● 「病院から逃げ出したリベリスタ未満のフォーチュナを捕獲……もとい保護をお願い」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、リベリスタたちがミーティングルームに入ってきてもテーブルから顔をあげなかった。 イスに座り、シャーペンを広げたノートの上で黙々と走らせ続けている。学校で出された課題だろうか。それとも予習か? 全員が静かに着席したところで、イヴはようやく手を止めて顔をあげた。 「フィクサードに気づかれて攫われる前に捕まえて。運命を得てフォーチュナになれる人は極僅か。貴重だから……とうぜん、どの組織も欲しがっている。加えてこの男、やっかいなことに酔った勢いでエリューションを作り出すという迷惑な特技というか体質を持っていて――ああ、ごめんなさい」 イヴは自分の不手際に気づくとリベリスタたちに小さく頭を下げた。 立ち上がって机の端に固めて置かれていた資料の束を手に取り、向かって左側の端に座っていたリベリスタに黙って手渡す。 順にまわして、ということらしい。 「逃げたフォーチュナの名は佐田 健一(さだ けんいち)。過去に何度かエリューションがらみの事件を起こしてるわ。直近の事件で覚醒してここ三高平市内の病院に入院。治療と同時にフォーチュナとしての訓練を受けてもらっていたんだけど……」 健一は初めて入る万華鏡(カレイド・システム)の棺のように狭い制御部と、そこから伸びる無数の光の糸に怯えて逃げ出したらしい。 「ここセンタービルから逃げ出したのは1時間前よ。三高平駅から上りの電車に乗って東京へ……は向かわず、なぜか小さな町で電車を下りている。理由は分からない」 すでに駅の改札と各バス停には見張りがつけられていた。町のタクシー会社にもアークが根回をして、それらしい客を乗せたら知らせてくれるよう頼んでいるという。いまのところ健一が町を出た様子はないらしい。 「歩いて隣町に出ているかもしれないけど、とりあえず現場に行って探してちょうだい」 いってらっしゃい、と手を振りつつ、イヴはリベリスタたちを送り出した。 ● 「なんだかなぁ……」 白くて小さな手を引きながら、健一はため息をついた。 電車を飛び降り、この子を見つけて保護したはいいが、これからどうしていいのか分からない。 自分だってついさっき某組織から逃げ出してきた身なのだ。 「おじちゃん、ボク、のど渇いた」 「おじちゃんじゃない、お兄ちゃんだ」といいつつ、ズボンのポケットに手を突っ込んで小銭を取り出した。 少し考えてから自販機で水のボトルを買った。水なら与えてもたぶん大丈夫だろう。 キャップを捻って外してから、額に1本角を生やした異界の少年に手渡した。 鬼の子―― 知識のない覚醒前の自分であれば、少年の姿に怯えて逃げ出していたはずだ。 覚醒し、多少なりとも神秘について学習したいまはこの少年がアザーバイドと呼ばれる上位世界の住人であることを知っている。 そして、予見により遠からず殺される運命にあるということも。 「あ、こら! それをしちゃダメだっていっただろ?」 「もっと飲みたいの!」 生体アーティファクトともいうべき角を光らせて、鬼の子は口を尖らせた。 がらがらと音を立てて自販機の前に開けられた穴から缶が転がり出てきた。自販機自体に穴は開けられていない。 空間を穿ち結ぶ能力を持つ角――これがこの子と、その後に穴から出てくる子たちが殺される理由だ。 健一はオレンジジュースの缶にかじりつく鬼の子を抱きかえると、あわてて走り出した。 今の音を聞きつけてヤツラがやってくる。逃げなくちゃ。どこか近くにこの子が通ってきたD・ホールが開いているはずだ。万華鏡をつかえばその場所を特定できるんだろうけど……。 