●最後の記憶 ねぇ、笑って。 大好きだから。大切だから。 その笑顔を、覚えていたい。 だから、僕はシャッターを押す。 大切な想い出が、色褪せないように。 「真奈。お兄ちゃんが写真撮ってやるよ」 いつまでたっても泣き止まない妹を見かねた僕は、繋いでいた手を離して、妹の前にしゃがみ込んだ。 真奈は、泣きはらした大きな瞳で、不思議そうに僕を見る。 「……しゃしん?」 「うん。ほら、だからもう泣き止めって」 頬に残る大粒の雫を、指先で拭う。くすぐったそうに瞳を細めた真奈の唇には、ほんの少しだけれど笑みが戻った。 「……うんっ」 大きく頷いた妹に、僕も精一杯の笑顔を返す。 たくさんの想い出が詰まったこのカメラ。 パパが映ったものは、まだ、見るのは辛いけれど。 大切な想い出だから、いつかは笑って見られるように。 「よし、じゃあ撮るぞー。笑って──」 ●刻のエテルナ 「アーティファクトの回収、もしくは破壊をお願いします」 薄暗いブリーフィングルームのモニターが切り替わった。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、視界の端でそれを確認すると、視線をリベリスタたちへと戻す。 「物は『デジタル一眼レフカメラ』。能力は『刻のエテルナ』……被写体に永遠を与える、というものです」 そう言うと、和泉は顔を上げた。向けられたいくつかの瞳に浮かぶ疑問の色に気づくと、言葉を添える。 「失礼しました。具体的に言えば、『被写体の生気を吸い、命を奪う』能力です」 ファインダーを向けられ、シャッターを押された瞬間、画面の中央にいた被写体の生気が僅かに吸い取られる。 ほんの少しだけ。 外見上は、いくら生気を奪われても普段と変わりない。 けれどそれが積み重なり、最後の一欠片の生気が奪われたとき、肉体は突如心肺停止──つまりは事実上、死亡する。 そうして、ただ残るのは鮮やかな笑顔の写真だけとなるのだ。 色褪せることのない、記憶だけに。 「今の所持者は、沢田悠太。小学校六年生の男の子です。そして……以前の所持者は、沢田祐介。彼の父親でした」 その言葉の意味するものは、明白。 故に、誰も問いはしない。和泉は硝子の奥の瞳を僅かに眇めた。 「……昨夜、悠太くんは祐介さんに、カメラを貸して欲しいとねだりました。 父親が大切にしているカメラが、たくさんの笑顔を納めていることを知っていた彼は、同じように、自分も家族を撮影してみたかったのだと思います」 けれど、それがアーティファクトだとは、そも、アーティファクトの存在すら、彼等は知らない。 笑顔を向ける父親を、ファインダーに納める。響くシャッター音。──そうして、父親は死んだ。 「今から直ぐに向かうと……ちょうど、祐介さんのお通夜を執り行っている頃でしょうか」 場所は郊外のとある寺。 多くの弔問客が出入りしているため、通夜らしい服装をしていれば容易に紛れ込めるだろう。 通夜が終われば人は捌け、寺に残るのは母親と子供たち、そして棺桶の中の父親だけとなる。母親は明日の準備のために、子供たちを寺に──父親のいる広間に残してたびたび外へと出るため、隙を見計らえば寺の内部への侵入も可能だ。 「潜入、接触の方法やタイミングはお任せしますが……ただ、あまり時間がありません。 お通夜が終わって、母親の美佳さんが外へ行った間に……悠太くんが、妹の真奈ちゃんの写真を撮ろうとしてしまうんです」 そうして、それが小さな妹の命の、最後の一欠片を奪ってしまう。 父親だけでなく、妹までも──彼の手で。 「未然に防ぐことができればベストです。が、万が一間に合わなかった場合でも……ひとつだけ、助ける方法があります」 続きを促すリベリスタの瞳を見据え、頷く。 「削除して下さい。……カメラに納められている、データを」 電子の記憶は、ただ生気を奪うのみ。 