●空へ モニターに映し出されたのは、女性の顔。 穏やかな目元は優しげな笑みを浮かべ、流れる黒髪は風を受けて柔らかに舞う。 一糸纏わぬ上半身はつるりとした大理石のように滑らか。 肌が紙のように白く、他の部分も白と黒の二色のみで構成されている事を除けば、美しい女性であった。 ただし、その背中には黒い蝶の翅。 ミヤマカラスアゲハにも似た光沢を持つそれは、真っ黒。 人で言う肩甲骨の辺りから、通常の蝶の様に四枚の翅。 そして腰のやや上の部分から、更に四枚が生えていた。 相互が邪魔しあい飛行の妨げになりそうな形状だが、彼女は全く意に介した風はなかった。 本来の虫のように、翅の力だけで飛んでいるのではないのだろう。 トンボの腹部にも似た、長い尾。あるいは一本となった脚。 それを魚の尾鰭の様に動かし、空を飛ぶ。空を泳ぐ。 雲を抜け、夕暮れの空にあるものを見付けた彼女は嬉しそうに微笑んだ。 茜色。 夕日が真っ白な彼女の頬に紅を差したようでもあった。 成人男子二人分を優に超える丈の彼女は、両腕を広げ、そして、 銀色の機体の前に、その身を躍らせた。 ●羽化の時 続いて響いたのは、爆音。 金属の破片を、命の欠片を跳び散らかす風の中、彼女は悠々と浮かんでいた。 アザーバイドか、と呟いたリベリスタに『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は首を横に振った。 「違う。彼女はノーフェイス。……とは言え、もうほぼ人の形は止めてしまったけれど」 瞬いたリベリスタに、イヴは端末を叩いた。 映し出されたのは、上品で整った顔立ちではあるが先程の女性とは全く年の違う老婦人。 「彼女がアレ、判別名『モノクローム・バタフライ』の元。数年前の革醒の際に若返り、フェーズ2に進行する辺りで己の体を変容させ『蛹』の中に閉じこもった。蛹の状態で力を蓄え、『羽化』の時にはもう、3に近いの」 彼女はアーク設立の前に蛹と化し、全く活動を行っていなかった為にオルクス・パラストも補足できず、静かに静かに力を蓄え続けていた。 年月を経て、更に硬く変容した蛹。 それはリベリスタといえど、傷を付けることすら難しいのだと少女は言う。 「だけど、羽化してすぐはまだ飛べない。そこを狙って。でないと、一時間もしない内に彼女は完全体となって空へと飛び立ってしまう」 蛹の時では満足にダメージを与えられず、飛び立ってしまえば補足が難しい。 だからこそ、この瞬間しかないのだと。 思い出したように、イヴは先を続ける。 「彼女が空を飛びたい理由。亡くなった旦那さんが、旅客機のパイロットだったから。楽しそうに空の話をする旦那さんを愛していた彼女は、空で彼を見付けようとしている、みたい。 ……今ので分かると思うけれど、もう彼女の思考に統合性はない。『空に行けばあの人に会える』って信じてる。それこそが彼女の行動の根幹。説得は通じない。そもそも話が通じない」 死人に会いに空に行く。 詩的に解釈すれば自殺ともとれる言葉だが、彼女がその行動によって導くのは自身の死ではなく多くの他者の死。 例え根幹が純粋な願いだったとして、人の理を出てしまった彼女は、他者を慮れない。 願い自体も、決して叶う事はないもの。 「完全な討伐は、きっと難しい。だから、せめて翅を壊して。飛べないように。飛んでしまったら最後、彼女は『あの人』を探して飛行機を落とす空の災厄と化す」 飛ぶ前に落として。 最早、彼女が愛した人と見える事はないのだから。 イヴはそう告げ、口を閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月22日(金)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●青 空はまだ青く、太陽は木々の合間から光を零していた。 