●砂の混じった風が吹き荒れる殺風景な荒野。その一握りの土くれの中さえ、草木の生える養分などは一切存在しない。 ここはもともと……ほんのひと月前までは、緑の生い茂る豊潤な土地であった。人間はいなかったが、野に咲く花や、それらを足しげく通う昆虫たち、小動物だってたくさんいた。森の生命たちは各々に振り当てられた生態系での立場に従順に従い、誰もそのピラミッドを脅かすことなく上手くやっていた。 アレが現れるまでは。今や生命の途絶えた荒野を一頭で支配している、竜の姿を取った腐敗の王。翼の飛膜が破れている為に飛ぶことは出来ず、巨大な体躯で荒野に這いつくばっている。その血肉は赤黒くえぐれ、ところどころ剥げた皮と肉の隙間には血管のへばりついた白骨を覗かせている。 竜の死骸。そんな外見をした怪物はしかし死んではいない。その顎を開き、少し吐息を吐く。たったそれだけのことで、はるか上空を飛んでいた小鳥が狂ったように落下して、地に伏したかと思えばその肉や骨が瞬く間にドロドロに腐って地面と同化した。 腐った竜の吐息は、草木や動物やそれの源である土でさえも、全てを等しく無残に腐らせた。微生物が何日何年と駆けて行うサイクルを、この化け物は一瞬で終わらせてしまう。それとの決定的且つ重大な違いは、残されたヘドロに二度目の命の芽吹きなどありえないということ。 あっという間に平和な森を地獄の荒野にして、されど満足していないらしく竜は高らかに咆哮を上げた。もう枯れ切ったこの荒野にとどまっていることをこの怪物は良しとしなかった。悪臭を放つ膿だらけの鼻孔で風が運んだ匂いを嗅ぐ。怪物はその匂いに誘われるように、のそりと移動を開始する。 自分の吐息で腐らせれば、どれほど芳醇になることだろう。いかにも食欲をそそる、人間の匂いだった。 幸いにも一般人の被害者が出る前に予知することが叶い、事件を解決するべくリべリスタ一同はブリーフィングルームに集められていた。 「……ちょっと気持ち悪いんだけど、我慢して聞いて」 一同の前に立つ真白 イヴ (nBNE000001)が、もとより色白な肌に増して、心なしか青い顔で呟いた。実際にその光景、その姿を予見したからであろうが、それほどにグロテスクな外見をしているのかと、リべリスタの中には背筋に怖気を奔らせる者もいた。 「今回のターゲットは羽の生えた大きなトカゲ……竜の姿をしたE・ビースト。翼は破れて飛べないみたいだけど」 だからそれほど移動速度は速くないのだとイヴは言う。しかしその分能力は痛烈だ。調べてみれば元は森林であった場所をほんの数日で荒野に変貌させ、縄張り意識でも持っているのか、その周辺をあてもなく徘徊しているという。 「でも、予見でE・ビーストの行動が見えた。今までは荒野ばかりを徘徊していたらしいのが、いよいよ人里へと移動を開始するの」 リべリスタは一様にして背筋を震わせた。そんな怪物が一般人の住む人里に襲来する。あっという間に混沌とした光景が展開されるのは容易に想像できた。 「今になるまで予見が出来なかったから、最早ここまでに被害が広がってしまった事は私も悔しい……。だからこそ、実際に一般人に被害が出る前にE・ビーストを食い止め、討伐してほしい」 間もなくして怪物は移動を開始する。そうなっては被害が増すばかりだ。敵の説明を聞いて立ち上がったリべリスタたちを、イヴは小さな手を握りしめて見守った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:toyota | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月10日(水)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 荒野に参じたリべリスタ一同は、ひとまず遠目から今回のターゲットを観察するに至った。 荒野の中央、腐った四肢で這いずって、こちらに骨をむき出しにした尾を向けている腐った竜……討ち倒すべきE・ビーストがそこにいる。 「では早速、ぶっ殺しやすくする為にあの大きなゴミの注意をひきつけてみましょうか」 その醜悪な姿に怯むことはせず、寧ろその不潔さを半笑いで罵ったうえで赤禰 諭 (BNE004571) が飄々と呟く。