蓄積された生気は消費されることなく、カメラの内に残り続ける。 故に、データを削除すれば生気は解放され、本来在るべき場所へと戻っていく。 「ただ、それができるのも僅かな時間だけです」 生気の尽きた肉体には、仮初の死が訪れる。 そうなってしまえば、徐々に生気との結びつきは薄れ、データを削除したとしても、生気は肉体に戻ることなく消滅する。 猶予は、24時間。 仮初の死を迎えてから1日を迎えた瞬間、生気と肉体の結びつきは完全に断たれてしまう。 そこまで聞き終えた1人の視線に気づき、和泉は深く頷いた。 「ええ、削除する時間によっては、祐介さんも救うことができるかもしれません」 祐介が最後に撮影されたのは、昨日の夜22時。 つまり、今日の22時までに祐介の写真データを削除すれば──。 「家族の想い出が詰まったカメラですから、悠太くんもそう簡単には手放しはしないでしょう。……でも」 もう、これ以上、笑顔が奪われぬように。 お願いします、と。 口を閉ざし、和泉は静かに瞼を伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西宮チヒロ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月25日(月)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 空を覆う雲はどれも、朽ちて錆び果てた刃の色をしていた。水気と熱を孕んだ空気が肌にまとわりつき、見上げた先にある小さな寺を、一層陰鬱としたものに見せる。 住宅街の外れにあるその寺は、周囲の雑木林にひっそりと溶け込んでいた。『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)がひとたび中へと入れば、重苦しい空気が一層増した。いつ何度味わっても、慣れぬ場だ。 『エースランナー』音無 光騎(BNE002637)に続き、『雪風と共に翔る花』ルア・ホワイト(BNE001372)は、丁寧な字で偽りの名を記帳した。奥へと案内された先には、仲間のひとりである雪白 万葉(BNE000195)の姿があった。会社絡みで世話になったという口実で雑事を買って出るという策は、どうやら上手くいったらしい。 その背中から、『ぱりんと割れる程度の代物です』姫宮・心(BNE002595)が顔を出した。年頃の子供であればそうするように、心は行き交う大人達を見つめながら不安げな色を瞳に浮かべると、年の離れた妹然と、縋るように万葉を見上げる。 「本当、悪いわね。色々頼んでしまって。妹さんもいらっしゃるのに」 悠太と真奈を連れた美佳の声に、万葉は硝子の奥の瞳を緩めた。心の頭に静かに手を乗せ、小さく会釈する。 「いえ、雑事は回りに任せて祐介さんの傍に居てあげてください」 笑みを浮かべる青年に、美佳はまだ僅かに気後れした様子を見せながらも深々と頭を下げた。その母親の姿を仰ぎ、そうして悠太は心へと視線を移す。 睨めつけるような視線。 それに気づくも、知らぬふりを装い心があどけない笑顔を浮かべれば、少年は妹の掌を強く握りしめ、視線を逸らした。礼を言い、忙しなく会場へと戻る美佳に連れられた後ろ姿は、すぐに人混みに紛れて掻き消えていく。 ふと、硝子窓を叩く微かな音に外を見る。 雨が、降り始めていた。 ● 僧侶の読経が響く中、黒服の人間たちが忙しなく、けれど粛々と線香を灯してゆく。 親族へ頭を垂れるときも、冥福を祈るときも、人々は瞳を伏せたままだった。悲しみに触れぬよう、声さえも零す者はいない。 母が堪えきれず嗚咽を漏らす隣で、悠太はその大きな眼を見開いていた。眼を見開き、唇をきつく閉じ、小さな拳は膝の上に置いていた。