目前に横たわる『蛹』を前にリベリスタ達は『羽化』を待つ。 「使えそうな木は少ないな」 蛹の周囲を見回っていた『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が肩を竦める。この林は細身の広葉樹が多い。とはいえ使えない事はない。幾つかの場所を共に皆の支援役として重要な位置を担う『小さき太陽の騎士』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682) に伝え、自身も改めて確認する。 「ただ空を飛ぶだけなら叶えてあげたいくらいだけどね」 「……ああ」 蛹を見ながら呟いたヴァージニアに、フツも僅かに頷いた。 「でも、それが絶望を振りまく事になるなら――綺麗事かも知れないけれど、空を愛した旦那さんも喜ばないだろうさ」 「そうだな。何より彼女の大切な人は空にはいない。僕らが止めなければ」 指先で前髪を弄りながら『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)がやはり蛹を見上げ、『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)が蝶々を模した己のアクセス・ファンタズムにそっと触れる。 彼女――別件で諸々あって現在彼と形容されるべき糾華とて蝶に想い入れはあるが、それがノーフェイスとなればまた別だ。彼女は存在自体が世界に許されない。喪った人を求め空へ。一種美しい憧憬にも思える言葉が齎すものは、無数の災厄。それが導く無数の悲しみを思い、涼と糾華は決意を新たに静かに頷き合う。 「飛んだとしても、心が引き裂かれそうな悲しみは増えるだけなの」 憂い顔のままの『食欲&お昼寝魔人』テテロ ミ-ノ(BNE000011)がぽつりと呟いた。 「でも、翅を壊すだけならまだやりやすいかな」 その呟きに少しだけ相好を崩し『さくらさくら』桜田 国子(BNE002102)が空を仰ぐ。人の形をした、人であったものを倒さねば、殺さねばならないのは、世界を守る事を決めたリベリスタにとってもしばしば痛みを伴う。迷いは時に自身を、仲間をも危険に晒してしまうが、今回はその心配はなさそうだ。 「……ええ。戦う他にないとしても」 俯いた『贖罪の修道女』クライア・エクルース(BNE002407)が胸元の十字架に軽く触れた。翅を壊した後は、どうするのか。どちらにしろ彼女はノーフェイス。フェイトを得なければいずれ討伐される身。そしてここまで異形化し、フェーズが進んでしまえば運命の加護は受けられないだろう。 となれば、どうするべきか――もしもの時には。 密やかな決意を秘めたシスターは、思い、目を閉じる。 「飛ブニハ良さそうな日ダケドナー」 ギリギリ彼女の体重を支えられる細い枝に横たわり、『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が青い空を見上げた。今は異形となった彼女と、彼女の愛した男が愛した空。日々、時々で色を変えるそれは、リュミエールも嫌いではない。この青を眺めながら眠りたい程度には。 しかし、本日はそれほど時間の余裕はないらしい。 みしり、という微かな音を聞きつけたのは誰だったのか、或いは全員だったのか。 既に組み終わっていた陣形を建て直し、幾人かは己の力を増すべく能力を解き放つ。 その間にも、みしみしと音を立てて、蛹が変容していった。 通常の蝶のように、背が割れて中身が出て来るわけではない。 蛹『そのもの』が形を変えているのだ。 緩やかに、蛹であったものが形を変えている。船のような形状をしていたそれが、段々と違う形を取り始める。 「……美人なのにな」 涼が構えながら、姿を変えていく蛹を――形作られる女を、蝶を、トンボを見る。 