●常識にとらわれない全く新しいギャルゲーシナリオが今……! 「おや、また亡者の声が……」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は虚空を見上げてひとり呟いた。 涼しげな和服がそよかぜにゆれた。かわいすぎて世界平和が訪れるかと思った。 「今回皆さんに対応して頂きたいのは、先日発見されたアーティファクトの対応と解除です」 いわく。 どっかの児童公園にぽーんと置かれたゲームCDがなんでかアーティファクト化しており、近づいた人間を取り込んでゲームの世界に入れてしまうのだ。 しかし『フハハハハきさまは永久にゲームし続けるのだー』みたいなやつじゃなく、ゲームをクリアすればアーティファクト化は解除され、ただのゲームCDに戻るらしい。 「しかし今回セットされているゲームが恋愛シュミレーションゲームなんです。学園生活の中で地道に交流を重ね、恋愛関係になって約束っぽい木の下で告白しあえばゴールインというものです」 「斬新なゲームだ。いったい何メモなんだ……」 「何めき何リアルなんだ……」 どよめくリベリスタたちを前にこほんと咳払いするガハラさん。 「しかも今回のゲームは特別版。つまりハーレムエンドが真のエンディングとして設定されているのです」 「なん……だと……?」 そう。つまりとりこまれた人間は男だろうが女だろうが魔王だろうが獣だろうがあきらか生物じゃなかろうがとにかく恋愛関係にもつれ込んでしかも全員が恋人同士で合意しちゃうというハチャメチャが押し寄せるハーレムエンドを目指さねばならないのだ。 「とても大変なことだと思います。しかし……それが困難であればあるほど何かが……そう、何かとても大きな何かが何かするんだと、思いませんか?」 途中から自分でも意味がわからなくなったんだなと、一同は優しい目で頷いたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月18日(木)23:29 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●豚プロデュースのオープニングアニメーションをご覧ください 『もの凄いアイドッとる秋茄子ちゃんがもの凄いうた』 作詞:秋茄子 作曲:ANZ 振付:例の人 全国777億人のアキナファンの皆さんおーはあっきー! 今日も超銀河アイドルアキナ・ドラマティカが火を噴くぞーう! (アッハイ、イチニッサンシー!) 深淵の夜、歪み行く、世界の捻れた雫。 恐怖か悲劇の渦か、赤い月に呼ばれて……アイドル状態ぁぁぁぁぁぁぁぁい!(ヤッフー!) てめぇコノヤロ自転車手放しで運転できるよみたいな技術でドヤ顔してるなよ! それ三ヶ月やらなかったらもう忘れてるんじゃないのか!? ちゃんちゃらおかしいぜ! ちゃんおかだぜ! ノウハウ作れよ手順を踏めよ! お前個人に金銭的価値はねえんだよ! なんとなくでお金貰ってんじゃねーってんだよ! 千五百円は大金なんだよおおおおおおおおおお!(ハイハイハイハイ!) ばろっくばろっくばろばろばー! いっくりいっくりいっちゃいまーひゅー! 昨日の友は今日の敵! フィク堕ち注意報!(いつから味方だと錯覚していた?) 私はアイドルです。 賞だって獲りました。 清純派だし処女だし彼氏いたことないけど恋がしたいって言っとけばお前ら豚ども全員ブヒブヒ言うんだろちっくしょおあの豚Pぃいいいいいいいい! あっコラ音楽止めんなまだ歌ってるでしょ! 間奏だって立派なパートなんだよ早送りボタン押すんじゃねええ!(woo woo) 歌詞が無いから歌じゃないってんなら作ってやんよ、一秒たりとも聞き漏らすなよ逃すなよ! アキナ・ドラマティカァァァァァァァ!(ボクボクボクボク!) 全国7兆7億7万7千7百7.5人の明奈ファンども耳を立てて土下座して脳みそ蕩けて拝聴しやがれ私は明奈だアイドルだ茄子でもなければベッキーでもなく前人未踏全知全能神が認めたオンリーワンのスーパーウルトラニューウェーブダイナミックラブリーセクシーサイクロンアイドル明奈明奈明奈様だにょんってほら見ろこびた語尾つけた途端にこの有様だよお前ら何が目的だ私の身体か私の歌か私のパンチがご所望かいいや違うだろ私はアイドルだからお前は黙って妄想しとけよ偶像崇拝しとけばいいだろ明奈ちゃんは歳とらないし結婚しないし彼氏作らないしトイレ行かないし子作りもしないし枕営業なんて言葉も知らないんだよ実際ディレクターもあっちの巨乳の方がいいとか言いやがって二重の意味でショックだよ明奈ちゃん抱けるなら最高だろってんだお前もそう思うだろ思えよ妄想しろよティッシュ箱をカラにしろよ明日の朝日を賢者の顔で出迎えろよだって私は秋茄子なんだぞって間違えたああああああああああああああああ!(ヤッフー!) ばろっくばろっくばろばろばー! いっくりいっくりいっちゃいまーひゅー! 昨日の友は今日の敵! NTR注意報!(私ってほんとバカ) 私はアイドルです。 グラビアも出たんです。 片思いの彼がなんか友達といい雰囲気になってるわエロいイベント他人と連発するわ私の立場はどうなってんだあの白黒おおおおおおおおおおおお! ばろっくばろっくばろばろばー! いっくりいっくりいっちゃいまーひゅー! 黒ニーソは売り物じゃないの食べ物でも無いの! 明奈ちゃんはアイドルなの茄子じゃないの! みんな分かって私を見てて! アキナ――! アキナ――! アキナ・ドラマティカァァァァァァァァ! 【新本格恋愛シミュレーションゲーム『ばろめきリベリアル』】 はじめる ←(ピコンッ) つづける おわる ●第一週 ドラマティックにアキナティカ ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 突然だが彼の名は『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)。ただの学生である。 昨今の法改正を警戒して高校や中学といった単語をあえて避けこのゲームの登場人物は全員18歳以上だと言い張ってもいいようにと、あえて『学生』という単語だけで通していた。エロを抑制するのは結構だが、古今東西エロさを忌避した文明は衰退の一途をたどるのだと言うことを日本人類は知るべきではないか? ……さておき。 「おはよう。いい朝だな。フッ、窓の前を偶然通りかかったついでに教えてやるが、今日学校に行く際あえて逆方向に進むとUFO墜落イベントが起きてシャルロッテ早期遭遇イベントへと入ることが出来る。だがそれは次週からの選択肢だから今は覚えておく必要は無い。だが一応補足しておくと、彼女との付き合いには株価が密接に絡んでいるから常にスマホのアプリに入れておけ。では、学校で会おう!」 窓の外でシュビッっと二本指を立てるメリア・ノスワルト(BNE003979)。 上半身を起こした半裸の風斗は、やけにスローモーションで通り過ぎていくメリアを前にしばし真顔を保っていた。 「うち、三階なんだがな……まあいいか、やれやれ」 頭をがりがりとやりながら、冷蔵庫から牛乳と食パンを取り出す。適当に牛乳はラッパ飲みし、パンは歯に咥えたままシャツを羽織る。 ボタンを留めながらもぐもぐとやっていると、今日のスケジュールが頭の中に浮かんできた。 「今日は騎士道部の朝練に出て、授業は半ドン……午後はどうするか。明奈からカラオケに誘われていたんだったかな。俺、歌は苦手なんだが、やれやれ」 どんだけやれやれ言うんだよってくらい首を振ると、風斗はキュッとズボンのチャックを上げた。 と、その時。 窓の外を警官が通り過ぎた。 警官というかお巡りさんで、むしろ『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)だったし、なぜか食い入るような目で着替え中の風斗を見つめていたような気がしたが気のせいだと思う。お巡りさんだし。『ウオオオオオオオオ!』とか言いながら道の端っこにある用水路に自転車ごと落っこちていたけどきっと事故だと思う。風斗はとりあえず無視して寮を出た。 「ブッヒッヒ、おう楠神風斗。行ってらっしゃい」 「寮長さん、どうも。行ってきます」 自宅である寮を出ると、すぐ近くに教会が見えてくる。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が軒先で道の掃除をしていて小さく会釈してくるが、風斗は話したことの無い人なので軽く首をコクッとやるだけで通り過ぎた。 まあここから悠長に歩いても構わないが、運動部を熱心にこなす風斗としては軽くアップをはかっておきたい。そんな理由で学校までジョギングをしていると、曲がり角で『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)が合流してきた。 「おはよう泥棒猫。いい天気だな」 「おはよう惟……ん?」 チャッと手を翳そうとして、風斗は首を傾げた。 「今、何か言ったか?」 「変なことは何も言っていない。どうした、寝ぼけたのか風斗」 「かもしれん」 惟は風斗と同じ騎士道部に通う同級生である。地味に性別が分からず、風斗的には男のカテゴリーに入っているのだが、『お前性別なんだっけ』と聞くわけにも行かず今日に至っている。特に困ったことにはなっていないし、まさか今この場で聞くわけにはいかないので風斗は通常運行へ入ることにした。 「どうだ風斗。これと競争してみないか。先に学校へついたほうがふるふるシェイカーを奢る。それではヨーイ――」 「ドン」 スタートポーズに入った惟を置いていきなり加速する風斗。 惟は目を白黒させて追いついてきた。 「なっ! 卑怯だぞ風斗! 騎士として恥ずかしくないのか!」 「別に俺は騎士になりたくてこの部に入ったわけじゃ無い! だいたいうちは剣道部だろ! なんで騎士道部に変えられてるんだ!」 「たわけが」 最終コーナーを曲がり校門へと駆け込もうとした、その時。 誰ぞから不意打ちで繰り出されたフライングニーキックが風斗へと炸裂した。 「ほぶっ!?」 鳩尾をおさえてのたうちまわる風斗。 そんな彼の前に、一人の女が金髪をひるがえして着地した。 「な、なにを……」 「脊髄反射で鳩尾に膝を入れてしまっただけだ。案ずるな後輩、人間はその程度では死なない」 「それは死なない程度に苦しませてやるという意味の言葉ですか先輩」 「他人を恨むな、己の言動を顧みよ。騎士道部の一員でありながら卑怯な手を使うなど、首をはねられないだけマシだと思え」 「俺って場合によっては殺されるのか!? 大体お前は誰なんだよ!」 膝を叩いて立ち上がる風斗。 最近はやりの草食系男子は『雑草でさえ食らって生きてやる』という意味だと解釈されることがあるが、今日の風斗はむしろ『雑草のように何度でも生えてやる』という、いわざ雑草系男子であった。 そして鼻っ面に叩き込まれる拳。 膝から崩れ落ちる雑草系男子。 「私は『騎士道一直線』天音・ルナ・クォーツ(BNE002212)という者だ。この国の騎士道は奥ゆかしく礼節に厳しいと聞いたが……フン、この程度とはな。ぺんぺん草にでも話しかけていた方がまだマシだったな」 「ぐっ、言いたい放題言いやがって。大体自分の名乗りに二つ名とIDをくっつけるのってどうなんだよ……」 鼻血をぼたぼた流しながら立ち上がる雑草。じゃなかった風斗。 天音はといえば、風斗に興味を失ったようでさっさと行ってしまった。 やっと追いついてきた惟が足踏みしながら風斗の横で止まった。 「あれはイギリスから交換留学で来たという天音・ルナ・クォーツか。かの地は騎士道の本家。勉強させてもらえそうだな」 「勉強っていうか強襲をされたけどな」 「フ、馬鹿な。騎士は聖別された身だぞ。無辜の民に手を上げるわけあるまい」 「お前の騎士信仰もたいしたもんだな」 「騎士が信仰しているのは神だよ、風斗」 「神ね……やれやれ」 思い出したようにやれやれする風斗。 彼は鼻にティッシュ詰めながら道場へと入っていったのだった。 真面目に朝練をこなすのが筋というものだが、例の留学生が我が物顔で道場に甲冑飾りを並べだし、部員を片っ端からたたきのめして『この国の騎士はこの程度か。ゴミめ』などと言い始めたので風斗は思い切りブッチしてやった。 要するに逃げたのである。 逃亡先の教室でぐったりと朝のけだるさに身を任せる幸せよ。 「教室は平和だな……」 などと言っていると、『箱舟あいどる水着部隊!』