●密林 周囲は芳醇な香りで満ちていた。甘い果樹酒をより深く熟成させたような、生物の本能に訴えかけてくる香りだった。 「こっちこっち、とっても美味しい木の実がなってるの」 鬱蒼と茂る木の間をすり抜け、草をかき分け、案内する少女が足早に歩を進める。 彼女に手を引かれているのはこの近辺で猟業を営む若い男だった。その日も猟銃を携え仕事に赴いていたのだが、何か甘い香りがするかと思えば、いつのまにやら見目愛らしく可憐な少女がそこにいて、こちらに向かって微笑んでいたのだ。 まるで誘うように。男は少女の言うままに足を運んだ。森林の奥で美味しい木の実を見つけたのだが、背が届かないから代わりに採ってほしいとの事で、可愛らしい少女に上目づかいで頼まれればその程度の願いを聞くのは決してやぶさかではない。 それから、結構に歩いて、香りも一層濃厚になり、たどり着いたのは切り立った崖であった。とは言っても落差はそれほど高くはなく、すぐ下にも同じように密林が広がっている。 木の実はどこか? 男は崖の端に立って周囲を眺め、木の実など見つけられなかったから少女へ振り返ろうとした。 「えへ」 少女が無邪気に笑う。それと同時に、男は身体があらぬ方へ傾くのを感じた。 男の顔が途端に青ざめる。耳元で風を切る音と、見る見る遠くなってゆく少女の微笑。 突き落とされたのだ。男が未だにそれを信じられないままで落下していると、しかしその驚愕は、より明確な、しかし目を疑うような恐怖により瞬く間にかき消されてしまった。 自身が間もなく落下するであろう先に、何かの冗談と見まがうほどに巨大な花が咲いていた。葉も茎もなく、地面から直接に大きな花弁を持つ花を広げて、その端々から深緑色の長いツタが何本も伸びている。 誘うようにツタが揺れ、赤黒い模様をした花弁が踊るように蠢いている。そして悲鳴を上げながら落下してきた男に合わせるよう、その花弁が反り返るように開かれた。すると奥に格納されていた、ねっとりとしたよだれの様な消化液が糸を引く顎がそこに展開される。 転落死とは全く別の、圧倒的な死の恐怖に苛まれた男は図らずも、その姿にハエトリソウという食虫植物の存在を連想した。 例えばあれがそうならば、ハエとは、まさしく自分の事ではないか? 「嘘ついてごめんね。でも私、おなかが空いちゃったの」 男の悲鳴が途絶える。特に最後まで見届けることなく、そこいらの切り株に座った少女は舌なめずりをして、自身の腹を撫でながら呟いた。 「よう。今回は植物型のE・ビースト退治だ」 ブリーフィングルームにて将門伸暁(nBNE000006)が腰に手を当てながら声を張る。集められたリべリスタに向ける任務の説明の為である。 「今回の奴はでっけぇ花の怪物。カワイイ女の子の格好をした疑似餌を操って人間を食っちまう。皆はだまされねぇように気を付けろよ」 本体に遠隔操作され、本体そのものの意思を備えている疑似餌は、十代前半の幼く愛らしい少女の格好をとっている。放たれている甘ったるい香りと併せて、効率的に人間を本体まで誘導・捕食するための巧みな変異であることは容易に推測できた。 「E・ビーストの潜む密林に入ったら、向こうから現れる少女についていくか、甘ったるい匂いを辿っていくかは任せる。後者は流石にケモノじみて鼻のいい奴じゃねぇと無理かもしれねぇけどな」 といっても、密林の中ほどまでに至れば自ずと香りは届いてくるだろうし、適当にぶらつくだけでも本体を見つけることはそう難しくはないかもしれない。 まぁ、見つけるだけなら簡単か。最後に将門は鼻を鳴らしながら、E・ビーストらしからぬ狡猾な面について付け加えた。 「さっきも言ったが、E・ビーストを攻撃してその子に泣かれたり謝られても、くれぐれも同情するなよ? カワイイのはわかるがそれはただの疑似餌だ。本体のグロさを見たらそれも消し飛ぶだろうけどよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:toyota | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月05日(金)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 見渡す限り生い茂る木々、鬱蒼とした枝葉で陽の光が届かず、薄暗い密林の中を喜多川・旭(BNE004015) が歩く。 