたミストラルの黒き瘴気が親衛隊を包み込む。飛び交うロボットが放つ弾丸が頬を掠め流れる血を拭いながら、彼女は地面を蹴って再度、生命力を変換する黒き瘴気を繰り出した。 前線へと――ルーナや親衛隊の頭上を飛び越えて、その奥に併設された『神秘エネルギー装置実験施設』へと向かう『英雄』を送りだすと、その場に立っていた。 自分はヒーローに非ず。自分は何であるか。それは、自分がよく分かっている。 「私は彼等の支えとなるのみ! お前達の相手は私だ。彼等の邪魔はさせんよ!」 劈く様な濁流の中。黒き瘴気と行き来する弾丸。そして音波の波が、轟々と鳴り続ける。 水音で頭が混ぜ込まれてしまう感覚の中、怯える様にふるふると小さな耳を揺らしたメーコが「やん」と小さく声をあげて物影へと隠れる。 「何度体験しても、こういう場所は怖いわっ。だ、だって、わたしはただのパン屋さんなんだもの」 ふるふると震えながら、彼女の指はゆっくりと楽器を掻きならす。三高平に誰かが帰ってこない事は怖いから。何でも良い、皆が返ってきてくれます様にとそう祈って。 「だから、どんなに怖くても歌い続けて見せるわ! どうか、皆帰ってきて……!」 いやよ、いやよと首を振り、誰一人だって、黄泉の路には攫わせない。負けやしない。 メーコの癒しに重ねられる響の癒し。歳を感じさせぬ若々しい外見を得た彼は首から下げたアクセサリーを揺らし、後衛で陣取った。 「まだ微力ではありますが、皆さんの支えになれるなら幸いです。精一杯己の役目を勤めさせて頂きましょう!」 叫ぶように告げる響に頷いて、冬彦も仲間達へと支援を送る。翼の加護を得て、ふらつくグレイスの体を受け止めた。 「戦える奴が減ったらきついだろ? 後ろで回復して貰うんだ」 前線で繰り広げるチェイスカッター。真空の刃をすり抜ける様に弾丸が襲い来る。ハニーコムガトリング。その弾丸を避けながら、冬彦が見据えたのは指揮官の女だ。その外見は戦場には似合わない。その言葉は、戦場に聞くには何と陳腐であるか! 「正義狂い、な、お前らの方がよっぽどだ、っつーの! 闘うの好きじゃないんだがね。相手をしてやるよ!」 ルーナ・バウムヨハンまで攻撃は少ししか届かない。ロボットを相手にするリベリスタが少ないのもあったが、何よりも数の偏りが苦戦を強いるのだろう。 「……ったく」 親衛隊達に対して、色々思う所はあった。けれど、踏ん張る事しかできない。今はその身で回復を施すのみだ。 歌い、奏で、そして、癒し続ける。メーコと響。両者共に後衛に立っていた彼等、『後衛』の多い布陣では、前衛も後衛も無い。前線で戦うリベリスタの少なさに、後衛で戦う響の表情が歪むのも仕方が無いだろう。 『―――……』 ザー、と小さく聞こえる通信の音にルーナが丸い瞳を細めて、眉をぴくりと動かした。 端正な顔つきが歪んだ其処へと、その身丈よりも長い刀を振りかざし霧也が踏み込む一歩、握りしめたオフィーリアが放つ音波が彼の腹を抉り出す。 「ハッ、ホントに狂ってるのはドッチだよ? 時代遅れの妄執に取り憑かれるテメーの方がよっぽど頭おかしーんじゃねーか?」 霧也の幼いかんばせに浮かんだのは嫌悪だ。ハッキリと浮かべられるその意志にルーナがせせら笑えば、滑り込む様にカルラが顔を見せる。 地面を蹴り、壁を足場にして、一気に仕掛けた強襲。魔力鉄甲を纏った拳が真っ直ぐにルーナの腕を殴りつける。右利きの女の握りしめるオフィーリア。その持ち手を狙う其れに、ルーナは避ける様に体を逸らす。 一手、襲い掛かる澱み無き連撃にルーナが小さく舌打ちを漏らす。 