● 「はい、そこ暇? ……ってまぁ、色々あって忙しいのも分かってるんだけどね。ちょっと時間あるなら話聞いて」 ひらひら、振られる手。ブリーフィングルームの適当な椅子に腰かけた『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)は、手元の資料を置いて首を傾ける。 「何時かもした気がするけど、まぁ晩ご飯のお誘いよ。市内にある鉄板焼き屋さんに行きたいの。……嗚呼、以前の所とは違うわ。 メインは麺類。それ以外にも色々あるけど、それが看板メニューらしくてね。美味しいって話を聞いたんだけど……まぁ、数人程度じゃつまらないし。折角ならどうかな、って思って」 「ええ、やはり食事は人数が多い方が楽しいものだ。……食事も会話も楽しむのが、この様な店の場合よく似合いますしね」 是非ともご一緒に。何時の間にか後ろに立った『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)の声に、フォーチュナは頷く。 「場所は此処。地図あるけど、まぁ分かんなきゃ一緒に行けばいいし。あ、勿論アルコールもあるからご安心を。……因みに、店の予約とか代金に関しても言わずもがなね。 ――『この店に入荷される野菜に革醒の危険性がある事が予知されたので、リベリスタに対処して欲しい』ってお仕事なんで。その辺りはどーぞよろしく」 机に置かれたのは、地図とメニュー。申し訳程度の依頼内容。視線のぶつかったリベリスタに悪戯っぽく片目を伏せて見せて、フォーチュナは席を立つ。 「集合は午後6時。道不安な人はアーク前に5時半ね。……忙しい事ばっかりな時に、あたしらが出来る事ってあんまりないからさ、たまにはゆっくり、羽根伸ばして頂戴」 それじゃあまた後でね。最初と同じ様に手を振って、その姿は外へと消えていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月03日(土)22:38 |
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● 未だ日の落ち切らない外は、少しだけ暑かった。じわりと滲む汗を拭う温い風。それを感じながら店先に立つ鷲祐は、同じく隣に立つリリを見下ろす。さっき友人をメールで呼んだところだ、と告げた彼の前。現れたのはスマートなモッズことミカサである。 「今日もセクシーな眼鏡だな」 「……お褒めの言葉をありがとう、君は今日もワイルドだね」 眼鏡にもワイルドとセクシーがあるらしい。知らなかった自分はまだまだだなんてリリさんが仰っていますが多分多くの人は知りません。挨拶をかわして、折角だと扉をくぐった先では既に広がる楽しげな声。適当な席について、まずは生。そしてあるもの全部……全部? 「深化してから燃費が良くてな。満腹なら3日は十分なパフォーマンスが出せるんだ」 但し満腹=50kgだそうです。それは燃費がいいのか悪いのか。そんな彼の注文の儘に並ぶものの中から、リリが選んだのはたっぷりチーズと餅のお好み焼き。 「兄様に教えて頂いたのです。……美味しい」 焼きそばも食べてみよう。実においしい。だがしかし、油断すれば待つのはしぼう判定だ。そう、これは戦いなのだ。神速と並び戦えるなんて至極光栄、だが回避せねばならぬ判定の為飲むのは勿論烏龍茶。気を抜かず伸びる餅を口に運ぶリリと、その奥の鷲祐を見遣りながら。ミカサが捕まえたのは傍を通り過ぎようとした響希だった。 「少し座って、俺の相手をしてよ。お勧めとかないの?」 「え? んー、あたしが食べたいから焼きそば。塩がいい」 腰を下ろした彼女にへらを渡せば手早く混ぜられていく麺。なるほど得意と言うだけある、なんて思いながら、焼き上がったそれの皿を受け取った。こんな人前だ、きっと彼女は乗ってこないだろうけれど。箸でとったそれを示す。 