白石 秋茄子(BNE000717)がにゅっと机の下から生えてきた。 「およ、風斗がこの時間から教室にいるなんて珍しいじゃん。おはあっきー」 「よう秋茄子。学年すら違う俺の教室にナチュラルにいるお前には負けるよ。と言うか、後輩なら敬語を使え敬語を」 「生まれたのが十数ヶ月違うだけで威張られてもねー。風斗こそアイドル様とタメでお話できるこの貴重な時間に感謝してみたらいいんじゃね?」 「はいはいシェイシェイ」 「気持ち籠もってねーなー」 早くも机で寝てやろうという気だるい姿勢に入っている風斗を邪魔するかのようにスマホの画面を押しつけてくる秋茄子。 気づけば風斗の前の机を占有し、椅子へ後ろ向きに跨がっていた。もう完全にダベるモードである。 「ねえ見てコレ。近所にUFO落ちたんだよUFO。アダムスキー型の」 「今時UFOって……」 顔を上げてみると、スマホ画面にはこちらに向けて中指を立てるシャルロッテ・プリングスハイム(BNE004341)の姿がバリバリ映っていた。 ハチマキしていた。 特攻服だった。 バール担いでた。 テロップには『UFOから下りてきた宇宙人のシャルロッテさん(17)』と書かれていた。 「いや、どう見てもその辺の不良だろ」 「でもUFO乗ってたよ?」 「今時アダムスキー型のUFOなんて誰が乗るんだよ。言ってみればダイハツのオート三輪乗ってるようなもんだろ」 「言われてみたらそうかもね。宇宙人も未だに60年代引きずってると思われたら嫌かもね。今はセグフェイみたいなのに乗ってるのかも」 「そんな宇宙人は嫌だけどな」 ふと窓の外を見る。 セグウェイに乗ったシャルロッテがパラリラ言いながら暴走し、その後ろを血相変えた守巡査がチャリで追っかけていた。 無言で視線をワンセグに戻す二人。 「話は変わるけど、今日のカラオケに知り合い来るよ」 「なんで俺が行く前提になってるんだよ。歌は苦手だって言ったろ」 スッと二人のすぐ横にスライドインしてくるメリア。 「この後授業をブッチしてカラオケの練習を限界までし続けると雲野杏お気に入りイベントが発生し、杏ルートへ入るための選択肢が出るようになる。所持金と時間を使い切るレベルだから気をつけろ。あとあらゆる大事な場面で呼び出しのメールが来るが絶対に行け。私から言えることは以上だ」 と言ってからスライドアウトするメリア。 タイミングを見計らったように、教室の扉が開き、教師が入ってくる。 「ブヒィー。今日も暑いな、さっさと授業はじめンぞ。席に着け席にー。さもなくば俺に跨がらせンぞー。あ、男は死ね」 がやがやとしつつも次第に落ち着いていく教室の空気。 風斗は日常を感じながら、隠れて居眠りする準備を進めるのだった。 キーンコーンカーンコーン。 終業のベルが鳴り、風斗は目をこすった。 そんな彼を覆う影。ほんのりと控えめなコロンの香りが鼻につき、胸に不思議な安心感を抱かせる。 「おっす風斗。おっはー」 「……なんだ、秋茄子か」 秋茄子は肩を落としてため息をついて見せた。 「あからさまにガッカリしてからに。明(ピー)ちゃんだって女の子なんだゾ?」 「はいはいソーリーソーリー」 「この野郎……」 ペッと吐き捨てるフリをして、秋茄子は腰に手を当てた。 「風斗は先に店行っててもらっていい? ワタシはANZさん呼んでくるから」 「は、店?」 「カラオケだよカラオケ。カラをオケオケする所だよ」 「知らねえよそんな奇っ怪な施設。なんだよオケオケって。どういう動作だよ」 「いいから行っててよー。ANZさんってば風斗に会うの楽しみにしてるんだから」 「なんでだよ。知らない人だろ」 「ジョニーデップに激似で歌唱力は森山直太朗の三十倍だって紹介したからかも」 「どんな超人だよ!」 「プーチンに匹敵する政治力とセガール三人分の戦闘力を有するとも紹介しといた」 「この世にいるのかよそんな人間!」 「あと、モト冬樹とグッチ裕三を足したようなセンスだとも」 「お前は俺にセンスだけで世界征服でもさせるつもりなのか?」 「とにかく来てよー! 来ないと泣くぞ! 明(ピー)ちゃんが声をあげて嘶くぞ!」 「『いな』が余計だ。馬かお前は」 「ヒヒーン!」 「馬だった!?」 「コンビーフだけは勘弁してください、種馬としてまだ価値があるはずなんです僕!」 「競走馬を引退したが成績が芳しくなく微妙に扱いに困っている馬だった!? 生かしてあげてくれ! そいつにかけた数億円は……金を稼ぐためだけに割いた費用じゃないはずだ!」 「ありとーう!」 イエーイと言いながらハイタッチする秋茄子と風斗。 「で、いつものシダックスでいいのか? ぶるらじの公録してたっていうあそこで」 「うん、バング役の小山が控え室で脱いでたっていうあそこでいいよ。ANZさんと合流したらすぐ行くから、なんか適当に歌ってて。そんじゃヨロシクー!」 手をぐーぱーしながら風のように飛び出していく明奈。 風斗的には、一応このあと部活があった筈なのだが留学生の天音が幅を利かせていると思うとなんか嫌だし、惟も声をかけてこなかったのでさっさと学校を出ることにした。 校門を出たところでシャルロッテと守巡査がセグウェイVSママチャリのレースを繰り広げていたが華麗にスルー。 家の近所にあるサジタリー教会の前でまたもシスターのリリさんが箒がけをしていたが、ぺこっと会釈するだけで通り過ぎた。 最近周囲に振り回されっぱなしなので、この教会でお悩み相談をしてスッキリするという手もあるなと思ったが……自分のことを語るのがダルいというやれやれ系の風斗は思っただけで留めておいた。 そのまま暫く歩けば例のカラオケボックスがある。 「さて、確か部屋はもう押さえてあるんだったかな……」 受付で名前を言って鍵とマイクを貰う。 言われた部屋に入ってみると、なんとドラムセットやらアンプやらが完備された豪華な部屋だった。カラオケボックスというよりちょっとしたスタジオである。 カラオケボックスの多様化が進む昨今、この程度の部屋は割とどこにでもあったりするもので、秋茄子とのカラオケは大体ここを使うのだった。部屋の奥にある円形ステージでフリフリ踊りながら歌い狂う秋茄子をぼーっと眺めながらポテトつまむのがいつもの過ごし方なのだが……今回は知らない人が混じるという。 初対面の相手には気さくに応じたい風斗ではあるが、何となく警戒してしまう自分もいた。 「練習は……まあ、しなくていいか」 ぼーっと天井のシミの数を数えていると扉ががちゃりと開いた。 「ブヒー。ドリンクお持ちしましたーっと。コーラにポカリ、あとビールな」 「え、俺コーラしか頼んでないですけど」 「エッ、そうなンですかい? おっかしいなぁ、予約するときに一緒に注文されたンですがねぇ」 などと言っていると、秋茄子がひょこっと顔を出してきた。 「お待たせちゃーん。美少女の登場ですよっと」 「丁度良かった。ドリンクが今来たとこなんだが、秋茄子がポカリなのは分かるとして……ビールってどいうことなんだ?」 「あ、それアタシだわ。お、ちゃんとエビスじゃん。薄めてないでしょうねコレ」 急に知らない女性が、自分の家かってくらい堂々と入ってきた。 入ってくるなりビールジョッキをひょいっと持ち上げ、腰に手を当てて一気に飲み干す。 「ぷはー。生き返るわー。よし合格。あっ、ビール追加ね。面倒だから瓶で持ってきて。とりあえず……」 それこそ自分の家かってくらい普通に通信用の受話器を耳に当てて追加注文をし始める女。 一度口の所に手を当てて風斗を見た。 「あ、生でいい?」 「未成年に酒を飲まそうとするな! バロックナイトイクリプスは未成年の飲酒喫煙を固く禁止しているんだぞ!」 「あーはいはい。じゃあ五本。瓶五本で。はいオッケー、よろしくー」 がちゃり、と受話器を置く女。 助けを求めるように秋茄子に視線をやると、既にスマホアプリで十八番の曲を入力していた秋茄子がマイク片手に振り返った。 「あ、その人がANZさんね。ワタシの曲とか書いてくれてんの」 「あの曲を……あ、えっと、楠神です。曲、よく聴いてます」 「お世辞言わなくていーから。仕事でやっただけだし」 そしてナチュラルに煙草をくわえる。 はっと気づいて風斗を見ると。 「忘れてたわ。コレ名刺ね」 胸元に突っ込んでいたと思しきシガーケースから器用に名刺を取り出して風斗に渡してきた。 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)、と書かれている。 「いや、そういうことではない。一応喫煙時のマナーっていうのをですね……」 「ハァ? タダで煙草の煙吸えてる人間がガタガタ言ってんじゃないわよ」 「副流煙でしょう? 有害物質が喫煙者の何倍もあるって」 「そりゃ全部口移しで吸い込んだら有毒でしょ。なぁに、吸いたいの? ……『ぜんぶ』」 フィルター越しに息を吸ってから唇を突き出してくる杏。 「「あ、ちょっ……!」」 同時に慌てる風斗と秋茄子。 杏はちらりと秋茄子の方を見てから身体を引いた。 「そーゆーコト。道理でジョニーデップを十代にわたって品種改良したかのようなイケメンとか紹介されるわけだわ」 「は?」 「あーオホンッ、それじゃあ開幕一曲目いってみよーかー! 今をときめく超銀河アイドル明(ピー)ちゃんの歌う――メルト!」 (※様々な権利の関係で音声をカットしております。コスプレ衣装でフリフリに踊り狂う秋茄子とビール瓶をボーリングのピンのごとく並べていく杏とサビの決めシーンで風斗に向かってばっきゅーんサインしてる秋茄子と目も合わせずポテトをむさぼっている風斗とこめかみを押さえて唸る秋茄子と手ぇ叩いて笑う杏、そしていざ三高台ブルースを歌うと高速回転する風斗とビール瓶を投げつけられ頭から血を流して痙攣する風斗をスライドショー形式でご覧ください) 「んーっ、歌った歌ったー!」 両手を組んでぐーんと背伸びする秋茄子。 既に町は夜の姿に変わり、遠くでネオンが瞬いている。 杏は『飲み直すわ』と言ってさらっと抜けてしまったので、今や秋茄子と風斗の二人だけである。 「毎日仕事で歌ってるのに、カラオケに行ってまで歌いたいもんかね」 「仕事は仕事っしょ。お金貰うために歌うのとじゃやっぱ別モノだよ」 「お金って。間違ってはいないが……じゃあさっきは何のために歌ってたんだよ」 「えっ? あーんー……まあいいじゃん。っていうか、文句言う割にいつも付き合ってくれるよね、風斗はさ」 背伸びした腕を頭の後ろで組んで、秋茄子はぶらぶらと風斗の前を歩き始めた。 大きな川の上にかかった鉄橋は、なんだか足場がふわふわしているように思える。 すれ違う車のヘッドライトが、秋茄子と風斗をそれぞれ照らした。 「そりゃあ、ながい付き合いだしな」 「ふうん」 目を細める明奈。 「あのさ、ANZさん」 「うん?」 「あの人って、うちのプロデューサーから紹介された人なのね。豚Pって言って、業界で何人も売れっ子を輩出してきた人なの」 「そうなのか。それは心強いな」 「まあね」 秋茄子は歩調をそのままに風斗の前を歩いて行く。 車のヘッドライトが過ぎていく。 「アイドルってさ、偶像じゃん?」 「……ん? ああ、そうだな」 何を急に言い出したのかという顔をしる風斗。 彼に背を向けたまま、頭の後ろで手を組んだまま、秋茄子は続けた。 「偶像ってつまり形がないってコトなんだわ。形の無いものは、空気みたいなものだから、いくらでも膨らませて、いくらでも切り売りできるんだよ」 表情は見えない。 「ゴミみたいなお金で売り払っちゃうこともあれば、宝石みたいな価格で売れちゃうこともある。でも全部おんなじ空気で、いくらでも膨らむんだ。みんなワタシの疑似デートDVDとか、グラビア写真集とか、黒ニーソつきのCDとか、そんなの買ってワタシを好きにしてるつもりなんだけど、でもそれって私の色や臭いがついた空気なんだよ。誰も私に触ってない。私の出してる空気を好きなだけ吸い込んで、お金払ってるだけ。豚Pも私を大事にしてくれてるけど、なんだろうね……最新式の空気清浄機とか、高い香水とか、そういう扱いなの。ワタシってさ……」 頭の後ろの手をほどき、明奈は身体ごとくるりと振り返った。 通り過ぎるヘッドライト。 バックライトに一瞬だけ照らされた顔を、風斗は見た。 「私って、誰なんだろうね」 小さく息を吐く風斗。 「お前はその辺の女子高生だろ」 立ち止まる明奈。 立ち止まる風斗。 「お前は確かにアイドルやれるくらい可愛いんだろうし、仕事もかなりやれるんだろうけど、俺にそういうのはよく分からん。