● 身体がバラバラに砕け散っていく。 血潮が乾いた地面にヴァーミリオンをばら撒いていた。 続いて響くのはヴァンダイク・ブラウンの空薬莢が落ちていく鈍い音色。 薄ぼやけた視界の中に微かに見えたのは人の手だ。 誰のものかはすぐに分かる。 間違え様がない。 オルドヌング家に伝わるフリッツファングを扱えるのは長兄であるギルハルトだけで。 その自装式誘導弾の刻印を纏った右手が自分の目の前に差し出されているのだから。 この手が意味するのは、己が敵対勢力に敗北したことを示していた。 普段は高慢な態度を取るギルハルトを、心の底で見下していた自分。 妾腹の長兄を他の一族と同じように疎ましく思っていたのだ。 「立て、ルートガー! 倒れる事を許してはいない!」 フリッツファングを盾に敵の爆撃をかわしながら弟である自分に命令を下す兄。 指揮官としての能力は叶うはずも無かったのだ。 その後の事は記憶に留まっていない。 ただ、自分に対する憤りと兄に対する含羞の念の中、夥しい血の海を突き進んだのを身体が覚えていた。 航空機の微かな振動から目を覚ましたルートガー・オルドヌングは眼下広がる街の灯りをネルソン・ブルーの瞳で見つめている。 「どうされましたか? 兄上。顔色が少し悪いようです」 装甲武装ギガントフレームのルートガーの顔を心配そうに覗きこんでいたのは、彼のすぐ下の弟であるヴォルフ・オルドヌングだった。 同じ瞳の色が向き合い交差する。 「いや、大丈夫だ。心配ない。それより、兄さ……ギルハルト少尉はどこに」 「……只今、ギルハルト少尉は各小隊長への細かな指示と激励をされているようです」 少し幼さの残るヴォルフの整った顔が一瞬だけ歪んだが、何事も無かったかのように事務的な口調で指揮官の所在を伝える。 「そうか。なら、私はアーティファクトの最終調整を行おう」 鉄十字の紋章が描かれたオフブラックの布を開放するルートガー。 日本の軍需産業に大きな力を持つ大田剛伝が寄越したそれはA-1869という名を与えられた自走式戦車だった。 「兄上が使うには些か貧弱ではありませんか? もっと強靭な装甲で固めた方がいいのでは」 「いや、これぐらいの大きさの方が馴染む」 愛馬を撫でるようにアーティファクトに手を置いて、自身のギガントフレームに新型兵器を直接続を開始する。 兵器はルートガーに流れるヴァーミリオンの血潮を感知し細かく結合していく。 「何度見ても美しい光景です」 末弟は絹の様な白い光に包まれていく兄を誇らしげな表情で見つめていた。 「ギルハルト少尉には負けるがな」 「そんなことありません! 兄上の方が少尉よりもあらゆる面で強靭ではありませんか。なぜ、兄上がこのような虐げを受けなければならないのでしょうか、あんな、妾腹の」 「ヴォルフ」 感情を抑えきれず声を荒らげた末弟をルートガーは声を一層低くして諫める。 「し、失礼しました」 「まだ、そのような事を考えているのか? ギルハルト少尉は先代が認めたフリッツファングの継承者。そして、高貴なるアーリア・オルドヌング家の長兄だぞ。口を慎め」 厳しく重い口調でヴォルフに諭していく兄。 「っ……、失言でした」 ネルソン・ブルーの瞳を落とし俯く青年。 「私も新型兵器の調整に行ってまいります」 バツの悪そうな顔を残し武器庫の奥へと消えて行く末弟を見送るルートガー。 「俺もそんな時期があっただろうか」 「そうだな、口には出さなかったが昔は反抗的な目つきをしていたな」 「兄さ……! 少尉、いつの間に戻られていたのですか?」 振り返った先には長兄ギルハルトがアクア・グレイの瞳で口の端を上げていた。 「ま、気にするな。それより、本作戦の最終確認を行う」 「……我々の目的は!」 「アーク管轄下三ツ池公園の制圧!」 「我々の尊厳と名誉の為!」 「この胸に偉大なる爪が刻まれている限り決して屈さぬ精神を!」 「よろしい! ならば行こう! このフリッツファングの威光にかけて!」 ● じとり。 雨季特有のまとわり付く空気が空調の効いたブリーフィングルームの中にまで侵食してきているようだ。 