● 欲しいものを欲しいと言う事の何が悪いと言うのだろうか。 欲しいのだ。その温度とか声とか愛とか指の先から髪の一筋足の先まで全部全部そうその命まで。自分のものにしたかった。 「この世界のどんなものだって、結局最期は分別されてゴミ箱へ。人間だって同じよね。この身の血がどれ程誇らしくても、この命がどれだけ素晴らしくても。死んだら燃やしてはいさようなら!」 永遠も無ければ絶対も無い。どうせすべては終わって無くなるのだ。 遠くで銃声が聞こえ始めていた。もうじき戦いが始まる。我らが少尉殿の望むまま。ベルトにねじ込んでいた長剣を引きずり出した。きらきら。銀色のそれが月明かりを弾いて。嗚呼綺麗と少女は哂う。 「でも私優しいから、覚えておいてあげるのよ。壊しちゃったものはみーんな。だからね、幸せでしょう。殺しちゃいましょう。壊しちゃいましょう。そしたらそれは私が忘れるまでは永遠だわ」 かつんかつん。地面に当たる剣を引き摺りながら。少女は進む。制圧戦だと誰かが言っていた。この公園。確か三ツ池公園とかいう此処にある、神秘特異点――丁度あのあたりに見える『穴』の事だ――を手に入れる。 それが自分達の為になるらしい。難しい事は良く分からなかった。何時だって上官の声を聞いて動くだけだ。『偶然生まれた好機に乗じて制圧しろ』と彼が言うなら。それが全てだった。 「とっても大事なお仕事なんですって。本気を出しなさいって少尉が言ってたわ。だから私頑張らないと。私が少しでも沢山の人に『永遠』をあげる為にも。ね、だからちゃあんと付いて来るのよ」 くすくすと笑った。重要な作戦。自分達の、少佐殿の望む『完全な秩序の破壊』のため。持ち上げた刃が空気を裂いて、己の目の前へと掲げられる。 「さあいきましょ。『戦果』を持って帰らなきゃ。嗚呼――死んじゃいそうな時は教えてね、勿論、私がちゃあんと殺してあげるから!」 ● 「……至急だ。今すぐ三ツ池公園に向かう。手が空いてるやつは聞け」 机に投げ出された資料。其処に立つのはフォーチュナではなく、既に用意を整えた『銀煌アガスティーア』向坂・伊月 (nBNE000251) だった。 「『親衛隊』だ。あの亡国の生霊共が三ツ池公園を狙ってる。状況は最悪だ。『うちの精鋭が七派対応に出払っていると言う偶然の好機』を奴らは見逃さなかったらしい。 良い根性してるよな。頭が良いと言うか狡賢いっつーか。アークの戦力構成は把握されてたって事だ。……明らかな強者に予備戦力をぶつける、って言うのはまぁ、幾ら俺でも愚策だって分かる。 かと言って、此処でアークは動かない訳にはいかねえんだよ。此処が取られたらどうなるか、何て馬鹿でも分かるだろ。最悪だ。……だからやるしかねえって事」 溜息交じりの声。詳細はこれだ、と机の資料を示しながら、男は口を開き直した。 「俺らの対応する相手は、ウルリケ・クラウゼヴィッツって言う女が率いる集団だ。構成は不明。バランスは悪くない。特殊な兵器を持ってんのはウルリケのみらしい。 ウルリケはマグメイガス。っつっても俺みたいな完全後衛型じゃない。どういう方法で戦うのかはいまいち分かんねえけどまぁ、こいつには注意しておくに越した事はねえと思う。 ……因みに持ってる武器は剣。持ち主の能力上昇に加えて、エネルギーさえあれば障壁を張る事も可能、っつー代物らしいんで。こっちも気を付けろ」 言葉が途切れる。傍らに置いたままの魔導書を抱え上げて、男は低く、面倒臭ぇと呟いた。 「今回は俺が一緒に行く。……こういう、なんだ、策略家って言うのか。俺こういう奴ら嫌いなんで。まぁ、どーぞ宜しく」 ひらりと振られた手と共に。用を終えた資料が机へと放られた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ゆらゆら、揺らめく水面が月明かりを鈍く弾く。相対した敵が、プールを超え迫るのを視界の端で捉えながら。『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)の指先が、携えた弓の弦を震わせる。伏せられた色違いの瞳を縁取る睫毛が微かに震えて。 緩々、開かれた瞳の中で煌めく魔力の断片。