● 何処かの誰かが言っていた。 『一番怖いのは、一見偉そうに見えない人である』と。その様が如何に強かであれど、言動に余裕がない面白味の無い人間に大事を為す事はできない。 「何処かの誰かの言葉ではあるけれど、成程と思わせてくれるのは大事を為す人であるからかな」 くつくつと咽喉を鳴らす男は天才だ。 その事実は誰が何と言おうと変化はしない。あの『六道の兇姫』が認める頭脳を持ち、あの摩天楼の黒き王が面白がりながらこの男を見ている事実は覆りやしない。 「所で、イナミ、俺はね。この利口とは言い切れぬ野心が満たせる方法を一つ、思いついたんだ」 ちらり、と継澤イナミは己の主――凪聖四郎を見据えた。 揺らめく水色は何処か七色の光を想わせるように不思議な色彩を湛え、柔らかく細められる。 「兄さんが八柱目と称した『アーク』を俺が倒し切る。嗚呼、そうすれば主流七派の統一だって夢ではない」 「……『プリンス』?」 冗談さと笑う男を見据えながらイナミは冗談に聞こえないとわざとらしく『プリンス』と名を呼んだ。 一見優男の風貌――王子の様な優しげなマスクの男から感じる底知れない狂気と野心にイナミが腰に差す愛刀に指を這わす。 「はは、冗談だよ。でもね、俺が如何に有能であるかの証明にはなるさ。……これも一つの冗談だ。 そろそろ俺の『直刃』は十分に闘えるだろうか? 力試しをするのもソレはまた一興だ」 「それでは」 自信家であり、野心家であり、若い男は成程、浅はかな考えをその場の気分で行うものだとイナミは感じる。『逆凪の男』らしい欲が真っ直ぐに感じられる分家筋の青年の横顔を見詰め、イナミは一歩、下がる。 「さあ、そろそろ、時間だ。準備はできたね? イナミ。ちょっとした遊びに行こう」 「遊び、ですか」 言葉を促す様にイナミが聖四郎の顔を見やれば、其処には何時も通りの優しい面影はなかった。 ――凪聖四郎の存在を知らしめて遣ろうじゃないか。 そして、アークをも巻き込んで、全てを統一し、己が一番であると証明しようではないか! ● 資料を捲くる『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がリベリスタを見回して、事件よと告げた。 「とある劇場へ行って欲しいの。招かれざる客がその場には紛れこんでいるわ。 お客様はね、自己顕示欲が強い男なんだけど、ええ、逆凪分家、凪家の凪聖四郎よ。 最近は逆凪本社の食事会等にも出席してた様だけど、彼がその場では敢えて口にしなかった自分の子飼いと遊んでいる見たい。遊びと言えるほど可愛い物でも無いんだけども」 苦笑い一つ、困り果てた様に世恋がモニターに映し出したのはやけに明るい顔をして笑う青年であった。 「……はい、これが凪聖四郎よ。彼は『子飼い』こと自分の私兵である『直刃(すぐは)』の勧誘活動を行ってきていたわ。その目的は定かではないけれど、彼曰く『七派をも統一して己が一番である事を証明する』らしいわ。 その力を見せつける為に私達を――彼の兄が『八柱目』と称したアークに打ち勝とうとしてる訳でして」 面倒ね、と真顔で告げる世恋にリベリスタも苦笑を浮かべる他ない。 凪聖四郎は主流七派を統一した後どうするのか……未だ連絡をとっていると言う海外へ行った六道紫杏を迎えに行くのか、はたまた『俺が一番強い』等と子供の様に日本の王に為るのか。 「兎も角、その目的の為に、久々に彼が出てきたわけなのだけど……彼だって馬鹿じゃないわ。 丁度此方が疲弊しているであろう頃合いを狙ってきたわけね」 招かれざる客である聖四郎にとっての『招かれざる客』――リベリスタが現れる事は良いとは言えない。無論、リベリスタが来る事を予測して居ない訳ではない、だからこその『正面からの奇襲だ』と世恋は真顔で告げた。 「ハッキリ云うわ。今回は少なからず一般人への被害が出ると思っている。寧ろ、ソレで戦いにくくしようと凪聖四郎はしているの。 こちら、劇場よ。広場には観客が存在してる。それから、玄関入ってからのホールにも人は大勢よ。 彼等が幾ら言葉が通じる相手でも『悪党』であることには変わりないのだから、殺しには躊躇しないわ。そんな良い人でもないってことね。之はよく覚えて置いて?」 リベリスタの『正義』を逆手に取り被害を軽減させようとする事で戦闘させにくくする事を狙われた以上広場での戦闘での被害は致し方ないわと小さく苦笑を漏らす世恋はそれでも、とリベリスタを見回した。 しかし、劇場内に入れればそれ以上の被害が出る事は明白だ。 被害がでないに越した事はない、と出来る限り被害を減らしてほしいと頭を下げる世恋が指し示す資料。 「ターゲットは此方。とある国の大使であらせるマリアーノ氏。所持してる宝石が聖四郎の目的のアーティファクトよ。 識別名は『ヴェリズモ』。神秘大好き男が求めるものなのだから、彼の手に渡れば何が起こるか分からないわ。それに、マリアーノ氏を殺される事も避けてほしい。アーティファクトを取られる事は即ち、彼の死と直結するわ」 ソレを避けてほしい、と願う世恋は両手を組み合わせ、リベリスタを見回した。今までは聖四郎の部下が直刃と名乗り様々なアーティファクトを奪取しようと企てていた。 ソレが、彼が目指す高みの為の手段――睡眠作用を使った一般戦闘要員やエリューション使役による戦力増強やソレにつながる様々――へと繋がっていく事は嫌でも判っているのだから。 