● 「狩りをしたことはあって?」 黒い親衛隊の制服に身を包む女が笑う。 彼女が指揮官なのだろう。旗下兵力の視線は、彼女の瞳に注がれたまま微動だにしない。 誰もが纏うシンボルは忌まわしき鉤十字。 「恨めしくてよ。私、したことは御座いませんもの」 彼女は唇を尖らせ、さも切なげに俯いてみせる。 その細身の体はおおよそ軍人には見えない。時代掛かった装備に衣服は、現代日本においては映画か演劇の一幕にしか見えない。だが、だからこそと言うべきか。その存在はかの悪夢の亡霊――親衛隊に相応しいとも言えた。 彼女等は親衛隊による『アーク狩り』に出遅れた部隊なのだろう。ならばこれまで何をしていたのだろうか。 「テレジアさんがおかんむりだ」「Jawohl!」 巨大な大砲のような物体、その砲身に腰をおろす、これまた矢張り黒服の女が声を張り上げる。 「おめえら、わかってんだろうな?」「Jawohl!!」 負けじと続く兵達の唱和は了承を意味する。 「戦争だ!」「Jawohl!!!」 兵達の隊列はどこまでも整然としている。一糸乱れぬとはこのことか。 これとて戦闘を前にした鼓舞に過ぎぬのであろうが、その統率の高さはそこかしこに垣間見えている。 「あの猿共の玩具を、使い物にするのに時間がかかっちまったが」 一頻り叫び終えた後、女――ヴィルヘルミナ・アーデライン兵長は部下達にじろりと一瞥をくれた。 「兵長。お待ちなさい」 「あ?」 顎をあげるヴィルヘルミナの言葉を、テレジアが正す。 「彼等はかつての旧友にして極東のアーリア人とも言える優秀な民族、そのご子息方――」 故に。 敬意を持って。 「戦うのよ!」 兵達の只中で唯一人、巨大な剣を冗談のように振りかざすオティーリエ・アーデライン上等兵が声を張り上げる。 「Jawohl!!」 「叩きのめすのよ!」 「「Jawohl!!!!!」」 「ブチ殺すのよ!」 「「「Jawohl!!!!!!!!」」」 三姉妹の長女。テレジア・アーデライン少尉は艶やかな唇を結び、微笑む。 その心中。極東のアーリア人とは。あくまで『極東(猿共)の中では』という分類に過ぎないのだと述べて。 ● 「親衛隊が、動き出しました」 述べた『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)の言葉に総勢、息を飲む。 背筋に冷たいものを感じるのは、空調のせいだけではない。 「目的は、三ツ池公園の制圧、か」 逆凪からもたらされた情報とアーク本部の分析に寄ると、またまた、あの公園に波乱が起こるのだと言う。 「また、なんたってあんな公園を――」 リベリスタは一応述べてはみるものの、理由など分かりきっている。 その呟きは、単にうんざりする心境の吐露に他ならなかった。 要するに、かの親衛隊が保有する『革醒新兵器』とやらを強化する為には、神秘的特異点である『穴』が欲しいのだろう。 そしてその後の狙いは―― まさか『偉大なるチョビ髭の伍長閣下』に殉じているだけではないのだろう。 予言めいた逆凪黒覇の弁によれば、理想と現実を突き詰める現代の亡霊達は、存外に冷静らしいと言う話だ。 ともあれ、今はそこにかまけては居られない。 時計の針を逆回しにする亡霊を看過する訳にはいかないのだ。 エスターテが次の資料をモニタ上に広げる。 「これまで、親衛隊はアークとの交戦により、私達の戦闘能力や特性を把握、分析しているようです」 「なるほど」 更には――エスターテが言葉を続ける。 親衛隊はおそらく外部――主流七派のいずれかだろう――から、ある程度の情報を受け取っているらしい。 アークという組織の脆弱性は、『エース』に頼りがちなことだ。 彼等は今回主流七派の首領が姿を見せた絶好の機会に、作戦を決行したのだと言う。 この作戦は彼等にとって、よほど重要な位置づけなのだろう。ならば戦いの質とてこれまでのような『狩り』とは違ってくるはずだ。 それにリヒャルトとの交戦レポートを確認する限り、アークの予備戦力をぶつける訳にもいかない。 