● 歌うことは、誰かの心に生き続けるってことだから。 声を枯らしても、誰も見向きもしてくれなくても。 ――私は、歌い続けるの。 そう言って笑った彼女を、俺はリスペクトしてた。 だってそうだろ? ――誰かの心に生き続ける――。 シンプルだけど、それが出来るのは、ほんとうに強い人間だけだ。 彼女は、それができる人間だった。彼女のライフがエンドを刻んでも、こうして俺の中に生きていたんだ。 いつの間にか彼女の年齢を越えて、それでも俺の中ではいつまでも人生の先輩で、憧れだったんだ。 ――それなのに。 ● 「E・フォースを倒して来てくれ」 目を伏せた『駆ける黒猫』将門伸暁(BNE000006)の声には、いつものようなハリはない。 「場所は、関東の墓地――土葬の墓地だ。 ホラームービーよろしくその地に現れて――墓参りに来た家族を殺してしまう。 錯乱が激しくてね。その一家の父親が自分の元恋人だということもわかっているかどうか」 そこまで言って、大きく息を吐く伸暁。 いつになく真剣な目で、リベリスタたちを見回した。 「フェイズは2だが……気を抜くなよ。 E・フォースの元になった彼女は、リベリスタだ。……ア・ピース・オブ・ケイクとはいかない」 戦いの中で死んだのは、もう随分昔の話だけどな、と伸暁は続ける。 「昔、今はもう解散したインディーズバンドでボーカルをしていた……きれいなレディだったよ。 どうしてE・フォースになったのかはわからない。何か裏があるのかもしれないが、それは今はわからない。 頼む。――彼女を、止めてくれ」 リベリスタたちは資料を受け取りブリーフィングルームを出ようとする。 ――ふと振り返ったリベリスタには、伸暁の真剣な目がどこか揺れているようにも見えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月15日(金)21:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタ達が到着した墓地には、既に1組の先客があるという。――娘を連れた、親子連れ。 それを聞いて、顔を見合わせた8人は走りだした。 静かな墓地にはそぐわない、耳をつんざくような泣き声が聞こえてくる。そちらを見れば白い石を削り出された墓碑の上にわだかまる、黒い影。 地に足をつけた女は本能的な敵意をその姿へと向けながらも泣きじゃくる幼い娘を抱えている。 墓碑の前に膝を付き、小さな花束を手にした男の顔に浮かぶのは驚愕と、どこか諦観に似た表情。 「やはり、許してくれないのか――」 徐々に色濃くなり始めた浮かぶ女の、赤い右目から血を流す様は紛れもなく幽鬼の類。 おおぉ、と。 虚空に立ち黒髪を揺らす彼女の、それは風の音にも怨嗟のようにも聞こえる――歌声。 やがてはっきりと聞こえるようになった声に、『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が息を飲む。 「……生前の歌声、そのまま……」 リベリスタたちは移動中に、ブリーフィングルームで伸暁に借りたテープを繰り返し聞いていた。 『今すぐに提供できる音源は、俺の私物、これだけだ』 『え?』 ブリーフィング中、伸暁の言葉に数人が訝しげな顔を向けたのを思い出す。 『とっくにそのバンドは活動をストップしてる。今じゃ皆、普通のファーザー&マザーさ。 他のテープをレンタルするにも、あの人は今? からはじめなきゃならない。 フォーゲット・ミー・ノット。……その曲のタイトルだ』 声は変わらず。歌は変わらず。そして篭められた思いも変わらない。 ――わたしをわすれないで。 『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は心の中でその願いを否定し、ギアを上げる。 死んだら、そこで終わり。 死んだら、もう何もできない。 それが世界の理。 死んでも心に残る、それはその相手に残ったただの記憶の残骸。 生きてることにはならない。 「こっちをみないと痛い目会うよ」 黒く変わりゆく血涙を落とし、E・フォースはその声の主へと顔を向ける。 生きてること? それは戦うこと。 