それが、まだ幼い少年の精一杯の虚勢であることは、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)にも見て取れた。 気づけば人は疎らになっていた。見通しが良くなった視界の先で、ひたすらに正面を睨み付けている少年が想像よりも幼く見えて、『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)は僅かに憂いを浮かべる。 「まだ死ぬには早すぎんだよなぁ」 焼香をしながら俊介が零した声に、悠太が顔を上げた。位牌を見つめる眼差しは哀傷に溢れ、少年はその姿を見つめ続ける。 進行役に促され、『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)が席を立った。『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)と小鳥遊・茉莉(BNE002647)の傍らの通路を過ぎ、前へと出る。右手にいる親族へと頭を下げ、そうして再び上げた双眸を、悠太へと向けた。 ──ねぇねぇ。そのカメラ。さっきから出して、出してって聞こえるよ。 直接脳裏に響く声に、悠太が弾けるように顔を上げれば、焼香を済ませたぐるぐと視線が合う。 ──君の勇気が、誰かを救える気がするよ。 声の主は、確かにその少女だった。けれど、少女はそれ以上語ることはなく、踵を返し、雨の中へと消えてゆく。 悠太はただ、開け広げられたドアの向こうを見つめていた。 夜の色を落とす、雨の中を。 ● 人影が絶えた。廊下に据え置かれた古びた振り子時計が、20時を告げる。それが通夜の仕舞いだと気づき、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)は美佳へと声をかけた。 「なにかお手伝いできることがありましたら、言いつけてくださいですね」 「ありがとう。じゃあ、片付けを手伝ってくれると助かるわ」 ななせの父が故人の友人だったと告げただけで、美佳はあっさりとそれを受け入れた。いや、受け入れるしかなかったのだろう。それだけ、彼女の顔には疲労が色濃く浮かんでいた。 広間に戻ったななせに、『イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)が残りの作業を伝える。男の子は力があって助かるわ、と僅かながら笑みを浮かべる美佳へと、受付の片付けを済ませた万葉が声をかけた。 「明日の告別式の準備はお済みですか?」 「それは大丈夫なんだけれど……今日、お寺で1泊するための準備を何もしていなくて……」 言葉の最後が濁る。それが子供たちのことを懸念してのことだと気づき、万葉は穏やかな声で返した。 「私も居ますから、どうぞ用事を済ませてきてください。一度に済ませて来られた方が、後は落ち着いてお送りできますから」 「助かるわ。じゃあ、お言葉に甘えて」 疲労を浮かべながらもなお笑顔を作ると、美佳は出入口へと向かった。雨足を確認し、傘を差して外へと出て行く。 紺藍の傘の、その緩く描かれたカーブの上で弾ける雫は、すぐさま見えなくなっていった。 ● 再び訪れた静寂の中、屋根瓦を打つ雨音が僅かに疎らになっていることに、ようやく気づく。雨足も弱い。きっと、帰る頃には雨も止んでいるだろう。 彼等の悲しみも止むだろうか。 そう思い、そしてレンは頭を振った。止むかどうかではない、止ませなければならぬのだと。そのために、彼等はここにいるのだから。 悠太たちのいるであろう部屋の扉に耳を欹てれば、微かに子供の声が聞こえた。レンは静かに引き戸を開け、中を窺う。途端、明瞭になった声が耳元に届く。 「真奈。お兄ちゃんが写真撮ってやるよ」 「……しゃしん?」 「うん。