● 夏の夜だ。全くもって湿っぽい。呆れる程の人波がここには無いのがまだ幸いであった。 『――おーいもしもーし。俺だ、ブレーメだ、聞こえてるかあベンヤミン』 「此方ベンヤミン。聞こえてなかったら通信機の意味が無いわ。どうぞ」 『はは、違ぇねえや。でよ、ベンヤミン。緊急事態だぜ。総員戦闘配置だ。方舟が気付いちまったようだぜ』 「あら。……まあ私たちを此処に置いたって事は予想範囲なんでしょう? ――さて、その上でご要望は?」 『その通り。その通りさベンヤミン。俺の要望はいつだって『こう』さ。……『勝てばいい』!』 分かり易い一言。これ以上ない簡潔な要望。 「Ja.私貴方のそういう所は好きよ。掻っ捌いて転がして勝てばいいのね?」 『そうそう。お前さんの好きなように好きなだけ好きにすればいい。じゃ、頑張ってな! ――Ende!』 ブツリ。切れる通信。目線を動かせば、それだけで理解したかのように場が動き始める。 手に馴染む重み、殺しの道具。より威力を増した殺人兵器。 嘗て祖国が『奪われた』際、男は銃剣を手にした極一般的な兵士に過ぎなかった。 けれど、戦が終わったと知った時。覚えたのは喪失感だった。 銃砲を手にひり付く空気の中を進む高揚が、ナイフを手に敵兵の後ろに迫る高鳴りが、紙一重で銃弾を回避した時の陶酔が、爆撃に巻き込まれ瓦礫で身を強か打った時の酩酊が、とてもとても愛しかったのだ。 革醒。世界の裏。優良種による統治という夢。敗北という屈辱。故国の奪還という切望。雪辱の機会。 数々の変遷を経て――けれど男はまるで変わっていない。 振り返る。 「――さて、確認しましょう」 闇に泥む男達に語りかける。 「我々の任務はこの塔を守る事。敵の目を潰し手を飛ばし足を落とし首を刎ねて脳漿をブチ撒けろ。求められるのは唯一つ。屍の上に我らが旌旗を揚げよ。だが同時に、無様に敗北(しぬ)のは許さない」 闘争と戦争を愛して止まぬ。それでも求めるのは。 「勝利を」 ● 「はい、急ぎの案件です。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンがお伝えします。親衛隊絡みです」 手に持っていた資料を机に放り、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はリベリスタを見た。 「親衛隊の中に『一般人やノーフェイスを操っている』連中がいた事はご存知ですか? 彼らはつい最近も電波中継車を使い被害を拡大させていました」 神秘の力による電波の拡散。 それによる一般人の洗脳、発狂、更には革醒を促し手駒とする手段。 「親衛隊はこれを『Donnergott作戦』と称し実行している様子です。自分の懐が痛まないように現地調達した使い捨ての戦力でアークへと攻撃を仕掛け、疲弊を狙う……まあ、効率的と言えば効率的ですね」 人命を道具としてしか見ないのであれば、膨大な数が『在庫』となる。 そして彼らに、その辺の倫理を問うても無駄だろう。 「今回はその電波の発生源――アーティファクト『雷神電波塔』の位置を突き止めたので破壊して頂こう、という事です。探知された場所は六ヶ所。他の箇所についてはメルクリィさん、奥地さん、響希さん、ローゼスさん、グラスクラフトさんで分担して案件の説明に当たっていますのでご心配なく」 広げた地図。描かれる赤丸。 ここを複数破壊すれば、以降この『Donnergott作戦』は食い止められる。 「皆さんに向かって頂く場所には、親衛隊のメンバーが複数名存在します。指揮を執るのは、ベンヤミン・シュトルツェ……以前もこの関連の作戦で見た顔ですね」 加えて、彼らが『バウアー』と呼ぶノーフェイスの戦力も存在する。 戦力的にはかなり多く、また危険度も高い。 「この場での親衛隊戦力の殲滅は……不可能とは言いませんが、かなり困難です。なので、今回の最優先目標は『電波塔の破壊』及び『ノーフェイスの殲滅』として下さい」 リベリスタを見据えて、ギロチンは首を振った。 「アークの兵力は無尽蔵ではない。破壊に成功しても、こちらの戦力が削れれば親衛隊としては作戦の意義があった事になります。なので、破壊や殲滅が不可能な事態になったら――迷わず撤退を」 虚ろな水色が、焦点を結ぶ。 「皆さん、無事に帰ってきてください。