●ザ・テレビジョン 暗闇に包まれた室内。その中をテレビの放つ画面光が照らしていた。 その画面をじっと凝視する男が一人。モニターの光がその赤い髪を照らし、大柄な身体を小さく丸めてテレビを食い入るように見つめている。 テレビに映し出されているのは……プロレスであった。 かつて皇帝と呼ばれた選手が全盛期の時代の映像であり、圧倒的フィジカルを誇る選手達が己のプライドと名誉をかけて殴りあい、投げあい、技を繰り出している。 それを見る男の表情は真剣そのものであった。 「……電気ぐらいつけろ、目が悪くなるぞ」 その部屋の電気をつけたのは、知的さと暴力性をあわせた雰囲気を持つ人物であった。 今テレビを見ている男のお目付け役であるが、たまにオカンみたいなことを言い出す。 いや、今はそれは関係ない。 ともあれ、照明に照らされた部屋の中……赤い髪の男はぼそり、と呟いた。 「――おい」 「なんだよ?」 ぶっきらぼうなやり取り。信頼関係の現われともいえる簡潔なやり取りだが…… 「これだよ、これ! こういうのなんだよ!」 振り向いた赤髪の男は満面の笑顔であった。 その瞳は少年のように純粋に輝き、楽しくてしょうがないといった風情。語りかける言葉はテンション高く、まるで最高の遊びを見つけたかのようで。 その楽しさと希望に溢れた少年のような笑顔を見たインテリ風の男は…… ――赤髪の顔面に躊躇うことなく拳を叩き込んだ。 なんか、ウザかったのだ。 ●ブリーフィングルーム 「こんなビデオが届きました」 アークのブリーフィングルーム。『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)が一本のビデオテープを手にリベリスタ達へと説明を始めた。 動画時代にビデオテープというのもどうなのか、と思うが。それはともかく。 「では早速ご覧下さい」 四郎がビデオデッキにテープを挿入する。若干のノイズの後に映像が映し出され…… ――リベリスタ達は唖然とした。 そこに映っていたのは一人の男。 鍛え上げられた巨体に……ファイアーパターンの衣装。それは多分プロレスのコスチューム。 無造作に伸びた赤毛だが、その大半は被っているもので隠れている。 そしてその被っているものは……ホワイトタイガーを意匠化したような覆面であった。 『アークの諸君。俺の名はマスク・ド・剣林!』 アカン。これは怒られる。多分偉い人に。後ろに剣林の代紋写ってるし。 『皆もご存知のとおり、剣林プロレスの絶対王者、それがこの俺だ』 知りません。そんな団体。 あまりにも馬鹿げた光景に、リベリスタ一同は言葉を失う。 『俺の要求はアーク、剣林両団体のベルトの統一! 勝負しようぜ、アーク!』 そんなベルト聞いたこともない。そもそもアークはプロレス団体ではないのだ。剣林もそもそもそのはずだが、確かに映像の彼はベルトを持っている。作ったのか。 『勝負の日取りは追って連絡する。会場は三高平公園特設会場。最高の勝負をし、決着をつけよう。それが男と男の戦いってやつだ、オラァ!』 そこまで言い切り、マイクを叩きつける。地面に激突したマイクがハウリング音を響かせ……そこで映像は途切れた。 …………。 ブリーフィングルームをなんともいえない沈黙が包む。 「えー、なお挑戦を受けない場合アークの非戦闘施設を攻撃する、との通達もありました」 勝手な話である。そもそも相手がベルトを所持しているのに挑戦状というのも変な話であるが。絶対王者なら挑戦をする側ではなくうける側なのに。 「まあそれはともかく……プロレスで決着がつくなら安いものだと思いません? ほらここは軽い気持ちで……」 四郎はリベリスタ達にそこまで言って……口をつぐみ。 「――いえ、プロレスに軽い気持ちで挑むなど許されることではないですよね? 全力で相手のベルトを奪いにいかないといけませんね」 急にやる気を出した。 ――馳辺四郎。プロレスの興行は頻繁に見に行く男。 そう。彼はプロレスファンだったのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月09日(金)22:06 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●選手入場 その日、三高平公園は夜だというのに盛況であった。 祭りのシーズンではあるが、今宵祭りが行われるという予定などない。だが、人々はざわざわとざわめきながら、今か今かとその時を待っている。 公園内に存在し、群集が囲んでいるもの……それは白いマットに四角い高台、太いロープが四方に貼りめくらされた物体。 プロレスのリング。そう形容するしかないものであった。 むしろリングなのだから当然ではあるのだが。ともあれ、その一夜にして筋モノめいた集団が多量の建材――なお、近場に何故か大量に転がっていた――を利用して組み立てたリングである。 なお、最初に群集と言ったがさほど人数が多いわけではない。