● 「……ったく、俺の部屋に直接来る奴は、碌なことを言わねぇな」 和室の縁側に座る巨漢は、頬杖を突きながら唸るような声で零す。普段はぴんと張った白虎の如き耳が寝そべったような形を取っている。紛れも無く、彼の機嫌が悪い証拠だ。 「まったく、酒も不味くて仕方ねぇ」 不機嫌そうに乱暴な手つきで酒をあおる巨漢。 そうした友人の姿に、銀縁眼鏡の男は嘆息をつく。 今までにもこうした状況は何度かあった。そして、その度に命の危険に身を晒すことになったのだ。 「碌でも無いこと」に巻き込まれたからではない。銀縁眼鏡の男――剣林のフォーチュナ、赤坂の肉体が多少頑健とは言え、「日本最強」と呼ばれる友人――剣林百虎が八つ当たり気味に放った拳をもらって無事でいられる保証は無いからだ。過去の経験からはっきりと言える。 「そう言っても仕方ないだろう、百虎。ほら、頼まれていた資料だ。『本隊』にも連絡してある」 赤坂は百虎に向かって、数枚のプリントアウトを渡す。 百虎は面倒くさそうにそれを受け取る。しかし、受け取った瞬間、雰囲気は一変した。 今まで寝ていた耳はピンと立ち、全身から刃物のような殺気を溢れさせる。 「鈴ノ木(すずのき)か。確かにこいつが相手なら、最悪でも気晴らしは出来そうだ」 獰猛な笑みを浮かべる百虎。その表情を見る者は、餓えた野獣を連想するだろう。 資料には長髪をオールバックにした男が映っている。青年から中年に変わる辺りの年頃だろうか。かつて『剣林』に属していたが、古風な任侠の空気を厭い離反した男だ。 「加えて、ここならアークがやって来る可能性も高い。もちろん、相応の危険もあるがな」 「上等じゃねぇか」 百虎からははっきりと機嫌が直った気配を感じる。自身の武力を研鑽する求道者であると同時に、かなりの気分屋でもあるのだ。 そして、すっかり気を良くした百虎は立ち上がると、いそいそと部屋の中に戻って行く。 友人の様子に恐ろしさと頼もしさを感じていた赤坂は、急な行動を思わず呼び止める。 「どうしたんだ、百虎」 「決まってんだろ? 向こうに酒持ってくから、適当な入れ物探しているんだよ。連中全部ぶちのめして、それを肴に一杯ってのはさぞかし旨そうだ」 さも当然のように言い放つ百虎の言に呆れる赤坂。 それを尻目に、百虎は自慢の徳利を取り出した。 「さぁて、アークの。本当の地獄はここからだぜ」 ● 次第に蒸し暑くなってきた6月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員……か。分かった、それじゃあ説明を始めるぜ」 フォーチュナの表情に浮かんでいるのは明らかな緊張。顔色が悪いのは、最近の気候で体調を崩した訳では無かろう。リベリスタ達は強敵の存在を予感する。 「あんたらにお願いしたいのは、フィクサードの討伐だ。ただ、この件にはとんでもなく厄介な相手も絡んでいる。心して聞いてくれ」 守生が端末を操作すると、そこに映ったのはリベリスタ達が想像した通りの人物の姿があった。 「白虎」の獣化因子による形象を持つアウトサイド。 国内最強とも言われる実力を持つフィクサード、「剣林派首領」剣林百虎だ。 「今回の戦場には、こいつがいる。正直、三度目だってのに、慣れやしねぇ」 フォーチュナには幻視からでも十分恐ろしさは伝わってくるのだろう。 現在、極東の神秘情勢は嵐に見舞われている。 ケイオスに継ぎ来日したリヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター以下親衛隊の存在である。彼らはジャックやケイオスと、一線を画した動きを見せていた。大田剛伝と結託した彼等は日本での活動にバックアップを得ると共に国内主流七派との武力衝突を巧みに避け、敵をアークに絞る構えを見せたのだ。 アークとしては辛くも凌いではいるが、着実に戦力を減らされている。 そんな苦境にあって、これだ。 「しかも、今までみたいな『散歩』とも違う。はっきりと『本隊』を引き連れてのお出ましと来たもんだ」 『剣林』は国内フィクサードにおいて、『武闘派』と呼ばれている。その意味する所は、武力を用いて事態の解決を図ろうとする集団であるということ。