「……あーんって、食べさせてあげようか」 「なっ……ミカサが平気ならやってみたら?」 「幸せのお裾分け、ご馳走様です」 リリが微笑めば、最近は大丈夫なの、とかかる声。他愛無い世間話の後ろで、立ち上がった鷲祐が向かった先は厨房。大真面目な彼の指先が眼鏡を押し上げる。 「いくぞ、リリ。援護を頼む。――食の場においてでも、神速は鈍らんッ!」 さあ目の前で刻み焼け。端から全て喰らい尽くす姿さえも速く美しく。いやでもお行儀は大事です。深々と溜息をついたミカサの鉄拳制裁と言う名のアレがアレするのはこのすぐ後の事である。 成人だ。成人したのだ。二十歳だ。超めでたい。だから祝ってくれと告げた竜一は今日はぼっちである。一緒に飲もうと誘おうとした伊月も狩生もなんかぼっちじゃないし。この悲しみはもう、酒にぶつけるしかないのだ(まだ成人したばかりです)。 「マスター! 野菜焼き! あと、芋焼酎、ロックで!」 随分渋い注文である。運ばれてきた鉄板に広がる、里芋にアスパラ、ナス、トマト、ピーマン。きのこ類もたっぷりである。醤油を垂らせばそれが焦げる良い香り。一緒にバターを添えても最高である。確り火の通ったそれを皿にとって、思わず喉を鳴らした。 だが此処で一気にに食べてはならないのだ。七味唐辛子を一振り。焼き野菜を口に頬張って、程良く氷の溶けた芋焼酎を一口。 「……ふぅ。あ、シメは焼きそばで」 実に贅沢な楽しみ方である。そんな彼の斜め前で、共に焼き上がった焼きそばをつつくのはアリステアと涼。何かが焼ける音と、香ばしいにおいは、2人にとって少しだけ懐かしさを覚えるものだった。 一番最初。初めて、2人が言葉を交わしたのも、こんな風な食事の場。あの時は焼き肉で、一人が寂しかったアリステアが本当に偶然に、声をかけたのだ。 「あの時声かけたから、今があるんだなぁ……」 「こんな風になるなんてその時は思いもしなかったよ」 運命とは実に気まぐれである。しみじみと過去を振り返るアリステアに小さく笑って、涼はふと、思い付いた様に手元の焼きそばを少しだけ箸でつまんだ。きょとん、と瞬きして首を傾ける彼女へと、それを差し出して。 「ほら、旨いこと焼けてて美味しいよ? キミも食べるだろ?」 あーん、と差し出されたそれに、僅かに間が空いて。ぎこちなくぱくり。自分で食べられるけどなんて声は聞こえないふりだ。熱くなかったか、なんて確認する涼は優しいけれど、雛に餌付けしているようなのは気の所為だろうか。 箸は進む。2人で食べるだけで何時もより美味しい、なんてありきたりかもしれないけれど。胸を満たすのは幸福感なのだからそれも悪くない。 「……次はどうだろうね。もっと仲良くなれてたら嬉しいな」 「泳ぎ教えてくれるって約束もあるし、沢山会って、お話して……楽しく過ごしたいよね」 笑い合う。もっと好きになってもらえたらうれしいな、なんて。恥ずかしくて口には出来ないけれど。こうして二人の時間を重ねていけば、それも叶うのだろうか。 たっぷりの焼きそばを一口。嗚呼やっぱり鉄板焼きは良い。箸と同じ位ジョッキも進んでしまう御龍の瞳が、見知った顔に手をひらりと振った。 「響希さんも結構飲めるのぉ? あたしはアルコールは水みたいなもんだけどぉ」 「お酒自体はね。ビールはそんなに……御龍チャンよく食べるし飲むわねえ」 飲酒運転はしないなんて笑い声に勿論よ、と返されればにやりと笑みを浮かべ直して。その手は次の麺へと伸びている。さあどんどん焼こう。時間も食材もたっぷりあるのだから。 じゅう、とソースの焦げるにおい。鉄板からたっぷりとった焼きそばを黙々と食べ続ける三郎太の表情はまさしく至福の笑み。本当に焼きそばが好きなのだろう。箸は止まらない。ひたすらもぐもぐもぐ。周りの状況など目にも入らない様子の彼はやはり実に幸福そうである。 そんな彼の斜め前。誰ともかかわりを持つ事なく。ただそこに座っていたヘルは仮面越しにぐるりと周囲を見回した。楽しげな声。進む箸。