……お待ちしています」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月23日(火)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 暗闇だ。街の明かりは遠く、梢を揺らす風の音。 居場所を示すライトもなく、黒々聳え立つ金属のオブジェ。 否、此れは美術品ではない。思想を乱し思考を均しただ一つにする『雷神』の塔。 エリス・トワイニング(BNE002382)の手にした明かり以外、目立つものは何もない。位置を知らせる明かりの一つも塔にはなく、待ち構える男達も誰一人として明かりを持っていなかった。 だが、それも予想の内。暗闇への対抗策を備えたリベリスタは、親衛隊は、僅かの間見合って――そして行動を開始する。誰よりも速く、バウアーに進攻を阻ませる隙も与えず、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が駆け抜けた。 「はあい☆ みんなを傷付ける有害電波はないないしちゃおう☆」 現代に祟る亡霊に気軽に笑って、手を振って。視線は奥に聳える電波塔へ。こんなものは、呪いのようなものだ。妄執に囚われた亡霊のかける呪いだ。完成したって、幸せな結末なんて一つも迎えやしない。ならば壊そう。唸り。金属が加速する高い音、チェーンソーを両手に、金髪碧眼の男が地を蹴った。それは行動前のリベリスタの只中に突っ込み、『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)を切り裂いていく。転移の如く、素早い動きと刃。 「っ!」 狙いがそこであった確たる理由はないのだろう。ただ彼はとりあえず突っ込んで斬り掛かった。その後の動きを見る為に。中央に飛び込んできた敵を、好機と見て叩くか、それとも。彼の体が二度の行動で得るのは、更なる加速。チェーンソーに身を刻まれながらソラが呼んだのは、雷。荒れ狂う雷撃が、電波塔の前に立ち塞がるバウアー達を打ち据えた。 「こんな胸糞悪いアーティファクトはちゃっちゃと破壊するに限るわ」 自分を切り裂く刹那、見詰めていた男の無感動な目! 彼らの『勝利』は、『敗北』は、果たしてどこにあるのだろう。負けだ、と認めさせてやりたい。が、彼らの敗北とは何なのか。一度や二度で挫ける性質ではないのは、現在の親衛隊を見れば歴然としている。ならば、死なねば彼らは敗北を認めぬのか。答えは出ない。なら、自分のなすべき事をなすだけだ。 振り向いた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、鈍色の残像を追った。これは敵だ。自分の止めるべき敵だ。滑り込むようにしてソラの前に立ち、相手を食い止めるべく闇に溶け込むような黒い刃、黒曜を片腕で構える。男の金色の髪、青い目。舞姫と同じなのに、その生き様はどこまでも違う。 凛とした声が、暗闇に響いた。最適な動きを可能にすべく、体を書き換える。 「私は舞姫。戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫! 電波塔による害を振り撒く親衛隊、ベンヤミン・シュトルツェ曹長との一騎打ちを所望する!」 この場の最優先は、電波塔の破壊とバウアーの殲滅。言ってしまえば、親衛隊は付属する障害物だ。その上で、最も厄介だと思われるこの男――ベンヤミンによる後衛への被害を減らす為に、自らが時間を稼がねばならない。男の眉が、微かに動いた。 「素直に公園に引き篭もる訳がないとは思っていたが」 エリスの前に立ち、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が呟いた。回復手である彼女を、序盤で落とす訳にはいかない。彼女はこの場の生命線の一本。舞姫が前にて刃を翳し護るのならば、葛葉は後ろで拳を固め護るのが役目だ。 「お前たちの思惑……阻止させて貰う」 アークは一度、敗北を舐めた。苦い味。数多の戦を繰り返した公園を親衛隊に奪われた。だが、何もかも彼らの思い通りになどしてやりはしない。 親衛隊の一人――軽機関銃を構えたヴィクトールが、終の足元に向かい銃弾を撃ち込んだ。外れたと思ったそれは、瞬時気糸の罠を弾けさせる。 ぎちりと終に食い込む糸。