風も無いのにふわりと踊った銀糸の一筋にさえ巡るそれを感じながら、小さくその唇が溜息を漏らす。上官の命令は絶対。それを遂げる為ならば彼らは人さえ容易く殺すのだ。それが親衛隊。それが軍人。 そんな振舞いを、飼い犬と呼ぶのだと誰かが言っていた。そして、今櫻子の目の前に立つ敵は、まさしく飼い犬と呼ぶに相応しい存在以外の何物でもない。 「陶酔、自己満足……そしてちっぽけなプライド……理解出来ませんわ。だから、今は唯、私の成すべき事を……」 「そっくりそのままお返しするわ。私情に踊らされて足並みが揃わない事さえある集団が、一体何を言うのかしら!」 自己満足と正義感ばかりなのは其方だろうと、剣を引き抜いた少女は低く笑った。何処までも個の為では無く全の為に動くのが軍人だ。殺せと言われれば殺そう。死ねと言われれば死んでやる。その在り様は誰が何と言おうと正しい軍人のそれだから。 ――怖い、と、思った。握り締めた手に握られた銀がしゃらりと微かにうたう。大好きな水辺が、今は戦場だ。此処に立つのは他でもない。護るためだ。大好きな人が生きるせかいを。この手には力があるから。他でもない、誰かを癒し護る為の力が。 「……この戦場に立つみんなが、無事におかえり、ただいまを言えるように」 心を尽くす。りん、とうたう鈴と共に吹き抜けた風が、仲間に齎す空飛ぶ力。『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)のドレスが花の様に広がり揺れた。送り届ける癒しが少しでも皆の支えになる様に。視線を配る彼女の前で、迫り来る敵の目前に飛び出す影。 振り上げた大剣が帯びる灼熱と闘気。身の丈と変わらぬそれを、其の儘勢いよく敵へと叩き下ろして。『鉄腕ガキ大将』鯨塚 モヨタ(BNE000872)はこの先には通さないとでも言うかのように確りと敵の前に立ちはだかる。その視線が僅かに後方に向けられて。 「伊月、オイラもこーゆーずる賢い連中はキライだ。オイラたちも戦えるってとこ見せてやろうぜ!」 「言われなくてもやってやるよ、今の俺はアークの向坂伊月だからな」 策略など関係ない。真っ向からぶつかって倒せばいい。集う敵前衛を薙ぎ払う様に、踊る指先から零れた鮮血が黒鎖へと姿を変えて荒れ狂う。指示通り前線を抑える様力を行使する彼に微かに表情を緩めながら、四条・理央(BNE000319)の唇が零す言葉に応える様に滲み出したのは煌めき帯びる魔法陣。 触れた指先に弾かれたように。味方の間を縫って駆け抜ける純然たる魔力の塊が、目前の敵の腕を焼く。鮮血さえ散らぬ高圧の残滓を指先から払って、理知的な面差しが再度、淡い笑みを浮かべた。 「――黒覇の判断は現状、アーク優勢」 これは喜ぶべきか、余計な事をと怒るべきか。何方とも言えぬ状況に肩を竦めた。答えなんて出る筈も無く、今は其れに思考を巡らせる余裕もない。ならばまずは緊急任務をこなしてから。細かい事は、後から悩めばいい話だ。 落ちかかる髪を振り払った。剣戟混じり合う戦場の行く先は、未だ到底見えそうになかった。 ● 「ごきげんよう、『狼の支配者』殿。――それとも、『悪夢』殿か『女占い師』殿か?」 「御機嫌よう、貴方随分物知りね? その中なら……是非、『悪夢』と呼んで頂戴。二度と冷めないつめたいゆめなんて素敵でしょ?」 ボウガンから撃ち出された気糸が、笑い声を立てる少女だけを避けて届く限りの敵へとばら撒かれる。モノクル越しに瞳を眇めて。『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は物言わず只々悠然とその肩を竦めた。限界まで高めた思考処理能力が齎す最適解。 狙うべき対象を見逃さず、厳然たる閃光で痛手を与えた彼の手腕を見逃してはいないのだろう。爆ぜる雷光をばら撒いた少女は、酷く面白そうに目を細めて首を傾ける。 「このような極東の地に何用かとは問いませんが、お帰りはお早い方が宜しいのでは?」 皮肉交じりの微笑。それを照らす様に、爆ぜる雷撃の音が戦場を劈く。艶やかな黒と紫が、煽られるように揺れて。其の儘己さえ傷つけかねない紫電の一撃を目の前の敵へ。怜悧な面差しを動かしもせず、黒埜辺・枯花(BNE004499)の視線がウルリケを捉える。 