ついでにいえばカタギにも見えない者が多数存在している。 そう、彼らはこれから行われるプロレスの試合の為に集まった人々であり、神秘関係者達なのだ。 「皆さんお待たせしました! 剣林プロレス対アーク、世紀の対決がついにやってまいりました!」 リング上に立つ男。縞のシャツに黒のスラックス。いかにもレフェリーでございといった服装をした、剣林から出向であるレフェリー役の男が声を張り上げる。 「それでは選手の入場です!」 レフェリーの宣言に観客が静まりかえる。同時に特設された電光モニター……ムダに金がかかっているが、それが剣林側がこの試合にかける熱意であるということは間違いないだろう。 多分。 さておき、電光モニターに映像が映し出される。そこに映っているのはとあるバンド……BoZと呼ばれる今新進気鋭のツインユニットの映像。そのうちの一人……リュー・ザ・ワン。その男を映像は大きくクローズアップする。 『あいつかい? あいつは唯一俺に匹敵する存在さ! まさにアメイジングだよ!』 映像の男、リュー・ザ・ワンがまくしたてる。その男はかつてアークプロレスの破壊王として君臨した。だが余りの強さに引退に追い込まれた、究極の王者だった。(という設定らしい) 『だから俺は、他にあいつに勝てるファンタスティックな存在をみつけに、あいつをリングに導いたのさ!』 伝説のリュー・ザ・ワンが認める相手。それを倒すためにこの男がやってきたのだ! 「こいつがそいつだ! 伝説を継ぐもの! マスクゥ~・ド・ドラゴーン!」 レフェリーのコールと共に、花道に激しいスモークが立ち上る。同時に重低音の激しいサウンドが会場へ響き渡った。リュー・ザ・ワン謹製のボイスとメロディがその音だ。 スモークを割り、竜を模した覆面の男が姿を現す。ドラゴンをモチーフとしたコスチュームにマスク。そう、彼こそがマスク・ド・ドラゴン。伝説を受け継ぐ男だ。 なお『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と呼ばれるリベリスタではないかとも言われるが真偽は不明である。覆面だし。 「うおおぉぉぉ!!」 竜の咆哮が開場に響き渡り、同時に爆音を上げ花火が上がる。同時に開場のボルテージもあがる。 ――一転、開場に響く音の質が変わる。 ロシアの国家が開場に響き渡り、モニターには極寒の地域が映し出される。 「極寒のシベリアからこの男がやってきた! 職業軍人、永久凍土に鍛えられたその肉体! 不屈の精神が今、このリングに到来する!」 再び花道にスモークが上がる。それはさながらシベリアに吹く冬の風の如く、会場を演出する。 「シベリアの猛獣男! ツンドラベアーだーっ!」 レフェリーの絶叫にあわせ、会場へと踏み込んできたのはツンドラベアーのリングネームを名乗る男。『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)だ。 露西亜国旗を衣装したパンツに軍服風のカーディガンをガウンに。ツンドラベアーは場内へと進軍する。その手は人差し指と親指を立て、高く天へと突き出されていた。 「この真剣勝負(セメントマッチ)を開始する」 ツンドラベアーが堂々と宣言する。その手の形はシュートサインといい、真剣勝負を行うということを宣言するものだ。否応なしにこれからの戦いに期待をせざるを得まい。 さらにサウンドが変わり、会場に重低音が響き渡った。 サウンドの重低音ではない。それは動力が奏でる重低音。エンジンが唸り、ドッドッと排気を大気へ撒き散らす、その音だ。 電光モニターに映し出されるのは二人の姿。 一人はバイクにまたがり、にやけた笑いを浮かべる男。特徴的な赤毛にゴーグル。どこかごてついた装飾の施されたレザーのジャケットにパンツ。ギャングスタスタイルと呼ばれるその服装は、ワルさを演出している。 また、同時に映し出される人物は小柄なシルエット。 上着はないが、黒いシャツは大胆に胸元をはだけさせ、白いズボンに白のパナマハット。伊達男を前面に押し出したようなそのスタイルは、いつもの彼のようでありながらもファイティングスピリッツを表した戦闘服だ。 エンジンが唸りをあげ、花道のスモークを切り裂いて大型のアメリカンバイクが現われた。それにまたがるのは先ほど電光モニターに映し出された二人。 「バイクで入場してきたァー! そのスタイルは強奪(スナッチ)! 相手のスタイルを奪うその様は憎たらしくもイカしてる! 粘着質スナッチャー! 阿久津ゥ~、甚内ぃー!」 「どーもどーも」 観客の声援に答えて手を振りながら『粘着質スナッチャー』阿久津 甚内(BNE003567)がバイクのアクセルを握り、ゆっくりとステージへと近づいて行く。 「小さァ~い! 説明不要ッッッ! そのスタイルは放たれたら止まらない! 小さいながらも確かな殺傷力! 9ミリパラベラム、バレットマンだーっ!」 「うるせえよ!?」 