●ゲシュペンスト 「バルタザール曹長。管理室への部隊配置を完了しました」 金髪を逆立てた若き伍長に頷いて。髭面の無骨な大男は無造作に地に置いていたアーティファクトの大盾を拾い上げた。巨漢の半分を隠す大盾の陰になれば、月明かりからもその表情は遮られ。 「裏門の防衛という性質上、交戦は正面からの激突のみ。革醒兵器……ファランクスの量産が成った今、正面からの戦いで敗北は有り得ません」 「エトムント。お前さんはすぐに有り得ないだとか確実だとかの言葉を使うな」 上司の苦笑に怪訝に眉を寄せ、当然のことですと己が胸を叩いた。 「元よりファランクスは陣形そのもの。数を揃え隊列を組んで真価を発揮する力。それが成った今、我ら優良種たるアーリア人が劣等種に敗れることなど有り得ません!」 ――だけど俺たちは亡霊だろう? 熱のこもった眼差しの部下に、けれどバルタザールは言葉を告げなかった。 代わりに月を見上げる。嗚呼、いいじゃないか――美しい月だ。あの日からずいぶん長く生き永らえたが、これが見られただけで満足するべきじゃないか? ――あの日、国を失い帰る場所を失い……意味を失った。それは死と同じじゃあないか。過去の亡霊が今を生きてる者から全て奪うのが正しいのか? 部下たちが整然と立ち並ぶ。揃いのファランクスを構え、その表情に見えるは誇り、そして信頼。 陣形に一つだけある隙間。そこに俺が並ぶのを待っている。そこに俺が来れば何も恐れるものはないと、そう信じる目。 ……だが、俺はまだ迷ってる。 ●ファランクス 「準備はいいですねヒーロー。まもなく突撃作戦が開始しマースよ」 テンション高く『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)がウィンクを見せて。 親衛隊によって三ツ池公園――神秘的特異点を制圧されたことは彼らの持つ革醒兵器の強化を意味する。新兵器の開発、そしてキース・ソロモンの宣戦布告――時間は最大の敵と成りえるのだ。 故に、早期決戦を上策とし。アークは総力を挙げてこの決戦に臨む。 「皆さんは親衛隊の本拠点、大田重工を強襲していただきマス。すでに三ツ池公園では陽動戦が始まっていマスから、彼らの無事は皆さんの活躍次第デースからね」 アークが立案したのは敗戦の意趣返し。特異点を得たことで親衛隊は本拠と三ツ池公園の二拠点を防備しなければならない。そこを突き、公園の奪還作戦を陽動に、手薄になった本拠を制圧するのが目的だ。決死の覚悟で敵を引きつける仲間のためにも、この本拠戦を落とすわけにはいかない。 「元より親衛隊の望みが第三次世界大戦の誘発である以上、負けるわけにはいかないのデースけどネ」 最早この戦いはアークの浮沈の問題ではない。世界平和に影響を及ぼすものになるだろう。 「大きいものがかかっていればワタシたちに負けはありまセーン。ヒーローのお約束ネ」 本気か暗示か、だから大丈夫ネと微笑んで。 七派については戦略司令室長・時村沙織が国内七派筆頭格の逆凪黒覇に乾坤一擲の『楔』を打ち込んだ。背後の憂いはない。遠慮なく暴れておいでとサムズアップ。 「皆さんは埼玉の大田重工の工場、その裏門の管理室を制圧してもらいマス」 管理室の制圧は他の組の突入を、ひいては工場内全体の戦闘を有利に進めるだろう。画面を切り替えればそこに布陣する親衛隊の姿。 バルタザール曹長を筆頭に、他9名の親衛隊。その誰もが巨大な大盾を構え正面を見据えている。 「これは曹長が持っていた革醒兵器ファランクス。防御、回避ともかなりの高性能を誇り、中央に取り付けられた砲門からは強力な範囲射撃を行いマス。ソレ単体ですらかなり強力なアーティファクトだったのデースが」 ファランクスの名は伊達ではないデスねとため息をつき。古代の兵法、密集陣形を表すその名は数を揃えてこそ真価を発揮するのだという。 「彼らは3人ずつ、3チームで固まって行動しマス。狭い建物内を左右中央と展開している以上、正面以外からの攻撃は難しいデースが……」 一旦区切り。続けて語るのはその真価。 「古代。