「ね、あなたかわいーねぇ。お名前は? これからどこにいくのー?」 「とってもいいところだよ~、お姉ちゃんもきっと気に入るよっ!」 草をかき分け、いずこかへと誘うように旭の手を引いているのは愛らしい見目をした少女。 任務の為にリべリスタが密林へと潜入したその矢先、どこからか現れた少女が微笑みかけてきて、何の気兼ねもなく旭の手を取ったのだ。 旭が尋ねても、少女は名乗らない。だだ、向かう先はいいところなのだと、それだけ答えていた。 「あれれ? どこか怪我してるの?」 少女の手を握って歩きつつも、前の任務で追った傷をさりげなく庇っていた旭を見て、少女が首を傾げて尋ねてきた。 「うん、ちょっとお仕事でね」 「そっか~お大事に……」 無邪気な笑みとは裏腹に、少女はそっけない返事を返す。そのまま、互いに腹の内を探り合うような心のこもっていない会話を繰り返し、二人は密林の奥へと進んでいった。 「遠隔操作を行う植物……。いや、今更驚くことでもありませんか」 最早あの少女が単なるE・ビーストの疑似餌に過ぎないことは承知済み。密林を進む二人の様子を遠巻きに見つめ、木々の裏に隠れていた鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が冷静な瞳で独白した。このまま本体の位置まで少女に誘導させ、少女もろとも本体であるE・ビーストを討伐する。その為に他のリべリスタメンバーは敢えて少女に手を引かれている旭を、その背後から追跡しつつ見守っているのだ。 「けれど、疑似餌で獲物を誘導し捕食する花とは、本当に食虫植物紛いのE・ビーストですのね、調子の悪い旭さんが心配ですわ」 あばたのすぐ隣の岩陰に潜んでいる二階堂 櫻子(BNE000438) が、自身のネコ耳を少し垂らしながらか細い声で口を開いた。旭は重傷を負っていた、旭の隣で笑っているあの疑似餌自体に戦闘能力は皆無だと聞いてはいるが、それでもエリューション化した生命の不可解さを鑑みれば、決して心配は取り除けなかった。 それでも、旭に危険が差し迫ればすぐに突撃できるよう、各々は身を潜めつつも襲撃の構えをおろそかにしていないのだが。 「さあ、敵の所まで案内頼みましたよ……」 木の枝の上で、波多野 のぞみ(BNE003834) は手をこまねいて、あの蠱惑的な少女がまんまと自分達を本体のところまで招いてくれるその瞬間を待った。 ● 「さぁ、着いたよ、ここがそう……」 少女が手を広げ、楽しげに踊るよう案内したのは、鬱蒼とした草木たちが姿を消した、砂地の切り立った崖。 「ここから見える景色は最高なんだよ。お姉ちゃんももっと近づいて、見てみてよ」 爛漫な笑顔で歯を見せて、手招きをしてくる。対する旭は悩ましげに目をつむって口元だけで笑い、残念そうに見せた表情で口を開いた。 「ごめんね。私たち、実はお仕事でここに来たの」 「?」 旭が放った言葉が分からなくて、少女が首を傾げた、その瞬間。 「きゃあっ!」 少女が頭を抱え、痛々しく悲鳴を上げた。 「どこっ、下にいるのっ!?」 少女は慌てて崖へと振り向いて、本体のある砂地を見下ろすべく、崖へ張り付きその下を覗き込んだ。 砂地には誰もいない、しかし、本体である自分自身……E・ビーストである巨大な花の一部が、どこからか発射された狙撃を被弾して煙を噴いていた。 「可愛らしい見た目の疑似餌を用いて獲物を獲る。植物にしては賢いようだけど、そうと分かっていれば、ひっかかるものでは無いわね」 崖の上から少女が慌てふためいて攻撃の射手を探していれば、今しがた本体や少女から悟られぬ位置にて1¢シュートを放った衣通姫・霧音(BNE004298) が、紅と蒼の瞳で妖艶に微笑みつつ、艶やかな着物の袖を揺らしながら木陰から姿を現す。 少女は唖然としてそれを見つけ、霧音に、そして続々と現れる数名のリべリスタ達に動揺していた、その直後。 「きゃああっ!」 疑似餌である少女の頭上から、一筋の光の矢が注いだ。翼を冠して空を舞うレディ ヘル(BNE004562)が、無垢と無言を貫いたまま、マジックアローにより少女を上空から狙撃したのだ。 「ひどいよぉ、私を枯らす気なの? だましたんだね……?」 光の矢を喰らって人形のように吹き飛んだ少女は、痛みを訴えかける表情でふらふらと立ち上がりつつ悲痛に叫ぶ。