バイクの後部座席にまたがるそのフォルムは確かに小柄。だが、その目は鋭く、カタギにはない独特な剣呑さと緊張感を漂わせている。 今の彼、『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)はバレットマン。向かう先、四角いリングに対して彼は油断なく視線を送り続ける。 「ゴーアヘッ、バレットマーン!」 いきなりバイクを操る甚内がバレットマンを担ぎ上げ、リングへと投擲した。 軽々と投げられ宙を舞うバレットマン。だが、難なくバレットマンはリングに着地する。 続いてのサウンドは血を滾らせるようなヘヴィサウンド。 炎をイメージさせるそのサウンドと共に会場の照明が赤く赤く染め上げられる。 「不死鳥を狩りに今、アークの火吹き龍がやってきた! 神話の如き幻獣の激突! それが今、このリングで行われるッ!」 モニターに映し出されるのは赤いツナギに、頭部から生えるのは長い二本のツーテール。小柄ではあるが、その炎のイメージを強調されるように闘志に溢れた少女が映る。 「火龍と鳳凰、どちらが真の火炎生物か、それを決める時がやってきたッ! サラマンダーの入場だァーッ!」 赤い光を照り返すスモークが立ち上り、『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)が名乗るサラマンダーが花道を抜けて現われる。 服装自体はいつもと変わることは無いが、それもまたキャラクター。リングコスチュームとは本人のキャラクターの表れでもある為、これもまた一種のリングコスチュームだ。 「ギー!」 花道を抜け、リングサイドで観客へ向けて歯を剥き出して威嚇する。こういうハッタリもまたプロレスだ、と竜一……ではなくて、マスク・ザ・ドラゴンが言ってた。 ――何かこれは違う気がする。 サラマンダーはそう思ったが、こういうものなのだろうと自分に言い聞かす。 ……だってプロレスってよくわかっていないから。 一転、サウンドが大きく変化する。 どこか和風なイメージを伴う重低音。和ロックと言われるそのサウンドが、次の入場者のイメージを大きく装飾する。 「天を見よ! 月は出ているか! 美しく輝く月より、餅付きウサギがやってきたッ!」 大仰なレフェリーのアナウンス。再びスモークが上がり、その中にすらりとしたシルエットが浮かぶ。 同時にモニターに映し出されるのは、黒髪に金の瞳。生えた二本のウサギの耳が特徴的な少女の姿。 「月のウサギは何見て跳ねる! 今宵好敵手に巡り合えた事に喜び勇んで跳び跳ねるッ! 月の使者。イナバだーッ!」 再度激しくスモークが上がり、少女が駆け出してくる。レオタードに身を包み、一見するとバニーガールのよう。だが、飛び跳ねながらリングへと飛び乗るその軽快さはまさしく戦う者の動き。 「嫌いじゃないし、見る子も周りにはいたけど……」 まさか自分がやることになるなんて、と。若干居心地悪そうに宇佐見 深雪(BNE004073)は一人呟く。 引き続いてのサウンドは、ストレートに勇壮さを感じさせるポップサウンド。それはテーマにする者の実直さ、真っ直ぐさを表すかのよう。 「男は一人、リングに立つ! 今宵は頼れる仲間と共にだが、その闘志は変わらない!」 モニターに赤い髪の少年が映し出される。強気なその表情は、闘志を剥き出しにした真っ直ぐな顔。今よりリングで行われる戦いにおいても真っ直ぐな戦いを見せてくれるだろう、という期待を観客へと感じさせてくれる。 「どこで戦おうとも自分は自分! ボトムチャンネルがオレのリングだ! 闘魂ここにあり! 貴志~、正太郎ーッ!」 スモークの中より堂々と現われたのは『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)。肩を回し、拳を鳴らし。闘志を前面に押し出して正太郎が現われる。リングネームはない、どんな戦いであっても自分は自分。喧嘩であろうと、プロレスであろうとだ。 最後にかかるはバリバリのメタルサウンド。鉄と電気が生み出すその音は、今より現われる人物の性質のよう。 会場を光が乱舞し、電光のようなエフェクトが迸る。 電光モニターには雷鳴が写され、それと共に一人の人物が映し出された。 「貴公子はここにやってくる! 女性のハートはガッチリキャッチ! だが女性以外のハートも掴む、そのファイトはホットにしてクール!」 モニターの人物は優男。戦う者の顔には見えぬ線の細さに軽薄そうなその表情。だが、彼もまた戦う為にここに集った選手である。 「リングに走るイナヅマはレディのハートも痺れさせる! リング上の貴公子! トール・ザ・サンダーッ!」 スモークの中より『雷臣』財部 透(BNE004286)……トール・ザ・サンダーが現われる。観客席に座る女性達へとアピールしながら、リングへと向かって行く。 「ハッ! オーディエンス諸君、存分に盛り上げてくれたまえ!」 