●黄泉ヶ辻 黄泉ヶ辻という組織の中で正気を保つということは、強さを得る機会を失うことに等しい。『日常』を守る倫理や常識はここでは意味を成さない。否、狂気こそがこの組織内における『日常』なのだ。 無論、正気を保てるものもいる。だがそういった者たちは狂人の犠牲となるか、あるいは命を落すかである。黄泉ヶ辻糾未のような数少ない例外を除けば、歪み狂うが黄泉ヶ辻のフィクサードといえよう。 それを不幸と思うかは当人次第だ。狂人が支配する異世界があったとするならば、黄泉ヶ辻のような人間がスタンダードなのだから。そして狂人とは周りとの『ズレ』を気にすることが無いものが多く、それが故に自分を他人と比べて不幸と思うことは無い。 例えば、W00(ダブルダブルオー)と呼ばれるフィクサードがいる。 生命の可能性を強く信じ、人体の改造に着手した者だ。そうして生まれた『Wシリーズ』は黄泉ヶ辻の兵隊として――むしろ死兵として使い潰される。そうすることでW00の地位は向上し、更なるWシリーズが生まれる。 狂えば狂うほど強くなり、強くなればさならる歪みが発生する。止めることのできない無間地獄。それが黄泉ヶ辻という組織。 そしてその狂気は、一つの到達点に達する。この世界の革醒者に対する猛毒――セリエバの毒を得て。 Wシリーズを生み出すために必要なアーティファクト『継ぎ接ぎ用の針(パッチワークニードル)』は無いが、すでに作製してあるWシリーズにそれを与えることはできる。毒を投与されたWシリーズはその毒性に力尽きるが、毒の耐性を得たものもいる。とはいえ他の個体よりも『死ににくい』程度の耐性だが。 「アーク……『親衛隊』相手に撤退したか」 「むしろあそこで撤退した手腕を褒めるべきだ。下手に戦っていれば被害が拡大し、部隊は壊滅していただろう。そうなってくれるほうが『私達』が攻め入るには楽だったが」 一人の老人の口から二つの声が漏れる。二つの意識を内包した一つの肉体。革醒者の毒を取り込んだW00と呼ばれるフィクサード。 「運命毒は安定した。さぁ、次はどうしようか?」 「弱ったアークに攻めるか? 新たなシリーズを生み出すか? 『継ぎ接ぎ用の針』があれば容易いが……なぁに、レピシは頭の中にある。この知識がある限り、いくらでも生み出せる。苦痛で精神を壊さぬアーティファクトを見つければそれでいい」 「狂人の方が扱いやすいのでは?」 「それも一考。ともあれ『材料』はある。狂い切れなかった『役立たず』など文字通りはいて捨てるほど」 黄泉ヶ辻という組織において正気を保つということは、強さを得る機会を失うことに等しい。無論、正気を保てるものもいる。だがそういった者たちは狂人の犠牲となるか、あるいは命を落すかである。 そんな黄泉ヶ辻の『日常』が今日も始まる。 ●アーク 「フタマルサンマル。ブリーフィングを開始します」 録音機にスイッチを入れて、資料を開く。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちの顔を見ながらこれから起こるであろう神秘の説明を始めた。 「黄泉ヶ辻フィクサード『W00』の工房を襲撃し、敵フィクサードを打破してください」 和泉の言葉にW00の名を知る幾人のリベリスタは息を呑む。 人を使い捨て兵器のように改造し、使い潰し、そして自らも改造するフィクサード。怒りよりも先に醜悪さが際立つ革醒者――否、革醒者を改造した存在。 「工房には黄泉ヶ辻に誘拐された革醒者と、その資料があります。これを回収すればWシリーズに改造された人に治療も可能でしょう」 Wシリーズ。 革醒者の肉体を削ぎそこに滅びの因子を埋め込むことで、強力な力を得ることができる改造。それを施された人体兵器。その代償は、生命維持のために特殊な薬剤が必要なこと。今までWシリーズとして改造された革醒者と交戦し、そして救えなかった。 その作製者がそしてその治療法の手がかりが、予知できたのだ。 「『万華鏡』の情報によれば革醒者に対する強力な毒を保持する『頭脳』『脊髄』と呼ばれる一個体。そして治療薬を作製する『心臓』……これら二つのW00が存在しています」 W00というフィクサードは自らを改造し、体のパーツごとに自我を持たせている。『頭脳』『脊髄』の二種類が一つになった個体と、今回新たに出てきた『心臓』と呼ばれる個体。 「作戦概要は二箇所同時襲撃になります。片方のチームが戦闘力の高いW00を封じ、もう片方のチームが工房の資料と捕らわれている革醒者たちを助ける」 モニターに映し出される青い矢印。バッテンの位置で交戦するということだ。片側は工房の地下で、そしてもう片側が工房の中枢で。 「皆さんには中枢で『頭脳』『脊髄』の相手をしてもらいます。単体ですがその戦闘力は高く、また革醒者を滅ぼす『セリエバ』と呼ばれるアザーバイドの毒を保持しています。何よりもここはフィクサードの工房です。W00に有利な状況があります」 「そりゃ罠ぐらい仕掛けてるだろう――げ」 幻想纏いに送られてきた情報と画像に嫌悪感の混じった声が上がる。 「……一応聞くけど、別の場所で戦っちゃ駄目?」 「不許可です。逃亡経路、資料確保チームの安全、なによりもこれ以上時間をかければ犠牲者が増えるという点を考慮して多少危険度は増しますが強行することになりました」 和泉は可能な限り平坦な声を出すよう努めていた。危険度が高いのは承知の上だ。下手をすれば命の危険がある。 「危険度の高い仕事です。もちろん拒否しても構いません」 和泉の問いかけにアナタは―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月31日(水)22:38 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●開幕。リベリスタの行進。 「えげつないですね、さすがに」 ――シャドウサーバント。 自らを包むガスの痛みに、しかし無表情を装いながら『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)がため息をつく。