●簡易収容所 「クソ……!」 捕らえたリベリスタを両腕を金属の拘束具で封じ、倉庫に入れる。倉庫といってもプレハブ工法で作られた簡易的なものだ。長期任務になるため用意しておいたものだが、まさかこんな形で役に立つとは。 「諦めてなかったのか、アークめ!」 「予想してしかるべきだったな。撤退の手際よさから考えれば反撃は必至だ。もっとも」 「ああ、この国のフィクサードたちが足を引っ張ることをまるで考えていない。全力を出した隙に本丸を攻められれば落とされるだろう。状況判断ができる指揮官と思っていたが」 「つまりそういうことなんだろう。この国のフィクサードを殲滅したかあるいは裏取引したか。頭を回すのは後だ。今はこの攻勢を乗り切れ!」 『親衛隊』は悪態をつきながら攻めてくるアークの軍勢に対応していた。この公園を占拠して半月ほど。神秘兵器の開発も進んできたところでの大攻勢である。 ヴィルマ・アスペルマイヤーが所属する部隊の戦況は、勝利といっていい戦果だった。リベリスタの何人かを捕らえ、捕虜としてこちらに連れて来た。このあと別の戦場に向かうか、あるいは補給に戻るか―― 「世界大戦の亡霊が。お前たちの世界はもう存在しないんだよ!」 捕らえたリベリスタが悪態をつく。今まで散々言われてきた言葉だ。 「鉄十字とかカビの生えたものを後生大事に飾りやがって! 敗者は潔く歴史に埋もれていればいいんだよ!」 敗者。それも聞きなれた。 ヴィルマ自身は世界大戦の経験者ではないし、望んで猟犬に所属しているわけではない。家族を守るために、軍服に袖を通しているだけだ。 「ガスだろうがなんだろうがやってみやがれ! 正義の火はこんなことでは消えやしな――」 リベリスタの悪態は喋り手と聞き手、双方の予想外の手段で遮られた。 「サソリ型アザーバイドだ!」 三ッ池公園は『閉じない穴』の影響で強力なエリューションが跋扈することがある。アークも時折哨戒に当たり、これに対応していた。『親衛隊』もそれを警戒し、当初過剰な武装で威嚇していた。 だがアークの襲撃でその矛先が変わり、威嚇のやんだ隙を突いてに攻めてきたのだ。どこにいるかなど確認するまでもない。それほどの大きさで、それほど間近に迫っていたのだ。そのハサミが一薙ぎするだけで、簡素な建物など中にいる人事切裂かれてしまうだろう。フォーチュナに予知してもらうまでもない。 「総員退避! このエリアを放棄して部隊を再編する!」 『親衛隊』の号令がかかる。捕らえられていたリベリスタたちは絶望の表情を浮かべる。死の覚悟はあったが、まさかこんな形でとは。できることはあのアザーバイドが『親衛隊』のほうを追いかけてくれますようにと呪いをかけるだけだった。 迫るアザーバイド。その体にエネルギー弾が叩き込まれる。その衝撃に足を止めるアザーバイド。 リベリスタがエネルギー弾を放った者を見れば、そこにいるのは軍服に身を包み銃剣を持った一人の女性。ヴィルマ・アスペルマイヤーと呼ばれた『親衛隊』の兵長。 「私が足止めをする! お前たちは捕虜の輸送を!」 「Ja!」 言葉短く動き始める『親衛隊』。手際よく倉庫の壁を解体し、拘束されたリベリスタたちを運んでいく。 「何故だ! 俺たちはお前たちの敵なんだぞ!」 先ほどまで口悪く罵っていたリベリスタが叫ぶ。信じられないという感情と、信じたくないという自己防衛。 「お前たちより私達が優性だからだ」 口から出たのは『親衛隊』が掲げるアーリア至上主義の言葉。 「優れた人種が下の者を守り、導く。能力のあるものが、道を作る。動けるものが、動けないものを守る。ただそれだけだ」 優生学。遺伝的な優劣。それを研究し、求める学問。 だがそこで得た優性を、どのように使うかは人それぞれだ。例えば人を支配するために。例えば弱きを助けるために。 「……ふざけろ。そんな理由で命を賭けるのか、お前は!」 「ああ。そんな理由に私は命を賭ける。来るべき理想の国家の兵士として」 そのまま捕虜に背を向けて、アスペルマイヤーはアザーバイドに向き直る。 