一通り把握して、その手がそっと仮面を外す。端正な顔立ちに表情は乗らず、伏せられた瞳の色は窺えない。 本来なら食事は必要ないのだけれど、世界の為ならば。一口二口、一人前を淡々と。食べ終えれば、そっと席を立った彼女の姿はそのまま外へと消えていった。 焼きそばと言えば、思い出すのは来日した夏の、海の家だった。夏の風物詩、なんて言葉と共に差し出されたそれに添えられたのは、箸の代わりにプラスチックフォーク。エイプリルはその気遣いを思い返して僅かに表情を緩めた。 今は勿論、フォークなんて必要ない。箸の使い方もばっちりだ。焼きそばを注文、野菜はたっぷりといえば、本当に皿一杯運ばれて来たそれを鉄板の上へ。確り炒めて麺と絡めて、味を付けたらもう完成だ。 「きっと野菜が豊富でピザよりもヘルシーだね……これなら三食いけそうだ」 幾らなんでも三食は体に良くないと思います。口に運べば広がったソースの味わいを楽しみながら、エイプリルは次のメニューを悩む様に首を捻った。 ● 「あっつい! あっつい! でも美味しい!」 がっつりずるずる食べちゃうのだ。焼きそばも焼きうどんもあるもの全部! テーブル一杯のそれを素晴らしい食べっぷりで消費していくのはフランシスカである。 それを楽しげに見やりながら、慧架は焼きそばを作ろうとその手を伸ばす。下味は塩コショウとレモンでさっぱりと。合わせる飲み物は…… 「紅茶……駄目ですかね? 砂糖無しなら」 「さすがに今回ばかりはそれ無理ありませんか。紅茶の美味しいラーメン屋並に無理のあるネタ……紅茶に合う鉄板物って何かありますかね」 黙々と。全メニュー制覇を狙う慧架の為、未だ誰も手を付けて居なかったいか焼きを食べていたモニカが首を捻る。紅茶に合うもの。意外とあるかもしれない。だって、鉄板で焼けばほぼなんでも鉄板焼きになるのだから。 実に便利なジャンル付けである。そんな思案を知ってか知らずか、冷たい麦茶で一息ついたフランシスカが再びその箸を取る。嗚呼あれもこれも本当においしい。 「え? 食べてる? 食べてるよねー。じゃあもっとどっかりと食べちゃおう。もっと追加ねー!」 楽しげな彼女の前に置かれるのは麦茶と、慧架のつくったガーリックと塩がポイントの炒飯。これも美味しい。食が細めの自分の分も食べてくれそうなフランシスカに笑って、彼女は次のメニューの算段を立てるのだ。 テーブルの一角。楽しむリベリスタを眺める狩生に声をかけて、隣に座ったのはよもぎだった。何方も活気があって楽しそうだ、なんて笑いながら頼むのは肉入りの焼うどん。 「夏バテの予防に来ている人もちらほら居るようだけれど、狩生くんもかい?」 「いえ、折角だからと顔を出させて頂いただけですね」 自分は熱気と湿気にやられがちだから、此処で体力をつけないといけない。そう告げればご無理なさらずにと目の前の顔が薄く笑う。ほどなく運ばれてきた焼うどんを口に運びながら、周囲を見渡せばあちこちで揺れるグラスたち。 誰も彼も、飲めるものはとても美味しそうにそれを楽しんでいて。少しだけ羨ましい、と目を細めた。 「お酒の洗練された匂いは好きなのだけれどね。そういえば狩生くんは飲める方なのかい?」 「そうですね……それなりには。この歳になると出歩いて飲む事もあまり多くは有りませんが」 どうしても、この外見では誤解されると呟いたよもぎに困ったものですね、と肩を竦めて。手元に置かれたグラスを揺らした。中身は日本酒だろうか。飲んでみたいのなら頼むのもいいのではないか、なんて呟いて。残ったそれが飲み込まれる。 \たべることならおまかせなのっ!!/ たっぷりの焼きそばやお好み焼き。おいしそうなにおい。それだけでお腹いっぱいになりそうだけれど、食べてないからまだ満足しないのだ。ミーノのやる気はマックス状態。瞳をきらきらを輝かせる彼女の横で、ぱたぱたと己を仰いでいたリュミエールは一応座り直す。 自分で作るのだろうか。それは不安だ。