首領事件の対応に向かった戦力が当てに出来ない以上、それ以外の残存兵力でことに当たるしかないのだ。 「他にもどうやら、親衛隊はフォーチュナからの情報までも保有しているようです」 それはつまり、迎撃にあたるアーク戦力の具体的情報を把握している可能性もあるということだ。 敵が持つ未来予知の力は万華鏡と比較すれば不確実であろうが、しかし明確な脅威と言える。 とはいえ、それはこちらも同じこと。 リベリスタ達の眼前にあるモニタに表示される敵戦力の状況は、万華鏡の力もあって詳細だ。 「相手が裏を読むのなら――」 エスターテは俯きながら、静謐を湛えるエメラルドの瞳を上げる。 「裏の裏をかくだけです」 なるほど、単純明快だ。予知されると言うならば、それを予知するまでのことである。 軍略に聡いであろう敵の事、事前の策に固執し続けるとは考えづらいが、最悪でも一手は稼げるだろう。 ならば後は細部を詰めるだけだ。 「敵は、隊全体としての機動力は、遅いと思われます」 「こりゃまた、けったいなモノを」 リベリスタとて皮肉の一つもこぼしたくなる。資料に示されたのは、どでかい大砲のような兵器だ。確かに、その運搬には、さぞ骨が折れることだろう。その上それは―― 「60センチ自走臼砲『カール』と呼ばれる兵器です」 それはWW2下ドイツにおける遺物のようなものだ。 「過去の亡霊(そんなモン)が、どれほど役に立つのかね?」 確かにそら恐ろしい外見ではあるのだが。 「おそらく、基本となるモデルを大田重工が製作し、それを親衛隊が独自に改造していると思われます」 時代錯誤甚だしく見える兵器だが、実際には現代の科学、そして神秘の力の結集ということだ。 「なあ、エスターテ」 だが兎も角、一つだけ。それより何より重要なことがある。 「はい」 静かに頷く桃色の髪の少女に、リベリスタは素朴な問いを投げかけた。 「連中は『エース』が出払ってるって、思ってやがんだろ?」 質問の意図に気づいたのか、少女はほんの少しだけ微笑んだ。 リベリスタ達はずいぶん馬鹿にされたものである。腹立たしいのを通り越して、呆れるばかりだ。 不利な戦況には違いない。厳しい戦いでもあるのだろう。 それでも唯一つ、どうしても譲れない点がある。 なぜならば、この戦場へ出撃するリベリスタも、アークが誇る『エース』に他ならないのだから―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月01日(月)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ここ横浜に位置する三ツ池公園は曰くの土地だ。 現在は日本神秘界八柱が一つ。アークの手によって管理されている。 曲がりなりにも要塞等と呼べるのは公園の中枢だけかもしれないが、そうでなくとも管理された領域というものは、守るに易く、攻めるに難いのが常である。 「ふむ、今度の相手は迫撃砲ですか」 リベリスタ達。呟く『射的王』百舌鳥 九十九(BNE001407)の眼差しの先にあるのは、自走機能を有する巨大な迫撃砲である。 その見た目は第二次世界大戦下のドイツが開発した兵器に酷似している。アーク本部の調査によれば、扱う親衛隊も同様の呼称を用いているようだ。 兎も角、敵もさるもの。攻め難いのであれば突破口を開くべしとでも考えたのか。今リベリスタに向けられているのはその巨大な砲口であった。 本来の用途を考えるのであれば、まかりまちがっても人間を相手に打ち込む為の兵器ではない筈だが…… そんな様子にも九十九が怯む様子はない。 「女だてらに『物騒』なモノを持ちだしますのう」 敵指揮官と思しき女性――テレジア・アーデライン少尉は、何事か指令を飛ばした様子を見せるた。直後。敵味方双方が力を開放する中、戦場の中間地点へ向けて単身一気に踏み込んでくる。 「『武装』だけに『物騒』……くっくっ」 ふべっ! 九十九が喉の奥で笑い続けることは困難だった。