「正義狂いめっ! 小癪な事をッ!」 「正義狂い? ……戦争狂いがほざくもんだぜ!」 カルラの狙い通り銃剣の切っ先が向かぬ前面に霧也が滑り込む。ルーナが苛立ったように通す弾丸がカルラの腹を抉り込む。武器を落とすものかと悪足掻きを繰り出す女の腹を殴りつければ、血がぼたぼたと滴り落ちる。 「ッ、この――! 『正義狂い』め! 劣等が狂った事を仰るだなんて!」 「正義狂い、な。正義か。生憎俺は、ただのフィクサード狩りだ! 劣等であれど、狩人の言葉には違いねぇ!」 殺してやると吼える様に告げるカルラの拳がルーナの端正な横っ面を殴り飛ばす。背後の壁へとふらつく様に女は背を付いて吼える様に叫んだ。 「ふふふ……少人数で、脆弱な劣等如きがわたくしや中尉に立て突くですって!? 良い根性です事っ!」 前線で戦うリベリスタが少ない状況では、前衛としてその身を武器にする彼等は文字通り『身を削る』しかなかった。タブレットに滑る指は慣れ切っていた。此処で選ぶのなど一つのみだ。 「正義にしろ悪にしろ、思い通りに行かずに悩むくらいなら、どうするか先に決めてしまった方が楽ですから」 「そう、俺達がやるべきは何か。我が身は刃。我が身は剣。其の妄執、纏めて断ち切らせて貰うぜ?」 振るわれたそれを受け止めて、女は唇をゆがめて笑う。 ――まだまだですわ、正義狂い? ●音の濁流Ⅲ 次第に近づく足音に、魔術書を撫でる指先が何かを感じ取った様に小さく揺れる。 「そろそろ、ですか」 戦況は、と問う声は響かない。通信機を介した向こう、音の濁流の中で『戦闘』の気配が濃い。 冷たい床に響く足音に耳を傾けて、機械が稼働する音に笑みを浮かべる。 己が何のために此処に立っているか―― ――……それは、『目的』が為。『祖国』の野望を成し遂げる為に! ●limit ××× 『シンピエネルギー』 排水処理塔の裏手に増設された神秘エネルギー装置実験装置実験施設。排水処理塔と繋がった施設の中には轟々と流れる水の音が響き続けている。 排水処理塔での戦いで少なからず苦戦を強いられたリベリスタらにとって、この戦場に赴く前でに少々のデメリットがあった事は否めない。だが、全力を尽くせば良い話しなのだ。 「クリスティナ中尉?」 呼ぶ声に、顔を上げてその場に立っていた女は唇を釣り上げる。前線に繰り出した親衛隊員を受け止めた陽子は直死の大鎌を振り翳し、赤い髪を揺らす。 ルージュを塗った形の良い唇を釣り上げ、目の前に飛び交うエネルギー稼働型走行マシーンを切り裂いていく。 「オラオラ、どけどけ! 雑魚はすっこんでろ!」 「連中、のんきに踊ってる訳か。取り敢えずあの『でかい装置』をぶっ潰せばいいんだろ?」 に、と笑って太刀を振るう。仲間と歩調を合わせる事に留意して動く永恵は和服とは思わぬ様な動きを繰り出し、親衛隊の攻撃を避ける。掠める其れに、途中拾った石を投げつける、積極的な攻撃では無く仲間達を支援する様な動き。 こつん、と当たった石に鋭い眼光を永恵に向ける親衛隊の横っ面へと滑りこんだ陽子は赤い翼を揺らして下から滑り込む、一歩。滑り込んだそのままに全てを切り裂くステップは永恵を巻き込むものだが、【素敵過ぎる俺ら】と名乗るリベリスタ集団はその回復を施した。 「ほら、コッチだ! 後で俺がやるのは『負けないように闘う』、ただ、ソレだけだからな!」 「その通り! チマチマ狙ってられるか、伸るか反るか、それがオレの戦い方だ! 一つ大暴れしてやろうぜ!」 