●「お前はダメだ」 少年は表情をこわばらせ、辺りを見回した。 誰もいない。 いや、道には何人かいるのは見える。 いつもの通学路だから、見かけた事がある人はいるけれど知り合いはいない。 その人達だって、何メートルも離れた場所にいるのだ。 「お前はダメだ、お前はダメだ」 声は、耳元から聞こえたのだ。 耳元で囁くような……いや、それよりも、もっと近くで囁いたような……何かを通さず、直接語りかけでもされたかのような…… 「お前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだ」 いつからだろう? ハッキリとは覚えていない。何日か前だったような気がする。 最初はテレビか何かだと思っていて、疲れているのか、とか何とか……偶然とかたまたま何かが聞こえているのだと思おうとしたのだ。 けれど、どうしよも無かった。ずっと途切れずではなく、聞こえては聞こえなくなり、間が空いたかと思うと聞こえる。ずっと聞こえ続ける事もある。ノイローゼか何かなのだ。きっとそうだ。何か疲れたのだ、とは言っても……思い当たる事なんて、何もない。 学校にいくのがすごく楽しいという訳ではないけれど、それなりに面白くはある。家だって別に何もない。親は特別に仲が良い訳ではないけれど悪くはなさそうだし、自分含め家族はたまに風邪を引く位で健康そのものだ。 自分は何も気にしてない、心配もしていない。 自分を凄いヤツだなんて思わないけど、どうしよもなくダメなヤツだとも思わない。それなのに…… お前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前はダメだお前………… 「うるさいっ!!!!!」 叫んでから少年は自分に驚いたようにビクッとして、周囲を見回した。 注がれる不審げな、奇異の、怪しむような、視線。 いたたまれなくなって少年は、鞄を抱え走り出した。 やってしまったという後悔でいっぱいだった。 彼には、周囲に気を配る冷静さや判断力、心の余裕は無かったのである。 むしろ周りの何もかも一切を分かりたくないような気持ちだったのだ。 クラクションと何かぶつかる音を通行人たちが耳にしたのは、ほぼ同時だった。 壁で見通しが悪くなっている十字路から飛び出していた乗用車にぶつかった少年の身体が、ボンネットを歪ませ、回転するようにして弾き飛ばされる。 悲鳴が上がり騒然となった住宅地の一画で……騒ぎに加わらずその姿を見つめる瞳があった。 壁の上まで枝が張り出した大きめの樹の幹に、半分ほど幹に身体をめり込ますようにして。 枝葉に隠れるようにして、女が一人、体育座りのような膝を抱えた格好で、倒れた少年を見つめていた。 歳は十代後半から二十代前半の間くらいだろうか? 「うう、く、ひゅう、ひうっ! ……悲しい……」 目の下にくまのある女はどこか残念そうな表情で、上手く息ができていないような吃ったような不自然な様子で息をしてから呟くと、キョロキョロと辺りを見回してから……音もなく機敏な動きで木を降りた。 そして静かに深呼吸すると、そのまま水にでも潜るような調子で足元の地面へと潜り始めた。 ●囁く者 「黄泉ヶ辻のフィクサードが、一人の少年を標的に定めました」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう前置きしてからスクリーンに情報を表示させた。 「少年の方は特筆すべき点はありません。両親との3人暮らし、本人や家族、学校等でも異常は認められず、神秘との関連性も認められない普通の一般人です」 もっとも、フィクサードが無差別に標的を定めたというのなら特に何もなくとも不自然とは言えないだろう。 偶々フィクサードの目についた、つまりは運が悪かったで通るのが世の中というものである。 「フィクサードに何らかの目的があるのか、偶然なのかは……残念ながら分からないんです」 申し訳なさそうに言って、フォーチュナの少女は表示されたもう一方のデータに視線を向けた。 画面には二十台前後くらいと思われる一人の女性らしき人物が映し出されている。 「黄泉ヶ辻所属のフィクサードで『囁き辻』と呼ばれていますが……本名は不明です。ビーストハーフで外見の一部などからネコ系らしいと言われているのですが詳細不明。職の方も分かりません」 性格等の方も良く分からない。 良く分からないから、何の目的で動いているのかも分からない。 黄泉ヶ辻らしい黄泉ヶ辻と言えるかもしれない。 