「『凪のプリンス』――なんて皮肉な呼び名ね。本人は凪ぐだけでは満足しないのに。 さあ、私の悪い夢を現実にしないで? 良い夢を見ましょう。どうぞ、ご武運を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月12日(金)22:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●煙る月が顔を出す ぼんやりと明りを灯したランプは広々とした正面広場を照らすにはやや心もとなく感じた。それも『不吉』を表す様に周囲に広まっている霧の所為であろうか。 白く煙る景色の中、ドレスを纏った淑女の手を取った紳士が笑みを零す。ムービーの中の様な錯覚を覚えながら降ろし立てのスーツを身に纏った『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が何処か緊張した様な面立ちで正面広場をゆっくりと歩んでいた。 彼の隣で小さく鳴き声を漏らす鷹は『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が用意したものであった。ファミリアーを駆使し、五感を共有しながら、エルヴィンと共に玄関ホールへ進むその姿はある意味で好奇の目に晒される。マイナスイオンを発する青年の居心地を更に悪くするのには容易な事であった。 踏み込んだ正面玄関。大人しく羽を休める鷹を置いて、のんびりと流れるクラシックの音色にエルヴィンが目を伏せる。談笑する貴婦人の声が耳朶を叩く。人ごみの中では目立つ白髪に、赤い瞳。幻視を伴わない青年を見詰める視線は彼が発するマイナスイオンで不審者では無いと言う事を表せているように思える。緊張が、隠し持っているODS type.Bを掴む指先を震えさせた。 こそこそと話し続ける貴婦人の声や、楽しげな笑い声。紳士淑女の社交場の一角にエルヴィンの『目当て』が立っていた。 『マリアーノって男か……』 ブリーフィングでの話し合いでエルヴィンは仲間との会話を想いだす。種族を問わず、心優しく手を差し伸べる青年はある意味で軟派癖があるかの如く、仲間達からからかわれていたのだ。 『ガーネットさん、マリアーノを是非、口説き落として下さい!』 『マリアーノさんは、男だね……残念ながら……残念?』 輝く翠が彼を見詰めていたのを思い出し、緊張が少々解ける。モノクルの向こう、残念かなと首を傾げた神父の言葉に小さく笑みが浮かんだ。 ここからが責任重大だ。エルヴィンもそれは重々承知している。もうそろそろ『あちら』では『彼』と出逢う頃であろうか。 その前に人ごみの中でマリアーノ――オペラの主賓である某国の大使――を見つける事が叶い安堵が胸に過ぎる。 しかし、疑問で仕方が無かったのは、マリアーノを『口説く』原因となった男だ。何が楽しくて今更一つのアーティファクトを狙いに来たのか。整ったかんばせに薄らと笑みを浮かべた青年の顔を想いだす。 (――凪聖四郎か……) 邂逅したあの日、虹色に煌めく青を細めて笑った男の表情がエルヴィンの脳裏にこびりついていた。 霧の中、迫る気配に『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)が強い意思を感じとり顔を上げる。三/三/三を握りしめた生佐目が唇を歪め、接近する事を考えるが、気配を殺す方法を彼女はどうやら用意出来ては居なかった。 桃色の鋭い眼光が見据えるのは煙る向こうに在る人影だ。一歩一歩の足音さえも耳朶を擽る気がして、色付く唇を釣り上げる。偽悪的な態度をとるのはマイブーム。本質は一般家庭で育った普通の少女である事を生佐目は知っていた。擬似的、作為的な『逸脱』ごっこをしながら、未だ少女と呼べる年齢の娘はその時を待った。 ポケットに突っ込んだ右手。ストックの花がデザインされたリングが指先にコツン、とぶつかる感覚に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が表情を歪めた。 まだ寒い日だった事を覚えている。そう、あの季節は雪がちらつく様な――年末に行われた公園への侵攻を防いだ後の出来事だった筈だ。紫の髪に触覚を生やした六道の姫君の『遊戯』が、兇姫の舞台の幕を一度下ろす事になった事件の一幕だった筈だ。 「……こんなの、預けられてもな」 その指輪と同じものを六道紫杏の指先を飾っていた事を知っている。彼女が製造したアーティファクトだと言う事も知っている。カップル同士が好きこのんで付けるお遊びのものよりももっと拘束の強い『相互回復』の効果を、神秘を纏ったペアリング。 ――君が為の紫羅欄花(あいのきずな)。 夏栖斗の指先が弄ぶ指輪の事を『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)も知っていた。悔やんでも悔やみきれなかった。男が恋人の元へと辿りつく機会を逃したきっかけが己である事を知っていたからかもしれなかった。 「……聖四郎さん……」 つい最近、逆凪本社で行われた晩餐会で合わせた顔はその睦月、恋人の元へ向かうとアークへコンタクトをとってきた時と何も変わりもない余裕を浮かべたものであった。兄の手前、大人しく口を噤んでいた男とフリートークは叶わずとも心の何処かで『恋人と離れた感傷』を感じさせない聖四郎に安堵したのだ。 