●万華鏡はまだそいつを知らない…… 「大丈夫か?」 声をかけられてどきっとした。 蛇口を捻って水を止める。 洗面台から水を滴らせたまま顔をあげると、鏡越しに豊さんと目が合った。 彼はいつから僕の後ろに立っていたのだろう。ああ、同族――厳密な意味では違うけど――の気配にすら気がつかないなんて。思っている以上に飢えは深刻だ。 「……うん、なんとか。ちょっと飲みすぎたみたい」 鏡の向こうで豊さんが顔をしかめた。 慌て訂正する。 「お酒のほうだよ、お酒」 血は飲んでいない、と口の端を指で押し上げて牙を見せた。いまは引っ込んでいて 八重歯にしか見えない。僕の牙は一度血をすするとしばらく元にもどらないのだ。 「そうか。客のペースに乗せられてむちゃな飲み方はするなよ」 批判めいたため息をひとつ零すと、豊さんはトイレから出て行った。 この世界の滞在許可書、フェイトというものを僕はたぶん得ていない。この世界に愛されていない。ほかのみんなと違って、僕は毎日カップ1杯分の血ではとても満足できないからだ。 それに……。 近頃は血を吸うだけでは満足できなくなった。肉も骨も何もかも食べつくしたくなって仕方がない。 また手が震えだした。 洗面台の端をぎゅっと掴む。 我慢できずに僕はポケットからおやつを取り出した。 白くてほっそりとした長い指。 1週間前まで店の常連客だった自称ピアニストの指だ。アザーバイドまたは覚醒者であったなら、この店『ブラム・ストーカー』でホストとして働いていてもおかしくないほど綺麗な顔とスタイルの持ち主だった。 好意を打ち明けられたあと一夜をともにした。ベッドの中で白いうなじを見せつけられて、店でやるように血を吸ってくれとせがまれた。 ただ一口。ただ一口だけのつもりが堪えきれず―― 彼の指を鼻の下にあてて、まるでそれが高価な葉巻であるかのように臭いを嗅ぐ。 ちょっと汗くさいような、酸っぱい臭い。 僕はピアニストの指を齧った。がりっ、と音を立てながら歯で肉を骨からこそげとり、ぺちゃぺちゃと音を立ててしゃぶりつくす。 ああ、なんて美味しいのだろう。 アパートの冷蔵庫の中にはあと2本、指が残っている。 あと2本。 たった2本。 ●万華鏡はそいつを知ってしまった。 「近い未来、『ブラム・ストーカー』というホストクラブにおいて、アザーバイドが店内にいた客と従業員をすべて殺して食べてしまうという事件が発生します。アザーバイドはその場でさらに凶暴化し……、世の中に恐怖を撒き散らす恐るべき存在となります」 そうなる前に見つけ出して倒して欲しいのです、と『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は言った。 和泉に頭を下げられたリベリスタたちは配られた資料をばらばらとめくった。 資料のどこにもターゲットとなるアザーバイトの写真はおろか、身体的特徴や名前すら書かれていない。分厚い資料の大部分は髪を盛った若い男たちのプロフィールだ。 リベリスタたちが発する無言の疑問を読み取って、和泉は重い口を開いた。 「ターゲットのアザーバイトは店で働くホストの1人だと思われます。というのも、実は――」 万華鏡で捕捉できたのは異形化したあとの姿だったという。 和泉は制御卓に手を伸ばしてスイッチを入れると、背後の巨大モニターにその姿を映しだした。 恐らくは美しかったであろう顔は醜く歪み、複眼を持つコウモリのそれに。体は直立する狼のようで背にはやはり黒々としたコウモリの翼を生やしているた。頭は天井すれすれで、分厚く盛り上がった毛深い胸に二の腕は樽のように太い。むき出された牙も腕に巻けず劣らず、太くて鋭かった。アザーバイドの周りの壊れた家具と比べるとかなり大きいことが分かる。店の中が窮屈で仕方なさそうな感じだ。 和泉は、「これでまだ小さいほうです」と説明した。最終的には大きさも攻撃力もこれの3倍になるという。 「店の従業員は内勤者を含めてすべてが覚醒者かフェイトを得たアザーバイトでした。全員ヴァンパイア系です。従業員のうち1人が、この変身したアザーバイドをさらに凶暴化させる因子をもっています」 和泉は資料の上にため息を落とした。それから顔を上げて、リベリスタたちと向かい合う。 「事件は今から2日後の夜、店の営業時間中に発生します。みなさんは店の客かまたは臨時雇いのホストとして『ブラム・ストーカー』へ行ってください。