●篠田組 少し昔話をしてもいいですかい。 いえね、アンタがどうにも暇そうにしてるもんですからあたしなりに暇つぶしをと思いまして。別に聞いたからどうのってえ話じゃございませんで。ええ。 して何の話だったか……そうです昔話! 今より昔、ここじゃあねえどっかの話でござい。 あるところに篠田組というそれは汚えヤグザがいたんです。麻薬を売って金を稼いでる連中ですわ。 まああっしらの世界じゃ麻薬なんて煙草と一緒ですから、ちょいと大きなたばこ屋さんってな印象ですわな。麻薬くらいでガタガタ言ってちゃ生きてけませんや。 ええと……はいはい。脱線しました。えへへ。 まあ汚えヤクザなもんですから綺麗なリベリスタさんたちにやっつけられてしまいまして、そりゃあもう見事なもんでしたわ。組長の篠田さんまで一直線にカチコミかけて、まんまと殺して帰って行ったんですからね。いや、別にあっしが見てきたわけじゃねえですよ。戦場なんか恐いのなんのて。 え? じゃあなんで知ってるのかって? そりゃあ組員が見てたからでしょうよ。 当時の組員は半数以上も生き残って、文字通り路頭に迷ったって話ですわ。 そんで生き残った幹部の草刈派と、篠田の息子を囲い込んだ篠田派で割れたんですが……まあ息子つってもまだガキでしたし、どうもヤクザ家業がお嫌いだそうで、みるみる兵隊も抜けていって、今じゃガキと女しか残っとらんようです。 でも定紋持ってんのは篠田のガキですからね。草刈派も黙ってねえでしょう。 へえ、篠田のガキが今どうしてるかって? なんでも、温泉旅館を持ってたそうで、経営やめて味方の連中連れて引きこもってんだそうです。 ええ、その温泉旅館に……。 ●直系・篠田享平 四人程度の客が泊まるであろう和室に、男が一人座っていた。 ざんぎり頭にスーツを着た、若いサラリーマンのような男である。 目元も優しく、指は細い。インスタントでいれた茶をすすって、小さくため息をついていた。 そんな中へ、和服を着た女性が飛び込んでくる。 「若様、大変でございます」 「どうしたんですか鴨川さん。困りごとでも?」 「どうしたじゃありませんよ。草刈が……草刈が兵隊連れて向かってきてるんです!」 「なんだって!?」 男は慌てて立ち上がった。転がり落ちた湯飲みが床で跳ねて中の茶が畳にしみこんだが構っては居られない。 ベランダ側の窓を開け、身を乗り出して外を見た。 ヘッドライトの列がこちらへ向かってくるのが見える。 この篠田旅館は山の上にあり、こうして人の接近も分かりやすいからと拠点にしていたが……実際見てみると恐ろしい。 歯ぎしりして振り返る。 「鴨川さん、みんなは!?」 「逃げる支度をしてございます」 ここにいるのは戦えない一般人ばかりだ。つかまったらどんな扱いを受けるかわからない。 「わかった。じゃあみんなで裏口から――」 言った途端、室内の電話機が鳴った。 びくりと身構え、そしておそるおそる手に取る。 『よう、俺だよ享平。声で分かるだろ?』 「……草刈」 部屋の電話に直接通話する回線などない。『電子の妖精』で直接割り込んだのだろう。 つまり、この建物の通信機器は粗方押さえられているということだ。 『裏口から逃げるつもりなんだろ? お前の考えくらい分かるぜ』 「……」 裏から逃げても無意味ということか。 享平。今は亡き篠田組長の息子にして『定紋』の所有者である。彼は受話器を持つ手を震えさせた。 「狙いは『定紋』でしょう。差し上げますから、みんなのことは見逃してください。彼女たちに汚い仕事をやらせるわけには……」 『勘違いすんじゃねえ。そいつの所有者はお前で固定されてんだ。お前が協力しなきゃ意味ねえんだよ』 「それも……見逃してください。僕はヤクザになんてなりたくない。もう父さんは死んだんです。みんなも汚い仕事からは足を洗って、真面目に働いて生きましょうよ。きっとその方が――」 『ふざけんじゃねえ!!』 受話器越しですらわかる怒りに、享平は身をすくめた。 