●スイート&スウィーツ 『急募:音楽演奏のできる人』 『急募:お菓子作りのできる人』 貴方の元へ届いた依頼メールの要項には、そう気になる事項が記されていた。 「ようこそお集まりくださいました」 作戦指令本部、第三会議室。 フォーチュナー『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)は恭しく首を傾け、貴方たちを歓迎する。 「地獄の番犬ケルベロス――皆さんご存知かと思います。著名な魔獣ですね」 複数の、異なる想像図に基づくイラストを掲示する。共通項は三つ首の犬という点だ。 過去のアークの活動報告書を洗っていけば、数件は近しいE事件もあるはずだ。 「今回は依頼目的は、地獄の番犬ケルベロスのアザーバイドを撃滅――ではなく、その召喚媒体となっている破界器の回収/破壊を行い、交戦せずに元居た世界へ送還していただくことです」 「……戦わなくてもいいの?」 「はい」 淡々と佐幽は手枷の鎖をジャラつかせ、資料を手繰りながら返答する。 「戦っても勝てませんよ。仮に勝てるとしても、アーク精鋭小隊を投入して勝率五割あるか否か。飛行機があるのに太平洋を泳いで渡るような非効率的作戦になってしまいます」 宝箱を差し出す佐幽。 開いてみれば、オルゴールとクッキーが入っていた。 「当該アザーバイドは伝承上の魔獣ケルベロスに酷似している為、強大さに反して大きな弱点――即ち『美味しい菓子に心奪われる』『美しい音色に夢誘われる』という“穴”があるのです。この点を突いて戦闘回避、破界器を処理してください」 単純明快な攻略法と裏腹に、それはつまり、一歩間違えれば“カンタンな仕事”としては反則めいた強さの魔獣ケルベロスに襲われることを意味する。 「では、お早いお帰りを」 ● ケルベロスは眠り、眠らぬ。 三つ首のひとつが睡眠する中、もうひとつは食事を行い、最後のひとつは監視に徹した。 『マズイ』 頭蓋骨を飴玉のように吐き出して、巨大なる黒犬は退屈しのぎの食事を終えた。 暗き地下の研究棟、床一面に散らばるは人の骨と毒々しき草花、それに巨大な爪痕である。 よくある話だ。 身の丈にそぐわぬ強大な悪魔を呼び出したが為に、制御しきれず自滅する。そんな愚かなフィクサード二十数名の小組織を、当然の如く魔獣ケルベロスは殲滅させてしまった。 『ゴチソウ、ナイ。クダラヌ、無礼ナニンゲンメ』 『オンガク、ナイ。アアタイクツダ』 『ムニャムニャ……カラアゲ、モウ食ベラレヌ』 『ナヌ!』 寝よだれを垂らして夢幻のゴチソウに舌鼓を打つケルベロスCを、AとBは羨ましがる。 滴り堕ちた唾液が、新たな毒草となる。トリカブトの青い花弁が殺風景な白骨の海を彩っている。 『封縛ハイツ解ケル』 『クサリ、モウスグ』 三匹の首は重厚な鉄鎖の首輪によって神殿様式の石柱に繋がれている。ソレこそがこの世界に獄犬獣を繋ぎ止める、破界器「ハデスの石柱」と破界器「ハデスの命鎖」である。 『マチドオシイ』 『アア、狂オシイ』 『スゥスゥ……スイーツハベツバラ』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月08日(月)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●廃墟を訪ねて 街中の裏通り、駐車場さえ数階建てのビルに頼らねばならぬ夜の繁華街を歩む。 人通りは多く、こと風俗店の客引きが目立つ。 こんな市街地でひとたび魔獣が解き放たれてしまったら――。 「……鬱陶しい」 『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)は客引きを軽くあしらい、先を急ぐ。元より、凡百の徒に興味はない。 「あ、お待ちを」 『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)は一方ポケットティッシュを断りきれずに受け取ってしまっている。謙虚で真摯なお人好し。佐里の苦笑いは紫の眼にはどう映るのか。 現地である雑居ビルに到着する。 