イノチとイノチのやりとり。 理不尽に奪いあうこと。 素敵、だね。 戦闘狂の羊は、わずかに口元を引きつらせる。 ――それは、生の実感。 彼女の愛するイノチのやりとりが呼び醒ました、笑みだった。 ● 「家族を守って!」 「直ぐ離れてください!」 ルカルカがE・フォースの注意を引きつけている間に、家族連れの下に走った『クレセントムーン』蜜花 天火(BNE002058)と『魔眼』門真 螢衣(BNE001036)。 2人の瞳からは魔力が迸り、それぞれ父親と母親への強制力を発揮する。父は魔眼の存在を知っていたのか、頷きながらわざとその力を受け入れたようだった。怯えるわが子をなだめるように抱え上げ、妻の手を引いて墓地の外に向かう父親。 ───ッ 彼女が悲痛な声を上げ、男の肩がわずかに跳ねる。 だが、それだけ。 彼にはもう、守るべき妻と子がある。一度振り向くと、更に足を速めた。 僅かに透ける腕を差し伸べ、追いすがる様な姿のE・フォースをウーニャの気糸が切り裂く。 「距離に気をつけて!」 仲間に声をかけながら、ウーニャは思う。彼女の錯乱した姿を見るのが哀しい、と。 (あなたの歌声を今でも愛している人達がいるのに。 彼らの中であなたはずっと綺麗なまま生き続けているのに) 「……私にも信念がある。 声(うた)に関わるもの達に悲しい結末はあってはならない。 声(うた)は力であり、喜びであり、希望なのだ。 だから私はいつの日も高らかに声(うた)おう。そして、どうか最後に幸福を」 『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が己の信念を告げ、高らかに歌い上げるような詠唱で魔方陣を展開し、撃ち出された魔力弾は彼女の身を打つ。それを追撃する『薄明』東雲 未明(BNE000340)の、全身のエネルギーを込めたバスタードソード。 「歌は人の心の中に残り、遺された人はそれでも人生を歩み続ける。 結構なことじゃない。――それを一気に台無しにする今回の件、本当にただの偶然なのかしら?」 幻視で黒髪・黒目を装う未明の疑問に彼女が答えることはなく、ただ歌い手の矜持か乱れることのない歌声が返されるのみである。 「彼女は人の心に残る程の生き方を貫いた強い人だったのよね? ……それなのに何故」 「かつて愛した者を手にかける事も愛した人に殺される事も救われない。 故に、このありふれた悲劇を私は打破する」 ただ歌い続ける彼女の様子にかすかな疑問と一抹の不安を覚えた『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)と『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が、世界から借り受けた治癒の力をルカルカとウーニャに与える。 「世界が遅いね」 ルカルカのクローが瞬く間に二度引き裂けど、彼女は悲鳴を上げない。男の持っていた花を借り受けて戻ってきた天火の、冷気を纏わせた脚部装甲でも同じこと。ウーニャが再び這わせた気糸を振り払い、それでも彼女は歌い続ける。 未だ、背中が見える親子の姿を見つめながら。 ――かくて、歌声に紛れた詠唱が、ひとつの魔術を練り上げた。 葬操曲・黒。 「まずい!」 それは誰の声だっただろう。 彼女が流していた血の涙が、黒い鎖へと姿を替えて親子連れの向かった方へと伸びていく。 だがとうに男の姿は遠く、もうすぐ見えなくなるだろう。 だからソレは、その方向にいた、先程まで男が持っていた花を狙った。 「…………!!」 黒鎖はまるで濁流のような質量で、その悲鳴ごと天火を飲み込んだ。 黒の濁流は程なく散り、原型を留めぬ花束が、天火の腕から滑り落ちた。 未だ残る数本の黒鎖が彼女の運をどす黒く染めながら四肢を戒め、鎖の食い込む肌からは血が流れている。傷口から侵食していく猛毒に、健康そうな色の肌が青ざめていく。 一人ひとりが離れるようにして陣形をとっていたからこそ、被害は彼女だけにとどまった。 だが、その威力にリベリスタ達は息を呑む。 満身創痍というにも生温い、未だ立っているだけで僥倖と思える惨事。 そして改めて再認識する。 