トール・ザ・サンダーの扇動により観客のボルテージは更に上がって行く。 こうして八人の選手がリング上へ上がり……アーク側選手はここに出揃う。 ――対抗勢力が現われたなら、次に来るのは当然対戦相手である。 激しいデスサウンドが会場に鳴り響き、炎が花道を照らすように吹き上がる。 「この男を我々は待っていたッ! 絶対王者、不死身の不死鳥! 不屈の精神と不滅の肉体を持つ剣林プロレスの頂点ッ!」 炎と赤いライトがまるで会場を火の海のように染め上げていく。それと共にモニターに映し出されたのは…… 筋肉の鎧に包まれた肉体。圧倒的巨体。だが無駄な肉はなく、戦う為にビルドアップされたのがよくわかる姿。 ファイアーパターンのコスチュームに、ホワイトタイガーのマスク。このマスク本当あとで上の人に怒られるんじゃないだろうか。 「今、二つのベルトを統一するためにこの男がやってきたッ! 剣林プロレス最強! マスク・ド・剣林だァーッ!」 「だっしゃあーっ!」 気合の叫びと共に、再び炎が吹き上がる。火の粉の中を潜り抜け、マスク・ド・剣林が入ってくる! 文字数多くて面倒臭いんでここから不死鳥って書きますね! ともあれ、剣林プロレス最強の不死鳥と共に、セコンド陣が入場してくる。 不自然なほどに伸びた髪で目元を隠した謎の男、ザ・バラックーダ。数多の研究の結果か、見事な白髪を逆立てた男、スーパードクターK林。さらに数人の得体の知れない外国人が現われる。 かくして役者はリングに揃い。試合が開始されるのだ。 ●前半戦 「えー、三高平公園特設リング、アークVS剣林プロレス王座統一特別試合、間もなく開戦のゴングが鳴ろうとしとります。実況は依代椿がお送りするで」 両者の入場が終わり、『グレさん』依代 椿(BNE000728)が実況席にてマイクに向かい言葉を飛ばす。 先日まで彼女はプロレスは聞いたことはあっても別世界の競技でありまったく縁がないのであった。しかし今回の依頼に備えて改めてプロレスを見た結果……その技の派手さ、力強さに伴う格好よさに見事にドハマリした結果が、これである。 その気持ちはわからないでもない。筆者も以前に女子プロを見た際になんだこれ派手ですげー! と思った結果しばらく女子プロに盛大にハマった時期があったものである。麻疹のようなものである。 ともあれ、自分が選手として出場するとどうあがいてもヒールである、という現実に妥協した結果が実況というポジションなのであった。 しかしご心配なく。グレさんは日常の生活がヒールである。 話が逸れた。 「解説には剣林プロレスからこの方に来て貰っとります」 「ドーモ、ワタシ剣林カラキマシタ。トムイイマス」 「……解説のほう、宜しく頼むで?」 「ワタシ、ニホンゴ、スコシデキル」 「……大丈夫かいな」 セコンド外国人の一人である。マジで大丈夫かこいつ。 それはともかく。リング側では動きが見え始めていた。 「あのー、スポーツな任務と聞いてたんですが……」 リング脇でセコンドについている如月・真人(BNE003358)がタオルを握り締めてビビっていた。 スポーツ。それは青春の汗。そう聞いていた彼であるが、眼前に広がる光景は殺気だった連中がリングに上がり睨みあっている光景である。 プロレスは確かにスポーツである。だが実態は非常に血なまぐさい光景も発生する、格闘技なのだ。ましてやここにいる連中は戦う力に特化した革醒者ばかりなのだ。 「……今から帰っていいですか?」 ダメです。 「やっぱり駄目ですよね……」 真人少年にはこの場に立ってしまった以上是非とも諦めて欲しい。 「よくきたな、アーク! 逃げも隠れもせずこの舞台に上がってきたお前達に敬意を表する!」 マスクに包まれた不死鳥のドヤ顔がアークを迎え撃つ。 「へっ、我等アーク、逃げも隠れもしねぇ! お前の持つそのベルト、わざわざオレ達に奪われる為に作ってくれて、ご苦労な事だなァ!」 マイクを片手にバレットマンが叫び、マイクを不死鳥へと投げつける。マイクアピール、これもまたプロレスの華である。試合前にお互いが舌戦を繰り広げる、そんな光景は風物詩なのだ。 「かかってこいよ! 俺は誰の挑戦でも受けるぜコラァ!」 投げつけられたマイクを拾った不死鳥が叫び、再びマイクをアーク側へと投げつける。お互いに気合は十分……、と。そのマイクをおもむろに甚内が拾い上げた。 「そういえばさー? キャバのチャンネーが『不死鳥みたいだった』って言ってたけどそういう事ー?」 「マジで何の話だよお前は!?」 閑話休題。 カーン。 ゴングが鳴り響き、試合が始まった。 リング上に立つのは不死鳥ことマスク・ザ・剣林。両手を掲げ、今にも掴みかかりそうなフォームで中央に立つ。 一方アーク側の先陣を切るのはロシアの灰色熊、ツンドラベアー。こちらはこちらで低い重心のフォームを取り、じりじりと間合いを計る。 ツンドラベアーのその低い重心は軍隊仕込みのレスリングによって培われたものである。