近付く足音に高揚する気を鎮めきれずにヴァンパイアの牙を零す『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)が葬刀魔喰を握りしめた。凪聖四郎に興味が無い訳ではない、ソレよりももっと戦いたいと焦がれた相手が、今、此処に向かっている。 蜂須賀にとっての『正義』は尤も重んじるところであった。非常識の常識を求める様にただ我武者羅に求めた『正義』の中にはしまい込めなかった闘争欲求。其れを満たせられそうな『敵』が其処に居るのだ。 ちらり、と視線を送ったのは『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)だ。彼女も朔と同じ対象と再び顔を合わせる事を求めていた。そんな二人の想いに応えるかのように現れたのは中性的な顔立ちをした逆凪のフィクサードだ。 「……邪魔者が」 言葉少なに紡ぐ声にどちらがと笑みを浮かべ、デュランダル(けっしておれないけん)の切っ先を向けた『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)がにぃ、と唇を歪めた。神秘に身を投じ、より力を求めた青年の右目は今は緑に染まり、並みの人とは言えぬ色をしている。 「折れぬ剣(デュランダル)か……。どうしましょう。中々、『有名所』のオンパレードではないですか」 丁寧に、己の『上司』に言葉を零した久慈クロムに対して、虹色に煌めく青を細めた男は小さく微笑む。 その笑みは『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)にとってある意味では待ち望んだものであった。霧を引き裂く様に振るった箱庭を騙る檻。蒼いドレスに薄氷を想わす美貌は男もつい最近目にしたものであった。 「運命狂……どうも、御機嫌よう」 「Bonsoir、何時ぞやの晩餐会以来ね? またお逢い出来て嬉しいわ。凪聖四郎」 ドレスの裾を摘み緩やかに浮かべた笑み。名を呼ばれた男――凪聖四郎に『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は小さく、「くだらない」と囁いた。 ●直刃Ⅰ 踏みこもうとした継澤イナミはリベリスタ達が戦闘態勢をとって居ない事に違和感を覚え足を止める。前線にゆっくりと一歩、歩み出した夏栖斗がイナミ、クロムへと視線を送ってから聖四郎へと向き直る。 「ちょっと皆、待ってくれない? 僕、少しだけ聖四郎に用事があるんだ。……少しの時間はいいだろ?」 「君はアークの御厨君だったね。久しぶり。元気そうで何よりだ」 その言葉に夏栖斗の金の瞳が細められる。久々に叶った邂逅で彼は想う事が一つあったのだ。 取引を持ち掛けて、困った様に笑って渡された『君が為の紫羅欄花』(ぺありんぐ)を返さねばならないと、渡されたその日からずっと想い続けていた。 ぎゅ、と右掌で握りしめたペアリングの感触に、想い返される睦月の出来事。六道紫杏を取り合う『倫敦』と逆凪分家の御曹司。あの時の正解を只管に考え続けた。ただ、自分が出来る事を一つだけ見つけたのだ。 「……ほら。コレ。預かってたよ」 宙を舞う指輪をキャッチした聖四郎の視線が己の掌に釘付けになる。捨ててくれても構わないと渡したリングを丁寧に持っていた青年に小さな笑いが零れずには居られない。 「とんだお人よしだな」 「言ってろよ。それ、『お姫様』との大事なモノなんだろ? ちゃんと返したからな。 ……それとさ、遠距離恋愛とか言ってるけどさ、手の届かない所で失くしたら自分ではどうしようもなくなるんだぜ?」 一言一言紡ぐ声に風斗の指先が剣を握りしめる。吐き出す様な、絞り出す声音が震えている事を感じとって、雷慈慟が目を伏せた。 主のGOサインを待ちながら厭世の櫻を握りしめ、身体を揺らすイナミがじ、と夏栖斗を見据える。彼女の目からしても、御厨夏栖斗は何かに耐える様な顔をして戦場には似合わぬ雰囲気を纏っていたのだ。 そんな中、鮮やかな紫色の瞳をあちらこちらとさせながらリセリアが全体を見回した。その中でも彼女の視線に止まったのはイナミだ。 『アハッ、ハハハッ! 『蒼銀』――! 私を負かせてくださいますか?』 何時か、聖夜を前にした公園の出来事はリセリアにとっても記憶に新しい。幾度も刃をぶつけ合い狂った様に戦いを望んだ逆凪のフィクサード。打ち付けられる刃に手が痺れた事も覚えている。 視線が交わい、聖四郎が御厨君と小さく呼んだ中でも、リセリアはイナミへと視線を向けていた。ふ、とその目を逸らした後、全体の布陣を理解したとセインディールの柄をぎゅ、と握る。 「何か……いいや、野暮な事は聞きやしないよ。そもそも俺達は敵なのだからね。 『ご忠告』痛み入るよ、御厨君。指輪を有難う。後で紫杏に電話しておかなくてはね。君の指輪、失くしたと思ったら、漸く出てきたよ、と」 くすりと笑みを浮かべる聖四郎から夏栖斗は目を逸らす。長い時間がたったように思えるが、その出来事は一瞬だ。彼女の命が燃え尽きる人時に傍に居られなかった悔しさが夏栖斗の胸に過ぎって居たのだろう。 人間は取り返しのつかない事に妙に固執したがる。其れを人は未練と呼ぶのだろうが、夏栖斗の胸に合ったのは未練とも云えぬ後悔があったのだ。 「別にいいさ、何でも。