「おっと、ここまで! 鬼ごっこは終わりだ」 角を曲がったところで筋肉の盛り上がったいかつい男に前を阻まれた。 たたらを踏んで立ち止まったところで頭に閃くものがあった。 くるり、と体をまわして戻ると見せかけ、ふっと横へ飛ぶ。 勢いづいた筋肉男が後ろから追ってきていた男とぶつかった。その隙をついて走り去ろうとしたとき―― 全身を鬼の子ごと細い糸のようなもので絡め取られる姿が頭に浮かんだ。 「うわっ!?」 立ち止まった体のすぐ前を無数の輝く糸にさえぎられる。 「なんだ、こいつは。覚醒者か。やたら感が鋭いな。みたところジーニアスでビーストハーフじゃないみたいだが……まさか、な?」 絶体絶命。 気がついたときには7人の男たちに囲まれてしまっていた。 ● 町に向かっていたリベリスタたちにアーク本部のイヴから緊急指令が入った。 「健一の現在地を特定した。現在、住宅街の一角でアザーバイド1体とともに7人のフィクサードに囲まれている。急いで!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月29日(月)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 東西南北―― いかに勘がよくとも、さすがに4方向から同時に攻撃されれば逃げられまい。 フィクサードの玉野 御影(たまの みかげ)が欲しいのはアザーバイドの額に生える角だけだった。 空間を穿ち結ぶ能力を持つ角さえ手に入れば、アザーバイドのガキ自身はおろか、突然割り込んできて正義の味方を気取る男の命などどうでもいい。さっさと片付けて残りのガキを穴の向こう側から誘いださなくては。 アスファルトの照り返しをうけて玉野の額に汗が噴きだす。 ブロック塀の裏側からジワジワジワと、染み出るようなアブラゼミの鳴き声が暑苦しい。 ふと、セミの鳴き声がやんで、辺り一帯が不思議な静寂感につつまれた。 「とっとと、死――」 「箱舟からあなたにハッピーエンド☆ 終君でっす☆」 Vサインを横倒しに目に被せ、玉野の背後でおちゃめに名乗りをあげたのは『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)だ。終は体をひよいと傾けると、鬼の子を腕に抱えたまま十字路の真ん中でへたり込む佐田へ、助けに来たよとウィンクを飛ばした。 「なんだてめーは」 「さっき名乗ったばかりでしょ。この暑さで耳とけちゃったの、玉野さん?」 「アークか?」 ああ、もう。面倒くさい。 そう思ったかどうかは定かではないが、終は返事の代わりに冷気を帯びた短剣を振るった。ひんやりとした刃が熱く重い夏の空気を切り裂いて、玉野の体につぎつぎと血の筋を刻みつけていく。 玉野を助けようと他のフィクサードたちが動き出した。 「俺に構うな! こっちはいいから早くガキから角を取れ!」 「それは困る」 突然の声がけに、十字路の北にいた覇界闘士とスターサジタリーは足を止めて振り返った。 一瞬の虚をついて2人の間を『Hrozvitnir』アンナ・ハイドリヒ(BNE004551)が駆け抜ける。 とっさに反応した覇界闘士が体を捻りつつアンナへ手を伸ばし、その指先が白い帽子のフチにかかった刹那―― 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の銃が火を噴いた。 覇界闘士が顔を苦痛にゆがめながら撃たれた腕を手で押さえる。 涼子は嘲りの顔をスターサジタリーへ向けた。 「わたしをほっておけば、2人は殺せるかもしれないけど。そのまえかあとに、アンタたちは死ぬ」 銃口を上げ、差し出した左手の指をくい、と曲げて相手を挑発する。 