変身前にこのアザーバイドを特定して隔離できればいいのですが……。最悪、変身したらすぐ倒してください。従業員の血だけは吸わせないように。更に凶暴化してしまいますので」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月22日(月)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「あら~、ちょっとぉ」 オープンとともにブラム・ストーカーの店内へ突撃をかけようとした『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)と『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)を呼び止め、なぜかオネェ言葉でいかにも困ったという顔をしたのはクーと呼ばれるホストだった。ちょっぴり日焼けした顔と白い歯が健康的で吸血鬼というコンセプトに思いっきり反している。報告書の写真では髪を下ろしていたが、今日はボリューム感満点のドレッドヘアーを赤い十字架をあしらった黒い太いバンドで束ねていた。 クーは戸惑う生佐目と祥子を道の端に手招きした。 「あなたたち、ふたりとも覚醒者でしょ? それは構わないんだけど……。普通の人もたくさん来るのよね~」 覚醒者の年齢は見た目と合致しないことがほとんどだ。とはいえ、一般人に神秘界隈の理屈など通じない。未成年者を遊ばせている、と警察に通報されたら大変なことになる。 「黒髪の子はちょいっと幻視で大人の女を演出してくれると助かるわ」、とクーがウィンクを飛ばす。 「すでに隠しているのですが、いろいろと」 生佐目は言い回しにやや含みを持たせた。 「まさか、あなたたち。同業他社の回し者じゃないでしょうね? 最近、多いのよね。嫌がらせとか」 「嫌がらせって?」 通りに背を向けて幻視で歳を重ねる生佐目に代わり、祥子がクーの言葉尻をとらえる。 「バラバラになった犬や猫が店の裏口近くによく置かれているの。わたしたちは吸血鬼だけど、そんなことはしないわ」 程度の低い嫌がらせよね、とクーは軽く眉を寄せた。 姿を整えた生佐目は振りかえるなり祥子と目をあわせた。もしかすると例のアザーバイドの仕業かもしれない。 「あ、ごめ~ん。お客さんに言うことじゃないわよね。豊さん――うちのNO.1ホストなの、渋いわよ~――に怒られちゃう」 クーは生佐目たちの表情に影がさしたのを見て客が逃げ腰になったと勘違いしたらしい。あわてて弁解を始めた。 「大丈夫。そんな気持ちの悪いもの、女の子に見せたりしないわよ。さあ、入って。あ、身分証明書もっているわよね、もちろん偽造したやつだろうけど」 笑いをかみ殺しつつ生佐目と祥子は店に入った。 ● 「何か質問は?」 NO.1ホストであり店長でもある一条 豊の問いに、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は首を横に振った。 櫻霞は地下1階にあるブラム・ストーカーのオーナールームでホストとして内部に潜入すべく面接を受けていた。本日の櫻霞はダークスーツに光沢のある絹のワイシャツ。ボタンを胸元まで大胆に開けて、首には細いシルバーチェーンのネックレスを巻いている。ほかにも意識してゴールドのアクセサリーをいくつか身につけていた。いかにもホストといった感じの王道ファッションだ。 「そうか。ならさっそく店に出てもらう」 豊はマジックミラーを張った細い窓から下の客フロアを覗いた。 「新規のお客さんが多いようだね。櫻霞くん――いや、サクラ、これはチャンスだよ」 拍子抜けするほどあっさり採用が決まった。豊曰く、小さな店でホストをやろうという吸血鬼は少ないらしい。何が起こるかわからない神秘界隈なれば、小よりは大の組織を頼るのが普通なのだ。 率先して悪事を働いているわけじゃないけれど、少量とはいえ人の血を従業員に啜らせているうちは小さくてもフィクサード組織になるんだろうね、と豊は目じりにしわを寄せて笑った。 「というわけで、気楽にやってほしい。吸血のルールさえ守ってくれれば、うるさいことは言わないよ」 「あ、1つ思いついた。いいかな?」 どうぞ、と顔に微笑みを湛えたまま豊が促す。 「もし、俺が何らかの事件に巻き込まれてフェイトを失いノーフェイスになったら? あるいは初めからフェイトを得ていないノーフェイスだったとしたら?」 