その足元には諭が『ファミリアー』のスキルにて制御下に置いた小鳥が数匹。諭からの意思を待ってさえずっていた。 諭の合図で、小鳥たちが一斉に空を舞う。小鳥たちの羽毛には諭の血が染み込ませてある。このE・ビーストの主な感覚は嗅覚だ。ゆえに小鳥たちを囮に立てようと試みた、のだが。 「!……、小鳥が……」 「やれやれ、聞いてはいたけれど、そう上手くはいってくれないってことですか」 作戦の芳しくない結果を目の当たりに、鰻川 萵苣(BNE004539) が呆然と目を見開く。その隣で諭が肩をすくめて呟いた。リべリスタ達のいる箇所から放たれ、E・ビーストの上空を、はたまたその周辺を小鳥たちが飛行した瞬間、それらはまるで農薬を受けた羽虫のごとく、ぼたぼたと地に落ちて行った。 E・ビーストが少し口を開ける。たったそれだけのことで小鳥たちは全滅した。それを見て諭は「ファミリアー」は即座に解除、小鳥が即死するような気体の臭いを、こちらまで共有してなどいられない。 「息をするだけで生命を終わらせてしまうなんて、やはり捨て置けないわね」 今しがた無残に朽ちて行った小鳥たち、そしてこの場所で生命を謳歌していた草や木たちを思って、ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589) が銃の手入れをしつつ、薔薇の香りの香水を自身に振りかけていた。E・ビーストの狙いを敢えて自分に引き付けるためだ。 「はてさて、久しぶりの戦場、勘が鈍ってないと良いけどネェ」 握ったナイフや短剣の刃の輝きを指で撫でつつ、葛葉・颯(BNE000843)が台詞とは裏腹の悠々さで口を開く。ちょうどその時、ふとリべリスタたちは戦闘態勢へと移った。遠目に映る腐敗の竜の首が、いつのまにやらこちらを向いているのに気付いたからだ。 自分たちを狙っているのか。それともこれより先にいる一般人を狙っているのか、それは腐りきった竜の表情から読み取れたものではない。 「お主の相手はわらわじゃ。強欲なる竜よ」 どちらにしろ、これ以上進ませるわけにはいかない。E・ビーストの腐臭は鋭く鼻を突く。声を張った宵咲 瑠琵(BNE000129) はガスマスクを装着しており、足場のヘドロを避けつつ、身軽な駆動で颯爽と風上に移動した。 式符・鴉。瑠琵が光を放つ護符を構えて、式神の鴉を召喚する。矢のように直線を描いて飛びかかる鴉に皮膚が裂かれ、腐肉がついばまれるのに、E・ビーストは苛立たしげにその巨体でのたうった。 その様子を尻目に、マスクをつけた巴 とよ(BNE004221)が背負っていた厚手の本……ハイ・グリモアールを開く。古呪文を読み解き、すれば召喚された黒の大鎌が、呪いの魔力と共にE・ビーストのただれた皮膚を切り裂いた。 「やっぱり……すっごく臭いです」 「まるで生ゴミですね、その上蠢く。欲求に忠実で性質どころか脳味噌まで微生物レベルで結構なことです」 マスクを貫いて鼻に侵入してくる悪臭にとよが一歩後ずさり、並ぶ形になった諭 が唇を尖らせた。 諭はその巨体を眺め、取り出した護符をそっと構える。式符・影人。諭の護符から発せられた影が実体を成し、諭の分身となってその場に現れる。 影人は手にした重火器を構え、さっそくE・ビーストを狙い打った。発射された砲弾はE・ビーストの顔面に炸裂し、爆裂した鼻孔部分からは溜まっていた膿がとめどなく噴き出てきた。 「汚汁を撒き散らして、五月蠅いんですよ、いちいち癪に障る」 わざとらしく表情を苦めて、諭がやれやれと呟いた。 ● 「言葉も通じず目も見えぬでは、魅せてやれるは味方ばかりか。小生のこの華麗な剣戟は」 苛烈な攻撃を続けられ、黄色の唾液を吐き散らかして敵意の咆哮を繰り出すE・ビーストに、颯が両の手に持った短剣とナイフを身構えて駆けだした。 凛々しくも素早い駆動で、戦装束の袖が宙を舞う。二つの刃による連撃は、E・ビーストの皮膚を次々に裂いていった。 「貴方の存在は認められないの……、さっさと大地へと還りなさいっ!」 颯の連撃が終わった直後には、ミュゼーヌがE・ビーストの鼻孔へと銃口を突きつけていた。諭の影人による砲撃でいまだ煙を吹いている鼻孔目掛けて、標準を完璧に調節した後、引き金を引く。 銃声。そして見事銃弾が鼻孔を射抜き、E・ビーストは痛みを掃き散らかすように大きな呻きを上げた。 「……!」 