とても不安だ。なら仕方ない、作り方なんて知らないけれど自分がやってやるのが一番だろう。バターでシーフードを炒めて、麺を放り込んでレモンと塩コショウ。千切りねぎと炒めたシーフードを混ぜればはい完成。 「マァこんな感じダナー」 「いったっだっきまーーーす、なの~♪♪」 早すぎる手さばきで仕上がったそれを只管もぐもぐ。時折零したそれは丁寧に口に運び直したり拭いたり取ったり。リュミエールの甲斐甲斐しい世話ににこにこ笑ったまま、ミーノが指さすのはお好み焼き。あれもこれも食べたいおいしい! けれど、早かったペースも当然段々落ち着いて来るのだ。3人前は食べただろうか。おなかいっぱい。そうすれば、次にやってくるのは眠気である。うつらうつら。揺れ始めた頭が後ろの壁にぺたり。 「ぉょ~おなかいっぱいなの~……ぐぅ」 まさしく子供の様である。ソースのついた頬を緩ませて。あっと言う間に眠ったミーノの夢はやはりおいしいおいしいご飯の話なのだろうか。 「ソースもいいけれど、塩やきそばが好きかな」 「いっしょに! いっしょにただめしですね! やったー!」 テーブルを囲むのは明らかな外国人二人。タダだけどぼっちとかやばい死ぬ状態だったヘルマンに救いの手を差し伸べたエレオノーラが次に声をかけたのは狩生だった。作るのなら、上手い人に頼むのが一番。やってくれるかと尋ねれば彼は快く頷き同じテーブルへと腰を下ろした。 勝手にお願いしても、なんて思ったのだけれど杞憂だったらしい。手早く炒められていく麺が持ち上がるたびに上がる歓声。あ、あれこそが伝説の焼きそば捌きなのだろうか。きらきらと瞳を輝かせるヘルマンは楽しげに、けれど興味ありげにその手元を見る。 「ヘルマンちゃんもこういうの上手い? やってみる?」 「えっいいんですか! 縁日のナイアガラと呼ばれたわたくしにコテを持たせてしまって! いいんですね! ではかつもくせよ!」 だばー。持ち上げてかき混ぜた麺はまさしくナイアガラ。キャーヘルマンカッコイイ―なんて歓声を付けると非常にすごく見えるだろうか。執事? の名は伊達では無いのかもしれない。だがしかしその表情は素晴らしいまでのドヤ顔。 子供みたいだわ、と表情を緩めたエレオノーラの前で、大真面目にヘルマンを褒めるのは狩生である。嗚呼、こっちも微笑ましく見守ればいいのだろうか。そんな事を考えながら、手を上げて店員を呼び止めた。 「3人分お願いしまーす、2人とも飲むわよね?」 「ええ、頂きます。……箸捌き、お上手ですねエレーナ」 すぐに運ばれたビールで乾杯。褒められてもそうかしら、と表情を崩さない彼だが、その腕前の裏には実は前回を踏まえた努力があったりするのだ。フォークを頼むなんてもうしない。勿論しない。 一口。広がる苦味に涙を浮かべたけれど、ヘルマンの機嫌は上々だ。だって可愛らしい女性に良い所を……あれ、なんだか目が回っているような。心なしか世界も歪んで―― べしゃり。机に突っ伏した彼に、狩生が小さく笑う。お水はいりますか、とかかる声は聞こえているのか居ないのか、本人にしかわからない。 「ふふ、一緒にご飯を食べるなんてあまりないですからドキドキしますね! 同じ机には響希と伊月。目を離せば即座に飛び交う皮肉やらなんやらを満面の笑みで穏やかな雰囲気に変えながら、亘は楽しげに焼きうどんを作っていく。味付けは醤油。程良く色づいたそれを皿に盛ればありがとうと笑う響希に尋ねるのは近頃あったこと。じっくり話す機会がなかったからと首を傾げれば少し照れたように目の前の顔が笑った。 「ちなみに向坂さんは良い人がいたりは……?」 「さあな、ご想像にお任せって奴だ」 かわされる笑い声。シメにチョコミントはどうだろうなんて提案をしながら、鉄板の焼きうどんはあっという間に姿を消した。 「やっきそば☆ やきそばー☆ あ、オム焼きそばでお願いしまーす」 においも音も最高。鉄板は熱いけど熱気になんて負けません。