震えが通話越しに伝わるかのように、肩ががくがくと震える。 『俺らが汚えのは最初からだ。汚えクズの集まりだ。それは俺らが一番最初に教わって、認めなきゃならなかったことだ。でもなあ……それでも生きてんだよ。生きてなきゃならねえんだ。綺麗なお手々で生きられねえから、俺らはヤクザになったんだろうが! 今更キレイに取り繕ったところで、これまでの俺らは消えねえんだよ!』 「そんなの……そんなの僕には関係ありません! あんまりじゃないですか、こんなの酷いです!」 『だったらテメェであがいて見せろや! フィクサードなんだろう? 他人の善意でおまんま恵んで貰うのが、篠田組の生き様だってのか。ええ!?』 「でも……」 「その『でも』でテメェは組を壊したんだ。何十人という連中を路頭に迷わせてな。テメェが協力できねえなら、そうするしかねえ状態にまで追い込むのが俺たちだ。そこで大人しく待ってろや」 ぶつん、と通話が切れた。 「わ、若様」 享平は黙って、ネックレスにつけた『定紋』を見下ろした。 「みんなが助かるなら……」 ●どちらかの選択肢 アーク・ブリーフィングルームにて。 リベリスタたちが聞いたのは、端的に言えばこうだ。 フィクサード組織がアーティファクトを集めて再興を狙っており、その一環としてフィクサード篠田恭平の所有するアーティファクトを狙っている。 享平は温泉旅館をまるごと所有して引きこもり、一般人を多数抱えている。 戦う力のない一般人たちが酷い目にあうならとアーティファクトを使い、戦うことも視野にいれている……と。 「アーティファクトに定まった名前はありません。家紋をあしらったコインのような物体で、『定紋』とだけ呼ばれています。これを行使すれば超人的な戦闘力を宿すことができますが、自我がもつのはおよそ数分とされ、その後は野獣のごとく死ぬまで暴れ狂うと言われています」 なるほど恐ろしいアーティファクトだ。 リベリスタたちは資料を手に小さく頷く。 「一方でそれを狙うフィクサード、草刈派と呼ばれる集団は20名程度のフィクサード組織です。フィクサードたちはさほどの脅威ではありませんが、リーダーの草刈腱剥はアーティファクトの長ドスを所有しておりかなり高い戦闘力を有しているでしょう。注意すべき相手です」 そこまでの説明を終え、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はぱたんと資料を閉じた。 「私たちの目的は、『一般人への被害を抑えること』です。やり方は、お任せします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月24日(水)22:39 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 七月も末の頃。じっとりと熱い夜の山道をヘッドライトの列がうねっていた。 砂利を蹴るタイヤの音と時折かするエンジン音。 餌を追って走る肉食獣の列が如きそれを、一台の大型車両がせき止めた。 いや、ここは詳細に表わしておくべきだろう。 整備の行き届いていない曲がりくねった道のさなか、大量の木々を無理矢理へし折ってギラギラに光るデコトラが斜めに割り込んできたのだ。 さような道では避けることもままならず、先頭車両は半スピンしてトラックにぶつかった。 トラックの運転席から大音量の演歌と共に顔を出す『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)。 「おっと悪いねぇ。怪我ぁないかい?」 「てンめえこら死に晒したろかボケェ!」 エアバッグに顔を突っ込んだ先頭車両の男が割れた色つき眼鏡を捨てて下りてきた。エアバッグ自体が本来なら気絶してもおかしくない衝撃をもっているのだがそこはさすがのフィクサードというところである。 連鎖的に、後方の車両からも続々と柄の悪い男たちが飛び出してくる。