派手に振り仰ぐ大鎌の下をすり抜けて、フィンガーバレットを装備した腕を振るう。全力で前線に飛び出すタオがロボットの背後に回り込み、その機械の隙間を縫う様に一撃を加えて行く。 「ワオ! 軍人さんはセッカチデスね!」 笑いながら、黒いストッキングに包まれた足をあげる、攻撃を避ける様に、前進するタオの体を受け止めて、吹き飛ばすデュランダルの切っ先。 堪える様に前線に飛び出して、唇から流れる血を拭いながらに、と笑う。第二のパパの大事なアーク。『護る』ものだから。 「ワタシ、この『アーク』って場所が気に入ってるんデスよね。だから、アークのために、そしてワタシの為に戦います」 「組織が為、ならば同じだ。我等も『祖国』のために此処に立っているのだ!」 親衛隊が荒げる声に目を細めて腕を翳すクリスティナ。彼女のdie Dirigentin。戦闘指揮をさらに向上させたかのような能力は『司令官』として大事なものなのであろう。少なからずとも精鋭部隊として彼女が指揮する親衛隊の能力は向上している。 タオの目当てである『クリスティナ中尉』への壁となる親衛隊。負けたくない、まだ、まだ戦わなければ――! 「大丈夫、血は吐き慣れました。最後の最後まで皆にお供するデスよ!」 「ですって。私も働かなくっちゃね。働きたくない……。けど、私が働かないといけない位人手不足ってことかしら?」 くす、と笑って、純白の白衣を揺らした『そらせん』ことソラはハイ・グリモアールに手を翳す。その行いや魔術師然としている。彼女を狙う様に飛ぶ攻撃を瞬時に受け止めたのはその弟たるセリオ。 紫色の瞳がにぃ、と笑う。この戦場に敬愛するあの双子が居ればもっとこの身を削れただろうに。 「桃子嬢とプラム嬢が居ないのは残念だが、姉貴と共闘か。共闘って実は初めてなんじゃないか?」 「かもね? アレ破壊できればみんなが楽できるんでしょ? 盾、頑張ってよね」 「せいぜい自分の役割はこなさせて貰うぜ。盾が必要なら盾にだってなるさ」 己に纏った防御の力。精神を揺さぶるもの等、セリオには通用しない。自身を苛むものを打ち払う力も其処にはある。 「早いとこ楽したいからね。セリオ!」 「はいはい!」 周囲を囲うように布陣するロボットを傷つける様にソラの時を刻みこむ攻撃が振るわれる。シンクロを使用して、避けた瞬間。開いた隙間を縫う様に親衛隊の攻撃がソラへと刻みつけられるがソレは無用だ。 「残念だけど、先生は『回復』も出来ちゃうのよ」 弟と自分、そして周辺に存在する仲間へと広げる癒し。前線に立ち続けるソレを支援する為に。 雷撃が切り裂いて、その中で、セリオは姉を護り続ける。エインズワース姉妹の為なら命だって惜しくない。 彼女等の居るアークだからこそ――護り切らねば! 「みなさん、頑張って下さい! どうか皆さんが無事でありますように……!」 真っ直ぐに踏み込んだ。目の前のロボットを切り裂くナイフ。振るえる手も止まらない。 壱夜は自分を探し求めた。自分のできる事は、自分自身はどうすればいい? 子供っぽいかもしれないけれど。 「俺は、変わるんだ……! 頑張って、頑張って、何かを為す!」 決意を胸に惑わす切っ先を受け流す親衛隊。頬を裂く攻撃に血が流れる。筋肉が音を立てる。もっと加速せよ、風を纏え。 壱夜の往く手を支援する様に投擲される神秘の閃光。ロボットの動きを止め、親衛隊の行く手を阻むソレを投げ入れながら『さいたまの女王』こと女帝皇は青い魔道書へと指を這わす。 「家族と一緒におでかけしようかと思ったのですが、流石に危険だと言う事で残されてしまいました」 「ハッ、猿の中にもやはり順序は決まってるんだな?」 