でも、後悔する前に連れ戻せよ」 手の届かない場所で大切な人を喪う事ほどに後悔する事はない。喪った時初めて、傍に居る日常が脆い事を本気で実感する事になったのだ。 じん、と胸が痛み続ける。抉れた傷口を塞ぐ瘡蓋は何時まで経っても剥がれ続ける様な気がした。 ――けれど、立ち止まっては居られない。大も小も救う。それが、『アンブレイカブル』であるのだから。 「話しは済んだかね? ――と言っても、タイムリミットだ。『閃刃斬魔』、推して参る」 その想いはまるで恋心だ。恋焦がれるが如く、何よりも戦い(こい)に殉じる女は電鞘抜刀を手に唇を釣り上げた。飛び交う翳鴟を見据え、禍々しい妖気を纏う葬刀魔喰が朔の手に馴染んだ様に紫煙を燻らせる様に光りの飛沫を上げる。素早い鴉の翼を傷つけ、体勢を崩す鳥は一気にその体を反転させ翼で射る。 「……作戦に組み込む等、余程『信頼されている』と見えます」 青みがかった光りが蒼銀の軌跡を描く片手半剣を握りしめる。体内のギアを加速させるリセリアの元へと飛ぶ鴉へと黒き瘴気が捉えて離さない。 「折角、いらっしゃったんですから、楽しい対話を楽しみましょう」 こんにちは、と笑みを浮かべた生佐目を見詰めて、聖四郎が小さく顎で合図する。フィクサード達よりも早く動く事が出来たリベリスタは『往く手を阻む』という点では聖四郎達を其処から進ませない事に成功していたと言えよう。 (――お願い、無事に逃げて……!) あえて、周囲の一般人へと声掛けを行わなかった旭は魔力手甲に包まれた手首を見詰める。体を包み込む赤いドレスの裾を翻し、地面を蹴りあげた。飛び交う翳鴟を貫き、その蹴撃は背後でアーティファクトを握りしめるクロムへと届けられる。 「わたしのこと、放っておいたら痛い目みるかもしれないよ?」 「なら、此方全員を止めてから言うんだな」 少女の目の前に立った覇界闘士の拳が彼女の華奢な体を軋ませる。続き、踏み込んだナイトクリークはリベリスタ陣営に攻め込む様にその体を潜り込ませた。踊る様なステップで切り裂かれながら、一歩、旭の体が下がるのを躱し、覇界闘士とその背後で飛び交う翳鴟の体を黒き鎖が包み込む。 「アーティファクト蒐集の本懐は逆凪黒覇(あに)に対抗するためかしら? あの度し難い能力でも特定の何かに依存する能力は盗めない――貴方の今までの動きから察すると、そんな『答え』に行き着くわ」 黒き王(あに)に対抗すべき、誰よりも兄に負けたくないという対抗意識があるように思えるのだ。聖四郎が兄へと己の編み出した技――『十三月の悪夢』を繰り出したとすればそれを兄は幾重にも改良したより良い形で喰らわしてくる事が氷璃には目に見えて解っているのだ。 その言葉に、前線へと抜き身の攻撃を繰り出したイナミがぎ、と睨みつける。中衛位置の女が前へと踏み出そうとする気配に朔の唇がつり上がった。イナミらを支援するホーリーメイガスの回復に、後衛に立っている『プリンス』がくつくつと笑う。 「余りお話ししている暇はないのかしら。どうやら増えてしまう『我儘な小鳥』が沢山いる様だわ」 「『小鳥』はさっさと倒してしまおうか。――存分に暴れさせて貰うよ」 クレッセントがひゅん、と音を鳴らす。地面を蹴り、街灯へと付いた足を其の侭軸に、くるんと舞い上がる。前線に飛び交う鴉を目掛けて埋め込まれ死の爆弾が炸裂する。尤も、ロアンにとっての『目当て』は先ずはその翳鴟を呼び出す男に注がれているのだが。 「久慈クロムか。妹がどうやらお世話になった様で。一先ず死んで貰おうか?」 何よりも愛し妹と一戦交えたその事実だけでも、彼が悪党である事はよくわかる。妹は理不尽な神に願ったのであろうか。其れとも己の力だけで進んだのであろうか。無原罪の法衣を翻し、鮮やかなあかが嗤う。 「神が与える裁きも救いも此処にはない。さあ、懺悔の時間だよ。言い残す事はあるかな?」 クレッセントが波打つように揺れる。伸ばした指先で、聖四郎が最初に張ったのは物理攻撃の属性を遮断する魔力のシールドであった。神秘に造詣が深い男ならではの行いにロアンが「解り易い」と鼻で笑う。 飛び回る鴉をかき集め、声を張り上げたのは夏栖斗であった。炎顎と炎牙。両の手に燃えあがる己の意志を揺るぎなく抱く青年は、幾つもの勲章を手に、目の前の敵を只見詰める。 「――さあ、来いよ! 死に物狂いで足掻いてやる。僕は英雄でなくったってこの手で全てを救ってやる!」 喪う辛さを、再確認したから。人はそれ故足掻き強くなるのだと言う。アッパーユアハート。寄せ集めようとするソレに、黒き鳥は青年の首筋を目掛けてまっさくに飛び込んだ。 「此方も其方も遊んでいる暇はない。目的は別にあるとして、この作戦は素直すぎではないか?」 ちらりと向けられる雷慈慟の視線。黒の書を撫でる指先が頁を捲くり上げた。クロムが放つファントムレイザー。不可視の刃を生み出すソレをARM-バインダーで受けとめながら、圧倒的な思考を物理的な圧力の奔流に変えて炸裂させる。鳥の鳴き声に、続き、フィクサードの体を跳ね飛ばす。 「……む」 ぴくり、と雷慈慟が肩を揺らす。五感を共有する鷹の動きを感じとったのだろう。彼の視線は60m後方に在る劇場の玄関へと向けられる―― ●『劇場ホール』劇場 外から響き渡る爆発音。瞬時に騒ぎになる劇場の玄関ホールではマリアーノが幾人かの護衛に連れられて話しこんでいた。 無論、周囲の紳士淑女も慌てふためいている。