●彼方へ、肩を押す者 スーツ姿の男性が見えた。 そのままの格好で、あるいは寛いだ様子で、食事をしたり飲み物を飲んでいる姿も見えた。 スーツ姿で話をしている姿、ファイルや紙らしき資料を読んでいる姿。 ノートパソコンらしきものを広げ、考え込んでいる姿も見えた。 最後の場面は、デスクに座りファイルらしき物を読んでいる処だった。 ファイルを落とし、苦しげに胸を掻き毟るような仕草をして、男性はデスクの上に倒れ込んだ。 周囲の人々が慌てた様子で行き来する。 それとは別なのか、その中の誰かなのかは分からなかった。 ただ、倒れた男性を見つめる視線のようなものがあった。 喜ぶでもなく、憐れむでもなく、蔑むでもなく……ただ、命を落とした一人を静かに見つめる。 そんな視線が、あった。 ●護衛 「ある議員が恐山のフィクサードに暗殺されます。その阻止を皆さんにお願いしたいんです」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう切り出した。 問題の議員は仕事の関係で時村関連の施設に数日間宿泊する事になるのだが、その施設に宿泊中に急死する事になるらしい。 「急性の心臓疾患らしいのですが、すみません……専門的な事は私にも上手く説明できません。ただ、それは実際は病死ではなく、病死に見せかけた暗殺なんです」 犯人は、その施設に潜入した恐山のフィクサードなのだそうだ。 「元々アークのリベリスタが施設に宿泊中の護衛を勤める事になっていましたが、建物の周囲や敷地内にも警備や巡回がいるので、新人……とまでは行きませんが、皆さんより未熟なリベリスタチームに護衛は任される事になっていました」 リヒャルト率いる親衛隊の暗躍などにより、現在はそういったリベリスタチームが外部、アークから離れた場所で任務に当たれる機会というのが少なくなっている。 その為、本来はある程度経験を積んだリベリスタ2名と新米4名の計6名で護衛にあたる予定だったらしい。 「急遽ですがそれを変更し、皆さんに変わりに護衛について頂きたいんです」 任務の内容はもちろん、暗殺の阻止だ。 「護衛の期限は、その議員が施設に宿泊する5日間です」 議員は昼間は職務で外出する為、実際の護衛時間はその5日間の内でも夕刻か夜から翌朝までの時間帯となる。 外出中は別のリベリスタ達が護衛を行う他、建物の外や敷地内も護衛や巡回の者が見回っているようだ。 敷地内には他にも建物が存在し、宿泊に使用されている建物の周囲や内部にはそれぞれ護衛や警備の者が就いている。 「そちらに関してはあまり考えなくて問題ありません」 期間中、外出時に襲撃らしきものも行われるようだが、少なくともそれによって議員が死亡する事はない。 建物の外と敷地内を巡回している人員の内訳は、リベリスタは少数で多くは訓練を積んでいる一般人である。 「とはいえ何かあった場合は付近の施設からリベリスタチームや警備員等が派遣されます」 力任せの襲撃等であれば、余程の戦力でなければ突破は不可能だろう。 だが、潜入や密かな侵入であれば、不可能とは言い切れない。 「とにかく皆さんは、建物内の護衛に専念してください」 マルガレーテは割り切るように、そう言った。 建物の出入り口は2ヶ所。玄関と荷物などの搬入用の裏口のみだ。 部屋の数は6つで、寝室と執務室、休憩室、食堂の4部屋と、部下や護衛が使用する為の2部屋。 それ以外には手洗いが食堂以外の5部屋に、そしてバスルームが存在している。 部屋数は少ないが、6つの部屋は全て30畳程度の広さがあるようだ。 各部屋にはテーブルやデスク、ソファやベッド、ビリヤード台等の内装はあるものの、かなり開けたレイアウトになっている。 「護衛対象の外出中の時間は自由に過ごして頂いて構いません。ただ、基本的に外出は禁止です」 建物を外から調べる等、任務に関係しそうな行為であれば、許可を得れば短時間でしたら可能かもしれない。 「とはいえ変わっていると見られる行為は信用を下げるかも知れませんので御注意下さい」 建物内には期間中、議員とリベリスタ達以外で8人の人間が出入りする事になる。 仕事関連で3名が議員と共に出入りする他、食事や掃除、その他もろもろの雑事を行う者が5名の、計8名。 