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夏白菊よ、咲かないで

●顔の無い花
 まるで、花が咲いていくかのような――。
 そんなイメージを孕みながら、娘はぼんやりと空を見上げた。片手でさすっている腹部は日に日に大きくなっている。傍から見れば、胎内の子がすくすくと育っている、ように思えた。
 これが祝福されるような出来事だったなら、頭上に広がる空も清々しく見えたのだろう。
 だが、娘――千花の心は重苦しいばかり。
「どうしてなの。私の中で、何が育っているの……」
 身籠るような心当たりなどなかった。
 思い当たることがあるとすれば、腹部が大きくなりはじめた前に何か不可思議な感じを覚えたくらいだ。
 それが原因なのだろうか。
 そのときは何も無かったが、それを境に自分の身体は変わってしまった。
 感じるのは、中に何かが宿ったような感覚。それも花が咲いていくかのイメージを伴うという実に妙なものだった。

 両親が他界した千花には、誰にも頼る者がいなかった。
 それゆえに彼女は家に引き籠り、ただ窓辺から空を見上げて、変わっていく得体の知れぬ自分の身体のことを忘れようとすることしかできない。
 しかし、それももう限界だ。
 近頃は自分が自分でなくなるような――内部から浸蝕される感覚と、花が狂い咲くイメージが強く押し寄せて来る。苦しみと違和感。気まで狂ってしまいそうな中、千花は部屋の中で小さく呟いた。
「お願い、誰か……。私が私でなくなってしまう前に、私を――殺して」

●死を望む娘
 アーク内、ブリーフィングルームにて。
 『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル (nBNE000261)は神妙な顔付きで資料に目を通していた。
「なるほど、ね。これはノーフェイスを倒すお仕事なのね」
 標的の名は、小瀬・千花(おぜ・ちか)。
 彼女は一人暮らしをしていた二十代の女性であり、覚醒したのだが運悪くもフェイトを得られなかった。そして、千花はまともな思考と変わりゆく歪んだ思考の狭間に置かれ、今も苦しんでいる。
「発見されるのが遅かったみたいなの。その……千花さんはもう、助からないらしいわ」
 瞳を伏せたロザリンドは、資料に書かれていた彼女の状態を語る。
 妊娠したかの如く膨らんだ腹部。そして、髪は花弁のように変化し、まるで夏白菊の花のような美しくも不可思議な形に変化している。
 フェーズも進みかけており、この状態からヒトに戻るのはもう無理だ。
「唯一の救いは、千花さんに辛うじて人間としての意識が残っていることなのかしら。ううん、それすらも救いじゃないのかもしれないわ。だって……」
 化物になって行く自分を見るなんて、辛すぎる。
 いっそ狂ってしまえたらとも思えるはず。だが、彼女にはそれすら不可能だ。ロザリンドは唇を噛み締め、何とも言えぬ感情を胸の裡に抱いた。

 資料によれば、敵となるはノーフェイスの千花。そして飼っていた猫が二体。
 彼女は自宅アパートに籠りきりで、昼間はそこから出ることは無い。だが、大人しくしているのは今夜まで。深夜になれば自我を失った千花が配下の猫を連れ、周囲を徘徊して人を襲ってしまう。
 まだ猶予は若干ある。
 それゆえに、リベリスタ達はいつ戦いに赴くかを選ぶ事が出来る。
「昼間は周囲の人達も出掛けていて、戦いを仕掛けても騒ぎになることは無いわ。でも、千花さんの自我も残っているから戦いは心情的に辛いものになりそうね」
 ロザリンドは悲しげに告げ、続けて夜に戦う場合の注意点を語る。
「夜は完全に狂った千花さんと戦うことになるわ。こうなったら、もう何も考えずに倒せば良いわ……多分、ね。だけど、夜に戦う場合は物音や周囲の通行人が心配ね」
 昼間は人の事を気にしなくても良いが、夜になると帰宅する人々も居る。
 どちらにどんな形で向かうかは皆に任せる。そう告げたロザリンドは、手にしていた魔道書を強く抱きかかえて真剣な表情を湛えた。
 その瞳には戦いを決意したらしき意思が見えている。
「それじゃあ準備が整ったら向かいましょう。大丈夫、私も一緒に行くから」

