●REC 1/2 暗闇の中、カメラ映像は鮮明に汚らしく散らかった部屋を映し出していた。 無造作に転がった一升瓶を見れば、家主の人となりは見えてくる。 「侵入なーう」 「ああ、寝てる寝てる」 「カメラ映り、良好」 女の小声が集音されている。豆電球が点くと、夜間撮影モードなのか映像は急に明度を増した。 初老の男が寝ている。 浅黒く焼けた肌、頭髪は白髪がところどころ入り混じり、年輪の深く刻まれた顔つきの男だ。作業着のようなものを着たまま、泥のように眠っている。 台の上には写真立て、それに晩餐の刺身がまだ残っている。 「デリシャス」 「サシミうますぎ」 「……バカ姉」 画面外では、女三人が姦しく喋っている。二人は外国訛りが強く、あとひとりはやけに暗くぼそぼそとした不明瞭な喋りをする。 「……この男は飲酒運転で人を死なせてる。妻子に捨てられて実刑を受け、長年に渡り服役。表社会に復帰して警備員の仕事をしながら余生を過ごしている」 この映像を見るものへ訴えかけるように、暗い声は物語る。 次いで、陽気な声が嘲る。 「けどさぁー、見てのとーり“二度と酒を呑まない”って誓いを立てて裁判じゃー減刑を訴えた男がさ、被害者遺族への手紙にも『もうしません許してごめんなさい』って言っといて」 「それがご覧のザマァだヨ!」 「人生に疲れちまったんだろうねー、酒に溺れたくなる弱さもあたし達は嫌いじゃあーない」 「人間らしい退廃っぷりダヨネー」 「けど、死んで惜しまれる男じゃなし」 「拷問なう」 「処刑イェイ!」 「……死の生中継、ご堪能あれ」 一歩。 また一歩と、カメラは寝こけた初老の男へと近づいていく。 『アヤメ』 男はどこか満足げに寝言をつぶやいた。 ●作戦会議 1/2 「物事には、優先順位というものがありまして」 作戦司令部第三会議室。 フォーチュナー『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)は己の見た未来視について貴方たちに物語ると、少々深い溜息の後、どこか憂鬱げに言葉した。 「被害予定者、沼山津(ぬやまづ)という男はいずれ不養生が祟って病気を患い、数年内に死にます。五十数歳も生きれば、短命というほどでもないでしょう」 「だから見捨てろとでも?」 「いいえ」 いつになく、佐幽の言葉遣いはゆるやかで湿っぽい。 「彼は出所後、警備員として仕事に従事すると、その稼ぎの多くを別れた妻子に贈りつづけてきました。その夜は、もうすぐ結婚するので式に出席してほしいと愛娘から電話があったのです。 酒に頼って生き、誰かを裏切って醜い人生を歩んだ男だとしても――事故の遺族にとっては憎い男だとしても、娘のアヤメにすれば唯一無二の父親に代わりございません。 ――逆も然り。沼山津にとって娘アヤメを失うことは己が死ぬより重い」 うっすらと口緒が繊月を描く。 「――ですから物事には、優先順位というものがありまして」 ●REC 2/2 ブーケは舞う。 三日月の見守る、真夜中のビル屋上を。 「アヤメ、綺麗だよ」 「はい」 花嫁衣装に彩られたアヤメは夜風にベールをなびかせ、恍惚としてはにかみ笑った。 その瞳に精気はなく、澄んだ硝子玉のように空虚であった。 黒のタキシードで闇と交わり、新郎は蒼き魔眼を妖しげに光輝かせた。 魔眼。 その力を以ってすれば、非力な一般人ならば催眠を施して意のままに操ることができた。 「さぁはじめよう」 『死の生中継』は突如として街頭のド真ん中、巨大ディスプレイに映し出された。 交差点を渡っていた歩行者たちは殆どがまだ異変に気づいていない。つい先ほどまで虚構の世界、刑事ドラマの番組が漫然と流れていたせいか。 設置した中継機材を使い、新郎――“蒼き魔眼”教良木(きょうらぎ)マサトは呼びかける。 