嘲るように告げる親衛隊にくすくすと笑い女帝皇が首を傾げる。若々しく見えるかんばせに浮かべたのは何処か恋する乙女の笑み。 「しかし、何もしないのでは鋼家の女が廃ると言うもの。夫も子供達も戦場に赴いている。 私も出来る限りの事をさせて頂こうと思いますわ」 「ッ、邪魔くさい!」 声を荒げる女に笑い、女帝皇が支援を続けて行く。その隙名を縫って、長い銀髪を揺らしたグレイはKresnikで狙いを定める。 その目が見据えるのは神秘エネルギー収集装置――通称MECSと呼ばれる機械だ。周辺に存在する魔的エネルギーを収集するソレを狙ったソラの雷撃が降り注ぎ、合間を縫ってグレイが撃ちだしたのは生命を阻む漆黒の光。 「コレがあれば邪魔になるとのことらしいな? ならば壊させて頂こう」 漆黒の光が伸びながらロボット達を打ち抜いた。エネルギーをMECSから貰いながら動き続けるソレのタイヤを打ち抜く。転ぶ機械を避ける様に、前線へとグレイの体が滑り込む。 「後ろから一人で指揮をしてるのも暇だろう? 指揮だけじゃなくてオレのダメージも喰らっておけよ。なぁ?」 くつくつと笑い唇を釣り上げる。切れ長の瞳を向けられて、クリスティナが周辺に繰り広げた不可視の刃がグレイを襲う。 混沌とする戦場で、語りかける少女の声を振り払い魔槍深緋を地面に付いたフツが前線へと歩いていく。機法一体に包まれたからだ。数珠がなり、不思議な雰囲気を纏うフツには『緊張』の色が無い。 「素敵過ぎる俺らってな。このチーム名は良い意味で力が抜けるぜ」 「おお、なんて素敵な人達なんだ。胡散臭くて仕方ない!」 笑いながらオートマチックを構えた茅根は幼いかんばせに優しい笑みを浮かべ、ロボットの動きを鋭く読む。 動き続ける機械の数は減っていく。それでも、周囲に存在する精鋭たちに翻弄されるソレに茅根は小さく笑う。 「陽動だけど、目立ってますかー? うんうん、美人のお姉さんを見れて私は嬉しいですよ」 「美しい花には棘があるっていうじゃない?」 くす、と笑う親衛隊の言葉にそうですねと言う様に繰り出すピンポイント。親衛隊を縛り付けた隙を付き、フツが前線へと飛び込んだ。 彼を往かせないと滑り込む親衛隊の前に笑い声が響く。リベリスタ用汎用バイク【RS】に跨ったアメリアが「私有地万歳!」と声をあげる。 バイクで飛び込むソレを遮る様に狙う攻撃にアメリアのハンドルが狂う。運転に特化した能力を持たぬ彼女がその直近まで飛び込む事は難しくもあったが敵の意表をついた攻撃に少なからず親衛隊の穴が出来た。 「綺麗事だけじゃ生きてけない! 今!」 「おうよ、念仏でも唱えて遣る位ならできるが、成仏させてやれるかは――少し判り兼ねるな!」 親衛隊を縛り付ける。その陣を唱えるフツに親衛隊が唸る様に声を上げ、背後から飛びかからんとするのをアメリアが堰きとめる。 「御免ね、邪魔なんだもん」 「ッ、この劣等が!」 「劣等劣等ってどう考えたって僕のエンジェルちゃんの方が可愛いじゃない」 くす、と笑いながら、『エンジェルちゃん』――フィアキィにひらひらと手を振って。氷精がくるりと舞う。 この極東。しかも世界では『空白地帯』とまで言われた場所に来てまで大仰に戦争ゴッコ。イシュフェーンはやれやれと肩を竦める。 「暇だよね? 君達。でも、僕の安穏な生活を脅かすのは勘弁願いたい訳で、僕は君達を脅かしに来た訳だよ」 無論、エンジェルちゃんが頑張るのだが。 