● 山本美登里(やまもと・みどり)、9歳には最近密かな楽しみがあった。 近くの公園に飾られた朝顔の鉢を観に行くことだ。 最初は腰を痛めた近所のおばあさんから頼まれて、早朝に様子を見に行ったのが始まりだった。しかし、日に日に姿を変える朝顔の姿に対して、いつの間にか楽しさを覚えていったのだ。 「今日はお花、開いているかなー♪」 昨日辺りから、そろそろ花が開きそうな気配を見せていた。 だから、今日はほんのちょっぴり早く家を出た。 そして、公園に入った時だった。 しゅるしゅるしゅる 足元の草の中で怪しげな影が動いた。 しかし、朝顔のことで頭がいっぱいな美登里は気にも留めない。そして、それが彼女の運命を分けた。 「咲いてると良いな……キャッ、何これ!?」 足が何かに取られて、美登里はしたたかに大地に打ち付けられる。 そして、彼女は目にする。 自分の脚を絡め取った、巨大な植物の蔦を。 そして、巨大に咲き誇る朝顔の花を。 「キャァァァァァァァァァッ!」 上げた悲鳴が美登里の断末魔となった。 伸びる蔦が彼女の首を締め上げる。 そして、さらに尋常ならざる成長速度で蔦は伸びて、少女の胴体は引き千切られてしまうのだった。 ● 全力で「夏」を主張する暑さをした7月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、E・ビーストの討伐だ」 守生が端末を操作すると、巨大な朝顔が画面に姿を見せた。比較映像を見るに全長は3m程、典型的な強制進化の形象だ。 「現れたのはフェイズ2、戦士級のE・ビースト。見ての通り、朝顔がエリューション化したものだ。こいつが早朝の公園で小さな女の子を殺害することが予知された」 植物系のエリューションらしく、高いタフネスを持っている。また、擬態能力も高いらしく、迂闊に逃がすと追跡は困難と思われる。 早朝、日の入りの時間帯に現場の公園に動き出すということだ。 「被害者の女の子は、幸い来るのは6時過ぎだから1時間程の余裕もある。それに、公園も林が多い場所なので人目もそれほど気にせずに済む。ま、人払いの工夫もしとくに越したことはないけどな」 地図の画像を出しながら説明する守生。エリューションは林の中に潜んでいる様子なので、不意打ちに対する警戒は必須だ。 「それと、依頼とはあんまり関係ないが、水分はちゃんと取っておけよ。リベリスタが熱中症でダウンなんて、シャレにならないからな」 リベリスタだって生物であることには違いない。こまめな水分補給は超大事。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月27日(土)23:15 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● まだ薄暗い林の中で、くるりくるりと蔓は伸びていた。 植物学者が見たら仰天していたろう。蔓の姿からも、動きからも、それはアサガオのものにしか思えないからだ。 しかし、 サイズがあり得ない。 速度があり得ない。 しゅるしゅると音を立てて、その異常――巨大アサガオは文字通り林の中に触手を伸ばす。 大人の腕程はあろうかという蔓は、喰らうべき哀れな犠牲者を求めて、林の中を駆け抜ける。 そして、見つけた。数は8。 目も無く耳も無いそれは、そんな姿でありながら、的確に獲物の存在を捉える。 これも上位世界から与えられた強制進化による祝福、あるいは呪いの産物。 しかして、当のアサガオにしてみれば考えても詮無い話だ。水を得るために根を張るように、陽光を得るために葉を広げるように、獲物に向かって蔓を伸ばす。 ただ1つ、上位世界の与えた力に不十分があったとすれば、それは……。 ガキン! 突如として空間に道を阻む結界が構築され、アサガオの行く手を阻む。 蔓が戸惑うかのようにうねる姿を前に、にやりと笑って、『赤錆烏』岩境・小烏(BNE002782)は印を結んだ。 「お化け朝顔とはまた、子ども達に受けの良さそうなネタだぁね」 そう、それはあまりに明白なことだ。 上位世界の与えた力に不十分があったとすれば、それは「リベリスタは獲物ではない」、そんな当たり前の事実をアサガオの脳裏に刻まなかったことだ。 ● 「できるだけ被害は出ないようにしたいですねえ」 『スウィートデス』鳳・黎子(BNE003921)はやんわりと言うと、スッと瞼を一撫でする。 