殺した相手を忘れない。その言葉は一体どの程度の重みを持つのだろうか。人の記憶は有限だ。留め置ける限界量は決まっている筈で。ならば一体どれほど、克明に、ひとりひとり覚えていると言うのか。細い手がそっと、胸元に触れた。 思い返せば、じくじくと。痛みにも似た何かを伴って描き出される名も知れぬ黒。――忘れない、と。言い切る事が出来るのはそのたったひとつの色だけだった。こんな感情を、感覚を、何一つ余すことなく覚えているだなんて。とても、信じる事なんて出来やしない。 「その美学に唾棄するわ。何処そこのお菓子がおいしかったレベルで語られる永遠なんて、私はごめんよ」 「あら、酷い話ね。覚えているわ。名前も、死するその時の顔も、理由も、願いも恨み言も最後のその一動作まで余す事無く。その為に殺して、その為に壊しているんだもの」 全て頂戴と願ったのは自分だから。ならばその対価は必ず払おう。敵であろうと味方であろうと同じだと、少女が笑う。その彼女の横合い、後衛へと抜けようとしていた敵の攻撃をその身で遮ったリーツェ・F・ゲシュロート(BNE004461)の鮮血が、透明なプールの水を濁らせていく。 滴る紅と共に流れ出す運命の残滓。光を失いかけた瞳はけれど閉じる事を是としない。握り締められた刃の柄が軋みを上げた。じわりと血の滲む傷を押さえて、敵を見据える瞳にあるのは正しく獣と呼ぶべき闘争心。 「そのまま行かせるわけにはいかないっ!!」 蛇腹剣が齎す正確な援護射撃。この先は一歩だって通すつもりは無かった。それが己の役目であるのならば。防戦一方だった親衛隊戦だけれど、今度こそ猛る激情をぶつけよう。そんな彼の射撃の合間を縫って、閃く刃。軽やかに澱み無く。敵を裂いたそれを即座に眼前に構え直して。 『鷹蜘蛛』座敷・よもぎ(BNE003020)は困ったものだとその肩を竦めた。思想に実力さえ伴わなければ。少しだけおかしな方向へ病んだ、可愛らしい少女で済むのだけれど。この、少女の身をした軍人は残念ながらそれに当てはまらない。 「ウルリケ、きみの力は人を殺してしまう。……きみの考えは人を不幸にしてしまう」 だから、前に立ち塞がろう。この身は壁と呼ぶには余りに脆いけれど。それでも、その羽搏きを邪魔する事くらいは出来る筈だから。誰かを傷付けるその刃を止めようと、ぴんと伸びる背。随分と戦いの馴染んだ彼女に、仕返しとばかりに襲い掛かる刃が鈍い音を立てて弾かれる。 僅かに裂けた頬から、零れていく紅が視界の端を染めた。厚い回復のお陰で戦線を保つリベリスタに対して、集中攻撃によって徐々に数を減らされていく親衛隊には決して余力があるようには見えない。もう少し。押し込まねばと決意を新たにするリベリスタの視線の先で。 「……もう、やっぱりわたしが前に出ないと駄目なんでしょ?」 くすくすと。未だ余裕を崩さぬ少女がふわりと、踊るようにその足を水辺へと踏み出した。 ● 「貴女を自由に動かさせる訳にはいかないんだよね」 「ふぅん、でもわたしは、わたしがやりたいようにしたいから」 そんなの関係ないわよね。占われた不運と言う名の影が目前に迫る中。少女はまるで、散歩にでも行くかのように微笑んで、その足を自ら影に向けて進める。差し出される銀の刃。僅かに煌めいたそれに目を凝らしたジョンが、その瞳を見開く。 「……避けて下さい、来ます!」 くすり、と笑う声。もう手遅れだとでも言いたげに、閃光を放った刃に合わせて動きを変える影が理央を囲み傷付ける。それを、振り払って。痛みを呑み込んで開いた視線の先にあったのは、やはり、銀だった。少女の唇が弧を描く。 素敵な悲鳴を聞かせてね、なんて。甘ったるい声と共に。突き立てられた刃が胸を貫く。其処にあるのは虚無だった。怖気を覚えるその腕が、精神ごと身体の内側を砕く音を聞く前に。ぶつり、と途切れる意識。崩れ落ちた身体が、生温いプールの水へと滑り落ちた。 これで自由、そう笑った彼女はけれど、決して余裕の表情を浮かべてはいなかった。リベリスタの攻撃は確かに親衛隊を削り取り、意識を奪っている。気付けば人数はほぼ互角。理央の抜けた穴に滑り込む様に立ちはだかったモヨタが、真っ直ぐに少女を見上げた。 「もう、酷いわ。約束してたのよ? 