しかしその瞳とそして破界器に乗せた殺意だけは隠しようがない。この存在はここで倒す。言外に告げていた。 「W00だかWHOだか知らないけどぉ、完璧に潰してやるさぁ」 ――爆砕戦気。 常識外れな大きさの剣を手に『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が見栄を切る。獣の瞳で相手を睨み、不適に笑みを浮かべた。圧倒的なパワーはその立ち様からも想像できる。刀を構えるその姿だけで、凄みが伝わってくる。 「決着をつけましょう」 ――熱感知。 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)のガラスの瞳が熱を見る。ひときわ強く熱を持つ『頭脳』と『脊髄』の位置を探る。ベースは人間なのだ。そう変わらぬ位置にあった。よし、と瞳にその位置を焼き付ける。 「脳の強化はしないのか? チンケな狂気で自己満足の貧相な生ゴミ以下だな? 脳味噌は」 ――式符・影人。 皮肉と共に影を立体化させる『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。怒らして相手を自分のペースに持っていくのは、サポートに徹するユーヌとしては合理的な手法だった。単に性格もあるのだろうが。 「叩き潰してやる」 ――爆砕戦気。 恋人からもらった銀のスプーンを懐にしまい、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は愛用の斧を構える。神秘の世界を知り、理不尽に抗うことを誓ったランディ。その思いは今も変わらない。彼がW00のような輩を許す道理はなかった。 「さて、行きますか」 ――フォーム・アルテミス。 銃に弾丸をこめながら『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が歩を進めた。怪人の名を持つ九十九だが、その奇行は人を守るための演技。誰かを犠牲にすることを許さない心をもって銃を握る。 「さって、下種野郎の心の臓を止めに……おっと、そりゃ向こうの班か、ハハッ!」 ――聖骸闘衣。 笑いながらツァイン・ウォーレス(BNE001520)は神秘の衣を身にまとう。古めかしい鎧と盾だが、一流の騎士が纏えばそれは難攻不落の城となる。その真っ直ぐとした構えと精神性が、死の恐怖を吹き飛ばす。 「『可能性』と言う名の毒に抱かれて滅びなさい」 ――魔陣展開。 六枚の純白の羽根を広げ、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が魔法陣を展開する。WW2時代の神秘研究の産物。そんな自分とWシリーズを氷璃は重ねていた。無論、怒りの根源はそれだけではない。 「セリエバの時に言ったとおり、倒しに来てやったよ!」 ――闇纏。 『アヴァラブレイカー』と呼ばれる黒い剣を手に『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)はW00を指差す。背中に広がる黒羽に負けぬほどの闇のオーラ。それはフランシスカの戦士としての気高さを示すが如く。逃げる気も、逃がす気もない。 「その通りだ! お前はここで終わらせる!」 ――流水の構え。 『ムエタイ戦士』滝沢 美虎(BNE003973)が拳を握る。かつてはW00と相対し、しかし作戦の都合上逃亡を許してしまったことを悔いていた。だがもうその必要はない。否、もうこれ以上の逃亡を許しはしない。ここで決着をつけるのだ。 「来たか。リベリスタ」 W00は待っていたとばかりに両手を広げる。かつて自分が改造したWシリーズ。罪なき少女の尊厳を奪い、狂気の兵器とし、そしてその命を奪い自らの体の一部としている存在。 六人のWシリーズの能力を持ち、ダメージと共に攻撃の種類は増す。そして運命を持つ者に対しての毒をもち、それを使うことにためらいはない。何よりもこの場はW00のフィールド。リベリスタの気力を奪うガスがじわじわと力を奪うのだ。 無論、リベリスタもそんなことは理解している。『万華鏡』による未来予知。これこそが彼等の最大の武器。 「たとえ知っていても覆せないほどの力。それを教えてあげよう」 W00の挑発が、このワルツの始まりを告げる。 ●過去話Ⅰ どこにでもいる何の特徴を持たない革醒者だった。 『平均的』な革醒者と比べて何が異なるかといえば、所属した組織が黄泉ヶ辻ということだけ。そしてそこで拷問に近い人体実験を施されたこと。 最初に教えられたことは『痛みを感じるたびに1000から7を引いた数字を口にしなさい』だった。 『993、986、979……』 何のことかと疑っていたが、そうすることで痛みから意識を逸らし正気を保つことができる。その痛みのたびに、死ぬかもしれないダメージが体を貫く。 『革醒者のボーダーオブライフ(生死の境目)』……そう銘打たれた実験は効率的な拷問の資料になり、その革醒者の精神を程よく破壊した。 ここで彼の精神が完全に破壊されてしまえば、後の悲劇は生まれなかった。また完全に正気を保っていたのなら、黄泉ヶ辻から逃げ出しただろう。結局のところ、それが生まれたのは偶然の産物だった。 『972、965、958……』 ●交差する力と力 リベリスタの陣形は前衛二人の扇形陣形。範囲攻撃と貫通攻撃を警戒し、ばらけた陣形だ。最初にW00に接敵するのは九十九とユーヌ。回復手の関係もあり、可能な限りダメージを分散させようという試みだ。 「お久しぶりですなW00。今日は嫌がらせじゃなくて決着を付けに来ましたぞ」 射撃の女神の加護を得た九十九が口を開く。以前に会ったのは『右腕』のときか。互いの記憶がリンクするW00は、そのときの会話を思い出していた。 「まさかとは思うが、追い詰めたつもりかな? 私はむしろ迎撃のつもりなのだよ。運命毒を得た以上、君達を滅ぼすことなど赤子の手をひねるようなものだ」 「確かに厄介な毒ですな、それは」 九十九は後衛職だが、前に出ても遜色がない程度に防御力と回避力がある。