身を隠す程の大盾を並んで構えることにより、自身の半身と仲間の半身を守り、その列が続くことで全てを守る大盾の軍団……ファランクス戦法が生まれマシた」 現代。それを昇華し、合理的な判断・指揮・歩法を編み出し訓練することで、どのような攻撃にも3人で対応できるようにした。完全なダメージコントロール術、アーティファクトとそれを理解し扱う軍人故の能力。 範囲、全体、広域をも巻き込む攻撃すら、他の2人を庇い1人だけで受けきる。特定の誰かを狙った攻撃をも引き受けれる。それに手を割かず、攻撃を行いながらだ。 「厄介だな」 「イエス。実に厄介です。3人のうち1人が弱っていても、それを狙い撃つことができないのデスからネ」 故に最高のダメージコントロール術。この決戦を正念場として、命をかけて挑んでくるとなれば尚更に。 「3人が揃っていなければこの戦法は使えないこと、指揮者であるエトムントがいなければ発揮されないこと。狙い目はココでショーが」 防御能力を飛躍的に高め、攻撃面にも力を発揮するこのアーティファクトを全員が装備しているのだ。高火力の射撃が集中すれば激戦は必至。それでも。 「繰り返しマスよ。負けるわけにはいかないデスからネ」 お任せしマスよリベリスタ。そう背中を叩き。 ●先はなく、けれど歩みは 「なぁエトムント……戦いが終わった後のことって考えてるか?」 「勿論です。革醒兵器の量産が成り、ミリタリーバランスが崩れ第三次世界大戦が始まれば――その時こそ我らアーリア人は世界に君臨するのです」 即答したエトムントに苦笑し、そうじゃねぇよと口にして。 「戦争が終わった、その後だよ」 バルタザールの問いに眉根を寄せ。 「我らの使命は種の優良を世界に示すこと。それ以外の命令は受けておりません。それが成った後、閣下に指示をいただけるのでは?」 極めて当然のことだと考えるその顔に、バルタザールは悪かったと息を吐いて。 ――そうだよな。それしか考えられんわな。何もかも無くしたあの日から……いや、そのずっと前から、すがるものは命令しかなかった。自己を保つにはそれだけが必要だった。 初めから生きていない。結局俺たちは初めっから亡霊みたいなもんだったって話だ。 死人に未来はねぇ。必要ねぇ。散々暴れまわって消えていく、騒がしい悪霊共だ。 それでいい。別にそれでいいじゃねぇか。 小難しいこと考えちまったもんだ。 自身の持ち場に立てば、部下たちが信頼を、命を預けてくる。その命も、今日多くが散るだろう。それでもいいさ。 単純明快。強けりゃ勝つ。弱けりゃ死ぬ。 亡霊は未来を望まない。生きてる者に遠慮もしない。奪われたくなけりゃあ勝て。俺たちを潰して見せろ。 ――今日は喧嘩じゃねぇ。 「さあ、死合おうか」 月下に華を咲かせよう。この世に這い出た亡霊たちの証を刻め―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月08日(木)23:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●鋼鉄の妄執 波状の轟音が鳴り響く。薙ぎ払う爆風はけれどリベリスタたちの突入を打ち消せず――絶対死守をと気負う兵士は突如煙幕を抜け飛び出した2羽の鴉に心掻き乱された。 神秘に乱される視界はその坊主頭だけを捉え。それが敵陣の奥へと消えれば自然と足が衝き動かされる。振り返ってそれを確認すれば『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は笑って息を吐いた。 「まずはよし。このまま続けていくぜ」 狭い建物内。足場を物ともせず最短で退けば、ファランクスの砲撃が届かないと焦った敵は前に出てこざるを得ない。 敵が独断で陣を離れたこのチャンスにフツは緋色の長槍を握り直して。 「行くぜ深緋!」 咆哮し突き出す穂先に霜が纏いファランクスを覆った。 鴉を放てばすぐ暗視ゴーグル越しに敵の動きを観察する。『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が見るものは人の持つその感情。 