 皮肉にも花の名を抱く娘に、望む死を与える為にも――。
 かの花を、咲かせてはいけない。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 7人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年07月15日(月)23:40
●敵詳細
ノーフェイス
 小瀬・千花(おぜ・ちか)。
 餓鬼のような容姿に花のような髪へと変貌したノーフェイスの娘。
 戦いでは『花の呪い(神遠単/呪い)』『乱れ咲き乱舞(神遠複/出血)』『錯乱の悲鳴(ダメージなし/混乱)』を使用します。

 昼間は自宅のワンルームアパート内に。夜間は部屋を出て、周囲を徘徊しています。
 昼間は意識のある状態ですが、夜間は唸るだけの完全な化物となっています。いずれの場合も防衛本能があるので応戦します。

飼い猫×2
 千花が飼っていた黒猫と白猫。覚醒に巻き込まれ、凶暴な化物となっています。
 猛毒を持つ爪での引っ掻きと、尻尾を振るって惑わせる幻惑の技を使います。

●NPC
 『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル (nBNE000261)が同行します。
 戦闘では皆様と一緒に一生懸命頑張ります。何かありましたら気軽にお申し付けください。 
参加NPC
ロザリンド・キャロル (nBNE000261)
 


■メイン参加者 7人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
ナイトクリーク
六・七(BNE003009)
マグメイガス
巴 とよ(BNE004221)
ミステラン
シェラザード・ミストール(BNE004427)
デュランダル
黒埜辺・枯花(BNE004499)
スターサジタリー
三影 久(BNE004524)
   

●千に咲く花
 花は美しく咲いてこそ花。
 もう戻れぬのなら、狂い咲いてしまえれば――。それが出来れば、どれほど楽だろうか。
 彼女に課されたのは、それすら叶わぬ残酷な運命。目の前の扉に手をかけ、『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)は静かに呼吸を整える。
「終わらせる事が仕事……。いえ、私達が終わらせなければならないから。だから……」
 ――参りましょう。
 顔を上げた櫻子は、仲間達と共にアパートの一室へと踏み入った。
 内部には苦しみに耐える娘の姿がある。誰? と訝しげに問うノーフェイス、千花に視線を差し向け、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は淡々と告げた。
「こんにちは。お前を殺しに来た」
「御機嫌よう、狂い咲きのマトリカリア。それから、猫さん達」
 貴女の望みを叶えに来た。黒埜辺・枯花(BNE004499)もそう告げ、スカートの裾を小さく摘んで挨拶に変える。単刀直入な杏樹と枯花の言葉を聞き、娘は何とも言い表せぬ表情を湛える。
「私の、望みを……?」
 喜びではなく、悲しみでもない。それでいて怯えや恐怖なども感じられない、不思議な表情だとシェラザード・ミストール(BNE004427)は感じた。
 意に沿わぬ変貌に返らぬ時、己が身に降り注いだ不幸に対し、彼女は自らの滅びを望んだ。
 シェラザードはその感情を理解しようと彼女を見据え、軽く身構える。どう対応して良いか分からぬのは向こうも同じらしく、千花はただ黙っていた。
 しかし、その傍には異形と化した猫達が居り、リベリスタ達を威嚇している。『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル(nBNE000261)も身構え、警戒を強めた。
「よう。小瀬千花、だな。訳が分からないだろうが、俺達は神秘を取り入れてしまったお前を殺しに来た」
 三影 久(BNE004524)は千花の名を呼び、もう一度、自分達の目的を語る。
 久は説明をするうえで決して化物だとか怪物などという単語は使わない。それが彼なりの、彼女への最大の配慮でもあった。
 だが、久は猫達が臨戦態勢に入っていることに気付く。おそらく、それらは本能的に危険を察している。すぐにでも襲い掛かってくるだろうと判断した巴 とよ(BNE004221)は、仲間達に目配せを送った。
「もう戻れないというのは体で感じてると思います。だから、はじめましょう」
 その言葉と同時に、枯花と杏樹が瞬時に床を蹴って駆ける。負けじと跳躍した黒猫が爪を振りあげ、リベリスタ達を狙った。その動きを合図にしたかのように、リベリスタとノーフェイス達の戦いが幕を開ける。
「もう少し早く……いや、今更そんなことを言っても仕方ないか」
 『本屋』六・七(BNE003009)は唇を噛み締め、敵に向けて爪を振るい返した。
 千花は家族を失って、変化してゆく体を抱えひとりで不安な日々を過ごして来たのだろう。ならば、その苦痛に見合うだけのやさしい最期を与えよう。ただ、それだけしかできないけれど――。
 今は、自分達に出来ることを。
 そうすることがやるべき事なのだと己を律し、リベリスタ達は戦いに身を投じた。