だがその防御と回避を上回るほどにW00は『革醒者』に対する殲滅能力が高かった。肥大化した腕が九十九に強い衝撃を与える。 「ですがその程度です。その毒の元であるセリエバを封じてきた私達にとって恐れるものではありません」 「侮るつもりはありませんがね。そのために頭をひねってきましたよ」 W00の虚を突くような動きで遠距離からうさぎが迫る。伸びて来る足の痛みを我慢しながら、破界器を振るう。小さいが蓄積するダメージ。だがそれは、 「ダメージを与えるごとに強くなるとは、本当にえげつないですね」 「キミさえよければ改造してあげてもいいのだよ。こう見えても私は懐が広くてね」 「お断りします」 W00の誘いをにべもなく断るうさぎ。 「詰まらんな。正義だととか悪だとか、リベリスタだとかフィクサードとか。つまらぬ壁とは思わないか? 正義を守るのにも力が要るんだろう?」 「否定はしません。ですがあなたは殺します」 無表情の瞳に殺意を乗せて、うさぎはW00に攻撃を加えていく。自分の意思で、自分の決意で。たとえW00の意見が正しくとも、そんなことは関係ない。ただ殺意をこめてここに立つ。 「寝言は寝てから言ってもらおうか。それとも既に寝ているのか? なるほど納得だ」 ユーヌは召喚した影をW00の壁にしていた。印を切り、札を放つ。黒い影が人型を採り、ユーヌの命令に従い防御の姿勢をとる。 「運命毒か。影人相手にはどう作用するのかな」 「確かにこの毒は運命を持たぬものには作用しない。なるほどいい選択だ。だが――」 W00が豪腕を振るう。それだけで影の存在は希薄になっていた。一撃で倒れはしないが、二回殴られれば耐えられるかは怪しい。三度目は確実に耐えれないだろう。 「脆いな。運命毒など不要だ」 「人から奪った力でご自慢か。独りよがりだけは立派だな」 「はっはっは。その力は私が与えたのだがね」 「与えた、じゃなくて無理やり埋めつけたんでしょうが!」 黒の風車を振るいながらフランシスカが叫ぶ。闇のオーラを螺旋状に纏わせる。風車と螺旋の二重の回転がフランシスカから放たれた。。絡みつくような闇のオーラがW00の攻撃力を奪い、黒の風車がその体を傷つける。 「そうかもしれないね。でも仕方ない。彼女たちは弱かったから」 「弱ければ何をしてもいいって言うの!」 「力はないよりあったほうが言いに決まってる。君だって力を欲しているクチなんだろう?」 W00はフランシスカの方を見ながら口を開く。何度か刃を重ねてくれば、なんとなくだが相手の傾向は知れる。こと戦闘は感情がむき出しになる。 「君は戦うのが好きなタイプだ。強さにあこがれ、強い相手をよしとする。その武器もおそらくは『強敵』から奪ったものなんじゃないか?」 フランシスカが持つのはこの世界ではない文化の武器。W00の指摘にフランシスカは、 「ええ。そうよ。だけどね」 返答とばかりに闇のオーラを纏った『アヴァラブレイカー』を振るった。 「私が好きなのは『強い相手と戦うこと』なのよ! お前みたいに矜持のないヤツとは絶対に相容れないわ!」 「そういうことだ! お前は絶対に許さない!」 美虎がムエタイの構えのまま、足を振り上げる。心にあるのは激しい情熱と怒り。そしてけして曲がらぬ戦士の正義。生まれた風の刃はその心を示すように真っ直ぐと飛び、強くW00に突き刺さる。 「許さなければ、どうするのかね?」 狂気満ちたW00はマッドサイエンティストのイメージが強いが、戦闘技法自体は格闘術である。美虎は何度か交戦してそれに気づいていた。W00の殺気がこちらに向くのを感じる。 (見ろ見ろ見ろ! 変則的だが体の動かし方が格闘技なら、技の繰り出し方もある程度は同じなはず!) 攻撃一辺倒だった美虎は、楽団戦の後に何かを学んだ。専門外の知識を活用することは難しいが、自分の専門を応用することは難しくない。 「避けられた!?」 「ハッ! たいしたことがないね、W00!」 軟体動物のような足を避けながら美虎が言う。 「運命毒を解析したところで、人の意思までは超えられないようね」 氷璃が魔法陣を展開し、冷気を集める。水の一つ一つに呪いをこめて、冷気の一つ一つに願いをこめる。この狂気の存在をここで止めろと。音もなく収束する氷の矢は小さく、しかしその中に様々なものを凝縮していた。 「ただの偶然だ。エラーがあれば修正するだけ」 「いいえ、あなたに修正の機会は与えないわ」 放たれた氷の矢がW00の体を穿つ。ゼロ距離で氷の中に込められた魔方陣が展開され、呪いと氷が纏わりつく。その結果に満足したのか氷璃は薄く笑みを浮かべた。 「もうこの世界に未練はないでしょう? 貴方の出番は終わりよ」 氷璃の心に去来するのは今まで関わってきたWシリーズたち。その無念と最後の言葉が胸に蘇る。 「あなたは私『達』が終わらせる」 心にいるWシリーズの娘を複数の中に含め、氷璃は魔力を増幅させる。 「ああ、狼は獲物を逃がさない」 御龍が巨大な刀を振るう、その刀に負けぬほどの風の刃がW00を襲う。その一撃はまさに獰猛な獣の如く。容赦なく駆け抜ける獣の一撃は、掠っただけでも無視できないダメージになる。 「全力で潰させてもらうよ!」 「いやはやこれは恐ろしい。鍛え上げられたデュランダルは、恐ろしいものだ」 受けた傷を確認してW00が御龍に瞳を向ける。彼女の左赤右蒼の獣目が笑みの形に変わる。その口から犬歯が見える。 「あたりまえさぁ! この御龍様をなめるなよぉ? アークの暴龍とは我の事だ!」 「君をWシリーズにすれば、さぞ効率のいいモノになるだろうね」 「ちょいと狂いすぎだぜ、アンタ!」 ランディが『グレイヴディガー・ツヴァイ』を振るう。雄雄しい闘気と研ぎ澄まされた魔力が交差し、矢となって放たれる。絡み合う二つの力が更なる力を生み、その衝撃でW00は吹き飛ばされる。 「狂気に生きてこその黄泉ヶ辻だ。常人では計れぬものがあるのだよ」 「はっ。ご高説ありがとう。じゃあお返しに俺のも聞いてくれや。 狂気に身を浸せば見えなくなるモンもあるんだぜ」 「ほう?」 