「分かっているのは、彼女が行う行為と、それによって引き起こされる事態だけです」 彼女は物質透過のスキルを利用して標的の少年の近くに潜み、ハイテレパスで少年に向かってずっと囁き続けている。 「お前はダメだ。と、ずっと囁き続けているみたいなんです」 絶え間なくという訳ではなく、間を空けたり、時には暫く離れたりもするようだが、平均すると一日の内の半分くらいは囁き続けているようだ。 「少年の方はそれでノイローゼみたいになってしまって、注意力散漫になって交通事故に遭ってしまうんです」 それで残念そうにしていたので、フィクサードの目的は少年がそうなる事ではないのだろうと推測されるが、そのせいで余計に目的が分かり難くなる。 「とにかく今回皆さんには、このフィクサードの行動を中止というか、少なくとも少年に対しては終了させて頂きたいんです」 今回交通事故に遭わなかったとしても、このままの状態が続けば、いずれ少年はまた何か不幸な目に遭ってしまうだろう。 遭わなかったとしても精神的に耐え切れなくなるはずだ。 「手段は何でも構いません。ただ、出来るだけ少年の周囲に被害が出ないような形でお願いします」 戦闘等の手段に訴えれば、よほど場所を選ばない限り全く周囲に被害を出さないというのは難しいだろう。 フィクサードの方も、複数のリベリスタを見たらよほどの自信が無い限り戦おうとはしないはずだ。 そして……余程の自信がありそうには……見えない。 リベリスタ達が護衛しているか、何らかの形で少年の近くにいると相手側に感じさせる。 近くにいるのは不可能と思わせる。 そういった手段が有効かもしれない。 「神秘関連について隠匿して頂けるのでしたら、少年の方と接触して下さっても構いません」 色々と考えれば限がないが、やるべき事は単純だ。 「どうか宜しくお願いします」 マルガレーテはそう言って、リベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月11日(木)22:37 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●推測と考察 (囁き辻様は、とても集中力の続く方だとまおは思いました) 「でもやりすぎは、めっです」 コンビニで櫛とパンを買ってきた『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)が呟いた。 (中学生男子をいじめるのが好きだなんて変な黄泉ヶ辻!) 「うん……ちがうか、黄泉ヶ辻だから変なんだよね」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は少し間を置いてから、疑問形とも納得とも取れそうな調子で口にする。 一方で。 「名探偵がこんな所にー!」 自画自賛を自覚しつつ、『泥棒』阿久津 甚内(BNE003567)はどこか楽しげな声を響かせた。 (僕ちゃん思っちゃった訳よーコレは恋心なんじゃーないかー) 「……ナンテ★ ナンチャッテー★」 恋は盲目。 (突飛な行動にでちゃったりーどーして良いか解らなーいなんて事もあるあるだよねー♪) 「……ロマンティストすぎますー?」 「んーアークのふつーの殺人鬼の俺様ちゃんにはわかんないや☆」 甚内の言葉に葬識は首を傾げてみせた。 (でもま……) 「阿久津ちゃん、あの子殺していいのかなぁ?」 「はっはー殺人鬼ちゃんは好き嫌いないなー♪ 状況次第で食べちゃおー★」 葬識がたずねれば甚内は変わらぬ調子で応じつつ、アクセスファンタズムの通信を確認する。 「ゆがんだ形ではありますが……彼女が殺す気がないならば、少年を孤立させ誰にも近づけさせずに、結果的にいびつな『二人だけの世界』をつくろうとしているとしているのでは?」 『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)も今回のフィクサードの行動について、そんな推論を出していた。 「お前はダメだ」も愛情表現という推測である。 なので彼女の目的は、自動車に轢かれる前に肉体的接触をして少年を助けると同時に、潜んでいる囁き辻のハイテレ言動を変える、というものだった。 言葉が変われば少年も反応が変わるのでは、という結論を導き出したのである。 少年とフィクサードの両方に対応する為に、彼女も通信の確認は欠かさない。 対して『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)は主にフィクサードへの対応に回る為に、装備や準備を確認していた。 