かつては喝采と共に受け入れられたはずの彼女の歌は――今はもう、ただ人を傷つけ、殺める呪いでしかないのだと。 これは最早、殺すべき歌なのだ。 ● 「そんな、恨み言みたいな歌は聴きたくありません! あなたが生きているときに歌いたかった歌を聴かせてください!」 彼女の二つ名でもある、魔眼。それがなければあの親子連れも黒の鎖に飲まれたのだろうかと、切れ長の目を険しく細めた螢衣が叫びながら守護結界を起動させる印を結ぶ。続くセッツァーの、戦場に響かせた歌声はエリューションの歌声とは正反対に、仲間を生かすための歌。福音が、天火の傷をいくらか和らげる。 ――E・フォースの赤い瞳が、癒しの歌声を聞いて悲しげに揺れて見えたのは、セッツァーの錯覚だったろうか。 「ほんと、聞けたもんじゃない騒音だわ」 雷気を纏わせた剣で、捨て身のようにエリューション斬りつけた未明の言葉は辛辣だった。 「天火嬢。今回復を……!?」 アラストールから放たれた、不調を祓い去らせるはずの神々しい光を放とうとした。しかし天火の戒めはすぐには取れず、もう一度とばかり由利子が同じ技を使う。不幸な偶然は二度も起きず、黒鎖は解けて消えた。 「黄泉帰った魂は狩られる運命。せかいはそう言ってる」 未明同様、ルカルカも情けはかけない。天火の苦境を見るまでもなく、この幽鬼を相手に躊躇するのは己に危険を呼ぶだけだ。水着に包まれた褐色の身体が舞い踊り、クローの連撃がE・フォースの肌を幾重にも切り裂く。 痛みに身悶える彼女の耳に、ウーニャの符と自身の術で傷を塞いだ天火の、必死の言葉が届いた。 「忘れていません! 元恋人さんだけじゃない、お姉さんを止めてとお願いした人も、あなたを覚えてる。 時が経っても、新しい歌を紡ぐ事が無くなっても……!」 だから彼らの中に生き続けているあなたの音色を、悲しいものにしてはだめだと。 伝わらなくてもと、必死に呼び掛けようとして――彼女の目が暗く影を落とす様に言葉が消えた。 元恋人。 その通り、元だ。 エリューション・フォースにだって、分かっていた。 あの薬指に、約束の指輪は無かった。 代わりの様に握られているのは、妻と子の手。 彼は、家族と一緒に自分に会いに来たのだ。一人ではなく。 今や彼が自分の恋人で無い事は分かっている。 いいや、だからこそ。 愛し守るべき家族を得た彼はいったい何時まで私の事を─── いまはまだおぼえてくれている。けど、あしたには? いまはまだおぼえてくれている。けど、らいねんは? イマハマダオボエテクレテイル。ケド、コノサキハ? イマハマダ、イマハマダイマハマダイマ、ハマダイマハマダイマハマダ、イマハマダ ダカラダカラダカラダカ、ラマダオボエテクレテイルマダオボエ、テクレテイルマダオボエテクレテイルイマノウチニイマノウ、チニイマノウチニイマノウチニイマノウチニ、イマノウチニ―― 歌声が急激に濁り出す。 生前と寸分違わなかった筈の歌声。それはきっと彼女に残った最後の歌い手の誇りだった。 しかし今やその歌は崩れ行き、先ほど未明が言った通りの、聞くに堪えない物と化していく。 わすれられられるのはいや。 それはもう、願いや想いではない懇願と嘆き、そして絶望。 すでに歌ですらない愛惜の悲鳴の響き渡った戦場(ライブハウス)に、一条の雷が荒れ狂った。 「あなたは生き続ける。ライブに足を運んだ人達の中に、恋人の中に……そして私の中にも」 彼女の絶望を、しかしあくまで否定してセッツァーが言い切る。倒れ伏したままであっても彼の言葉と声は、オペラ歌手としての実感と確信を持って染み渡るように響く。 「あなたはそんな姿で、そんな歌で、人の心に生き続けたいのですか?!」 螢衣の、幾重にも展開された呪縛の印と言葉が二重の意味で彼女を縛る。 「どんな風に歌ってたの、貴女?」 少なくとも、そんな濁り切った悲鳴ではない筈だ。 未明の言葉と雷気を纏った剣が、動きを封じられたその身を真正面から切り下ろす。 「貴女の歌は今も愛するもの達の中で生きている、だから、どうぞ安らかに」 悪意という現実を断ち切り、善意という幻想を守る。騎士道と共に信念するアラストールの強い力が、十字の光となってエリューションの怨嗟を散らす。 「貴女をこの世界に存在させるわけにはいかない。