短く問い返すW00。それを同意と受け取ったのかランディは言葉を続ける。 「別にヒューマニズムとかじゃねぇ、どんな狂気を孕んでも自分の根源を見失ったら弱いんだよ、強さってのはな」 ランディはナイトメアダウンにおいて『それまでの記憶』を失っていた。それは自分の根源を失ったことに等しい。何故自分はあそこにいたのか、戦っていたのか、それとも逃げていたのか。それさえも分からない。 今のランディの根幹となるのはプロトアークでの教育と、そこで経験した理不尽な神秘事件だ。強くなろうと思った理由はそこにある。抗えない世界なら抗える世界に変えてやろうと。 「理解しかねるね。自分を見失おうが、私はこんなに強いんだよ!」 「そうね。あなたはそれだけの力を得た」 自らの破界器とリンクした彩歌がW00の言葉を認める。今まで何度もWシリーズやW00と交戦し、その実力は肌で感じている。それが如何なるものであれ、その実力は軽視できるものではないと、彩歌は知っている。 「人は道具を作ることで進歩してきたし、それ自体を否定するつもりは無い。今のあなたの実力は、確かに恐ろしい」 「なら降伏するかね?」 「いいえ、あなたは世界を侵す存在よ。見逃すわけには行かない」 リンクしている破界器から糸が飛ぶ。皆の疲弊具合を考えれば、自分が攻撃できる機会は少ないだろう。神経レベルで繋がった破界器は思考だけで標準が合わさる。W00の回避する光すら考慮に入れた一撃が、その腕を貫く。 「違うな。私は世界を書き換える存在なのだ」 「大きく出たなぁ! この野郎!」 ツァインは攻勢に出ずに補助に回っていた。神の力を付与し、邪悪な力を払う光を放ち。専門の回復職がいない以上、この役割は仕方がなかった。一発ぐらい殴りたくはあったが、それをこらえて自らの役割に徹する。 「何がおかしい? 革醒者に対抗する毒を得た私が革醒者を支配するのは当然の流れ。いずれ世界の版図を書き換えてくれよう」 「狂気もここまで来ると呆れるぜ。確かに上昇志向は立派だがね!」 ツァインは飛んでくるタコの足を盾で受け止める。代々受け継がれてきた西洋騎士の戦い方だ。人によっては古臭い戦法と笑い飛ばすが、逆に言えば数百年単位で進化し続けてきた術なのだ。 「進化するってのは悪くない。その果てがお前だというのならそうなのかもしれない。 だが剣林やWシリーズのことが気にいらねぇ! お前はぶっ潰す!」 「声で私が潰せるのかね? 私を潰したければ全力で来るがいい。最もこのガスの中ではそうも行くまいが」 壁中からあふれ出すW00の生み出したガス。これがリベリスタの力をゆっくりと削いでいた。全力で攻めればリベリスタはエネルギー切れを起こす。 もう片方のチームが心臓を破壊出来れば何とかなるのだが……まだその気配はない。 しかし、リベリスタたちに退却の色はない。鋭い意志が狂気に満ちたフィクサードを貫く。 ●過去話Ⅱ 実験者と実験対象者。その立場が逆転したのは、ある日のことだった。拘束していたはずの実験対象者が突如襲い掛かったのだ。 実験対象者は自らの手首を食いちぎり、拘束を解いていた。出血する部位を焼いて塞ぎ、痛みに身を焦がしながら殴りかかる。その逆転劇はすぐに取り押さえられたが、その反逆が黄泉ヶ辻には好評だったのだろう。すぐに彼はそのまま実験者となる。 まず彼は自分を切断することから始める。どこまで自分を切っても死なないか。生命の限界とはどこか。アーティファクトの効果も使い、その限界点を見出した。 ならば、次はこれを他人に試してみよう。 ●血肉を削る舞台で 「倒れる前に下がる心算ならその十秒は前に言って下さい! あと気力が切れて回復する当ての無い人ぁ優先的に交代して使い潰されなさい!」 言動こそ厳しいが、うさぎの言葉は皆理解していることだった。無傷で相手ができるとは思えない。そういった『割り切り』が重要な相手だということに。 「素晴らしい戦い方だ。フィクサード側(こちら)に来ないか? 歓迎するよ」 「お断りします。そちらは一度通った道だ」 W00の誘いを断るようにうさぎの足が地面を蹴る。獣のようにしなやかに体を曲げ、全身の筋肉をバネのようにして距離をつめた。迎撃に放たれたW00の拳を払うように流し、その懐に入り『11人の鬼』を振るう。その勢いを殺さぬように距離をとり、W00の拳の範囲から逃れる。 「じゃあ遠慮なく交代させてもらうよ。お前の相手は影で十分だ」 体力的に秀でるわけではないユーヌが後ろに下がる。回避力が高いユーヌだが、運命毒による追撃を完全に振り切れるわけでもなかった。保険とばかりに代わりのブロック要因に影人を置いていくのが抜かりない。 「体力こそ低いが、コイツラには運命毒は効かない」 そして影人はユーヌと同じ回避力を追っているのだ。この状況においてもっとも有用な『壁』となっていた。ガスに気力を削られながら、新たな影をユーヌは召喚する。消耗は激しいが、まだいける。 「よっしゃー! わたしの出番だ!」 抜けたユーヌの代わりにはいったのは美虎だ。膝をあげるムエタイスタイル。遠距離近距離と対応できる美虎だが、その真価は接近戦において発揮される。 「どんなに強い力を持ってようが!」 電光石火のハイキックがW00の首を襲う。難なくガードするが、それは想定内。 「運命を食べるセリエバの毒を持ってようが!」 相手の懐に飛び込むように膝を叩き込む。人体の『堅い』部分を使用するのがムエタイの基本。そしてそのまま相手の首を掴む。 「フェイトがどんだけ減ったとしても……お前の命はここで終わらせる!」 首相撲。互いの息がかかるほど密着した状態での膝の殴打。そしてそのまま地面に叩きつける。 「おっしゃー!」 倒れているW00を油断なく見下ろす美虎。その視線があだとなった。 「待て、目に注意しろ!」 ランディの注意も間に合わない。灰色に濁った瞳が美虎の肉体を捕らえる。医師の力を高めようにも、W00の手のひらに生まれた口の呪詛がそれを乱す。全身が石のように重く感じるのを美虎は感じていた。 「ちっ! 面倒な相手だ!」 潤沢とはいえない回復を有効に使うために、W00と直接戦う相手は制限しなければならない。