自分達には大きな危険がないとはいえ、一人の少年の人生に関わる問題である。 失敗は許されないのだ。 神秘で不幸ができる。 「これだから神秘は嫌い」 今日もお節介で人助け。 目の色を隠すようにフード被って『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)は、止めてみせると呟いた。 「絶対に、駄目な存在なんてこの世には無いんだ」 ●少年とフィクサード 「おっけー☆ 見つけた見つけた☆」 千里眼で中学校付近から辿るように探索していた葬識は、お目当てを見つけると早速皆に連絡を入れた。 俊介はすぐに少年に接触する為に急ぎ、まおと甚内はフィクサードを目指す。 生佐目はフィクサードの動きに対処する役割だったが、少年の周囲で警戒する為に俊介の後に続いた。 麗香は事故を阻止すべく十字路の方にて待機する。 まおは気配遮断を使いながら面接着を使って囁き辻と呼ばれるフィクサードへの接近を試み、甚内も連絡を取りながら包囲を試みた。 「10何年ぶりですか」 中学生女子制服を着た麗香は、幻視の力で義手を隠すとパンを咥えた。 急いだ俊介は、少年が見えた瞬間にテレパス能力を使用して彼に呼びかける。 「駄目な存在なんてない。自分で自分を諦めるな」 思念を送りながらも足は止めない。 駆け出そうとした少年は驚くような怯えるような仕草をしたものの、足を完全には止めなかった。 それを止める為に。 飛び出した麗香が、勢いよく(もちろん一般人が耐えられるくらいに加減はします)わざと少年にぶつかっていく。 「ごめ~ん、大丈夫?」 ラノベみたいな馴れ初めを演出することで囁き辻の出方を窺おうと考える麗香は、にっこり笑って親しげに少年に話しかけた。 怪我をしたり服が汚れたらハンカチでも渡そうと思っていたが、幸いどちらもなさそうである。 生佐目はそのまま少年から若干離れた位置に付き、感情探査を用いて周囲から皆と少年以外の感情を探ろうとした。 推測される感情は……嗜虐や怯え、警戒等だろうか? 驚きのような感情が感じられた直後、その感情を発した主はすぐに離れるように動き出した。 逃げられないように木をよじよじ登って近づこうとしていたまおが、そのまま追い縋ろうとする。 葬識と甚内も即座に動いた。 相手がテレパスを行う余裕はないと考えた麗香は、俊介がすぐに陣地を作成できると判断し、少年に挨拶をしてから自分も囁き辻を追うべく動き出す。 (パンはあとでおいしくいただきます) 「少年が言葉に抵抗する意志をとりもどせればいいな」 呟きながら、彼女は仲間たちを追って駆けだした。 「危ないぜ。お前疲れてんなぁ」 気を引くように俊介は、少年へと声をかけた。 突然起こったさまざまな出来事に呆気に取られたようすだった少年は、その声を聞いてびくっとしつつ俊介の顔を見た。 そのまま彼は少年以外の一般人を除外する為に能力を使用して陣地を形成する。 念の為に気を自分の方に向けようと、俊介は更にテレパスも使用して少年に呼びかけを行った。 「人助け、俺はできる」 次の瞬間少年は表情を変え、身を固くして動きを止めた。 混乱しかけながらも騒ぎ出さなかったのは……今まで聞こえ続けた声と、明らかに正反対な雰囲気の言葉だったからだろう。 少年は泣きそうな顔で辺りを見回した後、俊介の顔を見た。 「俺は霧島俊介! 三高平って所からバイトではるばる来たんだけど、道に迷ってたりした」 何事も無かったかのように言いながら、俊介は地図を出して少年に見せる。 道を聞いてみるフリということで、彼は架空の店の名前を出してたずねてみた。 混乱の中で、なにか出来る事を見つけられれば少しでも落ち着けると思ったのかも知れない。 首を傾げながらも地図を真剣に見る少年を見守りながら、俊介はこっそり陣地形成の合図を送信した。 それから、雑談を振るようにしながら少年に話しかけた。 ●逃亡と追跡 くっつこうとして失敗したものの、まおはそのまま気配を遮断して追跡に入った。 生佐目も自分の感情探査能力から推測した敵の情報をテレパスを使用して仲間たちに伝える。 「みーつけたー☆」 「囁き辻ちゃん囲もー」 葬識と甚内も4人での包囲を考えて、囁き辻へと距離を詰めた。 無論フィクサードは慌てて物質透過を使って近くの障害物へと飛び込んでゆく。 「鬼ごっこしてあそぶ? 10数えたら逃げてね」 いーち、にー、さーん、と数えながら葬識は千里眼を発動させた。 まおと生佐目はすぐに動く。 