「聴こえていますね、お義父さん」 大画面では猿轡で罵詈雑言ひとつ吐けない沼山津が椅子に縛られたまま暴れている。 「ボクのことは知ってますよね? なにせ、貴方の大事なアヤメさんを頂く男にして」 一枚の手紙を、大げさに掲げる。 「――妹を、そして自分自身を、貴方によって殺された哀れな少年です」 復讐鬼は高らかに笑い、嘲り、蔑む。 「お義父さん、娘さんのすべてを――ボクにください」 ●作戦会議 2/2 「本作戦の最優先目標は“殺人映像の配信阻止”です。神秘秘匿のために、街角でこの一連の殺人劇を放送することを防ぐことを第一目標とします。 街頭ディスプレイを占拠するフィクサード集団を追い払うか、交戦せずにビル内の電気系統に細工をして早急に映像を停止させてください。敵が復旧を試みれば、これを撃退すること。 第二目標は“教良木 アヤメの救出&教良木 マサトの討伐”です。 元凶であるフィクサード“蒼き魔眼”教良木 マサトはここで殺しておく必要があります。もし復讐を果たしても、それで悪事を辞めて善人になるほど甘くもない。むしろ止まるきっかけを失い、さらなる悪徳に走ることでしょう。 第三目標“沼山津 ゼンゾウの救出”――これは優先事項ではありません」 佐幽の言は、しかし冷酷とは言いがたい。むしろ合理的だ。 第一目標と第二目標はかなり近い場所で同時進行でき、いざとなれば双方応援に駆けつけることもできるが第三目標は完全に別の地区だ。全てに対応すれば、戦力の三分割を余儀なくされる。 「本作戦では2名のサポート要員を手配しますが、けして第三目標に十分なリソースを割くことはできません。どこかを重視すれば、どこが手薄になります。 ――わたくしの提案は、ここまで」 九品寺 佐幽は恭しく一礼を捧げ、面をあげる。 問いかける瞳に揺らぎはない。 「決断を下すのは、皆様にございます」 ●電子の妖精 デジタルサイネージ。 電子看板と呼ばれる広告媒体を目にしたことのない者はそういないはずだ。 自販機の小窓に映るCM映像から大々的に流される街頭ディスプレイまで全てをそう括れる。 その広告塔ビルの、電算制御室にネズミたちは潜り込んでいた。 “電子ネズミ”薩摩 せちゅな。 “百発一中”鉄砲塚 九十九。 電算制御室の外を警備する軍服の青年 九十九はドア越しに相方に呼びかける。 ショットガンを手に佇む表情は険しく、頬の傷も相まって獰猛なドーベルマンのような強面だ。 「刹那、首尾はどうだ」 「楽勝だって言ったっしょー? せちゅなちゃんは天才だよ、このくらい楽な仕事だって」 「警備も順調だ。音、匂い、いずれも侵入者は感知できない」 「セキュリティにも反応なーし、あとはクライアントの長台詞と三文芝居に付き合うだけね」 「……どの道、仕事はこなす。依頼を受けたからには成功させる。男の意地だ」 「『例九十九発まで外そうとも百発目で撃ち貫いてやる』かぁ。初めて組んだけど、その執念深さはパートナーとして信頼できるかも」 「そういうお前は?」 「ネズミは逃げ隠れしてこそっしょ。つくもっちーの雇い主はせつなちゃん、せつなちゃんの雇い主は教良木(きょーらぎ)、そこんとこ忘れないでよね」 「……了解だ」 鉄砲塚 九十九は厳つい面持ちを崩すことなく、警戒に徹すべく目を閉じた。 ●詳細資料 以下は敵フィクサードにまつわる詳細資料である。参考にされたし。 【第一目標】班担当 ・“電子ネズミ”薩摩 せちゅな ビーストハーフ:ネズミ×ホーリーメイガス。電子工作のプロフェッショナル。 正しくは「刹那」だが、当人はせちゅなと名乗る。自称マサチューセッツ出身。 典型的後衛支援タイプ。電子の妖精とヒューマンダイナモ、また高い分析スキルあり。 天才を自称するだけあってトラブルが生じても他の策をすぐ用意する対応力と用意周到さがある一方、戦闘の実力は控えめ、特に物理防御がからっきし。