ミュゼーヌが銃を下ろしたその瞬間、怒りに狂うE・ビーストの異変に気付く。 「危ない! みんな避けてっ!」 反撃の気配に、ミュゼーヌが声を張る。E・ビーストがその前足を持ち上げ、振りかぶってきたのだ。 毒々しく黄ばんだ爪が襲い掛かる先には、突然のことに目を見開いた萵苣がいる。 衝撃音。萵苣がうっすらと目を見開いた先には、剣でその攻撃を受け止めているアラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)がいた。 「……騎士の自称は伊達ではないぞ、腐竜」 そのまま、突き飛ばすようにE・ビーストの爪を押し出し、萵苣の手を引いて退避を試みる。ある程度の距離を稼いだ後、萵苣ははっとしたように礼を述べた。 「ありがとう、間一髪のところを助かりました」 立ち直り、アラストールの背後で礼を述べつつ、萵苣はそそくさと術式が搭載された電子グリモアを取り出す。様々な文字列の中からタッチスクロールで選択。翼の加護。 すれば、電子グリモアのスクリーンが強い光を放つ。限定的だが、その場の全員に飛行を可能とする翼が揃った。 手慣れた様子で操作を終え、スキルを発現させた後、萵苣はアラストールの影から敵を睨む。 尚も追撃の様子を見せるE・ビーストは、萵苣を庇うよう前にいるアラストールにその醜悪な顔面を向けていた。緩慢だが顎を開き、その隙間から鼻のねじ曲がるような悪臭を漏らし始める。 「お下がりください、鰻川嬢」 来るか? その気配を察して萵苣に後退するよう手で示した。そして、アラストールは剣を寝かせるように構えて、その瞬間を見逃さぬよう防御の態勢を取る。 牙の並んだ顎が開かれる。 しかし、予想された攻撃は来なくて、逆にE・ビーストは痛々しく呻きを上げた。見ればその顎に眩い光の矢が突き刺さっている。 上空を見れば、何が起こったかは一目瞭然、悠然と天空を舞っていたレディ ヘル(BNE004562)がマジックアローを放ったのだ。その表情には感情の色など何も移らず、ただ黙々と、第二射の準備をしていた。 ● レディ ヘルのカウンターにより怯んだE・ビーストへ、瑠琵が護符を身構えて追撃に出る。 「腐肉喰らいは鴉の努め、存分に本懐を果たすが良い!」 再び、護符から鴉を召喚。飛び交う黒い影が、その鋭いくちばしでもってE・ビーストを執拗に狙い打つ。 E・ビーストは苛立たしげに首を振るい、その元凶である瑠琵に、度重なる攻撃でえぐれた鼻先を向け、真っ赤な瞳で睨めつけている。 「瑠琵さんが注意をひきつけてくれている。今のうちね」 銃を片手に手繰り、ミュゼーヌが砂地を駆け抜けつつ自身の胸に手を当てる。フォーム・アルテミス、これから長く続くであろう戦いに備え、銃撃をより熾烈にすべく、銃に強化の光を帯びさせる。 「はてさて、小生に背中を向けるとはえらく呑気だの?」 「怒り」のあまり瑠琵ばかりを向いていたE・ビーストの背後から、颯が見くびるような眼差しで差し迫った。尾も背中も翼もお構いなく、二対の刃で躍るように斬りつける。 実際に斬りつけられて背後にいる颯の存在に気付いたE・ビーストは、天を仰いで吠え猛る。その太い尾をくねらせ、リべリスタ達をを薙ぎ払うように振るった。 唐突な、そして大胆な反撃に颯ははっとして、咄嗟に受け身を取った。 「ぐっ……舐めてくれるな害獣ョ、小生とて、コレで中々しぶといぞ」 「……ったく、汚らしいから触れないでもらいたいもんです」 E・ビーストの尾による振り払いを一纏めに食らった颯、諭、そしてそれを庇ったレディ ヘルがそれぞれ地面を転がる。各々は自分の裁量でそれぞれ受け身を取り、即座に態勢を整える。 「ねぇ、レディ ヘルさん? 不潔なヘドロで貴方のお美しい翼まで汚してもらいたくないもんですよね?」 ダメージを負っても諭の余裕は崩れない。頬についた砂汚れを拭って即座に立ち上がると、護符を振るい、召喚した二体目の影人に、一体目と連携させて重火器による砲弾の弾幕を展開する。連続する爆炎に見舞われて、E・ビーストの骨が砕け、腐肉がはじけ飛ぶ。 自身が庇った諭からの言葉に、しかしレディ ヘルは答えない。ただ翼を羽ばたかせて砂を払い、構えを正すと、爆風に包まれているE・ビーストを冷徹に見つめ、艶やかな細工の成された斧を突きつける。 マジックアロー。