と、そこではふたりが車両から荷物や機材を積み下ろしていた。『ヴァルプルギスの娘』宮代・紅葉(BNE002726)と『癒し系ナイトクリーク』アーサー・レオンハート(BNE004077)だ。 「……むう」 一際に豪壮な体格のアーサーはいとも容易く重厚な機材を抱えて運ぶ。隆々とした筋肉の頼もしさは彼ならではだ。寡黙に仕事をこなしているが、何か考え事をしているようでもある。 一方、紅葉は納品票とにらめっこしながらテキパキと山盛りの備品をチェックしていた。 「す、すごい量ですね」 「わたくしの実家の伝手でちょろりと手配させたのです」 紅葉の微笑には底知れぬ大きな影が揺らめいている。 「紅葉っちは雅でやんごとなきお家柄なんよねー」 ひょっこりぴよっと橙のアホ毛が跳ねる。『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)だ。 「いやーお代官様のおかげで大助かりやわー」 悪徳商人っぽく扇子で口元を隠して珠緒は笑い、箱を差し出す。一目瞭然。山吹色のお菓子だ。 珠緒の期待の眼差しに、やれやれと紅葉は戯れに付き合ってやることにする。 「学音屋、そちも悪よのう」 「いえいえ、お代官様ほどでも~」 かんらかんらと悪の笑いが木霊する。 『ケルベロスに菓子を渡す』 賄賂を意味することわざと掛けた小芝居だ。 「賄賂ってもええやんなぁー? 袖の下に菓子つっこんで帰ってくれるやったら上等や」 意気揚々と珠緒はあこぎ、ならぬアコースティックギターを掻き鳴らす。 「さ、うちの十八番で聞き惚れさせよか」 と、何処よりか物悲しいギターの調べが響き渡る。 「だ、だれや!?」 月夜を背負ってギターを爪弾く影一機。スイッチ、オン。電流火花が体躯を走る。 「ただし、日本じゃ二番目だ」 『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)がズバッと登場ダー。 颯爽と飛び降りて着地する。その重厚な漆黒ゆえか、バキリと地面が軋み砕ける。 「地獄の番犬ケルベロス、相手にとって不足なし」 鋭き眼光、闇灯る。 「YEA! HA!」 マンホールの蓋が跳ね飛んだ。重すぎるコイントスの結果は表と出た。 『KAMINARIギタリスト』阪上 竜一(BNE000335)はエレキギターを紫電激震させつつマンホールの穴から競りあがってきた。電飾付の舞台はECOなヒューマンダイナモで稼動する。 「BATTLEはNO! 今宵はBIGなLIVEで決めるZE!」 より派手な登場に、剛毅の兜の奥底がギラリと輝く。 「……ぬぅ」 「オウイェイ、どーしたブラザー?」 フッと笑い。 「いざという時は無理やり柱を引き抜く。ついてこれるか」 「OF COURSE(もちろん)!」 ●スウィーツ男子 「静かなる古典帝国出張店舗、開店だ!」 『ジェネシスノート』如月・達哉(BNE001662)は早々に到着、地下室で調理を開始していた。 何せ、巨大な魔犬相手にはざっと百人前は必須なのだ。 しかしこれは何気に胆力を要する。何せ、同じフロア内には空腹に唸るケルベロスが鎮座している。射程外、鎖に繋がれているにしても安心はできかねる。 しかし、こうしたリスクを冒すことに利得はある。戦闘論者は総じて知略に長ける。飲食店経営者としてのノウハウをも体得している達哉にはある心得があった。 『実演』 料理とは、ただ食べるだけが全てではない。インテリアやサービス、立地や話題性、総合的に代価に見合った価値を提供することが肝要だ。 実演調理はショーとしての価値を生む。そして調理している人間の価値をも高める。粉末に過ぎない小麦粉や砂糖を、ものの見事なデザートに仕上げる。それほどの価値を創出しうる有益な人間を、ただの肉片にしてしまうのはあまりにも勿体ない。 達哉は小刻みにケルベロスの三匹それぞれに微妙に異なる様子を読み解き、観察しつつ調理する。 プロフェッサーの称号を得るほどの一流プロアデプトは料理においても戦闘論者といえるのだ。 が、ひとりで百人分は当然きついわけで。 「全員到着、備品も揃えておきました。