あの『親衛隊』が倒れれば襲われるのは自分達。だがそれとは別の理由で、リベリスタたちは拳を握る。誇りを持ってアザーバイドに挑むその姿に、認めたくない感情を認めて。 だが如何に心を強くもとうとも、戦力差が覆るわけではなかった。 ●アーク 「パーティタイムだお前たち」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に向かって、説明を開始する。 「作戦は前回七派にやられたことの意趣返しだ。三ッ池公園に大攻勢を仕掛け、戦力をひきつけて本丸を叩く。本丸って言うのは『親衛隊』が神秘兵器を作っているミスター大田の軍事基地だ」 ざっくりとした伸暁の説明だが、それだけでも気合が入る。 先の戦いで三ッ池公園を『親衛隊』に奪われ、その後にキース・ソロモンが宣戦布告を仕掛けてきたのだ。『親衛隊』とキースを同時に相手する戦力などあるはずもなく、実のところアークは瀬戸際に追い込まれている。そういう意味ではこの作戦は箱舟の浮沈がかかっているといってもいい。 そんな事情とは別に『親衛隊』に怨みがあるものも多く、神秘兵器生産による戦争を起こさせるわけにも行かず、また友人の住むラ・ル・カーナへの道が絶たれたままというのは許せない。この戦いは歴史の分岐点ともいえる。 「今回は前回みたいに七派が動くことはない。上のほうで色々動きがあったらしいぜ。ま、シークレットエリアに足を踏み入れるのは戦いが終わった後にしてくれ」 一部事情を知っているものは、逆凪の不快そうな表情を想像して苦笑した。合理主義の男にとって、計算できない動きをするバトルマニアの存在をちらつかされればいい顔はしない。 「さて作戦だ。お前たちにはこの場所に捕らわれているリベリスタたちの救出に向かってもらう。数は五十。できるだけ急いでくれ」 「なんだ、処刑されそうなのか?」 「あいにくと収容所はここから遠くてね。だが異世界の穴は近かったらしい。アザーバイドが沸いて出てくる。巨大なサソリだ」 『万華鏡』が予知したデータを幻想纏いに転送する。これを相手しながら救出作業となると、面倒なことになる。 「ついでに言うと、『親衛隊』もそこにいる。とはいえアザーバイド襲撃でほとんどが逃げた。その気になれば殲滅は出来るだろう」 アザーバイドに挑む一人と捕虜を運ぶ者が二人。確かにこの場で潰せる数だ。 「アザーバイドは無理に相手をする必要はない。最優先目的は捕虜奪還だ。無茶をするなよお前たち」 ●鉄血の誇り 『ワシ等は国の期待を受けて戦ったんじゃ』 曽祖父の言葉がアスペルマイヤーの脳裏に蘇る。世界大戦を生き抜き、しかし歴史の悪役となった部隊の残兵。 『多くの命を奪ったことを否定せん。悪党の誹りも受けよう。じゃが、ワシ等はお前たちの未来を守ったことは誇りに思う。国や体制が滅んでも、お前たちさえ生きていればそれでいい。 ヴィルマ、つらい戦いなる。過去の汚名を受け、鉄十字を罵られ、捨てたくなることもあるだろう。それでもそこにある誇りだけは忘れんでくれ』 大丈夫と心の中の曽祖父に言葉を返す。私は誰かを守るために力を振るう。誹りも罵りも全て受けよう。たとえ今は歪んでいても、世界を導く思想にあこがれたのは確かだから。 たとえここで力尽き無様な犬と罵られても、笑って死ねるように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月07日(水)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「なんでしたっけこう言うの、ノブレス・オブリージュ?」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が『万華鏡』で得た残存している『親衛隊』の行動を見てそんな言葉を思い出す。その行動に様々な感情を混ぜつつ、とりあえず何も言わないことにした。