お前の出す空気というのもよく分からんし、お前と一緒にいることに金銭的価値は感じてない」 歩き出す風斗。 立ち止まったままの明奈。 「お前はただの女の子だろ、明奈」 二人はすれ違い。 背を向け合う。 その寸前。 明奈は彼の手を掴んだ。 「……ん?」 振り返る風斗に、明奈はただうつむくままだった。 手が震えるのはきっと、すぐ横をトラックが通り過ぎていったからで、足がふわふわするのは衝撃吸収材を含んだへんてこな地面だからで、熱いのは季節のせいだ。 そういうことにしておくのを……明奈はやめた。 「ねえ風斗、ワタシあんたのこと好きだわ」 「……は? それは友だ」 「異性として」 「い、異性として?」 「ラブだわ」 「で、でも」 「付き合ってよ。彼氏彼女になってイチャイチャしよーよ。いつもみたいにカラオケいって、人目がないのをいいことにエロいことしよーよ」 「い、いやそのスキャ」 「むしろ公表するわ。売り上げぶち壊して開き直るわ。これからは中古アイドルとしてドヤ顔して売りまくるわ」 「ちょ、ちょっと待て! お前何言って……!」 「本音」 通り過ぎるヘッドライト。 すれ違うバックライト。 赤とオレンジの光の中で、影が一つに重なった。 ニッコリと笑う『箱舟あいどる水着部隊!』白石 明奈(BNE000717)。 風斗はつられて笑い。 遠いネオンと水面の光を背に。 唇が。 重な――。 ●第二週 Night of Fantasma ...and "K" ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 風斗がむっくりと半裸の上半身を起こすと、メリアが窓の縁に肘を突いて中を覗き込んでいた。 「…………」 「おはよう風斗、いい朝だな。丁度窓の前を通りかかったついでに言っておくが登校中にシスターのリリさんに話しかけないと夜のプロストライカーイベントは起きないぞ。ちゃんと登校中と下校中の両方で話しかけることだ。そうすればお悩み相談イベントが発生してそのままルートインできる。そうなってしまえば選択肢は何を選んでもデレるから楽だぞ。何の支障も無くエンディングまで行けるだろう。幸いこの世界には忌々しい豚もい――ザザッ――ないことだしな。ではまた学校で会おう」 さらっと去って行くメリアに『ここ三階なんだけどな』と呟き、パンと牛乳をアレして『今日も早いわね』とにこやかにお見送りしてくれる寮長のおばさんへ行ってきますして、曲がり角で惟と合流した。 「おはよう楠神風斗」 「よう蓬莱。朝からジョギングか」 「お前こそ。競争するか?」 「ああ……ん?」 風斗はその時、妙な違和感を感じた。 違和感というか、異物感というか、脳内に不思議なアルゴリズムの存在を感知したのだ。 無理矢理文字に表わすならば、こうだ。 惟と競争する。 肩の力を抜いたらどうだと諭してみる。 ←(ピコンッ) 「な、なあ蓬莱」 「どうした。これは既にクラウチングスタートの姿勢にはいっているぞ。騎士ならば同じラインから走り始めるべきではないのか?」 「いや、今日はほら、ゆっくり行かないか?」 「……なんだと?」 クラウンチング体勢で、しかもぴんとお尻を上げて走り出す体勢でいた惟は怪訝そうに顔をしかめた。 「なあ楠神風斗。これらは同じ騎士道部として切磋琢磨するべきではないのか?」 「まあ、それもいいんだが、お前だって立派な……」 友達だろ。 女の子だろ。 ←(ピコンッ) 「女の子だろ?」 「……………………」 惟は例の姿勢のまましばし硬直していたが、すっと立ち上がって懐から手鏡を取り出した。 どこか少女趣味の、乱暴に言うならお姫様のような手鏡である。普段から騎士騎士言ってる惟の持ち物にはとても思えない。 惟は暫く鏡を見た後、風斗へと向き直った。 「すまない。今の言葉はよく聞こえなかった。競争はしないのか?」 「ああ、歩いて行こうぜ。なんならゆとり教育に則って、おてて繋いでゴールインしようじゃないか」 「手……か」 「うん?」 「よし分かった。繋ごう」 惟は右手で風斗と握手した。つまり右手同士で繋いだのである。 そのままカニ歩きで進む二人。 「な、なあ……これはなんか違くないか?」 「そ、そうか? そうかもしれん。どうしたらいい?」 「じゃあ左手を……」 その後二人は、両手をぐねぐねと入り乱れさせながら学校へカニ歩きし続けたのだった。 流石の天音や明奈も声をかけられずに素通りしてしまったのは、無理のない話である。 「「おはようございます!!」」 タンゴのポーズで道場へ突入してきた風斗と惟を、部員一同は沈黙のまま迎えた。 両者腰に手を回して、指を絡めた二人の手を前方に突きだす感じのポーズである。こんな奴らに何か言えたらそりゃたいしたツッコミスキルだろう。唯一メリアだけが『ノーヒントでルートイン……だと……?』とか言ってガタガタ震えていたがどうでもいい。 唯一もの申すことができたのはが全く面識の無い天音だけだったというのも、なんだか皮肉な話である。 「お前たち、なんだその入り方は。ふざけているのか?」 「あ、いや……これは何というか……」 「ふざけた後は言い訳か。こんな男が部員にいるとは、この国の騎士道もたいしたことはないな。ゴミどもめ」 風斗と惟を吐き捨てるように一瞥すると、天音は道場の奥へと行ってしまった。 「なんだあいつ。初対面でいきなり」 毒気づく風斗。だがその一方で、惟はへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。 「お、おい蓬莱! どうした!?」 「ご、ごみ……これが……? あのルナ・クォーツに、ごみと……?」 畳みの上に膝をついたまま震える惟。 風斗は放っておく訳にもいかず、惟を抱えて保健室へと直行したのだった。 「ルナ・クォーツ。イギリスの名家で父は正当な騎士の称号を持っている。一人娘である天音嬢も幼い頃から英才教育を受け、ゆくゆくは父を継ぐだろうとみられている人物だ。まあ、我々騎士道部としては憧れの存在だな。騎士マニアの惟にとっては神に近い」 保健室のベッドを横に、メリアはそんな風に語った。 だがその説明は風斗の頭に入ってこない。今は惟の苦しげな表情と、困惑しきったあの呟きだけが脳内を占めていた。 パイプ椅子に腰掛け、眠る惟を見下ろしている。 メリアは暫く二人を観察した後、『じゃあ私はこれで』と言って窓から出て行った。保健室の担当医も『精神が参ってるだけね。おちつく薬をうっておいたから、あとは安静にしていればいいわ。ブッヒヒヒ』と言って部屋を出て行ってしまった。今はもう二人きりだ。 静かな保健室。 「コレ……」 苦しげに唸る惟が、ふと風斗の意識を現実に引き戻した。 手を伸ばす風斗。 「どうした、コレ?」 「どうもこうも、ないわ」 パチリと目を開けるコレ。 彼女の『赤色をした』瞳が風斗の顔を映した。 「わたしのものに触らないで」 「何言ってんだ? というか、なんだよその口調」 「口調なんてどうでもいいでしょう?」 コレは身体を起こし、枕の下にいつの間にか仕込まれていた短剣を抜いた。鋭く研がれた刃が風斗の喉に当てられる。 しかも気づけば、風斗はその場に組み伏せられ、完全にマウントをとられていた。 風斗からは、自らの血液が鎖骨に流れ着くまでその事実を察知することができなかった。それだけの速さと、それだけの『かまわなさ』があったのだ。 「命令されたい? 違うわね、お願いしてあげる。……余計なことはしないでちょうだい。余計な口を挟まず、余計な手を出さず、余計な首を突っ込まず、余計な足を踏み込まないでちょうだい。あなたのことも、このかりそめの世界も、全部が全部どうでもいいの。どうでもいいから、どうもしないで」 「ちょ、ちょっと待てよ蓬莱。流石に中二病が過ぎるんじゃないか? そういうのって以外ともう流行らないんだぜ? だから剣を納めてくださいっていうか痛たたたたたた! ちょっとマジやめてください調子乗ってました許して惟!」 「…………む?」 惟はぱちぱちと瞬きすると、青い瞳を半眼にして風斗を見た。 「楠神風斗、何をしているんだ? ルナ・クォーツに見下されたからといって自害することはないだろう」 「それ! お前の! 剣だから!」 「はっ!? これは一体何を!? 風斗きさま、自害する勇気が無いからとこれの手を借りるとは……」 「え、いや、別にそういうつもりで言ったんじゃ」 「そうならそうと早く言え。これは騎士、貴様も騎士。同じく神に魂を預けた身、引き際を選んだのであればこれはその選択を止めはしない」 「止めはしないっていうかトドメ刺してるよなこの状況! 死ぬ! 死んじゃう、俺の人生が終わっちゃうだろうがあああああああ!」 この後、風斗をカラオケに誘おうと保健室を訪れた明奈が、風斗の上に跨がって乱れに乱れた惟を見てそっと扉を閉めたりしたが、まあ大体平常運行であった。 放課後。 惟と風斗は同じ帰路についていた。 肩を並べ、茜色のアスファルトを踏んで歩く。 「蓬莱、良かったのか? お前が部活をサボるなんて」 「いいんだ。いや、よくないが……道場に顔を出せない」 寝ぼけたような表情で、長くなった自らの影を見つめる惟。 「どうすればいいのか、よくわからない」 天音にゴミ扱いされたことがそれだけ響いたのだろうか。 風斗にとっては別に珍しいことじゃないというか、単に罵倒されただけなので嫌な気持ちをしただけで済んだが、惟にとっては親に死ねと言われたようなものなのだ。 いや、この場合は神に死ねと言われたようなものか。 「これは騎士だ。騎士ならばこういうとき、どうすればいい。楠神風斗、お前のように自らの首を切り落として貰えばよいのか?」 「俺はそんな猟奇的な自殺行為には及ばないけどな?」 影は並び、ゆらゆらと揺れた。 「これは、まだ、騎士ではない。ただの、騎士道部員だ」 「その二つは違うのか?」 「例えるなら人間と類人猿だ。これはいつか『そう』なりたいが……生きているうちになれるかどうか怪しいものだな」 二人は寮の前で立ち止まった。惟の家は別方向だ。途中で分かれることをせず、ここまでついてきたことになる。 まあ話しをしたい気分なのだろう。風斗はそう考えて惟を手招きした。 「ま、とりあえず上がっていけ。麦茶くらいしか出せんが」 惟は僅かに眉をあげ。 そして微笑以下の笑みを浮かべた。 「なに、騎士は食わねど高楊枝だ」 「それ武士な」 ぼろいアパートの三階。そこが風斗に割り当てられた部屋である。 通っている学校の学生寮を兼ねており、学生を優先的に入れるせいでちょっとした男子校のような空気ができあがっていた。 惟をつれて部屋へ入ろうとする風斗に、寮長のおばさんが生暖かい笑みと共にシガーケース大のなんかをそっと手渡してきたのだが、それはとりあえず忘れることにした。 申し訳程度に存在する安定性の悪いちゃぶ台に麦茶の入ったコップを二つ置く。 そして風斗はほこりっぽい畳にどっかりとあぐらをかいた。 「悪いな。座布団のひとつでもあれば良かったんだが」 「気にするな。これも騎士を志す者。魂は神に、剣は主君に捧げるべき身。もてなされるのは本意ではない」 「『おかまいなく』の六文字で済む内容をそこまで長くするなよ」 「……おかまいなく」 「よし」 コップを掴んで、麦茶を一気に飲み干す風斗。 「なあ、前から気になってたんだが、蓬莱のいう騎士ってどうやったらなれるんだ?」 「…………楠神風斗、お前はそんなことも知らずに騎士道部に入っていたのか?」 「俺は剣道部の入部届に判をついた筈なんだけどな?」 「まあ、いいだろう。無知は責められるものではない」 麦茶のコップを手に取り、なぜか三度回してから音も立てずに口をつける惟。 「結構なお手前で」 「お前ってたまに方向性を見失うよな」 「何の話だか。して、騎士のなりかただったな」 コップを手に持ったまま頷くと、惟は窓の外へ目をやった。 「この近くに教会があるだろう。サジタリー教会だ」 「ああ、あるな」 「我ら騎士道部の部員はみなあそこで洗礼を受け、正しき騎士となるべき一歩を踏み出すのだ」 「……俺、あの教会に入ったことすらないんだが」 「はっはっは、さすがは騎士道部の男。冗談がうまいな!」 「だから剣道部員だっつってんだろ」 「騎士の十戒と言ってな、教会の教えへの服従、腐敗無き教会擁護、弱者への慈愛、愛国心、敵前退去の拒否、異教徒の撲滅、主への服従、真実への忠誠、惜しみなき寄与、そして正義だ。これはいついかなる時も戒めを守り続けてきた……つもりだった」 過去形だ。 風斗は目を細めて押し黙った。 