回復の難しい石化などはできるなら食らいたくはなかった。 最も手詰まりというわけではない。 「わぁーってるって! 一気に癒すぜ!」 ツァインが呼吸を整え、英霊達に語りかける。ツァインのルーツから生み出される過去の英雄。それは戦場の女神か雄雄しい戦士か。とまれその英霊が悪に屈しぬリベリスタの精神に感服し、傷を癒し石化の呪いを吹き飛ばす。十分とはいえないが、それでも次につなげるには十分だ。 (クッソ! 分かっちゃいたが支援も気力も追いつきゃしねぇ……!) ツァインは回復を得手としていない。正確に言えば、本職は回復役ではない。並の相手ならそれで十分なのだが、相手は並ではなく状況もそれを許すほど甘くはない。 「なるほど。回復はキミのようだね」 「そういうこった! 俺を潰すかい?」 だが、本職の回復役には出来ないこともある。ツァインな防御力はW00の運命毒をもってしても落とすのは難しい。石化で動きを封じようにも、その身にまとうオーラの鎧がそれを弾くのだ。ニヤリと笑みを浮かべながら、しかし内心はあせっている。 (とはいえ崖っぷちだがな! くそ、心臓はまだ潰れないのか!) 「おりゃあ!」 ランディが全力で戦斧を振るい、衝撃波を飛ばす。己の持ちうる最大の技。それを惜しみなく放つ。ガスにじわじわとエネルギーを奪われながら、しかしそれを感じさせない力強さ。 「急所をそらしているようだが、さすがにノーダメージとは行かないようだな」 ランディの放つエネルギー波は防御の隙を縫う動きをとる。だが、弱点そのものが体内で移動してダメージをそらすW00にはその効果はするい。だが、闘気と神秘の両方を鍛えているランディの一撃は、それ抜きでも重い。 「いいのかね? 短距離戦ができる状況じゃないのは知ってるんじゃないかい?」 W00はあたりに充満するガスを見ながら言う。リベリスタの気力を奪うガス。だがランディは笑みを浮かべて言葉を返す。 「こうなると分かってりゃ、対応策もあるんだよ」 「そういうことよ。他人を癒すなんてあなたには想像もつかないことでしょうけど」 彩歌はランディにエネルギーを与えながら、W00の方を向く。Wの名を持つフィクサード。Wシリーズの根源。長らく追ってきた一人の狂気。彩歌が見るのはまさにその存在。六人の少女で作られた体ではなく、それを動かす『頭脳』と『脊髄』を。 「私ほど『生命』に真摯なものはいないと思うがね」 「そうね。あなたは『生命』を……それと表裏一体の『死』を真剣に見て、その可能性を信じているのね」 かつて彩歌がW00に抱いた感想を告げる。いや、今もW00は変わらずその妄執に取り付かれていると信じている。 「ああ、そうだとも。ようやく理解してくれたか?」 「ええ、理解したわ。あなたが見たのが『命』でしかないことは」 その言葉に怪訝な顔をするW00。その質問は間近から放たれる銃弾で遮られた。 「余所見をしている余裕はありますかな?」 九十九は傷だらけの体に活を入れながら、引き金を引く。コインの中央を穿つ命中精度。その銃口が狙うのははW00の『頭脳』と『脊髄』だ。彩歌に場所を教えてもらい、可能な限りそこを狙っている。 「そっちこそ『私達』だけを狙う余裕があるのか? そんな技術と余裕があるなら、この腕を狙って動けなくすればいいのにな」 「はっはっは。その腕はあなたの腕ではないでしょう。奪ったWシリーズの腕だ」 九十九は銃口をW00の『頭脳』に向けながら笑う。 「人体をパーツとしか見ないその心の歪み、此処で撃ち抜きますぞ」 九十九が狙うのはあくまでW00だ。たとえ奪われて利用されるだけの状態とはいえ、W00によって改造された不幸な少女を傷つけることはしない。 「そうね。その『子』たちに罪はないわ」 氷璃が夜の帳を思わせる黒い傘を回転させる。一定の書く泥リズムで回転する傘は、込められた魔力を展開するエンジンの如く魔力を束ねる。天に向かって放たれた魔力の矢は氷璃の意思に従うように向かう先を変え、W00を撃ち貫く。 「罪があるのはあなた。報いを受け入れなさい」 「罪か。私は力ない彼女達に黄泉ヶ辻で生きるための力を与えたのだがね。 黄泉ヶ辻という組織は狂気の組織だ。そこから逃れることもできず、狂うか死かの選択肢にもう一つの道を示したのだよ、私は。それが罪かね?」 ――確かにそういう一面はある。確かに黄泉ヶ辻に捕らわれた者達に、『正常な精神のまま生きていられる』選択肢を追加したといえよう。W00から放たれる軟体動物の足が氷璃を穿つ。その一撃に運命を燃やし立ち上がる氷璃。 「いいえ、違うわ。あなたは奪ったのよ」 しかしその冷静さと怒りはは失われない。魔力の矢が立て続けに放たれる。氷璃の涼しげな表情とは裏腹に、激しい怒りがそこにあった。たとえるなら、氷の中燃え盛る炎の如く。 「生きる選択肢を。人としての尊厳を。だから私は許さない」 「ははっ! 道を示した、とか偉そうなこといってるんじゃねぇよ!」 御龍の巨大な刀が振るわれる。暴龍の如く鋭い一撃がW00に襲い掛かる。W00はその軌跡をしっかり見切り、腕で受け止める。直撃ではないが、それでも手が痺れたのかだらんと腕をたらす。 「どうしたぁ? それでおわりとか言うんじゃないだろうなぁ」 「まさか。確かに鋭い一撃だが――」 W00が足を振るう。軟体動物のような鋭い蹴りが真正面に立つ九十九と御龍を襲った。 「やはり、火力一辺倒のようだな。防御がおそろかだ」 「だからどうした、ってのさぁ」 鞭のような伸びる足の一撃を受けて、御龍が運命を燃やす。確かに御龍は刀での一撃に力を注ぎ、防御は薄いといえよう。だがしかし、 「この身がどうなろうと、我はお前を引き裂ければそれでいいのさぁ」 ニィ、と笑み浮かべる御龍。その口調は普段の彼女のものとは違うもの。戦闘用にスイッチされた『鬼神モード』と呼ばれるものだった。 「そうね。ここでケリがつけれるのなら!」 フランシスカの剣が突きを放つ。その背中に六枚の羽根を広げ、受け継いだ剣に黒のオーラを乗せて、その心に戦士の矜持を乗せて。