すると、「魔法使い」の瞳に神秘の力が宿り、千里の先を見通す視力を得る。 此度現れたエリューションは植物を元とするものだ。なるほど、そういうことであれば、「木の葉を隠すなら森に隠せ」の例え通り、そう生半なことでその擬態を見破ることは出来まい。木の葉でなく、アサガオである訳だが、結果は同じこと。 しかし、それは凡百の相手、一般人であれば成立する話だ。「どんな苦境も解決してしまう瀟洒で華麗な魔法使い」にとっては、どうということでもない。 「アサガオ……確か、朝に咲いているという花でしたか」 『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)は木々に語りかけるようにしている。世界樹エクスィスの加護の元に生まれた彼女にとって、植物は常に親しい隣人のような存在だ。 その隣人が、何者かに恐怖しているのを彼女は確かに感じた。 ファウナは整った眉をそっと顰める。 「アサガオは……擬態しているのでしたか? 木々に巻きつくように、という話でしたが……」 「そういうこったな。あぁ、間違い無ぇ。たしかに、『おかしなもの』が通りかかった気配は残っていやがるぜ」 数珠を手にして念を凝らしていた『てるてる坊主』焦燥院・”Buddha”・フツ(BNE001054)が答える。ファウナも感じていた通りに、木々は『異物』の存在を確かに認識していた。そして、フツはその『異物』が自身の結界の中に存在することを確信する。 その時、林の中がざわめいた。 風が吹いた、というだけではない。 林の中に紛れ込んだ『異物』が獲物を狙ってやって来たのだ。 その気配が、林を揺らし、世界を揺るがす。 しかし、そんな気配にこそ、リベリスタ達は敏感であった。 「お化け朝顔とはまた、子ども達に受けの良さそうなネタだぁね」 すぐさま、小烏が飛び出し守護の結界を展開させると、ファウナが仲間達に翼の加護を与える。そして、戸惑うエリューションに向かって、『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)が牽制の蹴りを放つ。草が風に舞った。 「浅かったようですね」 表情を変えずに、テュルクは淡々と呟く。 しかし、エリューションにとって、「予期しない獲物の抵抗」は十二分に警戒態勢を取るに値するものだった。 林の中からにゅうっと緑色の塊が突き出てくる。それは次第に大きく広がり、その色を変えていく。 そして、エリューションはリベリスタ達の前に、自身の本体とも言える花弁を露わにするのだった。 「これは中々に大したもんじゃのう」 「立ち入り禁止」と書かれた看板に小さな体を預けながら、エリューションの開花を眺めていた『陰陽狂』宵咲・瑠琵(BNE000129)は小さくあくびをする。その口調からは、一切の危機感というものを感じさせない。闇の貴族とすら呼ばれる彼女にしてみれば、これは少々物珍しい相手に過ぎない。季節の風物詩のようなものだ。やや大味であるが。 「夏の風物詩も、こうなってしまっては台無しですね。軽く草むしりといきましょう」 「あぁ、こんな傍迷惑な代物、とっとと片付けようぜ」 周りからわらわらと現れる小型のエリューションを前に、ゆるりと構えを取る。それは不思議と大仰に咲き誇るアサガオ以上の「華」と艶やかさを感じさせた。 対照的に、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は豪放そのもの。軽く首を回して骨を鳴らすと、愛用の剣を構える。 その瞳に虎が宿る。 目の前の獲物を駆逐せんと、獣の因子が叫ぶのだ。 「さて、と。では、剪定作業でも始めるとしようかぇ?」 そして、瑠琵は手に握る術具の引き金を、いや戦いの引き金を引くのだった。 ● 持って生まれた本能か、はたまた異界の力が授けた智慧か。 エリューションは自らの身体を周囲の林に溶け込ませ、巧みにリベリスタ達の隙を狙い、蔓を操ろうとする。実際、林の中は彼のテリトリー。この戦場こそが、エリューションの武器なのだ。 しかし、リベリスタ達にとってみればそのようなことは先刻承知。 翼の加護を受け、エリューションの動きを見定めながら、的確に眷属を狙っていく。 