「かかっておいで、へッポコ野郎ども! 無抵抗な相手としか戦えないじゃなきゃね」 「なんだと。言わせておけば……このくそアマァ!」 「ぶちのめしてやる!」 フィクサードたちが顔を真っ赤にして吠えつつ、涼子目掛けて前へ踏み出した。 その足元目掛けて『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)が運命を司る神秘のダイスを転がす。 「ひとつ占ってやろう、お前の運命を」 選ばれたのは覇界闘士だった。4のゾロ目を踏んで黒い爆花を咲かせる。 「ちっ、よく言うぜ。多勢に無勢かよ、卑怯者!」 スターサジタリーはサブマシンガンを構えると、風に流されてきた黒煙に咳き込みながら涼子と琥珀、そしてその後ろに現れたリベリスタたちに向けて怒涛の連続射撃を仕掛けてきた。 弾幕の切れると同時にすかさず覇界闘士が涼子へ襲い掛かる。 膝をついた涼子の後ろから水無瀬・佳恋(BNE003740)が飛び出した。 「何といわれようと人命救助を優先させていただきます!」 夏の日差しに白くきらめく長剣をふるって涼子を襲っていた覇界闘士を引き離す。 後の始末を琥珀に任せ、佳恋はサブマシンガンを腰だめに構える男へ向かった。 「私はこの身が、何かを護るための剣であれ、と思っているだけです」 信念を闘気に変えて刃に乗せる。気合とともに振りぬいた刀はスターサジタリーを吹き飛ばしてブロック塀に打ちつけた。 「さあ、いまのうちに!」 レディ ヘル(BNE004562)は空高く舞い上がった。高みから戦場となった十字路を俯瞰する。 南では終が玉野と一対一のバトルを繰り広げていた。ヘルの見立てではやや終が押している。こちらはまだひとりでも大丈夫、そう判じて足元に目を落とせぱ、交差点の真ん中でアンナがひとり左右の敵に睨みを利かせていた。そのアンナの足元に鬼の子を胸に抱きかかえ、体を小さくして震えている佐田がいる。 まず佐田を立たせなければ。 (アークだ。悲惨な運命を辿りたくなければ北へ逃れるがいい) 佐田が頭をあげた。きょとんとした顔をしている。 ヘルは早く立て、と手ぶりでせかした。 クロスイージスが天使の歌を歌う中を東の覇界闘士と西のプロアデプトが北の路地へ向い始めた。 ヘルはただちに蒼嶺 龍星(BNE004603)へ警告を発した。 「邪魔するなっ!」 敵の姿を目にする前にヘルの警告を受けていた龍星は、左右から挟みこむようにして近づいてきた敵に落ち着いて対処することができた。一足先に角を曲がってきた東の覇界闘士へ風切りの蹴りを鋭く繰り出す。 相手が怯んでブロック塀の角に引っ込むと、こんどは体をまわして西から来たプロアデプトに拳を向けた。 と、同時にごっという音。 炎をまとった長い腕がアンナたちを襲う。攻撃を仕掛けたのは西の覇界闘士だ。 「アンナさん、大丈夫ですか?」 青木 駒(BNE004609)は癒しの符を飛ばしてアンナを癒すと、自分は立ち上がった佐田をかばいながら体を西へ向けた。そこへ龍星が加わる。 「あんた達を助けに来た! 大丈夫か!?」 「あ、はい」 よし、といって龍星は佐田に背を向けた。 「突破するぞ!」 ● 「くそっがぁ!」 玉野は攻撃をしのぎきると、真っ黒な刃のナイフで終を切り刻んだ。熱く焼けたアスファルトの上に無数の赤黒い染みが飛び散る。 「いてて☆ 服がズタズタに破けちゃった」 「知るか」 西から強い風が吹いた。空を雨雲が覆う。 終はじりっ、じりっと足を動かして間合いを取りながら、攻撃を仕掛けるタイミングを見計らった。ほんの僅か、視線を横にずらして玉野の後ろを確認する。 佐田を確保したアンナたちがトライアングルフォーメーションを作って北への移動を始めていた。