そしてその名を冠するのは、国内に跳梁跋扈する悪しき革醒者相手にそれを実行できるだけの戦闘力を有することの証左だ。 その中でも首領である剣林百虎が選んだ精鋭、それこそが剣林の『本隊』である。国内フィクサードで、これと正面向かって戦えるものなど、そう多くはあるまい。 そして、事態の困難さはここに留まらないのである。 「他の七派首領にも動きを見せている奴がいるって話だ……まったく、厄介過ぎるぜ」 七派の首領はそれぞれに強大な力を有したフィクサード。常勝無敗とも言われる魔人達だ。 彼らが世界を侵すために動き出すというのなら、紛れも無い大惨事が起きることを意味する。この上なく華々しい「絶望」だ。そして、それを止めることが出来るような存在等……アークしかおるまい。 「じゃ、細かい状況の説明に入るぜ」 守生が端末を操作すると、1つのビルが表示された。 「ここがターゲットになるフィクサード、鈴ノ木がアジトにしている場所だ。表向きは製薬会社ってことになっている」 鈴ノ木は元『剣林』のフィクサード。組織の空気が肌に合わず、裏切りを働き、元々持っていた武力を頼みにそれなりの規模の組織を築き上げたらしい。 そこへ剣林は攻め込んだ。 そこまでだったら、ままあるフィクサード同士の抗争。アークが関わる道理は無い。鈴ノ木の一派はかなり過激な性質で、『剣林』の縄張りにいる一般人にも平気で攻撃するような連中なのだ。 「だけど、そういう訳には行かなくなった。この鈴ノ木って奴は、相手が迂闊に攻撃してこないような仕組みを用意していた。アジトの会社には神秘の力で作られた爆弾が仕掛けられている。それは鈴ノ木が死ぬと爆発するようになっていて、攻め手を道連れにするようになっているんだ」 加えて、周囲の空間を歪めて、D・ホールの出現率を上げると言った副作用も付いている。 並みの神経の相手なら、確かに躊躇するかも知れない。しかし、『剣林』の連中の神経は、基本的に並みの神経をしていない。ある意味においては、『黄泉ヶ辻』以上に狂っている。神経を持たない、と言っても良いだろうか 「つまり、だ。俺達は『剣林の本隊』に先んじて、鈴ノ木を殺す事無く取り押さえなくちゃいけない。正直、厄介極まりない……この他に言葉が浮かばないぜ」 守生が目を細める。 まさしく、地獄のような戦場と言うことが出来るだろう。 リベリスタが到着するタイミングでは、既に『本隊』と『鈴ノ木一派』は交戦状態だという。『本隊』は表側から強襲を行い、百虎本人は裏側から直接鈴ノ木本人を殺しに行ったのだという。それを追いかけるのに空でも飛べればいいのだが、鈴ノ木はアーティファクトによって高度飛行を封じていた。 となれば、リベリスタ達も『剣林』の道に倣うしかあるまい。 『表側』には『本隊』と『鈴ノ木一派』がいる。互いに消耗しているだろうが、戦力は十分。リベリスタが入れば、よほどうまい手を使わない限り、間違いなく巻き込まれる。しかし、上手くここを通り抜けることが出来たのなら、百虎に先んじて鈴ノ木と接触できるはずだ。 『裏側』にはほとんど人はいない。『表側』に比べて遥かに安全である。もっとも、戦いを避けて逃げようとするものとの遭遇する可能性もある。また、百虎に後れを取る可能性も極めて高い。 いずれの道を通るにせよ、鈴ノ木と戦う際には注意が必要だ。彼自身が凄腕のクロスイージスであるのに加え、護衛にはフェイズ2のエリューション・フォースが2体いる。また、彼が死んだ場合にはビルは倒壊する。ある程度の時間は存在するとのことなので、最悪の場合に備えて、逃げる手段も考えておいた方が良いだろう。 「随分と長くなっちまったな。危険度は極めて高い。どれだけ気を付けても気を付けたりない相手だ」 まさしく地獄の戦場である。 だからと言って、逃げ出す訳にも行かない。 「説明はこんな所だ。資料も纏めてあるので目を通しておいてくれ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月02日(火)23:54 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 空に無数の魔剣が煌めく。 それは星々の輝きを宿し、夜を昼に変えようかという勢いで燦然と輝いていた。 