テレジア放たれる一撃アブソリュート・ゼロが九十九の身体を貫いた。 恐らくテレジアの狙いは後衛アタッカーである。攻撃主体で癒し手を欠く布陣なら脆い場所はどこか。一般的には後衛ジョブである『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)、そして九十九であろうと推測出来る。この時ラヴィアンは『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の背後に隠れていたから、敵のターゲットは九十九となったのであろう。アーク本部の情報からも、敵はどうやらリベリスタ達の『ジョブ構成』に従って最初の作戦を立てているらしい。 並の後衛であれば一度で打ち倒されても致し方ない程の苛烈な一撃だったが、親衛隊には二つの誤算があった。 一つ。七派首領の行動にアークのエースが掛かりきりになっており、これほど強力なユニットが居るとは考えて居なかったこと。もう一つ、九十九が一般的な性能傾向のスターサジタリーではなかったこと。 「面白くなかったですかな」 折角の駄洒落を台無しにされた九十九だが、所詮は初撃。運命を従えるでもなく戦場に立っている。その様子にテレジアは瞳を細めた。これは予定の内か外か。リベリスタには分からぬなれど次の策を練っているのであろうか。 「野郎共! エネルギー充填だ!」 「Jawohl!!」 高らかに轟くのは敵陣中央に鎮座する巨大兵器60センチ自走臼砲『カール改=トール』を指揮するヴィルヘルミナ・アーデライン兵長の激に部下達の呼応。 早くも両者の激突は始まった。言うまでもなく、攻め入る親衛隊の目的は進撃。リベリスタは防衛である。 敵陣へ向けて果敢に飛び込むリベリスタ側の右翼は『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の三名。対するのはオティーリエ・アーデライン上等兵率いる抜剣隊となった。対するテレジア隊はリベリスタ後衛狙いながらも、左翼への道を塞ぐように展開を始める。おそらく、リベリスタを戦場の中央部に貼り付けるつもりなのだろう。それはつまり中央に位置する巨大な自走式迫撃砲の射線となる。 「……ハッハッハ」 絶望的にすら見える戦況だが、リベリスタ達の陣営中枢に立つ金髪の男『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は、その高揚を隠しもしない。おおらかで、ともすれば飄々とロジカルに。平素の彼を知るものにはその印象こそ強いのだが、今宵の相手には懐かしい臭いがしたから。敵は彼の古巣ドイツを拠点としている。よりにもよってバロックナイツの一派でもある。更にはその中でも生粋のドイツ人であるのだから。 「ハハハハハッ!」 あの兵器の一撃を貰えば、リベリスタ陣営の壊滅は免れないだろう。 あるいは、いや恐らく『己だけは』この戦場に立ち続けることが出来るのであろうが、それがリベリスタ達の敗北を意味することに変わりはない。 構わない。いっそ上等だ。 「Jawoh。Jawohだとも親衛隊!」 故に迎えるのは、あくまで故郷の言葉で。 『闘ってやろう!』 『叩きのめしてやろう!』 『ブ チ 殺 し て やろうッ!!』 さぁ――掛ってきたまえッ!! 戦場に光が満ち――Go"tterda"mmerung(ラグナロク)発動。 ● 「ヤレヤレ」 戦局。二手目。 「何が敬意だ糞ワンコ」 胸中から零れ落ちたひとひらは、鉄十字猟犬を名乗る親衛隊へ向けて。 「メイ、いつも通りに」 「フラウ、君が居ると心強い」 もう一言は親愛なる姫君に向けて。 「ヤレヤレ」 仲間達よりも一歩先んじたフラウが剣を抜き放つ。 「テメー等みたいな連中の考える事なんて目に見えてるんすよ」 冴え渡る技巧から放たれる氷刃の嵐は、眼前に展開するオティーリエの配下達をずたずたに切り裂く。時代錯誤な連中にくれてやるものなど唾棄ですらないと。 いっそ消えてくれないか、そう思うのは本心だ。 