● 「あっついなあ」 「夏だな」 「夏ってば開放的な季節じゃん。女の子も開放的なのがいいよね」 「開放的なのはいいな」 「もう何かいっそ脱がしちまおうって気分になるじゃん」 「なるなあ」 「こないだのあの子さあ、良かったなあ」 「思わず保存頼むくらいになあ」 「なあ、いい子いたらもっかい」 「保存はできないぞ」 「え、何で」 「六道のなんかそれっぽいヤツに頼んでやったんだけど、そいつ死んだみたいだから」 「マジでー」 「マジでマジで。アークに殺られたってさ」 「マジでー。何でアーク俺らの楽しみ取っちゃうんだろうなあ……俺らの事嫌いなんかなあ……」 「動きにくくなってるしなあ……嫌いなんかもなあ……」 「まあじゃあ脱がすだけでもやらね? たまにはときめきないと俺らも死んじゃうし」 「だなあ。じゃあちょっと行くか」 「あー、花火とかもやりたいなあ」 「いいなあ。あいつらも一緒にやるか」 ● 「はいこんにちは、七月ともなると本格的に夏って感じですね。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。まあ暑くなるとうっかり羽目を外しちゃう人達も出て来るもんですが……ま、見過ごせない場合もある訳で」 とりあえずお座り下さい、と赤ペンを振ってから、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は端末を弄りモニターに姿を映した。 どことなく似ている、二人の男。 「この二人、兄弟でして。特に所属はないフリーのフィクサードですね。夏の楽しいナンパの計画――なら放置もできるんですが」 ここに出されたという事は、そうではないという事。 問えばフォーチュナは、薄笑いのまま頷いた。 「はい。彼らが『脱がす』のは、服ではなく皮膚です。ぼくにはよく分かりませんが、人間の皮一枚を剥いだ姿に興奮する様で……。生きたまま剥ぐのではなく殺してから自分の欲望に適したアーティファクトを使う分良心的ですかね。殺してる時点で良心も何もないですけど」 アーティファクトがあったからそんな性癖になったのか。 そんな性癖だったから都合の良いアーティファクトを手に入れたのか。 どちらかは分からないし、今やどちらでも変わりない事ではあるが。 笑みは苦笑に変わり、変わって映し出すのは広い河川敷。 「彼らは普通にナンパしてきた女の子達とここで遊んでいます。他にフィクサードが三人。本当に、ただの仲良しグループだったら良かったんですけどねえ」 よく晴れた夜だ。少し離れた場所には、明かりも幾つか見える。 「悪くても二人以上の犠牲は避けてください。殺して皮を剥ごうと考えているのは兄弟二人だけ。兄も弟も一人ずつ。犠牲を減らす為に向かって、より多く失うのは良くないですからねえ」 とは言え兄弟を逃してはいけないのも事実。 守りつつ、しかし逃さず。 求められる事は多いが、リベリスタならば可能だろうと笑ってから溜息。 「……兄弟の家に、過去に『脱がされた』人が見えました。『彼女』はなんらかの処理がされている様子でしたが、今回は連れ去られた場合、皮を剥がれて数日もすれば腐りだして燃やされるでしょう。ほんの数日の楽しみの為に殺される人がいるなんて事、嘘にして下さい。ぼくを嘘吐きにして下さい。どうか、お願いします」 折角晴れた日なのに、遊びじゃなくてすみませんね。 ギロチンは笑って、手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月18日(木)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 河川敷。気温を下げた夜のバーベキュー。実に楽しい一夏の思い出。 若い男女のグループが他愛ない話で笑っている。そこに見える下心なんて、もう少し距離を縮めたい、なんてささやかなもの。今はそう。今だけはそう。縮まったなら最後、彼女等の二人は今夜で終わる。 そんな彼らの元に、ふわりと白が靡いた。 目を向けた一人の女が瞬き、笑う。好意的に。 「やだ、どこから来たの、可愛い……」 「お楽しみ中ごめんなさいね。