次はなにを致しましょう?」 「助かるよ。パウンドケーキは作れるか?」 「ええお任せを」 紅葉をはじめとして一同が集う。音楽班はセッティングを開始する。 各自調理を開始する。 ケルベロスはじっと恨めしげにこちらを見つめているが、暴れたりする様子はない。というのも最初のうちに『おとなしくしてたらお菓子をごちそうする』と言いくるめてあるのだ。 ぽたり、ぽたり。 よだれがこぼれて毒草となり瘴気をじわじわと蔓延させている。 そうしている間に退屈させぬよう、心穏やかなアンビエントハウスの演奏を行い、間を持たせる。 「――卵を割ればいいんだな?」 グレイは露骨に不服そうな顔をする。音楽演奏だけで済むと思っていたら、カンタンな雑事でいいので手伝ってくれと頼まれてしまった。 で、だ。 アーサーという秋の川で生鮭に喰らいつく木彫りの熊を彷彿とさせる豪壮な男がなぜまた、蜂蜜クッキーを慣れた手つきで作っているのだろう。 パティシエ然とした達哉はまだいい。 紅葉と佐里の女子ふたりだって様になる。が、そこに上半身裸の豪傑ナイスミドルがさらっと混じっているのは何だ。 その異様さにグレイの作業の手は止まってしまった。 「ギリシャ神話によれば蜂蜜と芥子がお気に入りみたいですけど、芥子は……」 「ありますわよ」 「え?」 力強く生地をこねつつ、アーサーは語る。 「ケシの実は食用の歴史が長い。発芽しないよう過熱処理を施した種は国内でも普通に手に入る食材だ。あんぱんにもよく乗ってるぞ」 「ああっ! 言われてみれば確かにそーです」 「せっかくだ。蜂蜜をほんのり生地に練りこんで、はちみつあんパンでも作っておこう」 さすが癒し系ナイトクリーク、女子力高い。 誠、人は見かけに拠らないものである。 ●余興 準備は万端だ。 ざっと百五十人前はあろう千差万別のスイーツが出来上がった。いずれの出来も上々だ。 「HEY! 大量だな! ひとつTUMAMIGUIさせてくれよ?」 「いいですよ、毒見を示さないと警戒されちゃいますしね」 佐里の差し出したドーナツを一口ぱくりと竜一はかじる。 「うっ」 突然、伏せって打ち震える。苦しいフリして美味い!という定番のアレだ。どうみてもアレだ。 「うう……」 オーバーだ。演技がオーバーだ。ノってやらなきゃ可哀想だ。 「ううっ」 「ドウシタンデスカ」 「U‐MAI!!」 真っ二つにアフロが割れて花火がどっかーん『うめぇ!』と天井に咲く。 阪上 竜一、あらゆるパフォーマンスに妥協しない男である。 佐里は言葉もなく、やるせなく、光無き虚ろな瞳で花火を見つめる他なかった。 ●演奏開始! 「レッツ宴タイ~ム♪」 珠緒を合図をきっかけに、煌びやかにスウィーツ&スイートが始まった。 竜一、紅葉、剛毅、珠緒、グレイの五名は演奏担当だ。調理中に軽い打ち合わせをした程度であるものの、練達した神秘の奏者が集えば存外どうにかなるものだ。 ローテーションを組み、次から次へと交代するメインに合わせて他者がフォローにまわる。 とりわけ意外なのは剛毅だ。この中では一番経験は浅いとみられるが、シンクロで他者の演奏をトレースすることでうまく順応、協調している。個性が強くてともすれば和を乱しそうなのに、方向性のまるで異なる五人が不思議とうまく噛み合っている。 「グルル……至レリ尽クセリ」 「ガフガフガツガツ」 「ZzzZzz」 グレイのヴァイオリン独奏に移る。クラシックを嗜み絶対音感を有する彼の演奏は、寄せては引くさざなみのように心の砂浜を撫ぜ洗う。伝統的で穏やかな調べは、ともすれば凡庸でさえあるというのに心が安らぎ、居心地がよい。 「ま、今日は音楽家。…観客には満足してもらわなければなるまい?」 グレイはどこか他者と一線を隔てている。無闇に馴れ合うような気性でないにせよ、一体なにを望んで戦うのか、何を忌み嫌い、何を愛するのか。それを知る者は少ない。 己を語らず、他者を遠ざけ、任務をこなす。 そんなグレイであっても音楽というのは心の表れ、自然と、はっきりとはしなくても秘めた内面というものが透き通って伝わる。楽しげな、心よりの演奏だ。 「……いい曲ですね」 佐里はおだやかに聞き入っていた。