しかし、剣は斬るもの、殺すもの。大地にいるリベリスタ達は、その凶悪な破壊力を確かに感じていた。中には、実際にその身で味わったものもいる。 元は『剣林』派の中でも鳴らしていたはずのフィクサードですら、目の前で見て息を呑んでいた。 「ほう、噂には聞いていたが……なるほど、そういうことか」 そんな中で、『痛みを分かち合う者』街多米・生佐目(BNE004013)は何やらしたり顔で頷いて見せる。実際の所は、何も分かってはいない。分かったのは、アレを喰らうと超痛いだろうな、ということだけ。だが、そこで慌てふためいたって、何が変わる訳でも無い。だったら、クールな態度を崩さずにいた方がきっと格好良い。 「日本最強」と言われる強敵の前であるのならなおさらだ。 「やるねぇ、姉ちゃん。やっぱ、やるならてめぇらだな」 単純に騙されているのか、虚勢と知った上で「虚勢を張れる精神力」を評価したのか。魔剣を召喚した男――剣林百虎は満足げに歯を剥きだして笑う。少なくとも、生佐目を低く評価するつもりがないのは間違いない。 そんな男が「日本最強の異能者」と呼ばれるのは、単に剣の腕が立つからだけではない。神秘の力すら使いこなす実力を持ってしてのことだ。 『運命狂』宵咲・氷璃(BNE002401)の水色の瞳は、静かにそのことを見抜いていた。 「あの子」が目指した道の先。 それを自分が目にすることになるなど、思いもしなかった。まったくもって、「運命」という奴は持って回ったアイロニーを好むものだ。それを分かっているからこそ、過酷な運命に抗い続けた運命論者は今日もいつものスタイルを崩そうとしない。 「名は体を表すもの……とはよく言ったものね。分かりやすい自己紹介だわ」 「ちっと小せぇが、美人に褒められて、悪い気はしねぇな。けど、まだ終わってねぇんだ。最後まで見て行けや」 氷璃は思う。この技は正しく『剣林』の名に相応しい「業」だ。 魔剣の1本1本が冥府への一里塚。この光景を目にしたものには絶望しかあるまい。 だからこそ、この技を見切ってやる。 世界が地獄だというのなら抗うだけだ。 ただ運命に流されるだけではない。運命と戦うことこそが、人が生きる証なのだから。 ● 「くっそ、こっちは手薄だと思ったのによ!」 ビルから逃げようとしていたフィクサード達が悲鳴を上げて斬り込んでくる。 「ったく、表の連中と間違われたみたいだな」 苦々しげに『鬼虎』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)は笑うと、握る刀に雷を纏わせる。自分の纏っている雰囲気が、現在表を攻撃している『剣林』の連中と似通っているからなのだろうか。彼らと袂を分かって久しいが、自分のメンタリティが「あちら側」に近しいことはこの間思い知らされた所だ。 ここは鈴ノ木という男が統率するフィクサード組織のアジト。『剣林』からの離反者が中心となって作り上げた犯罪結社だ。しかし、それも『元』と言った方が良いのかも知れない。 『剣林』が鈴ノ木一派を潰すために、『本隊』を動かしたからだ。 ここまでだったら、良くある話。フィクサード同士の暗闘は、アークが介入する理由が無い限り放っておかれるケースが多い。しかし、今回は数少ない「アークが介入しなくてはいけないケース」だった。 鈴ノ木は自分が殺されたら、相手も道連れにして殺すよう、仕組みを用意していた。しかも、それに用いられた準備は厄介な崩界を招きかねない代物だ。そして、『剣林』がそこに攻め入るということは、「相手の備えなど気にせず踏み潰す」ということに他ならない。ただの部隊長が乗り込んで来てもそうなると言うのに……指揮を執るのはあの剣林百虎なのだ。 「こちらとしては、これ以上あなた達と戦うつもりは無いのですが……仕方ないですね」 「向かって来るのなら、容赦なく切り捨てさせてもらうぞ!」 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が6枚の翼を広げて宙に浮かび上がると、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は銃と剣を握った両の腕を大きく広げて構える。 