背中の羽根で空気を捕らえ、ひねるような体の動きが剣に全ての運動エネルギーを送る。そのまま解き放たれる闇の矢がW00に襲いかかる。 「なるほど、迷いのない素晴らしい一撃だ。黄泉ヶ辻に捕らわれていた者にはいなかった強い精神を確かに感じる」 W00は心の強さを否定しない。人が持つ精神の高潔さを認め、そして、 「その精神を保ったまま改造できれば、さぞ強いシリーズが出来上がるのだろう! 栄えある第一号は君にしてあげよう!」 そしてそれさえも狂気の対象となるだけ。 「お断りね!」 「君の意思など関係ない。力で屈服させればそれでいい。 なんなら君の『心』を何らかの信号に変えて写しこめばいい」 「そんな事ができたとしても!」 W00のおぞましい思考にフランシスカは怯えることなく剣を突き出す。 「私の戦士としての矜持は『あの日』に受け継いだものよ! あの傷、あの躍動、あの戦い! その経験がない者に私の誇りは奪えない!」 神秘の世界において『ありえない』事はありえない。 だが、この胸にある誇りを奪い取ることだけは『ありえない』とフランシスカは胸を張る。 その勢いと迫力、そして精神的な重圧にW00は押し黙った。子供の戯言と飽いたか、あるいは気圧されたか。 リベリスタは攻勢だ。だが冷静に戦局を見るものは気づいている。 W00はリベリスタが疲弊するのを待っているのだ。散発的にダメージを与え、彼等の攻める勢いが落ちるのを。 気力を奪うガスは、今だ止まる事はない。 ●過去話Ⅲ いつしか自分を分割しそれぞれに思考を与える。こうすることで、自らに似た能力の存在が分割した分だけ意見を持つことになる。研究は飛躍的に進んだ。 そしてWシリーズの研究に移る。最初は自分の娘を。そして任務に失敗したフィクサードを。理由は不明だが女性のほうが成功率が高く、やがてWシリーズは女性のみとなる。 やがて狂気のフィクサードはかつての名前を捨てて、こう名乗ることになる。 W00(ダブルダブルオー)。 ●消耗戦。天秤の揺れるとき。 「そろそろまずいですな」 「じゃあ次は我がでるぜぇ」 疲弊した九十九の代わりに御龍が前に出る。ぼろぼろの体を動かし、全身の筋肉を引き絞り、刀を振り下ろす。 「効くだろう? 我が一撃は。このまま塵も残さず消してやる!」 「いい一撃だ。――おかげでW05とW03達が目覚めたよ」 W00は笑みを浮かべ、口を開く。可聴音波を超えた音が空気を震わし、リベリスタの耳を打つ。そこの込められた悲しい想いが、彼等の動きを止めた。 そして同時にW00の血液が弾丸となり、彩歌を襲う。ユーヌの作った影人が庇うが、その一撃と毒で影は霧のように消えていった。 「さぁ、じわじわと殺してやろう。もう影を生むだけの気力はあるまい?」 W00の指摘にユーヌは無言でW00をみる。ガスさえなければもう少し召喚できるのだが。 「そうね。でも貴方も追い込まれているのでしょう? 残りの体力はそう多くないわ」 「忘れているようだね。Wシリーズは追い込まれてからが本番なのだよ」 氷璃の指摘にW00が答える。W00は体中から血を流し、リベリスタからダメージも蓄積している。 だが、リベリスタの疲弊も大きい。 W00からのダメージをツァインが癒しているが、そのツァインを初め気力をガスにより失っている。影人を召喚していたユーヌや初手から全力でエネルギー弾を放っていたランディは、もう技を繰り出すのが難しいぐらいに枯渇している。 その枯渇したエネルギーを補充するのが彩歌である。そしてW00の矛先は彩歌に向けられる。自分の周りにいるものを殴りながら、血液の弾丸で彩歌を穿つ。ユーヌの影人がそれを庇うが、長くは持たないだろう。 「ちっ……交代だ!」 「私がいくわ!」 美虎が交代を要請し、フランシスカが開いた穴に入る。 リベリスタは前衛を交代することでW00をブロックしながら、攻撃を加えていた。ブロックが二人なのは、二回行動を警戒してのことだ。回復が少ない分、数の優位を最大限に生かしての戦法といえよう。 それは二人同時に撃破されればブロック要因を失い、貫通と範囲攻撃を警戒して分散した陣形ではその後足止めをするものもなく後衛までW00が肉薄する形になる。 「わはははははは! 我の一撃を食らえ!」 御龍がぼろぼろの肉体を気にすることなく刀を振るう。傷の痛みを特殊な技法で打ち消し、退くことのない前のめりの戦い方で。 フランシスカと御龍に血液の弾丸が降り注ぐ。フランシスカはその一撃と血液についていた猛毒で運命を燃やす。そして既に運命を燃やしていた御龍はその場で力尽きた。 フランシスカはW00に『捕食』されることを恐れて倒れた御龍を遠くに投げようとして――体が動かなくなる。W09の瞳。石化を施す瞳が意識を残してフランシスカの動きを止める。 「まずい……!」 ブロックするものもなくフリーなW00。その足が前に―― 「させません。貴方はここで殺すといいました」 「馬鹿め。そう易々と抜けられると思ったか?」 控えていたうさぎとユーヌがブロックに入る。ユーヌの光が石化したフランシスカを戻し、フランシスカは御龍を抱えて後ろに下がる。 「あっぶなー! 今さり気にピンチだった?」 「危機的状況には変わりないがな」 汗をかくフランシスカにランディが応じる。リベリスタの疲弊は激しく、W00に直接狙われれば運命を燃やす羽目になるだろう。 「……いいえ、そうでもないわ」 氷璃が空気の質が代わったことを感じる。ちりちりと肌を刺す感覚がなくなったのだ。 「はっ! 『心臓』を撃破したってか!」 ツァインがもう一方の班のメンバーを思い出しながら拳で手を打つ。これで懸念はなくなったとばかりに笑みを浮かべる。 「決着の時は近そうですなW00。そろそろ覚悟を決めては如何ですかな?」 九十九がW00の顔を見ながら語りかける。その表情は動揺しているようでもあり、そして無能なものを切り捨てる冷酷さがあった。 「もうお前に後はない! ここでお前は終わるんだ!」 美虎の言葉はリベリスタ全員の代弁だった。ようやくここまで追い詰めた。Wの悲劇に幕を下ろすときは近い。 