●魔術師、述懐す ――その男は酷く不機嫌であった。 彼が現在滞在している場所……三ツ池公園。神秘の極地ともいえる世界の穴が開いた地。 この場に滞在することは、彼の知的好奇心を満たす上で十二分なものであるはずであった。 だが、心浮かれる事もなく。彼を苛むのは焦燥と恥辱。 ――ここに至るまで、彼は。ヨハン・ハルトマン少尉は戦果を上げられず、只管に消耗を繰り返している。 敵の戦力を損耗させるための遊撃は、イレギュラーもあって甚大な被害を出した。 この公園を制圧する作戦では、長期戦とはいえ結果として押し切られる形となり撤退の憂き目となった。 公園は結果的に制圧し、世界の穴も手中に収めた。だが、ヨハン自身の中にはやるかたない憤懣が満ちていたのだ。 ソレは彼の心を乱し、思索に耽る時間を阻害する。間違っても万全な思考を維持することは出来ないだろう 。 ――腹立たしい。 その彼の苛立ちを解消する当ては、ないわけではない。 ……あのアークという組織は、反骨精神の塊のようなものだ。必ず再びこの公園へと攻め入ってくるだろう。 その時こそ、彼らを打ち倒し平静を再び得るのだ。その為の布陣は十二分に施した。 ――拠点防衛は大戦末期で慣れたものである。皮肉なことではあるが。 男は……ヨハン・ハルトマンは待ち構える。いつ来るかわからない敵を。 彼のもてる最大の布陣を持って。 ……その背後には、黒光りする巨大な砲が複数鎮座していた。 ――その黒鉄の砲身に奇妙な印……刻まれたルーンを輝かせて。 ●ブリーフィングルーム 「諸君、揃ったな」 ブリーフィングルームにて。『クェーサーの血統』深春・クェーサー(nBNE000021)が集まったリベリスタ達に口を開く。 「現在、我々は苦境に立たされている。親衛隊による三ツ池公園の制圧。そして先日のキースの宣戦布告。状況は最悪に近い状態だ」 現在、三ツ池公園を占拠した親衛隊は穴を利用してご自慢の革醒新兵器を強化している。それを利用して何を行おうとしているかまでは定かではないが、放置しておいていい事はない。 また、キース・ソロモンによる宣戦布告。例えどのような状況でもその日時より交戦開始となる以上、目下の問題は排除しなくてはならないのだ。 「そこで我々は攻勢に出ることにした。――私が指揮するのは、三ツ池公園の奪取だ」 そう言って深春がモニターに映し出したのは、三ツ池公園の図面であった。その図面の北門……そちら側の通路への侵入経路が記述してある。 「――我々が行うのは、先日の意趣返しだ。親衛隊は我々を分断してきた。守るものが多いからこその戦力の拡散。そこを突かれた形となる」 親衛隊による襲撃は、アークに対し多大な被害を出した。七派との連携により、主力ともいえる戦力を釣り出しての襲撃。結果、公園は陥落したわけだが……。 「今回は相手も守るべき場所が二箇所になる。三ツ池公園、そして……大田重工埼玉工場。革醒兵器を量産するための工場、そして親衛隊の本拠地にあたる」 以前こちらが分断されたならば、今回はこちらが分断してやるのだ。深春の目は静かに燃えている。局地的戦術ならまだしも、全体的に見れば不覚を取ったと言える状況。彼女なりに矜持に傷をつけられたと感じているのかもしれない。 「本命はあくまで大田重工埼玉工場のほうだ。公園に向かう我々は、陽動という形になる」 そこで深春は口を閉じ――続きの言葉を吐いた。 「――だが、陽動であればいいなどという甘い考えで行くつもりは一切ない。私と共にくるからには、目標を陥とす。相手の本拠地だけではなく、公園も奪取する……そのつもりで、来て欲しい」 覚悟、ではない。その目に燃えているものは激情……怒りだ。 「――力を貸せ。万全に発揮させてやる、何故ならば」 ――クェーサーに敗北はないのだから。彼女はそう言い放った。 ●エネミーデータ ・ヨハン・ハルトマン少尉 元アーネンエルベ所属の親衛隊員。 研究者であり、自らを総統閣下の魔術師と自負している。 大戦中より行っていた研究をそのまま続け、科学と魔術の融合をテーマとしている。 