対峙しているフィクサード達は、鈴ノ木に従っていた者達だ。表側の激戦を避けて逃げ出してきたのだろう。そんな彼らに、リベリスタ達の姿はやや攻撃的に映ってしまったのかも知れない。情報収集のためにフィクサードを捕えたリベリスタ達に、他の者達も攻撃を仕掛けてきたのだ。 もっとも……戦いはすぐに幕を閉じた。 銃使い達は亘の高速機動戦闘に翻弄されて仲間と同士討ち。 拳を固めて殴りかかって来た男は、拓真の剣を躱し切れず吹き飛ばされた。 重装甲に身を包んだ者もいたが、虎鐵の持つ文字通り「桁違い」の破壊力には耐えられるはずもない。 他にもそれなりの数が襲っては来たわけだが、 「別に貴方達を殺しに来た訳ではありません……むしろ貴方の首領を助けにきたようなものですが?」 氷刃の霧の中で透き通った刃を手に、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)はフィクサードを睨みつける。その背には無様な姿で凍り付いたフィクサード達の姿があった。 少女の姿から発されるのは、年不相応なまでに強烈な殺気。 ただ佇んでいるだけにも関わらず、その瞳の奥には深淵の闇を宿していた。 「その辺にしておきなさい。早く此処から逃げたいでしょう?」 氷璃が相手にするのも面倒といった雰囲気でフィクサード達に声を掛ける。すると、フィクサード達もさすがに頭を冷やしたようだ。精神的にも、物理的にも。リベリスタ達を避けて出口を目指し始める。 「ついでにこいつも連れて行け」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が逃げる者達に向かって、先ほどまで捕えていたフィクサードを投げつける。内部の情報を得るために捕まえた男だ。生佐目の作った神秘の拷問具に閉じ込められていたためか、ぐったりとしている。 リベリスタ達がいるビルは相応の規模をしたフィクサード組織の拠点である。『万華鏡』の精査能力が如何に優れていようと、ある程度の対抗策はあり、「見えない通路」も存在した。しかし、直接現地で情報収集したお陰で多少なりとも情報を補完することが出来た。拓真が記憶してきた内部の情報と合わせれば、最短距離を進むことは出来るはずだ。 「あっは、御馳走は目の前だぜってか」 「面倒なことは避けたいよねー。ただでさえ、困った人たちも沢山来ているんだしー」 『群体筆頭』阿野・弐升(BNE001158)が肩に担いだ巨大なギロチンアックスを退屈そうに振り回すと、巨大なカレー皿を手に『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)が大きく伸びをする。 そう、アークを、日本を襲う危機はこれに留まらない。 時を同じくして、日本主流7派フィクサードの首領達が各地で動いている。 しかも、その「都合の良い偶然の好機」を活かして『親衛隊』は三ツ池公園への攻撃を開始した。 今、別の戦場にいる仲間達もまた命を懸けて戦っているのである。 そんな絶望的な状況にあって、余裕を保っていられるのは彼らの美徳だろうか。裏を返せば、それはどんな危機にも動じない強い心だ。 一方、ツァインの顔には陰りが差している。 先に話した「絶望的な」状況も理由の1つ。これから戦うべき強敵の存在を確かに感じているのも理由の1つ。しかし、どちらも正解とは言えない。答えはもっと深い所にある。 (最初は自分を偽らず伝える為に。それは死んでもやらねばならない事だった……だけど、終わった今は?) 戦士が戦場に迷いを持ち込むのは危険極まりない。迷いは判断を鈍らせ、死を招くからだ。 それでもツァインは、何故自分がここにいるのかを測りかねていた。世界を守るのがリベリスタと言うのなら、三ツ池公園に向かうこともまた正しいだろう。ただ強い相手と戦いたいという欲望であっても、ここにこだわる必要は無いはずだ。 「どうしたんです? 急ぎますよ」 「あぁ、すまなかった」 そんな堂々巡りを『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が断ち切る。 慌てて駆け出すツァイン。 その時、ビルが大きく揺れる。そして、向かう先からは何者かの圧倒的な気配が伝わってくる。