ほら、だからもう泣き止めって」 暗がりに、何かが一閃した。 それが今回の目的のアーティファクト──『刻のエテルナ』のレンズ光だと気づいた瞬間、俊介は扉を開け放った。 「おっと、息子さん?」 「! ……お前、さっきパパの葬式に……」 窺うように顔を見つめながら、それでも悠太は妹の手を引き、己の背中へと真奈を隠した。 明らかな警戒。けれど、ひとまずは間に合った。そう心で安堵しながら、表では努めて冷静を振る舞う。 「あれ? 覚えててくれたのか? そう、俺、祐介さんの友達なんだ」 「パパの……友達?」 「そう。だからさ──俺と、友達にならん?」 「……僕と?」 「ああ、お父さんの思い出、聞かせて欲しい」 俊介の言葉に、悠太はしばらく黙り込んだ。けれどそれは拒絶ではない。何から話そうか、そう思案しているようであった。 通夜での俊介の言葉と悲しみ。例えそれが偽りのものであっても、同じ悲しみを負った者として、少年の心には確かな親近感が生まれていた。徐々に解けてゆく警戒心を感じ、俊介はそっと傍らに腰を下ろした。仰ぎ見る視線に気づくと、悠太は僅かに眉ねを緩め、真奈の手を繋いだまま、板の間へと座る。 旅行に行ったこと、動物園に行ったこと。 最初は断片的に、次第に細やかに語られる思い出はどれも、拙くも歓びで溢れていた。会話が弾みだした頃合いを見計らって、光とレン、そしてななせも広間へと入る。 「俺はレンだよ。お父さんのカメラ友達ってところかな。君の事も真奈ちゃんの事も、お父さんから写真を見せてもらった事があるんだよ」 写真。 その単語に、悠太の顔が微かに曇った。光はそれを見て取ると、注意深く様子を窺う。 今回の目的は、アーティファクトであるカメラの回収か破壊。そして、父親が映ったデータの削除。 けれど、彼等は誰ひとりとて、無理強いしたいとは思っていなかった。出来うるなら、悠太自身の意志でデータを削除し、こちらに託して欲しい。そのためには、機嫌を損ねさせたり塞ぎ込ませたりしてはならない。光は最もそれに配慮していた。 レンも雰囲気を推し量り、それ以上写真の話には触れないようにしていた。光もそれに気づき、様子を見守る。 「こんばんはなのデス!」 「……! お前、さっきの……」 悠太は驚きを露わにした。朗らかに会場へと入ってくる心に続き、見知らぬ少女たちも姿を現したからだ。 いきなり幼子2人を取り囲めば、警戒もされよう。ならば先陣が悠太と打ち解けたところで、後陣が話に加わる。それが相談の末の作戦ではあったが、取り囲まずとも見知らぬ者たちが押しかければ、相手の不安を煽ることは避けられぬことであった。 いささか強引だったか。 そう光があたりを窺うも、父親の知り合いだという言葉に、僅かだが警戒心が緩んだようだった。けれど、まだ真奈の手は握ったまま。悠太が話し込んでいる隙に真奈と仲良くなろうと思っていたルアたちだったが、惑う彼女たちに光が静かに首を振った。 父を失った今、幼い妹を護るのは自分しかいない。その意志でもって、父の喪失への悲しみを封じ、己を奮い立たせているのだ。まだ悠太の警戒心が完全に解けていない今、その彼が護ろうとしている真奈へ無闇に近づけば、生まれ始めていた信頼を途端に失ってしまうだろう。 光の制止に、ルアと心、茉莉は、想い出話に加わるべく腰を下ろした。次第に弾む会話。気づけばそあらや夏栖斗、光騎も輪に加わり、棺の前で穏やかに言葉が交わされる。 焦ってはいけない。信頼を得るためには、それだけの時間が必要だった。 悲しみも、歓びも。心を交わらせ、同調させ、共鳴する。そうすることで、心は次第に解けてゆくのだと。 次第に、小さくも笑みを見せ始めた兄の姿に、傍らの真奈からも涙が消えていた。不意に向けられた笑顔に、ルアも花のように笑う。 写真を消せばきっと、この幼い少女も泣くのだろう。 