今は任務が優先だ。 「敵にしてはすげえ見習いたいくらいかっこいいやつ。っていうかまさかの年下ァ! うっそー!」 闇を見通す瞳で戦場を見ながら『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)が驚きの声を上げる。厳密には三ヶ月だけ彼女が年上なのだが、まぁそれは瑣末。誰一人殺させまいと気合を入れて、捕虜のほうに向かって走りだす。 「捕虜は任せたでござるよ」 黒装束を身にまとい、『影刃』黒部 幸成(BNE002032)が公園の草を蹴る。疾駆しながら己の影を身に纏わせ、そのままアザーバイドに暗器を振るう。サソリの甲羅に入る傷。 視線こそ向けないが、アスペルマイヤーの意識がリベリスタの方を向くのを察した。敵か味方か、判断しかねているのだ。 「提案がある。先ず奴から射線を切る。了承してくれ」 『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が幻想纏いから馬匹運搬車を取り出し、バリケード代わりにする。しかし巨体のアザーバイド相手には長くは持たないだろう。交渉の時間は長くはもてない。アスペルマイヤーの方を見て言葉を整理する。 「収容とか止めて下さいな。彼ら概ね日本人ですよ。名誉アーリア人ですよ」 『親衛隊』の護送を止めようと『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が行く手を阻む。アークのリベリスタの国籍は多種多様だが、そんなことはあまり気にしない。攻撃を仕掛けないのは、彼等の行為に敬意を表しているゆえか。 「ところでさあ。アンタと直接ぶつかるの二度目よねソミラさん。名前教えろ後で」 同じく『親衛隊』の一人を足止めする『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)。友恋が芽生える状況ではないが、こうも縁があればたとえ敵でも気になるものなのか。相手の方も前に出るホーリーメイガスということで記憶に残っている。 「さて、囚われのりベリスタ達を解放しないとね」 『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)は背中の羽根を広げて捕虜の救出に向かう。個人的には優生学に賛成のシルフィアだ。遺伝的な優劣は確かにある。だが、それはあくまで能力であり、立場ではないはずだ。 「捨て置けばいい捕虜の為に命を懸ける、か」 四条・理央(BNE000319)はアザーバイドの攻撃を『古びた盾』塞ぎながら、アスペルマイヤーの行動について考えていた。相手は『親衛隊』だ。正直、今のままでは決して同じ道を歩める境遇ではない。もちろんその行為自体は共感を覚える所なのだが。 「どういうつもりだ、箱舟の戦士達」 サチューバを押さえているアスペルマイヤーが、視線をアザーバイドから外さぬままに問いかける。捕虜を解放しにきたのなら分かる。捕虜の安全のためにアザーバイドの気を引くのも納得しよう。 だがこちらに提案というのはどういうことか? ● 交渉を切り出したのは雷慈慟だ。 「現状、貴君等の状況では我々を打破する事も、捕虜を輸送しきる事も現実的では無い」 それは火を見るより明らかなことだ。リベリスタ八人と巨大なアザーバイド。対抗する『親衛隊』は自分を含めて三人。リベリスタとアザーバイドを味方同士と思わなくとも、戦力差は圧倒的だ。 「捕らわれの彼等は我々の仲間だ。後は我々に委ね、貴官達はこの現場を退け」 「それが提案か?」 「あのアザーバイドを私達に押し付け、捕虜を見捨てる代わりに有能な部下を死なせずに済む、というのは悪い結果じゃないと思うのだけどね」 「親衛隊は遭遇戦で戦力を削られる事無く決戦に備えられる。アークも負傷したリベリスタを決戦に投入する時間的余裕はない。 そして、私と貴女はこの人達の命を護ることが出来る。……悪い話じゃないと思うけど?」 