弐升が喫っていた煙草を捨てる。これは前にも感じたことがある「アレ」だ。どうやら、自分達を置いて始めてしまったらしい。 リベリスタ達は互いに頷くと、改めて屋上へと歩を進める。 その中で、表門が見える窓を通りかかった時、慧架はふっと外を見てみた。遠くて良く見えないが、フィクサード同士が戦っている様が見える。そこにいるだろう友人のことを思い、そっと呟いた。 「トモエさんと本日は会えないかもしれませんねぇ……」 ● 夜の闇を炎が赤く染め変えて行く。 フィクサード達の戦いの中で火が放たれたのだろう。この程度で爆発するような柔な破界器が仕込まれているとも思えないが、『剣林』側が本格的に鈴ノ木の拠点を潰すつもりなのには間違いは無い。そして、その指揮を取る男は、造反の首魁と相対していた。 「ちったぁ、マシなもん連れているかと思ったら、この程度か?」 『剣林』派首領、剣林百虎は首をコキリと鳴らすと、拳をプラプラさせている。その足元には、岩の塊のようなものが転がっている。E・エレメント「だったもの」だ。 「この……馬鹿力しか能の無い、単細胞め……!」 悔しげに呻いているのは、鈴ノ木火槌。彼とて一角のフィクサードであり、真っ向勝負であれば大抵の相手には負けない実力者ではあるのだが、相手が悪過ぎた。 百虎自身が乗り込んでくる可能性を考えなかった訳でも無い。百虎は黄泉ヶ辻京介と意味合いは違えど、勝手に前線に立つことが多い男だ。しかし、それが赦される理由は『天敵』たる京介と真逆。「比較的空気を読むから」に他ならない。 だからこそ、『剣林』の本気で軍勢を動かすなどとは思っていなかったし、陰謀絡め手も含めれば戦い得るはずだった。しかし、こんな……七派の首領が思うが儘に暴れる夜など、誰に想像できようか! 「応ともよ! さて、そろそろ終わりと行きたい所だが……どうやら、もう一組のお客さんも来たようだ」 その時だった。若き勇士、ツァインの声が戦場に割って入る。 「百虎さん! 殺らせる訳にはいかねぇんだ! 止めるぜッ!」 屋上への扉を開き、リベリスタ達が姿を見せたのだ。 すると、場の空気は一変した。 今までこの場にいたフィクサードは、完全に剣林百虎という男に呑まれていた。しかし、新たにやって来たのは、「日本最強」という強敵に対しても臆さない戦士達だ。その新しい風が、地獄の闇を消し飛ばす。 「よぉ、百虎。会いたかったぜ……! あんたとまた戦いたかった」 「貴方が百虎さんですか……お初お見えにかかります。私は鈴宮慧架と申します。以後宜しくお願い致しますね」 虎鐵が獰猛な笑みを浮かべると、慧架は涼やかに一礼をした。 2人とも、剣林百虎の脅威は十分に理解している。しかし、その上で戦う覚悟を決めてやって来ている。だからこそ、宿した意志の力は何よりも強い。 「ほぅ……てめぇもこっち側(アウトサイド)に来やがったか」 百虎の言葉に虎鐵は無言で答える。以前戦った時には無かった、幻想種「白虎」の力のことだ。これで追いつけた等と甘いことを言う心算は無い。それでも追いつけるのなら、その高みに至れるのなら、何だってしてやる。そっと、異界の混沌より手に入れた力の欠片に手をやった。 「そっちの姉ちゃんも、話はアイツから聞かせてもらっているぜ。人の獲物を横取りするようで気は退けるが、遠慮はしねぇ」 気さくに話しかけては来るが、喉元に刃を突き付けられているような圧迫感を慧架は感じていた。なるほど、たしかにこれは手強い等と言う言葉で済む相手ではない。その一方で、「彼女」が彼を尊敬する理由も何となく理解してしまった。 その様子を見ていた小梢は眼鏡にかけていた手をそっと下ろすと、改めて巨大カレー皿を取り出す。 (前はボコボコにされたからなー、本気出すといつもああだ。今回は本気ださないで済むように出来る事はやるだけやるって感じ) 前回の敗北でも学んだ。 次は勝つ。 だけど、硬くなり過ぎず、あくまでも平常心を保ったままで小梢はグッと拳を握る。 「人気者ですねぇ、さすが。ほら、そこのあんた。今の内に逃げようなんてせこい了見見せないでもらえます?」 リベリスタと百虎が向き合う中で、弐升は目聡く火槌を牽制する。 奴が逃げればたしかに、「剣林に火槌が殺されること」はない。