プロレスのフォームとはまた違うものではあるが、レスリングという概念においては変わりは無い。さらに言えば、プロレスは強ければそれが正義なのだ。 「まずはツンドラベアー、マスク・ザ・剣林に対峙する! 北国の戦士は剣林の絶対王者にどのように挑むのか!」 椿の実況が響く中、双方が動いた。 「ハァッ!」 「ムンッ!」 双方が気合の声を上げ、がっしりとお互いの手を掴み、組み合わせた。そのままリング中央から動くことはなく、お互いに渾身の力を込めて押し合う。 「はっ、正面からくるかよ!」 「自分も力には多少自信がある」 つかみ合い、煽りあう二人。 この所作にはロックアップ、という名称がある。古風な演出ではあるが、現代においてもしばしば多用される。単純な力比べという構図はわかりやすく観客を魅了するからだ。 お互い渾身の力を込めて押し合うが、不死鳥の腕力は常軌を逸している。ツンドラベアーのパワーも相当なもののはずなのだがじわじわと押され、上体が仰け反り始める。 お互いの視線が交錯し、呼吸が触れ合うほどに顔が近づき……不死鳥が不敵にニヤリ、と笑った時。ツンドラベアーのヘッドバットが不死鳥の顔面に叩き込まれた。 衝撃に仰け反り、ロックアップが外れる。 「だっしゃあ!」 炎に包まれた不死鳥の腕が激しくツンドラベアーの胸へと叩きつけられる。衝撃と共に炎が散り、焦げ臭い匂いが周囲に漂う。 「――堪えるが」 歯を食いしばり、ツンドラベアーが拳を握る。 「まだまだだ!」 ツンドラベアー必殺の永久凍土砕きが不死鳥の胸板へとお返しとばかりに叩き込まれる。 シベリアの永久凍土も砕く一撃、という触れ込みの打撃と不死鳥の燃える一撃が交互に叩き込まれる。激しい乱打に観客のボルテージも鰻登りだ。 何度かの応酬の後、双方がリング脇へとたたらを踏む。 受けはプロレスの華である。だが、正面から回避を捨てた打撃戦というものは、激しく双方の消耗を生み出す。超越者同士の戦いにおいてそれは、長く戦うことを難しくする。 ツンドラベアーの手に、リング外より手が触れた。 パンッ、と快音を響かせタッチが成立する。 「次鋒、マスク・ド・ドラゴン行きます!」 グオゴゴゴ! 違う、そうじゃない。その流れはよくない。 「ここでアーク、マスク・ド・ドラゴンに交代! 破壊王がチャンピオンに竜の牙を突き立てる!」 ツンドラベアーと入れ替わるように、二番手のマスク・ド・ドラゴンがリングへと踊り込む。椿の実況をバックに、ドラゴンはリングに立つ。 「大丈夫ですか!」 リング外に離脱したツンドラベアーに真人が駆け寄り、治癒を施す。通常のプロレスとは違う点。それは双方の補給が十分だということだ。 アーク側には真人という優秀なセコンドがいる。傷も治せる、スタミナも注げる。パーフェクトサポーターである。 一方剣林側にも優秀なセコンドがついている。 「いいぞ、ワシが保障する! チャンピオン、オヌシはまだまだ戦えるゾエ!」 スーパードクターの根拠のない励ましが不死鳥の傷を癒す。激しい打撃戦の傷を塞ぎ、多数を相手する不死鳥の不利を打ち消して行く。 「いくぜ、剣林プロレス! グオオーッ!」 リング上で絶叫するドラゴン。その身に凄まじい活力が満ちて行く。その決して筋力に満ち溢れているとは見えない肉体に破壊的な力が宿る。歴戦の肉体に神は宿る。その姿はまさに圧倒的破壊の権化。アークの破壊王である。 それに対し、剣林側は。 「きたな、源……マスク・ド・剣林! バラックーダ戦略(タクティクス)1だ!」 「オッケイ!」 セコンドに立つザ・バラックーダがニヤリと笑い不死鳥へと指示を飛ばした。それは悪魔の頭脳が至高の戦術をチャンピオンに叩き込んだ瞬間。 「いくぜ、オラァー!」 究極の作戦……それは。真正面からの突撃であった。 恐るべきザ・バラックーダの戦略。不死鳥のフィジカルを最大に活かした脅威の戦術である。頭脳は活かさないあたりに圧倒的クレバーさを感じさせる。 「こい!」 その特攻を真正面から迎え撃つドラゴン。その喉笛に……丸太のような腕から繰り出されるラリアットがめり込んだ。 「出たー! 必殺のフェニックスボンバーや!」 椿が叫び、観客がどよめく。その凄まじい威力にさしものドラゴンもたたらを踏む……が、ダウンはせず。地に根が張ったかのように耐え、反撃のエルボーが不死鳥の横面に突き刺さった。 そのままふらつく不死鳥の頭を押さえつけ、脇に抱え込むドラゴン。 「行くぞー! しゃーっ!」 観客に大きくアピールし、ドラゴンは加速をつけて後ろに倒れこむ。その所作が導く結論は、不死鳥の頭部がマットに叩きつけられることを意味する。 「決まったーっ! DDTや!」 王道技の一つともいえるDDTであるが、それを必殺まで昇華させて扱うという行為はまさに破壊王の名に相応しい。ドラゴンのその一撃はまさに必殺である。 なお、使用者によってDDTの名称の意味は変わるのだがこの場合はデッドオア童貞らしい。どっちも嫌だ。 