甚内の方はというと、ブラックエミリに葬識を乗せてエンジンを唸らせた。 「チョレーっスなー★」 マスタードライブの能力でプロフェッショナルと化した甚内に操られ、バイクが走り出す。 「阿久津ちゃーんそっちそっち、女の子との追いかけっこ。楽しいよねぇ」 「捕まえちゃったら、食べちゃうけどねー」 そんな会話を繰り広げながら、葬識は鋏をカチカチ鳴らした。 (ちょっとやりすぎぐらいがいいよね) 「やりすぎて首おとしちゃったらごめんね☆」 逃げるフィクサードを千里眼で追いかけながら青年は語り掛けた。 囁き辻の方はというと、追いかける甚内と葬識たちにどこか怯えるようにしながら逃げ続けている。 物質がすり抜けられると言っても、透視やその中での呼吸ができる訳ではないのだ。 ましてやリベリスタの側はしっかりと追いかける為のスキルを擁しているのである。 まおと生佐目も連絡を取りながら、回り込むように、囲い込むように移動していった。 その最中に、俊介からの連絡も入る。 少年の方に関しては、これで心配はなくなった。 囁き女は逃げつつも、少年のいた方に戻ろうとするかのように動いていたのである。 それが無ければ、追いかける4人はもっと苦労する事となっただろう。 葬識と甚内の追跡が過激すぎて、結果として残りの2人へのカモフラージュになったのも大きかった。 壁をすり抜けた彼女の上に、木から降ってきたまおがしがみつく。 それでも逃げようとした彼女に生佐目が黒いオーラを収束して放つと、ひぎぅと惨めな悲鳴が挙がった。 とはいえ、油断はできない。 誤射せぬように気を配ったとはいえ彼女は変に身体を捻るようにして、魔閃光の直撃を避けたのである。 生佐目はそのまま警戒を緩めず、彼女にテレパスで呼びかけた。 (このまま続けても無意味であることは理解しているでしょう?) そんな思念を送れば、彼女は肩を竦めるようにして気佐目の方を向いた。 (透過するのがお得意のようですが、我々は何度でも貴方を見つけ、追い詰めます) だが、あなたは決してダメではない。 「どうか矛を収めていただけませんか?」 「……ひふゅ、ふぃ、ふぅ」 警戒心は強そうながらも即座に逃げるという程ではなく、様子を覗うように囁きは見上げるような視線で気佐目を見る。 すぐに追い付いてきた葬識が、逃げ出させぬようにと手をつかんだ。 甚内も手が届く距離まで踏み込んでゆく。 (僕ちゃんかわいこちゃんだーい好き! ハートフルストーリーだった場合は諭してあげちゃおー♪) 「さー教えてちょーだい。なんでこんな事しちゃってんのー?」 喋るの覚束ないと大変だろーしと考えた甚内は話しかけつつリーディングを使用し、心の内にも踏み込んだ。 「ねね、あの中学生の子、いじめてたのしいの?」 (っていうかすごい執念だよね) 「一日の半分を囁き続けるのって重労働じゃない?」 葬識も早速気になった事を質問してみる。 「ひぅ!? ふひゅぅう!? な」 (いいい、いったいいつの間に、っていうかフィクサードじゃないみたいだし、もしかして……って、ココロ、読まれてる!? にいちにがに、ににんがし、にさんがろく、にしが……) 「内容によっては殺人鬼ちゃんに食べて貰おー」 「ひぅふゅ!?」 (まー実際は食べませんがー) 「ここでもう辞めるんなら殺さないけど。ねえ、どうしよっか? 阿久津ちゃん」 暗黒のオーラを漂わせながら葬識が言うと、囁き辻は再びくぐもった悲鳴のようなものをあげた。 お陰でリーディングを阻止しようと頭の中で考えていた九九が中断される。 「まーま 殺人鬼ちゃん。コレも青春のホログラフィー、ってヤツさー」 細い目の奥に何かをちらつかせながら、甚内は葬識にそう説明した。 皆の連絡を確認しながら麗香が到着したのは、そんな時である。 ハードブレイクでしばき倒そうと思っていたものの、彼女の様子を見て……麗香はお仕置き内容を変更した。 ●パンと鞭 「囁き辻様こんにちわ。まおです」 くっついたまま、まおは自己紹介した。 「このままだと囁かれた方が死んじゃうので止めに来ました」 殺すために囁いているのではないのですよね? そう問えば、彼女はひぅと、こくこくと頷いて見せる。 逃げ回っている間に身だしなみも大変な事になっていたので、まおはついでに買っておいた櫛で髪を梳いてあげる事にした。 物質透過も中々に大変なのだろう。 透過するタイミングとか色々あるだろうし、木だの壁だの地面だのと考えるだけでも頭が疲れそうだ。 「ずーっと夢中になってて体はぼろぼろになっていませんか」 そう言うと彼女は、ひぅと首を傾げてから、いつもどおりと答える。 