「追い詰められたのは認めよう。だが『私達』がいる以上終わりはしない。この毒を使い、この頭脳を使い、お前たちを排斥する。私は新たな『生命』の可能性を追いかける!」 狂気に満ちた笑みを浮かべ、W00は腕を振るう。 リベリスタを苛むガスは止まった。しかしリベリスタのダメージは軽くはない。それはW00も同じこと。 勝利の天秤は今だ大きく揺れている。 ●過去話Ⅳ 結局のところ、これはどこにでもあるフィクサードの顛末だ。 黄泉ヶ辻とは狂気の組織だ。黄泉ヶ辻という組織の中で正気を保つということは、強さを得る機会を失うことに等しい。『日常』を守る倫理や常識はここでは意味を成さない。否、狂気こそがこの組織内における『日常』なのだ。 無論、正気を保てるものもいる。だがそういった者たちは狂人の犠牲となるか、あるいは命を落すかである。黄泉ヶ辻糾未のような数少ない例外を除けば、歪み狂うが黄泉ヶ辻のフィクサードといえよう。 強いて特徴を挙げるなら、彼の名乗る名前だ。 W00。即ち『Waste(廃棄物)』のファーストナンバー。 使い潰されることを最上とするのは、狂気ゆえか何かの想いがあるのか。 ●Soul of W00 「ここまで追い込んでこの強さとは。化物め」 「化物とは可愛い呼び名だな。下らぬものを生産する生ゴミ製造機で十分だ」 W00を押さえていたうさぎとユーヌが同時に体力を削られる。前衛への二回連続攻撃。それに耐え切れずに運命を燃やす。 「待ちなさい! 私はまだやられたわけじゃないからね!」 「そういうことだ! ムエタイの戦士は屈しない!」 二人の代わりにフランシスカと美虎が前衛に入る。二人とも体力の残りは多くはない。だが運命を燃やしてでも止める覚悟で前に立つ。 「ここから全力ですぞ!」 「覚悟しなさい、W00」 九十九と氷璃が弾丸と魔力の矢を放つ。もうガスの影響はない。ガス欠を気にすることなく最大限の攻撃を仕掛ける。 「待って、私も回復しないと」 「わかってるぜ。これでどうだァ!」 自分自身のエネルギー回復を行う彩歌に、ランディが最後の力を振り絞り衝撃波を放つ。回復してもらうまでは何もできないが、ここで足止めする理由はない。 その衝撃波がW00の血液を吹き飛ばす。体の節目節目から流れていた血液が、止まった。 「はっ! 大将どうやら本気になったようだぜ!」 ツァインが『万華鏡』で得た情報を思い出す。Wシリーズの最後の段階。あと一息ということを。 「839、832、825……!」 W00の口から聞こえるのは、何故か規則正しい整数の流れ。それを気にかける余裕のあるリベリスタは、いない。追い込まれたWシリーズの特徴を示すようにW00の攻撃は鋭く、そしてその動きは速くなっていたのだ。 W00を押さえていたフランシスカと美虎が最初の洗礼を受ける。ある程度はツァインの回復で傷を癒していたが、それを含めて残っていた体力をすべて奪われたのだ。運命毒の効果もあるが、今までの攻防が温く感じる一撃だ。 「嘘……! 何この動き……っ!」 フランシスカが黒の剣を杖の代わりにして立ち上がる。その柄をしっかりと握り締め、剣の元の持ち主の名を呟く。負けない。その名と、その名を継ぐ剣と、そして自分自身の誇りにかけて負けないと誓い、運命を燃やす。 「まだ、負けない……この程度じゃ屈しない!」 崩れそうになる美虎の心をよぎったのは、助けることのできなかったWシリーズの娘の顔。ここで倒れればあの悲劇がまた繰り返される。動け。この足は何のためにある? あの鍛錬は何のためにある? ここで悪を討つために! 運命を糧に意識を取り戻す美虎。 「使い潰されるまで前に立ちますよ。ええ」 「待てよ、順番ってもんがあらぁな。体力的にも俺が先だろ?」 うさぎとツァインが前に立ち、W00を塞ぐ。 「これは厳しいですな……!」 W00の口から出る声に九十九が運命を燃やす。奇抜な服装を着るこの怪人は、Wシリーズの不幸を許せなかった。それは人としての心。見た目とは裏腹に常識的で義理堅い心が、悲劇を止めるために立ち上がる。 「ふん、音痴め。……ここまでか」 同時にユーヌがくたりと地面に倒れる。ユーヌの顔に苦悶の表情はない。仲間を信用しているがゆえか。そういえばもう片方のチームは大丈夫だろうか? あっちのチームにいる恋人のことを心配しながら、意識を手放した。 「大丈夫……っ! 計算のうち……!」 エネルギー回復役の彩歌はユーヌの庇いをあえて拒否した。運命の加護を利用し、その燃焼を自らのエネルギー回復に使ったのだ。口から流れる血を拭う。これで後はないと意識しながら、破界器を再起動させる。 「720、713、706……!」 もはやW00に明確な理性はない。ただ目の前の敵を殺そうとする狂人の動きだ。『W00の魂』……そう銘打たれた状態は即ちこのフィクサードの根源だ。歪み狂い暴れるだけの存在。 「おぅ……やっちまったなぁ? もうワンラウンド付き合え……!」 W00を押さえていたツァインが体力を削られて運命を燃やす。ツァインの鎧は傷だらけだ。だがそれは父から教わった西洋の古式剣術にある『鎧の堅い部分で受け、ダメージを減少させる』技法ゆえの傷。見た目以上にダメージは深くない。 「問題ありません。ここまで足止めできれば、十分です」 うさぎが耐え切れずに力尽きる。自らも『駒』のように扱い、勝利のために戦う。ここまでしないとこのフィクサードは倒せない。その決意がなければ、あるいは全滅していたかもしれない。 リベリスタは撤退ポイントを『戦闘不能者五名』としていた。即ち、あと二人。誰もがそうなる可能性のある状況。 「はっ! この状況で後ろにいられるかって! 余力が無い奴は下がって立て直せ、このまま叩く!」 体力に余力のあるランディが前に出る。攻撃をするエネルギーは既になく、戦斧を振るうだけの状態だが時間稼ぎはできる。大地をしっかり踏みしめ、大きく振るう。斧を使う基礎を教えてくれた教官の顔が過ぎった。 「凍りつきなさい。その狂気ごと、永遠に」 氷璃が氷の矢を放ち、W00の動きを止める。真芯を捉えられたのは全くの偶然。否、諦めぬ心こそが奇跡を生むのだ。