湿気だけではない嫌な汗が『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)の背を流れる。 「親衛隊が、動き出しました」 海色の瞳がリベリスタに向けられ、より一層の深刻さが伝わってきた。 各地で起こっていた親衛隊の『狩り』の裏で手を引いていたのは日本の軍需産業に大きな力を持つ大田剛伝という人物だと言う事は知っての通りだろう。 主流七派との争いを上手くかわし、アークにのみ向けられた一点攻撃はリベリスタを苦しめる形となったのだ。 そして、逆凪の首領・黒覇の夕食会に出席したリベリスタにもたらされた衝撃の事実。 『一般人にも扱える革醒兵器の量産』 それが引き起こす事態は悲惨なものになるだろう。 リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターが思い描く理想はそれだけにとどまらず。 革醒兵器の量産を引き金に『ミリタリーバランスの破壊による第三次世界大戦の誘発』が真の目的なのだという。 目的を達成するために彼等が狙いを付けたのが神秘的特異点である『穴』。 三ツ池公園の閉じない穴の確保だった。 親衛隊が『狩り』を行なっていたのはアークの実力を測るためだろう。 「アークのウィークポイント、最前線に立つ方達に頼りがちな戦闘構成を親衛隊は知ってしまいました」 七派の首領が前に出てくるという偶然の好機に行動を開始するのだという。 「それは……どういう事だ?」 「今、現在のアークの精鋭以外を親衛隊の戦線に加える事は無駄に命を散らすということです。それだけ彼等の力は大きいのです」 首領事件の対応に向かった精鋭は親衛隊と対峙する戦力には加えられないと言う事も、イングリッシュフローライトの髪を揺らし丁寧に説明していくフォーチュナ。 「ですから、皆さんには親衛隊に対抗する戦線に入って頂きたいです」 今回の作戦を重要なものと位置づけた親衛隊との苛烈な戦いになるのは容易に知れるだろう。 それでも、ここを守らねば世界が戦争によって塗りつぶされる。 忌避すべき『完全な秩序の破壊』は阻止しなければならないのだから。 「厳しい戦いです。気をつけて下さい。―――よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げてフォーチュナはリベリスタを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月01日(月)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●赤 燃える赤。 好きな色は赤。嫌いな色も赤。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の腕から放たれた折り重なる拳の焔は、チャコール・グレイの黒髪の間で揺らめいていた。 「絶対止めるよ」 こんなやり方する以上、ろくな事じゃないのはわたしにだって分かるもん。 緋色のグローブに刺繍されたのと同じペール・ホワイトの羽根が旭の背中に現れる。 純白のドレスと相まって御使いの様。 「みんなにつばさをさずけるのっ!!」 『わんだふるさぽーたー!』テテロ ミーノ(BNE000011)のリュネットがキラリと光っていた。 ポンパドール・ピンクのツインテールがふわふわとゆれてナカマにツバサをあたえていく。 戦場は既に開始されており、旭の攻撃が届く頃には敵の指揮官と兵長、軽戦士達はその身を戦闘態勢へと移行していた。 「戦争なんて起こさせない」 戦うことを嫌うのは『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)だ。 しかし、戦わずに逃げれば後は名も無き人々が凄惨な地獄に落とされるだけ。もっと多くの犠牲が出るだけ。 彼女のジェイド・ブルーの瞳と同じ魔法の矢が先行していた敵の親衛隊に飛来する。 「はじめまして。