目の滴を拭き取り、かと思えば、何の戸惑いもなく崖の上から飛び降りてきた。 然程高くなかったとはいえ、か弱い少女が落下して無事でいられる高さではない。けれども少女は宙で身軽に体勢を整え、本体である巨大で醜悪な花の隣へと見事に着地する。それこそ、少女が決して人間ではない立派な確証となった。 続くように、崖の上にいた旭も飛び降り、リべリスタ達の側にて着地する。少女は悲しげな顔で俯いているが、隣に咲く巨大な花は、猛烈に威嚇するよう棘の生え並ぶ顎を開き、その棘の先から消化液を滴らせていた。 ● 「お願い! 痛いことしないで! 私はここに咲いていたいのっ!」 「いいえ、これまでにどの程度の人たちがその犠牲になったか分かりませんが、もうこれっきりにしましょう」 少女が涙を救って、訴えかけながら歩み寄ってくる。対峙した村上 真琴(BNE002654)は自身の握る魔力槍を振るって少女を牽制しつつ、自身の胸に手を当てて瞑目する。 すれば、周囲に閃光が満ち、構築された防御のオーラが真琴の体を包んだ。 「さぁ皆さん、一気に攻めましょう!」 手を腰にあてがったのぞみがスキルを発現させながら言い放つ。オフェンサードクトリン。のぞみの算出した攻撃への最適化情報を共有することで、一同はさらなる上位の攻撃が可能となる。 「人を惑わして喰らうような、みにくい花なんかに負けないわっ!」 望みの支援を受け、薄緑の髪が宙を舞い、崖の上に潜んでいたルア・ホワイト(BNE001372)が本体の方向に向かって飛び降りる。二対の剣を握り、接近と同時に留まりのない連続する斬撃で、毒々しい色の花弁を次々に斬りつける。 「痛いっ、どうして!? 今まではみんな大人しく私のご飯になってくれたのに!!」 「殿方ならば騙されるのかもしれませんけれど……私たちは正真正銘の女性ですからね」 櫻子が朗らかに微笑みながら、手を広げ、深呼吸の態勢を取る。すれば大気中に残存する魔力が櫻子へと募り、光の粒となって櫻子の中に取り込まれ、次なる一手を繰り出す為の力となった。 「本来は自衛や生存のためのものなんだろうけど……気持ち悪いなぁ」 うねるツタ、赤黒い花弁、そして消化液が糸を引いた顎。話には聞いていたもののE・ビーストの本体をいざ目の当たりにして、旭は気もそぞろで苦い顔をしながらも身構える。かと思えば目にも止まらぬ蹴りを繰り出し、それは虚空を切り裂いて貫通する蹴撃と化して本体を襲った。 食らった本体は、顎から花弁にかけて深い裂け傷を負い、黄緑色の液を噴出している。あれが血液とはいかにも言い難いが、「流血」状態に陥ったのは疑いようがない。 「ひどいよぅ、さっきはかわいいって言ってくれたのに! もう許さないんだからっ!」 本体の隣で少女が頬をむくれさせる。すると、本体に動きがあった。その大きな花弁を蠢かせ、ツタや花弁の表面に浮き出ている葉脈がドクンと脈打った。地にため込んでおいた養分で自身の体力を回復した後、隣にいる少女がにんまりと笑みを強める。一同が警戒を強めた瞬間、本体の開かれた大顎から、爆発するように黄色い粉末が大量に噴出された。 「ぐっ……うう……」 散布された花粉は風を漂って、旭、あばた、ルアへと降り注ぐ。咄嗟に息を止めるも花粉は三人の器官を通り抜け、それぞれダメージと、次第に体力を蝕んでゆく「毒」をあおってしまった。 「……弾込め確認、セーフティロック解除確認」 花粉を吸って喉の詰まる感覚に咳き込みつつも、あばたは銃を構える。自分に攻撃の手が向いているのだと気付いて、怯えている少女のその顔面を狙う。 1¢シュート。無慈悲な射撃が少女の顔面を穿つ。少女は衝撃のままに吹き飛んで、崖に叩きつけられるよう転がっていった。 ● 「何でそんなことするのっ! わたしはただ、ご飯を食べてるだけなのに!」 地に手を突き、ゆらゆらと立ち上がった少女が、吠えかかるように叫んだ。よほど精巧にできているのか、あばたの射撃が被弾した額からは赤い液体が滴っていたが、その愛らしさはいまだ健在だった。 それでも、攻撃の手を緩めないものがいる。 「きゃああっ!」 無慈悲なる一筋の光の矢が、涙ぐむ少女の腹部に突き刺さった。表情に何の色も浮かべないままでマジックアローを放ったレディ ヘルは、次にこなす作業として、仲間の回復のために地上へと降り立つ。 「自らの運命を呪いながら朽ちていくのね。運命は残酷で、不平等なものなのよ」 光の矢が胴に突き刺さったままの少女へ歩み寄り、目の前に立った霧音が低く囁く。