でも、早くお家に帰るといいわ」 姿だけ見れば、天使の如く可愛らしい外国の少女。『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)はその相貌に笑みを浮かべて女性に語り掛ける。 「え?」 「この人達、女性と仲良くしてから酷い事するって有名なの」 小さな唇から滑り落ちた言葉に、兄弟ではない男が目を細めた。 彼らは即座に分かるはずだ。『彼』が無害な少女なんかではないという事を。 「おい、何か来てんぞ!」 声と同時に、単なる遊びに来た他のグループと思わせる為の格好をしていたリベリスタが距離を詰める。河川敷。多少の距離はあれど、片方は河。接近する方向はある程度限られた。 「え、マジで」 「誰よ」 一斉に武器を構えた友人と異なり、兄弟がまず取った行動は『傍らの女を庇う』事。 それは獲物を取られたくないが為の行動だったのか、それとも反射的に彼女らを――後で自ら葬る気の、か弱い女性を守る為の行動だったのか。甚だしい矛盾だが、どこかズレた兄弟の行動は至極真っ当なものであった。 それ故に。女は離れない。 己の前に立ちはだかり腕を伸ばした悠一の背に、異常を感じた女が縋るのを見て『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は普段よりも女性的なフォルムへと変貌した姿で、声で呼びかける。 「こんばんは、猟奇殺人鬼の羽田さんご兄弟」 「うわすげー呼び方された。超冤罪。誰アンタら」 「あ、そっちの三人はオマケで」 「うわスルー」 軽い声音。彼らの姿を捉えながらうさぎは神経を研ぎ澄ます。次の一手で捕らえる為に。 「夏の暑さを利用していやらしいことをしようとしてもそうはイカンぞ! 煩悩退散! 南無阿弥陀仏!」 アクセス・ファンタズム。数珠を片手に唱える『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の切った印が、悠一の周囲に展開される呪いとなりその身を縛った。 冗談めいた言葉だが、行為は明らかに敵対を示す。男の一人が構えようとして、横からの一撃に吹き飛ばされた。 「きゃっ!?」 「邪魔だ! 怪我したくないならとっとと失せろ!」 攻撃と共に女の柔い体を強引に押しやり、『折れぬ棒《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)――棒なのに突っ込み待ちかという事はさて置き――が怒鳴る。 手にした刃物。滴る血。女の顔が青褪めたのが、傍らに置かれたLEDの光で分かった。 くるっている。現状でどちらにその言葉が向けられるか、分からない風斗ではない。 胸糞の悪い所業を行っている狂人はお前らの傍らにいるその兄弟だと叫びたいが、弁明は彼の好む所ではない。怖がってでも、離れてくれればそれで十分。 「夏だから、暑いから、とは……呆れた言い訳だな」 ラバープリントの半袖Tシャツから伸びた腕が構えるのは、時代を遡った火縄銃。対面する若者と大差ない格好をした『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は、溜息を吐きながら照準を合わせた。 身に張り付くような布も、無駄に装飾の付いたバックルも好みではないが……ここまで誰にも好奇の目を向けられなかったのだから、恋人のアドバイスは無駄でなかったという事だろう。 銃口の先は、腰に僅か得物が見えた弟の方。放った銃弾は、足を捕らえた。女の悲鳴。季節外れの氷が、優二の足を縫い止める。 クリミナルスタアの男は女を傍らに置いたまま、己に迫る水無瀬・佳恋(BNE003740)の頭部に向けて不可視の弾丸を放った。ちりりと身を焼く殺意が肉薄する気配にも怯まずに、佳恋は渾身の力を持って白々とした刃を振り被る。 頭部を抉った弾丸が視界を汚した。直撃には到らずとも、刃に宿した殲滅の鬼気は男を女から遠ざける。ぱたぱたと落ちる血と視界からいきなり外れた男にへたりこむ女。 「全員、救います。――逃げて」 彼女らは無辜だ。ならば害させはしまい。佳恋は血を手の甲で拭い、受身を取った男を睨みつける。そんな彼女の右腕に、花が咲いた。