「全員ある程度の年数を勤めており一応の信用はできますが、絶対とも言い切れません」 スキルを使用して入れ替わられている可能性もあると、フォーチュナの少女は説明した。 何より一般人である上、今回の事情は知らされていない。 言っても信じはしないだろう。 とにかく、何も起こらないと考えているので仕事に専念し注意や警戒はそれほど行わってはいない。 フィクサードが入れ替わっている場合もそれほど警戒していないフリはするだろう。 慣れている者なら、自分で自分にそう信じ込ませているかもしれない。 「皆さんは護衛という任務を与えられている立場ですので、何か言えば相応にしてくれると思いますが、厳重そうにすれば、頷きはしても怪訝には思うかも知れません」 護衛対象である議員に対しても同じだ。 「リベリスタの存在は知っていますが、詳しい事は知りません」 もちろん隠匿すべきものだという事は分かっているし、自分を狙う反対の存在がいるという事も分かっている。 ただ、あくまで頭では、だ。 「皆さんが何か頼み事等をした場合、常識的に考えて納得のいく事なら従いますが、そうでない場合は説明や説得の仕方次第になるかも知れません」 敵が襲撃してくるというのであれば、強引にでも何でも従わせられるだろうが、そうでない以上、建物内の一般人達への対応も、全く気を配らないという訳にもいかないようだ。 「無闇に窓際に近付かない等、本人なりの警戒は行っている反面、性格の方は大雑把っぽいところがあるようで、変な事をしなければ大丈夫だとは思いますが」 彼は期間中基本的に、寝室と執務室を往復するだけのようである。 食事以外で食堂には向かわず、飲み物等は身の回りの世話をする者が運ぶ。 「休憩室もほぼ行かず、良ければ皆さん自由に使ってくれなんて言われますよ」 ただ、リベリスタ以外の者にも……そういった部分を見せるので、護衛する方は大変かもしれない。 「外で襲撃を受けた後は、ある程度緊張した感じになりますが」 それでも、自分が毒殺される等とは夢にも思わないだろう。 「使用される毒物は、エリューション技術を用いて作られたものらしいです」 形状は不明だが摂取するタイプで無味無臭。化学反応なども起こさないらしい。 それを幾度かに分けて摂取させ殺害する。 一度では死なないが、逆に言えば別の者が服用したとしても死亡しない為、特定などが難しい。 六道辺りも製造や研究に関わっていると推測される。 「恐山の一部のフィクサード達の使用が確認されている品です」 恐軍(おそれ・ぐん)と呼ばれる集団がある。 軍とは名ばかりで人数は多くなく、直接的な戦闘は行わない。 寧ろ隠密行動による情報収集、撹乱等を得意とする者たちだ。 もちろん必要に応じて殺しも行うが、目標のみを狙っての暗殺を行い、不要な殺戮等は行わない。 無論善意ではなく、任務であるからだ。 忍者、間者、スパイ、暗殺者、アサシン、致死軍。 そういった呼ばれ方をする者と、酷似した集団。 「エリューション能力、非戦スキルを使用しての変装や潜伏等を行ってきます」 今回の暗殺に関わっているのは、1名、もしくは2名。 「高い専門技術は持ちますが、アークで戦闘技術に特化している方なら互角以上に戦えると思います」 発見や特定ができれば、負ける事はない。 とはいえ、当然相手もそれは充分に自覚していることだろう。 「死は恐れていませんが、今回は賭けの要素が高くなると判断した場合は退去・撤退を優先します」 ですが、そうできれば皆さんの勝利です。 マルガレーテはそう言って、リベリスタ達を見回した。 「普段とは勝手の違う、息苦しい任務になると思います。ですが、何としても阻止しなければなりません」 宜しくお願いしますと言って、フォーチュナの少女は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月19日(金)22:34 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●恐山とアーク 「ひきょうだとかなんとか言う気はないけど、どこも必死ね」 フォーチュナから聞いた情報を思い返しながら、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は呟いた。 