威圧するようにねっとりとだ。 と、そこへ。 戦闘車両のルーフ(天井)パネルに一人の女が着地した。 一丁の拳銃を天に向け、連続発砲。 目深に被ったベールの下から、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は息を吐いた。 「あいつは……!」 「分かるか。あの状況でよく顔を覚えていられたな」 見た奴は全員撃ち殺した筈だが。そう言って、杏樹は掲げた銃からぱっと手を離した。足下に転がる銃。 更に言えば、車から飛び出したばかりの男たちが手を伸ばせば取れてしまうような位置である。 「話を聞いて欲しい」 「チッ、話ならあの世で『あいつら』とするんだな!」 スキンヘッドの男が日本刀を抜いた。 リア(車両後方)パネルを踏み台にして杏樹へと襲いかかる。 が、しかし。 彼の繰り出した刀は、トラックの荷台から飛び降りてきた『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)によって、それも彼の刀の鞘によって止められた。更に相手の方を手で押さえ、動きを封じる。 納刀状態のまま、ぎろりと相手を睨めつける虎鐵。 「すまぬが、もう少しだけ待って欲しいでござる」 「クソッ、放しやがれ! ブッ殺してやる!」 スキンヘッドの殺気がピークに達し、触発された周囲の男たちが武器を手に襲いかからんとした。 そこへ。 「世界からお目こぼしをもらってる分際で――」 だん、と地面にひょろい男が着地した。自らを誇示するような、激しい足音と共にだ。 「そのくせヤクザの分際で――」 目深に被った帽子のつばからギロリと目を光らせる。 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)は、広角を愉快そうに広げて言った。 「綺麗な生き方が出来ないと――ならば死ね」 両手に握られた刀から、刀身が半分露出した。 周囲の男たちを血祭りにあげるまでおよそコンマ5秒。 引きつった顔で、それでも命がけで抵抗しようと武器を振り上げる男たち。 だがそれらは、『ガギィン』というえもいえぬ音によって停止した。 例えるなら、分厚い鉄板をまかりまちがってステンレス包丁が貫通してしまったかのような、それはそれは不可思議な、悲鳴のごとき音だった。 振り向いてみれば、黒塗りベンツのドアパネルを長ドスが貫通している。 さらにがりがりとドアを削り、ばかんと外向きに蹴り出す。 「極道モンが『ぶっ殺す』とか言うんじゃえって何度言ったら分かるんだおい。チンピラでも暴走族でもねえんだぞ……」 脅し文句は何一つ無いというのに、スキンヘッドの男は身を震わせた。三歩後じさりして、深く頭を下げる。 「すいやせんでした!」 「頭ァ下げる方向が違うだろうがボケェ!」 男の顔面にトゥーキックを叩き込む。男は一度地面に転がった後、血まみれの鼻を押さえて虎徹たちに頭を下げた。 ロウは興が冷めたという顔をして刀を納める。そもそも彼からは『早く殺したくてたまらない』という気配が隠すこと無く漏れ出しているので、納めたというよりは虎徹たちに譲ったという方が正確かもしれない。 虎徹は手を翳して相手に応え、今ほど車から降りてきた男を見やる。 ウェーブのかかった髪を後ろになでつけ、襟の立ったスーツを着た男だった。 だがそのギザギザとした気配に、虎鐵は直感的に相手を察する。 「草刈殿でござるな」 「一方的に知ってて先回りってこたぁ……アークか」 「いかにも」 「うちのが迷惑かけたな、悪かった。そこのトラックにも派手に引っ掻いちまったろう。悪ぃかコレで手え打ってくれや」 懐から一万円札の束をピンごと抜いて突き出してくる。 「あぁ、そらいらんよ。御龍さんとこのトラックは壊れんのがデフォルトやさかい。今日のは浅くて困っとるくらいやろぉ、たぶん」 頭上から声がして、草刈は顔を上げた。 膝丈の短い浴衣の年若い女がいた。 運転席から顔を出した御龍が呼びかける。 