「おお。ムシダ」 簡潔なリュミエールの単語は、分かり易くノーフェイスの外観を表現していただろう。 そのフォルムはもう、人と言うより昆虫に近い。 虫の羽と下半身を持つ、美しい女が目を開いた。 『ああ……』 空を見上げ、少しだけ眩しそうな表情をする。数年ぶりの出会いを愛おしむかの様に。 そしてその背で、まだ柔らかさを保ちながら、しかし緩やかに開こうとする翅に向け、リベリスタは走り出した。 ●白黒 広げた翅は黒。黒。 中心で両手を広げる女は白。 下半身から伸びるトンボの腹部は、白と黒を組み合わせ硬質な輝きを放っている。 「壊させて貰うよ」 己に宿った獣の因子をフルに使い、脚力を生かし真っ先に駆けた国子が正確無比な銃弾を左手四番目の翅に打ち込む。続いてミーノが手に持った鈍器を振り回した。先程強化を終えたリュミエールが細い体で跳ぶ。銃弾が踊る。 「危なくなったらオレかヴァージニアに言えよ!」 同じく守護の印を既に皆に施したフツが、掌の符を鴉に変えて同様の黒へと突き進ませる。枷を解き放った涼の足が力強く地を蹴り、残像が見える程の素早さで得物を振るった。 複数の翅を狙った彼の攻撃は単純に言えばある程度成功したといえよう。しかし、元の大きさに加え翅それぞれが違う動きを取る故に二枚が限界の上に、一枚一枚に与えるダメージが軽くなる様子だった。 手応えで悟った涼は、くるりと鈍器を持ち替え次の一撃からは攻撃を全力のそれへと切り替えるべく備える。そこに迷いはない。速やかな撃破を目的とするならば、思考も攻撃も速やかに移行する。 「例え純粋で罪無き想いとは言え……その無垢が引き起こす惨劇は見過ごせません」 右手で抑えた十字架は咎への祈りか。彼女の剣は強いエネルギーを纏い、重い一撃を翅に叩き込んだ。まだ飛ぶ様子は見えない。大丈夫。白黒の蝶が引き起こす惨劇は防がれねばならない。空へと飛ぶ理由がいかに純粋なものであろうが、飛んだ後の行動は決して許される物ではない。 モノクローム・バタフライは人の顔で空を仰いだ。 『綺麗、ね』 己に攻撃をする小さな相手を、彼女はどう思ったのか。 結論から言えば、何も思わなかった。 いや、翅を破壊される事は厭ったが、それだけだった。 彼女は既に、『人』という『生命体』に対する配慮を全く欠いていた。 これをしたら死んでしまう、とか、痛い事になってしまう、とか。 そんな事は全く、微塵も、何一つ思い浮かばなかったのだ。 邪魔だから振り払う。 関係なかったから落とす。 そこにはそれ以上の意味はない。『殺す』という意志さえない。 結果として、それこそ目の前を飛ぶ虫を手で振り払うのにも似た無造作な仕草で彼女はまだ未完成の翅を動かした。 周囲の空気を不穏にざわめかせたそれは、まるで戦士らの蹴りによって引き起こされるカマイタチを無数に放ったかの如くリベリスタ達を切り裂いた。 「う、わあ!」 「……!」 見えない狂刃はリベリスタの多くに傷を作る。流れ出す赤、命の液体。熱を持った傷から流れる血液が止まらない。だが、糾華は止まらない。普段よりも些か凛々しい顔立ちで透徹に女であったものを見る。 「貴女の夢見る空には貴女は届かない。永遠にね」 彼の得意とする爆破は、翅を一つ半壊させた。 「まだまだ頑張れるよ! 頑張る!」 初めて向かう、圧倒的に強大な相手に対しての鼓舞も含め、ヴァージニアの声が飛ぶ。同時に降り注いだ光が、傷を癒しはしないまでも、どくどくと脈打つ傷口を宥めた。 狙うは短期決戦。だが、まだ仕事は始まったばかり。倒れる訳にはいかない。 今の一撃で傷付いた仲間の姿を見ながら、幼い騎士は前を睨み付けた。 ●赤 「リュミエールちゃん、次は右下で!」 「Selvä」 六つ目の翅を打ち抜いた国子にリュミエールは了承した旨を簡潔に返し、身軽に木の幹を蹴り飛び上がると、重力に逆らわず落ちる間に無数の銃弾を叩き込む。