ともあれ、地面に叩きつけられた不死鳥を即座にフォールに掛かるドラゴン。 「ワン!」 カウントが始まる。 「ツ……」 「まだだ!」 カウントツーがコールされる前に不死鳥がドラゴンを跳ね除け、立ち上がった。まだ試合の攻防は序盤。倒れはしない。 即座に見舞われたドロップキックを受け、ドラゴンは場外に転がり落ちる。その手にタッチし、ひらりとコーナーポストに立つ姿がある。 「ここでイナバ、リングイン! 月面ウサギは今夜、リングの上で跳ねるか!」 目立つウサ耳にレオタード。ある意味正しく女子レスラーらしい姿をしたイナバ。ポストに立ち、四角いリングを見下す彼女はぼそり、と呟き微笑んだ。 「――ま、楽しんでやっていきましょ」 そのまま彼女は見上げる不死鳥に対し、ポスト上より跳びかかる。 「っとぉ!?」 その空中から襲い掛かるムーンサルトに、先ほどまでの正面から殴りあう戦いをしていた不死鳥はまともに直撃を貰う。 一撃では止まらない。即座に足を使い、リング内を所狭しと跳びまわってはキックを叩き込んで行く。蹴りは火閃を引き、高速で戦っているかのような錯覚を増幅させる。 女子レスラーの試合においては、正面から受けるだけがショーではない。敏捷性を活かしたアクロバティックな試合運び、男子の力強さとは違う華やかさ。女子の試合にはその魅力を求めるファンは少なくは無いのだ。 そしてイナバの行うファイトスタイルは、それに非常にマッチしていた。 「すばしっこいな、面倒臭え!」 無造作に振り回したハンマーブロウがイナバを掠める。掠っただけで全身を持っていかれるかのような衝撃がくるが、その反動を利用して彼女は飛んだ。 ロープへ跳び、重力がないかのようにその上に立つ。そこから放たれたドロップキックは顔面へと突き刺さり、激しく不死鳥を地面に叩きつけた。 地に伏した不死鳥。それを引き起こしながら楽しげに笑うイナバ。 「一回やってみたかったのよね」 笑顔と共にそう呟いた彼女は――不死鳥をロープへと、投げ飛ばした。 「うおっ!?」 思い切り振り回され投げ飛ばされ、不死鳥はロープへと叩きつけられる。弾性を持ったロープがしなり、ぶつかってきたモノを反動でリング内へと弾き飛ばす。 そのリング中央へと突進する不死鳥の首に……宙を舞うイナバの足が絡みつき、挟み込んだ。 「こ、これは! フランケンシュタイナーやーっ!」 実況の椿の叫び。アクロバティックな動きを得意とするレスラーが見た目の派手さから使用する事が多い技。かと思えば実力派のパワーレスラーが使うこともあり、フィニッシャーとしてはメジャーな部類にあたる技である。 イナバは挟み込んだ不死鳥の頭部を、まるでバック宙するかのようにリングから引っこ抜き……再び叩きつけた。 勢いの乗った十分なその一撃は、一瞬不死鳥の意識をホワイトアウトさせる。そのタイミングを逃さずイナバはフォール。 「ワン!」 カウント。レフェリーがリングを叩く。 「ツー!」 カウントツー。再びリングをレフェリーが叩き。 「ス…………」 カウントスリーが入らない。振り上げた手が叩きつけられるまでの間が異常に長い。主に溜めが長い。 「っ……だぁ!?」 その間に正気に返った不死鳥が全身のバネを使い、跳ね起きる。手を振り下ろしかけていたレフェリーが手をクロスさせるように振り、カウント未達成を通告する。 「カウント2.9!」 「おーっと、惜しい! カウント入らない! って、今のええんか!?」 思わず実況席からツッコミを入れる椿。だが、隣にいる解説のセコンド外国人トムはにべもなく答える。 「プロレスではよくあるコトネ」 ――そうなのである。 これはプロレスである。つまりスリーカウントの溜めが長い事ぐらい、日常的にあるのだ。 どちらの勢力贔屓というわけではない。ショープロレスとしてのプロレスにおいてはカウントの時間が長いのは当たり前に起きるのだ。 唖然とするイナバに、不死鳥のヤクザキックが強烈に突き刺さる。体をくの字に折った彼女の身体を不死鳥は持ち上げ……激しくリングへ叩きつけた。 だが、フォールを嫌うイナバは即座に場外へと離脱する。離脱と同時にタッチの快音が響いた。 ――試合はまだ折り返した所である。 ●後半戦 「よっしゃあ! 燃える闘魂、貴志正太郎! 行くぜ行くぜ行くぜぇ!」 タッチを行い、トップロープに飛び乗った正太郎が大きく見得を切る。リング上へ、場外へ、観客へ。今から行われるプロレスというショーをアピールしていく。 「さあ剣林ッ! 後楽園の借りを返しに来たぜ!」 「何ィ!? 覚えがないがやってみろよ!」 覚えがない以前にそんな事実はない。正太郎がでっちあげた話である。 だが、そのような設定の捏造もよくあることである。ショーとしてアリならば、それはアリなのだ。「さあこいよ! 全部ぶつけてこい、テメエの最高を俺が引き出してやるぜ!」 ロープから降り、リング上で真正面から不死鳥を煽る。最高のフェイバリットを真正面から耐え切ってやる、というアピールである。 無謀ではある。