素早いが脆い。 中級ホリメスキル修得、また電気にまつわる攻撃スキルを得意とする。 ビル防犯システムは掌握済み。 武器は破界器化した有線マウス。 ・“百発一中”鉄砲塚 九十九 ビーストハーフ:イヌ(ドーベルマン)×デュランダル。執念深く古風な忠犬傭兵。 物理前衛バランス型射撃デュラ。堅実な戦いが得意。実力者。雇い主の薩摩よりも断然強い。 攻撃は同職スキル中級迄とハニーコムガトリング、必殺のアルティメットキャノンを主とする。 非戦はマスターファイヴと超直観。索敵と洞察力に優れる上、意志が強くて命令に忠実。事前にビル地形を把握、ビル防犯システムを掌握した薩摩の指示と連携して動くので対応力抜群。 しかしあくまで彼一人という点と雇い主の薩摩が弱点となりうる。 ・破界器『百発一中』 接近戦を想定したソードオフ・ショットガン。散弾銃のため、バードショット弾を使えばその性質上、実際に百発を遥かに越える小粒弾を一射できる。 剛性とシンプルさを重視、いざという時は鈍器として格闘に対応できる。物理重視。 【第二目標】班担当 ・“蒼き魔眼”教良木(きょうらぎ) マサト ジーニアス×レイザータクト。容姿端麗な若者。復讐の魔人。結婚詐欺師にして催眠術師。 防御バランス型レイザータクト。他者を翻弄するようなBS重視の戦術。卑怯。 主な攻撃は、同職中級スキルまで&テラーテロール。 子供時代に飲酒運転による玉突き事故で妹を亡くした上、瀕死の自身はノーフェイス化して生存するも当初より得ていた高い視覚能力によって追っ手の存在に感づき、実家を去って暫く逃亡生活を過ごす。この際に幼い被害者である自分を殺そうとしたリベリスタへ強い敵意を刻みつけられた後、運命を得て逃亡生活から解放される。中立的な立場のまま学生時代を過ごすが、強大な能力をひた隠して脆弱な一般人にまぎれて暮らすストレスに耐えられず、催眠を悪用した詐欺を働いてフィクサード化してゆき、気づけば後戻りできないまでに悪の道に落ちていた。 その元凶たる沼山津、その娘アヤメとは仕事上で出逢い、その流れで現状を知って復讐を決意する。アヤメへの歪んだ愛情は、愛するがゆえに復讐の道具として最高の死を迎えさせたいと望む。 ・破界器『蒼き魔眼』 コンタクトレンズ型の破界器。無色透明。魔眼や眼光など眼にまつわるスキルを強化する。 瞳術、眼光系攻撃スキルすべてにBS魅了付与。さらに後述の『催眠』が発揮される。 ・『催眠』 交戦中BS魅了を受けた場合、蒼き魔眼による『催眠』によって魅了の効果が変化する。 魅了「味方へランダムに攻撃」→催眠「味方へ指示通りに攻撃」 ・教良木 アヤメ 一般人。沼山津 ゼンゾウの娘。戸籍上はマサトと入籍済み。正式な結婚式と披露宴を控える。 短大卒のOL二年生。気立てもよく愛嬌もある、ごくごく普通の女。催眠耐性は当然ない。マサトのことを愛している。それが催眠の結果か、ただ騙されているのか、あるいは純粋に好きなのか。そこまでの情報は確定していない。 自身の死、父親の死、恋人の死。たとえ最善を尽くしても悲劇的結末は不可避である。 ・仲介役 猫三姉妹と薩摩せちゅなは、仲介役を経由して「依頼」という形で教良木マサトに協力する。 前金で半分、成功報酬として残り半分の報酬を受け取る手筈になっており、それは仲介役を通して依頼主である教良木マサトが死亡したとしても確実に支払われる。 金銭報酬だけでなく、フィクサード業界での信頼度もキープせねば次の仕事に繋がらない為、猫三姉妹と薩摩せちゅなはいずれも依頼の達成を目標に動く。撤退は苦渋の決断となる。 【第三目標】班担当 ・青猫アオン、藍猫アイン、紫猫シエン 猫ビスハ三姉妹。双子の姉アオン&アインはプロアデプト、妹のシエンはデュランダル。 「革醒者は人外の怪物」を持論とする。