最期は皆わたしが貰ってあげるって。この子達が生きた証はみーんなわたしが覚えておくって」 「……今まで殺してきた奴のこと、ホントに全部覚えてんのか?」 例えば自分が殺されたとして。この少女はきっと、3日もすればそれを忘れるのではないだろうか。人の記憶は脆いから。モヨタは彼女の心に刻み付けられる事を望まない。彼女だけに記憶されるよりも、もっと、沢山の人の心に残る様な生き方をしたいから。 真っ直ぐで危うい、正義の味方。その瞳を見遣って、歳の頃は大して変わらぬ少女がくすくすと笑う。素敵ね、と囁く声を聞きながら、未だ敵と刃を交えていたよもぎの腹部へとめり込む肉厚な刃。鈍く咳込んで、吐き出した血が服を染める。 既に運命は燃えていた。ぐらり、と感じる眩暈。少女と視線が交わった。陶酔する様に倒れゆくさまを見詰めるそれを、霞み行く意識の中で捉えたまま。小さく、おぼえていてあげるよ、と囁いた。壊して居なくとも。その存在は覚えておこうと。 「そう。……憎い敵だった、なんてつまらない感想ならわたし要らないわ」 あなたは如何かしら。囁き返す声は、意識を失ったよもぎには届かない。漸く拮抗してきた戦場で、前衛を失うのは痛手だった。あと少しなのにと歯噛みした枯花も、勿論無事ではない。潤沢な回復があろうとも、後方から遅い来る魔術を、退治した敵の刃を、捌き続ければ続けるだけその身は傷付いて。 ついに、突き立てられたナイフと共に飛びかける意識。黒いドレスを更に黒く染め行くそれを感じながら、強引に傷口から刃を引き抜いた彼女は唇を噛んだ。運命が燃えていく。痛くて。苦しくて。被った冷静さと言う名の仮面の奥で、少女の自分が怖いと悲鳴を上げたがるのを感じて。 でも。駄目だ、と首を振った。戦わなくてはいけなかった。未だ刃を握る事が出来るのだから。リーツェの刃が閃くのを見ながら、握り直した其処に込める紫電。血で滑る刃は離さない。叩き付けて、倒れ伏した敵がまた、水飛沫を上げてプールへ沈む。 誰も彼も精一杯で。血のにおいは濃くて、傷は深くて。後方に立つ自分でさえ、決して無傷では無くて。怖くて、けれど、己を支えてくれる恋人は此処には居ない。少しだけ震えそうになる手を、櫻子は武器ごと確りと握り締める。 「その痛みを癒し、枷を外しましょう……」 それが、自分の役目なのだから。為すべき事を為す為に。歌う様に零れ落ちる詠唱が呼び寄せるのは、遥か遠き癒しの神の力の一端。清らかなそれが、激しくも優しい風になって仲間の間を吹き抜ける。血霞を消し、残すのはただただ清い気配のみ。 傷付いた仲間の傷が癒えていくのを確かめて。ひよりもまた、その鈴をしゃらしゃらと鳴らす。吐き出す吐息は熱を持って震えていた。動く度ふわり、と広がる花の如きドレスは血に濡れて。傷は癒えても身体は重くて、けれど、それでも。 「わたしがうたってあげる、妖精の子守唄――」 うたうのは、やめたりしない。零れる旋律が描き出す魔法陣が、鈴の音と共に撃ち出す矢。真っ直ぐに伸びたそれが敵の癒し手を遂に地面へと伏せさせたのを見遣って。小さく、どうして? と少女は問うた。 視線が交わる。際限なく欲しくなる。その気持ちを知っていた。もっと、もっとと。欲しくなるのは人の性だ。けれど、どうして。 「ウルリケ、あなたはどうして何もかもを欲しがるの?」 「欲しいから。ひとつ手に入れたら、もうひとつほしくなるでしょう? 全部全部、自分のものにしたいのはそんなにおかしい?」 「……自分が満たされるたったひとつを、あなたは知らないの?」 それは酷く簡単で。けれど見落としてしまいがちなものだった。かたちのないもの。目には見えないもの。けれどいとおしくやさしいもの。それを知らないのかと問えば、酷く不思議そうに傾げられていた瞳に過る僅かな動揺。そんなの無いわ、と低く告げる声に首を振った。 かわいそう、と囁いた。それを知らないから、彼女は望むばかりなのだろう。其の声に、刃が此方を向く。物言わぬ儘放たれた雷撃は無論ひよりの事さえも貫こうとし――けれど、目前で遮られる。 開かれた魔本に、己に纏わりつく雷撃の残滓を、鈍い咳と共に振り払って。伊月の星のいろの瞳がひよりを振り返る。気にせず戦えと、告げられた言葉は短くて。返事の代わりに小さく頷いた。 