豊は櫻霞に向けた目をすっと細めた。 「そんな質問をしたのはキミが初めてだよ」 豊はイスから立ちあがるとドアへ向かった。ついて来い、と櫻霞を招きよせる。ドアノブに手をかけたまま、先ほどまでの優しい声とはうって変わって低く冷たい声を発した。 「大恩あるこの世界に迷惑はかけない。分かるな?」 「それはどういう……」 「墓に入ってもらうよ。寮の横にある墓にね」 ● 『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は、ホスト入れ替わりのすきにそれとなく首を伸ばして辺りの様子をうかがった。さっきまでこちらのテーブルについていたホストが『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)のテーブルで挨拶している。櫻子のしょんぼりとした様子からしてお目当ての人物、ホストに扮した櫻霞はまだ現れていないようだ。そこからそう離れていないところに生佐目と祥子の顔が見えた。ふたりの相手は確か……楓というホストだ。遥紀の席からは柱や曇りガラスの仕切り板が邪魔で他の仲間の姿は確認できない。 初日は顔見せということで、店のキャスト全員が順に入れ替わりでテーブルに来ていた。本日は初見の客が多い――はこちらのせいなのだが、あちらこちらで幾度も挨拶が交わされて実に気ぜわしい。 「はじめまして、岬 隆志です」 声をかけられて顔を戻すと、太めの眉がきりっとあがった茶髪の男が立っていた。口の端を僅かに持ち上げて微笑んでいる。遥紀が鷹揚にうなずいてみせると、隆志はテーブルを回って遥紀の横に座った。 (今日のところは様子見になるかな) それでもできる限り情報は引き出しておきたい。遥紀は仕事に疲れ、戀う相手を探している風を装いながら隆志に探りを入れた。 『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814)もまた、短時間のうちにホストたちから情報を引き出そうと積極的に動いていた。いまの相手は吸血鬼獣候補の1人、奏夜だ。 「吸血鬼ってのはもっとこう、優雅で耽美的な感じがさ。いいよ、適当に高い酒入れても。あぶく銭あるし頼んじゃえ」 「ありがとうございます」 高すぎず、安過ぎず。奏夜は医者だと言った詩人の収入に見合う手ごろな酒を選んでオーダーを通した。 「詩人さまの好きな食べ物はなんですか? 近くの店から取り寄せますよ」 奏夜は詩人にグラスを手渡しながらごく自然に体を寄せてきた。ズボンの布越しに奏夜の体温を感じる。太ももに手を置かれたときはドキリとした。とくに血に飢えてぎらついたところは見せていないがなかなか積極的だ。 「腹は減ってないな。それよりも例の戯れ、やってくれないか。折角ここに来たワケだし、ねぇ?」 奏夜は顔を輝かせたが、直ぐに俯いた。 「一見のお客さんにやってはいけないんです……」 すみませんと、頭を下げる。 「そりゃ残念だ。今度はやってくれよ、指名するからさ。血の気は多いほうし、たくさん吸っていいぜ」 まっすぐ向けられた奏夜の目に欲望の色が浮かぶのを、詩人はしっかりと見取った。ただそれが早々に指名を取ったことによるのか、たくさん血が吸えるということによるのか、詩人には今ひとつ判別がつかなかった。 レンからウーロン茶を受けとりつつ、『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)はネクタイを緩めた。横には職場の先輩という設定で『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)が座っている。 二十歳未満の琥珀が飲めない分をグレイがカバーすることになっていた。生佐目と祥子のように、女の子ならかわいらしく自分はソフトドリンクを飲んでホストには高い酒を飲ませてやることが出来るのだが。 「新人か、お互い大変だよね」 琥珀はちょっと仕事で疲れた感じの笑顔を華奢で幼顔のホストに向けた。 「いいえ、ボクなんて……。琥珀さまはお疲れさまでした。それで、今日はどんな1日だったんですか?」 琥珀は少し逡巡したものの、楽器の販売営業をしていると答えた。さりげなく肘でグレイのわき腹をついて、話を合わせろと合図する。仕事の内容について詳しいことを聞かれれば尻尾が出るが、今日のところは大丈夫だろう。