後もう少し、玉野をここに釘付けにしておかなくてはならない。 玉野が自分から外れた終の視線を追って振り返った。 ぽつぽつと大粒の雨が落ちはじめたアスファルトを蹴って、一気に玉野との距離を縮める。 「ダメダメ、行かせないよ☆ 玉野さんの相手はオレ☆」 繰り出した氷棺と魔力のナイフが雨粒を凍らせ、砕く。無数の氷片が玉野の背を守っていた影を切り裂いた。 降りだした雨に打たれつつ、涼子は気力を集めて体を起こした。 よろめく足に活を入れて踏ん張ると、ブロック塀に背を預けるスターサジタリーに蒼穹の拳を叩き込む。 「涼子氏、無理するな」 琥珀の構える刃が震え、唸りをあげる。 「悪いけど排除させてもらうぜ」 龍星を先頭にこちらへ向かってくる佐田たちの姿を目の端に捉えつつ、琥珀は振動する刃で雨粒をはじき返しながら覇界闘士を乱れ打った。 崩れ落ちる覇界闘士の後ろにまたひとり、東の覇界闘士が―― 水蒸気をたなびかせつつ燃える拳が琥珀の胸を打った。 時を同じくして西の覇界闘士が、北へ逃れようとしている一行に炎に包まれた腕を振るった。 佐田たちをかばったアンナの全身が炎に包まれる。 空にいたヘルの足元もまた炎に包まれた。 辺りに水蒸気の白い靄が立ち込め、一時的にリベリスタたちの視界を遮った。 (左だ!) ヘルの警告が頭の中で響くと同時に佳恋の体は後ろへ飛んでいた。 刹那、銀の気糸が鼻の先をかすめる。 「助かりました」 警告がなければ頭を撃たれていたところだ。佳恋はヘルに礼を言った。 靄を突っ切って飛び出してきた龍星が、再び佳恋を撃とうとしていたプロアデプトのわき腹を蹴った。 「ぐはっ!」 東からまた天使の歌が聞こえてきた。たちまちのうちに敵の傷が癒されていく。虫の息だったスターサジタリーの目に光が戻る。 「くそ、これじゃキりがねぇ」と龍星。 「佳恋氏! このままじゃまずい。東へいってクロスイージスを止めてくれ!」 「分かりました!」 視界を遮っていた靄は晴れたが、かわりに雨脚が強まったことで水煙がたちベールとなって視界を悪くした。 その水のベールをヘルの大天使の吐息が揺らす。 佳恋は癒しを受けながら東の路地へ急いだ。 アンナが佳恋の後を引き継いでプロアデプトと対峙する。 白いドレスが雨で濡れ細り体にまとわりついていた。スカートの布が脚に張りつき絡んで動きにくそうだ。それでも―― 「このぐらいちょうどいいハンディだ」、と不敵に微笑む。 佐田を連れて先にいけ、と龍星を促すと、アンナは鈍く輝く銃口をプロアデプトへ向けた。 後を追ってきた西の覇界闘士がアンナへ三度炎の腕を振るおうとしたそのとき、盾を構えたヘルが天から舞い降りて立ちふさがった。仮面の奥で赤い目が光る。 (フィクサード、定めを侵す者……。愚かな、選ばれし者だと言うのに) 天より授かりしその力を悪しきことのみに使うのであればただ滅するのみ。 ヘルは巨大な魔術杖を軽々と頭上に持ちあげると、光る魔法の矢を放った。 激しく傷つき肩で息をする涼子の前で佐田は立ち止まった。 「だ、大丈夫かい?」 後ろから来た駒が佐田を手で北へ押しやる。 「立ち止まらないでください! 青木様の後について早くD・ホールへ! 曳馬野様の手当ては私がやりますから」 琥珀は左手で濡れて重くなったマントの裾を掴み、下からすくいあげるようにして翻した。水飛沫を飛ばして敵を怯ませ、その隙に首を後ろへ回して佐田へ話し掛ける。 「佐田、今は全力で足掻け。俺達でその子を送り返してやろうぜ、な? 龍星頼むぜ、頼りにしてる! 佐田たちをしっかり穴まで連れて行ってくれ」 「おう、任せてくれ! いくぜ、佐田殿」 再び駆け出した龍星と佐田を見送ると、駒は癒しの符を広げて涼子の手当てを始めた。 