騎士とはつまり教会戦士だ。武士が単純な主従関係だけで成立していることに対し、彼らは神を背に受けているのだ。プライドが高いはずである。 「しかし、これは……」 陰鬱にうつむく惟。 風斗は頭をがりがりとかいて唸った。 「あー、すまん。お前の言ってる話が殆ど頭に入ってこない。歴史の授業を聞いてる時みたいだ。ただ、とりあえず思ったことだけ言ってもいいか?」 「……ああ」 「おまえ、騎士になりたいのか? それとも『騎士みたい』になりたいのか?」 「…………それは、どういうことだ?」 「話の流れじゃ、騎士になるってこと自体、別に難しくないんだろ? なんていうか、『なりかた』を選んでるというか……なる過程を選んでる感じがするんだよ。お前は結局、何になりたいんだ?」 「…………」 惟は黙って麦茶の残ったコップを置き、その場に立ち上がった。 「蓬莱……?」 「分からなくなった」 そうとだけ言って、懐に入っていた封書を宙に放った。 ひらひらと落ちるそれをキャッチする風斗。 その時にはもう、惟は靴を履き、ドアを開けていた。 「確かめたいのだ。だから……待つ」 「待つって? おい、ちょっと!」 風斗の制止を聞かずに出て行く惟。 部屋の中に残された風斗はただ、共に残された封書に目を落とした。 翌日。 夜の更けた教会前公園に一人の男が現われた。 抜き身の竹刀を肩に担ぐ、楠神風斗である。 対して、大きな木の下に一人。競技用レイピアを手にした惟が立っていた。 風斗はポケットから取り出した封書を開いて、今一度目を落とす。 そして、その向こうに居る惟を見た。 「楠神風斗。これは、お前といる時間が好きだった。お前と剣の稽古に励み、修行を重ね、精神を磨いていく時間が好きだった。それは今も変わらない。これの胸の中にある」 惟はレイピアの先端をつまみ、強く捻った。ネジの外れる音と共に、内側から鋭利なブレードが現われる。 「同時にこれは、騎士を目指す時間が好きだった。理想に近づいていく時間が何よりも幸福だった。だがそれは、胸の中に無い。自らを否定された瞬間に、まるではじめから無かったかのように消えてしまった。なぜだ?」 用済みになった安全カバーを捨てる。 そして教会のほうへと目をやった。 同じようにそちらを見やると、いつからか跪き祈りを捧げていたシスター・リリが、真剣を手に風とへと近づいてくる。 「初めまして、風斗さま。はじめてここを訪れたのが、まさかこんな時だとは……」 剣を水平に翳し、風斗の眼前へと突き出す。 取れ、ということらしい。 風斗は黙って柄を握り、鞘を抜き捨てる。 正眼に構える風斗と、半身に構える惟。 「これは、お前がと共にあるのが好きだったのか? お前と騎士を目指すのが好きだったのか? 確かめなければならない。ゆえに――」 再び祈りを捧げるリリをよそにして、二人は大地を踏みしめた。 踏みしめて。 踏み切った。 「死合え、楠神風斗ッ!!」 惟は風斗まで十数歩の距離をまばたき一つ分の速さで駆け抜けると、心臓めがけて音よりも早く剣を突いた。 が、惟のブレードは風斗の剣のみそぎを削り、ぐるりと絡めるように軌道をねじられ、しまいには斜め上へと強引に飛ばされてしまった。 返す刀が力強い軌道を描いて惟へと迫る。 目を開けたまま。惟は微笑以下で笑った。 それでいい。 そうやって消えるなら、いい。 刀はそして。 惟の頭部を。 『ばしぃん』と叩いた。 「…………え?」 ぱちりと瞬きをする惟。 うつむいたまま、穏やかに微笑むリリ。 見れば、風斗の『竹刀』が惟の頭を打っていた。 「俺の勝ちだな、惟」 「……風斗、なぜ」 「頼まれたからだ」 懐から先程の封書を出して、惟へ向けて翳した。 まるで鏡に映したようなラテン文字で書かれた文字はこんな意味だった。 『わたしの騎士を助けてあげて』 「惟、お前はもう……騎士だったらしいぜ」 竹刀を下ろして笑う風斗から、惟は目をそらした。 「ばかめ……」 そして、風斗まで一歩の距離を、まばたき一つ分の速さで駆け抜けて、唇めがけて心よりも早く――。 ●第三週 異世界人は宇宙羊の夢を見るか ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 目をこすって薄い掛け布団をはぐと、天井にメリアが張り付いてこちらを見下ろしていた。 「やあ風斗、いい朝だな。窓の近くを通りかかったついでに言っておくが、天音を攻略するには戦闘力のステータスを上げる必要がある。それまではゴミと同じ扱いになるから、朝練を真面目にこなすだけでなく授業をサボる勢いで猛特訓にはげめ。血反吐を吐いて死ぬぐらいになればギリギリ天音ルートに入ることができるだろう。その際発生するバトルには必ず勝利しろよ。難易度は高いが、リセットは禁止だ。パワプロのサクセスモードがごとく、恐ろしい罰則が待っているぞ。あと、妙な気配を感じる。NPCがいつの間にか入れ替わっていたら注意しろ。どうもこの世界は何者かに――ザッ――るようだ。では、学校で会おう」 天井の板をぐるんと回転させて居なくなるメリア。 風斗は上は童貞男の部屋なんだけどなと呟きながら牛乳してパンして寮長さん行ってきますし……ようとしてピタリと足をとめた。 「なぜだろう。なぜか学校に行きたくなくなった。こういうときは全てサポって反対方向へぶらついてやるといいとツイッターの名言botに書いてあった気がするな……よし!」 風斗は華麗に180度ターンを決めると、ウッヒョー今日はホリデイだぜーいと言って走り出した。走り出した彼は誰にも止められない。一緒にジョギングしたくてスタンバってた惟にも着替えをチラ見するのが楽しみだった守巡査にも交番で書類仕事をしてた豚所長にもだ。 「いーよっしゃあ! なんだかノッてきたぜ! こういうお遊びパートは別のライターに丸投げして書かせるから本筋の設定よくわからんが別にどうもいいや! 主人公の口調も知ったことじゃねえ! もうアレだ! 道行く女の子のスカートを片っ端からめくったりマイナス35歳肌の化粧品片手に老婆を口説いたり小学校に全裸で侵入したりしてやるぜぇー! イッエーイ!」 右拳を突き上げてポイーンポイーン言いながら飛び跳ねる風斗。 横スクロールの世界に割り込んで道行くチンピラをぽかぽか殴ったり店に入って強盗しようとして『きゃーごうとうー!』と叫ばれて警官にワンショットキルされ遺影に入ったり犯人のヤスをいきなり捕まえたり沈む豪華客船から自分だけ助かったり大バサミをジャキジャキ言わせる男から逃げ切って洋館を脱出したりバイクをハングオンしたり待ちガイルを高速空中投げで封殺したりいつまでも棒が下りてこないのにごうを煮やして自らの身体をねじ込んで四段消ししたり時速350キロの投球を大回転打法で打ち返したり王様からひのきの棒貰ったり侵略者(インベーダー)に容赦ない銃撃をかましてやったりとやりたい放題の風斗パラダイスだった。 「おおっとUFO来たぜー。この俺が高得点チャンスを逃がすと思うなよ! 自分のボールを相手のUFOにシューット!」 超エキサイティン! とかアヘ顔して叫ぶ風斗。 そんな彼の背景へ、アダムスキー型のUFOが墜落した。 墜落して、ドリフの舞台回しみたいなBGMと共に地球がどわーって爆発して隕石が降り注いで地殻変動起こして全部の大地が噴火して『あ、すみません地球壊れちゃダメなんで書き直しお願いします』という制作者側のコメントにより墜落シーンまで巻き戻り……。 「……え?」 風斗はUFOの爆発で吹っ飛び、コンクリートの壁に頭から突っ込んでチーンという音と共に死んだ。……完! と見せかけて『主人公殺さないでください。やる気あるんですか?』という制作者コメントにより全裸で復活した風斗の前に、半泣きのシャルロッテが現われた。 「ひ、ひどいです……あれだけ沢山用意したイベントを一行で終わらせるなんて……」 「おお、メタいメタい」 手を叩いて笑う風斗。 振り回す魚肉ソーセージ。 「あっ、申し遅れました。私はシャルロッテ・プリングスハイム!」 「Oh,I have a pringles!(意訳:おっとミッシェル、オレオの白いとこだけ食べて戻すのはナシだ)」 「欧州より、本日あなたの学校に転校して参りました」 「Yes, I can eat this!(意訳:でもパパ、黒いところは苦くておいしくないの)」 「はい、こちらこそ。よろしくおねがいします!」 「Did you eat new item?(意訳:よーしならジェシーおじさんが食べてあげるよー、ほら!)」 「え、この格好ですか? この世界……いえ、この国では正装だと教わったのですが……」 「That is a very delicious!(意訳:ちょっと、この子を甘やかさないでって言ってるでしょ!)」 テレッテッテッテー。 突然ですがここでラブトレーダーKSGMのお時間です。 現在のラブ価は1シャル15LSとなっており過去最低値を記録しております。政府は景気改善のため大幅な輸出規制をはかると共に国外への援助を申し出るかまえをとっております。 お次は道路交通情報です。宇宙交通センターの豚さーん。 『オウ、豚だぜ! 今ラルカーナ星雲は戦争により約800光年の渋滞。太陽系は土星インター付近で侵略のため1光年の渋滞。交通規則を守って安全運転でよろしくナ!』 ありがとうございました。この後はCMを挟みましてピストン風斗のBN-LINE-55です。 『UFOを買い換えたいなら? ク・ス・カ・ミで検索! クースーカーミーで、検索!』 カランカランと入店のベルが鳴り、風斗はどっかりとカウンター席についた。 「マッカランで」 「かしこまりました」 豚は流れるような手際でグラスを置くと、丁寧に油性マジックで『マッカランと言う名の麦茶だよ!』と書き加えた。 ふと視線をカウンターの端へやると、うつむいて静かに泣くシャルロッテの姿が。 彼女の目の前で、バーテンダー服に身を包んだ守巡査が警棒を磨いていた。性的な意味で。 「マスター、聞いてください。実は私は欧州出身というのは嘘で、古代高度生命体エクスィスの科学文明によって作られた戦闘兵器なのです。故郷であるラルカーナはひと星雲はなれた所に男女それぞれの星があり、男星のバイデンという種族は毎日ソース味とかのりしお味と書かれたドッグフードみたいなものをスプーンでがつがつ食いながら炭鉱夫みたいな仕事をこなし、『とりあえず武器が沢山突いてたら強いんじゃね?』という発想で番型とかいう機能性無視の人型兵器を作っていたのですがそのお披露目当日に我ら女星のフュリエが種族の粋を集めたUFOで襲撃をしかけました。しかしお互い未知の文明。初めて見る男の身体に顔を赤らめ顔を両手で覆うも微妙に指の間からチラチラ見る兵士が続出し、対する男たちも女子校みたいな爛れた価値観で生活してきた露出度満点の女たちを前に前屈みになるばかり。やがて一定の距離をおいての冷戦状態に陥ったのです。そんな状況を打破すべく私はこの星へやってきました。この星にはかつて予言された救世主がいるとされていたからです。しかし私のUFOはあの通りスクラップと化し、中古査定にかけても査定員が鼻で笑って『これ鉄リサイクルに出せば高く売れるんじゃないですかネェ?』と言い出す始末。これから私はどうしたらいいのか……」 すんすんと鳴き始めるシャルロッテ。 と、そんな彼女へ向けてグラスがすーっと滑ってきた。 それは綺麗にシャルロッテの前で止まり。 はっと顔を上げた……途端に天井を突き破ってドローンズ型UFOが現われた。 そう、あの最新鋭な感じのデザインで若い宇宙オタクたちを『そうそうコレだよ!』と言わしめたあのなんかごちゃごちゃトゲトゲしたやつである。 「あちらのお客様からです」 はっとして振り返るシャルロッテ。 流し目を送りながらマッカラン麦茶をカランってやる風斗。 店内の奥で流れるニュースで、キャスターのメリアが急に飛び込んできた原稿を慌てた様子で読み上げていた。 『緊急のニュースです! え……え? ただいまラブ価が1シャル0.000001LSまで変動しました! で、デフレが起こる! 逃げろ、国外企業ー! サラリーマンは今すぐ貯金をはたけ、脇目も振らずに高いものを買え! 人員総入れ替えでクビを切られても知らんぞー!』 荒れに荒れるテレビ画面をよそに、シャルロッテはちょっと乱れた髪を唇に一本だけくわえ、身体をくねっとさせて頬を赤く上気させた。 「だ……抱いて!」 「宇宙の、果てまで!」 「「キラッ☆」」 空に向かって同時にアレなポーズをする風斗とシャルロッテ。 