先程風斗に吹き飛ばされた男が、やや離れた砂利の上で既に戦闘態勢を整えている。流れる血の量が、増した。 重ねて佳恋に仕掛けようとした男が、割り込んできた姿に盾を向け直す。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)。研ぎ澄まされたConvictioの前に翳した盾から鳴り響いた凄まじい音に、クロスイージスが冷や汗を浮かべる。 地面に跡を付けながら後退した男から目を離す事なく、彼女は立ち尽くす女へと一言だけ告げた。 「巻き込まれたくなければ、離れる事です」 必要以上の犠牲は厭え。だが、必要最低限の犠牲ならば任務の――正義の遂行が優先である。 「巻き込まれたら死にますよ? あっ、でも警察呼ばれると困……」 ノエルの言葉を補足し、うっかり口を滑らせた風を装ったうさぎが咳払いをした。 警察。現実的な単語に、ようやく頭が働いたらしい。よろめく足で、ノエルの傍らの女が走り出す。氷に足を取られた優二の傍にいる女の手を取り、互いに支え合う様にして。 残りは三人。 二人についていくタイミングを逃した傍らの女に、フツの呪いに囚われたままの悠一が語りかけた。 「変な事に巻き込んでごめんね? ……離れないで」 まるで自分が、守ってやるかの様に。『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は言葉を耳にして不愉快そうに目を細めた。ここで助けたとして、すぐに己の手で殺すつもりだろうに。なんて空々しい。 血を流す佳恋の為、高位存在の癒しを呼ぶ言葉を唱えながら遥紀は女に呼びかけた。 「見てたよね? あんなのに巻き込まれたら、君たちはすぐに肉の塊だ。俺は彼らの敵だけど、君たちを殺すつもりはない」 今この瞬間だけ、兄弟の言葉が真実だとしても――彼女がそれを信じてしまえば、待つのは破滅だけだ。 遥紀の言葉に、佳恋の後ろにいた女が動き出した。背を向けても、見知らぬ乱入者は刃を向けてこない、己を撃たないと信じて。サンダルが砂利を踏んで、遠ざかる音。 悠一の後ろには、まだ、女が残っている。後、動けない女が、一人。 誰かがふう、と溜息を吐いた。 ● エレオノーラの鈍色刃が夜闇に跳ぶ。バーベキューに使っていたコンロの網の端を爪先で蹴り、ノエルの視線の先に存在する男へと。だが、そのナイフは金属の上げる甲高い悲鳴と共に盾を滑った。 この攻撃に取り乱してくれれば楽だったけれど、そうは上手く回ってくれないらしい。 悠一の傍にいる女は、動かない。未だ思考の追い付かない内に、悠一のかけた言葉が効いているのか。だがこのままでは、遠からず盾として利用されるであろう事は明白だ。 だから――遥紀は女に向けて駆け出した。 回復手だとは知らずとも、明確に女を助けようと動いた遥紀は、敵の目を引く。 確たる司令塔の存在しないフィクサード達にとって、攻撃もせずに突っ込んでくる彼の姿は実に良い的。 いけない、とうさぎが僅かな間の集中を研ぎ澄まして糸を張る。けれどその気糸の直撃を凌いだ悠一の指先が、辛うじて龍治の氷の弾丸を振り解いた優二の銃口が、遥紀に向いた。 実力自体は高くとも、優二の狙いは必中を求める名高い射手『八咫烏』の精度には追いつかない。 けれどその分、速度では先手を取れる確率が、烏より人殺しの方が少し高かった。 「か、ハッ」 庇うように女を抱えた遥紀の目の前が、真っ赤に染まる。癒し手であっても決して脆くはない体。 それでも、この場で最も実力の高い兄弟から連続で攻撃を受けては軽傷とは言い難い。 よろめいた首に掛かるのは、鎖。白い喉に絡む鎖が、遥紀を宙に吊り上げた。 直撃は避けたとは言え、佳恋の一撃を食らっていた事で怨嗟の鎖は威力を増し――トドメとなって一瞬で遥紀の運命を削り取る。 真正面から血を浴びた女が、絶叫した。アラート。アラート。緊急事態。 陣地作成を前提に組んでいた作戦は、一般人を遠ざける手段を他に有していなかった。 隔離された空間を作るべく詠唱を唱えていたフツが、視線を左右に走らせる。 二十秒。あと十秒。その間、誰も駆け込んで来てくれるな。 龍治の弾丸が再び優二を捕らえた。風斗の傍らに屈みこんだままの女の前に、佳恋が立ちはだかる。