逃してなるものか、と覇界闘士が腕に炎をまとわせる。 琥珀は湯気を立てる覇界闘士に気糸を飛ばして縛りつけて腕を封じた。 「俺の目の前で人死にさせてたまるか! 特に子供を殺されるのは許せねーんだよ」 殺意をダイスに込めて放つ。 黒い閃光が白い煙と赤い炎を切り裂いた。 ● 終は玉野の肩越し、雨のベールの向うに4つの影が消えたのを確認してほっと息をついた。 激しく降りしきる雨が傷口を洗っていた。雨と一緒にとめどなく血が流れ続けている。終はふらついた体をブロック塀で支えて玉野に微笑みかけた。 「よし☆ 一気に片をつけちゃうよ」 「それはこっちのセリフだ。さっさとくたばれ!」 そういう玉野の体もズタズタで全身から血を流している。 互いにあと一歩のところで回復支援が入り、トドメをさすことができていなかった。だが、どちらかといえば実力の勝る終が優勢だ。その証拠に玉野は立ち上がることすらできない。黒いスーツの肩を大きな雨粒が叩いている。 速度で勝る終が先に玉野へ仕掛けた。 「うわっ!?」 玉野に肉薄した終を北で爆発した圧倒的な負のイメージが襲った。立ち上がろうとしていた玉野もろとも真後ろへ吹き飛ばされる。 重なるようにして倒れた終の腹に、玉野のナイフが深々と突き刺さっていた。 「きゃっ!」 駒はプロアデプトが放った負のイメージを背に受けてよろめいた。 そのまま涼子の胸に倒れこむ。 涼子はしっかりと駒を抱きとめた。 「すみません」 「ここは任せて。まだ何が起こるかわからない、アンタは健一たちを追って北へ」 「あ、はい」 突然、雨が上がった。 散れじれになって東へ流れていく雲の合間から日が差し込める。とたん、むっとした熱気が戻ってきた。 涼子は駒から身を離すと、道に倒れているスターサジタリーへ顔を向けた。 すでに事切れているようだ。 皮肉にも仲間が放ったJ・エクスプロージョンでトドメを刺されたようだ。 生き残っている敵にはそれぞれ1人ずつ仲間が張りついていた。琥珀は東から来た覇界闘士と、アンナはプロアデプトと、ヘルは西から覇界闘士と向き合っている。ここからはブロック塀が邪魔で見えないが、おそらく佳恋は東の道でクロスイージスと戦っているはずた。そして南では終と玉野が水溜りの上を転がりながらもみ合っている。 革手袋をしっかり嵌めなおすと、涼子は水を跳ね上げながら南へ向かった。 駒は佐田たちのあとを追う前にさっと印を結んで防御結界を展開した。 自分がこの場を去れば癒し手はヘルただ独りになる。だが、彼女はいま覇界闘士と切りあっていた。いま更な気もするが何もしないよりはいい。 強さを取り戻した日差しが、雨に濡れたリベリスタたちの体を輝かせた。 「させません!」 佳恋の長剣「白鳥乃羽々・改」が巻き起こした烈風がクロスイージスの歌を引き裂いた。 もう好き勝手に歌わせるつもりはない。 強い意思でもって目を光らせた佳恋は、次の攻撃に備えて長剣を八双に構えた。 「引いてください! それとも、どちらかが斃れるまで殺し合いをしますか? 楽団の幹部や七派の首領の相手より分がいいですし、私は構いませんけど」 クロスイージスが左右に目を泳がせる。頭の中で損得勘定を行っているのだろう。 佳恋の後ろを小柄な女が南へ駆けていくのを見て、クロスイージスは戦意を消失した。両手をあげてゆっくりと後ろへ下がる。 「……どうぞ。行ってください。背中を切りつけたりはしませんから」 佳恋は体を開いて剣先を下げた。 とたん、クロスイージスが背中を見せて逃げていく。 追ってトドメをさすことなど微塵も考えなかった。そんなことよりも優先すべきことがある。 佳恋は踵を返すと北の道へ戻った。 一刻も早く癒し手のヘルを自由に動けるようにしてやらなくてはならない。 「ヘルさん!」 