状況は常に計算している。思考リソースを分割して感情と分析を別タスクで分割管理する。 みんな楽しそうに演奏している。 だから、きっと楽しませられる。 佐里自身、お菓子作りはとても楽しかった。作戦のためだけど、なぜだかみんな楽しんでいる。 「思いやりだな」 いつでも柱を抜けるよう待機中のアーサーはおだやかな魔犬の表情を仁王立ちで見つめる。 「ボトムの都合で呼び出しといて迷惑だから殺します、これじゃスッキリしない。送還する方法があるってのは救いだな。 ――菓子作りは任務の上でやったとしても、単純に、俺は美味しい菓子を食わせてやりたかった。そういうことだろうよ」 「……ですね」 獄犬魔獣ケルベロスはしかし眠らなかった。 眠らねば、夢中にさせねば、柱をこっそりと引き抜いてしまうなど夢のまた夢だ。 楽しくて、嬉しくて、寝入ってしまうのは口惜しかった。 竜一は退屈させぬようケルベロスの気分を読み解き、おだやかに、時に少々鋭くギターを爪弾く。 『切ない夜に一人 眠れぬときを過ごすのさ 騒がしい日々に 疲れたそんな静かな僕に 語りかけてくる あの日描いた宇宙船(ふね) 思い出の僕が 今の扉を開ける』 お菓子についても夢中で貪り食らうことはしない。何故かといえば、それは如月・達哉という配膳においてもプロフェッショナルな男のせいだ。 「十三品目、ラルカーナパフェどうぞご賞味あれ」 そう、『静かなる古典帝国』の出張店ならば、本家の味だけでなくサービスも提供せねば。 紅葉が手配させた備品は調理器具だけではない。頑丈なテーブルや特注の大きな食器、真っ白なテーブルクロスに幻想的なキャンドルを配す。そうして極上の音楽を供すれば、一流のディナーショーの出来上がり。 「これぞ名家のなせる業、お金で買えない“人脈”あっての宮代ブランドです」 そんな紅葉のキリッとした決め顔もここまでくればかえって清々しい。 人は鏡。ケルベロスは丁重なもてなしに無作法に応えはしない。 なぜフィクサードは破滅したのか。 それは自ら招いた来客をあたかも己が道具の如く扱おうとした“無礼”さ、傲慢さゆえだ。 『眼下に広がる街は きらびやかな宝石箱 それは夜空の星にも負けぬ、スター達 天に光よ 地に星よ 光り輝く命の灯火(ほのお) 嗚呼 今宵神秘の旅に出よう』 竜一の煌く奏楽に、三匹目のケルベロスが目を覚ます。ついに“警戒を解いた”のだ。 この時、おそらくは誰もが理解した。 まごころは届く、と。 ●甘いのはお嫌い? 全会一致。 第三の選択肢を今ここに選ぼう。 「ねえケロっち、うちらのお願いひとつ聞いてもらえん?」 珠緒は簡潔に、ケルベロスを送還せねばならない事情について説明する。そして願わくば、このまま破界器『ハデスの石柱』を抜き去るのを黙って見届け、元居た世界に帰ってほしいと。 「そん代わり、うち、めーいっぱい歌ったげるわ」 獄犬魔獣は暫し惑い、三匹で相談をはじめた。緊張の一時だ。 真実を打ち明けてしまった以上、もし拒否された時は強行手段を取る他ない。 本来はこの依頼『音楽』と『菓子』だけでは成功しえないのだ。 見落としているポイントが二つある。 第一に、三名“以上”の高い膂力で石柱を引き抜く方法。そうした場合、三名というのは最低限の人数であって、多ければ多いほどに迅速に済む。竜一、アーサー、剛毅の膂力ではともすれば大きく手こずったかもしれない。 第二に、気配遮断など“見つからない工夫”を施して気づかれぬ方法。音楽や菓子で気をそらしている間に、こっそり事を終えるのだ。目と鼻は甘い菓子に、耳は音楽に釘付けになっている為、少々時間を擁しようともバレさえしなければ安全といえる。 そう、見積もりは甘かった。騙して強制送還するつもりならば用意周到さにおいて穴がある。 表裏一体。 しかしそこまで巧妙に悪意を忍ばせていたのであれば、真心のもてなしは成立しえないのだ。 「……ワカッタ。ボトム、去ル」 「オマエタチ、イイヤツ。コロスノ、惜シイ」 「ワレラ、“友”ヲ大事ニスル」 獄犬魔獣ケルベロスは承服する。侘しげな瞳で一行を見下ろして、名残惜しそうに唸る。 