五月、ヘキサ、フラウの前に立ちはだかるオティーリエ配下達。うち二名の身体は凍りつき、身動きがとれない。 「テメー等みたいな連中の考える事なんて目に見えてるんすよ」 その大局的な狙いも。この戦場における細かな挙動さえも。 オティーリエ達の狙いは、恐らく彼女をここからリベリスタ達の後衛に押し通すこと。 脆い箇所から狙い崩すのは常道だ。 「邪魔だぜ! 道を開けやがれッ!」 突進するヘキサから閃光が放たれる。今度の射程範囲もオティーリエ隊の全て。敵の狙いはオティーリエをリベリスタ後衛まで突破させることにあったのだろう。だがこれでオティーリエ達の動きは封じた。 対するリベリスタ達の狙いは速攻。戦場を奥深くまで抉り、機動性と旋回に劣る巨砲の左右に回り込んで乱戦を繰り広げる事にある。 この戦い――戦争は、ここで剣が交わる前から始まっていたともいえる。それは即ち情報戦であり、作戦立案である。現時点で敵が持つ情報は、この戦場に立つリベリスタのジョブが何であるかというものに過ぎない。敵はそれを元に作戦を立てているはずだ。だが親衛隊そのものは、この戦場に立つ大部分のリベリスタの詳細なプロフィールを保有している。交戦記録があるからだ。当然、テレジア達も同じであろう。机上と現場と、二つの情報が合致すれば、有効な対策を立てられてしまう筈だ。戦場が臨機応変の流動化に至れば事前の優位は消えてしまうが。 「たとえどんな作戦で来ようとも、アークはそれを上回ってみせる」 決意と共に戦場を駆ける『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は対の魔道書を掲げる。 僅かな希望であろうと、必ず掴み取って見せよう。 この戦場の一人一人とてエースであるのだから、こんな奴等に負けてなどいられない。 「どんな機械に頼ろうと、俺たちを超えることはできない!」 舞い上がる頁が描き出す魔陣。そこから生み出された第二の月は、何よりも強い『人の想い』と共に――歪な閃光が敵陣を刺し貫いた。 そんな戦場中央。左翼へと駆けるリベリスタ達はここに長く留まる訳にはいかなかった。 ここで再びテレジアが動いた。後衛を含むリベリスタ達は左翼に猛進しているが、今度の彼女の狙いは九十九ではなくラヴィアンだ。 ラヴィアンの眼前。速さは手段と。誰よりも速く駆けることで世界の寵愛を得た少女は割り切っている。 ならば何のための手段か。それは―― 「させない!」 ――護る為にあるのだから。 「賢しくてよ!」 凍てつく魔眼が少女を射抜き、その身に秘められた力を一気に奪う。 「ありがとな。ルア!」 けれど倒れない。 護るべき仲間が無事だから。その気高い意思を失うわけには往かないから。 「燃えてきたぜ!」 身体中を蝕まれながらも駆け出すルアと共に、ラヴィアンがその手に握る魔剣ヴォルカニックハートを振りかざす。 相手は本物の兵士と兵器。彼女等が行う闘争は、即ち戦争である。 それも―― 「ただの勝負じゃない」 虚空に出現した魔方陣から放たれた魔力の黒鎖は、敵陣中央のヴィルヘルミナ隊をがんじがらめに締め付けた。 「グッ、兵長。劣等だけじゃない。何人か白人が混じっている」 「コードの推定はラヴィアン。こいつは普通じゃない」 この国の運命を背負った戦争だ。この戦い。絶対に勝って見せる。 戦場右翼では、五月が身動きのとれないオティーリエ隊をすり抜け、黒鎖に蝕まれたヴィルヘルミナの兵へ向けて、五月は紫水晶の刃を振るう。 「日本人が来た。女だ」 兵もろとも。少女の剣が突き刺さったのは、唸りを上げる巨大な砲台だ。 「クッ、劣等が――!」 こんなことは悪あがきかもしれない。親衛隊に劣等と蔑まれる彼女等の力など、些細なものなのかもしれない。 この場を守り、日本を守る等という大言を吐くつもりもない。 けれど少女の決意は、剣に誓う志は揺るがない。 其れは。云うならば、共にある人を守る為―― この戦場に癒し手が足りぬなら、力を得ればいい。 