一日中、汗をかきながら先輩とふたりで近隣の街の楽器店を回っていたよ、と愚痴をこぼした。 レンにその仕事についた理由を問われ、まってましたとばかりに琥珀は予め考えておいたセリフを口にした。 「俺、好きな人がいたんだ。指も顔も綺麗なピアニスト」 微笑むレンの目をしっかりと捉えて、琥珀は更に核心へ切り込む。 「ここの店の常連だったみたいだけど、知らない?」 グラスの水滴をふき取っていたレン手がぴくりと震えた。 するりとグラスが手から落ち、テーブルの上で割れた。 「あ、ごめんなさい!」 「何やってんだ、お前!」 グレイについていた神威が怒鳴る。 内勤がダストをもってやってくると、レンは琥珀とグレイに深々お辞儀して割れたグラスを手に席を外した。 「すみません。琥珀さま、ケガはありませんでしたか?」 琥珀は酒を作り直している神威に向けて大丈夫と手を振った。 「ピアニストって篠原さんのことですよね? 最近、お見えになりませんが……篠原さん、どうかしたんですか?」 「行方不明だそうだ。そうだな、琥珀?」 グレイの誘いを受けて、琥珀は思いつめた顔でうなずいた。 「ある日突然、姿が見えなくなって……俺、切なくて、寂しくて。一生懸命、彼を探したんだ。この店に入ったのを最後に……」 ホストにはホストの掟がある。店や他の従業員が損害を被る行為はご法度だ。だが―― 膝の上で拳を作り、喉を詰まらせながら語る琥珀に同情したか、それともただライバルを蹴落としたかったのか。 神威はグレイの耳に口を近づけると爆弾を落とした。 「レンじゃない。話を聞くなら奏夜だ。……大方、ケモノじゃ足りなくなったんだろう」 意地の悪い笑みを浮かべながら、神威はグレイの耳たぶを甘噛みした。 今度はグレイがグラスを落とした。 ● ――気をつけろ。 しっかり戸締りをしておけ、とクーが言っていたのはこのことだったのか。櫻霞は深夜の訪問者に悩まされていた。奏夜とレンの部屋にある冷蔵庫の調査は早々に諦めていた。ドアが開かれなければ、冷蔵庫内部は真っ暗で何も見えないからだ。 またドアノブが回された。はじめは静かにゆっくりと。鍵がかかっていると分かると次第に強く、ドア全体が揺れるほどガタつかせる。 いまドアの向う側にいるのはマコトだ。マコトの前は神威だった。その前は奏夜だ。マコトは部屋の中から透視されているとはまるで思っていないらしい。店で見せていた愛想のよさはどこへやら。眉間に皺を刻み、肉付きのいい唇を歯で噛んでいる。3人の中で一番しつこい。 先輩方は初日にいきなり客の櫻子から指名をとったのがよほど気に入らないようだ。それとも彼らは俺に夜―― 櫻霞は体を震わせた。2つ目に考えられる原因についてはあえて考えたくない。 ちっ、と舌打ちの音が聞こえてドアの揺れが収まった。マコトのけはいが遠ざかっていく。ほっと肩の力を抜いたとたん、バンッと窓ガラスが叩かれた。振り返るとカーテンの隙間に影を落とした人の顔が半分見えた。瞬きしない大きな目は瞳孔が小さくすぼまっている。レンだ。 櫻霞が窓に向かって動くとレンの姿が消えた。 ● 犯人は奏夜かレンか。 持ち寄った情報では決め手に欠くまま、二日目の夜を迎えていた。 琥珀とグレイは入店をやんわり拒否された。ピアニストの失踪について店内で嗅ぎまわっていたことが嫌がられたらしい。二日続けての来店は目立つと考えた生佐目と祥子のペアと遥紀はもとより店を訪れなかった。今夜は奏夜とサクラ――櫻霞を指名した詩人と櫻子だけが客としてブラムストーカーに潜入していた。残りの5人は連絡を受ければすぐに向かえるようにと、ホストクラブが入っているビルの二階の店で待機していた。 「ふふっ、吸血鬼ゴッコって一度やってみたかったんですぅ……って、櫻霞様?」 櫻霞は櫻子の細い肩に頬を預けてまどろんでいた。 「ああ、すまない。昨夜ちょっと、な」と頭を起こす。 「お疲れさまでしたね。いいのですよ、もう少し……」 血を吸うふりをして私の肩でお休みください、と微笑む櫻子に、櫻霞は甘口の低アルコールシャンパンを手渡した。シャンパングラスの細い脚の上で互いの指を触れ合わせたまま、オッドアイラバーズはしばし見つめあう。 「……そうしたいのはやまやまだが、さすがにそれは拙いだろ」 1人の客から血を吸うのは1回と店のルールで決まっていた。したがって今夜はもう櫻子から血を吸うふりも出来ない。櫻霞は未練をたっぷり残してグラスから指を離した。 