少女は懇願の瞳で霧音を見上げていたが、その蠱惑の態度を見ていれば嗜虐的な味がして、霧音はぞくりとした。 カースブリット。霧音の振り下ろす刀が呪いの斬撃を成し、少女に襲い掛かる。 霧音の一撃を受けた少女は吹き飛ばされて地面を転がり、やがて動かなくなる。その体は、やはり疑似餌に過ぎなかったのだろう、少女の皮膚や血が解けるように影と化し、単なる枯れ枝と変化して砂地に付していた。 「さぁ、残るは本体だけ、守りもお任せってね♪」 のぞみが今一度ターゲットを見据えた。自らの疑似餌を討ち取られ、本体である巨大な花は怒りに震えるようにより一層花弁を蠢かせている。葉脈の浮きでたツタで一同、レディ ヘルを打ち据えようと狙ってくる。 しかし、思うようにダメージは通らない。のぞみが今算出したのは防御の駆動効率化。それを共有したレディ ヘルは迅速な防御により、ツタによる攻撃のダメージを軽減できた。 「その痛み、癒しましょう…」 後衛では、櫻子がダメージを負った一同の回復に励む。高位なる存在の意識を櫻子の詠唱にて揺り起こし、その力にて一同に癒しを分け与える。 柔らかい光を帯びれば全員の傷が癒えて行き、ルアを蝕んでいた毒を浄化した。 「ありがとう櫻子さんっ! 私負けないわ!」 櫻子にほほ笑んで礼を言うと、二対の剣を握ってルアが駆動する、迎撃するツタをかいくぐり、本体へと接近。目にも止まらぬ速度で巨大な花弁を複数切りつける。 「これ以上、一般人を捕獲するのは許しません!」 真琴が勇ましく言い切って、はるか上空目掛けて槍を掲げる。すれば神罰のごとき圧力が巨大な花へと一撃を落とす。神聖な圧力に押しつぶされ、巨大化はくたびれたようにその動きを弱めた。 E・ビーストの分体であった少女がいなくなった以上その表情は汲み取りようがないが、痛みにあえぎ、悶絶しているのは明確であった。 「目障りな疑似餌も消えたし、そろそろ止めと行きましょうか?」 常に構えていた銃を下げて、あばたが手を掲げる。 トラップネスト。かろうじて目に見えるほどの、だがその繊細な見目に反して強靭な光の気糸がE・ビーストの傷だらけの花弁を一纏めにするよう絡みつき、その動きを封じこむ。 「よーっし、決めちゃうよっ!」 動きの鈍ったE・ビーストを見て、追撃の好機と旭が駆けだす。間もなく敵を殴打せんと勢い良く振りかぶった腕に赤い閃光がほとばしる。E・ビーストへと届くころには旭の腕は灼熱の業火に包まれており、薙ぎ払うように炎を浴びせかける。 巨大な花弁やツタが、旭の炎の奔流を受けて炎上する。旭は腕を振るい、熱気が頬を撫でる感触を味わいながら、この燃え盛る醜悪な花に止めをくれてやる仲間の影を見つめた。 「綺麗な花には棘がある。貴方の場合、綺麗なのは疑似餌だけで、花は結構な見た目だけれど」 霧音がそっと呟き、握った刀を構えて全神経を集中させる。すればその刀身に帯びた黒い影が鋭利な形状と化し、発射された暗黒色の魔弾が、巨大化の顎の中央をえぐりぬくように貫いた。 「『花』と称せるのはあなただけではないのよ?」 技を放った霧音は、その結末を視認するまでもなくひらりと背を向ける。静かに髪をさする霧音の背後で、大穴を開けた巨大花があえなく崩れ落ちた。 微弱だが、また崩界へのフェイズが進むか。 飛翔し、密林を見渡しながらそれらを憂うこともなく睥睨する。戦闘は終了し、レディ ヘルが瞑目した後、翼を休めに何処かへ飛び立っていった。 「すっかり砂地になっちゃってるんだ……けど、きっと元に戻るよね?」 「元に戻るとよいのですけど……」 足元の砂を一救いして、指の隙間から零れ落ちる砂を憂いながら旭が呟くと、櫻子が服の汚れを払いながら答えた。 「……被害者の方の遺品などは、残っていないようですね」 一同が帰路につく準備をしている最中、今しがた討伐したE・ビーストの死骸に目を這わせていた真琴の背中に、のぞみが言葉を投げかける。 「被害者の方、どうぞご冥福をお祈りします」 燃え屑となったE・ビーストを見つめ、その幾人ともしれない被害者に手向け、真琴が頭を下げた後、一同は帰路についた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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