● ぱちん。ぱちん。軽い音が響き続ける。爪を切る音だと言う事に気付くのに少しの時間を有した気がする。 「えー、くろむん死んじゃったんですかー? 誰花サンのお仕事を押しつけ……頼むのに丁度良かったんですけどネ! 世の中キテレツな事も起こるもんです。プリンス、何もせずに帰ってきたんですか?」 誰花トオコと名乗る逆凪フィクサードの軽い声音は室内に響き渡っている。わざとらしく『プリンス』と己の投資先を呼んだトオコは壁に凭れて立っている女へと視線を向けた。 「で、コトハちゃんはどうしまショ。プリンス――凪聖四郎は本当に優れてるのか。確証はないですネ。 投資するとしてもリスクが大きすぎる。大損する可能性だってありますよ。彼が天下を掴むか、それとも憐れに死ぬか。いやぁ、難しい話しですネ! うふふ、誰花サンはどちらでも良いんですが!」 ねえ、と切り揃えた指先をひらひらと動かすトオコに、緊張した様に女は視線を逸らせた。 直刃――凪聖四郎が己の目的の為に作る事にした私兵。逆凪本社の人間や周辺のフリーのフィクサード、或いは組織を負われた者達を青年は傭兵として雇う事に決めたのだ。 果たしてその思惑が上手くいくのか。己の性能を過信した青年の行く先は誰花トオコという投資家の目で持っても見抜けない。だからこそ、面白いとも言えるのだが。 「アーク、邪魔しにきますか?」 「来るでしょうネ。コトハちゃん、とあるアーティファクトをですネ、持ってきてほしいんです。 ウチ(すぐは)の為になりものですヨ。いえいえ、一寸したお遣いですから、大丈夫です。自己顕示欲の強い凪聖四郎って男の為に一つ、やってみませんか? あ、大丈夫ですよ。プリンスが暴れた後なのでこっそり行けば目立ちませんし! なんとかなりますって!」 博物館の中にあるネックレス。その名前は『花作りの王冠』と言うらしい。 曰くつきの物と言われたソレがどの様な効果を持つアーティファクトなのかコトハは知らない。 唯、ソレが『凪聖四郎の役に立つもの』だと目の前の女が言うのだから正しいのだろう。 「一人で寂しいなら、ヒイロちゃん付けますからネ。どうぞ、お願いしますよ?」 くれぐれも、アーク如きに奪われませんよう――! ● 「霞んだ月が全てを照らせると思うなら大間違い。御機嫌よう。少し頼みたい事があるの」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は資料を手にリベリスタを見回した。その言葉に含まれる棘に首を傾げるリベリスタには『霞んだ月』が何を表すのか理解できない。 「凪聖四郎が率いる『直刃』が動きを見せてるわ。効用は判らないけれど、アーティファクトを手に入れたいみたいで、今夜、博物館に攻撃を仕掛ける模様。 神秘大好きな男の手にアーティファクトが渡れば何が起こるか分からないので即刻止めて頂きたい……という訳」 やけに真面目な表情を浮かべてリベリスタを見回す世恋が、それで、と一言続ける。 凪聖四郎。逆凪分家『凪家』の容姿であり、六道紫杏の恋人であり、逆凪黒覇の異母兄弟にあたる男は己の目的の為に動き続けているらしい。彼の目的は簡単に言うなれば『国内のフィクサード主流七派を統一し己が頂点に立つ』と言った事だろう。 その為に『八柱目』とも称されたアークを潰し、己の実力を見せつけたい等と言う、傍迷惑にも程がある理由から幾度となくアークにはコンタクトをとってきたのだ。 「博物館の場所は此処。夜なので人払いは出来ているし、警報は切って貰ってる。周辺は一応アークで警戒をしてるけど、中は皆にお任せするしかないので、どうぞよろしくね? 気をつけて欲しいのは、周辺の美術品かしら。結構高値の物ばっかりだし……もごもご……と、とりあえず、アーティファクトを取られぬ様に、宜しくお願いするわね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月30日(火)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 小さな博物館に展示してある美術品はどれも素晴らしい装飾が施されていた。きょろきょろと周囲を見回しながら『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)はピンク仲間こと『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)と共に現場に到着していた。 