玄関ホールの出入り口の扉から外は霧がかかって上手くは見えないが、『何か』が起こっている事だけは確かであった。 「失礼します、緊急事態が発生しました。この場に居ては危険です、避難しましょう」 「な、何だね、君は」 マイナスイオンとて万能ではない。安心感を与えるにも限度があるであろう。この非常事態、周辺の客を放り真っ先に自身に近付く白髪の男に不信感を抱くのも致し方あるまい。 「慌てず落ち着いて下さい。私が護衛します。襲撃者の事は、ご存知ですか?」 スーツを纏った強面の青年にマリアーノは何処か怯えの色を浮かべたまま見詰めている。埒が明かない状況かと、彼が握りしめる幻想纏いを指先でとん、とん、と叩いた。 それは前線で戦うリベリスタ達にも伝わる。しかし、此処でエルヴィンが引くと作戦自体が瓦解してしまう可能性も否めないのだ。魔眼を使用し、不自然にマリアーノを避難させる事も出来る。如何した事かと逡巡するだけに時間が刻々と過ぎてしまった。 「君、襲撃者を知ってるのかね? マリアーノ氏を狙っているとはどういう事だ」 大使を背に出てくる男にエルヴィンは姿勢を正し真っ直ぐに見据える。外の『異常』が激しく鳴るごとに目の前の男たちも焦りが浮かんでいたのだろう。一刻も早く主賓である大使を安全圏に逃がしたいという欲求が強いのだろう。 「彼等の目的はマリアーノさん、あなたが持っているその宝石だと聞き及んでいます。現在、仲間が彼らの襲撃を食い止めている最中です」 その言葉に周囲の男が口々にああでもないこうでもないと言い続ける。前線で聖四郎たちの動きを制するリベリスタ達の猛攻は音からも感じ取れる。嗚呼、早く彼らと合流しなければ――! 「取り敢えず、あちらに非常口があります。あっちから逃げましょう。何れにせよ、正面玄関は危ない」 さ、と背を押して幾人かの男たちと共に非常口へ向かうエルヴィンの後ろを鷹が追いかける。何にせよ、神秘界隈に強くない男にとって『非日常』は錯乱させるに容易であったのだろう。周辺に多数の人間が居ながら、個人だけを相手にするのは少々無理がある。 先行するマリアーノの背を負いながらエルヴィンが彼の名を呼ぶ。途中の廊下で振り返る男へと赤い瞳を合わせ、念じる様に囁いた。 「逃げましょう……! 大丈夫、この先は安全だ」 出来ればアーティファクトを預かりたかった。だが、周囲に人間が居る今では不自然で仕方がない。談笑を行っていたマリアーノ当人だけにコンタクトをとるのは不可能に近かったのであろう。 「……その宝石が狙いのようです。本当に一時的。後でお返しします。貴方の安全の為に……!」 お願いします、と頭を下げる青年にマリアーノがたじろいだ。外の音が『彼の仲間』が故意的に起こしたものでこれも作戦の一部でないのか、そう思われても仕方ないからであろう。再度、目を合わせ、お願いしますと彼が告げたと同時、良いだろうと大使は渋々宝石を手渡す。 「マリアーノ氏!?」 「後で返すと、そう言うたであろう」 じ、と見れば、大使の目は催眠状態に近い。此処から先、逃げて下さいと告げ、かなりのタイムロスを感じながら、雷慈慟の鷹と共に来た道を走る。 早く、早くと廊下を、ホールを駆ける足が縺れそうになった。ああ、聖四郎が絡むと何時も走っている気がする。自分が懇意にしていた友人達を助ける為に、兇姫とのランデブーポイントに辿りつかせない為に。 ――そして、今は何よりも大事な友人(なかま)達の為に走っているのだから。 「……待ってろ、もう少しだ……!」 ●直刃Ⅱ 前線で飛び交う翳鴟の合間を抜けて、前線へと突入してきたイナミを見るたびに朔の気持ちは高揚する。待ち望んでいた部隊が其処にはあるのだと揺らめく妖気をも気に留めず、前線へと飛び出した。 「君が、継澤イナミか。『閃刃斬魔』蜂須賀、蜂須賀朔だ。覚えてくれ、此処からが本番だぞ直刃之侍!」 ぎん、と葬刀魔喰と厭世の櫻がぶつかった。翳鴟が未だに居る中でも、かなりの実力者であるイナミを野放しには朔はしない。名目上は抑えだと知っていた。しかしながら彼女にはそのつもりは毛頭ない。 「私は戦いに来たのだ。目指すは勝利のみ」 「ほう……『蒼銀』の娘と良い、私を止めると仰るのですか? 『閃刃斬魔』。ならば止めて下さい! 私はイナミ。『直刃』の継澤イナミ。お相手承りましょう!」 持ち帰る様に左手に握りしめたやいばを右手に握り直し、イナミの踏みこむ間合いの一歩。死か生か。其々を分かつ斬撃に朔の唇がつり上がる。 イナミの視線は自分に向いていればいい。どんな横槍だってこの場では関係ない。 待ち望んだ、只、只管に目の前の愛しい敵を斬る事のみに己の全てを尽くし続ける。揺らめく妖気と重なる光りの飛沫。 「――今日は蜂須賀さんにイナミさんのお相手をお任せして居ます。イナミさん、蜂須賀さんが倒れたって往かせませんよ?」 セインディールが煌めいて、多角的な攻撃を作り出す。二人の女から目を向けられたイナミの闘争本能が擽られ、唇から笑みが零れ始める。楽しみで楽しみでしかたないとイナミのテンションがアップすると同時、飛翔し貫通し続ける蹴撃が翳鴟諸共にクロムを引き裂いた。 「いつもわたしは足止めしてるね? ねえ、聖四郎さん。そのバリア、あんまり好きくない」 む、と唇を尖らせて、揺れる黒髪を――親友を模した髪ではなく、自分自身の色を靡かせ、力を込める。クロムの体から溢れ出る赤に嫌いな色と好きな色を想い浮かべ、旭の唇から零れたのは闇の貴族の牙であった。 