けれど、それ以上に尊いものがあることを伝えなければならない。 誓うように、願うように、ルアは真奈の掌に己のそれを重ね、心もそれに倣うように手を重ねた。それを見た悠太も、もう咎めることはしなかった。 友達になろう。 ただそれだけを想い、心も笑う。彼等に罪はない。だからこそ、彼と心通わせる友人となる。それが最善の答えであった。 「素敵なカメラだね、すごく大事なもの、なのかな?」 頃合いを見計らったななせが、慎重に尋ねる。カメラの縁を指でなぞると、悠太は小さく頷いた。 「よかったら俺達にその写真を見せてくれん?」 人好きのする笑顔を浮かべた俊介に、悠太はカメラのストラップを首から外した。手渡された一眼レフは、年代を感じるも、丁寧に扱われてきたことが良く解る品だった。悠太に使い方を教わり、1枚ずつ写真を繰る。移ろう季節の中、それは家族たちの優しい笑顔に溢れていた。 アーティファクトによって父の命を奪った悠太。父を失い憂う真奈と美佳。そして、家族を残して逝ってしまった祐介。 皆、良い人なのだと。 こうなってしまったのは、運命が絡み、交差した結果でしかないのだと、心は思う。 だからこそ護らねばならない。 誰も、悪くはないのだから。 ● これはね、みんなで牧場に行ったときの写真。 僕は馬に乗ったんだよ。ほら、手振ったらママが撮ってくれた。 真奈は恐がって乗らなかったから、あ、この写真。代わりにうさぎを抱っこさせて貰って喜んでた。 お昼はね、パパとママと真奈と4人で、バーベキューしたんだ。 その後、ヤギに餌もあげたんだよ。 ひとつずつ説明していくその声は、愛おしさに満ちていた。時折現れる父の姿には言葉を詰まらせながらも、それでも悠太は語った。楽しかった想い出で、内に淀む悲しみを吹き消さんと、傍らの真奈に、そしてリベリスタたちへと言葉を紡ぐ。 そうして、紡がれれば紡がれるほど、茉莉の胸は痛んだ。どう、この子に伝えれば良いのだろう。どう伝えれば、彼は傷つかずに済むのだろう。 刻が経つにつれ、朧気になる記憶を留められる写真。その大切なものを消せと願うのは、酷なことでもあった。 けれど、彼は気づかねばならない。 本当に失ってしまう前に。 「なぁ、悠太。今から大切な話をするから、落ち着いて聞いてね」 意を決し、レンは口を開いた。悠太の視線がレンを捉える。言葉はない。ただ、言葉の続きを待つ。 「実はそのカメラ、すごく危険なものなんだ」 「危険……?」 リベリスタたちの視線が、悠太に集まった。未だその言葉の意味を解せず、けれど解しようと、悠太はレンの言葉を反芻する。 「そう。写ってる人の魂をね、吸い取っちゃうんだ」 「吸い取る……?」 「カメラはね『人の魂を吸い取る』っていう言い伝えもあるんだって」 ひょっとしたらそういうカメラなのかもしれない、そう添えるななせを見つめると、悠太はその視線をカメラに落とした。 「……ウソだ!」 全身で否定し、立ち上がる。その双眸には、明らかな拒絶の色があった。そあらと茉莉は真摯な眼差しで、少年を見た。 「カメラの中に命のかけらが写っただけだから……解放してあげれば元に戻ります」 「データを消せば……写真は無くなりますが、お父さんは生き返るんです」 「ウソだウソだウソだ!」 左右に、幾度も首を振る。 空想のような話。 受け入れてはならない話。 肯定すればそれは、己の所業を認めることになる。 「簡単に信じられないのは仕方ないと思うです。だからボク等の力の一端を見てもらいたいのです」 言うとともに、光は己の幻視を解いた。緩やかに靡く黒髪が、瞬く間に金髪へと変わる。淡く光る全身は、イルミネーションでは説明できぬほどに、済んだ輝きを帯びていた。 僅かに残っていた拒絶が、悠太の中で脆く崩れ去る。 胸がざわめき、息が荒げる。明らかな動揺を見せる少年を、レンは咄嗟に強く抱きしめた。