「あたしもできればキズは嫌なんだけどねぇ。ガソリン代も最近アレだし、お代持ってくれんのぉ?」 「おーおー持ったる持ったる、アークが」 「ほんとにぃ?」 「それより火」 煙草を咥えて手招きする。 御龍は百円ライターを投げ、彼女はそれをキャッチして煙草に火をつけた。 ぼうっと顔が露わになる。 「……てめえは?」 「どぉもぉコンバンワ。紅椿組十三代目紅椿、名前知っとる?」 にやりと笑う『グレさん』依代 椿(BNE000728)に、草刈はだまり、とりあえず出したままの札束を先程鼻を血まみれにした部下に放り投げた。 「それで美味いもんごちそうしたれ。……で?」 肩に長ドスを担いだまま椿を見上げる。 「依代椿は大型バイクを片手で振り回す熊殺しと聞いてるんですがねえ、おたくはどちらで?」 「せやから依代椿やって……ああええわええわ、うちが誰でもええ。話さえしてくれたらな」 「…………うちのボンボンのことかい」 「そゆことやね」 椿は煙草を指でつまんで、満足そうに煙を吐いた。 柄の悪い男たちがずらりと、しかし訓練された兵士のように等間隔に並んでいた。 先頭で、それこそ指揮官のように堂々と立つ草刈。 抜き身の長トスを杖のように地面に立てていた。 対して腕組み仁王立ちする椿。 「豪蔵さんには貸し借りのある身や。組のことで貸しひとつ、縞島殴れたことで借りひとつ。そう考えたらチャラでもええんかもな」 「縞島二浪をアンタが殴った?」 「そや、『うちが』殴った」 じっとりと流れる沈黙。 「余計なお世話やろうけど、恭平さんが自発的に組を継ぐように仲間が説得しとるところや。無理にいって定紋使われたら共倒れするだけやろ。こっちに賭けてもろてもええんやない?」 「博打はしねぇ主義だ。親父(前組長・篠田豪蔵)の言いつけでな。それに、アンタらいい子ちゃんの集まりが、俺らを騙してあのボンボンをどこへなりと逃がすかもしれねえ。確実な段取りもなしに信じられねえな」 「……悪いが、段取りは無いでござる。そこまで打ち合わせてはいないがゆえ……」 横から口を挟み込む虎鐵。 「しかし信じて欲しいでござる。おぬし達を路頭には迷わせないでござるから」 「信用できねえな」 「任侠心を見込んでの頼みでござる。女子供にも、手を出さないでほしいでござる」 「飲めねえな。なんならアンタらを血祭りにあげてから、残りの連中とだけナシつけてもいいんだぜ」 長ドスを握る拳に力がこもる。 「大体ムシが良すぎるんだよ。俺らを力で押さえてるクセしやがって俺らの善意に甘えようってんじゃな。ナシつけてえなら証拠か段取りを持ってこい。でなきゃあ……」 「おやおや、どうなるんですかねえ……?」 後ろで大人しくしていたロウがギラリと目を見開いた。 充満する殺気。 いつでも行動できるようにとトラックの運転席で控えていた御龍が、舌打ちして旅館の方へ振り返った。 「とっととしなぁ。こっちはあんまりもたねえよぉ?」 ● 一方その頃、篠田旅館の上室では。 「……割り込みがしつこいな」 『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)が部屋の受話器をおさえ、電子の妖精によるハッキング牽制をかけていた。相手もたいした物で、主導権の奪い合いが水面下で続いている。 だが禅次郎も負けてはいない。脳の片方でそれらを牽制しつつ、その場の話し合いに加わっていた。 誰との話し合いか? 決まっている。 「定紋がお前を選んだってことは組を継ぐ資格があるってことだ。戦えない連中をまとめて、危険なソレを使ってまで守ろうとしたお前なら充分にやれるだろう。一度正式に跡目を継げ」 禅次郎の眼光をうけ、身を小さくする男。 一見して普通のサラリーマンに見える彼は、篠田享平という。 「……い、嫌です。他人が勝手に決めたことに、僕が従う必要はありません。