「ただの恋ならわたしは応援したいよ。いつかは足止めしちゃってごめんね、紫杏さんとはどう?」 「君と言う子は何時だって俺と紫杏の事ばかりだ。ああ、一つ申せば、そうだね――変わりなく」 くつくつと咽喉を鳴らし笑う聖四郎を見詰めながら、生佐目は己の優先対象である翳鴟の討伐に加わっていた。黒き瘴気が鴉の翼を落としていく。数が減っていく中、最初の増殖をも物ともせず、鮮やかな桃色を細めて可笑しそうに生佐目は笑った。 「いやいや、羨ましいですね。六道紫杏。こんなイケメンが恋人なんて、嫉妬してしまいますね」 「お褒め頂きどうも」 「――面の皮、引き剥がさせていただきましょうか」 に、と唇を歪めた生佐目は前線に飛び出して居る。彼女の体を貫く光りの十字は、彼女の視線をクロスイージスへと釘付けにするものであった。 「聖四郎様に大きな口をきく!」 「本音を言ったまで。偽悪ごっこは中々に楽しいものですよ?」 如何と聞く言葉にフィクサード達の猛攻が始まった。クロムの不可視の刃がリベリスタを包み込む、その間を突破する様に、夏栖斗は自分に送られる鳴き声を振り払い飛翔する武技を繰り出した。辺りに散らばる紅色の花が鮮やかに。何よりも、戦場を彩る様に広がり続ける。 刃を潜り、デュランダルの切っ先が、クロムへと向けられた。彼へと掛けられていた『魔力の障壁』等、風斗にとってはちっぽけな薄い壁でしかないのだが。クリムゾンサーキットが翻り、青年が声を上げる。 「逃がしゃしねぇ、お前の相手はこのオレだ――!」 劇場狙いの『芝居がかった』色男など今は如何でも良い。精神的に若く思える男が風斗より七つ程度上である事実も今は如何でも良い。ただ目の前のレイザータクトの男を倒し切る、ただ其れだけだ。 フィクサードの攻撃が周囲の一般人を巻き込み続ける。風斗の目の前で傷つき叫び声を上げる一般人に、助け出したいと逸る気持ちを抑えて唇をかむ。 (反応するな……その方が帰って被害を抑える事ができるはずだ……っ) 誰かを救う事に、正義も何も掛けてない。ただ、己その物を掛けて剣を振るってきた風斗の前で行われる行為に青年が唇を噛み締める。 未だ年若い青年の反応に視線を伏せったのは宵咲の女であった。長きを生きてきて、己の血族は革醒者ばかりであった。尤も、自身は『仮』の血族であるのだが。 「……全く不思議な運命ね。残酷な運命はどちらにその天秤を傾けているのかしら?」 「運命狂。君は運命に抵抗する事こそが真の運命の定理だと思うかい?」 「ええ。それこそが残酷で無慈悲な運命を容認する一つの方法。無論、抵抗しない事も選択肢のうちだわ。 でも、私は、終わりが来るまでは足掻き続ける。その運命を認め、そして私のものとしてみせるわ」 蠱惑的な笑みは聖四郎へと向けられる。焔が燃えがあり、対象範囲を全て燃えちらかせた。周囲の一般人を意識せず、巻き込まれるものが居ても氷璃は止まるところを知らない。 うずうずと胸を逸らせるのは男が持つ『十三月の悪夢』を見たいという気持ちだ。早く見てみたい。 世界に認められる13の月の暦か。或いは、嘗ては必要とされた閏月。どちらにせよ、認められず分家へと送りだされた可哀想な男にはお似合いの悪夢だ。 「ほら、私に悪夢を見せなさい?」 手首から溢れる鮮血が酸素に触れ、黒き鎖を模して捉えて離さない。 男が見続けた悪夢が。 男が見せようとする悪夢が。 ――願わくば、我が不義理で不条理で無慈悲な残酷な運命へのスパイスとなる様。 銀の軌跡を残す様に糸がぴん、と張り詰める。接近した侭に、夏栖斗の目の前でステップを踏むロアンの体へと覇界闘士の蹴りが貫いた。それと同様に、背後の夏栖斗も傷つき続ける。 「咲き誇れ、鮮血の華! 僕等の流すこの赤き血よりも、より多くの血に塗れろ! お前たちの血を喰らってやる!」 リベリスタ達の傷も深いのだとロアンは知っていた。回復手であるエルヴィンがタイムロスを得た事もあり、消耗が激しい状況に陥っていたのだろう。だが、その場で引くほどに、この神父は『優しく』なかった。 「初めまして、王子様……だっけ。フラれたんだって? 無様だね」 小さく浮かべた笑みに、聖四郎が肩を竦める。邪鬼(あに)は『女に振られて引きこもっている』と称した。 実際のところ、己の『子飼い』――直刃を動かし表舞台から一歩退いていた男は振られたとは毛頭思ってはいない。落ち込む事も無ければ、己の目的の為に動きだした位だ。 「ハハッ、紫杏は国外に出てから、俺に連絡をくれたよ。愛しい俺の兇姫はね」 「――僕も人の事云えないな、と思って。少しばかり八つ当たりさせて貰っても良いかな?」 あの娘に格好悪いところも見せられないしね、と感謝の意を胸に抱きながら、ロアンがクレッセントを指に這わす。肉の喰い込む感覚に、モノクルの向こうで目を細め、牙を零して微笑んで見せる。 「ほら、懺悔を始めようか。お祈りなんてものはない。僕は背徳者。――『ころしてやるよ』」 神の徒とて、その言葉を理解しない訳ではない。避ける事を得意としないロアンが運命を支払い、痛みを堪えて武器を握りしめる。 攻撃を強めるフィクサードの中で、鷹の意識と己の意識をハッキリと持ちながら、雷慈慟がリベリスタ陣営を突破しようとするフィクサードの体をなぎ倒す。 「才覚鋭利な者の思考。掌握覚束ないな。お粗末な遊びはそろそろ終わりにしないか? 