軍の方とお話できる機会は嬉しいけれど……今すぐ帰ってもらわなきゃ、なのよね」 兵器は人を守るために。 命を奪う為だけに使っちゃダメだよ。悲劇を止めるため、あひる達は、戦わなきゃ。 そう思えばこそ、先手は攻撃に打って出る。 怖いけど、怯えていたら守れるものも守れない。 顔の中央に走る傷は家族を守れなかった戒め。小さかったのが理由になんてならない。 だから、ヒスイの翼を広げて立ち向かうのだ。 「ドイツの三兄弟なんて、おいしい設定だから、こんなところで出会いたくはなかったね」 「うんうん、兄弟って良いですよねー。きっと強い絆で結ばれてるんだろうなー」 それぞれの思考で会話するのは『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)と『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他だった。 先駆する軽戦士の行く手を阻むように前へ出た壱也。 「さて、わたしの相手をしてもらおっかな」 ここを通すわけには行かないから。何人たりとも、絶対にね。 向かって右にある八重歯がピカリ。 本来なら金髪碧眼の美青年達の群れならば、彼女の内に宿るベルゼバブが爆裂ブーストするのであろうが、ここは戦場。 そんなことを考えている余裕など有りはしない……はず。 あ、今ちょっと横目で掛け算した。 それを打ち消すように宿すのは破壊神の戦気。 茜色の強き意志を壱也が放つのと同時に那由他はグラファイトの黒を纏う。 シュネーの白いドレスに闇の装甲と外套が覆いかぶさって行く。 「強い絆を黒く染めるのって楽しそうですよね……ふふ」 くすくす。 嘲笑いながら戦場の闇へと溶けこんだ那由他。 「黒き死を撒き散らすに相応しい場所は何処か、じっくりと選びませんとねー」 壱也の横をすり抜けようとしていた軽戦士をその場に押しとどめたのは、モミザ・ゴールドの髪をした『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)。 『穴』がある以上、平穏で居られないのは仕方ないにしても…… よくよく大規模な戦場になるものですね、この公園も。 幾度の戦いをこの公園でしただろうか。 敵味方合わせて散った命は幾らになるだろうか。 「隙と見ての攻勢でしょうが……舐められたものですね」 冷ややかなムーンシャイン・ブルーの瞳を目の前の敵に、その先にいる指揮官に向ける。 ユーディスの騎士槍がハイドレンジア・ブルーに瞬いた。 突き刺さる敵の血飛沫が彼女の白い頬に朱を散らす。 ●黒 荘厳の黒。 戦場に君臨する牙を持つ者。 「はじめまして。挨拶をしてくれた可愛いお嬢さん。……私も軍務なので帰れと言われて帰る訳にもいかないんだよ」 にこりと敵陣営の指揮官、親衛隊少尉ギルハルトがあひるに微笑みかける。 それは、獲物を追い詰める猛獣の笑い。 捲り上げた腕の文様が鋭い光を放った。 ―――弾丸の如く穿つ牙。 気づいた瞬間には、リベリスタの最後衛に居たあひるが鮮烈な爆撃によって貫かれていた。 痛烈な黒い牙に苛まれたあひるは盛大にヴァーミリオンをぶち撒ける。 「……ぅ、―――っ」 地面に広がる血の上に翡翠の羽がハラハラと落ち、赤黒く染まっていった。 一瞬の動揺。 計り知れない威力の誘導弾が仲間に打ち込まれたのだ。 まだ、息はあるにしても一寸先は分からない。 急速に背筋が凍る。 そこを見逃さない灰狼ヴォルフは狡猾な笑みと共にリベリスタへと気糸を仕掛けた。 「っ!!」 灰の糸で執拗に狙われたのは軽戦士を相手取っていた旭と壱也、ユーディス。 追い打ちを掛けるように目の前の兵士が3人に剣を突き立てる。 無傷ではいられない攻撃を受けながら旭は叫けんだ。 「私達はまだ大丈夫! それより……」 「任せて下さい」 旭の声に応えたのは『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)。 シュプリームのグリモワールを手にあひるの傷を急速に癒していく。 