●変貌の狂気
 幽かな花の香り、空気を裂く鋭い爪の音。
 狭い部屋の中で始まった戦いは、見る間に烈しいものへと変わっていく。異形の己の身体を呪い、未だ本人としての意識を保っている千花も防衛本能のままに戦っていた。
「抵抗しちゃうのもしょうがないです。大丈夫ですよ、わたしたちは強いですから」
 千花に呼び掛け、とよは呪刻の黒鎌を解き放つ。
 白猫を切り裂いた刃が確実に効いていることを確認しつつ、とよはノーフェイスの娘を見遣った。花の如く変化した髪はその一部だけを眺めるならば、とても美しく見える。
 しかし、咲きゆく花々は呪いの力を孕んでいる。
「う、うう……っ」
 千花がうめき声をあげれば、呪力は杏樹を襲った。身を蝕む力に耐えた杏樹は業火を帯びた矢を紡ぎ、敵に向けて放ち返す。
 不条理で理不尽なほど公平に、神様は誰かを取り零す。
 娘を襲った悲劇。それは有り体にいえば、運が悪かっただけ。
「全部、受け止めるから」
 杏樹は静かに告げ、彼女からならば呪われても恨まれていいと覚悟していた。眼差しで語った言の葉は千花に届いただろうか。それすら分からぬまま、戦いは巡っていった。
「……先程までなら選べた。けれど、どちらも残酷な結論ですわ」
 狂ってしまう方が良いのか。自我を残したまま理不尽に耐えるしかないのか。
 櫻子は如何にも出来ぬ感情を押し込め、癒しの息吹を発現させた。詠唱によって穏やかな風が吹き抜け、仲間達の傷をやさしく癒してゆく。
 狭い戦場の中、櫻子は何も取り零すまいと気を張る。その間にも猫達の爪と尻尾が久や枯花を襲い、仲間は次々と幻惑されていった。その傷は浅いものではなく、油断は一片も出来ない。
 しかし、シェラザードが即座に動いた。
 回復の手が足りぬと感じたシェラザードはフィアキィを呼び出し、癒しに回る。
「お任せ下さい」
 見る間に広がった回復の力は枯花達を包み込み、その背を確りと支えた。ロザリンドも魔法の矢を撃ち出し、猫を中心にして攻撃を向けてゆく。
 そんな中でも、千花の異形化は止まらなかった。痛みによって苦しげな声があがる様は実に痛々しい。
 七とて、そこに何かを感じなかったわけではなかった。だが、今は心を鬼にしてでも戦い続けるべきときだと知っている。
「あなたがあなたであるうちに、倒さなきゃね」
 夜になれば、彼女の意識は完全に無くなってしまう。そんなことになる前に、と七は真剣な眼差しを向けた。襲い来る黒猫の爪は鋭かったが、何とかそれを受け止めた七は反撃とばかりに死の刻印を刻み返す。
 刹那、戦う力を奪われた黒猫が床に伏した。
 断末魔をあげる暇さえ与えず、一瞬で勝負を付けた七は新たな標的に視線を移す。
 そこでは枯花が白猫と相対しており、攻防を繰り広げていた。枯花は猫の尾を注視しないよう気を付けながら、果敢に立ち回る。
 既に白猫もとよや、攻撃に転じたシェラザードと櫻子達の攻撃によって弱りかけていた。
 枯花は此方の猫の最期も間近だと感じ、太刀の柄を強く握り締める。幻惑の力をかわし、彼女は一気に間合いを詰めた。刃を振り上げた姿が白猫の瞳に映る様を見つめ、枯花は一気に腕を振り下ろす。
「ごめんなさい」
 小さく告げた言葉と共に、悲鳴めいた鳴き声が部屋の中に響き渡った。
 配下二匹を倒した今、残るのは千花のみ。しかし、ここからが戦いの本番だ。久は“敵”である彼女に狙いを定め、双眸を鋭く細めた。
 意識が有るままに、緩やかに死に至る。それはまるで中世の拷問のようだと思えた。
 『元の姿で生きたい』ではなく、『私を殺して』。伝え聞いた未来視のヴィジョンの中、彼女は確かにそう言っていたのだと云う。死を望むに至るまで、どれだけの葛藤と絶望が有ったのか。
「……面倒くせぇ話だ」
 久は狙い澄ました一撃を解き放ち、独り言ちた。
 何もかもが思い通りにはいかない。世界の理不尽と目の前の不幸を思い、青年は僅かに瞳を伏せた。