やくざなんて、みんな消えたらいいんです……その方が、きっと世の中のためですし……」 彼の言葉を聞いて、片膝を立てたあぐら座りをしていた『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が小さく舌打ちした。 そもそもあまり『かたぎ』らしくない彼らのことである。旅館を訪問した際に草刈派のフィクサードと間違われて大狂乱の騒ぎになりかけたものである。 なんとかそれを取り持つことが出来たのも、メンバーの中に『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)がいたからかもしれない。 きちんと座布団の上に正座したアンナが、禅次郎の代わりに話を継いだ。 「まあ、分からないじゃないわ。父親が悪いことをして殺されたのは事実だし、やくざの仕事が嫌いなのも理解できる。でも、アンタがここまで育って生きてこれたのは、そういう父親と組員たちのおかげでしょう。その後のことはともかく、アンタが継いであげないといけないんじゃないかな」 「そんなの勝手な理屈です!」 テーブルを手のひらで叩く享平。 「なんでそんなことを言うんですか? やくざなんて、居なくなったほうがいいに決まってるじゃないですか。僕が継がなきゃなくなるなら、それでいいじゃないですか! なんで、なんで僕にやらせるんですか! 続けたければ、草刈さんなりが勝手に継げばいいでしょう!?」 「ああ、そう……」 アンナは一度目を閉じ、もう一度開ける。 「ならあの人たち、全員殺さなきゃいけないんだけど」 「……え?」 「聞こえなかった? 皆殺しにするの。今ここへ殺到してる人たち、全員よ」 言葉の端から、嫌々ながらという様子が漏れ出ていた。 「ちょ、ちょっと待ってください。殺すのはあんまりじゃないですか。あの……」 「同感だけど、どうしようもないの。組を継ぐのが嫌なら、あの人の命を繋いであげてくれないかな」 「…………そ、そんな、あんまりです。ひ、ひどい……」 耳を覆ってうずくまる享平。 それまでかろうじて黙っていた瀬恋が舌打ちついでに身を乗り出した。 「あのなあ、お優しいのは結構だがそれじゃあコトが進まねえんだよ」 声のトーンを二つほど下げ、目を黒く光らせる。 「来たない仕事はしたくねえ。綺麗に生きてえ。ああそりゃまっとうだ。おりこうさんだよ。でもアタシらみてえなやくざもんには無理なんだ。無理だってことを、クズだってことを分かってる。そういう奴らがお天道様に顔向けできねえで、カタギにも後ろ指さされて、最後に家族にまで背ぇ向けられたらどうする? ええ?」 握っていた湯飲みが手の中で砕け、ぼたぼたと赤黒くなった茶がしたたり落ちた。 「アンタんとこの連中がやくざやりたくねえんなら、普通の仕事も紹介してやる。妥協点も探ろうじゃねえか。カタギに迷惑かからねえようにもしてやるさ。だからアイツらの頭になってやっちゃくれねえか」 したたった液体がただの赤色に変わっても、瀬恋は拳を握ったままだった。それをテーブルにつけ、もう一方の拳もつけ、深く頭を下げた。 「頼む。アタシの矜持にかけて手は出させねえ。定紋抜きで直接話をつけてくれ」 「…………」 湯飲みを掴んで、じっと押し黙る享平。 じっとりとした沈黙が部屋を支配し、どれだけかの時が過ぎた。 「僕は……」 ねばついた口を開く。 「僕は、やっぱり無理です。やくざをやるなんて考えられません。ここの皆の仕事を、いまから用意できるなんて思えませんし、その上あの人たちの面倒まで見るなんて、とても……」 「だからそれはなぁ」 「それは、なんですか!?」 テーブルを揺らす勢いで立ち上がる享平。足が震え目尻に涙がたまっていた。 「言ってみてくださいよ! 僕らにどんな仕事があるんですか!? どぶ攫い? ゴミ拾い? それともロシア漁船にでも放り込みますか!? 都合良く大勢が働く場所があるんなら苦労しないんですよ! 簡単に言って、どうせ待たせるだけ待たせて、うまく見つからなかったら『ごめんね』で済ませるんでしょう!? 