そんな終が頼んだそれは、決してお子さまメニューではないのだ。子供の大好きなオムレツと焼きそばが合体した夢のコラボ……それはやはりお子さまメニューなのではないだろうかというつっこみはおいておいて。 程なく目の前に置かれたふわふわ卵の前でまずはしっかりいただきます。あつあつを頬張って、ああすごくおいしい。この味と香りはソース焼きそばならではだ。 「うう、オム焼きそば的試練の時……」 さすが子供向け。箸だととっても食べづらいのだ、こいつは。絡み合う麺と卵と格闘しながら、終のオム焼きそばタイムは続いていく。 ● 「鉄板焼きって超美味いよなあ、焼きたて最高!」 「流石は言うだけあって手際が良い。普段から料理をしているだけはあるな」 自分でやらせて欲しいと言う直談判に応じてくれた店に感謝しつつ。フィリスにエスコートと言う名のお好み焼き提供をする琥珀は、ほんの少しだけ緊張の滲む面もちで焼き上がりを待つばかりのそれを見つめた。 苦手だと言う納豆を、少しでも美味しく。混ぜ込んだ生地にしっかりと火を通してやれば、残るのは旨みとコクだけになる。そうすればきっと、フィリスも大丈夫だろう──焼き上がったそれを、丁寧に切り分けた。 「はいどうぞ、……どーだろ、美味いかな?」 そんな声を聞きながら、恐る恐る。器用に箸で小さくお好み焼きを切ったフィリスの胸にあるのは小さな不安だ。この国の料理はおいしいものが多い。そして、彼の言葉を疑う訳ではないけれど、これは納豆入りなのだ。少しだけ、考えて。 けれど好き嫌いは良くないと思い直した。何事も挑戦の心が大事だと父も言っていたのだから。意を決して、一口。 「……む? む、これは中々美味しいな、確かにこれなら食べやすい」 「よかった、苦手なものを食べさせるってんだから失敗したら大変だしな」 ならば次は、店のメインの塩焼きそばだ。酷く楽しげに注文する彼の様子にフィリスは思わず小さく笑みを零した。嗚呼、楽しそうで何よりだ。食べ方も非常に美味しそうで、どんどん食べていくから此方の箸も進んでしまう。 「やっぱり一緒に食べるご飯ってのは最高だなぁ!」 「……釣られて食べ過ぎん様に注意しないと駄目だな」 きっとこのままではお腹いっぱい以上に食べてしまいそうだから。なんて考えながら、焼き上がった塩焼きそばに手を付けた。 「こう、キャベツがしんなりしてきて乾きはじめるちょっと前くらいに手早くドーナツ状の土手を作ってですね」 「こうですか?」 「そうです! そしたら中に汁を流し込むのがコツなんですよね」 あとは汁が沸騰してきたら手早くかき混ぜて、薄く伸ばすのだ。この技術を習得する為に20回以上浅草に通ったのだと告げるリンディルにもんじゃ焼きの手ほどきをうける桐は本当に好きなんですね、と小さく笑った。 机の上にはコーラと野菜炒め。あとはジントニック。後はもんじゃ焼きの具に明太子に餅にシーフード。端から中身が無くなっていくお皿を片付けながら、焼き上がり始めたもんじゃ焼きを押し付けてもぐもぐ。 少し焦げた香ばしい香りと程良い味わい。ぱりぱりとした部分が特に美味しかったりするのだ。材料が少し余れば次はカレー粉入り、これも実に美味しい。 「あ、次は焼うどんも! カルビも焼きましょう!」 「美味しいですか?」 「はい、とても!」 楽しそうな返事に小さく笑った。まだまだ鉄板の上は片付きそうにない。ならば、満足いくまでたっぷり食べようじゃないか。たまには、こうやって思いきり食べるのも良い。大好きな大好きな糾華とテーブルを囲んで、リンシードはぐ、とお好み焼きのへらを握り締める。焼くのも楽しそうだから、とお好み焼きにして、自分が焼いて見せる、と宣言したのだけれど。 「鉄板焼きなんて家であまりやる機会ないものね、お好み焼きも久しぶり」 頑張ってね、と言う励ましの声。いいところが見せられるだろうか。気合を入れてへらを返す。ふわり、と浮かんだ生地はしかし即座にべしゃり。偏って崩れたそれに、一瞬沈黙が落ちる。 