ノーフェイス革醒した妹の紫猫シエンを守るために革醒、我が子を葬ろうとした父親を食い殺した過去がある。――のわりに、目的もなく残飯漁りレベルの野良猫暮らしを送っている野良フィクサード三姉妹。 過去依頼に度々登場(ID:4532、4063、3626)。 アオン、アイン、シエンいずれも同職中級スキルまでと破界闘士の一部下級スキルを使用する。 アオン、アインは素早さ重視、シエンはより攻防が重く身軽さはそこそこ。 実力は二流、しかし連携プレーは脅威。ソロでは凡庸。 三姉妹はいずれも自己と他の姉妹の生存に執着する為、依頼遂行より撤退を優先しがち。三姉妹のうち一人がダウンすれば、劣勢とみて仕事を投げ出す可能性が高い。 ・沼山津 ゼンゾウ 一般人。教良木 アヤメの父。警備会社勤務のくたびれた初老の男。 飲酒運転による玉突き事故を起こして、教良木 マサトの革醒と妹の死を招いた。 佐幽曰く「不養生が祟って数年後には病死する」らしい。 一般人につきフィクサードの攻撃で即死もありうる。開始時点では、椅子に縛りつけられてる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月07日(水)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●妖精戦争 Ⅰ 屋上に吹く夜風は穏やかである。 それは嵐の前の静けさか。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)。 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。 『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)。 第二目標への速やかな移動が可能かつ一般人が居ない場所となれば屋上だ。空調管理用の室外機のコンソールパネルが開かれる。 「こちらA班鳩目、屋上端末に接触、配置につく。現在ハッキング準備中」 AF通信を介して第二目標担当のBチームと連絡をやりとりする間、迅速に準備は進んでいく。 「蔓延る悪に鋼の鉄槌を下すべく自慢メタルボディが火を噴くぜ!」 剛毅のベルト型AF『セイヴァードライバー』(仮称)が燦然と光輝する。火花を散らして高速回転する紋章。超時空通信網を介して秘密基地『Fullmetal Tower~鋼の塔~』(自宅)へと通信を入れる。 「こちら剛毅! 応答せよマザーコンピューター『Meteor』!」 甲冑越しにもなぜかわかる、剛毅の蒼ざめた表情。 「い、いや、すまん……今は正義執行中で」 淡々と準備をつづける鳩目。憐れみのまなざしを向ける彩歌。 「わ、わかった! 晩御飯までには帰る! ぜ、絶対にだ!」 全身甲冑の重厚なダークヒーローが通信相手に戦々恐々としてぺこぺこ頭を下げている。 かろうじて最大の危機を脱したらしい剛毅は一転して強気に黒眼をギラつかせた。 「疾風怒濤フルメタルセイヴァー発進! フルメタルサーキット解放、電子戦を仕掛ける!」 「刻限は10分、それまでにディスプレイの制御を掌握できなければ直接戦闘よ」 彩歌は熱源感知を常駐させつつ電子戦に移行する。 論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」、その補助端末「i-Ris」のスタンバイを完了する。彩歌の網膜投影ディスプレイにはAR(拡張現実)ヴィジョンによって熱感知と電子の妖精によって判る熱源と電子情報の“流れ”が投影されている。 シンクロ同調を開始した剛毅と鳩目。妖精戦争の宣戦布告は彩歌の役目だ。 「……状況開始!」 一斉に、妖精たちは電子の要塞へと舞い降りた。 ●SUSI 「ちわーっす、寿司屋の出前でーす」 『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)は寿司屋に変装、沼山津宅への潜入を図っていた。 ドタドタドタッ。 ガチャッ。 「マジで!?」 「ス・シーなう!」 猫まっしぐら。青猫アオンと藍猫アインは目をきららと輝かせる。 紫猫シエンと囚われた沼山津ゼンゾウは居間だ。断罪演説が玄関まで聴こえてくる。 好機だ。寿司に夢中の双子は“こちらが革醒者だと気づくほど注目してこない”筈だ。 「そんじゃまーお代を」 藍色の気糸が閃く。 間一髪、ESPによって日野原は不意打ちを掠り傷に留めることができた。傷は事前のラグナロクによって急速に治癒されていく。 「バレちゃったか」 日野原は月読乃盾をAFよりリロードして双腕に構えて青猫のクローを弾き、逆に軍神の加護によるオーラで軽い手傷を負わせた。 「ええ、アーク!?」 「……バレてなかったの?」 「無銭飲食失敗なう!」 タダで寿司を食べるために一般人殺すのか、この駄猫ども。 「通して!」 「NO!」 双猫が“狭い通路に”立ち塞がる。青が攻めるとみせて藍がトンファーを繰り出す。コンセントブレイクが直撃、虚を突く一撃が軍神の加護を打ち消した。 背面、突如として紫猫シエンが鉄球を振り下ろした。二人の応対中に窓から外へ出て、玄関へ裏から回ってきていたのだ。日野原はかろうじて不意打ちに気づくものの怒涛の連続打撃に圧倒、態勢を崩したところに強襲する青猫アインの魔氷拳を紙一重で払い除けた。 「……三対一、死にたいの?」 「いいえ」 せめて強がろう。時間を稼ぎ、仲間に勝機を託す他ない。 「死なせたくないの」 月読乃盾を掲げ、日野原は絶望的ワンサイドゲームに身を投じた。 ●青い炎 三日月の夜。 復讐の魔人、教良木マサトは熱弁する。断罪の言葉を重ね、咎人を糾弾する。 断絶。 中継映像が不意に途切れた。動揺し焦るマサトの顔を、先ほどまで彼の享楽と殺意を写していたカメラが彼女の元へと電送する。 「制圧完了、とぉ!」 『奔放さてぃすふぁくしょん』千賀 サイケデリ子(BNE004150)はノートPCにクラッキングした中継機材のそばに安置する。今暫くは事前に入力した命令通りに中継機材を制圧、占拠し続けてくれるはずだ。 「ふざけやがって!」 千賀のエロティックボイスが溢れ出る中継用ノートPCを閉じてマサトは無線機を使い、薩摩と何か連絡をかわした。瞬く間、中継機材が復旧する。 気糸の五月雨が降り注ぐ。 『ウィクトーリア』老神・綾香(BNE000022)は屋上へ飛び移りながら紺色の暴風雨と化す。超頭脳演算フル稼働。湾曲、屈折しながら目標を射抜く気糸はもはやホーミングレーザーの束だ。マサトには掠り傷しか与えられなかったが、多くの機材には風穴が空いていた。 「殺人中継とは、また大胆で思い切った事をしてくれる」 「誰だ貴様っ!」 「老神・綾香。過去の復讐を果たす為に無関係な人々を巻き込むなら私は決して見過ごさない」 アークB班は一斉に強襲する。 「罪を感じる者にその必要無く、その必要ある者は罪を感じず」 『大魔道』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が強力無比な魔力を以って、魔曲・四重奏を疾走させて牽制する。マサトが回避した着弾点がものの見事に崩落した。 「アヤメには罪はない。少しでも情があるなら解放するのだ」 「くっ!」 電光石火の奇襲劇がつづく。 「今更よぉ、復讐がいけないだなんて教科書通りに言いやしねぇさ」 『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)が走り幅跳びで一挙に隣のビルから飛び移り、アヤメのそばへ駆け寄ろうとしたマサトの眼前へと着地するや否や、即座にB-SSで青い眼を狙い定める。 