「初手はやっぱり堅いのが受けたね」 装備は同じでも動きを観察すれば残った者が射手なのはすぐにわかり。今この瞬間こそ突破のチャンス。 ならばこそ。綺沙羅がやることはその援護。 戦場に軽快なタイプ音が響き渡れば、無数の演算が綺沙羅の影を生み出して。少女はそれに使命を吹き込むのだ。 陣を乱す仲間を取り押さえようとして、銃撃がその腕を撃ち抜いて阻止する。せっかく釣れた獲物、戻させるわけにはいかんけんなと笑みを見せ。 突入前に研ぎ澄ませた感覚が、その獣性が『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)の身体を飛び出した敵の間へと割り込ませればその合流を完全に遮断して。 出すぎた身に気付き慌てた兵、その背後に。 「未来は僕らの手の……ってね。正念場って奴だよねえ、気合入りますわあ」 ――んじゃ、しっかりお掃除しますかね。 それはまるで映画のワンシーン。優れたバランス感覚で足場を蹴って『道化師』斎藤・和人(BNE004070)はフツと対峙する兵の背中を取って。 ――その身に鉄の塊が叩きつけられる。 「へっ、派手にやりやがる」 陣の中央でバルタザール曹長が一気に動き出したリベリスタを見やる。その視線に気付いて仁太が笑った。 「バルタザールいい男よな、結構好きやで。けど、戦争なんて起こさせるわけにはいかんけんな」 一呼吸。手にした巨銃を魅せつけて。 「わしらの今を守るために、倒させてもらうぜよ!」 ――いい啖呵だ。喧嘩慣れしてやがる。 肌で感じる小気味良さ。この命の躍動こそ生きてる奴らの強さだろう。 襲撃を受ける左翼を助けんと部隊を動かさんとし―― 「冷たい鋼鉄に凝り固まった哀れな妄執め。そこを退けい!」 咆哮が全てを呑みこんだ。 亡霊めと繰り返す『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は父祖の想いを、英霊の想いを、今を生きる者の想いをそこに抱えて。 「アークは、今を生きる者の為に神秘の理不尽と戦っている。それこそが我が忠義の主であり、我が主義だ!」 兵たちが足を止める。気迫に飲み込まれれば喧嘩は一気に傾く。知ってのことではないだろうがとバルタザールが苦笑を向けた。 「今一度言うぞ。今を生きる我々に、道を開けよ!」 ――ураааа! 赤き咆哮が戦場を揺るがして。 閃光が陣を乱した射手たちに降り注ぐ。 「ファランクスとは厄介なアーティファクトですね。その効力を除くとなるとまず……」 誰よりも速く動けば陣形の動きを鈍らせ、その戦略眼が見落とすことなく状況に応じた一手を紡がせる。 前衛に飛び出して敵の動きを制限した『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)は次々と敵を制する手を打った。 活路を開かせる、そのために。 前に対峙した時は痛み分けという結果だった。 「けど、今回はそうはいかねえ。第3次世界大戦……本当に世界がかかってるんだ」 決意を持って『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787) は走る。 「親衛隊を潰して世界を救う! でもって、全員で生きて帰る!」 譲れないものは指折りだけじゃあとても足りない。ならば全部救い上げてみせる! 「絶対にやってみせるぜ! なんせ俺は、正義の味方だからな!」 抱えた決意、その覚悟に頷いて。『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)もまた先を見据え走る。 勝つか、死ぬか。示されたその覚悟。ならばそれ以上の覚悟で臨まねばならない。 「必ず勝利し、この場から生きて帰る……それが俺の覚悟よ!」 2人は走る。世界を守る、その活路に向かって。 「前回俺らにボコボコにされたから後ろでぶるぶる震えてんだろ? びびってるなら帰っていいんだぜ!」 「崇高な血統が聞いて呆れるな……貴様らは只の臆病者よ。犬とはよく言われているのだろうが、貴様はそれ以下だ。