不思議な物言いをするイシュフェーンに意表をつかれた様に親衛隊が戸惑いを浮かべる。長耳の種(フュリエ)のみで無く彼等と同じ人が使う異界の術(ミステラン)。 「大忙しのエンジェルちゃんに見惚れたかい? 忙しそうに舞い戦う君も素敵だね」 くすくすと笑うイシュフェーンの隣、のんびりと歩く様に顔を出す或る意味でこの面々が集まるに至った発起人たるアーゼルハイドはファイアのほんから焔を生み出す。 顎に手を当て、唇を釣り上げて意味ありげに笑う――実際に意味があるのかは分からない――アーゼルハイドは「ところで」と靴底を小さく鳴らした。 「神秘エネルギー収集装置ね。人間はやはり知恵を絞るが故に大きな力を得るという事だな。 だが強い者がさらに力を得るのは頂けないな? 古来より英雄伝承というものは、弱者が強者を討ち果たす。その構図でなくてはね? ……と、お前もそう思うだろう?イシュフェーン」 「え? ああ、そうだね、アーゼル君」 早口で告げるアーゼルハイドにさも聞いてませんでしたと言う風に告げるイシュフェーン。飛ぶロボットと共に親衛隊を巻き込んで、燃えがある焔を反射する眼鏡が赤く色づいた。 「機甲現装ッ!」 そう叫びながら、フィンガーバレットを構えた遥は此処で負けるわけにはいかないと全力で戦う意思を込めて滑り込む。 兎に角突撃だ。今、目の前の敵を『ぶち破らなければ』人が死んでしまう。また、誰かを失ってしまう。 「紅炎寺遥か。そして素敵過ぎる俺ら! 魂ぃ目覚めさせるぜ!」 聊か恥ずかしさも感じる【素敵過ぎる俺ら】という名前ではあるが、遥のやる気を揺さぶるには十分だ。 前線に発射し続けるバウンティショット。滑り込んでぶん殴る。傷つきながら、震える足は壊すべき機械へと向けられている。 振るえる手が魔力杖を握りしめる。過去を想い返す様に呟いた小五郎は「惨い」と小さく囁いた。 「酷い時代じゃったよ……。赤紙一枚で親兄弟を取られ、爆弾一つで家を、家族を、親しき人たちを奪われた……」 そんな『恐怖』をこれ以上は要らない。仲間達へ与えた加護に加え、行動を阻害するものを打ち払う。後衛から見据えた瞳で小五郎は指揮官として立ち振る舞った。 惨い時代に囚われたままの人々へ『終戦』を与えたい。その為になら、その身をすり減らしてでも戦い続ける。 小五郎の隣、歌いながら仲間達を鼓舞するルシュディーは赤茶色の瞳を細めて、皆さんと声を発する。慣れない日本語に彼は魔陣甲に包まれた拳を固めて癒しを歌い続けるのみだ。 「しょうねんばです。たたかって、そして、かちましょう!」 彼を狙うマグメイガスの黒き鎌を受け止めたのは鳳仙花。小規模の防御結界を広げ、散華を手にした侠治は黒い瞳で前を見据えながら、鳥葬を起こした。 背に立つルシュディーが狙われれば、その受け流しを。己が活かす事を選ぶ物だから。戦闘の要たる回復役を何としても護り切る。 「この窮地を乗り切る為に、行こう」 その言葉を聞きながら振るえる足で立っていたアガーテが朱を両手で構えて竦む足に力を込める。 「空気がぴりぴりとしてるのが判ります。……私にできるのは援護のみ。まだまだですが、頑張ります」 少しでも役に立てるようにと氷精が舞い続ける。回復手の少ないこの場所で戦う動作を支援するアガーテは懸命に願い続ける。 「こんな戦い、早く決着をつけてのんびりと過ごしたいですわね。痛い想いなど、誰にもして欲しくありませんわ」 そう告げて、傷を抱えて倒れて行く前衛の仲間達へと切なげに目を細める。夢見がちな翠の瞳は哀しげに細められる。 