「全く、厄介だわ。神秘の毒だなんて」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)も素直な感想を口にする。 とはいえ察知できたというのは大きい。 それは有利な点のひとつだと『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)は考えていた。 確実に来るのが判っている事、そして期間が限定されている事。 「来るかどうかも判らない相手を待つ通常の護衛と違って目的がハッキリしてるから集中してられるね」 なら防衛側が有利だ。 何より仲間が皆心強い。 「恐山の奸計は止めてみせましょう」 「恐れを知らぬ恐山の長い手に標的に届きえぬ恐怖を」 海依音の言葉に続くように、『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)も静かに力強く、5日間護って見せましょうと口にした。 「女子供ばっかで議員さんは不安だろうけど、やれることはやるさ」 (子供が銃もってて、ままごとやってんじゃないのは分かるでしょ) どこか斜に構えたものを滲ませつつ、涼子も静かに決意を固める。 一方で、皆と事前の打ち合わせを行いながら『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は考え込んだ。 (議員さんが暗殺される理由は、何かしら?) 依頼主がいるのか? それとも恐山にとって都合の悪い人物なのか? 「どちらにせよこんな手段を取る人物が善良なはずもないものね」 阻止させて頂きましょうと、淑子も静かに言葉を紡ぐ。 ……実は、議員さんという人がどういうお仕事をしているのか? いまいち掴めていないのは、『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)だった。 フュリエである彼女にとっては、そもそも国だとか統治だとか法だとか……そういったものが意味不明に感じられても不思議ではない。 「うん、でも目の前で人が傷つけられそうなのを見過ごすわけにはいかないの」 長くなりそうな時は、目的意識というのを高く持つといい。 誰かがそう言っていたのを思い出して、彼女は気を引き締めた。 相手が暗殺の専門家だと言うなら、この分野で戦うなら相手がずっと上手なのだろう。 「でも負けない」 真昼は誓うように小さく呟いた。 議員さんは必ず守ってみせる。 (こんなにも熱心な人が暴力に潰されるなんてダメだよ) だから、その為に。 少年は、自分に言い聞かせるように口にした。 「さあ、思考を始めよう」 ●警備の方針 3人ずつの2班に分かれ交代で警備を行い、必ず一方の班は議員の傍で、いつでも庇えるようにする。 班分けは、涼子、淑子、麗香のA班と、海依音、アルシェイラ、真昼のB班。 これが6人の考えた基本方針だった。 (5日もあるなら幻視は必要だよね?) 「フィアキィは隠しておいた方がいいの……?」 アルシェイラは色々と事前に確認し、もしもの時に備え話し合った事を頭の中で繰り返した。 現地に到着し本人であることを確認後、リベリスタ達は案内を受け議員の宿泊する施設へ到着する。 時間は午後で議員の到着前だったが、既に清掃などは終わり宿泊に必要な物品も運び込まれていた。 チェック等は終わっているようで、建物内には諸々を行う5人の内の1人、纏め役が居るのみである。 「今回は宜しくお願いします」 中年から壮年という感じの男性は6人を確認するように見回してから丁寧に挨拶すると、建物や人員について説明した。 事前の情報と特に変わったものは無い。 「ご面倒をおかけする事もあるかもしれないけれど、必要な事なの。どうかご協力をお願いするわ」 笑顔でマイナスイオンを漂わせながら挨拶すると、淑子は全員を集めて欲しいと話しかけた。 彼女の漂わせる雰囲気故か、男性は丁寧ではあっても堅苦しくない態度で、現在の人員状況について、順次という形でならばと事情を説明する。 議員補佐の3人は議員と共に到着予定で、まだ到着していない。 「私を含めた施設内を担当する5人ですが、現在施設内に居るのは私のみです」 清掃が主な担当の者が2名で、基本的に午前中のみ施設内で仕事をする。 