「ただどうもやり方が気にくわねぇんだ」 闇夜の中、羅生門が立ちはだかる。 「……ここいらで床のシミになってもらおうかい」 銃声。 絶影一迅。 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)が一言一句驚嘆さえ漏らす間もなくアヤメをかっさらい、面接着で最大限に活用して落下防止用フェンスを壁走りして千賀の元へ運ぶ。アヤメは洗脳の影響か、ジタバタと身じろぎして抵抗するが所詮は一般人、成す術なくロウの懐中でお姫様だっこされていた。 「催眠、解けますかね?」 千賀は力強く首肯した。 「人をメロメロにするのはアタシの十八番で、いざって時は■■■してでも……ふふっ」 ポーカーフェイスを装いつつもロウが生唾を飲んだことを彼女は見逃さない。 「……さぁアタシの眼をよーく見て」 貯水塔の裏にアヤメを避難させた千賀は魔眼によって洗脳解除を試みはじめた。 ――時間を稼がねば。 藤倉、ロウ、老神、シェリーは教良木マサトを包囲する。 戦いは数だ。――ただし、質も問われるが。 「くたばりやがれぇっ!」 真っ直ぐ往ってぶん殴る。説明不要、藤倉の誇る一撃必倒の蒼穹の拳がものの見事に炸裂した。 ただし、ロウの胸倉にだ。 絶大な拳撃に、魂までも刈り取られそうになるところをロウはかろうじて持ち応えた。否、直撃を受けたように見えたのは残像、命中は浅い。幻剣士のロウは俊敏な半面、堅牢ではない。 催眠。 アヤメ救出の刹那、藤倉はマサトの“目”を狙った。即ち、けして見つめてはいけない催眠の魔眼を自ら直視してしまった直後、魔眼に魅入られた。結果、B-SSの弾雨は藤倉の背後で後衛を果たしていたシェリーと老神の狙い撃って両者に深い銃創を与えた上、陣形戦術も崩壊した。 編成上B班はBS解除がなく平均回避力も低め。催眠を受けやすく、解除にも苦労してしまう。 「掃除の甲斐がある、汚いやり口ですね」 身体ギアを最大限に高めて最高速を維持するロウは、瞬時にマサトの懐へ迫ろうとする。 「それは褒め言葉と受け取ろう」 大般若を抜刀、斬撃を――放てない。 藤倉を盾とするようマサトは位置取り、またブロック指示を与えてロウの接近を封じてきた。 「失礼、教良木さん」 ソードエアリアル。ロウは絶影のスピードで側面へ跳躍、金網を蹴って三角跳び、遠距離から立体的に目標を切り伏せてみせた。 「躊躇いなく斬れる様な手合いでありがとうございます」 傷は浅い。が、直撃は明瞭。立体機動による錯乱と傷口に刻まれた呪詛がマサトの混乱を招く。 「ボクの邪魔をするな屑共がぁっ!」 凶怖の眼光。狙いは狂い、ロウとは無関係の明後日の方角へ。射抜かれたのは老神だ。 催眠は拡大する。 「ボクを守れ、ボクは正しい! キミもボクに同情を示した筈だろう!」 「……そう、だね」 老神の目が精彩を失う。 「悲しい話だと言うのは分かる、だけど過去を変える事は出来ないんだ……」 完全にねじ伏せるのではない。 川を塞き止め、田畑に支流の水を流すように催眠はゆるやかに意志を歪曲させる。 「人は未来を変えられる。復讐を遂げ君は過去と決別するんだ。その邪魔は誰にもさせない」 虚無の瞳に青き炎が宿る。 「妾の輩を、よくぞここまで愚弄してくれるものだな」 シェリーは幾重にも魔法陣を折り重ねて展開させ、その絶大な魔力をより高めた。 老神の気糸がシェリーの喉元を狙う。LostMystic.の文様が光輝、危うい一撃を防いだ。その次の瞬間、藤倉のB-SSが老神諸共にシェリーとロウを銃殺せんとした。 重い。 仲間の強さが反転、凶器と化す。 運命の消失を代償に消し飛びそうな意識を繋ぎ止め、シェリーは再起した。 ●妖精戦争Ⅱ 電子の海。 サイバー空間上では激戦が続いていた。 