精一杯の背延びが、知っている『戦争の恐怖』を思わせて、体を震わせる。 「水滴穴を穿つと言う……力が無いなりに無い物の戦い方もある」 「今は、此処を支えるのみ」 侠治の声に頷いて、祈る様に告げるアガーテ。作りだした符の鳥が襲い掛かる機械へと続く道の為に麗はショットガンを握りしめ、黒き瘴気を放ち続けた。 「下手な鉄砲、数うちゃ当たる……正にそれだな」 小さく笑い、自身の実力を想っては微力でも誰かの役に立てればと思い続ける。前線で回復をと進み出ていたアゼルの癒しを受けながら、狙われる彼を庇い麗は堪え続ける。 「貧相な壁だが……無いよりあるだけマシだと思ってくれ……!」 「いいえ、此処を乗り切ればいい、ここを落とせば他の皆さんも楽になりますから、がんばりましょう!」 アゼルの言葉に頷いて麗は眼鏡の奥で色違いの鮮やかな赤と青を細める。己が望むままに生きるだけ。幻視で隠した狼の尻尾が揺れる。 振るえるように、少女は白金のふわふわとした髪を揺らす。打刀を握りしめ、背後から居合いの力を持って敵を斬る。 「oh……人が一杯! いけないわ、ロビン、おちついて! りっぱなサムライになるにはシタヅミが大事ってパパがいってた!」 ぐ、と手に力を込めて、前線で倒れた仲間を後方へと運んでいく。自分にはまだ『シュギョウ』が足りないから。 皆と同じように戦えない。けれど、サムライは『皆の命を護る』役目だから。 「ロビンのシメイはいのちをまもること! せめて誰もいなくならないようにしたいのっ」 だから、と手を伸ばす。絶対に折れやしない『正義』を馬鹿にされたくない。怖い人なんて、いらないんだから! 幼い少女が仲間を苛む物をから解き放つ。刀を握り、仲間を救う為にとロビンは声を張り上げた。 「ここはサムライの国なの! こころもせいぎもぜったいに折れない! 怖い人はでていって!」 賢者の学院校章をそっと握りしめた黒は鉄槌を手に前進する。ふらつきながら攻撃を繰り出す親衛隊へと雷撃を纏った鉄槌を振り下ろし、黒は柔らかく笑みを浮かべた。 「キミ達は愛を知っているのか。知らないままではいられない。後は拳でご理解いただきましょう」 控えめな笑みを浮かべながら黒は鉄槌を振るう。エフィカさんと小さく口にした名前で役所受付の少女が身震いしたのは気のせいだろうか。 「いえ、いけない。この想いは言葉にはしません」 薄く浮かべた微笑。親衛隊の振るう刃を受けながら、前進し、その刃が狙いを定めたのは『神秘エネルギー収集装置』だ。 狙いを定め、真っ直ぐに振り翳す。傷が付くソレに親衛隊の攻撃が強くなる。避ける様に体を逸らし、黒き鎖が飛び交った。 「……邪魔するのなら黒鎖の波にのまれてしまえばいいわ」 薄らと浮かべた微笑。女性染みた外見の杏子は色違いの瞳を細め、長い尻尾を揺らし続ける。 心底嫌いな『フィクサード』を目の前に、両手首から流れる血を鎖に変えて、杏子は攻撃を続けて行く。 自分が出来る限りを。毒を食らわば皿まで。絡め取った命を全てを取り込んでしまえばいい! 「鎖蓮黒。厄年。推して参ります」 「出来うる限りを。さあ、もう少しです!」 二人の声にフツが槍を突き立てる。続いて、ソラの雷撃が穿ち、杏子の鎖が巻きつくと同時、『エンジェルちゃん』が機械を凍らす様に周囲を巡る。 邪魔立てしようとするフィクサードを燃やす様に、アーゼルハイドの炎が静かに燃えあがった。 「なかなかの超越者気どりだ。人の可能性を捨てた奴、という意味だがね? 何、悪気はないさ?」 不敵な笑みを浮かべるアーゼルハイドの視線はクリスティナに注がれる。