ゴミ虫め」 陣形の乱れた箇所に取り付いて、叫びの矛先は後方で全体の指揮を執るエトムント。仁太の事前の推測通り、ここからでも攻撃の届かない場所に位置する指揮者を引き寄せる為に! 「吠えていろ劣等種! 数刻後には貴様らの躯を並べ劣等種どもに見せ付けてくれる!」 「口だけは達者じゃねーか。体のほうは相変わらず、俺らから逃げたがってるようだけどな!」 ビキリと。ラヴィアンの言葉に手にした指揮棒を砕き散らせてエトムントが歩を進める。 「エトムント! お前が冷静を失えば部下に伝染する。それを忘れるなよ!」 それを押し止めたのはバルタザールの言葉だ。はっとしたように足を止め頭を下げた。 自分にとって何よりも信頼する男。バルタザールがいなければとうに死んでいた。拾われた命、この方に捧げると誓ったのだ。ならば、何があろうとその指示に逆らうことはない―― 「フン、何かと思えば壁の中に引き籠って籠城するだけか。そんな様では、そこの曹長とやらも大した事はあるまい」 空気が止まった。彼にとってそれだけは言ってはいけない言葉であり、同時にこの場に置いて最大の挑発であった。 「殺してやるぞ劣等!」 飛び出したエトムントに鉄甲を構え、葛葉が迎え撃つ! ●生きる事迷う事 「全く」 バルタザールが苦笑を見せる。ある意味で運命は決まったと言えるだろう。だがまぁ、それでこそ俺ららしいとも言える。最期くらいらしく決めたいもんだしな。 「70余年も永らえて尚、死ぬに足る甲斐が欲しいと言うのならばたっぷりとくれてやろう!」 その表情を読み取ってベルカが中央に組み付く。状況分析、情報伝達を続ければ仲間の行動を攻防ともに大きく助け、かざした軍旗に宿る神秘がその動きを食い止めんと瞬き輝く! 「――ちっ、左翼の援護に向かえ!」 隊の1人がファランクスを掲げその閃光を一身に浴びれば、残る1人にバルタザールが指示を出す。元より中央に頑丈なデュランダルが多いのは、補充要員として左右の陣形を修復するためのもの。それを予測すればこその足止めに舌打ちをみせて。 駆け出した兵が足を止める。眼前に出現し組みかかる影に動揺を見せて。 「なんかパズルゲームみたい」 左翼側ではすでに突破が始まっている。中央からの援護を生み出した影人で阻止しながら綺沙羅が呟いた。 「完全封鎖か。やってくれる……が、俺を抑えれると思ってんのか?」 エトムントが倒されれば陣は意味を成さない。ならば、バルタザールが動かぬ理由はなく、それを止める事は―― 「キサは生きたい」 狙い定める砲門が動きを止めた。バルタザールが小さな少女を見る。 「戦う事に迷う事は生きる事に迷う事。そんな相手にキサは負けない」 バルタザールは見る。その少女の大きな……自分たちが決して手に掴めない、その―― 未来を。 「曹長!」 部下の叫びに意識を戻す。反射で向けたファランクスが激しく鉄に叩き打たれ。 「なにぼーっとしてんの? 遊ぼうぜ!」 突入を開始する仲間の背中。それに向けられたファランクスの砲撃を叩き落し和人が大盾を構え。 エトムントへと向かう仲間たち。その背中にバルタザールが砲門を向けた以上、和人の立ち位置は――身を張る位置はここになる! 「行かせねーぜ。正面から受けてやんよ」 「……ああ、そうかい!」 巨壁が迫り――真っ向勝負でぶつかり合う! 「左翼に集中を」 陣形は効果を失い、その援護を狙う中央は抑えられ。ならばいち早く左翼を落とし、エトムントを討つことが最善の一手。アルフォンソが指示を出せば、飛び出した葛葉の拳に氷が纏い。 肉体が躍動する。ギアを巻き上げて駆けるその身が砲撃を飛び越えて。 「どけ!」 咆哮と共に突き出した腕が射手の身体を穿ち凍りづかせれば仲間の攻撃が殺到し。強力な装備があれど射撃を専門とする身ならば、集中砲火に耐えられず地に崩れ落ちた。 先の公園での戦闘と違い、攻撃が集まれば威力は桁が違う。決して実力で劣っていない以上、作戦こそがものを言うのだ。 「現状は良い流れ、ですが」 アルフォンソの言葉はそこで途切れる。眼前で砲撃が集中し爆ぜる。