暗視ゴーグルを装着した視界でじっと見詰めながら、揃いのポーチにどの様な効果があるか定かではなく、正式名称すら不明の『花作りの王冠』と名付けられたネックレスをそっと隠すように入れた。 何処かの高名な美術家が作ったと言われるネックレスに魔的な能力が宿っているのだという。ひょっとして彼の『W・P』等と言う名前が刻まれていた場合は最悪だと鑑定する様に見詰めた『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は得た魔術の知識を手に悠月が鑑定する傍ら、ネックレスだと目を輝かすシィンは緊張した面差しで周囲を警戒するように身を強張らせた。 「魔術の作用を強力にするネックレスかあ……ちょっと気になるけど……」 自身も魔術に精通する物として興味がそそられない訳がない。白い黒本を胸に、ネックレスを見詰めていた『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が首をふるふると振る。幾度か相対した事もある『凪聖四郎』という男の手に渡る事は何としても防がなければならない。それもその筈だ。彼が幾らアークと親密に会話していたとしてもフィクサードであることには変わりないのだから。 「さて、お宝を餌に集る害虫駆除といこうぜ。あいつらの『上役』が何処の誰だろうが、関係がどうだろうが潰せば同じ事だろ」 両手を打ち合わせ、ポーチを腰に付けた『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)がそのような言葉を零すのも致し方が無い。彼にとってフィクサードは憎悪の対象でしかないのだから。そう、この場に来る逆凪のフィクサードの主導を握っているのが誰であるかだなんて関係はない。過去、此処に訪れるとされているフィクサードが起こした事件を確認したカルラはハッキリと言えるのだ。 「あいつ等がロクでもねぇ連中なのは考えるまでもないな」 「全く以って僕等も舐められたもんだよね。こっそり行けば目立たないとか、そんなの。 あの王子様達は一体何を考えているんだろうね。……言う通り『ロクでもない』し『下らない』事だろうけどさ」 『王子様』と呼んだ彼が何を考えているか、それは全く分からない事ではあるが、一つだけわかるのは『他人に害を出す』ものであり『自分の大切なもの』を脅かすということだけだ。 詰まらなさそうに呟いて『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は何時か目にした優男の顔を思い出す。虹色に煌めく水色の瞳の理知的な色が灯されていたように思えるが――何にせよ悪党であることには違いない。 「ダミーに対してとる行動と言えばこちらの挙動から本物を探る、又は全部回収かな? でも『花作りの王冠』は渡さない。だって、ボク達も欲しいもん」 ぷう、と頬を膨らませた『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)はせっせと周辺の美術品を運んでいく。周辺に存在するものを小さな体で抱え上げ、衝撃を与えぬ様に走る小さな子犬を見詰めながら『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は周辺の適当な美術品をポーチへと入れた。ダミーとして手にしたそれも後で元の場所に戻しておけばよいだろう。 フィクサードより早く到着したリベリスタ達が行った行動はある意味で此れから到着するフィクサードを混乱させる為の物であった。本物を所持するシィンの緊張も勿論のことだが、ダミーを手に誰が狙われるかすらわからぬ状況では戦闘に混乱をきたす可能性もあった。 ――しかし、不利を有利に変えるというのもまた一興だ。 「よし、行くわよ? 花泥棒に罪は無し、って言うけど悪事に使われるなら見過ごせないわ」 「シィンさんじゅうななさい! がんばりますよー!」 ぐっ、と拳を固めたシィンに頷いてウーニャが顔を上げれば、其処には、赤いルージュを唇に引いた女が立っていた。 ● 「はろー? お客様の笑顔を守るぐるねこやまとです」 にこりと笑ったぐるぐははっぱを手に、滑り込む。