怜悧な視線を向ける彼女に、楽しそうにイシュフェーンが手を振った。 「噂に違わない怜悧な美人さんだ。ところで、君のクールぶった澄まし顔、結構笑えるよね? 笑いに来たよ」 『冷静ぶった』女は唇を緩く釣り上げる。まるで、優しく笑う様に、口元だけ動かした彼女の位置は装置よりも後方。 更に奥に居る彼女の目がじ、とリベリスタを見据えている。真っ直ぐに飛びだしたのは桐だった。握りしめたまんぼう君が振るわれる。 その身に宿した破壊の神が如き戦気。阻めぬ勢いを纏いながら桐は声を荒げる。彼の往く手を阻む親衛隊を狙う様に音羽の雷が降り注ぐ。 「桐! 行け!」 攻撃が飛んでくれば音羽が庇う。前線に飛び出して、二人揃って目指すのはクリスティナ。 機会に攻撃を繰り広げる仲間を飛び越えて、その往く手を阻む親衛隊の体を桐は吹き飛ばし、踏み込んだ。 「相手を劣勢と蔑んで他からの学習や吸収を怠るから戦争でも負けたんでしょうに!」 「ならば、此処で二人で私に挑む。それが『優秀な人間』の為す事か見極めなさい」 じ、と怖いほどに研ぎ澄まされた美貌で見据えるクリスティナの指先が動く。一人でにエネルギーを収集し周囲に弾丸を撃つ神秘エネルギー収集装置に気を使い音羽は桐を庇う様に背後に立った。 自分が庇うなんて似合わない――そう思う事だってある。だが、己は兄だ。弟を庇わない兄などいない。 「桐! 其の侭行くんだ!」 「私は、負けません。斬り合いましょう。そして劣勢を覆す!」 叫ぶように、桐が刃を振るう。振り下ろすメガクラッシュにクリスティナの体が傾いた。瞬間、刈り取る様な鎌が襲い来る。 頬を掠め、白い肌に残す後を指先で辿りながらクリスティナが見据えた向こう。少女は、震える手で魔力銃を握りしめていた。 照準良し。怖い。へっぴり腰だ。――何故、って神様も酷い事を聞く。 「そりゃそうさ。だって怖いもん! 笑いたきゃ笑っときな!」 僕はそれでも、生きないと。 「こんにちは、クリスティナ、君達が殺したフュリ。ちぃにとっては、ちょっとした思い入れがあってね」 ちぃ? 誰だろう。それ、だぁれ? 「んふ、あの子、ちぃと沢山遊んでくれたからね、お友達だったんだぁ。 だからね、殺されちゃってね、楽団の人に操られないで、悲願も叶えられなくて可哀想だなって思ったからね」 ――ああ、どうでもいいや。ちぃが誰かなんて。分かんない。記憶がぐちゃぐちゃする。 「よかったら、ちぃに殺されてね。仇討。ちぃは人間大好きだから『忠犬』には興味ないの」 ――生きなきゃ! 深紅の中で誰かが笑ってる。色違いの瞳を細めて手を伸ばして、彼女が微笑んでる。 「フュリ……? フュリ・アペレース。ああ、ブレーメが相手をしアルトマイヤーが撃った彼女ですか」 さも、興味なさげに呟くクリスティナを狩りとる様に大鎌を模した『千歳』の記憶が振るわれる。 避ける様にクリスティナの眼光が潜められる。凍てつく眼力に射抜かれて、身体の力が抜ける深紅が唇を噛み締めた。 「ちぃのお友達を、還して?」 「私が殺したのではありませんよ。仇討ちは私では無く『彼等』を断罪するべきでしょう。 ――尤も、彼等が此処で死に、私が生き残った際は、お相手いたしましょう」 小さく笑うクリスティナの隙に縫い込むように桐が滑り込む。彼等を回復しようとする手は届いていない。残る親衛隊の気糸が桐の体を包み込む。 痛い、と感じても、彼は止まらず、地面を蹴る。もう一度、壁際まで吹き飛ばせばいい。 逃がす訳にはいかないのだから……! 「知っていましたか? 