シルフィアとアンナが言葉を重ねてくる。アザーバイドの脅威と現状攻められている『親衛隊』の立場からすれば、それは確かに悪い結果ではない。 「確かに悪い話ではない。だが――」 アスペルマイヤーの銃剣が火を噴く。方向は――ソードミラージュを押さえているアンナの方に。高エネルギーによる衝撃波が、アンナを吹き飛ばした。 「なるほど彼等を守りたいというその精神、高潔なものだ。その上で我等の命まで気にかけてくれたことは感謝しよう。 だが退けというのならそれは聞けぬ相談だ。そして護送の邪魔をするのならそれは捨て置けぬ」 『親衛隊』の目的は『捕虜の護送』だ。第一義としてそれは揺るがない。 ヴィルマ・アスペルマイヤー兵長という『親衛隊』は、生命の危機と損得勘定でそれを揺るがすような兵士ではなかった。そもそも、そんな兵士なら危険を冒してまでアザーバイドから捕虜を守ろうとしない。 交渉内容が『アザーバイド掃討までの停戦』なら受け入れられただろう。少なくとも彼女達の目的には反しない。だが交渉内容とリベリスタの動きは、明らかに捕虜解放を目的とした動きだった。リベリスタが『軍の捕虜』を奪おうとする以上は、人道的な見地はともかくその行為を止めようとするのは彼女たちとしては正当な行為なのだ。 「まぁ、同じ道を歩めるとは思ってませんでしたけどね」 理央は捕虜を解放するために拘束具を外しながら、アスペルマイヤーと『親衛隊』のほうを見る。逃がした捕虜に攻撃を加えることはしないようだが、捕虜を逃がすなら攻撃を仕掛けるといわんばかりの殺気を感じる。 「要するに、ガチガチの軍人ということですか」 レイチェルが『親衛隊』の視線を見て、次の動きを察しようとする。彼等の視界は捕虜と自分達の陣営とアスペルマイヤーを見ている。それだけで彼等の行動を察するには、情報量が少なく無理があった。なんとなく、捕虜護送を優先するのではないかということぐらいは分かる。 「少し残念ですが、致し方ありません」 うさぎがため息と共に拘束のための糸を『親衛隊』に放つ。捕虜の命を救うために命は賭けるが軍務だけは果たす。ある意味立派ではあるが、それだけに残念だ。ともあれ仲間を救うために尽力しなくては。 「いいヤツだと思ったんだけどなぁ。畜生!」 俊介は舌打ちをするようにセリフをはいて、ダメージの回復に入る。『親衛隊』に攻撃を仕掛けようと思ったが、サチューバの火力と『親衛隊』の妨害が無視できなくなっている。どちらを優先するかといえば、傷を癒すほう。霧島俊介という存在はそういう男だった。 「……聞こう。ならばアザーバイドの相手を我等に任せ、貴殿も捕虜開放に向かうのが最善手ではないか?」 「お互い様だ、箱舟の。我等を犠牲にして人質を奪還するのが最善手ではないか?」 幸成の問いかけにアスペルマイヤーが鉄の口調で答える。今からそれを行っても文句は言わない。互いに敵同士なのだから。言外にそう言っていた。 今から護送を行っている『親衛隊』を廃し、サチューバをこの兵長に任せて、一斉に捕虜開放を行う。何人かの犠牲は出るかもしれないが、それでも目的は達することができるだろう。 だが、 「ふざけろ、兵隊。私等もアンタと同じだ! 人の命を守りたいのよ!」 吹き飛ばされたアンナが頭を振りながら叫ぶ。それはここにいるリベリスタの意見の総意だった。 「もちろん、『親衛隊』に捕虜を渡すつもりもありませんわよ」 シルフィアが背中の羽根を広げて言葉を継ぐ。 道は交差し、そして分かれた。 されど異世界の脅威に向くつま先だけは、一方向を向いている。 ● 家屋ほどの大きさのあるサチューバは、その大きさに相応するほどに頑丈だった。動きはそれほどでもないのに、どれだけ殴っても動きが衰える気配がない。 「全く、遠慮なく切りつけてくれるね」 理央はサチューバの動きを押さえながら、防御の神秘を展開する。ラ・ル・カーナの防御魔術を自分に施し、尻尾の毒を払いとばす。鋏のなぎ払い攻撃を使い慣れた盾で受け流し、アスペルマイヤーを見た。 (流石にこの場で明確な敵に防御支援を配れるほど、割り切っては居ないんだよね) 彼女は敵だ。それは間違いない。だが理央はアスペルマイヤーも援護の対象に含めていた。どういう形であれ、現状アザーバイドの足止めに献身していることは事実。敵対心で敵に突破される可能性を増やすほど、心を乱してはいない。 「貴殿には貴殿の誇りと任務があるように」 幸成が影をまとって宙を舞う。黒装束が夜に溶け、黒鉄の刃が降り注ぐ。相手の虚を突き、そして甲羅の隙間を縫うような攻撃。大きく動きながらもガードを緩めることはなく、また相手からも目を離さずにいる。 「自分には自分の成すべき忍務が御座る。拙者の任務は目の前のこのアザーバイドを止めること」 それ以外のことは受け止めよう。憎々しげに思っていた『親衛隊』の所業を胸に押さえ込み、幸成は夜を駆ける。アザーバイドの鋏と尻尾を引き付けながら、しかし闇に隠れるようなその動きでその猛威を受け流していく。 「どうやら派手に騒ぎ立てたほうがいいようだな」 サチューバの動向を見ていた雷慈慟は、目の前で攻撃を加えている間は捕虜のほうには目を向けないアザーバイドの特徴に気づく。とはいえ雷慈慟の派手な攻撃は下手をすると仲間を巻き込みかねない。嘆息し、アザーバイドの気を引くために一撃を加える。 「『親衛隊』とは片寄りきった国家社会主義者ばかりかと思っていたのだがな」 雷慈慟は戦うアスペルマイヤーを見ながら口にする。彼女も相応に国家社会主義だが、それでも心の芯は真っ直ぐのようだ。 「否定はしない。むしろその方が主流だ。事実、その主義に従い箱舟に捕虜を譲るつもりはない」 「だろうな。だが不測の事態に対するその行動と決意、敬意を表す」 「戦闘中で、敵。二つも『仕方がない』が重なってるのに人の命を守ろうなんて、アークにだってなかなか出来る事じゃないわ」 アンナがソードミラージュの相手をしながら言葉を重ねる。戦場に光をともしながら、回復の神秘で仲間を癒す。この兵達が人殺しで『親衛隊』であることには変わりないのだろう。だがその性根には善良なものがあるのだと感じ取れる。 「とはいえ、さすがにキツイ……!」 アンナが足止めしているソードミラージュはブロックしているアンナを麻痺させようとナイフを振るう。回避……というよりは基本的に前衛に出ないアンナがそれをよけることは難しく、痺れるような痛みで妨害を緩めてしまう。 もう一人の『親衛隊』も、魔力弾を放って自分達の足止めと捕虜開放を行うリベリスタの動きを縛っていく。生まれた隙を縫って『親衛隊』に護送される捕虜達。 とはいえ、神秘の力で足止めをしようとするのは『親衛隊』だけではない。人数と精度は明らかにリベリスタ側が勝っていた。 「とりあえず動かないでください」 レイチェルがハンドガンを『親衛隊』に向かって放つ。狙い済ます時間はわずか一瞬。コンマ三秒にも満たないわずかな時間に、幻想種に深化したレイチェルの瞳が光る。驚異的な身体能力と瞳の精度。そしてレイチェル自身の努力が鋭い一射を生み、『親衛隊』の動きを封じた。 「さすがに護送器具の破壊は難しいか……」 『親衛隊』が捕虜を護送するための拘束具。それを狙って撃てば邪魔ができると思ったが……遠目で見ただけでは判断がつかない。試し撃つことはできるが、狙いを外せば被害が出るのは捕虜のほうだ。ギャンブルとしては割が悪いと諦める。 「ぶっちゃけ、あなた達は比較対象が無きゃ自分の価値も定められないだけの弱虫が9割だと思うんです」 劣等種だの優勢種だの。今まで出会った『親衛隊』のことを思い出しながらうさぎは糸を放つ。糸は『親衛隊』に絡まって、その動きを拘束する。そのまま相手のほうを見ながら言葉を続ける。攻撃を仕掛けることもできるが、それをするつもりはない。 「でも、あの人は違う様だ。私は好きですよ。ああ言う人」 今なおアザーバイドの脅威から身を挺して戦っているアスペルマイヤーを見ながら、うさぎは思う。