しかし、それでは根本的な解決にならないのだ。 「戦闘狂同士、勝手に戦っていれば良いものを……」 「生憎と百虎さんに関しては、ねぇ。殺り合いたいけど、先客いますし。群体筆頭な俺なら、この程度の引き立て役で調度いい」 皮肉げに笑う弐升の言葉に火槌は悟った。 どうやら、この連中相手に多少の権謀術数は意味を為さないようだ。であれば、もう1つの武器である暴力に頼らなくてはいけない。曲がりなりにも『剣林』に身を置いていたのだ。乱戦になれば逃げだす目もあろう。 そんな俗物フィクサードに見下すような目を向けると、リンシードは百虎へと視線を戻す。 時間も多くは無いし、始めたい所だ。しかし、その前に1つだけ確認しておきたいことがあった。 「始める前に1つ。貴方は『親衛隊』の為の陽動として利用されていますが……別に何も思っていないのでしょうか?」 リンシードは核心に切り込んだ。 誰しもが気付いていたことだ。 この夜に起きた総ては「偶然」等ではありえないということに。 「それに関しては、まぁ、リンシードの嬢ちゃんの思っている通りだわな。正直、気に入らねぇっちゃ、気に入らねぇ」 淡々と問うリンシードに百虎は決まりが悪そうに頭を掻く。 「もっとも、黒の字には義理もあるし、連中には借りも出来ちまった。だったら、その分は返すのが道理ってもんだろ」 「フィクサードに道理を説かれるとは思いませんでしたね」 生佐目が皮肉げに蛇の目を向ける。百虎はその視線を受け流す。 ただ、その一方でそれが『剣林』流なのも事実なのだろう。悪党としての最低限の矜持――外道には堕ちない――と言っても良い。もっとも、百虎は戦いにおいて容赦する男でもないし、欲望に従って悪辣な真似もするから敵を作るわけだが。 「悪党らしいことも言わせてもらうなら、だ。その中で、出来る限りてめぇらと戦いやすい状況を選んだ、ってのはあるぜ?」 単に百虎がアークに戦いを挑んだだけなら、アークは三ツ池公園を優先させていただろう。だからこそ、この場を戦場に選んだ。多少のリスクも『剣林』の人間にしてみれば、超える障害が1つ増えただけの話。 互いに誰かの掌の上にあるという、居心地の悪さはある。 それでも、その一方でこの場に立つことを望んでいたのもまた事実。であれば、最早言葉はいらない。 己の剣で語り合うだけの話。 そのためにこの場に立ったのだ。拓真は剣が構える。 思えばこの男と最初に出会った戦場と状況は似通っている。そうそう、出し抜かれてたまるものか。それは以前刃を交えた虎鐵も同じこと。 「良いだろう。元より、望んできた戦場だ」 「百虎……これから最高に楽しい戦いってぇ奴をさせてやるよ!」 「えぇ、逆凪の掌の上と言うのは癪だけれど、あの子の殉じた道が過ちでは無い事をその圧倒的な力を以て私に教えて頂戴」 氷璃がくるりと傘を回すと、その瞳に魔術の刻印が浮かび上がる。 氷の魔女は臆する事無く、強大な敵の神秘すら己の内に収めようというのだ。 「宵咲が一刀、宵咲氷璃。贋作の身だけれど挑ませて貰うわ」 「贋作だろうが真作だろうが、切れ味には関係無ぇ。てめぇが厄介な『刀』ってのは百も承知よ……存分に確かめな」 百虎が拳を天に掲げると空に魔剣が姿を現わす。 天を構成する星々――28の星宿、数多の副星――の力を宿した魔剣を呼び出す、百虎の大技「剣星大法」だ。 リベリスタ達はそれぞれの覚悟を決める。 ある者は耐え切ってみせると。またある者は、かわし切ってみせると。 その中でただ1人、別の覚悟を決めたものが動いた。 百虎のスキルが嵐となって降り注ぐまでの、ほんの刹那の間。その時を支配できるものは、この戦場において彼しかいなかった。 「日本最強」の名が彼の元にあるのは認めよう。 しかし、最速ではない。ならば、自分の行うべき覚悟は、「この戦場を制すること」。 「誰よりも速く、その矜持と共に……!」 青き6枚の翼が夜空に舞う。 「果てるまで戦い、貴方から勝利を掴み取ってみせます!」 そして、誰よりも早く、亘は戦場を駆け抜けた。 ● 天より降り注ぐ星が革醒者達の身を穿つ。 リベリスタ達の刃がエリューションを切り裂けば、フィクサードの一撃が爆ぜてリベリスタを襲う。 ここはまさしく、修羅の巷。 剣樹の中で亡者どもがひしめき合う戦場だ。 