だが、それが彼の選んだスタイルなのだ。自らの漢を貫き通すのもまたプロレスなのだ。 「……後悔すんなよ?」 ニヤリ、と笑った不死鳥が、正太郎を掴む。次の瞬間……正太郎の身体が、宙に舞った。 凄まじい遠心力で振り回される正太郎。圧倒的腕力が支えのない空中で、ひたすら正太郎を翻弄する。 正太郎の肉体は例え振り回されても音を上げることはない。だが、その竜巻の如き遠心力が乗った一撃のダメージは別である。 「入ったーっ! これは伝説の技、カイザーサイクロンボム! 完全に入った!」 実況の叫び。衝撃が全身へと叩きつけられ、呼吸が肺から一気に抜ける。全身が砕けたかと思うような痛みが正太郎の全身を苛む。 即座にフォールに入る不死鳥。立ち上がろうとする正太郎だが、痛みが全身を動かしてはくれない。カウントが進み、長い溜めのスリーカウントがコールされようとした時……味方サイドより人影が飛び込んできた。 甚内とザ・バレットの両名がフォールする不死鳥を蹴り飛ばす。わざとらしく転がり、フォールが外れる。カウント2.9。まだ試合は終わっていない。 「――まだ……終わっちゃいねえよ!」 カウント内の自力復活は難しかったが、正太郎は足に力を込めて立ち上がる。どのような苦境であっても諦める気はない。それが正太郎の筋の通し方なのだ。 だが、ダメージが抜けるまでは派手に動けない。そのような正太郎の手に、タッチが触れた。 「さて、次はオレだね。このまま勝って可愛い子猫ちゃん達に薔薇を贈ろうかな?」 トール・ザ・サンダーがリングへ上がる。リング上の貴公子が不死鳥へと対峙する。 「へっ、次はお前か……っておい、お前ら邪魔だぞ」 試合の進行権を持つトールがリング上にあがったというのに、カットに入った連中が降りていない。甚内とバレットマン。不死鳥の言葉に二人は顔を見合わせ…… ――そのまま走り出した。自チームのコーナーではない。相手チームのコーナーへだ。 「ちょっ、待てよ!?」 咄嗟に有名なアイドルグループの人みたいな制止が不死鳥の口から飛び出す。だが。 「アークがベビーフェイスだけだと思ったら大間違いだぜ?」 「ヒールターンっての、あるよね?」 バレットマンが、甚内が。底意地の悪い笑みを浮かべて……リング外のセコンドへと、飛んだ。 「オラァ!」 「とーう★」 「ぐわぁー!?」 バレットマンのトペが、甚内のプランチャーが。K林に直撃した。 K林、如何せんスーパードクターではあるが高齢である。二人のダイレクトアタックに真っ先に腰がやられ、地面に伏したまま動かなくなった。 「てめぇ、狙ってやがったな!?」 「狙われる奴が悪いんだよ!」 バラックーダの怒号にバレットマンが答える。 この件に関してはバレットマンがとても正しい。場外が戦場にならないプロレスなどない。ない、は言いすぎだが、頻繁にセコンドも戦いに巻き込まれるのがプロレスなのだ。 良く見ると二人だけではない。二人が飛んだ瞬間、イナバと正太郎の両名も敵陣に向かって駆け出していたのだ。 「上等じゃねえか!」 逆上したバラックーダが自らの髪を掴んで地面に叩きつける。変装用のカツラである。 その姿はどう見ても猪熊連理……剣林構成員の男であった。てかもう少し変装続ける努力しろ。 「お、場外か!? 俺も混ぜろ!」 「かかってきやがれ、オラ!」 「派手に暴れようぜ、透!」 「エレガントさに欠けるねえ、おっとそこの美しいレディー、この後俺と食事でも?」 「コンヤガ、ヤマダ!」 連理が、不死鳥が、バレットマンが、甚内が、イナバが。 正太郎が、透が、ドラゴンが、両面のセコンドが激しく場外で入り乱れる。なお最後のは外人セコンドである。 「てかお前諏訪だろ!」 「違う! 俺の名はマスク・ド・剣林!」 「バレバレなんだよ馬鹿!」 バレットマンが罵声を浴びせながら不死鳥のマスクに手をかける。もみくちゃになりながらも、その手はマスクを離さず……やがて、ずるりと白虎のマスクが剥がれ落ちた。 そこにいたのは燃えるような赤毛の巨漢。諏訪源四郎、剣林の構成員である。 そんなまさか……マスク・ド・剣林の正体が彼だったなんて……(棒読み) 「くっくっくっ……バレたら仕方ない。そう、マスク・ド・剣林の正体。それこそこの俺、諏ワッ!?」 「あっと、ごめんよー★」 マスクを剥がれ、正体を露にした源四郎。改めて名乗りをあげようとしたその時、背後から甚内の凶器が後頭部にめりこんだ。 「てめぇ今凶器使ったろ!?」 「ののののー、凶器ないない。5秒も経ってマセーン」 両手をひらひらさせながらアピールする甚内。なおその足元ではリング下より引っ張り出された凶器が再びリング下へ蹴り込まれているのはご愛嬌である。 「ちょ、ちょっと!? 乱闘騒ぎなんて怖すぎますよ!?」 あっちで殴り合い、こっちで殴り合い。そのような光景にセコンドの真人はおろおろするしかない。きっちりと味方のアシストをしながらも、巻き込まれないように必死で走り回る。 