その向こうに見える塔に『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は視線を走らせるが、それはただの金属の塔だ。本来の電波塔がそうであるように、見て分かる程に脆い場所などありはしない。宜しい。ならば攻撃を重ねて壊すまでだ。 「機会を待っていたのは、貴様らだけではないのでな」 傷を負い、同胞を喪い。守る事叶わず公園から撤退した記憶は伊吹にとってまだ新しい。復讐の大儀はこちらにある。電波塔だけではなく、バウアーだけでもなく、親衛隊も殺してやろう。 殺意を込めて、手にした乾坤圏を放った。六道の異形より得た白い腕輪は、伊吹の力を得てバウアーに神速にて飛来する。打って撃って、壊してやる。 「食らいたい奴は前に出るがいい」 闇夜に似合わぬサングラスをも越えて、暗闇を見通す目がバウアーを睥睨した。ホーリーメイガスが自らに鎧を纏わせる。 間近に飛び込んできた『お楽しみ』に僅か後ろ髪を引かれながら、『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)はチェーンソーの音を背後に置いた。ピンクの髪を揺らしながら、繰り広げるのは幻影増殖の斬撃。手にしたはっぱが、バウアーに細かい傷を付けていく。 「鬼さんこちらー」 ぴょこぴょこと小刻みに跳ねて、敵の気を引くように。自分は多く巻き込めるように、自爆は多くを巻き込むように。きゃらきゃら笑ってはっぱを振った。 マグメイガスが展開する魔法陣はその威力を高め、糸に囚われた終を覇界闘士が地面へと叩き付ける。その様子を眺めながら、『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)は魔力活性化の詠唱を。言葉はドルチェ・ファンタズマが奏でてくれる。視線は、操られるだけとなった哀れな運命の喪失者に。 「こういうの、わたこさんは嫌いだわ。とっても嫌い」 使い捨ての道具。リベリスタに対する嫌がらせ。何て姑息な手段だろう。何より、こんな命を玩具にするような真似が許される訳がない。『楽しければいい』にしたって、度合いがあるのだ。 「……ぶっ壊してあげる」 電波塔を、その目論見を、全部全部。 クロスイージスが放つのは、十字の加護、防御の光。その『聖戦』は如何なるものか。 「……確実に……壊さないと」 ぼんやりと。見上げたエリスが呟いた。闇を泳いだ手が集めるのは、周囲に存在する魔力。回復の為の力を得んと、身に纏う。彼女の受信する電波は、こんなノーフェイス化を促進するものではない。根源がはっきりした以上、逃すわけにはいかないのだ。デュランダルが、肉体の制限を外した。 視線が合わない。意思が見えない。なのにバウアーは、気持ちの悪いくらい整然としている。 握ったナイフがぐるぐを捕らえる。伊吹を押さえ込みに掛かる。彼らはぐるぐの攻撃にも惑わない。 亡霊の手駒が、リベリスタの足を止める。 ● 闇にぽつりと灯る明かり。 心寂しい光景のようで、その場に満ちているのは数多の熱気だった。 絡み付く糸を、終が振り切った。己は親衛隊を止めなければならない。一分一秒でも長く。 「鴉魔終はこの程度では止まらないよ☆」 ホーリーメイガスは奥。彼の前にはクロスイージスが立ちはだかった。ならば止めてやろう、共に立つ舞姫(とも)から貰った氷棺を構え、振りかざす。 見詰め合ったのは、ほんの数秒。再び唸ったチェーンソーは、舞姫を――ソラを巻き込んで、吹き飛ばした。受身を取りながら、舞姫は目を眇めてベンヤミンを睨む。 「臆したか、狂犬!?」 一騎打ちと言ったはずだ。他は巻き込むな。言外の抗議に、男は肩を竦めた。 「名乗りを上げての一騎打ちなんて、百年単位で前の戦争の話でしょう?」 淡々と告げる彼の表情は動かない。ベンヤミン・シュトルツェは戦闘狂。だがその前に、彼は『親衛隊』である。チェーンソーに刻まれた文字は"Meine Ehre heisst Treue(忠誠こそ我が名誉)"……忠誠であれ、忠実であれ、彼の軍隊に、親衛隊に! 塔を護れと言われたならば、それこそが絶対命令。 「今はお遊びの時間じゃないの。――貴女一人だけ相手にする訳にはいかないのよ、お嬢さん」 任務遂行を第一とせよ。我らが軍に勝利を齎せ。その為には、最も効率的な作戦を。 「く……!」 歯噛みする。