魔力を過剰に増幅する、歯車が組み合い稼動している手袋『ヴォールハイト』を所持しています。 また、ヴォールハイトを媒介にして遠隔操作する固定兵装『エレクトロカノーネ』を操作します。 - マグスメッシス 神遠単 H/E回復20、流血、連 - ルーンシールド 神自付 ロスEP40 物無 - ツァラトゥストラ(EX) 神遠全付 物攻上昇、回避上昇、ダメージ80 - ブリッツドンナー(EX) 神遠全 ショック、雷陣、反動120 - 高速再生(パッシブ) - 超再生(パッシブ) - 戦闘指揮Lv3 - 魔術知識(非戦) ◆エレクトロカノーネ×4門 ヨハンが電撃のルーンとヴォールハイトを連動させ、遠隔操作する電磁誘導砲です。 ただし、カノーネから5m以上離れて操作することはできません。 これを操作出来るのはヨハンのみです。 四門の砲台は一回のヨハンの行動で操作し、四回の攻撃を範囲の目標にそれぞれ指定できます。 ただし性質上、ヨハンに密着した相手に撃つことは出来ません。 性能は下記です。 ・神遠2単 ショック、感電 ・トビアス・バウアー軍曹 ハルトマン隊の補佐役。無口な優男。 超振動機構を備えた軍刀『ラズィーアパラート』を一対所持しています。 - 瞬撃殺 物近単 虚脱、連 - 多重残幻剣 物近複 混乱、弱点 - 細断(EX) 物近単 物防無視 - 二刀流(パッシブ) ・ハルトマン旗下随伴兵×4 一般親衛隊兵です。アサルトライフルを装備しており、戦車へ近づく相手を掃射します。 - B-SS 物遠複 連 - ヘッドショットキル 神遠単 弱点、必殺 ・ハルトマン旗下衛生兵×2 一般親衛隊兵です。ヨハンの弟子であり、神秘系能力で味方を支援及び補佐します。 - 聖神の息吹 神遠味全 HP回復、BS回復50% - 神気閃光 神遠全 ショック、不殺 ・一般親衛隊兵×8 親衛隊の中でも特に一般兵です。アサルトライフルで武装しています。 - Rank1のスターサジタリースキルを使用 ■トラップについて ・路地にはルーン地雷が多数埋めてあります。 威力は非常に高く、設置位置から範囲で爆発します。 踏まないように避けて進むことは出来ますが、適切なスキル、手段等がなければ時間がかかります。 ・周囲の林にはブービートラップが仕掛けてあります。 ワイヤートラップで、引っかかった場合延長線上に設置されたルーン爆弾が起爆します。 威力は非常に高く、設置位置から範囲で爆発します。 避けたり解除しつつ進むことは出来ますが、適切なスキル、手段がなければ時間がかかります。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月09日(金)23:08 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●地雷原 ――公園の路地に爆音が響く。 そこは遊歩道である。普通なら、であるが。 遊歩というには少々この場は危険が過ぎる状態であった。 親衛隊とアークの戦い。公園にあいた世界の穴の奪い合い。その舞台となっているのがこの三高平公園である。 人が歩く為には今、この道には大量のルーン地雷……地雷に神秘刻印である炎のルーンを刻み、火力を大幅に増強させたものが埋設されている。 また、土嚢が積まれて敵を迎え撃つための拠点と化していた。 それを行ったのが親衛隊の部隊を指揮している男……ヨハン・ハルトマン少尉である。 「……資源の少ない島国が贅沢なことをする」 ヨハンが呟く。それは眼前に展開するアークの行動である。 地雷が埋設してあるということはアークに筒抜けなのだろう。ヨハンはそこまでは理解していた。そしてそこを突破する手段をアークが考えてくるであろうことも。 だが、まずアークが取ってきた手段は大雑把にして効率良く、だがコストのかかる手段であった。 複数の車輌を突入させて地雷を爆破させる。一種の漢探知とも言えるその行為だが、一定の成果をあげてはいた。 ――想像以上に地雷が多い、そして想像以上に地雷の威力が高いという問題が立ち塞がったが。 