店外に関しては豊にアフターの許可を取らなくてはならないため、勝手に血を飲むのは難しかった。 「それでは、ピアニスト失踪の日にアフターしたホストを調べれば簡単に吸血鬼獣を特定できるのでは?」 「いや、それが。その日は店の太客の1人が誕生日で、大半のホストがそのとき店に残っていた客といっしょに彼女の誕生日パーティーへ繰り出したらしい」 櫻霞は内勤スタッフの1人を捕まえて、各ホストの当日の行動を確かめていた。 詩人が席を立つのが見えた。少しふらつきながらトイレに入っていく。しばらくすると櫻子の携帯が鳴った。詩人からだ。 『思いっきり吸いやがった。危険を感じてこっちが身を引いても牙を抜こうとしなかったぜ。それどころか……いま、鏡を見てるんだけど、首にうっすら歯型がついているよ。肉も噛み切ろうとしたみたいだな』 「決まりですね。私はこれから櫻霞様とアフターします。朱鴉さんも奏夜さんを連れ出してください」 ● 「こう、真面目な雰囲気がクるんだよね。あれだ、一目惚れだよ言わせんな恥ずかしい」 心も体も丸ごと遠慮なく食ってくれ、と詩人は奏夜の肩を抱いて夜の公園へ誘い込んだ。 通りから少しはなれた暗がりに差し掛かると、いきなり体をまわされて奏夜に抱きしめられた。下腹部に熱く硬くなったものが押しつけられる。 「ちょ!?」 唇を唇でふさがれた。必死に抗おうとするが腕は奏夜に抱え込まれている。 「んー、んーっ!」 背中からズボンに手が差し込まれ、シャツがたくし上げられたときようやく暗がりから味方が現れた。 「まことに、まことに残念ですが……そこまで」 止めに入った生佐目は心底残念そうだ。 奏夜は詩人を突き放した。目を見開いて集まってきたリベリスタたちを見回している。 「大丈夫?」 祥子はこくりと頷く詩人に安堵の笑みを返しながら、神に敵を殲滅するための力添えを祈った。 「騙したな!」 奏夜の目の中で憎悪の炎が燃えあがる。 リベリスタたちが陣形を整える前に、怒りによって爆発的な変身を遂げた奏夜が詩人に飛びかかった。 暗黒の瘴気をまとい黒光りする生佐目の刀が詩人に覆い被さる吸血鬼獣の背を切り裂く。 「あうっ!」 直後、生佐目は絶叫とともに広げられた翼に弾き飛ばされた。 吸血鬼獣が身を起こした隙に、詩人は毛むくじゃらの腹の下から這い出て櫻霞たちの後ろへ逃れた。 「これも仕事でな、悪く思うなよアザーバイド」 3つに分かれた目を狙い、櫻霞の大型銃が火を噴く。針の穴を通すような正確さでナイトホークが左の魔物の目を、クリムゾンイーグルは右の透視眼を潰した。 潰れた目を手で覆い、吸血鬼獣が大きく口を開く。目に見えない音の壁が波のように繰りかえしリベリスタたちを襲った。 耳から血を流し、瞬きで涙を振り落としながら櫻子が聖神の息吹を発動させた。 なおも詩人を狙って伸ばされる赤い爪をグレイが阻む。グレイの両腕は鋭い爪でズタズタになった。畳み掛けるように怪物の拳が斜め下からグレイの腹に打ち込まれた。 「ぐはっ」 口から血を吐きながらグレイが空を飛ぶ。 遥紀がすかさず全体回復の術をかける。 一番近いところにいた櫻霞に向かって吸血鬼獣が腕を伸ばした。 櫻霞は身を捩って逃れようとしたが、後ろに遊んだ長い髪を掴まれてしまった。 「させるか!」 琥珀が白いマントを闇の中で翻し、不運を秘めて青光りするダイスを吸血鬼獣という獲物のテーブルに放った。 出目は1・1・1と6・6・6―― 赤い閃光が針となって魔獣の体を刺し貫き、黒い爆風が翼をちりぢりに吹き飛ばす。 櫻霞の髪を引っ張っていた吸血鬼獣の腕を祥子がラグナロクで撃ち抜いた。 櫻子も魔弓を引いて敵の肘の内側を射抜く。 「翼がなくなってしまえばもう躊躇う必要はないよね」 遥紀は櫻霞が魔獣から離れると同時に破邪の呪文を唱えた。浄化の炎が吸血鬼獣を焼く。 櫻子の回復支援を受けて立ち上がったグレイが暗黒を、詩人がアーリースナイプをそれぞれ別方向から同時に打ちこんだ。 膝をついて地に崩れ落ちる吸血鬼獣の首の下に琥珀の鎌の刃が食いこむ。 「俺たちは君の飢えを止める術を知らない。だからせめて安らかに眠らせてやる。次こそは普通に恋ができるように……」 琥珀は直死の大鎌を頭上に輝く月に向かって振り上げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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