聖骸凱歌。スキルを乗せない弾丸の威力も凄まじい龍治の攻撃を連続で食らう弟に、クロスイージスが回復を向ける。 覇界闘士を睨み付けた風斗が、気糸を放った悠一へと居合い切りを飛ばした。 「大人しくしてたら怪我せずに済むぞ。オレらの狙いはあの兄弟だからな」 「……はあ!? ザケんなよテメェ!」 怒気を孕んだ罵声。血に汚れ尚も鏡面の如く光を返す槍を手に、ノエルが……怪物の限界さえも超えた死の体現が、兄弟に向けて口を開いた。 「そちらは捕縛などとは申しません。ここで、消えていただきます」 覇界闘士の放った一撃に、肩口から柘榴の花を咲かせても――その表情は、揺るがない。 ● 女の絶叫が響いてから、その気配を感じるまでどれだけ長い間に感じただろう。 全ての女を避難させるよりも、無関係の一般人が寄ってくる方が早い。 そう判断したフツが幾度かのタイミングを窺った後に術式を発動させる。 キン、とその場を支配する空気が変わった。 見えぬ壁の内に閉ざされた事を感じ取ったフィクサードは目配せをし、たった一人取り残された女は、視界から消えた友人や他の人々の声にひっと息を詰まらせた。 遥紀が運命の恩寵と更なる体力を犠牲にして運んだお陰で、一人で済んだ。その一人は怯えてはいるが、佳恋がその身で庇っている。犠牲など、出させはしない。 別の男を目の前にしながら、兄弟に目線を向けたエレオノーラは口を開いた。 色と違い、鋭さの鈍らない刃を振りながら、それでも羽根のように軽く言葉を発する。 「女性を消耗品みたいに扱うのは感心しないわ」 「えー、女の子だって俺らの事なんか消耗品じゃん」 「ひと夏の思い出ってねー。どうせすぐ上書きしちゃうんでしょ」 「甲斐性がないからそうなるんじゃない?」 冷めた声で切り捨てるエレオノーラと兄弟の会話を聞きながら、龍治は頭痛のする面持ちで目を細めた。 彼らは軽薄だ。態度だけではない。命も何も、全て軽々しい。地に付いていない浮き草の如く。 どちらかと言えば思案に沈む事の多い龍治とは、余りに異なる。 だが、そんな龍治の様子など知った事ないと言わんばかりに、弟は笑って語りかけてきた。 今、彼の動きを止めている銃弾は龍治が撃ったもの。それでも笑顔で語りかける。 「すげーなアンタ。マジ怖いんだけど。止めてくんない?」 「……戯言を聞いてやる義理はない」 「やっだハードボイルド! ねえねえアンタもしかして『八咫烏』? あ、やべぇそうするとマジアークなの、俺ら嫌われてる?」 「…………」 辟易した。 血の舞い散る戦場だというのに、兄弟のお喋りは止まない。それでも攻撃も緩まないのだから、ロクでもない。 「すげー頭。アンタお坊さん?」 「応、夏だからって浮かれ過ぎてる奴等は一喝しとかないとな!」 「マジで。なら槍じゃなくて板にしといてよ、こえーなあ」 魔槍深緋を手に振るうフツに肩を竦める悠一に、風斗が唇を噛み締めた。 「お前たちだけは生かして帰さんぞ、この狂人どもが!」 人を殺して皮を剥いで、楽しんだならそれでさよなら。風斗には許せない外道の所業。 「何、もしかしてこないだのあの子アンタの彼女?」 「違う!」 「え、じゃあ家族? 可愛い妹の仇ー、とか? ならごめんね、知らなかっ……」 「だから違うと言っている! ……お前たちは、身内の痛み以外を理解しないのか!?」 怒気を目一杯に詰め込んだ風斗の叫びに合わせ、剣が真空の刃を生み出す。 ざくり。悠一に傷が増える。だが、それ自体には頓着しないかのように兄は首を傾げた。 「……全く知らない女なのに、俺らが殺したから、アンタが俺らの事殺すの?」 「え、マジで? 何でアンタが怒るの? 俺らも知らない人に今殺されそうなんだけど」 瞬きを交わす兄弟。わからない。煽りではないのだろう。 彼らは本気で、風斗が何故怒っているのかを理解していない。 眩暈がする。彼らは『ズレている』のだ。風斗とは交われない位、平行線に。 「……風斗さん。冷静に」 「っ、分かっている! ……分かっている」 最初から彼の様子を時折心配そうに窺っていたうさぎが、目を伏せて囁くように声を掛けた。 こんな事で我を忘れるような友人ではないのは承知の上だ。だけど、それでも。 何を告げるか、告げて良いのか。