●悲痛な叫び
 敵が一人となっても、戦いの激しさは変わらない。
 寧ろ千花が怯えたことで更に力が増したような気がし、シェラザードは警戒を続けていた。そうしていたことによって、彼女は千花の動きを鋭く見抜く。
「気を付けてください。……来ます」
「いや、嫌よ……私が私じゃなくなっていくのが、怖いの――!」
 千花の怯えた声が響き、混乱を齎す悲鳴となる。それはリベリスタ達の耳を劈きながら響いてゆく。だが、多くの仲間が身構えたことで大きな被害は出なかった。
「きゃ、頭がぐるぐるするわっ」
「ごめん、私もだ……」
 しかし、混乱の力はロザリンドと七を巻き込んでしまう。このままでは彼女達の攻撃が仲間を撃ってしまう可能性もあった。すかさず櫻子が息吹の癒しを施し、二人の精神を安定させる。
「痛みを癒し、その枷を外しましょう」
 そのお陰で大事には至らず、ロザリンドは櫻子に視線で礼を告げた。
 巻き込まれたのはとよもだったが、少女は自らの力ですぐに立て直す。混乱なんてしている暇はない、とばかり顔を上げたとよは再び魔術式を組み上げた。
「もう少しの我慢ですよ、すぐ楽になりますから」
 本当は千花にとって痛くない方法があればいい。だが、あいにく自分は攻撃魔法しか出来ない。
 とよが放った大鎌はノーフェイスを斬り刻み、そこに続いた仲間達も次々と敵へ攻撃を向けた。それでも、千花からの反撃も侮れないものだった。
「痛い……。誰か、助けて……ッ!」
 本人すら自分がどう動いているか分からないのだろう。ただ本能のまま、相手は乱れ咲かせた花を舞わせ、全員を傷付ける。一気に体力を削られた久と杏樹が何とか耐える中、特に手酷く衝撃を受けたシェラザードが膝を突きかけた。
 運命を消費して立ち上がるシェラザードを庇いながら、杏樹は己の脚で自らの身体を支える。
 心を強く保ち、千花からは決して目を離さないまま。彼女の悲鳴も痛みも、全て受け止めると決めている杏樹は、真っ直ぐな言葉を向ける。
「狂気に呑まれるな。もう少しだけ耐えてくれ」
 千花がまだ彼女の意識を残してるのは救いなのだろう。少なくとも、狂気に呑まれて消えるよりは人として終わらせられる。そう思うことすら、自分のエゴだけれど――それでも。
 杏樹は黒兎の魔銃の引鉄を引き、銃弾を撃ち放った。
 軌跡を描いた一撃が千花の身を貫き、態勢を揺らがせる。その隙を見逃さなかった七が即座に追撃に向かい、カードの嵐を巻き起こす。
「とても痛いだろうけど、少しの間我慢してね。わたしたちが出来る事と言えばこれくらいなんだ……」
 謝罪の言葉をかけることすら、今は辛い。
 だが、七は決して手加減などしなかった。せめて、苦しい時が少しでも早く終わるように。願いと共に見舞ったカードは千花に致命を与え、力を大きく削り取った。
 久も変わらず攻撃を続け、ノーフェイスたる千花の力を奪ってゆく。その合間にも敵からの攻撃は止まず、久は運命を削ってまで立ち続けた。
「悪いが、こんな所で倒れてる暇はねぇんだ」
 痛む身体を抑え、久は更なる一撃を打ち込む。己の力は未だ未熟かもしれない。だが、この戦いに向けた心の在り方だけは確りと持ちたいと思っていた。
 枯花は攻撃の手を止めないまま、千花の真正面に回り込む。偶然にも似た名を抱く彼女に何かを覚えていた枯花は、相手へと静かに語りかけた。
「ねぇ、千花さん。私は枯花。枯れた花と書くのよ」
「かれは、さん……?」
 ノーフェイスの娘は訳が分からないまま、枯花の名を繰り返す。
 貴女の姿は、まるでポプリを彩る夏白菊のよう。とても綺麗だと告げれば、千花は表情を歪めた。追い詰められた娘にとっては、今やどんな言葉すら苦しみへと繋がる。
 例え美しいと言われようとも、喜ぶことなどできない。枯花もそれを知っていて尚、そう告げたのだが、そこに後悔は無い。変貌した姿を嘆いて死ぬのは不憫故、思ったままの称賛を伝えること。それだけしか出来ないのだ。
 櫻子も攻撃へと移り、哀れな娘の姿を瞳に映す。
「運命に愛されなければ仕方ない。……簡単に割り切れる事ではありませんね」
 悲しげに呟いた言葉は戦いの音に紛れ、誰にも聞かれずに散っていった。
 そして、櫻子が放った魔弾が千花を貫く。途端に娘の身体が揺らぎ、ひときわ大きな悲鳴が響いた。
 きっと後少し。そう判断した仲間達は、最後の最期に向けて覚悟を決めた。