攻めるだけが優秀では無いのです」 翳された手。『秘密』を教える様に唇にあてた人差し指が下ろされる。不可視の刃が幾重にも重なり、鋭い冷気を纏って桐の体を突き刺した。 クリスティナの足が逆の壁際へと向いていく。彼女の指先は魔術書の背を撫でる。 小さく、かつん、と地面を蹴る音がする。 「ッ……!」 血を吐いて、立ち上がろうとする桐の目は魔術書に向けられる。ぞくりと背筋に走る悪寒。 立ち上がり、血が足りぬ体。崩れる様に膝が強かに地面に打ち付けられる。 神秘をエネルギーに変換し爆弾を落とし続ける機械が大きく口を開く。弾きだされる音波砲を受け止めて、滑り込むようにフツが槍を突き刺した。 続き降り注ぐ氷の雨。機械がまるで生物の様に声を上げ続ける。 前線では補給路にて圧勝したしたリベリスタ達の声が、排水処理塔では笑い続ける女の声が響き渡っている。 耳を澄ませば、周辺には未だ戦闘の音が響き渡っているではないか。 だが、それを打ち消す様に轟々と鳴り響く水の中。 「稼働不可になる位、エネルギーを吸い尽くしてあげるわ!」 ソラの指先が揺れ動く、機械が雄叫びをあげ発射するソレを受けながしセリオが唇を歪めた。 次第に、稼働音を出さなくなっていく『神秘エネルギー収集装置』とリベリスタ達の一斉の攻勢の喧噪。 かつん、ともう一度床を蹴る音。 そして、そこには誰も残らない。 ただ、水の音だけが、其処にはある。 轟々と、鳴り響く。濁流の様に流れ込んだ喧騒が収まっていく。 ●Geheimnis 女は一人、工場内の裏道を歩いていた。 掌の水が零れて行くように呆気ない『終わり』と言うものは何時だって容易く訪れる物だ。 ぴくり、と女のほっそりとした指が揺れる。 耳を劈く様な絶叫が響き渡る。空耳か、否、これは確かに聞こえた筈だ。 人は本能的に『転機』を察知する事が出来るのだと言う。それが今だったと言う話しだろう。 その響き渡った『戦慄き声』は鼓膜を叩きつけた後、段々と消えていく。 淘汰される気配の中、女の指先は『それ』を撫でた。薄い闇の中、瞬く光りは増すばかりだ。 「満足されましたか?」 彼女の周りには誰も居ない。異質とも言える魔性を纏った女のヒールがかつん、とアスファルトを鳴らす。 先ほどまで彼女が包まれていた音の濁流もなく、遠くから響く『喧騒』も波の様に引いていくではないか。 『対話』を行う様な彼女の言葉に応える様に彼女の周辺を包み込んでいた異質さが徐々に顕現していく。 「ええ、ええ。それが『貴方』を満足させる『最後の晩餐』であった、ということですね」 周辺にちりばめられていた女が纏う――否、女の手にする『魔性』が一つに集約される。 闇の中、一際強く光を発した魔術書が彼女の手から浮かび上がり――闇が覆い隠した。 クリスティナの瞳は、じ、とその行方を見守った後、只、前を向いていた。 女の済んだ切れ長の瞳が細められる。彼女からちらつく渇望や妄執は今や冷静な女を形作るものと化していた。 生き残った『同胞』はどれ位、存在しているだろうか? これは終わりでは無い。これが最後では無い。 まだ、生き残った『彼等』が居る。『我等』が同じくして胸に抱くこの『渇望』を果たさんとし何とするか。 「――此処からがもう一つの戦いです。そして、始まりだ。『我らが渇望』を果たすが為に」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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