そして舞台は宇宙(そら)へ……。 次々と撃墜されていく仲間たち。 『楠神くん……愛しておりました』と画面越しに呟きつつ敵戦艦の中で自爆するジョージ……じゃなかった守さんに涙したりいきなり真横にワープしてくるやいなや一斉砲撃かましてくる豚戦艦に怒りを燃やしたり風斗の乗り込む人型ロボット『デュランダル』とシャルロッテの搭乗した宇宙戦闘機『フューリエー』が合体変形し1ドットの弾をひらりひらりと避け続ける横スクロールアクションをこなした後はまさかのリズムゲーに突入。 二人三脚で上下左右のフットパネルを踏まねばならないという地獄のようなステージを76回にわたるコンテニューの末にクリアした二人は手と手を取り合いフュリエ族とバイデン族に『どうせお前らエロいことしたら仲良くなるんだろ?』と諭し仲良くさせフュリデンとかいうくっそ語呂の悪い新種族を誕生させるに至ったのである。 「ありがとうございます、風斗殿。ここに至るまで私の魅力が一ミリたりとも描写されなかったこと……決して忘れません」 「俺も、ここに至るまで一切キャラを無視されていたこと、一生の思い出するぜシャルロッテ」 「いやです、私のことはハニーと呼んでください」 「なら俺はダーリンだ」 「ダーリン!」 「ハニー!」 「ダァァァァァリィィィィィン!」 「ハァァァニィィィィィィィィ!」 エンダァァァァァァァァァァァ! イヤァァァァァァァァァァァァ! そして二人の唇は宇宙の果てでついに重な――。 ●第四週 ニューナンブM60 ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 風斗はニューヨークスラムのように乾いた天井にため息を漏らした。 彼の腕を枕にしていたメリアが妖艶に微笑む。 「やあ風斗、いい朝だな。窓を通りかかったついでに……と思ったが、お前はもしかしたら私のヒントなどいらないんじゃないのか? 気づけば私をも攻略しようとしているしな。たいしたタフガイだよ、本当に。だがそろそろ気づいて欲しいな。今のままでは、この世界はいつまでもループし続けるぞ。誰かの幸せは誰かの不幸だ。お前が誰かを救うたび、誰かが泣いている。お前は知らないだろうが、各ルートを攻略する裏で豚が他のヒロインたちに付け入り、怪しい薬や脅迫ネタによって自由意志を奪い、鬼畜ルート用のCGを次々にコンプして行っていることを。想像できるはずだ。今までのルートに紛れ込んでいた豚が、お前がそのルートにいない時を見計らってどのような行動に出るのかを。頼む風斗、彼女をたちを救えるのは君し――ザッ、ザザッ、ザ――さようなら、また学校で会おう」 シーツを胸に当てて立ち上がり、メリアはほどけた髪を結び直した。 枕元の財布から皺だらけの100ドル札を出して見せる。メリアは彼へと振り返り、手を伸ばし、財布の隣にあったシガレットケースから二本のココアシガレットを抜き取った。 一本は自分に、もう一本は風斗に咥えさせ『私の価値などこんなものさ』と笑った。 そしてコートを羽織り、部屋を出て行く。 風斗は肩をすくめ、ドル紙幣を窓の外へ投げた。 直後のことだ。窓の外で自転車のブレーキ音が高くなり、男の悲鳴と共にやんだ。 その音は部屋に流れるジョージ・ハリスンの名盤を遮るに充分だったので、風斗はそちらへ目をやることにした。空が灰色の煙で満たされても困らないが、ロックミュージックをまた遮られては困る。 「おいあんた、大丈夫か?」 「そう見えるのなら、あんたにとってこの世はパラダイスなんでしょうね」 道路端の排水路に片足を突っ込み、泥にまみれた犬吠埼守巡査が、割れた眼鏡を手に笑った。 それが、彼と彼の時間の始まりであり、彼らが彼らでいた時間の終わりだった。 「『オークファミリー』だって? この辺じゃ悪い噂しか聞かないな」 部活を終えた風斗は、チームメイトの惟たちと共にハイウェイ下を歩いていた。明滅する街灯で二人の影が見え隠れする。 「マフィア連中だろう。言い噂があるほうが驚きだ」 「全くだ。コーサ・ノストラがお子様ギャングに見えるような連中だという話だ。この辺でブラックのベンツを転がしているなら、きっと奴らだろう」 苦笑いして十字路を曲がる風斗たち。 だが曲がってはいけなかった。 その先には、運命の悪魔が手招きしていたのだから。 高く鳴り響くブレーキ音。 自転車のそれではない。例えるなら自動車の、それも高級な黒塗り外国車が放つ音によく似ていた。 まるで最初から『そうする』つもりだったかのように、車からぞろそろと飛び出してくる男たち。それがいかなる連中か察したときには、既に風斗たちに退路は無かった。 「おーおーおー、驚かせちまってすまねェなお嬢ちゃンたち。でも飛び出しはいけねェぜ、おかげで車にキズがついちまった」 車から降りた『NPC名:』オー ク(BNE002740)が、こんこんと先のとがった靴で車の側面を叩く。 そこにはコンクリート激しくこすりつけたであろう痛々しい傷ができていた。 「す、すみません」 「ごめンで済めば警察はいらねぇってナ。なに、金を取りゃしねェよ。むしろ払ってやりたいくらいだぜ」 「黙れ下郎」 天音が舌打ちをした。 小切手帳から一枚を切り取ると、万年筆の蓋を外して見せた。 「その中国産ベンツもどきが十台は買える金をくれてやる。額をクソのたまった地面にこすりつけて退くがいい」 「おっと嬉しいネェ。でもお嬢ちゃン、世の中にはお金より大事なもンがあるんだぜ。ちっと勉強していこうや」 惟やメリアが黒服の男たちに押さえられ、無理矢理引きずられていく。 天音もまた、無理矢理にベンツの方へと引っ張られていった。ガムテープだけが入ったトランクが口を開けたのを見て、天音は今度こそ短い悲鳴をあげた。 「は、放せ!」 目尻に涙をため、風斗を振り返る。 小刻みな震えをおさえて、彼女は首を振った。 「おっとボウズ。あンたは帰りな。この子らのママに『娘さンはお仕事中ですよ』って伝言してくれや」 「て、めぇ……!」 歯をむき出して殴りかかる風斗。 だが彼が一歩踏み出すより早く、風斗は地面にキスしていた。 「ついでに職業見学していくかい?」 腹にオークの蹴りが入る。 風斗は彼がなぜ先のとがった靴を履いているのかを思い知った。 オークは『雨に唄えば』の歌詞を適当に外して歌いながら、風斗の腹を幾度か蹴りつける。 そしてベルトの金具を外し始めた。 「や、めろ……」 別の男に横顔を踏みつけられ、アスファルトに頬をこすりつける風斗。 噛みしめた唇から血が噴き出し、怒りが震えとなって全身を揺すった。 だがそれだけだ。 怒りで何かができるなら、今頃ファベーラストリートには高層ビルが並んでいるはずである。 「そンじゃ、アウトラバイオレンスといきますかねぇ」 おどけた調子で天音へ迫るオーク。 ゆっくりと首を振り、かすれた息を吐いて口を『NO』の形にする天音。 風斗の怒りが絶望に塗り変わろうとした、その時、彼の背後から声がした。 「すみません。職務質問をしても、よろしいですか?」 「あァン?」 舌を出しておどけるオーク。 だがそれは背後の声に対する挑発ではなかった。 どころか先の答えでもなく。 そして意図したものでもなかった。 なぜそんなことが分かるのか? 一目瞭然だ。 オークの額にはおよそ9ミリの穴がぽっかりと空いていたのだから。 まるで精肉所の豚のように地面に転がるオーク。 その向こうには、上を向いた撃鉄を親指でもって再び下ろす守巡査の姿があった。 低く、虚空に囁くような声で言う。 チェシャネコのように口角を広げ、丸い眼鏡は街灯の明滅を反射していた。 「これは失礼。『誤射』してしまいました」 「テ、テメ――!」 黒服の男が懐から銃を抜く。 クロムメッキされたトカレフTT-33である。いや、この場合は五四式手槍と称するべきだろう。そう、通称中国産トカレフは、7.62mmトカレフ弾を使用するソ連開発の銃を技術者から仕入れたノウハウだけででっちあげた粗悪な銃である。その粗悪さはソ連から招いた技術者を関係悪化により帰らせてから制式化するという歴史からも分かるとおり、非常に信頼性の低いものである。しかも黒服が持っていたのは輸出のための安全基準を無視したであろう、安全装置の無い『純正五四式手槍』であった。 もちろん安全装置が無ければ初撃も早いかもしれない。だが入念に設計され、安心と安全のために吟味され、そして犬吠埼守というまめで地味な男によって毎日丁寧に整備され尽くしたニューナンブM60にかなうはずはなかった。 彼へ銃口が定まるより早く.38スペシャル弾の弾頭が空気を螺旋状にかき混ぜながら飛び、男の左頬から右耳までを貫通した。 声にならぬ声をあげてうずくまる男。別の男たちはうろたえ、惟や天音たちをその場に捨てるとベンツに乗り込んで一目散に逃げ去っていったのだった。 対して守は胸のポケットからキャメルを一本抜き取り口に咥え、胸や腰のポケットを何度か叩いて世にももの悲しい顔をした。 「ああ、私、いま禁煙中でした」 振り返って苦笑する守。 風斗は鼻から血を流したまま、彼の顔を呆然と眺めていた。 「子供の夜歩きはいけませんよ。さ、家まで送って差し上げましょう」 こうして風斗たちの日常に平和が訪れ幸せな日常が戻ってきたのである……などと、現実がかように甘かったことはない。 「守さん……」 焼け焦げた教会前公園。 かろうじて形を残したベンチの前に、風斗は静かに立っていた。 後ろではサジタリー教会が炎をあげている。それはまるで目に見えぬ死に神がゲラゲラと笑っているかのような音だった。 「すみません。教会から買い取れる銃はこれしかなかったものですから。いや、公務員の給料のなんと安いことか」 足下には鉄屑と化したミニミ軽機関銃が転がっている。5.56mmNATO弾を毎分725発ではき出すというベルギーの分隊支援火器も、弾が無ければ意味は無い。 「まさかあの時殺した豚が影武者だったとは。私の目も狂ったもんです。はは」 「守さん、もう……喋るな」 ベンチに腰掛けた守には、既に左腕がなかった。 血にまみれて震える右手で、胸ポケットからキャメルを取り出す。 口にくわえ、そして苦笑した。 「ああ、私、いま禁煙中でした」 風斗はそんな彼の胸ポケットからマッチ箱を抜き取ると、彼の目の前でこすって見せた。 小さな摩擦音と共にあがる火に、ゆっくりと唇を近づける守。 ちりちりと葉が燃え、守は眠るように目を閉じた。 「ねえ楠神さん。随分と長いこと、巻き込んでしまいましたね。あれからもう一年ですか」 「……ああ、もう二十歳になったよ。守さん」 「はは、それはいい!」 震える手で、守はキャメルのボックスを風斗へ突きだした。 トンと叩かれ、一本だけ露出したそれを、風斗はおぼつかない調子で咥えた。 マッチ箱を開いてみると、既に中身は空だった。 「火、ないんですけど」 「あるじゃないですか」 歯を見せて笑う守。 風斗は彼の肩越しにベンチに手を置き、ゆっくりと顔を近づけた。 彼の背後で、沢山の鳩が飛び立っていった。 二人の葉がふれあう……その前に、守の口から煙草が落ちた。 膝から転がり、足下へ落ちる。 風斗は火のない煙草を噛み潰して、強く目を瞑った。 ●第五週 神にナイショでくちづけを ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 風斗は抱き枕にしていたメリアをどけると時計のアラームを押し止めた。 「やあ風斗、いい朝だな。お前に節操というものはないのか? まあいい。私なりにこの世界のことを調べてみた。どうやら序盤の選択肢によって『騎士道部編』と『アイドル編』に大きく分岐するようだ。二週目以降に出現する特殊な選択肢を選ぶことで『宇宙戦争編』や『ヤクザ抗争編』といった奇異なルートに進むこともあるようだが、もうそのルートは見ているか? 私には、今お前が『どこ』にいるのか分からないのでな。まあ、終わりに向けて進んでいる段階であることを願うよ。では、また学校で会おう」 自主的に窓からボッシュートされていくメリアに風斗は『あんな抱き枕買ったかな』と呟き牛乳飲みーのパンくわえーの途中のシスターさんに挨拶しーの惟と一緒にジョギングしーの天音に罵倒されーの明奈とダベりーのトツギーノ。 まあ明奈とカラオケならいつでも行けるしーという気持ちでブッチして真面目に部活へ出て、クタクタになって帰路につく……という、一見いつも通りの夕方を迎えていた。 帰りに『豚印の唐揚げ屋』というトラック屋台から唐揚げ六個パックを買い、今日の晩ご飯はコレだなと一人ホクホクしていたが、ふと彼は立ち止まった。 