「レフェリーさーん! 止めてくださーい!」 真人の悲痛な叫び。レフェリーは黙々とカウントを続けるのみ。 「こんなのはプロレスじゃないですよー!」 だが、真人の嘆きには申し訳ないがこれもまたプロレスなのである。 「場外乱闘がはじまったで! 観客の皆さんは巻き込まれんよおに注意を……ぶっ!?」 始まった乱闘に注意をアナウンスする椿であったが、乱闘で弾き飛ばされたセコンドが実況席に叩きつけられ、下敷きになる。 「――何してくれとんねんワレ!?」 逆上する椿。手には鎖。それの導き出す結果は…… なんと! 数秒後そこには外人セコンドの首を締め上げるグレさんの姿が! 「15! 16!」 進むカウント。続く場外乱闘。だが、このままノーサイドというわけにはいかない。 味方のアシストを貰い、リング上に復帰するのは源四郎とトール。 「――改めて決着をつけようじゃねえか」 「ははっ、盛り上げていこうじゃねえの」 源四郎とトール。両者が笑い……駆け出した。 膨れ上がった筋肉から生み出されるフェニックスボンバーが唸る。渾身の力を込めたトールのラリアット、トールハンマーがそれを迎え撃つ。 絡まる腕と腕。お互い衝撃に絡まり、地面に叩きつけられる。 そこからの攻防はお互いの全力である。打撃、打撃、投げ。 トールの必殺のサンダースープレックスが決まり、フォールを取ればカウント2.9で返す。起き上がった源四郎は即座にトールを掴み、地面に叩きつけフォールを行う。それを乱闘から抜け出した仲間がカットする。そのような攻防が繰り広げられていた。 だが、アシストが散発的になったとはいえ無尽蔵とも言える源四郎の体力にトールはじわじわと追い詰められていく。あと一手、状況をひっくり返す手段があれば…… ――その時。救世主はリング際にいた。 トールの目に入ったのは所在なさげにリングの脇にいたミリー……もとい、サラマンダーであった。 乱闘で大騒ぎになっている場外であるが、闘争心の塊のような気を持つ彼女がそこにいたのには理由がある。 ……ルールを知らなかったからである。 他のメンバーが嬉々として乱闘に突入し相手の戦力を削りあってる最中、どうしていいかわからないサラマンダーはそこにずっといたのだ。 つまり……彼女のコンディションはほぼマックス、ということである。 「……後は頼んだよ、レディー」 それを理解したトールは、サラマンダーにタッチした。 「わかったのだわ! とりあえずぶちのめせばいいのよね!」 散々お預けを食らっていたサラマンダーがリングへと上がる。闘争心は爆発寸前。いや、むしろ今着火した。 「ド派手にいくわよ、燃える戦いをしましょ!」 「なんだ、まだ残ってやがったのか! 望む所だ、全力でいくぜ!」 サラマンダーの炎が吹き上がる。同時に源四郎からも激しい炎があがる。 炎と炎の激突。かたや速度で翻弄するかのようにリング内を走り回り、チャンスがあれば打撃を加える。かたや巌の如くリング中央に立ち、周りを駆け回る小さい相手に隙あらば必殺の一撃を叩き込もうとする。 柔と剛、小と大。まるで対比されたかのような戦いがそこでは繰り広げられていた。 ――この戦いの決着を決めたのは、それまでに至る条件。そして両選手の認知度であった。 サラマンダー。彼女はプロレスのルールを理解していない。最低限のラインは把握しているのだが……暗黙の了解にあたるルールをまるで把握していないのだ。 相手の技を受けて勝つ。観客に魅せる戦いをする。そういった美学にあたる部分がサラマンダーにはすっぽぬけている為……圧倒的にセメントなのだ。 一方源四郎はプロレスの枠に囚われていた。相手の攻撃を可能な限り受け止めて勝とうと、この期に及んでしていたのである。K林によるバックアップはとっくに途絶えていたというのに。 ――それが命運の全てである。 「もっともっと最後まで……燃えるのだわ!」 サラマンダーのリングネームの如く、舞い上がる炎の龍。それがリング上に立つ源四郎を包み…… 「――さすがに多勢に無勢だったわ」 今更な事を呟いて、源四郎はリングに倒れた。 「ミリ……サラマンダーの勝利なのだわ!」 倒れた源四郎を踏みつけて勝利宣言するサラマンダー。だが、それでは勝利にならないことに彼女は気付いていない。 そんな彼女の手に―― 「はいはいタッチこうたーい★」 甚内が掌をパチンと打ち合わせ、源四郎をフォールする。 ――今度はきっちりとスリーカウントが行われ、試合に幕が引かれた。 統一された王座のベルトは、今もアークの本部のどこかに飾ってある。一応。 ●三高平公園特設リング アーク&剣林プロレス 王座統一マッチ ×マスク・ザ・剣林(諏訪源四郎) (16分38秒 火龍) ○サラマンダー |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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