●花の微笑み
 彼女は何も悪いことはしていない。何かの罰を受けた訳ではない。
 それなのに、こんなことしか出来ない自分が歯痒かった。こんな形でしか救えないのが悔しかった。
(――神様、やっぱり貴方をぶん殴ってやりたい)
 杏樹は胸中で独り言ち、弱りはじめた千花を見据える。複雑な思いが巡るが、ここで手を止めることは許されなかった。苦しみ、足掻く娘を生き長らえさせたとしても、この先に待っているのは闇。
「私に出来るのは最期まで一緒にいるくらいだけど。ううん、一緒に居させて欲しい」
 娘に語り掛け、杏樹は願う。
 この任務は世界の崩壊を防ぐためのもの。だが、これは娘の人としての生を静かに終わらせるための戦いでもあるのだ。
 放った銃弾が千花の腕を貫通し、片腕がだらりと垂れ下がる。
 徐々にそういった部分が増えてゆく度、千花は悲鳴をあげた。とよはそんな彼女を見ているのが辛く、何度も目を背けそうになる。しかし、寸での所で何とか耐えていた。
「ごめんなさい。ちゃんと見届けますから」
 震える声を絞り出し、とよは魔術を行使し続ける。放った大鎌は娘の花と化した髪を切り裂き、白い花弁を床に落としていった。
 ここまで来れば、後は全力で総攻撃を仕掛けるのみ。
 シェラザードは言葉を敢えて紡がぬまま、魔弓を引き絞った。その際、過ぎるのは自分の世界で滅んでいった者のこと。言い表せぬ感情を抱いたシェラザードは首を振り、矢を放とうと構えた。
 だが、次の瞬間――。
「あ、う……いやああああっ!」
 千花が再び、全員に広がる花の乱舞を巻き起こす。とっさに身構えた者は事無きを得たが、シェラザードは防御することも出来ずにその場に倒れた。
 七は仲間が伏したことに歯噛みしたが、戦いに終わりが近付いていることを感じていた。
「大丈夫だよ。終わらせよう。……ね?」
 錯乱する娘にやさしく語り掛け、七はカードを舞わせた。その間に櫻子が傷付いた仲間の背を支え、次にどんな攻撃が来ても大丈夫なように備える。
 これ以上、誰も倒れない内に決着を。そう考えた七が放った札は、千花の身を切り裂いた。
 枯花はその隙に太刀を斬り返し、止めへの一撃を狙う。千花を彩る花々は満開を待てない。それは実にて残念だったが、咲かせてはいけない花だってある。
「せっかくだから、咲きかけのその花を枯らして私と同じ物になりましょう」
 枯れた花へ――。
 不意に微笑んだ枯花の刃が千花の胸を貫き、辺りに鮮やかな血が散った。だが、娘は未だ死ねずに意識を保ったままでいるらしい。溢れ出る鮮血が身を濡らしたが、枯花はそれすら受け入れる。
 あと、一撃。
 彼女の視線を受けた久は、頷きを返す。
 人の身体は常に変化している。だが、魂そのものは変わらない。己を己として認識しているなら、それは間違いなく『人』だと云えるだろう。例え細胞が異なる物で有ったとしても、意識が有ったこと。それを僅かでも救いだと思いたかった。
 久は刃を構え、千花を真正面から見つめる。
「お前は自分を人であると認識している。お前は小瀬千花だ。そして――小瀬千花として、死ぬ」
 そして、久は最期の一撃を放った。
 命を奪い取るのに必要だったのは、たった一瞬。そのとき、久は千花の動きに気が付いた。気のせいかもしれなかった。だが――最期の一瞬、倒れる間際の千花が微笑んだように見えた。