あらかじめ防衛プログラムを働かせている薩摩せちゅな陣営は、ディスプレイ掌握の維持を図るために比喩的にいえば城塞を建造、何千何万という兵士と武器を用意して待ち構えている状態だ。 一方、A班の三銃士は単騎駆けも同然だ。 ただし、一騎当千である。 鳩目は電子空間上を滑るようにブースターで飛翔、対空弾幕を華麗に最小限の所作で避ける。 ねずみ型ロケット弾が次々と飛来、爆炎を撒き散らす中を華麗に空を切る。 「雑魚ばっか。けど、足止めとしてはいい具合にめんどくさいね」 「がっはっはっはっ! 待っていろネズ公!」 剛毅は疾風迅雷セイバリアンで城塞を疾走蹂躙、漆黒解放、闇のオーラを纏い斬刃刀の如く巨大化した魔力剣を豪快に振り回して飛び掛ってくる雑魚ネズミを薙ぎ払う。 彩歌はサイドカー部に乗車、気糸の暴風雨が片っ端から雑兵を殲滅する。 『ちょこざいな連中めー! 天才的築城術で作りあげた風雲せちゅな城をよくも~!』 天井に浮かぶローポリゴンで作られた薩摩刹那のでっかい顔が、怒りに真っ赤っかだ。 「三分経過……カップ麺よりは長持ちするとは」 『むっきゃーっ! つくもっちー仕事しろよーっ!』 「番犬はお肉に夢中よ」 現実世界。 『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)は屋上階段にて鉄砲塚 九十九と一進一退の攻防を重ねていた。接近戦での散弾銃vs魔力剣は相当に綱渡りであるが、やや圧され気味ながらも落下制御と高低差のある階段をフル活用、単身で死守する。 「UEEEEEI!!」 「くっ」 DOAが階段を真っ二つに切り裂き、崩落させた。跳躍すれば昇れるが大きな隙を晒しかねない。地の利だ。最適な場所を選ぼうとした彩歌と鳩目の采配が功を奏した。 攻防は、しばらく続くだろう。 本丸に到達した直後、激震が三者を襲った。 天守閣が変形、巨大な鋼人(※最終防衛プログラム)と化した。 「こ、これは……!」 彩歌は驚愕する。その、見覚えのあるネズミっぽい姿に。 頭部に丸くて黒いパラボナアンテナ型メーサー砲を二門装備したシルエット、雷を象ったジグザグの黄色い尻尾、青い電波塔がハリネズミのようにびっしり生えた背中――。 「ピカ」 「ミッ」 「それ以上はいけない」 彩歌は気糸を裁き、無理やりに鳩目と剛毅の口を塞ぐと『これ以上はヤバい』と覚悟を決めた。 「最後のファイアーウォール、綺麗にデリートしてあげよう」 風雲ネズミ城ロボが十万ボルトとトゲミサイルを乱射する中、弾幕を彩歌が迎撃、鳩目はトラップネストを投下した。巨大な網に引っかかり、城塞は苦しみもがく。 剛毅はフルメタルタワーに最終兵器使用の『承認』を申請する。 「月が……見えたぞ!」 暗雲を割り、三日月よりガイドレーザーが剛毅のAFに届く。 『貴方に、力を』 彩歌は祈るように手を組み、月の『M.E.T.E.O.R』と交信した。 「漆黒ウェーブ……来る!」 忽然と実体化した黒犬魔獣ケルベロス型のキャノン砲を彩歌、鳩目、剛毅は三者一斉に構えた。 暗雲を貫き、莫大な光と闇の瀑布が降り注ぎ、獄犬砲をチャージする。獅子のごとき鬣は放熱のために光輝した。 引き金を弾く。 魔獣の咆哮と共に三条の熾烈な絶光が一点に集い、冥府の番犬ケルベロスと化す。 天守閣は光と闇の奔流に葬り去られる。 現実世界。 コントロールを奪取した街頭ディスプレイは本来の企業広告を何事もなく流しはじめた。 制圧成功だ。 主導権を奪取しようと再び薩摩せちゅなは仕掛けてくるが、一度こっちが占拠すれば三対一だけに守るは容易い。防火壁を再構築できれば一対一でも防衛できるだろう。 が、三者に安堵はない。 第三目標、日野原の連絡途絶。 第二目標、教良木に大苦戦。 第一目標、九十九が未だに進撃、麗香ひとりが防衛中。 「番犬を叩いてきます。