彼女もリベリスタ来襲で不利であることは察しているはずだ。それでもなお軍務を優先し、捕虜の命を守るために身を挺している。なるほど理想の軍人だ。 「足止めるなぁ! 行けぇ!」 俊介が『親衛隊』とサチューバに受けた傷を癒す。『親衛隊』の主義などどうでもいい。彼にとって大事なのは生きているか否か。現状、もっとも仲間に損害を与えるサチューバとアスペルマイヤーの動向に注意しながら、破界器の指輪をなぞる。 「捕虜は返してもらうぜ。連れてかれた先で何されるかなんて考えたくも無いさ」 『親衛隊』の歴史を紐解けば捕虜の扱いはけして喜ばしいものではないことは想像できる。自分の仲間がそんな目にあうことを黙って見過ごすわけには行かない。夜の空気を吸い込んで、体にためる。開いた口から放たれる息吹が、リベリスタたちを癒していく。 「さぁ、早く逃げなさい」 シルフィアは黙々と捕虜の解放に努めていた。拘束具の金属部分をしっかりと見やり、破壊の魔力をそこに集中させる。パチン、という小気味いい音と共に拘束具が外れ、捕虜達はそのまま逃げ始める。 「きゃ! ……いたいですわ」 積極的に捕虜開放を行うシルフィアに『親衛隊』殻の攻撃が飛ぶ。四種類の魔力が一塊となり、シルフィアの肉体を蝕む。それでも彼女は反撃することなく捕虜解放に意識をむける。それが自分の役割だと誇りを持って。 拮抗こそあれど、リベリスタも『親衛隊』も輸送妨害と捕虜解放に尽力する。そのため時間こそかかるが捕虜の数は確実に減ってきていた。 「これで最後です」 レイチェルが最後の捕虜を解放する。何人かは『親衛隊』に妨害されて連行されたが、多くの捕虜を開放することができた。 リベリスタと『親衛隊』、互いに争う理由が消失する。 ● アザーバイドとの交戦は、このあと数十秒交戦して断念することになった。相手の体力の多さ等を考慮すると、『親衛隊』と交戦した後に相手をするのは無理があると判断したからだ。 逃げる際に『親衛隊』に後ろから攻撃されると懸念するものはいなかった。そんな相手ではないというのは理解している。 互いに一斉散開し、サチューバに目標を見失わせるということで話がまとまった。 「ヴィルマ、捕虜を護ってくれてあんがと」 「仲間を守ってくれて、本当に有難うございました!」 俊介とうさぎがアスペルマイヤーに感謝の言葉を返す。 「……お互い立場という物は、辛いな」 雷慈慟がため息をつく。世界全ての人間が一枚岩などというわけにいかないのはわかっているが、それでも状況が状況なら共に歩めたかも……と思ってしまう。 「助勢には感謝する。だが次に戦場であえば容赦はしない」 アスペルマイヤーはそれだけ告げて、部下に撤退の指示を出す。そして、 「貴君等の武運を祈る」 本来敵であるリベリスタの武運を祈る兵長。彼女なりの最大限の謝礼なのだろう。 サチューバの尾が振り下ろされる。それを合図に一斉散開し、革醒者たちは三ッ池公園に散っていった。 獲物を失ったアザーバイドは、新たな獲物を求めて三ッ池公園を徘徊する。この公園がアークの元に戻れば、いずれ討伐の機会もあるだろう。 『親衛隊』につれられたリベリスタの無事は、今のところ不明だ。だが生存の可能性は、まだ残っている。 そして解放されたリベリスタたちが、自分達を助けてくれた者たちに感謝の言葉を次々に言う。 「ありがとう! 助かったぜ!」 捕虜達は一度補給地点に戻り、そしてリベリスタたちは次の戦場に向かう。この戦いが陽動とはいえ、三ッ池公園を奪われたままにしておくつもりは毛頭なかった。 『貴君等の武運を祈る』 アスペルマイヤーの言葉が蘇る。その言葉を胸にして、様々な感情を抱きリベリスタは三ッ池公園を走った。 夜はまだ終わらない。朝日はどちらに輝くのだろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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