しかし、それでも尚彼女の体力はレッドゾーンを脱したほどしか残っていない。 「ルートガー、追撃を」 無慈悲に。 的確に。 容赦などありはしない。 神聖なる白の雷が自走式戦車に接続されているルートガーから放たれる。 この戦場で最大の火力が鉄槌を下ろした。 翡翠色のフェイトがチリチリとあひるの周りを覆っている。 「……守って帰るって、約束したから」 こんな所で屈してはいけない。帰りを待つ人達が、沢山いる。 誰よりも大切で優しい彼も、獅子の羽音も、流星の鷹も。皆待ってる。 ―――絶対に、皆と生きて帰から! 「みんなっす~~~~~~っごいたいへんだけどっだいじょーぶっ! ぜったいにうまくいくのっ!!」 自身もあひると同様に攻撃を受けながらもミーノは回復に全力を注ぐ。 彼女が居るだけで陰鬱な戦場が少し明るい色味を増すのだ。 前衛の体力が全快していく。 旭のキャンパス・グリーンの瞳に映るのは茜色のグローブから放たれた焔。 唸りをあげながらスカーレットの炎が揺らめいて名も無き兵の肩を焦がす。 もう一撃加えたい所だが、それでは続く死に至る黒の病に巻き込まれてしまう。 トッ。 旭が跳躍した場所ギリギリにダーク・ヴァイオレットの境界が現れた。 小さなディメンションホールから出ルのは死病のダークネス。 「はい今晩は、はじめまして、さようなら親衛隊の皆さん。可愛い子が大好きな那由他です」 血潮を犠牲に。三日月の唇を闇に浮かべてグラファイトの黒は嗤う。 飲み込まれたのはデュランダル2人。 軽戦士達を攻撃しようとすれば仲間を巻き込むのは必然。殲滅力が下がってもそれは仲間を巻き込まない為に致し方がない。 壱也の誕生花のアザレアで染めたような赤いリボンが剣気によって翻った。 叩きつける茜色の大剣は一人の軽戦士の胴を肩口から腰までズタズタに切り裂き、内臓を地面に撒き散らす。 事切れる寸前想ったのは祖国に残した家族の事だった。 「向こうで待っていてくれ、友よ」 名も無き暗殺者の口から漏れた言葉は冷静さの中に隠した悲しみ。 3人の暗殺者が前衛を縛り付ける様に気糸を這わす。 絡め取られた糸に壱也と旭の身体が締め上げられた。 纏わり付く糸に目もくれず、目の前の軽戦士に槍を突き立てるユーディス。 白にも黒にも染まり切れない灰の孤狼。 ナイトクリークに混ざって遊撃しているヴォルフを見つめ男は想う。 実に狩り甲斐がある。今宵の獲物は貴方としましょう。 歩く度、蛇が這い出る様な錯覚さえ覚えるカソックを身に纏った神秘探求同盟第零位・愚者の座 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が口の端を上げた。 黒一色で染め上げられた禁書を片手に突き出す手は砂塵を孕んだ熱を起こさせる。 敵陣営に飛来する砂嵐は名も無き兵達をエンバー・ラストの赤に巻き込んだ。 「では、神秘探求を始めよう」 ●白 戦況は一進一退。 既に軽戦士は地に伏せ、親衛隊の攻撃により、あひるが戦闘不能に陥っていた。 ギルハルトの指揮は冷静で的確であり、容赦のない攻撃を防御の薄い後衛へと繰り出すのだ。 「ルートガー、前へ」 軽戦士達の穴を埋めるように、最大火力を前に押し出してきた指揮官。 自走式戦車の装甲を携え迫る巨躯を壱也は後衛に近づけさせまいと遮る。 「おいしいヴルストのお店に案内してほしかったよ。敵じゃなければ、ね」 でもわたしちょっと馬鹿な方が好みだけど……。 「あんたは強いね、でもわたしの方がもっと強い。それ、壊してあげる」 「ははは、あまり自惚れないほうが良いな。アーリア人ではないお嬢さんより私の弟が劣っているだって?」 心底可笑しそうにアクア・グレイの瞳を細める指揮官。 しかし、安い挑発に乗る程、阿呆ではない。 「攻撃対象、後衛固定」 冷たい瞳で壱也(めのまえのてき)を“無視しろ”と言い放ったのだ。 ハイリヒヴァイスの雷が壱也の横顔をすり抜けて、後衛へと轟音を放つ。 ポンパドール・ピンクのツインテールがその場に倒れこんだ。 