「……これ以上はこの手段は難しいな」 眼前の状況に『クェーサーの血統』深春・クェーサー(nBNE000021)が呟く。多数展開するリベリスタを引き連れ、正面突破を行う為の指揮を彼女は取っている。 実際のところ、今回の作戦自体が陽動である。アークは二面作戦を行っており、公園への進軍はフェイク。本命は太田重工埼玉工場のほうなのだ。 だが、深春はそれでよしとする性質ではない。攻めるならば勝利を目指す。それがクェーサーの矜持だからだ。 深春の言葉にリベリスタ達は顔を見合わせ、頷く。 「――手はずどおりに進軍せよ」 深春の号令の元にリベリスタ達が進軍を始める。その先頭に立つのは一団の中でも精鋭に属する面々だ。 「さあ、狩りを始めよう」 まるで今から狐狩りにでも行こうとするかのように『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が無造作に歩き出す。 だがその歩調は何かを測っている。自らの持つ得物、愛用の火縄銃。古風なそれは龍治の腕を持ってすると尋常ではない射程を生み出す。その間合いを自分の手足の長さの如く、彼は完全に理解している。 そしてその射程こそ、開戦の射程。眼前に広がる土嚢の裏に身を潜め、襲撃者を待ち受ける親衛隊。彼らとの交戦の間合い。 「楽しいリベンジの始まりよ」 手にしたヴァイオリンの弦を爪弾くと炎が生み出され、眼前の地面へと叩きつけられる。その炎は地雷に引火し、爆発音と共にさらなる炎を巻き上げて行く。 彼女、『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)はこの時を待ち望んでいた。奪われた公園、傷つけられた仲間達。それらの代償を取り返すため、反撃の時を待ち望んでいたのだ。 スピカの目が、直感が、地雷の位置を見破っていく。凄まじい数埋設された地雷を、次々と炎が炙り爆破していく。時折爆炎がかすめるが、その目が最終的に見据えるのは正面。 公園の中央、穴の所へ。その為の障害なのだ、この道は。 「何度やっても慣れるモンじゃ無いッスね……」 共に進軍しながら門倉・鳴未(BNE004188)が言う。 危険な任務は何度か潜り抜けてきた。だが、いつも恐怖は心にはりついてくる。 だからといって引く気はない。覚悟はすでに出来ている。自分の未熟を飲み込んで全力を出す。その為に鳴未は今、ここにいるのだ。 「――構え」 ヨハンが告げると親衛隊が土嚢の影から銃を構える。 近づくリベリスタ達を迎撃せんと。この先へは一歩も進ませまい、と。 「おや、そこにいるのはこの間ボクに力を吸われてへろへろになってたヨハンじゃないか」 あざけるように口を開いたのは『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)である。以前にヨハンと彼女は交戦している。その際に直接先頭を行った事もあったのだが…… 「よかった、此処にいるのが君程度の三下で。なんならまた力を吸い尽くしてあげるよ?」 「吠えるな、愚物が」 露骨なまでのアンジェリカの挑発に、低く声を押し殺したヨハンが答える。そのトーンは以前までの彼ではない。自らのプライド故に反省も対策もしないほど、ヨハンの思考は愚かではない。 ただ、圧倒的なまでの怒り。それを自らの中に押し込み、ヨハンはリベリスタを睨みつける。 「……行くぞ」 龍治の号令。それと共にわずかながら龍治が前進し、銃撃を行う。 銃声が響き、兵の一人が頭部に穴を穿たれ、倒れた。 「反撃せよ」 ヨハンの号令と共に、銃弾の雨が龍治へと襲い掛かる。技量に差があるそれは、一発一発は致命傷にはならない。だが、数によって目標の命をわずかづつ削り取って行く。 銃撃を行った龍治は即座に下がり、射程の外へと戻る。消極的ながらじわりじわりとした進軍。 戻った龍治に鳴未が駆け寄り、その傷を塞いで行く。その間に他の者は地雷を見つけ、解除しようと動き回る。 再び龍治が狙撃を行おうとした時……それは起きた。 