一歩前の行動として美術品の避難を行っていたぐるぐは風を纏い、素早さを身に付けながら美術品を手に逆凪のフィクサード、喝宮コトハの足元を潜り抜ける。 「ひゃぁっ、や、やっぱりアークいるじゃないですかぁ」 わざとらしい言葉に苛立ちを覚えながらもカルラは澱みなき速さで前線で剣を構えていたソードミラージュを狙う。拳を固め、そのまままっすぐに突き出せば剣で受け止めた青年の足が地面を擦った。 メガネを指先で直し、『本物』を所持するシィンよりも早く動くことができたオーウェンはベルトポーチをしっかりと装着したところを直刃と名乗る組織の一員でもある楸ヒイロに見せつけた。物質透過を行うべく――逃走の手立てを整えるように目を伏せて、仲間たちを仰ぐオーウェンの唇が吊り上る。 「手筈通りだ。約束の場所で集合しよう」 「……約束の場所、ッスか?」 首を傾げ、夜の畏怖をその身から発するヒイロの目の前でフュリエが大好きだとアピールするように立っていたウーニャは背後に立つシィンの目の前で手を広げる。 「こんばんは、泥棒さん達。いい夜ね? 押し込み強盗なんて逆凪さんにしてはやり方がスマートじゃないわね」 「『直刃』って言ってほしいッスよ」 「……そう、花冠はプリンスさんの恋人にプレゼントかしら? いくら綺麗でも盗品じゃロマンチックにほど遠いけど」 軽口を叩きながらも、当初の場所から消えたネックレスの居場所を探るような視線にウーニャが体を固くする。FOOL the Joker を唇に当て、なぜか連れていた金色のアルパカの頭を撫でた後、『きれいなもの』はあげるわけにはいかない、とその決意を固めてフィクサードをまっすぐに見つめる。 最初に調べておいた館内構造。超直感を生かして『本物』の庇い手を担当するウーニャの紺色の瞳が不安に揺らぐ。 「大丈夫、頑張って行こっか」 元気づけるように声をかけるウェスティアは緩く飛び上がり、耳を澄ませる。後から到着することになるフィクサードの数が揃っているかを視認する彼女は暗闇の中、耳を澄ませながら、囲うように現れたフィクサードを掻い潜る方法を探している。 手首から伸び上がる血の鎖が広がって、フィクサードたちを襲いくる。避けることが叶ったコトハが怖い怖いと笑いながら仲間たちへと癒しを与えていく。その癒しを遮るようにフィクサードの手を止めさせる悠月は何時かの日、模倣した術を、白鷺の羽根を展開させた。美術品には傷つけないようにと考えた配慮は無数の氷刃を展開する位置を限るしかなかった。 「……しかし、凪聖四郎も『このような』物を欲しがるだなんて。破滅願望とは変わった趣味ですね」 「は、破滅、願望……ってなんスか?」 ぴくり、と反応したヒイロが意味が分からないと言わんばかりに悠月を見つめている。その視線の意味を感じ取り、悠月は小さく目を伏せた。 訳が分からないと言わんばかりに視線を揺れ動かせる『直刃』のフィクサード。戦力差を戦わずして感じることはできない。面接着を使用し、壁に張り付いて、ヒイロを見据えたロアンのクレッセントがひゅん、と音を立ててヒイロを狙う。 「初めまして、君も妹が世話に……。いや、君、妹に色目使ったみたいだね? お礼に切り刻んであげるよ」 「い、言い掛かりもひどいッスね!?」 「とんでもない。言い訳無用だよ」 妹に嫌われないためによき信仰者を演じるロアンにとって、大切な妹に色目を使うなどとんでもない。驚きを浮かべるヒイロに向けて踏むステップは鮮血の輪舞曲。手に入れたばかりの『傷つけるに適する』技はまさにこの時のためのものだと言うようにロアンが楽しげに笑う。 「試し切りに使ってあげるから、有難く思いなよ? 切り刻むにちょうどいい技だからね」 ヒュンッ――波打つクレッセント。 まさに死神の名に相応しい手捌きで切り刻むその手を食い止めるようにデュランダルが剣を振るう。 「そんな掠り傷で皆さんを倒れさせるわけにはいきませんから! 盾役お願いですよ!」 攻撃を行わず回復を行うシィンの立場はどこからどう見ても『庇われるのが当たり前の回復役』だ。ウーニャがシィンを庇うのもこの戦線において必要だからに思える。 『花作りの王冠』のダミーを手にし、誰が所有するかを混乱させている――回復役でありながらも攻勢に転じる気概を持っていたコトハは気づき、攻撃を誘うオーウェンから視線を逸らす。 