「それにしても俺……なんでこう周りに振り回されてばかりなんだ。俺自身でなにか変えることができればいいんだが……」 手に提げたビニール袋を見る。 この中には美味しい唐揚げが入っている。今すぐ家に帰ってこれを食べれば、きっと嫌なことを忘れて明日へ進めるだろう。 だが現状は何も変わらない。 では、こういうのはどうだ。 唐揚げ屋台のすぐ近くにあった教会に今から行って、話したことも無い相手に自分のことを洗いざらい語ってみるのは? 「いつもと違うことをすれば、何かが変わるかも知れない……か。ま、気休めくらいにはなるだろう」 風斗は家に向いていたつま先をくるりと転じ、来た道を戻るのだった。 夕暮れ近く。 茜の光が散り、青や緑の古いガラスを通して、これもまた古い木製長椅子へと降り注いでいた。 扉を開けた己の影ははるか後方へと流れゆき、室内にはただ光と蝋燭の香りだけがあった。 意識せず息を止め、風斗は赤い絨毯を踏んだ。 一度踏むその感触が、知らぬ世界への介在を思わせ、止めていた息が吐き出される。 その時になってやっと、長く赤い絨毯の先にある『彼女』に気がついた。 彼女もまた同じだったのだろう。ゆっくりと振り向き、光のように笑った。 小さく頭を垂れて笑う彼女は、不思議とステンドグラスの中心に描かれた女によく似ていた。 風斗は知らぬことだが、このステンドグラスは伝統あるヨーロッパ工法で作られ、キリスト降誕の物語を三つの大窓に再現したものだった。つまり中央の窓に描かれたものは馬小屋で生まれたイエスの姿であり、それを見下ろす母マリアであった。 目をこすり、再び彼女を見る。 日は落ちきり、ガラスを通して降り注いでいた光は弱いものとなった。 今や蝋燭ばかりが灯りのたよりとなった教会の中で、彼女は言う。 「こんにちは。サジタリー教会へようこそ」 なんと言っていいものやら。風斗が口をぱくぱくさせていると、彼女はやんわりと首を振った。 「言葉を急ぐことはありません。もしあなたに明日までの時間があるのでしたら、どうぞその椅子に腰掛けて。思いついた言葉だけを、お聞かせになって下さい」 風斗はただ頷き、言われたとおりにベンチへ腰掛けた。それも一番前の。 「すみません。俺、別にキリスト教とかじゃないんですけど……」 「はい。構いません」 彼女は微笑み、あえて風斗の隣に座って見せた。 「私はリリ・シュヴァイヤー。教会のシスターです。こんなに立派な建物ですけれど、厳格なカトリック教会というわけではないんですよ?」 「そう、なんですか……」 他に言葉が思い浮かばない。 『思いつく言葉を』と言われはしたが、この体たらくである。 するとシスター・リリは膝の上で手を合わせ、ステントグラスを見やった。 「なにか、良いことがあったのですか?」 「え……」 思わず振り向く風斗。 「こういうときって、『悩みがあるんですか?』って聞くものじゃ、ないんですか」 「それは同じ意味ですよ、風斗様」 「同じ?」 「良きことの無い人間は、悩むことをしません。飲み物に果実の味があることを知らぬ人間が、川の水に不満を漏らさぬように」 「…………」 風斗は俯き、これまでのことを想い、そして、つい数秒前のことに思い至った。 「あの、もしかして俺のこと知ってます?」 それまで微笑んでいたリリが、はっとして口に手を当てた。 「いけない、私……」 「ですよね。まだ俺が名乗ってないのに、名前を知っていた」 今度はリリがうつむく番だった。 顔を赤くして、膝の上で会わせた手をもじもじと動かしている。 「あなたの入っている部活動と、長いおつきあいがありまして、皆さんあなたのことを話すものですから……つい」 はにかむリリの横で、風斗は天井を見上げた。 思えば今は行っている部活は騎士道部だった。 ならば近隣の教会が密接に関わっていて当然だ。 自分は剣道部員だからとスルーしていた風斗の方が、考えようによっては無礼だったかもしれない。 「よくお話にのぼるので、一目見て分かったんです」 「悪い噂とかじゃ……ないですよね?」 「そう思いますか?」 横目で答えるリリ。 風斗は苦笑して頬をかいた。 「そうでもない、みたいですね」 「ふふ」 リリは笑い。 風斗は笑った。 「私に敬語はいりません、楠神様。皆さんいつも普通に接してくださいますから」 「分かった。なら、俺にも様付けはいらない。こそばゆくってたまらないんだ」 「分かりました。風斗……さん」 思い切って唇をむすんだリリ。その途端、彼女の小さなお腹から『きゅう』という音が鳴った。 顔を合わせたまま、みるみる赤くなっていくリリ。 「ええと、その、なんだか、いい香りが、しまして、ええと!」 「す、すまん。俺がこんなの持ち込んだから!」 ビニール袋を上げる風斗。 「それは?」 「唐揚げだけど」 「から……あげ……?」 生まれて初めてラテン語を聞いた日本人のような顔をして、リリは袋を凝視した。 「鶏肉をこう、衣をつけて油で揚げたものだ、たぶん」 「あっ、フライドチキン!」 「そうそれ!」 風斗は袋からパックを取り出すと、リリの前で開いて見せた。 「よかったら、食べてくれ」 「いいんですか?」 「ああ、まあ、その……『良いこと』があったから」 風斗は笑い。 リリは笑った。 楠神風斗の日常は続いた。 朝起きて部活で汗を流し、勉強をそこそこにして、友達と遊び、そして帰路につく。 だがそんなサイクルの中に、新たな歯車が加わっていた。 「こんにちは、シュヴァイヤー」 「こんにちは、風斗さん」 夕日がステンドグラスにかかる頃、風斗は必ず教会の扉を開けた。 雨の降る日や、風の吹く日や、強い陽光のさす日にもだ。 その時決まって持ち寄るのが唐揚げの入ったビニール袋だった。 まがりなりにも男が女のもとへ通う際に持つ物ではなかったが、こういうことを愚直に続けてしまうのが彼の楠神風斗たるゆえんである。 だが犬や猫の餌付けではない。教会の外を知らぬリリのためにと、風斗はしきりに外の話をしては、彼女を誘い出すのだった。 「準備、できてるか?」 「はい。こういうお買い物は初めてでした」 教会の扉に鍵をかけ、外へ出る二人。 手を伸ばせば届くような、初めて出会ったあの日の距離から変わること無く歩いて行く。 そして、学校の前へとたどり着いた。 「楠神さん、本当に大丈夫なんですか?」 「任せろって。何度もやったから慣れてる」 二人は校門を器用に越えると、校舎裏へと忍び込んだ。 校舎裏にあるのは、そう。 「これが、あのプール……」 学校に備え付けられた温水プールである。 冬場でも快適に使えるようにと室内設備が整っているが、夏場なら機器をすべて止めていようと問題ない。 風斗は悪友と共にこうして子供らしい遊びを何度かやっていた。 「泳いだ経験は?」 「ありません。だから水着を買ったのも初めてで」 いくら温水設備を動かす必要がないとはいえ、暗いままのプールはよろしくない。 防水加工された入力レバーを押し上げて、天井のスポットライトをつけた。 そして、風斗は何日かぶりに息を止めた。 まるで殻を破るように。 リリは普段から身に纏っていた修道服を風斗の目の前で脱ぎ捨てたのだ。 案ずることは無い。服の下にはフリルをあしらった水着を着用していたし、リリは風斗に背を向けていたのだから。 だが。 身体をすこし捻るように振り返った彼女に、風斗はあの日のように息を吐いた。 スポットライトを浴びた彼女の曲線に。 水面から反射する光に。 思わず風斗は目をこすった。 「さ、入りましょう。風斗さん」 「……ああ」 彼女の呼び方を、今更気にかける余裕はない。 風斗はおそるおそる、まるで初めて水面に足をつける子供のようにリリの手をとると、共にプールの中へと腰を沈めた。 目を閉じるリリ。 「あたたかい」 「そうか? 流石に水は冷たくなってるはずなんだが……」 「いいえ、水ではありません」 握る手に、力がこもる。 「あなたの手が、あたたかい」 思わず、風斗は彼女の瞳を見た。 「ねえ、風斗さん。良いことがあると、悩みが生まれますね」 「……そんなこと、前に言ってたな」 「ええ、手の温かさを知らぬ人間が、独りを寂しがらぬように」 リリは強く。しかしおびえるように風斗の手を引いた。 水面がゆれ、二人の距離がなくなった。 「あなたは優しすぎる。私の悩みを、聞いてくれますか?」 リリの声が。 心音が。 風斗の耳を撫でた。 そして彼女は、神にナイショで――。 ●第六六週 Melty Kiss and Kiss ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 風斗に膝枕して頭を撫でていたメリアが、耳元へと囁く。 「やあ風斗、いい朝だな。私は気づいたんだが、もしかしてこの時間は私の独壇場なのではないか? これは私のファンディスクが発売される日も近いな。だが、そのためにはまずこのゲームを終わらせねばならん。そうだ、この世界はゲームだ。まだ気づいていないのか? 記憶が引き継がれていないのか? お前は今、何週目なんだ? 私はもう……疲れてしまったよ」 ふと気づけば、風斗は部屋にひとりきりだった。 『何か忘れているような気がする』と呟きながら朝の牛乳とパンを摂取し、彼はまるで当然のようにカラオケボックスへと向かった。 「よく分からんが、俺の歌唱力は今のままではヤバい気がする。誰かにそんなアドバイスをされた気がするんだが……誰だったかな」 首を傾げつつ『ごゆっくりどうぞー。ブヒヒヒヒ!』という店員に見送られ、風斗は大部屋へと入った。一人きりで入ったはずなのに、なぜドラムやアンプが完備された部屋なのか。疑問はあったがまあそういうものだろうと割り切って三高平ブルースを50曲連続で入力した。 「まあ、ポカリを山ほど注文してあるし、体力も店内メニューで回復できるだろ。身体の持つ限り歌い続けるぞ。――静岡ぁはひがぁしに港をよせぇてぇ」 などと、歌い続けること実に12時間。 死んだ目をした風斗がヒューヒューかすれた息をしながら、実に140回目の三高平ブルースを入力し……ようとした所で、部屋の扉が豪快に開かれた。 「お待たせぇい! ビールは注文してあるんでしょーね。あら? 嘘でしょ一本も置いてないじゃないのよさ。ちょっとー、ビール! 瓶で持ってきて! ボーリングできるくらい! エビスじゃなかったら殺すからね!」 入ってきたかと思うといきなり部屋の受話器を引っこ抜いてビールを注文する女。 誰あろう、雲野杏である。 風斗と杏は数秒間見つめ合った後、異口同音に呟いた。 「「……誰?」」 懐に忍ばせて置いた『ヤバいくらい回復するドリンク』を一気のみした風斗は12時間に渡る特訓で勝ち取った歌唱力をフルに披露してみせ、逆に聞き手に回るときは適度なタイミングでタンバリンを鳴らすわ合いの手を入れるわで死ぬほど盛り上がった。 様々な権利問題を考慮して控えめに表現するが、風斗がタンバリン片手に腰を振りながら『L・O・V・E! ラブリーアンズゥ!』とか言ってる姿を想像しておいて頂きたい。できるもんならな! 杏も杏でそんな風斗の情熱的な歌声と合いの手に気分を良くし、持参したエレキギターをアンプに繋いでブルースだっつーのにメタル調のギターソロをぶち込んで過激な合いの手を入れまくった。 普段は缶ビールカシュってやりながらだらだらしてるお姉さんだが、いざマイクとギターを手にすればしびれるほどの艶を出すのが雲野杏という生き物なのだ。 しまいには室内冷房が足らんといって上着を脱ぎ捨て、ノーブラのまま(つまり半裸のまま)風斗を小脇に抱えて写メを自分撮りする始末であった。19歳男子にはあまりに刺激が強すぎる一夜であった。 そして夜が明け……。 「あー、飲んで歌ってはしゃいだわー。喉ガラッガラッ!」 ゾンビ映画に登場する『蘇りかけの死体』みたいにうーとかあーとか呟く風斗を小脇に抱え、杏は朝焼けの道を歩いていた。 「にしても、なんであの部屋入っちゃったのかしら。確か誰かに誘われてたような気がするんだけど……アンタは?」 「俺も……そういえば、誘われたような気が……思い出せん。頭が痛い……」 「どしたの、二日酔い?」 「俺は未成年だ。酒は飲まん」 「あーじゃあアレだ。べろちゅーしすぎたから移ったんだわ」 「…………し、してない」 「おっほー、照れちゃってかーわいー」 ニヤニヤしながら風斗の頭を拳でぐりぐりする杏。 「アタシ雲野杏っていうんだけど、メアド交換しない?」 「……楠神風斗だ。