侮辱する気はないが自分には浪漫主義者のお姫様と言った所に見える」 「それは、兄の庇護を受けて好き勝手踊らされているチェスの駒と言いたいのかい? ならば、お門違いだ」 男の指先がCreative illnessと名付けられた書物をなぞる。深紅の表紙に金文字で綴られた『Creative illness』をなぞり、虹色に煌めく瞳を伏せった。聖四郎の指先で煌めく指輪に視線を落としながら雷慈慟はあと少しだと背後から近付く気配を感じ続ける。 「プリンス、『何か』がきます」 「……そう言えば、君達は何時も十人で俺と戦っていたように思うんだが、もう一人は?」 くつくつと笑いながら、広まったのはその場に居たリベリスタ全員へと与えられる『十三月の悪夢』。ぐらぐらと意識が揺れ、崩壊。出血。麻痺といったバッドステータスが広がり続ける。 「――もう一人をお呼びか? 待たせたな、聖四郎!」 仲間達を励ます様に広がる聖なる息吹。未だ彼の懐に存在するアーティファクト『ヴェリズモ』を胸にエルヴィンは 黒の先を向けてにぃ、と笑った。 ●凪という男 攻撃を続けながら、生佐目の足が縺れる。翳鴟の数が落ち付き、増加にない為に、彼女が真っ直ぐ向かったのはホーリーメイガスのもとであった。攻撃に巻き込まれ、その体力を消耗しながらも、前線のフィクサードを相手にし続けていた、リベリスタ達の中で辛うじて生き残っている厄介な因子である彼女に生佐目は真っ直ぐに剣を振り下ろしたのだ。 「さて、生半可では終わりませんからね」 「聖四郎様には触れさせない……!」 ルーンシールドを所有する聖四郎が繰り出す魔術がリベリスタを傷つける。魔術師の弾丸が旭の体を貫いても、彼女はその場に立ち続けると決めていた。遅れてきた回復役に、長く戦い続けていたフィクサード達にとってその因子が『有害』であるのは言わずもがなだ。 「ねえ、他人を巻き込む様なやり方じゃ、恋って呼べないんだよ? それは変だもん。 男のひとってどーして今も昔も、天下統一したがるのかなあ? わかんない。わたし、わかんないよ」 地獄の業火で薙ぎ払う。周辺全ての仲間へと声を掛け、薙ぎ払う手がクロムを相手にする風斗を巻き込んでも青年がに、と笑った。仲間の攻撃さえも全て受け流し、諸共せず、其処で折れないのが『デュランダル』なのだから。 天下統一、なんと浅ましい思考であろうか。一般人を使えば、この足を止めれるとでも思ったか――! 「この野郎、オレはこんな所で止まりはしない! 傷心の彼女を放置して、こんな所で放蕩か! 彼女をバロックナイツから奪い返す位の甲斐性位見せろ!」 止める事の出来ない強大な力(じゃがーのーと)で彼は誰も阻まない。人から並はずれ、怪物の様に化してもその足を止める事が無いと決めたのだから。 目の前でしぶとく攻撃を続けるクロムの体を切り裂いた。真っ先に、生と死を分かつ攻撃は、止まりはしない。白いコートが翻り、風斗の足が固い地面を蹴りあげた。 生かしたがりが仲間達へと与える回復で、息をつきながら風斗は視線を揺れ動かせる。、 霧の中、翠の閃光が揺れ動く。嗚呼、其れが青年の眼光が有する光りであると気付いた時には遅かった。 「――オレを止める事なんて叶わない。折れやしない、ソレがデュランダルだ!」 切り裂かれる一撃に、クロムが膝をつく。中間管理職として、今まで直刃に気を使い続けていた青年が振り仰ぐ其処で、聖四郎の眼がじ、とクロムを見据え、憎悪の色を映したのを見て静かに笑う。 「俺はね、楠神くん。意外と義理固くてね。リセリアさん、君は『お遊び』と笑うだろうか? 俺の大事な『部下』にどうも有難う。戦士に殺されて幸いだと思うのだが、どうだろう。君も死ぬかい?」 柔らかな口調で告げる言葉に風斗の背筋に『嫌な気配』が迸る。蒼い眼光がじ、と風斗を見据え、混乱を有する血の鎖が彼へと襲い掛かった。 「ッ、まったく、ハーレム王、聖四郎にまでモテなくったっていいだろ?」 うるさい、と吼える様に返す風斗に笑いながらも夏栖斗が彼の周囲に存在するフィクサードの体を止まらぬ武技で切り裂いた。赤い花が咲き誇り、周囲に広まる血に夏栖斗は汚れて行く両手を想い、息を吐く。 「僕は、英雄でもヒーローでもない。解ってるんだ! でも、なりたいと願ったその道を、英雄を目指したその道を足掻いて足掻いて足掻き続けて、僕は救って見せる!」 「御厨君、往け。役目とはこういう事だ!」 前線で往く手を阻む様に立っていたナイトクリークの前へと歩みより雷慈慟が夏栖斗の肩を押す。この身の女が居ない以上雷慈慟も容赦はしなかった。ホーリーメイガスを狙いながらも3回に1度、凪聖四郎を狙った気糸は彼の動きを阻害する事を狙う様に、手頸へと巻き付いた。 「矜持を持ち、彼が返すと決めた。自分は彼の意志を大いに評価したいと思う。 偽善者だと罵るが良い。それがアークである事を思い知らせてやろう。凪聖四郎!」 吼える様に告げる雷慈慟に観察眼を持った氷璃がくすくすと笑いながら、黒き鎖でホーリーメイガスを巻き込んだ。イナミを縛り付けるソレに前線で刃を交える朔の唇がつり上がる。 「嗚呼、楽しいな。君の一線を私の閃刃で越える、越えて見せるぞ、継澤君! 君は私を見て居れば良い!」 「楽しい、実に楽しい。ですが、私は此処で終わらない! あの時、『蒼銀』が私の動きを止められなかったように。此度も私は此処では止まらない!」 絡み合う様に、刃が音を奏で続ける。