ヘルの盾に蹴りを入れる覇界闘士へ剣を突き出した。ヘルと敵との間にできた隙間へ体を滑り込ませる。 「みなさんの回復をお願いします」 ヘルは佳恋のうなじに無言でうなずくと翼を広げた。 晴れ渡った青い空から広く、北と南に分かれた仲間たちにいきわたるように大天使の吐息を吹かせる。 指先に込める力を取り戻したアンナはプロアデプトに向けて引き金を絞り続けた。 体をまわしながら佳恋が覇界闘士に長剣を次々と振るう。 琥珀は風に黒鉛が流れて姿が現れるのを待ち、胸元のセラフブレイズを揺らしながら震動破砕刀で覇界闘士を袈裟切りにした。 涼子の支援を受けて玉野から逃れた終は、一旦後方へさがって傷が癒えるのを待った。 雨上がりの後の、一種独特のにおいが血の臭いと交じり合って口と鼻を塞ぐ。 終はふう、と空へ息を吹き上げた。 涼子が一撃を打ち込んで玉野から離れる。 「これで終わりにしよう」 冷気を放つ終のナイフが玉野の体を切り裂いた。 ● 「べつに逃げたっていいけど、そう言ってほしいね。あぶないからさ」 涼子は胸の前で腕を組み、憮然とした表情で佐田のつむじに小言を零した。 「万華鏡怖いとかフォーチュナのお仕事やだって言うならそれでもいいよ☆ 見たくもないものを見る事になるし、辛い事も多いって知ってるから……」 膝の上に鬼の子を乗せた佐田の前にしゃがみ込み、でもね、と終は続ける。 「オレ達がこうやって健一さん達を助けられるのも強力な敵相手でも何とか無事に帰ってこられるのも、フォーチュナさん達が正確な情報をくれるからなんだ」 にっこりと笑って「それだけ☆」と締めくくると、オレンジジュースを飲む鬼の子の頭をなでた。 「そうだよ。佐田、逃げちゃ何も守れないだろ。自分の力を信じて我武者羅にやってみろよ」と琥珀。 「新参者の私が申し上げることでもないかもしれませんが。アークは、貴方に嫌なこと、辛いことを強いる場所ではないと思います。逃げ出さなくても、嫌だと申し上げていただければ、考慮してくださる筈ですよ」 普通の人。項垂れる佐田の横顔を見て駒はそう感じた。誰もが覚醒してすぐ使命に燃えるわけではない。この佐田のように戸惑う者のほうが多いはずだ。無理強いをする権利は誰にもない。 龍星は鬼の子に手を差し伸ばした。 「ここは君にとってとても危険な世界なんだ。自分の世界へ戻ろう?」 佐田の膝から立ち上がらせると、その小さな手からやさしくジュースの缶を取り上げる。 鬼の子は振り返ると佐田を見た。 「さよなら。もうヘンな穴に入っちゃダメだよ。さあ、もうおかえり……。お母さんたちが心配しているから」 目にうっすら涙を浮かべた佐田は鬼の子にバイバイと手を振った。 それを見た鬼の子が佐田をまねて手を横に振る。 龍星が鬼の子を送り出したあと、琥珀がD・ホールを破壊した。 アンナは白いドレスを夕暮れの紅にそめて、遠く三高平のある東の空を眺めていた。そのまま背後の佐田を振り返りもせず、 「さて、佐田だったかな? アークに所属してもらえれば、こういう事態の対処をリベリスタに依頼できるんだが……お前はどうしたい?」と問う。 佐田は終に腕を取られつつ立ち上がった。 ズボンについた土を払い落として身づくろいすると、夕日を受けて影になったリベリスタたちに深々と頭を下げた。 「よろしくお願いします!」 ヘルが翼をはためかせて星の輝きだした空へと舞い上がる。 アンナは帽子のツバを指で挟むと、口の端に微笑みを浮かべながら振り返った。 ――ようこそアークへ |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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