速度に優れる、と称されたベンヤミンを越えて動く事が可能なのは、終とソラのみ。加速した舞姫も他の者に比べれば段違いに速いのだが、同条件の付与を相手も行えば差は埋まらない。舞姫が後手に回るのは、ほぼ確定であった。だとしても、この身を持って止めねばならない。次の一刀を研ぎ澄ましたものにすべく、舞姫は意識を集中させた。 げほり、と血を吐いたソラは、それでも前を向いて雷撃を呼ぶ。傷は深いが、エリスがいる。攻撃の手を休めずに、血を拭って詠唱を続けた。伊吹を捕らえるバウアーを薙ぎ払う。 まだ数は多かった。遠くから煌いた気糸に、葛葉がエリスを軽く押す。刺し貫いた糸は、マトモに葛葉を捉えていた。暗闇に映る姿。ヴィクトールの所持するGierigkeitが、彼の体から攻防共に力を殺いで行く。 「簡単に落とせるとは思わんで貰いたい所だな……!」 けれど葛葉は歯を食いしばり、そんな物は何でもないかのように凛と前を向いた。地を蹴るぐるぐが、その速度を上げていく。 「さあ、その身に受けてみなさいな!」 スピカが奏でる音楽という詠唱。広がる雷は狙いこそ浅いものの、広範囲を捕らえ得た。 ぱちり、ぱちりと塔にも雷が走る。まるで自ら放電しているようじゃないか。 「エリスは……癒すよ」 青の瞳が閉じられる。唇から零れる詠唱と共に齎されるのは、効果の高い癒し。ソラを癒し舞姫を癒し、伊吹に拘束から脱出する力を与えた。 親衛隊とバウアーがその攻撃を振るう中、舞姫は目の前の男から、男のものではない微かな声を聞く。 「――Jawohl.此方ベンヤミン・シュトルツェ。隻眼隻腕の戦姫含めた敵勢力と交戦中。隊員に大きな損害は未だ無し」 通信か。振り向いた目が、彼女を捉えている。 一騎打ちを拒絶しても、彼は舞姫を侮っているという訳ではないのだろう。 「――了解。作戦を続行する」 青い目は、何処までも冷徹にリベリスタを見据えていた。 ● 吹き荒れるのは、時を刻む氷の斬撃と肉を切り裂くチェーンソー。 数の少なくなったバウアーを間に挟み、親衛隊とリベリスタは攻防を繰り広げていた。 リベリスタ側に突出するのはベンヤミン。バウアーよりも前に出て、雷走る刃を振るう。 親衛隊側に突出するのは終。援護の手を少しでも止める為、氷を纏う刃を振るう。 舞姫は後衛への攻撃を食い止めてはいたが、他の前衛に向く刃までは防ぎようがない。 キィン、と金属音が近くで鳴る。ぐるぐが振り返るより速く、肩に足に刃が減り込んだ。 肉の切れる音に意識が遠くなりかけて、それでも運命を燃やして一度地面で跳ねて振り返る。 「死ぬかと思った!」 「死んでいいのよ」 それは冗句か本気か、無表情の奥には見えなくて。ぐるぐはしなないよ、と心の中で舌を出す。 横から突き出された舞姫の刃が、ベンヤミンの肩を捕らえて暗闇に眩い飛沫を散らした。 その光に一度眩んだように見えたが、即座に唱えられたブレイクイービルにベンヤミンの刃が唸り直す。彼らは軍隊だ。統率された一つの生き物。一つの意思に沿い、己の力を最大効率で回す。 だが、それも急ごしらえの駒となれば錬度が足りない。 「俺を止める気ならば、殺す気で来い」 幾度目かの押さえ込みを振り払い、伊吹の腕輪が最後のバウアーの頭を砕いた。ぎいん、と塔に弾かれる硬い音もする。後は、あれだ。あの塔だ。既に傷だらけで、血に塗れているが――退いてやるものか。止められるなら、殺ってみろ。 さあ、ここからは大物狙いだ。 腕に血を伝わらせ、滴らせたスピカが楽器を持ち直す。 「駆けよ光、希望への調べ、マジックブラスト!」 覚えたての曲。調べは力となって親衛隊ごと塔を貫き揺らした。 「きゃっ、すごーい!」 戦闘中ではあるが、その強力さにスピカはオニキスの目を輝かせる。強くなる事は、悪い事ではない。自信を得た彼女は、にっこり笑う。 「じゃあ……ヤっちゃう?」 ふわり、と、髪が魔力に呼応し舞い上がった。 「ん……大丈夫……任せて」 エリスの癒しは、変わらず辺りに満ちて行く。 まだ行ける。まだ、誰も倒れてはいない。 けれど、ここからが更なる熾烈を極める事は明らかでもあった。 位置的に親衛隊の攻撃を最も受ける事となっていた終が、近くなった仲間の姿に笑う。 「ねえ、亡霊さん。立派なお墓をたてて供養するから早く成仏してくれない?」 血に濡れた眼帯が僅かにずれて、直し――その勢いのまま、クロスイージスの横を駆け抜け、ホーリーメイガスとマグメイガスへと向けて刃を放つ、時を刻む。 