「遠まわしに攻めてくるな。だが付き合ってやる道理はない」 手にはめた手袋をぎちり、と軋ませヨハンが呟く。 「――『起動』」 キーワードと共に、ヨハンの背後に存在する兵器……エレクトロカノーネが振動する。 刻み込まれた雷のルーンが輝き、電光が内部でスパークする。 その砲撃が……再度前進してきた龍治を、一斉に貫いた。 四門の砲台は自在に稼動し、電光の弾道が外敵を撃ち抜く。その破壊力とフレキシブルさは拠点防衛に関しては圧倒的性能を誇る。 「くっ……!」 四条の電撃。それに狙われた龍治が苦痛の声を上げ、膝をつく。 一撃ごとの威力も相当なものであるが、それを一点集中で運用された時の殺傷力は尋常ではない。即座に下がり、治療を受けなくてはそのまま倒れていた可能性すらもある。 下がり、攻め。時には体制を整えなおす。わざとらしいまでにじわりじわりとした進軍。その様子にヨハンは思考し……気付く。 「なるほど、そういうことか」 ヨハンが深く頷く。怒りに沸騰した頭脳でも、元々知性は高く知識も豊富な魔術師である。これは時間稼ぎ。あるいは…… 「備えろ。予測通りならば……」 ヨハンの言葉。その数瞬後…… 「――来るぞ。迎撃せよ!」 ――爆発音。それと共に側面の森より奇襲の別働隊が襲い掛かったのである。 ●拠点戦 林の中を一団が進む。 その目は油断なく周囲を見、最悪に備えている。 遊歩道にて親衛隊とアークがにらみ合っている時。同様に別の側面から近づく部隊がここにいる。 ――プツン、と微かな音がした。 木々の間を音もなく渡り、林の中に張り巡らされたワイヤーを起爆せぬようにカットしていく。『影刃』黒部 幸成(BNE002032)はまるで忍者の如く森に張り巡らされた罠を解除して進んでいた。 ただ静かに。近づくことを悟られぬよう、リベリスタ達は進む。 その直観によってワイヤーを発見する『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。千里を見通す目をもってして仕掛けられたトラップを見つけ出す『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)。進軍は静かに行われる。 だが、ある程度進軍した時……手にしたAFより仲間からのコールが届く。 ――気付かれたかもしれない、と。 そうと判断した後の彼らの行動は迅速だった。 悠月が生み出した氷刃が大気中に散布され……林内を一気に切り裂いた。 ワイヤーと木立に設置されたルーン爆弾が次々と切断され、爆発を起こす。爆発がさらに爆発を生み、林の内部は焦土と化して行く。 「……行くぞ!」 拓真が叫び、リベリスタ達は一斉に林の中を駆け抜けて行く。側面を突き、一気に切り崩す。ただその一点を狙い。 ――林を抜けた別働隊の前に立ち塞がるのは親衛隊である。 ヨハンまでの距離を少しでも稼ぎ、攻撃のチャンスを作り出す。その為の壁としての兵。彼らはその目的の為にその身を投げ出す。 「今だ! 全軍突撃!」 正面、遊歩道よりじわりじわりと陽動を行っていたチーム。号令と共に深春が地面に叩きつけた、広範囲に渡る風の刃によって次々と地雷が巻き上げられ、爆発を起こす。 スピカの炎とあわせ、道が切り開かれていく。この瞬間、陽動作戦から両面作戦へとその性質が変化する。 挟撃となったこの瞬間。ヨハンがとった手段は……個別撃破であった。 「群がるな、劣等!」 ヨハンが絶叫し、手袋をギチリと稼動させる。電流がカノーネへと送られ、ヨハンの意志どおりに稼動しはじめ……四方ばらばらに電光を撒き散らした。 「ぐあああああぁっ!」 電光に撃たれ、絶叫を上げる一般リベリスタ達。ヨハンは精鋭以上に敵の物量を警戒していた。よって数から減らす、という戦術を選択したのだ。 倒れたリベリスタは実力に劣れども今ここに立ち戦おうとする勇姿であった。その中には彼らを纏める存在であったローズ岸田も含まれていた。 だが、止まるわけにはいかない。少しでも近づき、懐へ入り込む。なによりもまずカノーネの無力化を目指し進軍していく。 