魔術とは研鑽の果てのもの。ならば努力の果てに奇跡があるのもまた真理か。 「狂気も妄執も、黄泉ヶ辻では当たり前かもしれないけれど、そんなものにいちいち付き合っていられる程余裕は無いの」 彩歌が自らの破界器を最大起動させる。神経とのリンクが深まり、痛みが増す。その痛みに体を震わせながら、W00に標準をあわせた。 「531、524、517……!」 「自切した分耄碌したのかしら、警戒したのがあなたの分だけだって思ったの?」 今まで回復に努めていた彩歌がここに来て攻勢に出る。細く貫くプロアデプトの生糸の技法。幾何学的に美しい直線を示す糸の動きは、正確にその『脊髄』と貫く。 「510、ごひゃくさ……!」 痙攣する体。溶解する細胞。それはWシリーズに関わったものなら一度は見たことのあるWシリーズの滅びの兆候。 それが今、W00に訪れたのだった。 ●現在 生命は素晴らしい。 ああ、生きているとはなんと素晴らしいことなのだろう。死を感じることで生への力が増し、滅びが近いからこそ生きたいと思い力を増す。 才能などなく、特殊な技法もない自分がのし上がる手段として『足りない』事を利用した。運命毒という世界に対するマイナスを手に入れ。 だが、リベリスタ(運命の子)には勝てなかった。廃棄物は運命の子に勝てないのが道理ということか。ならばこの結果は仕方のないこと。 だが、生命は素晴らしい。今まさに私はいままで以上に強く『死』を感じている―― ●LAST WALTZ 「身体は少女から奪い取った替えの利く入れ物。外見上の損壊で『倒した』と判断するのは危険ね」 氷璃は崩れ落ちた肉体から『脊髄』と『頭脳』を見つける。『脊髄』は彩歌の一撃で破壊され、頭脳も素人目に見ても損壊が激しい。だが氷璃の指摘どおり、W00はまだ生きていた。とはいえその『頭脳』も少しずつ崩れ始めている。 「ふ、ふふふ。見事だよ。私は文字通り手も足も出ない。運命毒も肉体と一緒に崩れ去ったようだ」 「Wシリーズ……つまる所、彼女達の犠牲が私達をW00、貴方の元に導いたとも言えるんですよな。だから、今日貴方を倒すのは彼女達でも有る訳ですな」 九十九は『頭脳』を見下ろして静かに告げる。戯言かもしれないが、九十九は本当にそう思う。因果応報だと告げて銃を破界器に戻した。 「私が気に入らない理由も、あなたが破滅する理由も同じ。あなたは、『生きる事』を否定したのよ」 彩歌が崩れゆく『頭脳』に声をかける。 「私ほど『生命』に真摯な存在はないと思うがね」 「ただ生きて呼吸するだけじゃないわ。笑って怒って苦しんで……そうね、あなたに改造された彼女達は傷ついて泣いてたわ。あなたは『生命』を見ておきながら『生きる』ことを否定したの」 それが破滅する理由、と彩歌は告げた。その言葉にW00は笑い声を上げる。 「ふ、ふはははははは! そんな理由か。そんな理由で私は負けるのか。 理解の外だが感謝はしよう。確かにそれは私にはない感覚だ! 先天的な理由で負けたというよりは、よほど意味のある理由だ! ……34、27、20」 その笑い声は少しずつ小さくなっていく。死が近いのだろう。最後の最後、狂った男は狂気のままに声を出す。ある数字から七を引いた数を次々と。 「13、6、マイナス1……」 数秒もたたず、『頭脳』は崩れ落ちた。 「終わったようだな」 ツァインは怪我人を抱えながらもはや動かなくなった肉片を見る。ある種、これも進化の結果なのだろうと心の中で思った。狂気が生み出した進化。だがWシリーズの悲劇のことを思うと許されるものではない。 「ただの腐れ外道が悪事の末に倒された。……それだけだ」 ランディが『グレイヴディガー・ツヴァイ』に残った肉片をふるい落とす。このフィクサードによって命を奪われたものは多い。それはどんな理由があっても許されることではないのだ。 「狂った思想に殉じた哀れな男。ただ、自分の好きな事に殉じて逝けたのだけは少し羨ましく思うわ。所業は許せるものではないけども、ね」 フランシスカが哀れみに満ちた声を出す。散々憎々しげに思っていた相手だが、滅んでしまえばもはや哀れみしかない。 『……こちら、<心臓班>。<頭脳班>は大丈夫か?』 幻想纏いから心配する声が聞こえる。向こうは一部を除いて無事のようだ。その結果に安堵し、リベリスタたちは帰路についた。 ●カーテンコール ここからは後日談と、わずかながら未来の話になる。 Wシリーズに改造されていたものの治療の目処は思ったよりもスムーズに行った。薬の原材料の一つである『W00の血液』を入手していたことにより、その製薬がスムーズに進んだからだ。 『継ぎ接ぎ用の針』の活用により、体の崩壊は押さえられる。薬の服用と検査があれば、革醒者相応の体力と状態を取り戻すことになる。もちろんWシリーズとしての能力は消えるが、その力を望むものは皆無だった。 現在はアークの監視下で治療が行われている。いずれ薬なしでも体が崩れることがないようになるだろう。 W00の部下の掃討は、ことのほか容易だった。部下といっても彼に『人』を宛がっていた下部組織程度だ。たいした戦力もなく、その組織は壊滅する。 黄泉ヶ辻という組織自体がW00の事に関してアークに報復する危険性は皆無とは判断された。もとより横のつながりの薄いフィクサードであったようだし、首魁の京介自体が己の価値観で自由気ままに動く男だからだ。組織立っての報復はまずありえまい。 当然ながらW00の研究を継ぐものも見られなかった。W00亡き今、その資料はアークの手元にのみ存在している。 アーク職員がW00の研究ファイルを金庫に入れる。三重ロックの封を、アークの警備をかいくぐって開けることができるものはまずいない。狂気の研究はここに封印されるのだ。 三つの電子音が静かに響く。それ狂気のワルツの最後の音。 音はしばらく響き、そして消えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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