●青空は目映くて
 亡骸となった娘を見下ろし、リベリスタ達は戦いの終わりを実感する。
 七は先に死していた猫達を抱きあげ、傷付いた身体をそっと撫でてやった。彼等も何が悪かったわけではない。ただ、運命の巡りがそうさせただけのこと。
「相手が何であれ、命を奪うのはいつも良い気分はしないね……」
 後で手厚く葬ってやろうと決め、七は横を見遣った。
 そこには死した娘の手を取り、血だらけの千花の身体を抱き締めているとよの姿がある。ロザリンドもその姿を見守りながら、倒れたシェラザードの手当てを行っていた。
 やがて、千花から離れたとよはロザリンドの傍に立つ。
「大丈夫です。わたし、泣きませんから……」
 強がる少女だったが、その目元は既に真っ赤になっていた。仲間達の様子を見ていた櫻子も言葉に出来ない思いを押し込め、ぎゅっと自分の手を握り締める。
「……明日は我が身かもしれない、でもそれまでは」
 悲しげに目を伏せた櫻子もまた、理不尽な運命と悲しみに耐えていた。枯花はただ静かに千花の亡骸を見つめ、ぽつりと呟く。
「生きようと足掻くのは当然だわ。千花さん、あなたは人として……とても正しかったわ」
 自分達が似ているのは名前だけではなかったのかもしれない。それ以上は語らぬまま、枯花は窓の外をふと見遣った。久も窓辺から、光に満ちた空を見上げて片目を眇めた。
「ちっ……人が崩界を防ぐ為に戦ってるのに、世界は青々と呑気なもんだ」
 そう零さずにはいられないほど、気持ちは暗く淀んでいる。最期に垣間見た笑顔すら、今は久の心を苦しめるものだ。自分は最後に感謝されたのだろうか。だが、それが人を殺す事に安心してしまう引鉄になりそうで、怖くもあった。
 そして、杏樹達はアークに報告の連絡を入れ、後の処理を頼む。
 仲間達はそれぞれ踵を返し、事件のあった部屋から去っていく。そんな中、杏樹は部屋を振り返り、死した花の娘へと最後の言葉を捧げた。
「おやすみ。――Amen」
 祈りは届いただろうか。心は通じただろうか。
 誰も居なくなった部屋には、咲かずに散った花の仄かな香りだけが残っていた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
悲しい花の物語は、これにて終わりでございます。
皆様に感謝を。ご参加、どうもありがとうございました。