けれど、彼女は…… 「ミーノはわんだふるなさぽーたーだからっ……さいごのさいごのさいごまでみんなをおーえんしないといけないからっ」 「―――だからねてられないのっ!!!」 ミーノのレネット・グリーンの瞳がフェイトを燃やして輝きを増す。 彼女の声に応えるように偉大なる気高き者からの恩恵がリベリスタを包んだ。 旭のドレスから垣間見える白い足が、虚空を斬り裂き戦士と暗殺者を貫く。 後衛から攻撃していたナイトクリークが前衛へと繰り出してきていたのだ。 那由他の攻撃は諸刃の剣。 敵の多い所は味方が存在する。 常に動く戦場で仲間の居ない位置を狙って打つのは困難を極めた。 ――― ―― 戦況を見計らって、狡猾な灰狼がリベリスタの内陣へと食い込んだ。 狙いは、ギルハルトが指示したミーノではなくイスカリオテ。 迎え撃つ彼も待っていたように、ヴォルフにだけ聞こえるような声で『毒』を放つ。 「兵長。良かったのですか前線に出て」 クリムゾンの瞳が底知れぬ闇を灰狼に流しこむ。 「ルートガー軍曹は優秀な軍人だそうですね。貴家の御当主も、比較されさぞ大変でしょう」 「何を……」 獲物をゆっくりと絞め殺す大蛇の様に。 「ですが戦場では誰が死のうと必然でしかない。まあ極東の劣等などに葬られたとあらば、その名声は絶望的ですが」 間近に迫るイスカリオテのクリムゾンの瞳がヴォルフから外れ、クロスイージスに庇われていたルートガーへと向けられた。 愚者の座が嘲笑う様にヴォルフの最愛の兄ルートガーへと銀の気糸を放つ。 「御当主はさぞ“念入りに”弟君を守られるでしょうね」 それは次兄に通る事無く、クロスイージスが肩代わりした。 「貴様ァ!!!!」 目の前でルートガーを攻撃されたヴォルフは激昂し、それに呼応するように何十もの自掃式機関銃が空に浮かぶ。 繰り出される灰の連弾にイスカリオテが地に膝を折った。 ―― ――― 敵兵が命を散らす度に、こちらの戦力も減っていく。 執拗に狙われたミーノが倒れると、最前線で最も攻撃を受けた旭も純白のドレスを血に染めた。 ルートガーをかばい続けたクロスイージス1人とデュランダル2人が倒れている。 閉じぬ穴があるためにこの公園は幾度戦火に晒され、そしてこの先もきっと……。 麻衣は回復の手を休めず想った。 ここをバロックナイツに渡すわけにはいかないのだと。 なぜなら、この場所はラ・ル・カーナの友人たちとの繋ぐ架け橋でもあるから。 「何があっても、ここは渡しません!」 小さな身体に大きな志をもって、彼女は仲間に癒しの手を差し伸べる。 いつか、空高く飛びたいのだと願いながら。 「――こんな遠い地にまで来て死ぬのが貴方達の名誉なのですか、親衛隊」 投げかける声はユーディスのもの。 「何時如何なる時でも全力で戦わずして、何に誇れるのだ? 今、先ほど死んだ兵は何の誇りも持たずに居たとでも思うのか?」 ギルハルトの言葉に、スゥと心が冷えていくのを感じたユーディス。 分かり合う事など出来はしないのだと。 理解に時間を掛ける事が無駄であると。 手にした槍がハイドレンジア・ブルーに輝き護りを失ったルートガーの装甲に初めて傷を付けた。 このユーディスの一撃により、戦況が動いていく。 ●灰 何故、極東の猿共に兄上は攻撃を受けているのだ。 何故、崇高なるアーリア人の兄上の美しいアーティファクトを汚されなければならない。 正妻の子である兄上に不足などありはしない。 それがまかり通っているとするならば、それは兄上のミスではない。 全ての原因は妾腹の長兄ギルハルトの采配が悪いからではないのか。 疑心。蛇毒。 『戦場は誰が死のうと必然』 目の前の黒きカソックを身にまとったイスカリオテが放った言葉が木霊する。 ――私なんかの相手をしていて良いのですか? このままだと私達は貴方の大切な兄君を殺してしまいますよ? そう、心に入り込んで来る闇にヴォルフは背筋に汗が伝うのを感じた。 「ギルハルト少尉! ルートガー軍曹は我々にとって有益な人材です。それを無残に散らせるというのは如何なものでしょうか!」 いくら、心の中や本人の居ない場所で陰口を叩こうとも、長兄で「少尉」であるギルハルトに逆らう事は許されていない。 