鱗粉を落としながら、翅に小さな穴が開いた。 「体がでかいってことは、こっちの攻撃も当たりやすいってことだ!」 フツが励ましながら符を糾華に投げる。ただの紙ではなく魔力を帯びたそれは、彼の傷口を見る間に塞いでいった。 彼の告げる通り、モノクローム・バタフライは大きい。上部の翅に攻撃を当てる際に些かの不便は生んだが、細かい場所を狙う上での不利がないのは幸いであった。 火力を、そして回復手の生存を第一としたリベリスタは確実に翅を落としていく。 「ダンナさんの愛した空で、罪を犯させるわけにはいかないんだ……!」 茶の髪をメッシュの如く所々赤に染めながら、涼が遅滞なく鈍器を振り下ろした。速度を生かした攻撃は、翅をボロボロに砕いて行く。 純白の翼を羽ばたかせたクライアが後を継いだ。己の身へも反動の来る糾華の爆破に次いで威力の大きい修道女の一撃は、翅を落とすのに大きく貢献していた。 しかし、蝶もただ黙って壊されている訳ではないのはリベリスタの体に付いた無数の傷を見れば明白。 舞踏の最中の様に女の上半身が回った。 「あ、」 「ぐう!?」 一瞬遅れて回転したトンボの下半身は、先程攻撃を終えたばかりの涼とクライアを打ち据えた。その動きは重みなど無いように身軽ではあったが、それもエリューションの体の一部。 大理石のような光を返す下半身の強度は岩にも勝る様子であり、それをあたかもハンマー投げのように振り回され、挙句に強かに打ち付けられたとなればリベリスタとて無事ではいられない。 悔しそうに顔をしかめる涼と、咳き込むクライアに無理をするなと視線を送り、糾華が幾度目か分からない爆発を繰り返す。チリリと焼ける肌が伝える痛みはそろそろ無視できないレベルになっていたが、まだ倒れる程ではない。 残る翅は二枚。 倒れたリベリスタはまだ二名。フツとヴァージニアも立っている。 最も危険であった翅の動きは既に止められた。ならば後は前衛が崩れ切る前に翅を落とせば良い。 荒い息を繰り返していたミーノへとヴァージニアの呼んだ天上の息吹が注がれた。 国子に、フツに庇われつつも自身の未熟を思い支援と自身の防御に回り続けた彼女の回復は、完璧ではなくともリベリスタが立ち続ける力を与えている。 「ないない、させてもらうの……!」 ミーノの鈍器が翅を打つ。 「ここで倒れたら、意味がなくなっちゃう――!」 国子の銃弾が翅を穿つ。 「全弾クレテヤル」 リュミエールが無数の銃弾でそれを広げる。 「終わりだよ」 糾華の手が、いっそ優しく思える程に翅を撫でた。 爆砕。 『あ……』 片方に一枚だけしか残らない翅を振り返り、ノーフェイスは呆けた様な表情を浮かべた。 ●茜 「……なあ、お前さんに伝えたい事があるんだが」 ぴたりと動きを停止したモノクローム・バタフライにフツが歩み寄る。 『翅が、飛べないわ……』 悲しげに顔をゆがめる女が聞いていないと分かれば、テレパスで語りかける。 が。 飛べない。空に。飛ばないと。あの人に。あの人は空にいる。飛べるの。飛ぶの。翅があれば飛べるから。飛ぶのよ。空に。空に行けばあの人に会えるの。もう一度会える。会いたい。会いたいの。会いたい。空に行かなきゃ。行けない。翅が。いかなきゃ。空に。翅が。飛ぶの、飛んで空に。飛ぶのよ。空に。空に。空。飛んで。もっと飛ぶの。あの人は言ったの、空がどれだけ綺麗かを。だからあの人は空にいる。飛ばなきゃ。飛んで会いに行くの。翅は? 翅が。翅があれば飛べるのに。翅がないの。飛べないの。飛ぶの。飛ばなきゃ。空にいるから。空にいるから。空。会いたい。会いたい。会いたい会いたい会いたい。空に。 ――伝わってきた思念にフツはイヴの『話が通じない』という言葉の意味を悟る。 彼女はノーフェイスであり、元は人間だ。言語の問題ではない。 言葉自体は、口にすれば通じるに違いない。 