「草木が邪魔なら、多少刈ってしまってもよいですよね」 テュルクがスッと舞踊刀を閃かせると、眷属の姿を隠していた草が風に舞い散る。そして、眷属が反応するよりも速く、拳を叩き込み、その身を氷に包む。 「景観を損なわない程度なら良いでしょう。もっとも、本当に景観を損ねているのはこいつらですが」 氷に包まれた眷属の姿は、テュルクの言葉とは裏腹に「涼を感じさせる」という点で、夏らしい姿に変わる。 しかし、それでも眷属の数は決して少なくない。わらわらと姿を見せてきた。 そこで、エリューションに引き連れられた眷属が全て姿を見せると、フツは緋色の魔槍を強く握りしめる。目の前の悲劇を防ぐためにも、来たるべき「あの男」との対決のためにも、この破界器の力を使いこなさなくてはいけない。強い決意と共に、エリューション達に向かって槍を振り上げる。 「いくぜ深緋。草刈りの時間だ!」 どこかで少女の泣き声を聞いた気がした。しかし、その声を聞き届けながら、さりとて引きずられることも無く。念を込めてフツは呪法を完成させる。 すると、魔力の雨が戦場を覆い尽くしていった。それは少女の流した涙雨か。 その呪力が眷属たちから生命力を奪っていく。 勢いを弱める眷属の姿を見て、ファウナの表情にわずかな躊躇が浮かぶ。彼女もボトム・チャンネルに降り立って、幾たびの戦いを経たフュリエだ。エリューションとの戦いに躊躇は無い。しかし、ラ・ル・カーナの森の中を流れる優しい風を愛した彼女にとって、如何なる形であろうと植物と戦わなくてはいけないということが、心をわずかに苦しめる。 (……巨大化に……移動も出来る様になったとは。エリューション化が与える変化というのは、すごいですね……) そして、その不要な争いをもたらしたエリューション化という概念に怒りと、そしてほんのわずかの驚嘆を覚える。 しかし、いや、だからこそここでは戦わなくてはいけないのだ。 横にいる黎子と目を合わせ、互いに頷き合う。 「……ごめんなさい。貴方達を、討ちます」 決意を固めたファウナの声に、フィアキィは氷精に姿を変えて眷属の周囲を飛び回る。 すると、魔力の雨に濡らされていたエリューション達は、みるみる氷漬けにされていく。しかし、リベリスタ達が眷属へと与える攻勢は、これに留まらない。 「花は好きなのですけどねえ。その慎ましさが」 魔力の雨が止んだ。 黎子が双頭鎌を手に、フッと笑う。 すると、空に浮かび上がるのは、赤い月。 夜明けも近い時間に見えるとは何事か。ましてや、この国でここまで大きく見えることなどあり得ない。 否。 これは『魔法使い』鳳黎子の語る、不吉な月の物語(バッドムーンフォークロア)。敵対するものに不吉を届ける「魔法」だ。 「人に危害を与えるような花は剪定です。まずは露払いをしましょう、珍しく魔法らしい魔法でね」 紅い光がエリューション達を撃つ。その不吉な輝きは、エリューションに与えられた呪いを増幅し、さらなる痛打を与える。それなりに生命力の旺盛な眷属どもであったが、さすがにこれは溜まらず、みるみる数を減じて行く。 「ハッ、こいつは助かるぜ。何せ、敵の数だけは多いわ、巨大なやつを押し留めるには人の数が必要だわ、こちらに不利だからな」 ディートリッヒは豪快に笑い飛ばすと、大本のエリューションに向かって距離を詰める。小物をちまちま潰すような戦い方は、本来彼の気性に合った戦い方ではないのだ。全身の力を解放し、エリューションに殴りかかる。 もっとも、眷属が数を減じたとは言え、全てが死に絶えた訳ではない。また、巨大アサガオにしてみれば、まだまだ序の口。鎌首を擡げるように花を持ち上げると、リベリスタ達に向かって蔓を差し向ける。それはリベリスタ達の身を拘束し、今なおリベリスタの身体から養分を得ようと暴れ回る。眷属もリベリスタ達を地面へと引きずりおろすべく種を吐き出す。 リベリスタの剣とエリューションの蔓がぶつかり合う戦いの中で、小烏がのんびりとした声を上げる。 「朝っぱらの仕事だが、しゃきっと頼むよ。真昼に働くより余程いいしな」 のん気な声と共に発されるのは、邪気を滅ぼす破邪の光。その清冽な光が蔓の動きを弱めて、リベリスタ達を束縛から解放する。 「む、わらわは逆じゃな。早起きとか面倒じゃし、昼までダラダラ過ごしたいしのぅ」 小烏の声ものん気なら、瑠琵の声も戦いの最中とは思えない気楽なもの。