孤高の灰狼の初めての進言。 けれど、何よりも大切なルートガーを失う事を考えればその様な瑣末な事はどうでもよくなった。 もし、万が一。 ギルハルトが兄を庇って戦士したのならば。 否、溺愛するルートガーの為に長兄はその身を敵の中に滑りこませるはず。 ニヤリと、口元が不自然に歪む。 それはヴォルフのものでありイスカリオテの笑みでもあった。 隙が存在するのだとすれば、不信を煽る事が効果的で。 その感情の振り幅が大きいのは兄弟の中で一番若いヴォルフであろう。 駒を手の平で転がすように、イスカリオテは上手くヴォルフの心に毒を差し込んだ。 敵から受けた攻撃を麻衣が静かに癒していく。 それを上回る破壊力に襲われるも、一人残った回復役が倒れる訳にはいかなかった。 仲間の背中を預かるからこそ、白衣をどす黒く染めて尚、グリモワールを離さない。 どちらが先に倒れるか。 これ以上戦闘不能者を出せば、リベリスタの撤退になるだろう。 4人目を出すわけにはいかない。 麻衣の唇が一文字に引き結ばれた。 くすくす。 グラファイトの黒がエメラルドグリーンの瞳で黒死をばらまいていく。 誰にも庇われて居なかったホーリーメイガスとマグメイガスを飲み込んで、染め上げる。 真っ黒の黒鉛の様に、ダークネスに蝕まれていった。 「黒き死がたくさん見れて私は満足です」 那由他の緑の瞳は笑っていないのに、口元だけが笑みを作る。 さらさらとウィスタリアの髪が夜の湿気を帯びた風に流れていった。 「わたしたちは、個の心の強さと、団の絆の強さを持ってる」 アザレアの瞳が強気な意志を大剣に込める。 「だから強い! あんたたちに負けたりはしない!!!」 壱也は振りかぶって、ルートガーへと渾身の一撃を叩き込んだ。 それを正面から受けたのは自走式戦車をリンクさせたルートガーではない。 フリッツファングを盾にした指揮官ギルハルトだった。 「少尉……!」 続くユーディスの槍はギルハルトの肩口を深々と突き刺す。 ―――よし、そのまま殺してしまえ! これで名実共に兄上がオルドヌング家の当主になれる! ヴォルフは心の中で叫んだ。 月光に照らされた石畳を染め上げるのはカーディナルレッド。 リベリスタ達が放つ、ルートガーを狙ったはずの攻撃は、次々にギルハルトの胸板を穿つ。 「ルートガー……帰ったら話が、ある」 「兄上!!!」 抱きとめたルートガーの叫びに、触れる指先だけが答えた。 途端、ギルハルトの黒の文様が消失する。 それはフリッツファング継承の証。 ここまで計算通り。そうほくそ笑んだのはヴォルフか、それともイスカリオテか。 狡猾を身の上とするヴォルフのこと。指揮官(ギルハルト)の戦死と、戦況の劣勢は理解出来ている。 このまま戦闘を継続すれば、リベリスタ達は攻撃の矛先をルートガーに移すのだろう。 それでは計略は崩れてしまう。 ならば、今、生じたチャンスを活用するには―― 「逃がしませんよ」 響く。声。 目の前には原罪の蛇。 「貴方は“護らない事を選んだ”のだから」 見透かすような蛇の笑み。風に靡くファンタムシルバー。 その意味。二つの螺旋が鎌首を擡げる。 ヴォルフはギルハルトを見殺しにした。護らなかった。 それは―――ルートガーを護らなかったことによって、である。 今、そのツケが訪れようとしていた。 隙もなく。ヴォルフが眼前に立ちふさがったまま、イスカリオテはエンバー・ラストの赤を放つ。 その矛先はルートガーであり、またヴォルフでもある。 視線を合わせ続けることは出来なかった。 灼熱の砂がヴォルフの背を。無様な敗残兵の背を彩る。 「まあ、いいでしょう」 リベリスタ達の疲労は色濃い。これ以上の深追いは禁物だ。勝利した以上、理由などなんでもいい。彼の興味はそこにはなかった。 「だいたい、覚えましたから――」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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