「つまりは、宝探しってことでしょ? 遊んでくれる? 特務機関アーク!」 ● 前線で拳を打ち続けるカルラを囲むように布陣したフィクサードは一人一人を倒し、宝探しを始めようという虱潰しな行動を始めるしかない。もとより探索能力のない彼らにはその手しか残されていなかったのだろう。 「掛かってこいよ! なんでも好き放題やってるフィクサードなんだろ? 一秒でも早くすり潰せば、それだけ世の中マシになるってもんだ!」 くい、と手で誘うような仕草を見せ、笑うカルラの拳は今まで相対していたソードミラージュや彼を狙わんとするクロスイージスに向けて真っ直ぐに拳を突き出した。残影を残すように鋭き拳がソードミラージュの腹へと食い込み、青年の唇から血が滴る。 「お望みならば、彼から! ……って、何してるんですかぁ?」 振り仰ぐコトハが、前線で戦うカルラへと追い打ちをかけようとヒイロを見遣れば、彼は二人のリベリスタの相手をしていた。ロアンの相手をしていたその隙間に身の小ささを生かした子犬が迷い込み、笑っている。 「いい香水持ってますね」 すん、と香るコロンに鼻をひくつかせぐるぐがヒイロへと接敵する。真っ直ぐに飛び込む子犬を受け止める様に黒い瘴気を発し、己の身を削りながら戦いに備えた。 「チェス盤の上は常にハプニングが連続するって訳。引っ掻き回して切り刻んで、撒き散らしてブチ撒けろ! ――皆殺しだよ! 僕の踊るこの舞台上は常に赤く濡れている!」 「聖職者の格好でよく言ったもんッスよ!」 切り刻まれ、腹から流れる血をコトハが回復を施していく、一歩下がり、香水を手に入れようと手を伸ばすぐるぐの手を避けるそこへと、スターサジタリーの放つ矢が突き刺さる。腕に刺さる矢を気に留めずへらりと笑うぐるぐ。 「ボク達は平和主義らから盗るのは好きらけど盗られるのは嫌いなのれす」 『突破作戦』と銘打ったそれを行うことをせず『迎撃作戦』を取ったりべリスタ達と戦うフィクサードの戦力はある意味で五分五分を切っていた。 浮かび上がって周辺を警戒しているウェスティアは意識の範囲でも美術品を気遣いながら、全体を血の鎖で縛りあげていた。敵陣の回復役であるコトハの庇い手がいない以上、ウェスティアの手首から伸び上がる鎖は彼女をとらえ続けることができる。 「うんっ、このまま押していくよ!」 「ああ。騒ぎを聞きつけて一般人が来てこちらの手が鈍ると思うなよ? 残念ながら俺は正義ではないのでな」 光刃「RuleFaker」を手に褐返を腰から下げたオーウェンが前線で戦うぐるぐやカルラ、そして背後に立つウーニャやシィンの中間位置に立ち、その動きを気糸で堰き止める。フィクサードの動きが活発になる頃合を見計らい投擲された閃光弾は的確に彼らの動きを堰き止めた。 あからさまな誘導に乗らないのはやはりフィクサードも一人の人間であり、組織の者であるからだろう、ぴくり、とでも反応したところを見れば、いまだ本物の『花作りの王冠』の居場所はばれてはいない。 「このアーティファクト、何も知らずにただ指示の通りに集めているというのですか?」 「そ、そうよ。そうなさいって『上司』が言うんだもの……!」 会社員が如き言い分に改めて逆凪という組織が日本に轟く大企業であるということを実感し、悠月は肩をすくめながら癒しを乞えるコトハ目掛けて四色の光を放つ。 「これは止めておきなさい。彼はそこまで壊れていない――『黄泉の狂介』程でなければ、こんな物」 その言葉は悠月の一つの賭けであった。未だ直刃に、聖四郎の直属の部下となってない彼女がその言葉に動揺する可能性を賭けたのだろう。びくり、と肩を揺らし、戸惑いを浮かべる女の手が完全に止まる。 未だ攻撃を続けている、フィクサードにウーニャが体力を削りながら、「シィンたんは守る!」と声を張り上げるそれにシィンは祈るように癒しを続けていた。 「ヒイロさん、EX使ってくれてもいいんですよ!? ガン見してガン見して、覚えちゃいますから!」 手ぶらどころか大損して帰らせてやればいい。その気概やよし。しかし、二人のリベリスタからの猛攻――片や物欲、片や妹への愛情を武器にする彼ら――にヒイロはその余裕もなく痛みを内包する箱でロアンを包み込む。 ばらばらに『分裂(ふえ)た』ぐるぐが楽しげに香水香水と手を伸ばすのをヒイロは避けながら視線を送れば立ち竦むコトハがそこには立っている。 