幾度も幾度も、その背をさする。 「お兄ちゃん、泣いてるの……?」 異変を感じた真奈が、ルアを見上げた。大きく見開かれた瞳にあるのは、疑問の色。 「ねぇ、マナちゃん。マナちゃんは、お兄ちゃん好き?」 「うん、大好き!」 「そっか……優しいお兄ちゃんが悲しむのは嫌だよね?」 それはルアも同じ気持ちだった。だからこそ、優しく頭を撫でながら告げる。 兄が悲しんでいる、その意味を。 「ちゃんと、マナちゃんを見て欲しいよね? カメラ越しじゃなくて、ちゃんと見てって」 「うん。……お兄ちゃん、まなを見て?」 「真奈……」 レンの腕から顔を上げた先には、妹の縋るような視線があった。悠太は堪らず、視線を逸らす。 受け止めきれぬのも仕方はない。そう思うも、光は広間の時計を見遣った。 21時40分。 既に、猶予は残されていない。 「キミに責任があるかないかは後で考えればよいです。でも、今はキミの力で家族を救うのです」 「救う……?」 「そのカメラに写ってる写真を、消してほしんだ。……君にしか、できない」 「消せば……パパは、生き返るの?」 悠太の瞳に、微かに光が宿る。確りと頷くと、光は励ますように笑みを向けた。 「過去の記録は大切かもしれませんが、記憶はキミの中に残るです」 自らの手で、未来を消してはいけない。 本当に大切なものを、見誤ってはいけない。 「みんなどうしたの?」 「……今から変なことがおこるかもしれませんデスが、安心してくださいなのデス」 一緒にいる。 護るから、と首を傾げる真奈の手を、心が強く握り締める。 抱えたカメラに、悠太は視線を落とした。たくさんの、たくさんの想い出が詰まったカメラ。もし、彼等の話が偽りならば、父親は生き返らず、そしてデータは消えてしまう。 幼い指先がボタンを押すたびに、移り変わってゆく想い出。 「消したくないのは、わかるぜ。だけど、少しだけ信じて欲しい」 夏栖斗が、祈るように語りかけた。迷いの残る眸を受け止め、力強く頷く。 「写真は飽くまでもデータだ。だけど、お前の心には大好きだった気持ちがちゃんとのこってるだろ?」 「悠太君の大切なものは、写真? お父さん?」 「……パパ」 「ボク達を信じなくても良いです、キミに何か出来る可能性があるという事を信じてみませんか?」 リベリスタたちの言葉に、悠太は静かに頷いた。 カメラの隅にある削除ボタンに指を当てる。けれど、躊躇いはそう簡単には消しきれない。 「無くすのは辛いけれど、新しい思い出を作ることはこれからも出来るのですから」 「……これから」 茉莉の声に、小刻みに振るえていた指先が僅かに止まった。まだ迷いの残る視線を、俊介が受け止める。 「俺、親の顔さえ知らないんだ。正直、悠太君が羨ましいよ。」 それは本心だった。 けれど寂しくはない。今は、優しい育ての親も、大切な仲間たちもいる。そうして、悠太には家族がいる。それは、悲しみを乗り越える支えとなる。 「俺は臆病で狡猾だけど、嘘はつかない魔法使い──なんてな」 笑いながら、俊介も幻視を解く。 現れた燃えんばかりの紅の髪に、悠太は息を飲んだ。 「俺を信じて。大丈夫。できるよ。できたなら、きっと」 奇跡が、起きるはずだ。 ● 雨は、既に止んでいた。 父と、母と、兄妹の声。慌ただしさと歓びに包まれた寺を、リベリスタたちは後にする。 涼気を孕んだ夜風を受けながら、俊介が独りごちる。 「これで、またひとつ救えたのかな?」 「……ええ」 命を、心を、彼自身が救えたはずだ。 古びたカメラを手に、そうななせは静かに瞼を閉じた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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