私のこの手で…葬送(おく)り還してあげるわ」 義手のヘビーアームを掲げた由利子が、全身の膂力を爆発させて叩きつけた。 ● 倒れた天火とセッツァーの応急処置を行いながら、ウーニャがぐるりと周囲の墓を見回す。 ――二人は意識こそあるものの、その怪我は大きい。 「土葬の墓地って日本では珍しいけど死体からエリューションを作る実験とかにはいい場所よね……」 掘り起こしてみる? ボコボコ起き上がられたらたまらないから」 何者かの干渉によるエリューション化。 もしそれに理由があるなら、今彼女を退けたところで、次に同じことが起きないとは限らないのだ。 同じことを考えているのはウーニャだけではなかった。 「ルカ、墓守の名前を持っているのに墓暴き。おもしろい」 「ごめんなさいね……」 ルカルカが頷きながら呟く。同じように頷いた未明が結界を張り、由利子が謝罪をしながらもスコップを準備する。どこから掘り返したものかと検討をつけ始めたところで、がさり、と背後で草を踏みしめる音がした。 振り返れば、そこにいたのはあの父親だった。 「リベリスタ、ですか? 彼女と同じ……」 それは、神秘を知るという意味の言葉。 一瞬アラストールと顔を見合わせた天火が、ぺこりと頭を提げた。 神秘に通じるのなら、どうしてこんなことが起こったのか、知っている可能性もあるだろう。 「お墓参りですよね? ごめんなさい、お供えの花はボロボロになってしまいました。 ……彼女が好きだった花ですか?」 「ええ、忘れな草です。この指輪も――彼女に返そうと思っていたのですが」 そう言って男が取り出した指輪には、小さな花がいくつもあしらわれていた。 その中にひとつだけ、水色の石で作られた花がアクセントになっている。 「僕はもう、忘れたいんです。彼女の死に方は、あんまりにも無残だった――! 彼女のことを思い出すたび、妻が、娘が、同じように殺される夢を見てしまう……。 だけど彼女は、忘れたい僕を許しちゃくれないみたいだ……!」 指輪を握り締めて、男は叫んだ。 その時リベリスタたちは、男の後ろに、小さな黒い影が浮かぶのを見た。 ● リベリスタたちは一目見て悟る。 その指輪に嵌めこまれた石が、すべての元凶――アーティファクトだったのだと。 由利子はそっと、両手で男の握りしめた拳を包んだ。 「彼女は皆が思うほどには強くなかったのかもしれない。 うん……私がもし愛する人を残して命を落したら……って考えて」 男は苦悶の表情で由利子の顔を見返す。 「あの人の心に居場所を刻み付けても、いつか誰かがその隙間に入り込んでくる。 ……そんな不安を思い浮かべたから」 でも、もし。 誰かがその隙間に入り込んでしまったら。 その時は――愛する人が幸せになることを、どうして許さないなどと言えるだろう! 「彼女は生き続ける。ライブに足を運んだ人達の中に、貴方の中に……そして私の中にも」 怪我を押して体を起こしたセッツァーが、語りかける。 「貴方はもう、自分を許しても良いのだ。幸せを彼女に詫びることはない」 男は、まるで若者のように顔を歪め、やがて、泣き咽ぶ声が墓地に響いた。 ――『彼女』は、石が彼の呪詛や思い出を具現させた物だったのだ。 螢衣が、持参していたラジカセで彼女の歌を流しだした。 「その音源ダビングさせてほしいな。レディのこと、私もちゃんと覚えておきたいから」 笑顔のウーニャが、しかしどこか淋しげな声で螢衣にそう頼む。 指輪を預かった由利子は、少し目を伏せて微笑む。 「そうだ、お墓参り……久しぶりに会いに行かなきゃ。 莫迦ね……私はあの人の事、一日だって忘れた事はないのにね」 セッツァーは、死者のためのミサ曲を歌い上げようとして、痛みに顔をしかめる。 それでも歌うことを、彼はやめなかった。 ――永遠の安息を、与えてください、主よ そして絶えることのない光が、輝きますように―― 「私は声(うた)の力を信じているのだよ。これ以上無い位にね」 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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