今日は仕事を終え、再び施設に来るのは明日の午前になると男性は説明した。 残りの2名は主に食事等の担当で、議員の食事の時間前後のみ施設内で仕事をする為に出入りするという形のようである。 この施設と敷地内の従業員用の施設を往復はするが、敷地外への外出は行わないようだ。 話を行う間にアルシェイラが確認したが、彼が何らかの能力で自身を偽っている様子は無さそうだった。 人員に関しては、待つしかないだろう。 建物内を確認しながら、リベリスタ達は時を過ごすことにした。 ●張り詰める空気 ざっと考えて涼子は、2×3通りの暗殺方法を思いついた。 1は、毒などを使うという手段。 2は、凶器などで直接殺害するという手段。 手段は2つで、具体的な方法は3種類。 Aは、施設の外で動くという方法だ。 Bは、施設の中に侵入するという方法。 Cは、自分達6人を含む誰かと入れかわる、という方法。 (1とAは、わたしたちが身につけて持ちこんだ水と食べ物だけを食べてもらうのが楽だ) 少なくとも毒が使われようとしてる事を伝え注意してもらう。 2は、だれかが必ず議員の近くに控えて庇う。 風呂でもトイレでも、千里眼で確認は可能だ。 (BCは、まず3人以上でいつも動くことでわたしたちへの入れかわりをふせぐ) その上で、アルシェイラの幻想殺しで逐一チェックしてもらう。 「……そうは言っても、議員さんがどれだけしたがってくれるかしだいだけど」 ある意味、それが一番の懸念とも言えた。 ひとはかんたんに死ぬ。 死ぬまでに、まだやりたいことがあるなら。 (5日ぐらいはその生き方を曲げてくれるとありがたい、と言うべきだろうね) 議員たちが到着する前に食事の準備等を行う2人が到着し、リベリスタ達は確認と挨拶を行った。 調理を担当するらしき人物は最初に挨拶した男性と同じくらいの年頃と思われる女性で、少々怪訝そうにしながらも簡素な受け答えをすると、すぐに準備に取り掛かろうとする。 補助らしき若めの女性の方はリベリスタ達に緊張したのか不安げに一行を窺っていたが、淑子と接する際は少し警戒心が解けたような表情で挨拶した。 さほど間を置かず議員たちの方も到着する。 麗香は挨拶を済ますと早々に、毒物の混入を防ぐ名目で『搬入されている食材料や小荷物・手紙の類のチェックの許可』を議員に求めた。 来る前にすでに毒物を添加している、内通者が毒物を受け取り・実行の可能性もあるからと説明し、涼子も毒物使用の可能性等を示唆すると、難しい顔ながらも議員はリベリスタ達の要求に許可を出す。 食事などに関しては担当の者が不満そうにはしたものの、許可を得ての事というのもあり不平などは出なかった。 他の者たちは、不満と不安が入り混じったようなとでもいうべき態度をしつつ、リベリスタ達の様子を覗うという感じである。 今のところ、アルシェイラが確認した限りでは……働く者たちの中にフィクサードはいない。 その辺りは直接確認しなければならないとはいえ、幻想殺しの力は圧倒的だった。 E能力者はじっと見えればE能力者が分かるとはいえ、ある程度ちゃんと注目しなければならないのである。 幾人かは、一昨年の6月末から7月の頭くらいにアーク本部でイヴが行っていた質疑回答を思い出した。 無警戒ならばともかく相手が警戒していれば、こちらが調べようとしているのを隠すのは難しいだろう。 今回のような状況下ではそれは大きな差になる可能性があるのだ。 そういう点では、真昼や涼子の千里眼も有利だった。 相手が見えない場所から一方的に確認する事が可能なのである。 真昼も事前に確認した資料と比べるようにしながら、補佐の者や施設で働く者たちを確認していった。 もちろん涼子と手分けする形で、議員の周囲を警戒する。 少なくとも今迄の処、不自然に施設へ近付く者などは確認できなかった。 ●警戒と確認 「ご結婚のご予定なんてありませんか!?」 「いや~残念ながら無いな」 ちょっとした事で色々あるしなと議員の壮年は複雑な苦笑いを浮かべてみせた。 「結婚してたら、こうやって話してるだけで、やれ若い子を宿泊施設に連れ込んだだ、浮気だ何だって書かれるしなぁ」 全く面倒くさいと大袈裟に肩を竦めて見せる。 