二度目に放たれた光の矢、今度は咆哮を上げるその顎の中を直線を描いて射抜いた。 「……随分しぶといのですね、でも私、頑張ります」 限定的に付随された飛行能力を用いて迅速に移動し、E・ビーストから距離を稼ぎながら、とよはグリモアールを紐解いてゆく。マグスメッシス。呪いの刻み込まれた黒い大鎌がE・ビーストの上空に再び現れ、その巨躯を両断せんとする勢いで振り下ろされた。 ● とよからの攻撃をはじめ、リべリスタ達からの連撃ににたじろいだE・ビーストは、一端顎を閉じ、頬を少し膨らませる。 「!、いけないっ、来ますよ!」 とよが叫ぶのも束の間、E・ビーストのその大顎が再び開かれる。怒声の様な咆哮とともに、毒々しい色をした霧が一同を丸々と包み込む。 咄嗟に呼吸を止めたとしても、その吐息はその場のリべリスタ半数の喉に焼付くような痛みを与え、そのうちミュゼーヌ、萵苣、颯が猛毒をあおってしまった。 「皆さん動かないで! 僕が癒します!」 悶々と咳き込むリべリスタ達を見て、自身も毒を帯びてしまった萵苣は、気分の悪さにややふらつきながらも電子グリモアのスクリーンに触れる。 自身の指先に魔力を込めて、「聖神の息吹」を選択。直後に認識したスクリーンが発光、すれば味方リべリスタ達が柔らかな光に包まれ、傷を癒し、その上で見事全員の毒を浄化した。 「ありがとう、鰻川嬢。あなたを守るためにも、もう終わらせよう」 背後に立つ萵苣を一目見た後、アラストールが剣を握って跳躍する。反撃する素振りすら追いついていないE・ビーストの顔面目掛け、煌びやかに輝く剣を纏わった光と共に切り裂いた。 「さぁ終わりよ、竜退治のワルツを舞いましょう……優雅に、熾烈に!」 アラストールが斬撃を終えた頃、ミュゼーヌは宙を舞っていた。付与された翼を用いて限りなく竜の背中に切迫。銃口を突きつけ、E・ビーストが振り向く間もなく銃弾をえぐりこむように連射した。その反動でミュゼーヌのコートの裾と茶の髪が宙を泳ぐ。技の可憐さとは裏腹に、威力の上がった銃による零距離攻撃はE・ビーストの背中に大穴を開けていた。 もとより緩慢だったその駆動だが 一層弱々しくなってE・ビーストは這いずりまわろうとする。そのたびにただれた皮膚が破れてぼたりと地に落ち、淀みきった血液が滴った。 「久方ぶりの戦場もここまでだねェ、とっととくたばってその身を土に返すがよい!」 E・ビーストが瀕死なのは明確だった。いつの間にやら短くなっていた咥え煙草を吐き捨て、止めだと言わんばかりに颯が跳躍する。 すでに体表が傷だらけのE・ビーストを狙い、多方面からその傷をえぐりぬくかのように刃の連撃を繰り出した。裂いて、裂いて、裂いて。颯のソードエアリアルが落ち着いた頃には、どろりと削げ落ちた肉が周囲に散乱していた。 そして、殆ど骨だけとなったE・ビーストは、死の間際僅かに呻いたのち、背に負った大穴から崩れ落ちるように、力なく地に伏していった。 もとより死んでいるような姿をした敵だ、E・ビーストが完全に活動を停止したのをしっかりと確認してから、一同は戦闘の終了を実感して息をつく。 今の瞬間まで戦場であった荒野を見渡した後、レディ ヘルはいずこかへと飛んで行ってしまった。次の戦いに備え、翼を休めに行くのだろう。 「さて、わらわはこの竜の体内を調べて、こうなってしまった原因を究明したいんじゃが、ぬしらはどうする?」 「ま、掃除でもして変えるさな……荒野に、命がまた芽吹くことを祈ってね」 さっそく試験管とピンセットを袖の内から取り出してE・ビーストの腐肉や血液を採取している瑠琵が言うと、颯が飄々と肩を竦めつつ答えた。ここまで荒廃してしまった荒野に緑を取り戻すのはかなりの時間が必要だろう。自分たちにできることは、現状では悔しいがそれくらいしかない。 「アナタの存在は許されなかった。けれどせめて、その体と心は、ここで一緒に自然を作る存在になってください……」 けれど、生命は巡る。いつの日かここにまた豊かな森林が蘇るかもしれない。全てがうまくいきますように。萵苣は静かに瞑目して祈りをささげた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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