「……す、すみません、おねーさま、次はお願いします……」 「問題無いわ。ふふ、クリティカルな焼きあがりを見せてあげる」 なんてね、と笑いながらリンシードの頭を撫でる余裕さえあるお姉様は流石です。慣れた手つきで直されていく形を見詰めながら、まだ自分には早かった、と反省するリンシードの前に、切り分けられたお好み焼きが差し出される。 「あ、ちょっとお姉様のほうがタコ多くないですか……? 私のほうが、海老多いので……」 「どうしても偏るものね、しかたな……あら」 あーん、と。差し出されたお好み焼きを一口。熱くて、でも美味しくて。微笑んだ糾華もリンシードの口へとお好み焼きを差し出した。食べさせ合うのは少し気恥ずかしくて、けれど、でも嬉しくて、美味しくて。 「美味しいです……お姉様の、あーんは……10倍美味しくなりますね……!」 「もう、大袈裟ね……でも、こうして食べてると美味しいわね」 じゃあもう一回、あーん。広がる美味しさと一緒に笑い合った。 「野菜を食べればいいのね? アタシは焼きそば、味は勿論お好み焼きソースね。まこにゃんは?」 「まこは、海の幸たっぷりのシーフード塩焼きそば!」 でもこれだと野菜が食べられない、と少しだけ悩んで。けれど真独楽は気を取り直したかのように大きく頷く。嗚呼、それなら分け合えばいいのだ。杏の頼んだ焼きそばと分け合えば、野菜も食べられるし美味しいし一石二鳥! 「今日は二人でお腹いっぱいたべちゃおーね♪ 乾杯しよ? 杏はビールだよね、飲みすぎなきゃオッケー!」 「そっちのも美味しそうね。おつまみも食べる?」 大好きな大好きな男の子。彼の前では飲まない様にしようと決めていたけれど、ちょっとくらいはいいだろう。一杯くらい大丈夫。焼きそばを分け合って、グラスを合わせて。楽しそうな周囲の雰囲気を確かめるように周囲を見回した。 いい匂いもするし、気分も良い。真独楽が楽しそうなのも最高だ。そんな彼女の目の前に、差し出されるのは麺をたっぷり巻き付けられた大きなエビだ。 「このエビ美味しそう! はい、あーげる♪」 酔ってない? と確かめる姿も可愛い。目の前で笑う彼に表情を緩めれば、海の家みたい、と呟いた真独楽が嬉しそうに今年も一緒に泳ぎに行けたら、なんて言うから。今年もいけたらいいわねと返した杏の声は、何時もよりずっと優しげだった。 炒めるソースのにおいが、鼻を擽る。2人で鉄板一杯の焼きそばをコテでかき混ぜながら、リルは興味深げにその使い方を学ぼうと凛子の手元を見詰めた。料理は得意だけれど、これを家で使う機会はそう無いから。 こういうのも良い、と告げる彼の後ろに立つ凛子は、凡そ焼き上がったそばを仕上げとばかりにかき混ぜてから元の席へと戻る。 「焼きそばなどは大量に作ると普段より美味しく感じますよね」 「大勢で食べる機会も少ないッスけど、楽しいッスからッスかね」 食事の合間に、かわすのは好きな食べ物の話だ。リルほど若ければ肉を食べる機会も多いのだろうか。尋ねながら野菜を炒める凛子に緩やかに首を振って。リルが示したのはトウモロコシ。 野菜は火を通すと甘くなって美味しい。そんな言葉に頷いて、少しだけ醤油を垂らした。焼きトウモロコシは甘さと辛さが一緒に味わえるのが良い所だ。そんな会話をしていれば、食事もあっという間。 食事を終えたリルの口元に残ったソースを優しく拭った凛子が、店員に頼んだのはアイスクリーム。2人で食べるのなら、半分ずつすれば一緒に楽しめるのだ。 「二人で食べるとなお美味しいですね」 「一緒に同じもの食べると、よりいっそう、ッスよ」 あーん、と。少しだけ溶け始めたアイスの乗ったスプーンが凛子へと向けられる。こうしたらきっともっと美味しいだろうから。そんなリルに微笑んだ凛子の口が薄く開かれた。 ● 「エリューション討伐依頼ですねー」 「ですねー。……じゃねぇだろ 今そんな状況……まぁいっか 飯食うべ」 取り敢えず焼きそばで。