勝手にしろ」 殆ど引きずられるようにしながらスマホを取り出す風斗。 通信後には電話帳に『アンズ』の項目が入った。 そもそもそんなに件数の入っている電話帳ではないが、『あ行』に登録されたのは彼女が初めてだった。おそらく全部並べても一番頭にくるだろう。 「…………?」 ぼうっとした頭に、妙な違和感が走る。 「なぁに、お姉さんとのアドレス交換に現実味がなかった?」 「いや……なんだか、もっと上の方に、誰かのアドレスがあった気がするんだが……」 「どれどれ見せてみなさい。うわっ、なによこれ全部で五件しか入ってない。しかも一つは学校だし」 「やめてくれ。やめてください。お願いしますから」 腕をばたばたやる風斗だが、『蘇りかけゾンビ』の腕力などたかが知れている。 杏は暫く考えた後、彼のスマホを頭上に翳し、服の胸元を指で引っ張ってから撮影ボタンを押した。 「うお!? なにすんだ!」 「アタシから電話がかかってくるたびに貴重な胸チラが表示されるようにしてみたわ」 「なにすんだ!?」 「アンタくらいの子って、こういうの嬉しいんじゃないの?」 「いや、そういうのは……その、好きな人にだけ、だな……」 「おーおー、どもっちゃってかーわいーい」 再び風斗の頭をぐりぐりしてやると、杏はアパートの前へ風斗を放流した。 誤字では無い。 放流である。 風斗はまるで川に放された鮭のように軽くびちびちした後、這いずりながらアパートへ戻っていった。 それからというもの風斗の日常は一変した。 目覚まし時計が鳴るより早く電話が鳴り『今すぐ駅前へ来い』と言われたり、学校の昼休みにパンを囓っていたら『ロイホなう。来ないとあの写真バラすかも』というメールが来たり、草木も眠る丑三つ時に『今すぐこの場所に来たらチューしてやんよ』というメールが謎のオブジェの写真と共に送られてきたりした。 風斗の立場としては放って置いても別にいいのだが、なぜだかそういう気にもなれず毎日毎夜自転車を疾走させるハメに陥っていた。 そんなある日のこと。 いつものように風斗のポケットからメタルミュージックの着信音が鳴り響き取り出してみれば例の胸チラ数ミリ手前のギリギリな写真が表示されている。 今夜はどこへ呼ばれるのやらと通話ボタンを押す……と。 『よーう楠神風斗。今何週目ー?』 粘液をかき混ぜるような音と共に、そんな声が聞こえてきた。 断じて杏の声では無い。 「……誰だ?」 『おいおい、そンなことまで忘れちまったのか? あっしが誰で、どういう奴かも忘れちまってンのかい?』 豚が人の言葉を話しているような、醜悪な声である。そんな声向こうで、かすかに杏の声があった。うまく聞き取れないが、口を押さえて何かをこらえているような、そんな声だった。 心臓が、脳が、そして全身が冷たくなる感覚。 風斗は受話器を強く握りしめた。 「お前、今、どこにいる?」 『当ててみな』 そして、プツンと通話が切れた。 風斗は手がかりも無い問題を前に町中を駆け回るハメになったのか? 否、そんなことはない。 なんとなく。そう、本当になんとなくだが、『今回』あの豚が居る場所が分かった気がしたのだ。 故に自転車は最高速。方向は既に定まっている。 駐輪場にとめることすらわずらわしく、横転して地面を滑っていく自転車を背に風斗はカラオケボックスへと駆け込んだのだった。 部屋は、杏と出会ったあの部屋に間違いない。間違いない、気がする。 階段を全段飛ばしで駆け上がり、部屋の中へと転がり込む。 「杏、無事か!」 竹刀を手に身構える。 杏は、部屋の隅で両腕を縛られて横たわっていた。 そして……。 「おや、やっと来ましたね」 奇妙な豚耳の生えたヘッドホンをつけた守巡査が、ゆっくりとこちらへ振り向いたのだった。 「あ、あんたは……」 「ブッヒヒヒヒ! 来るのが遅いんですよぉ! もっと早く来てくださいよ! ねえ! ほら! ハリーハリーハリー!」 目を剥いてゲラゲラ笑う守。 風斗は気味の悪さを感じながらも竹刀で叩き伏せ、彼を後ろ手に縛って転がした。 そして杏の拘束を解いてやり、彼女の腕を引いてカラオケボックスを飛び出した。 肩で荒い息をしながら、杏へと振り返る。 「あ……雲野、その、遅れて、すまん……」 「本当よ。アタシが、どんだけ耐えたと思ってんのよ。あの豚警官、好き放題に突っ込んで……」 「……っ!」 唇を噛んで目を背ける風斗。 杏は自らの親指をぐっと噛むと、忌々しそうに呟いた。 「お好み焼きに納豆とチョコレートってどういうことよ。広島県民ナメてんの? よくかき混ぜればおいしいとか、狂ってるわ……! 何度吐きそうになったことか!」 「…………」 「そのうえジャムも混ぜればスイーツになるとか! 馬鹿か! 死ぬのか!」 天に向かって吠える杏。 風斗は乾いた目で遠い空を見た。 「くものがぶじでほんとうによかったよ」 「あー、うん」 今度は一転して照れくさそうに頬をかく杏。 「ていうかさ、よく来たわよねアンタ。ありがとうね」 「そりゃあ、危険な目に遭ってそうなら……」 普段傍若無人な人間から素直に礼を言われると、かなり照れるものだ。 顔をそらす風斗。 そんな彼の顎が、がっしりと掴まれた。 「お礼にべろちゅーしてあげる」 「け、結構です」 「なんでよ。セクシーなお姉さんのべろちゅー。アンタくらいの子なら嬉しいんじゃないの?」 「いや、だから、そういうのは好きな人と、しろ」 「……」 顎を左右から掴まれてサカナのように口をぱくぱくさせる風斗を、杏は暫く凝視した。 「……やっぱべろちゅーするわ」 「なんでだよ!」 「好きだからに決まってんでしょ」 それ以上何も言う暇は無かった。 杏はとうとう風斗の頭まで押さえ込んで、まるで獣のように唇を――。 ●第七七七週 誰がための剣 ピピピッ、ピピピッ――。 「ぐ……もう朝か。妙な夢を見た気がするな……」 枕元のデジタル時計は七月七日の朝五時を示していた。 風斗はむっくりと上半身を起こして窓の外を見るが、誰も居ない。不気味なほど静かだった。 何かが足りない。 そう思って記憶を探るも、ずきりとした痛みが走って風斗は顔をしかめた。 「何なんだ、くそ……」 よろよろとベッドから下り、冷蔵庫を開けもせずに手早く着替え、家の外へと飛び出した。 なぜそうしているのか。 なぜそうしなければならないのか。 意味も意図も分からぬまま、風斗は自らを走らせる。 知らぬ間に疲労が蓄積していたのだろうか。身体はよろめき、視界が回る。 道の途中に教会があったが、扉は開け放たれたままで、まるで廃墟のように空っぽだった。 地面には唐揚げのパックが落ちて散乱している。 なぜかはわからない。意味も意図もわからない。 曲がり角にさしかかる。足下に割れた手鏡が落ちていた。 誰のものか分からない。意味も意図もわからない。 足がもつれて転んだ。 ポケットからスマートフォンが飛び出して地面を滑った。 手に取ると、電話帳が表示されている。 一件も登録されていない。 わからない。 「何なんだよ、さっきから……何なんだ……」 這いずるように進み、スマホを拾い上げる。ふと見るとセグウェイと自転車が乗り捨てられている。持ち主はどこだろう。わからない。 風斗はふらつく身体と回る視界と鳴り響く頭をなんとかこらえながら、ついに学校へとたどり着いた。 何度倒れたか分からない。胃の中が空っぽになるまで吐いたのは間違いない。 「なあ、誰か……誰かいないか……」 壁によりかかりながら、ずるずると歩いて行く。 どこにも誰も居ない。 わからない。 意図も意味もわからない。 風斗はその場に膝をつき、はげしくえずいた。粘度の強い唾液が垂れるばかりで、何も出てこない。 なにもない。 なにもだ。 「誰でもいいんだ。誰か、誰か……どこかに、いないか……誰か……」 もう移動する気力も残っていない。 そのままぺたんと倒れた。 乾いた眼球が風に晒され、耳の奥がごうごうと鳴った。 「もう、疲れた」 このまま目を瞑れば終わるだろうか。 終わりに出来るだろうか。 ゆっくりと閉じる視界。 最後の、一筋の光が閉ざされる。 【新本格恋愛シミュレーションゲーム『ばろめきリベリアル』】 はじめる つづける おわる ←(ピ) 「たわけが」 「ほぐっ!?」 風斗の鳩尾に誰かのつま先が入った。ごろんごろんとのたうち回る風斗。 「な、なにを……」 「脊髄反射で鳩尾につま先を入れてしまっただけだ。案ずるな後輩、人間はその程度では死なない」 「それは死なない程度に苦しませてやるという意味の言葉ですか先輩」 「他人を恨むな、己の言動を顧みよ。騎士道部の一員でありながら卑怯な手を使うなど、首をはねられないだけマシだと思え」 「俺って場合によっては殺されるのか!? 大体お前は誰なん……ん?」 ぴたりと動きを止める風斗。 「どうした」 「いや、この会話、前にもしたことなかったか?」 「私とお前は初対面だ。仮に面識があったとしてもお前のような雑草をいちいち覚えているわけが……ん?」 もう一発つま先入れてやろうかなと思った所で、『彼女』はぴたりと動きを止めた。 「おい。私は天音・ルナ・クォーツというのだが、お前はもしかして楠神風斗という名前じゃないか?」 「た、確かにそうだが……やっぱり会ったことあるのか? でもなあ……」 風斗は仰向けになったまま、やけに達観した目をした。 「学校の校庭でわざわざ水着姿をさらす奴を、俺は知らない」 この後風斗の鳩尾に五発ほどつま先が入った。 道場。 本来は剣道をやるはずの場所で、壁にも竹刀や剣道用装甲服が置かれているはずだが、いつの間にやらレイピアや西洋剣が置かれ、壁には騎士甲冑が飾られるようになり、しまいには『騎士道』と達筆に書かれた掛け軸が飾られるに至ったここは、通称『騎士道部』の部室である。 「つまりこうか? お前、風斗殿はここの部員で、この学校にも沢山人が居たはずで、昨日まで普通に暮らしていたと」 「そしてクォーツ……いや、天音はどこかのタイミングで俺と決闘をして敗北し、背中を任せるに至ったはずだと」 「「ははは、そんなばかな!」」 二人は緑茶の入った湯飲みを手に、和気藹々と笑い合った。そして風斗のみぞおちに拳が入った。のたうち回る風斗。 「私がこんな奴に負けたのか? おかしい、信じられん」 「人の急所に何発も攻撃をたたき込めるお前の方が信じられんわ!」 「まあ、この環境がおかしいというのは私でも理解できる。昔からこうだったと言われるよりは、お前の話の方が信じられるかもな」 「……信じてくれるのか?」 畳の上で大の字になった風斗の前で、天音はすっくと立ち上がった。 どうでもいいが白いビキニ姿である。嫌なら着替えればいいものを、『最初からこうだった気がする』と言ってなぜか現状を維持する天音だった。 「この茶といい、この部室内の設備といい、つい最近……どころか数時間前まで何十人もの人間がいたとしか思えん部分がある。もしかしたら、この世界そのものに大きな事件が起きているのかもしれん」 「かもしれんって……」 「全て仮説だがな。一応、確認する方法は思いついている」 そう言うと、天音は壁にかけてある剣を二本取った。 「取れ」 鞘から抜き、背中を向けたまま無造作に放り投げてくる。 空中を回転した剣は風斗の顔の真横にざくんと突き立った。 ビクンと痙攣する風斗。 「な、な、なにすんだ!」 「だから、取れ」 くぅるりと身体ごと振り向く天音。 「取らねば、こちらから行くぞ」 まっすぐに構えた剣を手に、一足飛びで襲いかかってくる。 風斗は――直感的に左へ避けた。 天音のスイング。風斗から右側の畳が巨大台風の直撃でも受けたのかという勢いで吹き飛んだ。 「う、おおおおおお!?」 風斗は身体の動くまま、直感の向かうままに剣を引っこ抜――かずに、天音をその場に押し倒した。 仰向けに倒れた天音の上に、両手両膝をついた風斗が被さる形である。 「なぜ剣を抜かなかった」 「女の子を斬りたくなかった」 「なぜ左に避けた?」 「避けられると思った」 「嘘はないな?」 「自慢じゃ無いが、嘘をつくのは苦手だ」 「……そうか」 天音は目を瞑り、剣を手放した。 「なあ風斗殿、知っているか? 今の斬り込みは、初めて見る人間なら必ず『右側に避けてしまう』んだ。そして私の一撃を食らって再び剣を握れた奴はいない。それゆえ私は無敗だった。だがお前は何の事前情報もなく、ただの直感で左へ飛んだ。普通ならばありえないことだ」 「そ、そうなのか?」 「いや、今のは正直に言うと自信が無い。単にお前が左に飛ぶマニアなのかもしれないしな」 「どんなマニアだよ」 「だがな。