「まだです、皆さんは怯まずに進んで下さいまし!」 突貫するチームよりわずかに後方から『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)は追走しつつ祈る。祈りは形を変え息吹となって被弾する味方の傷を塞いでいく。 ……だが、麻衣の腕を持ってしても手遅れな者を生かすことは出来ない。リベリスタは力の弱いものから倒れ、力尽きて行く。 だが無駄ではない。確実にヨハンへの道が切り開かれ……だが、それをブロックしてくるのもまた、敵の親衛隊である。相手も理解しているのだ。ヨハンの戦力がこの場の戦闘を左右する現実を。 「撃て!」 親衛隊が視界に見える敵兵へと銃弾を撒き散らし始める。 一撃は豆鉄砲でもとにかく数が多数なのだ。わずかずつでも多量に受けると大きな被害となる。だが躊躇わず、リベリスタはつき進んだ。 「どけ!」 拓真が叫び、彼の手にした正義が咆哮を上げる。銃弾がお返しとばかりに親衛隊へと降り注ぎ、戦力を削る。 ヨハンへたどり着くにはまだ今少し。だが挟撃が合流した時、その時が…… 「……させはしない」 ……新城の眼前に一瞬で現われたのはトビアス軍曹であった閃光の如き身のこなしで放たれた一撃が新城を捉え、刃同士の間で火花を散らす。 「させぬよ!」 そのトビアスを新城から引き剥がすように幸成が強引に割り入った。手にした暗器が見えざる殺意となってトビアスを襲う。トビアスは振動する刃で幸成の攻撃を払い、一撃を加えようと再度振り回す。 高速の刃と闇の刃。二つの刃が互いの存在を食い殺さんとぶつけ合わされる交戦が始まった。 ……ヨハンへは、今だ届かず。 だが、強引に。意地でも相手の布陣を切り裂いて行く。戦力に劣る者も、力に勝るものも。ただ一つの目標に向け、戦う。 ――そして、その時が訪れる。 わずかづつの進軍は、時間を稼ぐに十分だった。それはこの戦況をひっくり返すだけのお膳立て。耐え忍んだリベリスタはそのタイミングを掴む。 「……運んだわ、ここまで」 スピカが呟いた。彼女が運んだもの、それは…… 「――到達する、一手」 バイオリンの弓が弦に触れ、ばちり、と音を立てた。それはヨハンが生み出すものと同質の音で……そのタイミングにあわせ、さらなる電撃音が林側より響いた。円環の符を構えた悠月が、スピカと共に紡いだものを……一気に解き放った。 ――それは、確かに到達した牙だった。 ●撃滅 「ぐぅっ……!?」 同時に炸裂した電撃が戦場を照らす。その閃光に一瞬ヨハンは目を細め……その現実に気付く。 電撃は十二分な威力を持ったものだった。訓練の足りない雑兵では耐え切れぬような術式であった。それが意味する所は…… 「――貴様には、以前大きな借りがあった」 壁は、剥がれた。 「俺が未熟だったと言えばそれまでではあるが」 そして刃はここへたどり着く。 「――だが、仲間達の仇は取らせて貰うぞ!」 仲間達が一丸となって送り込んだ牙。その刃がヨハンへと全力で叩きつけられた。 優雅さもない、力任せの一撃。それはヨハンの纏う障壁を突破するような一撃ではなかった。だが……ヨハンの身体が、衝撃に浮いた。 「き、貴様!」 土嚢から弾き飛ばされたヨハンが滑り落ちる。先ほどの強打はヨハンをカノーネの領域より引き剥がし……ルーンが、輝きを失った。 ヨハンの制御を離れたのである。カノーネは相当に強力な武装であった。だが、遠距離で操作できない欠点もあった。カノーネからヨハンを引き剥がす、その一点の為にリベリスタは一丸となって切り込んでいたのだ。 「貴様ら、よくも……!」 固執はしない。引き剥がされた武装は仕方ない。即座にリベリスタを迎撃せんとヨハンが手袋を軋ませた。 「来いよインテリ気取り。俺は未熟だけど、それでも今度ばかりは命賭けて戦いに来てんだ」 弓を油断なく構え、鳴未がヨハンへと告げる。 「――余所見してたら痛い目見るぞ!」 「劣等が吠えるなと言っている!」 怒りの叫び。それと共に増幅された雷撃が戦場を切り裂いた。 