何時だってそうしてきた。ただそれだけの話だ。 「覚えてくれ」 振るう剣は、己が名を刻み込む様に。 「アークのリベリスタ。メイだ」 『アイアンメイデンの戦闘記録と合致』 テレジアが呟く。 『緑髪の少女を狙いなさい。ヴィルヘルミナ。あなたは戦場全域を』 「Jawohl!!」 直後。火炎を纏う銃弾の嵐が戦場を覆う。 護るの。 テレジア隊の十字砲火がルアを襲う。 絶対。 その白い肌を穿ち、引き裂いて行く。 ―― 行って来るね―― 抱きしめた桃色の髪の少女から手を離し、はにかむように踵を返したあの日。 ルアが初めて彼女と出逢い、そうして抱きしめてから丁度二年になる。 ルアは駆け出しだったあの時より強くなっているはずだ。 帰ったら一緒にクッキーを作って…… 明滅する意識。されど運命を燃やし、従えて。少女は口元を汚す血もそのままに、歯を食いしばる。 私達を送り出してくれたエスターテちゃん。血を分けた弟。お家で待っててくれてるパパとママ。 それに、この手の中にお守りを託してくれた大切な恋人の笑顔とぬくもりを護るために!! 絶対に負けたくない! 少女は力強く眼前を見据え―― ● 「チッ……!」 舌打ち。つきたてた牙は、トールの装甲を食い破れない。ヘキサが吼える。彼が放った脚甲からの真空刃は砲台を確かに捉え、引き裂くかに見えた。 もしもそれが通常の一般的な兵器であったのなら。或いは何らかの方法で、より強固な一斉攻撃を加えれば、それだけでどうにか出来る目はあったのかもしれないが、寡兵で神秘の力を纏う巨大な兵器をどうにかするのは難しいのだろう。それに、そうした所で、どうしてもダメかもしれないという危険は残るから――これで終わりか。 「無駄ァ!」 そんなものでは壊せないと。鉤十字が描かれたシュタールヘルムの下、相手は笑みを浮かべたか。 「ドイツの科学力はァ! 世界一イイィイ!」 ほう。じゃあ。 「見せてやるよォ」 否。そうではない。そんなものをヘキサは織り込み済だった。世界一がどうしたというのか。ならば示してやる他ないではないか。其れを上回る―― 「エースの実力ってヤツをなァ!」 ステップで形勢を建て直し、彼は立て続けの二撃目を操縦者であるクロスイージスに放つ。これはもう一人のクロスイージスに庇われる形となったが、既に九十九やラヴィアンの攻撃に巻き込まれていた相手は、既にズタズタの様相だ。ここをあと一押しすれば、目に見えぬ確実な何かが手に入るだろう。 ヘキサの確信に、戦場の対極に位置する仮面が答えた。 「女子供を撃つのは好きではないんですがのう」 飄々と嘯く九十九の散弾がフィクサード達を穿つ。 「悪く思わんで下さいよ?」 その言は嘘かまことか、仮面の下の表情を窺い知る術はないが、兎も角手加減して勝てる相手ではないことだけは誰の目にも明らかだ。 敵も味方も一塊となり消耗戦を開始した。程なく乱戦となるだろう。そうなれば敵のトールや、無秩序な範囲攻撃は行いづらい。つまりリベリスタ達の勝機は一気に跳ね上がる。 だがそれは敵にとっても知れたこと。乱戦はともすれば孤立を招き、各個撃破される憂き目も有り得ない話ではない。 果たして。 いくつかの計算が狂ったフィクサード達には二つの勝機が残されている。 「あいつはイギリス人か?」 一つは犠牲を厭うアークに死者を出させること、エネルギー充填完了間近なトールによる砲撃だ。 「一人でもいい。殺してやる」 並走は可能だとテレジアは読んだ。故にその牙はレンを狙い打つことになる。 倒れる覚悟はある。けれど、それは勝利を確実なものとしてからだ。一度は膝を折、尚も立ち上がる。これで次はない。 数多の銃弾に、しかしそれでもこの場所を、この公園を守り抜く意思を固め。絶望の最中にも、勝利への決意は揺るがぬままに―― 「倒させんよ!」 「貴様!」 シビリズが立ちふさがる。黒いコートがはためいた。 「まずは私を砕きたまえ!」 砕けるものならば。そう注釈をつけてもいい。アーク屈指の鉄壁を誇るシビリズは逆境にこそ価値を見出す。