「あなたがくれる『永遠』をわたしは望まない。穴も、わたしの仲間もあげないの」 満たされぬばかりの望みの糧になんかならないし、ならせやしない。絶対、此処で退ける。其の声に応える様に、モヨタの刃がウルリケへと叩き付けられた。 ● 全力を込めて。振り抜かれた刃が、残った前衛を弾き飛ばし其の儘プールへと沈める。浅い其処にぐったりと倒れ伏したそれの生死を確認する間もなく、襲い来る刃がリーツェの背を深々と抉る。ぐらり、と傾いだ身体が、それでも刃を離さないと言う様に手を伸ばして。 けれど、運命は笑わない。力を失った身体が其の儘地面へと伏せて。じわり、と滲んだ血が地面を濡らしていく。けれど、そんな仲間を気に掛ける余裕は、やはりリベリスタには残されていなかった。ぎりぎりだ。辛うじて相手よりは多いものの、3人を失った状況は全く以て予断を許さない。 後、一人。一人でも倒れれば、下がらざるを得ない。冷静に分析しながら、ジョンのボウガンが放たれる。気糸は敵の弱点を寸分違わず撃ち抜き、傷付け、その余裕を削り取る。癒し手を折る事が出来たのはまさに僥倖。一進一退の戦況を見極め、その唇が小さく息を吐き出す。 「……余裕は有りません。如何か、一瞬たりとも気を抜かぬよう」 後、一手だ。その一手が足りない。親衛隊は削った。けれどそれでも退く様子を見せないのは、ウルリケが未だ『勝てる』と思っているからだ。ならば。その自信を、砕いてやればいい。枯花の靴が地面を蹴る。僅かに浮き上がった身体。驚いた様に此方を見遣ったウルリケへと。 ぶつけるのはやはり、爆ぜる紫電。同じ色の髪を彩る雷光を、己の持てる全力を、余す事無く刃に乗せた。跳ね返す可能性? 知っている。けれど、それでも惜しみなく。 「――私の刃が齎す結果をこの身で知りたいの。どうぞ跳ね返して。同じ傷を分け合いましょう?」 くすり、と笑う枯花の前で、少女の顔が僅かに歪む。其処にあったのは、僅かばかりの油断だった。己を狙ってこないリベリスタを侮るように、その身を護る筈の障壁は存在せず。そして、跳ね返す為の力はほんの少し前、モヨタへと使ったばかり。 肉を裂く、確かな手ごたえがあった。紅が噴き出す前に焼け焦げて、漂う鉄錆と肉の焼けるにおい。ぐらり、と傾いだ少女が、突き放す様に枯花へとその刃を叩き付ける。虚無の手が己を蝕むのを感じた直後、その意識は容易く途切れる。 宙を舞う力を失い、水中へと落ちかけた身体を咄嗟に受け止めたのは、モヨタの小さな手。忌々しげに裂けた肩口を押さえ此方を睨む少女を、真っ直ぐに見上げた。 「オイラだってリベリスタの端くれだ、まだやるって言うなら、意地でも食い止めてやるぜ!」 彼らの蔑む『劣等』であろうとも。方舟の精鋭達には遠く及ばないのだとしても。それでも。戦えるのならばこの刃を向け続ける。諦める事を知らない真っ直ぐさと覚悟。その瞳を、倒れ伏した仲間を、癒し支える息吹がまた吹き抜ける。 退かなくてはいけなかった。これ以上戦えば、誰かを失いかねなくて。ならばせめてもう一太刀。構えたリベリスタの目前で、けれど血に塗れた少女は踵を返す。3人だけ残った部下に、短く撤退をと告げる声。 「……方舟。覚えておくわ、わたし、欲しくなっちゃった。次は絶対頂戴ね。絶対よ。わたし、わすれないから」 プールの向こう岸へと渡る背を、追うだけの余力はリベリスタに残っていない。ぎりぎりの戦いを辛うじて押し切ったのだ。櫻子の唇から、安堵の吐息が零れ落ちる。けれどまだ、終わらないのだ。これで終わってくれるほど、この戦いは優しくない。 「戻りましょう……私の成したい事を達成するために、前に進むのみですわ……」 華奢な指先が、愛しいひとと自分を繋ぐ銀色をそっと撫でる。夜は未だ明けない。血で濁ったプールの水が、沈まぬ月明かりを弾いてゆらりと揺れる。戦いは熾烈を極め、行く末は未だ知れず。ただ、遠くで聞こえる銃声と爆発音を聞きながら、リベリスタは身体を休める間も無く、立ち上がらねばならなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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