だが、彼女はもう『己の理念以外の言葉は意味を成して聞こえない』のだろう。 人がイルカの歌を、鳥の鳴き声を、音としてしか認識できないように。 何故ミーノが泣いているのか、何故自らを見る目に時折哀れみが入るのかさえ、彼女は理解していないに違いない。 上半身が美しい女性であるだけに、異形としてのアンバランスさが際立った。 傷を楽にするため木に背を預けたままの涼は顔を上げ、そんな彼女を眺める。 元はもう一度会いたいとか、そんな良くある願いであったのだろう。加速したのは革醒のせいだったのか、彼女自身の思いの強さだったのだろうか。 一途であるその思いに、美しさと表裏一体の危うさを感じ、涼は小さく溜息をついた。 首を横に振ったフツだが、ミーノは耐え切れなくなったのかモノクローム・バタフライの前に飛び出て口を開く。 「ね、はじめまして、ミーノなの。大切な羽、ないないしてごめんなさいなの……」 少女の声にも、女は答えない。 ただぼんやりと、空を見上げている。人の形をしたままの顔が、空虚なのが悲しくて。 「お姉ちゃんの想い人は、空を探してても会えないの。もっともっと先だから」 『先……』 零れる涙を拭いながら告げるミーノの言葉に、初めて女が反応した。 「……うん。旦那さんは、空にはいないよ。もっともっと高い所にいるんだよ」 『もっと、遠く……』 「うん、ミーノのパパもそっちにいるんだよ」 警戒は解かないまでも、国子がミーノの言葉を補足する。 焦点を結び始めた女の瞳に、少女は喪失の寂しさを混じらせながらも大きく頷いた。 理解してくれるかもしれない、と過ぎった思いは、女の微笑に遮られる。 『じゃあ、もっと、もっと、翅が、いるのね』 「……違うよ! 寂しいなら、ミーノも一緒にいてあげるから」 『そうね。その時は貴女も一緒に行きましょう。会いに』 「……違う、違うよ……!」 ミーノの血と涙で濡れた頬を大きな手で撫でて、白と黒の女は微笑んだ。 邪気のない、純粋な笑顔は少女が彼女にあげたいと思っていたもの。 思わず抱き付こうとしたミーノを、女の腕が掬い上げて抱き締める。 「うあ、っ……!?」 「ミーノっ!」 慈愛に満ちたその行為も、フェーズの進んだノーフェイスの力で行えば対極のものとなった。 骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。既に限界に近かった少女の意識は、生温い物が喉をせり上がって来る感覚を最後にあっさりと途絶える。 真っ白な腕の中からフツが少女の体を引きずり出す様に奪い返し、癒しの符を貼り付けた。 再戦の予感に、国子とヴァージニア、リュミエールが構えるが――白と黒の異形は、両腕を空へ向けた。 『待っててね、あなた』 微笑んだ女の体が、『羽化』の時と逆再生のように変容していく。 痛む体をおして立ち上がろうとするクライアを制しリュミエールが銃弾を打ち込むが、それはあっさりと跳ね返された。 やがて女は蝶から蛹へと、逆行の変態を遂げて沈黙する。代わりに今まで黙り続けてきた、本物の虫達が鳴き始める。夜には些か早い中、愛の歌を紡ぎ出す。 「……まあ、依頼完了かな」 茜色が葉の間を通し降り注ぐ中、普段よりも大きい手で前髪を掻きあげた糾華が肩を竦めた。 他の仲間も安堵の溜息をつく。倒れた仲間を癒すべく抱き起こす。 ぼろぼろになって落ちた翅をヴァージニアが掬えば、彼女の一部であったそれは埃のように風に舞った。 彼女は飛ばない。飛べない。 少なくとも今しばらくは。 数ヵ月後か、数年後か。 力を『翅』の再生に注ぐ彼女は、それまで空の夢を見て眠るのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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