強力なファランクスの砲撃が集まれば、急ぎ身を固めた葛葉の身体を崩れ落ちさせるには十分なものとなり。 エトムントを防衛目標とし、それに近づく者に攻撃が集中する。敵もまた、作戦に従う者であるならば。 爆風で傷ついた身体を、運命が支え揺り起こす。血を拭い立ち上がった葛葉、その身体に絶対の零度が纏わりつけば。 「曹長を侮辱するゴミ虫がぁ!」 エトムントの放つ神秘が襲い来る。最早それに耐える体力はなく身体はふらつき……身代わりとなったアルフォンソが運命と引き換えに踏みとどまった。 「やらせませんよ」 次に繋がる一手を生み出す。自身の身もまたそのために。アルフォンソの覚悟に、葛葉が大きく咆哮を上げた。 「全ては、勝利の為に!」 怒りのままに神秘の凍気を放つ、エトムントの表情が苦痛に歪む。その身に撃ち込まれた弾丸に優良たる血が流されて。 「また貴様かFuchs!」 睨む先で仁太が笑って巨銃を向ける。公園で行われたこの2人の一騎打ちは仁太に軍配が上がったのだ。その記憶に顔を歪めるエトムントに仁太は言葉を紡ぐ。 「わしアホやから分からんけんどなんで劣等種やのに優良種に勝っとったん?」 抜き放った拳銃が仁太の頬を掠める。だが何処吹く風、仁太は笑って言葉を続けるのだ。 「もしかして、優良種でもなんでもなかったりするんとちゃうか? どこがどう有良種なんか教えて欲しいぜよ」 叫び放つ神秘を身に受けて、仁太もまた真っ向より撃ち返し。 左翼に猛攻を仕掛け、あるいは中央を抑え。状況は押しているように見えた。 ――が。 それに気付いたのは中衛に位置していたラヴィアンだった。 右翼のファランクス、その突撃に! 数は親衛隊の方が多いのだ。味方が集中を仕掛ければ、手薄になる部分も出る。その狙いは後衛か、あるいは前衛の挟撃か。 「どっちにしろ、やらせねえぜ!」 小さなラヴィアンの身体を飲み込むように展開された魔方陣。突撃する親衛隊と対峙して1人。退くつもりも、負けるつもりもない! 「ブラックチェイン・ストリーム!」 吹き荒れる黒鎖が呑みこんだ先。陣の守りがその被害を最小に落とし、ついで反撃の砲撃が連続して! 爆風の中、傷ついた少女はそれでも立ち上がる。運命が倒れることなど許さない! 何度でも術を紡ぐ。再度向けられた砲門にも怯まず。やらせないと誓ったならば! 「悪い、待たせたな」 だからその間に割り込んだ身体に笑いながら悪態をついて。 引き寄せた左翼の兵をその槍で討ち果たし、右翼へと向かう最中の邂逅。フツと深緋はその作戦のために――いや、仲間のためにここを護ろう。 ●死合の行方 「ふざけるな! 我らは優良種! 負けるはずがないのだ!」 眼前で左翼が崩れるのを確認する。それはエトムントが絶対に『有り得ない』とした、陣形の敗北を意味して。 視線をどこに向けても足止めを受けて救援は確認できない。押し寄せたリベリスタの攻撃が重なり、深まる傷を抱えて怒りを叫べば。 「知らねーのかよ? 悪い奴はぶっとばされるもんだぜ!」 ラヴィアンが応え紡ぎ伸ばす黒鎖の一撃! 「行くぜ! ラヴィアン・ハンマー!」 叩きつけられた一撃に意識が霧散しかける。だがまだ。まだ死ねない。 「――っぁあ!」 意味を成さない咆哮を上げて神秘を紡ぐ、その指先を突き出して。目線を上げた先で、咆哮を重ね飛び掛かる葛葉! 「貴様が人の子で良かった。気づいていたか? もう既に、俺の間合いに入っていたという事実を」 壁を蹴って全速で、詰め寄り牙を剥く鋼の一撃! 顎を砕く一撃を受け、溢れ零れる血を吐き出して。それでも、あの方のためにと突き出した指を動かして! 神秘の塊が葛葉の胸を打つ。ゆっくりと崩れ落ちるその身を―― 「……俺達、アークの底力を思い知れ」 衝き動かして。鉄甲が赤く染まる。 穿った腹から鉄甲を引き抜いて、そのまま葛葉は崩れ落ちた。同様に。 「……曹長」 申し訳ありませんと力なく、無念と命を霧散させて。 「逝ったか……馬鹿野郎め」 部下の報告を聞くまでもない。ずっと一緒だった。弟か息子か、そんな風に思っていた。けどこれが現実だ。 「今日俺たちは全員死ぬ。いや、ようやく終わるってとこか。