無責任だ、あなたたちは! それで、僕らがどんな目に会おうと平気なんだ! 善人ぶって首を突っ込んで、それで、それで……!」 「あのさあ」 部屋の隅で足を伸ばしていた『迷い星』御経塚 しのぎ(BNE004600)が、ぼうっとした声で言った。 天井に向かってぼやくような、それは頼りない口調ではあったが、なぜかその一言だけで享平は押し黙った。 視線を享平へやる。 「旅館やってるよね。これを経営すればいいんじゃないの? 女子供がいるんでしょ。ぴったりだよ」 目をそらす享平。 「こ、ここは立地も悪いですし、今時は旅館の経営も難しいですし……」 「だからさあ、草刈たちに『運営』してもらったらいいでしょ」 突然彼女は何を言い出すのかと、アンナと禅次郎が顔をしかめた。 だが瀬恋だけは、彼女の言わんとすることが分かったのか別の意味で顔をしかめる。 立ったまま、自分の足下だけを見て震える享平に、追い打ちでもかけるように言う。 「向かってくる車の列が『それ』と分かるくらいに明かりがなくて、周りを見渡せるくらいの山の上で、女子供『しか』いない旅館を今まで運営していたんだよねえ? おかしいよね、そんな旅館ってさ、ひとつしかないよねえ?」 とん、と前屈みになり、這いずるように身を寄せた。迫った、ともいう。 「料理を運んでくる女中さんとお客が、なぜか毎回偶然にも奇跡的に恋仲になっちゃう旅館……だよねえ?」 「……ああ」 それまで黙っていた禅次郎がぽつりと漏らした。 大阪は西成飛田、東京は新宿歌舞伎町に代表するそれらを、俗世ではこう呼ぶ。 「高級な『遊郭』か」 「そんな、女の人たちを……」 「でもここだよね、落としどころ。逃げるのは悪じゃないけど、自分だけお綺麗でいようっていうのは卑怯だよ。ひるがえって、『生きるために生きる』のは悪じゃないと思わない?」 目を、わずかばかりに見開いた。 「汚れた手はぬぐえない。生い立ちは消えない。なら、やれることをやるしかないじゃない!」 「……っ!」 享平は唇を噛んだ。 その場に同席した女中の一人が、重く呻いた。 ● 篠田旅館前。 ぼんやりと光るちょうちん型のライトを背に、享平は立っていた。 彼の背中を小さく押す禅次郎。 「一度本音をぶつけてみろ。奴もお前も、人を守ろうって点では同じだ。少し不器用だがな」 「……」 押されて、ではないが。ゆっくりと享平が歩き出す。 その一方。 「ほな、よろしゅう」 「……チッ」 椿に顎で催促され、草刈はゆっくりと歩き出す。 その背にロウが、肩を向けたまま囁きかけた。 「博徒が的屋に鞍替えってのは無理でしょうけど、神秘サバくのだけはやめてくださいね」 「そりゃああんたら次第だな。手のひら返すような連中だと分かれば、俺らも出し抜かせてもらうつもりだぜ」 「そりゃあ大変ですなあ」 ニヤニヤと嬉しそうに笑うロウ。 草刈は再び舌打ちすると、虎鐵へと振り返った。 「所であんた、カタギじゃねえな? 名前は」 「鬼蔭虎鐵。カタギもんの、日陰者でござる」 「チッ、どいつもこいつも……」 歩み寄る二人を、杏樹と瀬恋は肩を並べて見つめていた。 「極道は家族って、言っていたな。なら想いは伝わるのか?」 「アタシは、そう信じてるがね」 彼女らの後ろには御龍のデコトラが停まっていた。 窓に肘をかけて様子を見る御龍。その助手席でアンナとしのぎが自分のAFを見つめていた。 「なんで黙ってたのよ」 「言ったら絶対反対したでしょ」 「言い方によるわよ。他にやりようがなかった以上、すりあわせることだって出来たはずよ」 「んー……まあ、次はそうするよ」 「本当でしょうね」 言って、二人は窓の外を見た。 対面で立つ草刈腱剥と篠田享平。 二人の未来は、これから作られる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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