運命を消費することを厭わないリベリスタにヒイロが困ったようにコトハさんと名を呼び続ける。戸惑いを浮かべながら吹き荒れた癒しを超えるダメージがリベリスタから与えられ、ヒイロの足が一歩引いた。 「そろそろチェックメイトということだろう。観念してはどうかな?」 その様子を感じ取り、理知的な瞳が細められ、フィクサードたちの負けを告げるオーウェンに撤退を促そうとヒイロが顔を上げる。 依然、殺意を浮かべたままのカルラの拳は前線で戦うフィクサードを殴り飛ばし、立ち竦むコトハへと迫っていた。 「へらへらしてやがる楸はロアンさんが殺るって言ってたからな。俺はお前を殴るぜ、喝宮――!」 「女の顔を殴るだなんて、ひどいことを言うわね!」 ぎっと睨みつける女の矢がカルラの腕に突き刺さる。それに厭わず、立ちはだかるフィクサードの首をへし折る勢いで投げ飛ばし、助走をつける勢いでその顔面を踏みつけ、まっすぐに拳をコトハの腹へと打ち込んだ。 は、と息を吐く音に、次いで、ゼロ距離。コトハの目が笑い、神秘の閃光が周囲に広がる。燃え尽きるような痛みを覚えてもカルラの殺意は止まらない。無謀な深追いは行わないと決めながら、その殺意は周囲を燃やす神気よりも強く苛立ちを感じさせるものであった。 「負けてやるかよッ、俺はフィクサードなんざ認めねぇ!」 癒しを与えるシィンが無限魔本ウロボロスをぎゅ、と抱きしめて、変獣なのです、と胸を張れば、『害獣』が意地悪そうに笑い、殴りつけられていた女を紺色の瞳に慈悲を湛え、見下ろす。 「粘っても無駄よ、喝宮コトハ。貴女は損益が解らない人じゃないわよね。 これ以上戦って、ここにある綺麗な物達が傷ついたら嫌じゃない? 例え自分の物でなくても」 「……それは、利益が全くないこの状況を打破するために逃げろってこと?」 さあ、と唇をゆがめるウーニャにコトハが小さく「撤退するわ」と囁いた。無理な突破ではなく迎撃状態を続けたリベリスタ達はある意味待ち構えることで優位に戦うことができたのだろう。 「これ以上するっていうなら、懺悔したって許さないさ――元から許すつもりなんてなかったけどね」 神秘の閃光が止み、ゆっくりと後退するコトハに続き、ヒイロも背を向ける。地に伏せているフィクサードは置き去りに下がるヒイロにつまらないのと唇を尖らせたぐるぐがぴょいんと跳ねた。 「今度はその香水もらっちゃうのら!」 「……じゃあ瓶でも容易しててやるッスよ。ダミーの」 へらりと笑い、仕返しといわんばかりに軽口を叩く青年の頭を一つ叩き、コトハが戦場となったフロアから出ようとしたその時、悠月がゆっくりと口を開く。 「直刃――凪聖四郎の私兵ということでしたが、何をしたいのですか……? 製作者も正確な効果も、正式な名称さえ不明な破界器、興味を持つ気持ちも分からなくはないですが」 逃げるように背を向けるコトハに掛けられる言葉。じくじくと痛む腹を押さえていたヒイロが振り仰ぎ、悠月にへらりと笑って見せる。 「うちらの『王子様』も――いいや、凪聖四郎もそろそろ本気を出す用意をしてるってことッスよ」 「ふうん。……ああ、そこのナポリタン君、ケチャップついてるよー?」 格好付けるように言葉を吐き出したヒイロに向けてウーニャが可笑しそうに笑う。ナポリタン君――ヒイロが以前にアークと戦った際に問われた好物をそのまま使った呼び名にびくりと体を強張らせたヒイロが体を見下ろせば、流れる血の跡がそこには残っている。 「って、嘘嘘。君のこと知ってるってだけ。女子のネットワーク甘く見ないでね」 「女子っていうか、それはアークを甘く見るなってことッスか?」 『女子』のネットワークか、それとも『アーク』としてのネットワークか。混乱した戦況の中でも、こうして相手をするリベリスタたちにヒイロの視線に伝ったのは不安に似た何かであった。 じ、と見つめるヒイロの視線に意味ありげに微笑んでウーニャはひらひらと手を振る。 撤退していくフィクサードたちの中、戦闘の余波で運び出すことができなかった美術品についた傷を見つめシィンが困ったように目を伏せた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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