視界に存在するあまねく刺客へと、ルーンの裁きが吹き荒れる。カノーネに引けをとらぬその殺傷力はリベリスタを著しく傷つけ、同時にヨハン自身の肉体をも焼く。 「はぁ、はぁ……」 術式故か、逆上故か。ヨハンは肩で息をする。巻き込まれた敵は少なくとも無事ではないだろう。無事だとしてもそう簡単に動ける状況ではない……そう判断したの、だが。 「……他の魔術師の秘儀、ましてルーン魔術を間近で観る機会を得られるとは」 ――ヨハンのすぐ側で、声が聞こえた。 リベリスタ側がヨハンへ送り込んだ刺客、それは拓真だけではない。カノーネを封じるならまだしも、ヨハンを仕留めるには一手では不足だと判断したのだ。 隣に立つのは、悠月。その距離は最早魔術師の距離ではなく。手を伸ばせば相手に触れられるほどの距離。 間近で観たルーン魔術。それは王道であり、それ故に神秘の結晶であった。 ルーンであると理解は出来ても、魔術に対する知識の深さが届かぬ故、扱うには不十分。だが、違う目的を果たすにはこの立ち位置のみでも十分。 「それでは、こちらからもお返しを」 ――そう言った悠月が、無造作に手を払った。 それはまるでカーテンを払いのけるかのような動き。だがその手には確かな魔力が篭っていて…… 「――――!?」 至極当然のように。ヨハンの魔術的防御を全て払い崩した。 「馬鹿なッ……!?」 ヨハンが絶句する。魂すらも抉られるかと思うその一撃で、彼の防御は全て取り除かれたのだ。 魔力の盾も。自らを護る術式を施した防具も。――命を護る再生のルーンも。 瞬間、行使した魔術によって耐え切れなくなった肉体への反動が、一気に吹き出した。 限界を超えた反動は再生で補ってきた。その再生が止まった今、彼の技術の結晶は彼自身を蝕むだけなのだ。 「ぐぁ……冗談ではない!」 その隙を狙ったかのように、次々と攻撃がヨハンへと襲い掛かった。 「剥がれたな。まあ所詮その程度だったと言う事だ」 遠方より放たれた魔弾がヨハンの肩を穿つ。龍治の放ったその弾丸はヨハンを蝕み免疫を奪う。 「今日は逃げない、お前を此処で終わらせる!」 アンジェリカが包囲を抜け、神速でその大鎌を振り抜く。刃は肉を抉り、さらに肉体の破壊へと誘う。 「何故だ、何故私がここまで……ッ」 今回だけではない。過去における二度、それもまたヨハンにとっては屈辱であった。その上さらに屈辱を上塗りしなくてはならないというのか。 「最後に一つだけ教えてあげるわ。わたし達はいわば、戦力分断の為の囮」 息を荒げ、屈辱に顔を歪めるヨハンへとスピカが追い討ちの言葉を掛ける。 「公園への攻撃は陽動だ。今頃、工場では大規模な戦いが起きているだろう……退くと言うのなら追わないがどうする。ヨハン・ハルトマン」 拓真のさらなる言葉。それを聞いたヨハンは……気付いた。 彼にとってあの工場で作られている兵器など、ただの産物に過ぎなかったのだ。ヨハンが望むもの、それは兵器や名誉、侵略などではなく…… 「……トビアス」 「はい」 ヨハンに呼ばれ、トビアスが答える。眼前にいる黒装束に身を包んだ幸成との戦いは一進一退であった。突破はさせぬが突破も出来ぬ。その為にヨハンのフォローに回れていなかったのだ。 ぼそり、と呟いたヨハン。その視線の先に存在するのは公園の、世界の穴。 ……あれを、調べたかったのだ。ヨハンの根源の欲は、総統閣下亡き今、魔術師の根源たる知識欲、それだったのだ。 ばちり、と音がした。リベリスタ達が音のほうに目を向けるのと……エレクトロカノーネが自爆するのは、ほぼ同時であった。 「皆さん、ご無事ですか!?」 麻衣の叫びが粉塵舞う戦場に響く。同時にリベリスタ達を癒しの息吹が撫で、軽傷重傷問わず癒して行く。 ――砂煙が消えた後。そこにヨハンとトビアスの姿はなかった。 自らの原点に立ち返ったヨハンは、この最早後のない戦場から立ち去ったのだ。 ……かくして多数の被害を出しながらも、北門通路の攻防はリベリスタの勝利で幕を閉じたのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|