話をするだけだとテキトーそうな雰囲気はあったが、議員男性は仕事の方ではキチンとしていた。 ファイルを見ている時などは真剣で、細かい部分まで確認する。 補佐の者たちと話す際は、聞き慣れない単語がいくつも交わされていた。 補佐の3人に関しては、海依音も麗香も面通しは済んでいる。 本来の死亡状況を考えると怪しいのは、議員の視界内に入っても疑念を持たれない人物だと麗香は考えていた。 だから、体調の悪そうな者や隠し事や恐怖で違和感のある変な動きをする者がいないかと彼女は超直観を使って皆の動きを見張る。 海依音の方はというと、飲み物に関して毒殺を防ぐ為に自分が淹れると申し入れていた。 淑子の方も議員の傍と厨房を手分けする形で、議員に提供される飲食物の配膳について、手伝いの名目で申し出ている。 当然嫌な顔はされたが、議員の了承があった手前、こちらも反対は起こらなかった。 厳重な警戒を露わにしてでも議員を守る事を優先する。 淑子は海依音が飲料を担当している間を使って、調理の勉強と称し厨房を見学した。 食事の方に関しては、麗香が毒味を担当する。 蓄積の可能性があるか? 倒れたら場合の治癒は如何するか? 「ふふっまるで議員さんは将軍様ですね」 そういった事を考えつつも、麗香が発する言葉はどこか冗談めかしたものだった。 涼子と真昼の方は手分けをして、施設内や周囲、議員の周囲を警戒し、侵入者がいないかを見張り続ける。 海依音は初日に皆に聞き込みをして回った後は、動きがあるとみて警戒を重視した。 ●過ぎる日常 朝、調理担当の者が来て仕事を済ませ、護衛のリベリスタ達が迎えに到着し、議員たちが出発する。 その後、施設内の清掃を行う者たちが現れる。 無論アルシェイラがしっかりと作業者たちを確認する。 麗香は昼の間、交代で出来る限りの休憩を心掛けていた。 海依音も、常にどちらかの班が対応できるようにとA班と交代で睡眠を取ろうと思っていた。 もちろん情報のやり取りは欠かさずに、である。 淑子は各班交代で1名ずつ位をと考えており、この辺りの認識には各人で少々のずれが発生していた。 もっとも交代で警備に隙は作らないという意識を共有している以上、特に問題が発生する事も無い。 日中、休まぬ時間を利用して、淑子は働く者たちへと声をかけて回った。 話す際には牙が見えぬように、口元を指先や扇子で隠すように注意する。 雑談から始め、内部の人間関係なども聞いたりしながら、彼女は周囲に変わった事はないかと尋ねてみた。 麗香も皿洗いの手伝いなどを行いながら噂話などを聞こうと試みる。 だが、働く者たちの反応は、どこか距離を感じさせるものだった。 麗香も感謝の言葉は述べられつつ、やんわりと断られる形になる。 毒の話や警備状況などもあり、従業員たちは恐れや警戒心のようなものを抱いている様子だった。 淑子への態度は少し柔らかくはあったが、不安は滲んでいる。 彼女は無理せず建物の構造確認などに時を使い、判断力が鈍らせぬようにと、交代で休憩室で仮眠を取った。 夕方になり食事の準備に2人が現れ、海依音とアルシェイラが定期となった確認を行う。 アルシェイラは幻想殺しを使っての目視を行い、海依音は名前を呼ぶなどして反応を窺い、何か怪しい部分があればチェックする。 入れ替わりは無かったが、海依音は他の者たちと比べると調理補助の女性がずいぶんと自分たちに怯えているようにも感じられた。 もっとも調理担当の女性も自分たちに対して不満そうだし、感情の表われ方の違いだけかも知れない。 考えつつメモは行い、皆に伝達する。 停電が発生したのは、そんな日の夜だった。 とはいえ6人はそういった事態も想定していたので動揺はほぼ皆無である。 海依音は暗視を使用して即座に議員の部屋へ向かい、麗香もベルトライトを使用して状況を確認する。 涼子はそのまま暗視と千里眼を使用して周囲を見張った。 すぐに非常用電源が作動して内外の電気が付き、エアコンが再作動し始める。 「……切り替わる時間が掛かり過ぎな気がします」 纏め役の男性が怪訝そうな表情を浮かべてそう説明した。 もっとも、点検は5日間が過ぎた後となるようだ。 議員の睡眠中、海依音はドア前で待機して護衛を行い、淑子は厨房で隠れて警備を行った。 気になる事はあっても大きな動きは無く、日は静かに過ぎてゆく。 ●急変 最初は様々な事が理解の外にあったアルシェイラも、数日の間に色々な事を学びつつあった。 それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。 もっとも、今の彼女には良いとか悪いとかの意識は無かった。 ただ懸命に皆の話を聞きながら、気になった事や思いついた事を彼女は話し、皆の警備を補完し、警戒を行い続ける。 形にならない不安に関して相談すれば、すぐに誰かが答えてくれた。 その意見を参考に、彼女は幻想殺しによる確認の合間に食堂の調査も行っていた。 毒物に関しては海依音が相変わらず、議員への飲料提供を淑子と引き受けている。 最初は胡散臭がられていたものの、今は呆れられるような感じで受け入れられていた。 真昼は6人内の唯一の男性というのもあって、手洗いや風呂等の微妙な部分の護衛に特に気を配る。 何かあれば即座に連絡をと考えているものの今のところ動きは無く、合間に議員の仕事について話したりする事もあった。 「考えるのは俗な言い方だが、実行できる力を持ってからだろうな」 壮年は言った。 「君も大きくなったら議員を目指してみるかい? アークの力があれば……と、これは失言かな」 そんな未来の事まで、少年は考えた事は無かった。 目の前の事と身近な事で手一杯だったのである。 その目前の事態が突然動いたのは、4日目の朝だった。 調理補助の者が別人である事に気付いたのは勿論アルシェイラである。 メモを取っていた海依音は他の皆に伝えつつ、気付かないふりをして時を過ごした。 淑子はアクセスファンタズムで連絡を取り合い、厨房の警備を厳重にする。 朝は何事もなく、フィクサードが動いたのは……再度来訪した夕刻、食事の後片付けの最中だった。 洗い終えた食器の一部を指で拭った彼女は、そこを別の指で擦るような仕草をする。 千里眼で確認した涼子が皆にそれを告げ、リベリスタ達は一斉に動いた。 それを予想していたかのように、フィクサードも構えを取る。 逃がさぬようにと海依音は退路を塞ぎながら、詠唱によってフィクサードの身に呪言を刻み付けた。 アルシェイラは建物内への被害を考慮し、小さな光球をフィクサードへ向ける。 麗香は幻想纏いから取り出した刃に雷撃を纏わせ、斬撃を放つ。 アルシェイラと麗香の攻撃はかわされたものの、既に退路は塞いであった。 ……次の瞬間フィクサードは、何かを呑み込むような仕草をし、構えていた小さな刃を自身の胸へと突き立てる。 急ぎ駆け寄ったものの、彼女は既に事切れていた。 あまりに呆気なくはあるものの事態の1つが決着を見る。 一方で、議員の護衛へと回った淑子と真昼は周囲を警戒していた。 議員を庇うのが最優先。 「そのために派遣されたのだもの。絶対に護るわ」 「オレは今回のメンバーで一番弱い。でも、だからこそ」 淑子はフィクサードの事は皆に任せ、真昼も身を盾にする気持ちで周囲を見渡す。 そこで真昼は、地面にほとんど身を沈めるような姿勢の人物を発見した。 護衛と捕縛に意識が向かっている間を狙ったのだろうか? 真昼の方を見てはいないが、位置的には確実に自分を視界には入れているだろう。 何かを被り顔の見えない人物は、そのまま地面に潜ると、機敏な動きで施設から離れていった。 気にはなったものの護衛を優先し、真昼は涼子と共に行動を観察のみに留め動かなかった。 ●任期の終わり それ以降、特別な事態は発生しなかった。 襲撃とその阻止に成功した形で建物への周囲の警戒は更に厳重になり、働く者たちも警戒を強めた上、6人に協力的になったので、任務は容易になったと言えるかも知れない。 5日という期間が過ぎ、6日目、議員は感謝を述べ宿舎を去り、任務は完了した。 ただ、実感というものは……普段と比べると……極めて希薄な部分もあるかもしれない。 それが任務故か、恐山という相手故なのか……リベリスタ達には判断は出来なかった。 施設を出て……強くなる陽射しと、蒸し暑くなってゆく外気を感じながら。 何か得体のしれないものと、ひとつの区切りを実感しながら。 6人は、アークへの帰路へ付いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|