自らでも明確に出来ない心の澱。迷いは無難な言葉を吐き出しただけで、うさぎも首を振って向き直った。 その横を、銀が煌く。 「怒りはしませんよ」 凛とした、雨の後の空気の様に埃の落ちた澄んだ涼やかな声音。迷いのない一音。 「神秘を濫用する者は滅するまで。他の理由は付随したに過ぎません」 それが殺人だろうが遺体遺棄だろうが、何だろうが。神秘に関係しなければ、ノエルにとっては己が関わるべきではない瑣末な『表』の出来事に過ぎない。 冷厳たる言葉の奥、桔梗色の瞳に狂気と紙一重の『正義』への信仰を垣間見た優二が笑った。 「アンタは顔綺麗だけど、頭オカしい?」 「何とでも」 「脱がしたらソッチもすげー綺麗そうなのになあ……」 憧憬の様に目を細めた相手の、心底残念そうな戯言など聞いてはいない。 「兄弟同士で脱がせ合う倒錯の世界でも展開すると良い。冥府でね」 血の味が口の中に残っている。遥紀は言葉と共に吐き捨てて、自身の身に巡る魔力を回復させた。皮膚を脱がす、なんて表現を日常では使わない。非日常の神秘界隈だから通ずる言葉。全く素晴らしい世界だこと。 最早声もなく座り込むばかりの女に、佳恋がそっと囁いた。 「……あの手の存在は極少数とは思いますが、無防備な相手に害をなそうと近寄ってくる相手は決して少なくはないんですよ」 神秘でなくとも、それは変わらない。危険は日常にも転がっている。 けれど、彼女が神秘に巻き込まれただけの、不運な人だと言うならば。 「安心してください。私の前では誰一人、無関係な人を死なせない」 己はもう、戦士ではない。神秘界隈に住む余りにも『無力』な一人。 それでも、必ず――守ってみせる。 ● ノエルに風斗、アークの誇る指折りのデュランダルでありダメージディーラーの二人を含んだ攻撃の、一発一発の火力は凄まじいものがあった。 けれど、攻めと守りを共に常人より上の域に引き上げるのは難しい。 女が自らから離れた事により、兄弟の攻撃は複数をも巻き込むハニーコムガトリングやピンポイント・スペシャリティをも織り交ぜたものとなっていた。その一撃も、酷く重い。 唯一、味方の不利益を振り払う事が可能な遥紀が倒れてから――そこからはもう、泥仕合だ。 一般人から離すべく放ったノックバックの効果により、範囲攻撃で敵を巻き込みにくい。直撃すれば互いに大きく体力を削られた。クロスイージスの聖骸凱歌が響けばその分、与えなければならない一撃が増える。 更に運命の恩寵はアークの特権ではない。踏み止まった悠一が、全ての不利益を振り払い放った気糸が、バリアシステムによる反射を受けながらもフツを含めた複数名を貫いた。 空間が揺らぐ。術者を失った陣地が、存在する事が叶わず解けていく。 それでも。エレオノーラのハイスピードアタックが、クロスイージスの芯を捕らえた。ぞぶりと沈む刃と、吐き出される血。 「あたし、面倒事は嫌いなの」 囁いた横からうさぎが駆ける。悠一へと触れる指先。辿る死の刻印。ごぽりと血を吐いた。 空間が割れる。いけない、逃げられる。龍治の判断は早かった。たった一つの目で比類なき精度の狙いを定め、優二に向けて弾丸を放つ。けれど。 「ごめんな、悠一」 一言謝った弟は、細い息をするだけになっていた血塗れた兄を襲い来る攻撃へと放り投げた。 響くスイカ割りの音。 龍治の弾丸は、命の抜け殻となった悠一の体に霜を吹き付けた。 でも、それまで。 ばしゃばしゃと川の向こうに消えて行く優二の背を追うよりも早く、誰もいなかったはずのそこに現れたリベリスタを見る好奇の目が注がれる。 遥紀が逃がそうとした女が、恐怖に涙をぼろぼろ零しながら、叫び声に寄って来た見知らぬ誰かにしがみ付いていた。 同時に、倒れ伏すフィクサードに彼らが気付く。 再び、女の絶叫。 「……撤退しましょう!」 うさぎが西瓜のように頭の爆ぜた悠一の体を引き摺って、他のリベリスタは倒れた仲間に手を貸して。 血に塗れた彼らを、追う人間は――誰もいなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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