むしろ、アサガオ観察等を始めた所で、3日目の朝を迎える前に飽きる自信のある彼女にとって、この早朝の戦いに参加していることなど奇跡に等しい。 「そう言いなさるな。十を数えない女の子だって、早起きしているんだから」 「毎日早起きして朝顔の観察とは今時珍しい子じゃのぅ。まぁ、世の中何が切っ掛けで趣味に目覚めるか判らぬものじゃ」 エリューション――巨大アサガオにとって、少なからぬ不幸だったのは、その『奇跡』が起きたことだったのかも知れない。善も悪も笑い飛ばし、永い時を生きる幼女にして妖女たる、宵咲瑠琵がここにいるのだ。しかも、 「これからも安全に観察を続けられるようにしてやらねばのぅ」 小さな女の子の命を守るという、真っ当な理由で。 夜の貴族たる瑠琵にとって、敵の命を吸い取るのに直接刃を突き立てるような無粋な真似は必要無い。影人を自分の前に立たせたまますっと指を差し伸べると、彼女の身体へエリューションの精神力が吸い取られていく。 「しかも近所の婆様の代わりにとは孝行な事。なれば邪魔する奴はご退場願わんとな」 「あぁ、こいつは子供の楽しみを奪うエリューション、だな。ここで打ち倒し、守らなければならないな」 小烏の言葉に頷いた『侠気の盾』祭・義弘(BNE000763)は、後衛ににじり寄って来た最後の眷属を叩き潰す。 そして、全ての眷属が動きを止めたのを見て、エリューションはその大きな花を縮めて逃亡を図る。テュルクも既に包囲のために動きだし、確実に当てるべく隙を伺っている。それでも、林の中であれば、身の隠しようなどいくらでもあるのだ。エリューションは自分の特性を理解していたし、その判断は正しいものだった。しかし、あえて言うのなら逃げる方向を間違えた。 「悪いなぁ。生憎とこっちは通行止めでね」 いつの間にか先回りしていたフツが魔槍深緋を大地に突き立てエリューションの移動を封じる。 敵の動きを読んでいたから……ではない。この先にはこれから女の子が見に来るアサガオの鉢が置いてあるのだ。もちろん、それが破壊された所でエリューション討伐の障害になる訳ではない。ましてや、アークは大を活かすために小を殺す組織。 それでも、守れるものがあるなら、手が届くのならば守り抜くのがリベリスタというものだ。焦燥院フツと言う男だ。子供の想いを守れずして、何のためのリベリスタか。 捨て鉢になったエリューションは巨大な種子を弾丸として放つ。眷属が用いるような豆鉄砲ではない。己の生命力を込めた、一撃必殺の威力を持つものだ。しかし、それでは足りない。リベリスタ達を全て倒すには至らない。 「そろそろ本気を出しましょうかねえ」 「あぁ、終わらせるぜ」 黎子の周囲に「不条理のルーレット」が現れ、魔力のダイスが躍る。 神話の名剣の名を冠した剣に破壊の力と闘気を溜めて、ディートリッヒは高い跳躍から振り下ろす。 そして、破滅の力は炸裂し、魔力が盛大な爆発を引き起こした。 エリューションが吹き飛んだ戦場を背に、ディートリッヒは愛剣を肩に置き、軽く笑った。 「アサガオのエリューション化なんて、子供の観察日記にもならないぜ」 ● リベリスタの目の前で、アサガオはゆっくりとその花びらを開いていく。 この時期、この瞬間にのみ存在する、とてもとても貴重な瞬間だ。 黎子は顔に満足げな笑みを浮かべた。 先ほどのエリューションが見せた不格好なデフォルメとも違う、小さな命が見せる小さな輝きだ。そして、その一方でエリューション自体もファウナの手によって葬られ、正しく生と死のサイクルの中へと還って行った。 「いやァ、いいもの見たな。オレも久しぶりに育ててみるかね、朝顔」 「開花を直接見るのは初めてじゃったのう。これで美登里も大丈夫じゃろう」 フツがカラカラ笑う横で、珍しく瑠琵も早朝に起きたにも関わらず機嫌が良い。それだけの価値はあった、ということなのだろう。 「時期柄のものということで、ラジオ体操でもいきますか?」 テュルクが唐突な提案をする。あまり表情を動かさないタイプなので本気の程をくみ取るのは難しいが、恐らくは彼なりに本気なのだろう。 それを聞いて、小烏はポンと手を打つ。 「悪かぁねぇ。片づけも済んで、花も無事だね? では、今日も平和に一日が始まるよう!」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|