私は確かに、お前にこうしたことがあるんだ、風斗殿」 空になった両手で、天音は風斗の頬両頬を挟んだ。 撫でるようにその手は首へと伝い、自らの体重を少しずつ移すかのように、彼の頭を引き下ろしていった。 そして唇の距離が一センチまで近づいた所で、停止した。 「ここまで」 「……え?」 「ここまで、記憶にある。だがここから先が無いのだ。お前はどうだ、風斗殿?」 息のかかるほどの距離で問いかけられて、風斗は己の記憶を探った。 脳を内側から連打するかのような頭痛が走る。 が、天音はまるで彼を庇うかのように抱き寄せた。 唇が触れること無くすれ違い、畳みに顔がつく。しかし頬は触れたまま、天音の細長く白い指が風斗の頭を撫でていた。 目を閉じて、記憶を探る。 痛みの奥に手を突っ込むようにして、自らをかき回すかのようにして、風斗はやがて己の精神世界へとダイブした。 それは七月七日の朝五時を示すデジタル時計から始まる映像だった。 様々なところから現われるメリアがそれぞればらばらに、好き勝手に喋ってから帰って行く。風斗は多少の狂いこそあるものの大体同じようにして家を出た。 そこから先は無限である。 ある風斗は杏と夜通し踊り狂い、ある風斗は惟とひたすら素振りの稽古をし、ある風斗は弾切れを起こした守へカバーつきのスピードローダーを放り投げ、ある風斗は明奈の突き出す熱々なたこ焼きを食わされ、ある風斗は教会でリリと見つめ合い、ある風斗はシャルロッテと宇宙の果てまで抱きしめていた。 無限に広がる世界。 しかしあるところで、世界は唐突に終了した。 まるで樹木の枝が途中で切断されたかのように、それは唐突な終わりであった。 そして。 そして。 その全ての幹とも呼べる部分に。 『ブッヒヒヒヒ、気づくのが遅いぜ――』 「楠神風斗ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ! ブッヒィィィィィィイイ!!」 道場の天井を突き破り、豚が降ってきた。 いや、それは豚の顔をした男であり、オークという存在であった。 原始的なデザインのスタンロッドを掲げ、風斗へと襲いかかる。 「風斗殿っ……うあっ!」 彼を庇おうと上下を入れ替えた天音の背にスタンロッドが直撃する。 天音は苦悶の表情を浮かべたのち、くてんと気を失った。 「おい、天音! 天音! 貴様、オークゥ!」 畳に刺さった剣を今度こそ引っこ抜き、オークへと飛びかかる。 が、剣は特殊警棒によって遮られた。 「楠神さん、愛しておりました……なんてね! ブッヒー!」 誰か? 豚耳型ヘッドホンをつけた守巡査である! 彼はとち狂ったようなアヘ顔をすると風斗の額にニューナンブの銃口を叩き付けた。 撃鉄の間に指を挟んで銃撃を阻止する風斗。指がかなりヤバい歪み方を下が仕方ない。 「犬吠埼さん、あんたのような人がなぜ……!」 足払いをかけて押し倒し、マウントをとる。 が、その間オークはフリーだ。まずい! 「くっ、しまった!」 「楠神さん、俺だけを見てください。さあ、全てをさらけ出してェ!」 がしりと風斗の股間をわしずかみにする守。 全人類中の男の子ならおわかりだろう。いついかなる状況にあろうとも、その部分を掴まれたら絶対に動くことが出来ないという部位である。かつてとある深夜番組で露天風呂からスタートするだるまさんが転んだ企画ではこの技を駆使して多くの男たちを地獄に引き釣り込んだ猛者がいるがそんなこと考えている場合じゃねえだろ今! 「HA・NA・SE!」 「ブヒィー、隙だらけの後頭部に……」 「させるかぁ!」 スタンロッドを振り上げたオーク。その側頭部に湯飲みが直撃した。あべしと言ってぶっ倒れるオーク。 振り向くと、天音がぜぇぜぇ言いながら起き上がっていた。 「あ、天音! 無事だったか!」 「それより風斗殿!」 「ああ!」 キリリと顔を引き締め、目を合わせる二人。 「それはほもか! ほもなんだな!? 是非続きを見せてくれ!」 「今そういう状況じゃねえだろ!」 とりあえず鼻っ面にワンパンいれて守を気絶させ、風斗は立ち上がった。 落としていた二本の剣を拾い上げ、一本を後ろ向きに投げる。 空中を回転した抜き身の剣を、天音は背を向けたままキャッチした。 と同時に、道場の壁が破壊され、惟とメリアが突入してくる。 二人とも豚耳型のヘッドホンを装着していた。本人のキャラを出来るだけ壊さぬようにボイスカットでお届けしたい。できれば顔のところにもモザイクをかけたい。 「犬吠埼さんだけじゃない。あの二人まで……!」 繰り出された剣をそれぞれ同時にはじき、同時の蹴りで同時の蹴りで突き飛ばす。 惟とメリアは自分たちが突入するためにあけた穴から飛び出し、後頭部を強く打って気絶した。 ぽろりととれる豚耳ヘッドホン。 「天音……」 「ああ、どうやらあの悪趣味なヘッドホンが原因らしいな」 頷き合い、その場から跳躍。 その直後に足下の畳が吹き飛び、下から杏とシャルロッテ、そしてリリが飛び出してきた。 杏はギターを、シャルロッテはバールを、そしてリリは二丁の拳銃を握っていた! ボイスと顔は、やっぱり隠させて頂きます! パワフルに繰り出されるギターとバール。しかし風斗と天音はそれを紙一重で回避し、二人の懐……を通り抜け、一気に背後まで潜り込んだ。 両腕をピンと伸ばして二人に銃口を向けるリリ。 向けた時には既に弾丸は放たれており、風斗の肩に青く光る弾丸がめり込んだ。天音の腹にも同じように着弾し、ふたりは弾かれるように空中で跳ねる。が、それは計算の内だった。弾かれた衝撃をそのまま使い、二人は身体を回転。杏とシャルロッテの後頭部に肘を叩き込み、ヘッドホンを落とさせる。更に天音は手に持っていた剣を投擲。リリの頭上スレスレのところを回転しながら通り過ぎた剣によって、豚耳ヘッドホンが砕け散った。 地面にどさりと落ちる風斗と天音。杏やシャルロッテたちもまた、滅茶苦茶になった畳の上に倒れ伏した。 呻きながらも身体を起こす風斗。だが肩の痛みが尋常では無い。歯を食いしばってこらえるが、それ以上は動けそうに無かった。 そして。 「ブヒィ……いってえなあオイ。湯飲みは投げるもンじゃねえぜお嬢ちゃン。湯飲みは突っ込むもンだ」 頭にこぶを作ったオークがむっくりと起き上がる。 想定内だ。湯飲みを叩き付けたくらいで倒れる彼では無い。 だが。 だが。 これは。 「そうだよなァ、我が愛しの明奈ちゃんよ」 「これがほんとの『ツッコミ待ち』ってこと?」 とん、とオークの肩に明奈の手が置かれた。 ただの明奈ではない。 まるで悪魔か夢魔か何かのコスプレをした、世にも悪そうな明奈である。 そして豚耳ヘッドホンは……つけていなかった。 「あき……なす?」 「緊迫したシーンなんだから名前をちゃんと呼べよ白黒頭」 ぽんぽんとオークの頭を叩く明奈。 「このコスプレ魔神で知られるワタシが、ギャルゲーになったら確実にコスプレCGを大量に用意されそうなワタシが、なぜ今まで殆どコスプレシーンを見せてこなかったか? それはこのときのためである」 「おい、明奈、何言ってんだ?」 「あ、言葉じゃわかんない?」 しょーがないなーと言って、明奈は落ちていた銃を拾い上げた。 銃口が、風斗へと向く。 「ね、風斗」 「……うそだろ?」 「そう思うならさ、とめてよ」 彼女の指が引き金にかかり、そして引かれ、薬莢の爆発音によって撃ち出された弾頭が、音よりも早く飛来し。 そして視界が遮られ、目の前で天音が血を吹いた。 「……え?」 「なあ、風斗殿……」 唇の端から血を零し、天音は世にも美しく笑った。 「あの時の、続きがしたい」 「天音……」 「お前なら、できるんだろう?」 天音から力が抜けていく。生命力が抜けていく。 風斗に重くよりかかり、彼の胸に額をつけ、かぼそく言った。 「可能性の大樹の、その先をゆけ。全ての願いを、今叶えて見せろ」 顔を上げ、頬に手を当て。 唇が。 今。 重なった。 ●最終週 The Perfect Harlem End 可能性が動き出す。 終わった世界が動き出す。 すれ違うヘッドライトの群れの中で。 教会の前で。 宇宙の果てで。 燃えさかる公園のベンチで。 夜のプールで。 朝焼けの町で。 血にまみれた畳の上で。 そしてアラームの鳴るベッドの上で。 風斗は全ての可能性とキスをした。 「ははっ! さすがは楠神風斗。三高平のハーレム王だ! ストーカーの如く追い続けたかいがあったというものだ!」 ベッドの上でメリアはおかしそうに笑った。 「ハーレム王! やっぱりやってくださいましたかハーレム王! って、あっはっはっはっは! マジでやってやんの! あーっはっはっは!」 朝焼けに照らされる車のボンネットに座って、腹を抱えて笑い転げる杏。 「楠神さん。信じておりました……」 プールに浮かび、穏やかに微笑むリリ。 「楠神殿、とりあえずほも展開を重点的にだな……」 ビキニ姿のまま満足げに頷く天音。 「楠神さん、大人になったらシガーキス、やってみましょうね!」 本気なのかどうなのか分からない顔で親指を立てる守。 「ねえ、どさくさに紛れてるけどあなた……さりげなくわたし達を両方攻略してない?」 顔を覆ってうーあーとか呻く惟。 「エンダァァァァァァァァアアイアアアアアアアウィルァアルウェズラアアアビュウウウウウ!」 明らかに状況を勘違いして変な叫び声を上げているシャルロッテ。 そして。 「待ってたぜ、親友!」 「待たせたな、悪友!」 明奈と風斗はがっしりと握手を交わし、肩を叩いて笑い合った。 「と、いうわけでぇ!」 「ラスト一匹、いってみますかぁ!」 風斗の目がギラリと光り、オークへと向いた。 顔を青くするオーク。 「え、ちょ、待て! 守ルートで仕込んだヤクザ抗争はどうすンだ!? 宇宙豚組織の影は!? あっしが入念に仕込み続けた伏線をどう解決するのか、今ゲームをやってるプレイヤーがワクワクしてる所じゃねえのか!?」 「オーク、俺は正義だなんだと言ってたが、お前のやってること……実は嫌いじゃなかったんだ」 「口説きにはいるンじゃねェ! お、おい明奈! 全世界に仕込んだ洗脳電波を歌に乗せてだな……」 「それどっかのアニメで見たんだよねぇ」 「そンなテキトーな理由で拒否るンじゃねえ!」 「オーク……」 「ブヒッ!? や、めろ、あっしは絶対落ちないぞ! そんなルートは無いぞ!」 「大丈夫だ。何度でもトライしてやる。無限にループし続けても、必ずお前の手を掴んでやる」 「そういうこと聞いてるンじゃねええええええええええ! ち、近寄るなあああああああ!」 がしりとオークの肩を掴む風斗。 絶叫するオーク。 目を輝かせる天音。 手を叩いてゲラゲラ笑う杏と明奈。 まあこれはこれでみたいな顔して放置する惟とメリア。 そしてシャルロッテと守が同時に画面を占有して。 「「エンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」 「ひぎゃあああああああああああああああああああああああ!」 世界の全てが光に包まれ。 全ての世界が光に包まれた。 そして小さな円盤が、回転を止める。 【新本格恋愛シミュレーションゲーム『ばろめきリベリアル』】 スタッフロール キャスト 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582) 『箱舟あいどる水着部隊!』白石 明奈(BNE000717) 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742) 『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434) 『騎士道一直線』天音・ルナ・クォーツ(BNE002212) 『NPC名:』オー ク(BNE002740) 『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268) 『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468) メリア・ノスワルト(BNE003979) シャルロッテ・プリングスハイム(BNE004341) スペシャルサンクス ディスプレイの前のあなた END |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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