いつもこれというのは、それはそれで問題かもしれないが、黄泉ヶ辻なら普通に近しいのだろうか? 「ちょっと心配なので、まおはパンを持ってきました」 変な物は入ってませんよと言って半分に分け毒見するように食べると、囁きはしばらくパンを眺めてから、指先で少しずつちぎり、丸めたり細長くしたりしながら食べ始めた。 「もしかして囁き辻様は、ずっとあの人のダメだと思うところを直して欲しいから囁き続けてたのかなってまおは考えました」 嫌いな人だったら、こんなに夢中にならない。 まおは、そう思った。 「気になったり好きになったからこそ欠点が許せなくなるって、まおはアークのお姉さんから聞きました」 でも、具体的に伝えないと、直してもらえなくなりますよ? 「言うのが恥ずかしかったら、まおがお手紙届けますから」 「どーせならガツンと言った方が良いでやー? 話はして、よーやく伝わるもんやからー」 まおの言葉に、甚内が付け加えた。 「お前はダメなヤツだから、しっかり者の私が世話してあげるよー……なーんて男冥利に尽きます事でしょーよー」 甚内の言葉に反論するように、囁きは呼吸に失敗し噎せたような声を発した。 それから麗香に気付き、ふたたび窺うような視線を向けながら首を傾げる。 警戒したり嫉妬したりしてるのだろうか? 麗香はそんな事を考えた。 先程の必死っぽいけれどよく分からない反論なども、照れて否定してるだけなのかも知れない。 もしそうなら、本人の意識を変えることにも成功したのだろうか? 「もう、一般人にこんなことしないなら、許してあげるよ」 葬識はそう囁き辻に話しかけた。 「同じようなことしてもさ、神の目がみてるよ。今度はもっと怖いのがくるかもしれないよ」 よかったね、俺様ちゃんたち優しいから。 「優しい殺人鬼だからね☆」 その言葉を上目遣いに聞いて、うーっとしばらく悩んだ後、彼女はふひゅゅと頷いてみせた。 妖しい処はあるが、嘘をついたり人を騙したりというタイプでは無さそうである。 解放された彼女は、ちらちらと皆の方を見ながら……今度は物質透過を使わずに去っていく。 「たまにはこんなゆるーいお仕事も楽でいいよね、阿久津ちゃん」 曲がり角に消えていった囁きを見送ってから、葬識が甚内の方を向いた。 「殺人鬼ちゃんグルメだからなーハードな調達しすぎなんよー」 葬識の言葉に、甚内は答えた。 「僕ちゃんは何時も楽なのが良いかなー★」 ●今と未来 「そういえば最近、ここら辺って大きな鋏を持った殺人鬼が彷徨てるって話だぜ」 そんな雑談をしながら少し歩くふりをして適当にお店見つけた事にした俊介は、少年に礼を言った。 「お前いいやつだな」 「いや、別にそんな。普通の事ですし」 「そんな事ないって」 そう言えば、否定しながらも少年は嬉しそうな顔をしてみせる。 「俺、お前みたいな良い奴大好きだよ。ありがとうな」 「こ、子ども扱いしないでくださいよ!」 頭を撫でようとすると少年は恥ずかしそうに抗議した。 もっとも、それで不快な気分になったという程では無さそうである。 他の仲間たちからの連絡が入っていなかったので、そのまま俊介は少し話を振ってみた。 此処で会ったのも何かの縁! そう言って缶ジュースの1本も奢り、話をして引き止める。 万一フィクサードが襲ってきたらと庇う事についても色々考えたりしたものの、幸いそれは杞憂に終わった。 いつもの囁きが聞こえないからだろうか? 少年は時々不思議そうに周囲を窺いながらも、どこか安堵した様子で俊介と話し続ける。 そして……生佐目が現れた事で俊介は任務の完了を確認した。 「よく耐えきりましたね、貴方は決して駄目ではない」 それは今、彼がそこに立っていることが証明している。 生佐目がテレパス能力を使用して呼びかけた。 一瞬怯えはしたものの今までとは異なる雰囲気の囁きに、少年は怪訝そうな表情を浮かべ辺りを見回した。 「立ち止まり、空を見上げてください」 空の蒼は、オゾン層が紫外線を受け止め描かれる。 「貴方の未来も、苦難を受け止め乗り越えた事で……鮮やかな彩を描くことができるようになる。そう思います」 不思議そうにしながらも怯えを少し押しやった少年に、瞬間は笑顔で挨拶して。 別れ際に、思念を送った。 「負けるな、頑張れ」 歩む事を、やめるんじゃないぞ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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