今宵、ある種の狂気すら孕むその意思を、この程度で打ち砕くこと等、出来はしないのだ。 「劣等に傅くか! この恥さらしが!」 数多くの人種差別主義者達の中でも、敵はアーリア人絶対主義という奴らしい。 最早学術的にも全く意味を成さないオカルト信仰の一つなのであろうが、そのイデオロギーは確かに親衛隊の原動力の一つである。 「いいからさっさと闘争を寄こしたまえ、同郷人!!」 降り注ぐ銃弾を弾き、返す刃となって刺し貫く。 「シビリズ・ジークベルト……許すことは出来ない相手ね」 「知らぬ存ぜぬどうでも宜しい」 まとめて消し去るのみ。 流れた時間はごく僅か。互いの見敵からは未だ一分も経過していない。 オティーリエ、ヴィルヘルミナは、それぞれ辛うじて氷像、呪縛を打ち破り、リベリスタに猛反撃を加える。 フラウの氷撃になぎ払われ絶命した仲間の遺体ごと切り刻むのは鋼の旋風。 いくらか打ち破られた神々の加護は、回復力に乏しいリベリスタ達の底支えのみならず、それを恐れる親衛隊の、とりわけオティーリエ自慢の最大火力を発揮させなかったという点においても効果を発揮したことになる。 親衛隊は後手後手の対応に追われている。テレジアの指揮、策謀もこれでは上手く発揮出来ない。 この状況を打破する為には…… 「仕上がったぜえ!」 再び轟く高らかな宣言。 「雷神トール。充填完了って奴だ!」 戦慄。 ● 「走れ――」 ちりちりと大気が焦げ付く臭いがする。五月が呟く。振り返りもせずに。 「全力で只。直向きに」 時は。あと何秒あるのか。 それでも。 「向くべき方へ走って行け」 リベリスタに告げられるただの一言には、幾重もの意味があった。 直後、テレジアの『監獄』に膝を折りそうになる五月。それでも剣は離さない。 ――悪足掻きを止めはしない。 この時の行く先は。それは――ソレこそが守るべきものだから。彼女は無力ではない。 戦場の端で、シビリズは皮肉な銘々に笑みさえ浮かべる。 一撃。フラウが刻む『時の流れ』は鮮烈に戦場を覆い、オティーリエの配下は全て倒れ伏す結果となった。 「旋回なさい!」 「急げや!」 指揮官達の指示が飛ぶ。 「間に合いません!」 腕が。動かない。 「言ったろ」 絶対勝つと。この手で平和をつかみとると。 彼女が放った呪縛は、ヴィルヘルミナの配下を釘付けにし、トールの発射を僅か遅らせている。 「どきやがれ!」 ヴィルヘルミナが駆け寄り、操縦席に座る男の襟首を掴みあげる。 「殺しなさい」 テレジア隊の銃弾がラヴィアンに降り注ぐ。なりふり構わぬテレジアの場当たり的な指揮は―― 「知らなかったのか?」 俺は、マグメイガスじゃない。 銃撃はラヴィアンを打ち倒すことが出来ない。 「スーパーマグメイガスだぜ! 覚えとけ!」 再び吹き荒れる彼女の得手は、今度こそヴィルヘルミナの動きすら捉えた。 誰かの舌打ち。 開放された雷神の力が、リベリスタ達に向けられることはなかった。花の広場の奥、木々を焼き、蒸発させる圧倒的な破壊の奔流は、結局リベリスタ達を捉えきることが出来なった。 戦局は、力の天秤が一気に傾き始めた。 「爆破なさい」 「逃がさねえよ」 ヘキサが吼える。 互いに、疲弊しているとは言え、闘う力が一切残されていないという訳ではない。だが、配下を失い、決め手を欠いた親衛隊には不利な状況が訪れている。 「あの世でチョビ髭閣下に会わせてやるつってんだよ!」 「延々猿々呼ばれるのはイヤっすから」 敵の撤退が開始される。 フラウが嘯く。あとは糞犬のテレジア婆さんに一発くれてやりたい所だが。 献身的なテレジア隊は死兵のように零れ落ちながら、指揮官を守っている。 これで短い戦いは終わりだった。 勝因など決まっていた。 親衛隊がヘキサ達を――アークを舐めやがった事だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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