そんな黎子の声に応じた火車は素早く運ばれてきた焼きそばを食べ始める。お好み焼きも良いかも、なんて声には首を捻った。アレは主食と言うより間食だろう。違うのだろうか。 「今日呼んだのは他でもありません。宮部乃宮さん。今おいくつでしたっけ」 「……?19……じゃねぇな、20なったばっかだな」 「はい、そうです。お分かりいただけたでしょうか……」 「おぉ~……確かに塩焼きそば美味ぇな……何一つ分からん」 其処でぱーん。響いたのはクラッカーの破裂音。目を白黒させる火車の前で黎子はめでたいですね! と声を上げる。お酒と煙草を窘めるようになったのである。実にめでたい。そんな声に全力でやめろと声を上げた火車はどうも祝われるのは苦手らしい。 「だ……っ! ややめろバカ静かにしろっ!」 「ということで、折角のいい機会ですしお酒飲んでみましょうよ! はいビール」 全く以て聞いていない。だがしかし、ビール自体は悪くない。ついに成人もしたのだから。ジョッキを掴んで、其の儘一気。その姿を見ながら、黎子は楽しそうに目を細める。これでものすごく弱かったりしたら面白いのだけれど。 「……中々悪ック! ……? 悪くれぇんじゃれック! ……???」 いったいこれは何だ。きょとん、とした顔が何処か紅いのは気の所為だろうか。彼が所謂飲み慣れた人間たちに介抱されるのかどうかは当人のみが知っている。 沢山の鉄板に、楽しげなざわめき。余り利用した事が無い店の中を見回して、龍治は便利だ、と鉄板を見直した。目についたものを頼めば出来上がって出てくるのだ。実に素晴らしい。 「……お! よかったな龍治、良いお酒あるじゃん!」 細い指がメニューを示す。龍治に精をつけてもらおうと思っていたから丁度良かった。彼の好きなものもあるし、これならきっと酒も進むだろう。表情を緩めながら、木蓮が頼んだのはじゃがいも入りのお好み焼き。 熱くて美味しいそれを頬張りながら、酒を楽しむ龍治へと視線を向けた。あんなにも美味しそうに飲んでいると、なんだか少しだけ羨ましい。 「……いいなぁ、俺様はあと1年かぁ」 「……あと1年。その程度、気付いた時には過ぎているものだ」 二十歳になれば、一緒に晩酌も出来るのだ。すごく楽しみだと笑えば、龍治も頷き返す。からかう様に先に酔いつぶれないでくれよなんて笑ってやれば、反論出来ないらしい様子に思わず笑ってしまった。 楽しそうな彼女の前で。また一杯グラスを開けた龍治は次の酒を頼んで、困ったものだと眉を寄せる。他の目もある、飲みすぎには気を付けたいのだけど、こうも美味いものばかりだとどうしたって酒は止まらない。 段々と酔いの回った彼が、気付けば木蓮に寄りかかったまま眠ってしまったのはこの少し後の話である。 並んだビール。焼けたお好み焼きはオーソドックスなものから餅チーズ、広島焼き。厚切りベーコンや出汁巻き卵に鉄板ステーキまで鉄板一杯。 総勢7人で囲むテーブルは非常に賑やかだった。 「これからの皆の活躍と、全てを乗り越えて行く事を願って!」 「じゃ、かんぱーい!」 ルナと悠里の声でぶつかるジョッキ。暑い夏に冷たいビール、まさしく大人の特権である。こうしてみんなでわいわい分け合うのも楽しい。追加とばかりに焼きそばを仕上げた義弘が、泡ごと勢いよくビールを飲み干す。 今日は沢山の人と楽しみたい。そんな彼の願いが叶ったのだろうか、賑やかなテーブルは実に楽しそうで。気遣い代わりに隣の天乃へとお好み焼きを取り分けてやる。 飲むより食べるのがメイン、なんて天乃だが、今日は一味違うのだ。快に向けて差し出されるのはたっぷりのホルモン。 「……そう言えば、クリスマス、も二人でモツ鍋、したっけ」 「任せといて、ほら、天乃さんは食べて食べて。怪我多いんだから」 なんだかこれは餌付けの気もするけれど。好意には甘えればいいのだ。バターと一緒に両面じっくり焼かれたベーコンを口に運んだ。話題には事欠かないメンバーだと目を細める。 