百虎の攻撃は猛虎の苛烈さを持って誰彼構わず傷つけ、逃亡を図る火槌の攻撃はリベリスタを集中的に狙った。並みのリベリスタチームであれば、とうに壊滅している。 ましてや、リベリスタの側にも治療役はいない。『神の目』の弱点を挙げるとするのなら、「危機の情報に対応出来る戦力を準備できる保証が無い」ということ。この狂った夜(バロックナイト)に立ち並ぶ魔人達の進軍を前にして、万全のサポートを保証できるほどに、アークの層は厚くない。 すなわち、リベリスタ達に赦された戦法は、帰り道の燃料を積まない自爆覚悟の神風特攻(バンザイアタック)のみだ。 それでも、ここは望み、臨んだ戦場。恐怖を勇気で乗り越えて、リベリスタ達は剣を振るう。 弐升が、拓真が、虎鐵が。アークの刃がエリューションに突き刺さる。 「前にもやったけど、やっぱりこれってしんどいなー。後で誰かにカレー大盛りを奢ってもらうレベル」 一方、小梢はぼやく。 百虎の前などと言うポジションは、人生で2回も立つような場所ではない。 しかし逆に、百虎は小梢のそんな態度に興味を持ったようだ。 「前見た時と随分雰囲気違うじゃねぇか。カレーを喰い忘れたのか?」 「逆。本気出してないだけ。出さないよ、出せばいいってものでもない」 「それこそ逆だろ。前以上にてめぇの本気を感じるぜ!」 飛んでくる拳の乱打に耐えながら、小梢はちらりと仲間達の方へと視線を送る。 火槌が倒れてくれればいつまでも無理しなくて良い訳だが……果たして、戦況は決して芳しくは無かった。護衛のエリューションを屋上から叩き落とせれば話は早かったのだろが、そうも行かない。護衛用に用意されただけあって、中々に耐久力は高い。 だからこそ、 「こういう攻撃の方が……有効です」 リンシードが牽制でエリューションを誘導する。真っ当に戦えば防御も硬く、厄介な攻撃も仕掛けてくる相手だ。しかし、自分であればその攻撃を引き付けても凌ぐことは出来る。 エリューションの腕が伸びてリンシードの身体を狙う。 しかし、その程度。 スロー過ぎて話にならない。 「面倒くさい壁役とまともにやりあうつもりはねぇっての」 エリューションが背を向ける。 タイミングを見計らって、弐升は全身のエネルギーを、ギロチンアックスへと集める。己の存在総てを強大なギロチンの一部へと変貌させ、空を振り抜く。 轟ッ 風が鳴った。 闇を切り裂き弾頭の刃がエリューションを襲う。 「更にノックバックは加速した、ってか」 確信を得た弐升は満足げに笑う。 すると果たして、エリューションは屋上からも吹き飛ばされ、空中で爆発四散する。 貧乏くじを引かされはしたが、闘争があるのならそれなりに満足は出来る。 エリューションがいなくなり、生まれた空白をすり抜け、虎鐵は火槌と激しく鍔迫り合いを行う。 「火槌も久しぶりだな……元気にしてたかよ」 「お前も含めた脳筋共が来なければな!」 虎鐵も火槌も元を正せば『剣林』に所属したフィクサードである。しかし、元の組織に対する感情は全く別物。 火槌は『剣林』で得た力以外の全てを否定した。 しかし、虎鐵は違う。『剣林』で得たものは何1つ否定していない。今なおその心の中には「武」への強い想いが残っている。 虎鐵が火槌を押し切って体勢を崩す。まさしく、本当の意味での「力」が何なのかを知るものと知らないものの差だ。 体勢を崩した所へ、亘が銀の刀身を閃かせて襲い掛かる。 一度の刺突だけではクロスイージスの装甲を貫くことなど出来はしない。 だが、それが10ならばどうなる? 100ならば、万を数えればどうなる? 雨だれですら石を穿ち得るのだ。亘の刃が火槌に届かぬはずはない。 最初は受け流し反撃を繰り出していた火槌も、圧倒的な物量の前に防ぎきれなくなる。 (傍から見れば馬鹿でしょうね、自分) さすがの速度に自身の肉体も耐えかねて、激しく流血している。万全の状況ならいざ知らず、「剣星大法」の直撃を受けて、身体はボロボロなのだ。見れば他の仲間達も同じこと。 あの人がこの有様を見ればどう思うだろう? いつものように悪戯っぽく笑うのだろうか? それとも……。 「まだ火槌は戦えるわ。しっかりなさい」 リベリスタ達の後方から氷璃が仲間達に叱咤とも激励ともつかない言葉を飛ばす。