亡霊だからな」 わかっているとも。俺たちは今の時代にそぐわない。だから。 「証、刻ませてもらうぜ」 陣を失った今とどまる必要はない。ただただただただ暴れるのみ! 「――っ、正面!?」 「強行突破かよっ!」 追うベルカを、塞ぐ和人を、同時に相手取り1人。虎の如く龍の如くただ獰猛に身を衝き動かす! 血を吐き踏みとどまった和人が吹き飛ぶベルカの腕を引き寄せる。霧散しかける意識を、運命を奮い立たせて……その場にあって仲間に指揮を、生き抜く力を与える身なら、倒れるわけにはいかない! 「――同志葛葉の身の安全を!」 ファランクスの爆撃が勢いを増す。何人かの射手が倒れた葛葉の身体ごと狙いをつければ、その腕を鋭い神秘に射抜かれて。 「……非才の身ですが。黙って通すわけにもいかず、ね」 身体はすでに限界。それでも一手を繋げる覚悟。 立ちはだかったアルフォンソの身体を、バルタザールの砲撃がその意識ごと吹き飛ばし。 「ベルカの援護を」 綺沙羅の指示を受け影人がアルフォンソを守り庇えば、迫る兵隊は残り5人。 人数は互角。けれど。 降り注ぐ爆撃をかいくぐり。血に濡れたその身は運命をチップになお猛進し! 「さあ殲滅にかかるで!」 「いい加減限界でしょ」 仁太の掃射が、綺沙羅の氷雨が全てを飲み込む。1人、また1人と崩れ落ちる命。魂。 その前に立ちはだかり。 フツが念を唱える。意思は力。槍に宿った想いが雨を生じ。 「怒り、恨み言、なんだって構わねえ。全部残していきな」 かざす一閃がその無念を取り込んで。 ●さよならゲシュペンスト 「さあ、これで正真正銘の真っ向勝負や、喧嘩は負けんでも死合はどうやろな!」 部下たちは全て倒れ。仁太の言葉を受け6人のリベリスタの中央で亡霊は笑っていた。ただの、純粋な。 「俺たちは負けねぇぜ! 正義の味方だからな!」 「キサ達は一生懸命今を生きている。あんたの相手なんてしてる暇は無い」 ラヴィアンの黒鎖が螺旋を描く。渦を巻くようにバルタザールに迫れば、鎖の表面を滑って綺沙羅の召還する烏が飛来して。呑みこみ穿つ攻撃がバルタザールの身体を抉る。 それでも笑っていた。痛いなと楽しげに。 「ああいい日だ。とうに死んでいた俺たちが、こんなにも命を燃やせるなんてな」 天見れば星美しく。前見れば……生者の、命のなんと美しいことか。今を生きる者の、特権だ。 最期にそれに触れられたのは、悪くない。最上の最期だ。 「最期に盛り上げてくれよ! 楽しい死合をよ!」 だから笑って巨壁は突き進む。最期まで、最期まで。 「付き合ってやるよ」 和人が振るう渾身の一撃が額を叩き撃つ。お返しにと叩きつけた巨壁が和人の運命を奪い吹き飛ばしながらなお、鈍器として使用した改造銃が今度は弾丸を放ち。 穿たれた身体。とうに命は燃えている。それでも動く。最期まで。 ――刻むまで。 「バルタザール。オレがこれまで戦った相手の中で、アンタは間違いなく"最強の盾"だ」 眼前に1人。いや、手にする槍にもう1人。 そのコンビと対峙して。軌跡を描いて槍が音を鳴らす。盾が鳴らした号砲を貫いて。 「オレと深緋はそれに遠く及ばない。だがいつか、アンタ以上の最強の槍になってみせる」 言葉は強く。言葉は優しく。念に溢れた、命に溢れた瑞々しさ。 「だからもう、亡霊が出てくるんじゃあないぜ。地獄で待っててくれ。その内オレも行くからサ」 ――へっ。たった30かそこら生きたくらいで気がはえぇよ。 最期まで笑って――だからフツも、訂正することなく笑みを見せた。 ――やっぱこーいうのは映画の中でしか活躍出来ねーよな、この世界じゃさ。 和人が煙草を吹かす。一服が終わればまだ攻防の続く戦場へと身を躍らせる、その束の間の休息を。 仇敵の亡骸を見下ろし、ベルカは敬意を示す型を取って。 「墓にはせめて芋くらい供えてやるぞ?」 ――バターもよろしくな。 そんな声が聞こえた気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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