歓声が湧き起こる。 これで良かったのだと、ケルベロスはお互いに肯いた。 トリカブトの毒の園がふわりと散って、夢幻と消え去った。 さぁ宴の終わりをはじめよう。 ● 切ない悲哀の歌声が響く。 珠緒は弾き語る、静々と。散っていた星々に捧ぐ歌を。 『私にもっと できる事は あったのでしょうか 貴方にもっと 言える事は あったのでしょうか 遠く 遠く 去ってしまったひとたちに あの日 あの場 別れを告げたひとたちに 愛したくて 信じていたくて きっと誰より頑張って 護りたくて 負けたくなくて だから誰より傷ついて そんな貴方の煌めきが 一瞬だけで消えたとしても 心に灯った輝きは消えない!』 届け 届け この声よ どうか どうか 伝えてよ 私たちは 進んでいける だから……』 ――天の星々に手を伸ばす。 『ねぇ 笑って』 余韻は尽きぬ。いつまでも。 ●送還 送還がはじまった。 ハデスの石柱は想像以上に頑健であった。この時ようやく実感するのだが、竜一、アーサー、剛毅の三者が石柱を完全に引っこ抜くまでに1分以上は必要としたからだ。 そしてDホールの展開と共に、徐々にケルベロスの巨駆は淡く薄くなりはじめた。Dホールの大きさは人一人分ほどか、こうして分解・再構築する形でちいさな穴を通り抜けてきたのだろう。 アーサーは強く、ケルベロスの巨木の如く大きな足を抱擁した。 心密かに望んでいた「もふもふ」感とは異なり、針金のように逞しい体毛に鬣の蛇まで近寄ってきて舌をちろちろさせているのだが、これはこれで地獄の番犬らしい感触で悪くない。 「此方の勝手な都合で呼び出したりしてすまなかった。もう逢うことはないだろう。お互い、その方が幸せなはずだ。――達者でな」 「オマエ、悪人チガッタ。ゴツイニンゲン、ミタメデ判断ダメ」 「はは、お互い様だろ」 ぺろりと巨大なケルベロスの舌に舐められるアーサー。凶悪な猛毒があるはずの唾液は、少々生臭いがあとはお菓子の甘い匂いがするだけだった。 「またのお越しを。とはいえないのが残念だな。せめて土産を冥府仲間に配ってくれ。ただし、ボトムに名店ありとは広めないでくれよ?」 手土産の袋を山ほど毒蛇にくくりつけ、達哉は恭しく頭を下げ、見送った。 「――最後の合奏、はじめるぞ」 グレイの合図を元に、送還を見送る一同の合奏がはじまる。 心穏やかな優しい調べは、一抹の寂しさと名残惜しさと愛おしさを表現する。 「サラバダ」 かくて獄犬魔獣は深遠の向こう側へと旅立った。 ●後始末 その時だ! 突如、Dホールの向こう側よりおぞましき死者の群集が湧き出してきたではないか。 地獄の番犬が不在であった間に、冥府を抜け出そうと開いたDホールを通ってきたのだろうか。 「くくく……ッ!」 鋼・剛毅が漆黒を纏い、誰よりも早く切り込んだ。 「! 早くDホールを閉じなくては!」 佐里の魔力剣・閃赤敷設刻印が断罪の赤い刻印を刻み、冥府の群集を薙ぎ払う。他の仲間も一様に攻撃を開始するがしかし、ゲートを破壊できる術がなかった。 この男を除いては。 「無粋な冥府の脱獄囚どもよ、この疾風怒濤フルメタルセイヴァー鋼・剛毅が地獄の番犬の下へと送り返してくれる! フルメタルサーキット出力全開! 無限機関フルドライブ界放!」 フルメタルAFドライバー(仮称)の紋章が高速回転、燦然と光輝する。嫁や家族にしこたま怒られても半年我慢して買った特注AFだ。ここで使わずしていつ使う。 「魔力剣……! ぬんっ」 火花を散らして抜剣、漆黒の闇を滾らせた刃を大上段に振り下ろさんとする。 「冥府の咎人よ、己が世界に還れッ!!」 斬。 冥府の咎人ごと縦一文字に、ダイナミックに時空の穴を一刀両断する。 火花が、黒き鎧を妖しく照らし出す。 今度こそ本当に終わりだ。 消滅した冥府の門に背を向けて、愛車たる疾風迅雷セイバリアンに跨り、鋼・剛毅は滲む朝日とバラードをバックに走り去っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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