強く忠節を忘れないイナミの生き方は素敵だと朔は唇を歪める。 忠義に厚く、尊敬すべき、愛しき『敵』。侍の如きその姿。 ――尊敬するがゆえに、倒さねばならない! 「その凪君よりも賜った刀は君の誇りそのものだ。実に良い! 私が君を討った時に君が私を誇りを託せる相手だと認めるなら、君の誇りを頂こう」 「誇りを託せる相手を探せ、ですか。良い、実に良い。為らば、この私を倒した相手に私の誇りを授けようではないですか!」 くつくつと笑い、愛しき相手の誇りを『無理やり』奪うでなく、譲渡される事を望む朔にイナミが笑い続ける。 人々が倒れる事に唇を噛みながら『生かしたがり』が『活かしたがり』の顔を見せる。膝をつき、最早力を振るえなくなる仲間達が多い事にエルヴィンは気付いていたのだ。 「ちくしょ……っ!」 その中でも、一歩も引かず、ただ、其処で起こる鍔迫り合いに逸る気持ちをおさめきれないリセリアがホーリーメイガスへと接近し、刃を突き立てる。多角的な攻撃にリセリアの体がずれ込んだ。ホーリーメイガスを庇う様に立つクロスイージスをも物ともしない。 「……抜かせない、と言いました。私の矜持が為に此処は引いて貰いましょう」 息を吐き、刃が煌めいた。蒼銀の軌跡を残すリセリアの刃。前線で戦い続けた風斗が膝をつき、運命へ縋る事も叶わなくなると、スイッチするように夏栖斗が前線へと繰り出した。 後衛に居る魔術師である男は物理攻撃を使用しても意味を為さない為に、優先対象から外れていた。それ故に、残るフィクサードの対応をするリベリスタ達も傷を負い続けていたのだ。 「なあ……玩具のひとつふたつ手にした所で、あの『首領』共を越えられる気でいるのかよ?」 その言葉に男は目を伏せる。黒を握りしめる指先が小さく震えた。後から来た回復役は、生かしたがりは護り、癒し、救う為――己が護り抜く為の技法を精一杯に振るいながら聖四郎へと問いかけた。 「俺には、アンタと彼女が……黄泉ヶ辻の兄に焦がれた妹(あざみ)が重なって見える。 玩具に頼って自滅する運命しか見えない『憧憬瑕疵<こえなりローレライ>』(よみがつじあざみ)にならならない様に――お姫様を遺して自滅しない様にな、王子様」 その言葉にくつくつと笑う聖四郎へとリセリアが刃を向ける。彼の隣に存在するホーリーメイガスが膝をつき、聖四郎様と名を呼んだ。 その戦場に立っている人間の方が少ないだろう。夏栖斗は撤退勧告を行うべきだと、今までの戦闘の経験で識っていた。 「なあ、まだやりあう心算? 部下も戦闘不能になった――イナミと朔はやりあってるけどさ。 ホントはアーティファクトなんて口実だろ? 直刃の精度を試したいの? それなら一般人を巻き込むなよ。 十全に戦えない僕等と戦ってどうすんだよ……」 「もしも、俺がそのアーティファクトを使って更に力を手に入れたとしたらどうする? 俺の本気を見せる事が出来たとしたら――君は如何するんだい?」 振るえる一般人の前に立ちはだかり夏栖斗は炎顎を握りしめ、ギッと睨みつける。一般人の肩を叩き雷慈慟が逃げる事を促せば、怯えながら劇場の方へと走るちっぽけな背中が其処にはあった。 「ねえ……いつか聞いた紫杏さんへの気持ち。ふたりでどうなりたいの、って聞いたの覚えてるかな?」 恐る恐る。震える膝で立ちながら、旭が流れる血を抑える様に半身を庇い聖四郎へと問いかけた。 キャンパスグリーンの瞳が聖四郎へと答えを求める様に見据えられる。前にはぐらかされた答え。きっと、それを聞けば彼が悪い人じゃないと言う事が解るから―― 「俺は俺の遣るべき事を。紫杏は紫杏の遣るべき事を。それを為せた時、俺達は二人幸せになれる。 互いの邪魔をしてまで手に居れる幸せ等ないのさ。それはただの無理強いだ。これでどうだい?」 未だ名も知れぬ少女に聖四郎が返す言葉。そう、と小さく紡いだ後、旭の足がふらり、と縺れた。 刃を交える音だけが続く中、傷だらけで笑い続けるイナミに朔が楽しい楽しいと唇を釣り上げる。決着はどちらかが倒れた時のみだ。 退かず、退かせず。味方が撤退しても戦い続けると決めてはいたが―― 「イナミ、そろそろ帰ろうか。クロムは……ああ、仕方ないね」 ぴたり、とイナミの動きが止まる。優しく掛けられた言葉にプリンスと小さく返し、刃をしまった。 「『閃刃斬魔』。此度の戦いは私にとっても有意義だった。そちらの『蒼銀』ともまた手合わせしてみたい。 ――私はイナミ。『直刃』の継澤・依浪。この剣は全ては己が主の為に」 また、と背を向けるイナミに、朔が刃を下げる。背を斬る事は己の正義に反し、何よりも中性的なかんばせに滲ませた『誇り』を叩き切る事に近いではないか。 「それでは、また。次は俺が『直刃』の本気を見せてやろう。……また近いうちに逢おう、リベリスタ」 周囲で亡くなる一般人を見詰め、夏栖斗が地面を殴る。一人でも多くを助けなければ、そうして、もう二度と喪う事が無い様にしなければ。 到着した時に鳴り響いていた優美なクラシックは最早聞こえない。しん、と静まり返った異様な空間が其処にはあった。 ただ、薄くなりゆく霧の中、エルヴィンが懐にしまい込んだヴェリズモだけが、鈍い光を発していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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