ロアンはリリの兄で、紅葉は木蓮の祖母。快も悠里も義弘ももうずいぶん長い付き合いで、一番新しい知り合いはルナだろうか。こんなメンバーだ、話は尽きず、時間は足りない気もする。 嗚呼、そもそも自分は食べるのに一生懸命で聞き役に回りがちかもしれないけれど。こうしてたまにはのんびりするのも、悪くないと思えるのはこの場がこんなにも楽しいからだろうか。 「そうそう、アツアツ鉄板に冷えたビール、これぞ『鉄板』!」 「ロアンさん上手いこと言うじゃない。だが、こいつはビールじゃない。「おビール様」だー! ヒャッホー!」 最高最高。こうしてビールを飲むと運命の加護が回復する気がする……なんて言うのは案外気の所為でも無いかもしれないのだが。そんな彼がビールを勧めるのは呼ばれてやってきた響希にである。 ありがと、と受け取った彼女の前に次に置かれるのはお好み焼き。焼きそばもあるよと並べた悠里は時折周囲を気にする様に視線を流すけれど、それも酔いが回った頃にはどこへやら。 「ほらほら、響希ちゃんも食べて食べて! いやー、こんな美人の恋人がいてミカサさんが羨ましいね!」 「うん、本当。ミカサさんが羨ましい限りだ」 「っ……酔っ払いは水でも飲みなさいよね!」 明らかに動揺したらしい響希に笑いながら、率先して取り分けを行うロアンにとっての強敵はこの伸びる餅である。チーズと餅は最高の組み合わせであるのだが、それはこのとりわけ難易度においても言える事なのだ。 「この組み合わせ考えた人はえらい天才やなぁ、昔はこんなん思いつきもしいひんかったで」 実においしい。ほのぼのと表情を緩めながら、紅葉もまた取り分けを手伝う。こういう集まりは久し振りで、量こそ食べられないけれど雰囲気だけでもこの空間は紅葉を楽しませてくれる。 若い人と話す機会なんてなかなかない。もっと食べるといい、なんて酌をしてやれば嬉しそうなお礼の声に表情はもっと緩む。 「ああ、飲みすぎは……ふふ、今夜くらいはええかもしれんねぇ」 「悠里も天乃さんも、本当大事にするんだよ。ほら、どんどん食べて」 おうちは最近少し寂しかったけれど。今日のお陰で随分と気が晴れた。そんな彼女の声を聞きながら、ルナは枝豆をとにかくもぐもぐしていた。美味しい。この塩味が堪らない。 こっちに来て知った料理は多くて。鉄板焼きもそのひとつだけれど、こんなにもいろいろな美味しさがある食べ物があるなんてボトムはやはりすごいところである。お好み焼きが良いか、焼きそばが良いか、なんて。 一人だったらどちらか一つしか楽しめないのに、今日は食べたいものがみーんな食べられてしまうのだ。どっちを、なんて言えばどっちも! と返ってくるのがこの人数の良い所だろう。 「あー、デザートも食べたい!」 「その前にやきそばで締めない? 具だくさんの塩焼きそば作るよ!」 皆のぶん、と悠里の手が大量の麺を炒めて。美味しそうに仕上がったそれを取り分ければ、折角だからもう一回、とグラスを合わせる。塩焼きそばのいいところはそのさっぱりとした味わいなのだが、如何して同じ焼きそばでもこうも違うのだろうか。 不思議だなぁ、なんて思いつつ。甘いものも食べて、一息。話は未だ尽きないけれど、食事はそろそろ終わりだろうか。嗚呼楽しかったと、笑い合って。 「……ねえ、絶対また皆で集まろうねっ!」 ルナの明るい、けれど何処か願う様な声に誰ともなく頷いた。気付けば夕焼け空は姿を消して。真っ暗になった外には、灯りがぽつぽつ。当たり前の平穏はけれど、次の日には崩れかねない程に脆いもので。でも、だからこそ。 こうしてまた、その平穏を満喫できる様に。全力を尽くす前のリベリスタ達のつかの間の休息の夜は、まだまだ続くようだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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