どろりとした血と肉に塗れて、チェーンソーは止まらない。 「もう一本。貰っていいかしら」 白い顔を自らとリベリスタの血で汚しながら、ベンヤミンは舞姫に囁いた。打ち合わせたチェーンソーの一対。もう片方が、下部から舞姫の腕の付け根へ減り込んだ。意識が飛ぶ、けれど倒れる訳にはいかない。無理やりに振り払って蹴り飛ばして、消えかけた意識を運命で繋ぐ。 「こんな玩具で終わりじゃないんでしょ?」 ソラの指先が、電波塔へ向いた。子供の様な細い指が、けれど妖しく蠢いて塔を構成する神秘の力を剥いで行く。エリスの援護に回り続けていた葛葉が、この期を待っていたと飛び出した。 「この一撃、一撃に我が修練の全てを込める!」 拳を使えど、彼はソードミラージュ。一直線に距離を埋め、繰り出すのは速度を乗せた重い一撃。ずん、と塔に響く手応えがあった。護るか、押し切るか。既にエリスの援護の時に運命は燃やしていたけれど、足も腕も頭も全て動く。攻撃は可能だ。ならばこの魂が燃える限り――全ての障害は打ち砕いてみせよう! 気付けば戦場は、塔の周辺へとその円周を縮めていた。 終が親衛隊の足を止め、ソラが、葛葉が、伊吹が、スピカが塔へと連続で攻撃を叩き込む。 一番の『お楽しみ』であるベンヤミンの前に舞姫と交代で現れたぐるぐは、その目の前を飛び跳ねた。 「なんとかシュトルムってやつはチェンソーじゃないと無理なのか? 見せて見せて!」 至近距離で。その顔と顔とがくっ付きそうな位置ではしゃぐぐるぐにベンヤミンは一度眉を寄せ、けれど望み通りにチェーンソーの刃を振り払う。ばちり。走る雷。ああ、はっぱじゃできないならば、あの腕ごと奪えばいいじゃないか! ぞぶ。そう思い再び距離を埋めようとしたぐるぐの腹に、無数の刃が沈んで抉る。大きく後方に引かれた腕は、ベンヤミンの胸元やや上にその切っ先を向ける様に位置を調整されていた。内臓がぶちゅぶちゅ引き千切れる音。骨がぺきりと軽く砕けて割れる音。ぎゃぎりりりぎゅりりじぶぐちゅ。何処までが現実だったのか、侵された現実だったのか。 こぱりと吐いた血が男の白い顔を汚すよりも早く、頭突きと共にチェーンソーが振り抜かれ小さな体を地面に叩き付ける。 だが、その体が地を跳ねたのと同じくして鈍い音が響いた。それは今までとは違う。残響が変に連鎖して、小さな振動を伝えてくる。 「――倒れるぞ!」 一撃を放った葛葉が、叫んだ。ずるずると、金属の塔が傾いで地上へと近付いてくる。 リベリスタも親衛隊もなく、一斉にその中央を空けた。重い音。倒れる音。 「……退却だ」 倒れたぐるぐへと目をやって、伊吹が呟いた。これ以上、恐らくは親衛隊を撤退へと追い込むまでの余力はないだろう。そして親衛隊は――。 倒れた柱の一本の奥に、伊吹は目をやった。奥で男が……笑っている。 「あら。……帰るの?」 「――皆、退いてください!」 殿を務めようとしていた伊吹と舞姫が、他の仲間を先に行かすべく前に立つ。 だが、ベンヤミンは地面を蹴り――二人に向けてチェーンソーを振り回す。 ぞぶぶぶじゅぐぶじゅぶぐ。回転する刃、小さな刃の列が舞姫の腹に刺さって内臓を掻き乱す音。激痛に耐えかねて、体がびくんと仰け反った。伊吹は肩を、腕の付け根を刃に抉られる。ぶちじゅじゅじゅじゅじゅずちゅ。スーツが裂けた。皮膚が刃に引き千切られた。筋肉がぶちぶち切れていく。骨に食い込んだ刃が硬い音を立てた。半ば引き千切れた腕で、それでも意識を失った舞姫の腰を掴んで引き寄せ、走る。ぬるりと、手が切り裂かれた腹に埋まった。生暖かかった。 逃げろ。逃げろ。何処まで親衛隊が追いかけて来るかは分からない。けれどこれ以上の交戦によるダメージは、向こうとしても避けたいはずだ。そのはずだ。だからどうか、追い掛けてくるな。 チェーンソーの唸りが追ってくる。走って、走って、走って走って――。 仲間の待機する移動用車両に着くまで、チェーンソーの残滓は耳に残って止まなかった。 でも、血に塗れて、濡れて――それでも彼らは、帰ってきた。 遠くに覗いていた電波塔の先は、もう見えない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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