鋼様はネズミ退治を」 鳩目は彩歌に何も告げず、階段へと向かった。無言で、後を託したのだ。 「……やるしか無いわね」 起死回生の一手。 たったひとつだけ、彩歌はすべてを逆転させる切り札を握っていた。 ●SISU B班は全滅同然であった。 いや、なお悪い。 健闘虚しくもついにロウが力尽きる。藤倉が我に返った時、自らの銃弾を受けて傷だらけのシェリーが催眠に支配されていた。老神も立ち上がるのがやっと。 アヤメの催眠を解除した千賀は必死に天使の歌を奏でるも魔眼に囚われて催眠術師の傷を完治させ、電子の妖精を用いて回線を復旧させるに至った。 「よくやった、これで処刑を再開できる、はは、ははははっ」 が、沼山津宅のリビングには誰の影も形もなかった。 猫三姉妹もゼンゾウももぬけの空だ。 「な、どういうことだ!」 「……嫌ですねぃ、催眠術なんてなくたって人の心は動かせるもんなんですよ」 ノートPCを黙々と操作していた千賀が、にやりと笑った。 音声再生。 『戦況が不利だ! 出直しだ! 指定ポイントで合流する、ボクを追撃から守れ!』 教良木の声。続いて、薩摩の声。 『おつかれ! やっと繋がったよ。で、きょーらぎの伝言。アヤメを飛び降り自殺させてやったら一般人が撮影しまくってね、一般人は我先にと面白がってネットに乗せる、よって拡散完了。生き地獄を味あわせてやりたいから生かしたまま撤収しろ、だって』 二つの“捏造音声”にマサトは愕然とした。薩摩の声は彩歌、彼の声は千賀が採音、編集した。 「まさか!」 「いやぁー出といてよかった催眠モノAV」 驚愕に見開かれた蒼き炎滾る双眸を、満身創痍の老神の正確無比な二条の気糸が撃ち貫いた。 一発は外れた。しかし片目を奪われたマサトは絶叫する。 「その瞳は駄目だ、皆も、君自身も駄目にしてしまう」 「長台詞は要らねぇ……」 藤倉は激昂を蒼穹の拳に乗せて、結婚詐欺師の綺麗ぇな顔をぶっとばした。 摩天楼の外へ真っ逆さまにマサトは落下した。 「血苦生ォォォォオッ!」 影が走る。 「義理は果たす」 九十九が空中にてマサトを受け止めて、薩摩と共に人ごみにまぎれて闇夜に消えていく。 追撃を、催眠シェリーが妨害した。 ――痛み分け。 決着はステイルメイトだ。 ● 路地裏にて。 「なぜ殺すの止めたのデス?」 沼山津宅を去った三匹は“戦利品”を仲良く齧り、特上寿司に舌鼓を打っていた。 紫猫シエンは血がべっとりついた口許をぺろりとなめる。 「私達は怪物、あいつらは人間。それにパパとは違う。正しさより愛を選んだ」 「……確かに、仕事でもにゃーと殺す理由ないネ」 「いやいやこれからが地獄でしょ、にゃはっ」 ● 翌朝、佐治医院。 病室では、娘のアヤメがつきっきりで父の看病に励んでいた。 ゼンゾウは右脚を失い、佐治院長の手術のおかげで一命を取り留めた。ロウは院長室へ主人の鳩目と共になにやら挨拶へ向かったようだ。剛毅? 嫁が怖くて直帰だよ。 「ホント、立派に親子してるじゃねーですか」 親子水入らずを邪魔すまいと入り口で立ち往生してる千賀たちに、佐幽が花束を渡す。 「さ、遠慮なさらず」 ゼンゾウの死期を思い出した千賀。しかしシェリーが制止する。 「ダメだ。本来は知りえない死期を無闇に教えることなど……」 「――ああ、それは虚言にございます」 しれっと悪狐は告げる。 「彼にとって何よりの不幸は娘の死です。親心を想えば、アヤメさんを守ることが第一。ですから皆さんが気兼ねなく彼の命をあきらめられるよう、わたくしはウソをついたのです」 悪狐は虚ろに、されとて優しげに微笑した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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