彼女の青い瞳は確かに戦場の全てを把握していた。壁は奪い去ったが、正直状況は予断を許さない。 少なくとも、火槌は七派からの独立を目論む野心を抱く程度には実力を持っていた。それでも、今のリベリスタ達ならそれを倒すことはそう難しくは無い。問題なのは、後ろで暴れる猛虎だ。命懸けで防いでくれている仲間はいる。しかし、それは同時に命をコインとした分の悪い賭け。 ツァインと小梢は既に満身創痍。この2人で無ければここまで時間を稼ぐことも出来なかっただろう。しかし、時間が残されていないことも明白だ。 だったら、自分の為すべきことは。 「水原良もマリアも元剣林。これは運命ね」 氷璃が鈴が鳴るような声で詠唱を紡ぐ。すると、彼女の手元には呪いを宿した氷の矢が現れる。 『氷原狼』の牙。奇しくも元剣林フィクサードが得意とする技でもある。 思えば同じく彼女が手に入れたもう1つの神秘、「堕天落とし」を用いる少女も同じ元剣林だ。 「へぇ、アレを使いこなすとはな」 「百虎さん、余所見をしている場合じゃありませんよ?」 感心したような声を上げる百虎。 そこへツァインと小梢を庇うようにして、慧架は百虎の前に立つ。 アークと鈴ノ木の殲滅だけを目論むのなら、百虎は延々と「剣星大法」を撃ってくるはずだ。しかし、現実はそうではなかった。そこで慧架は気付いた。この男は強大な相手ではあるが、あの子と同じ『剣林』の人間なのだ。勝利よりも勝負を優先してしまう性質がある。であれば、身体を張ってでも時間を稼ぐことは出来るはずだ。 平静を保つため、慧架は好きなお茶の話を振ってみる。 人間、不思議とどんな時でも好きなものの話をしていれば心が落ち着くものだ。 目指すべきは誰も死なせる気もなく、最強と戦い友人と競い合い、負けるも死ぬ事のない一番怖い平凡。 「所で百虎さんは紅茶、緑茶は好きですか?」 「世間話をしている場合でもねぇだろ。ま、どっちが好きかって言われりゃ、紅茶よりも緑茶だがね」 「お茶を飲みながらお話しする時間は取れなさそうなので、その内に」 百虎は腰に佩いていた刃を抜き放つ。 高まる闘気に慧架は構えを取る。 と、その時だった。 「ク、クハハハハ! フフ、ハーッハッハッハ」 先ほどまで膝をつきかけていたツァインが大声を上げて笑い出したのだ。 傷だらけの姿で大笑いする姿は、気でもふれたようにしか見えない。 しかし、何か憑き物が落ちたような、そんな爽やかな大笑いだった。見る者が見れば、運命の炎が色鮮やかに燃えているのが見えただろう。 「ここを護るのは、俺の仕事だ。もうちょっとやらせてくれよ」 ようやく気が付いた。 何でこんな所にわざわざやって来たのか。 強さへの憧れはあるが、それだけではない。あの時の罪滅ぼしなんて誰も望んではいない。この人も「借り」と評したのだ。 だったら、簡単だ。 かつての自分は、ただ強さに惹かれて集まる羽虫程度の男だった。ならば、変わらなくてはいけないのだ。他の誰でも無く、自分のために。 そして、それを見せるのなら、この男の他に誰がいる。 「お待たせした。アークがリベリスタ、ツァイン・ウォーレス。全力でお相手するッ!」 最後の体力を振り絞って、リベリスタ達は目の前の敵へと向かっていく。 ここが絶望の真っ只中、地獄の中であるというのなら、なおさら立ち止まる訳には行かないのだ。 「絶望が迫っても戦う力と意思で道を斬り拓く。仲間の命を守り勝利と生への執着を絶対に諦めません!」 「ようやく捕まえましたよ。逃げられます?」 亘の斬撃が火槌を追いつめる。そこへ生佐目の周囲を覆っていた漆黒の霧が、凝って火槌を取り込む。 それは神秘の拷問具、スケフィントンの娘。彼女に抱かれたものをあらゆる痛苦が襲うのだ。 「た、助けてくれ!」 火槌が悲鳴を上げる。苦痛だけなら耐えることも出来よう。しかし、この先に待つのは絶対的な死の運命なのだ。 「宵咲!」 「えぇ、今よ」 氷璃の言葉に拓真と虎鐵が構える。 己の刃に魂を込めて。 相手に運命の加護があるというのなら、それすらも切り裂く。 ただ1つの目標を破壊する。その一点において、デュランダルに勝る力を持つ者は無いのだ。 ● 火槌が倒れた直後、すぐさま氷璃は駆け寄って腰についていたバックルを奪う。おそらくはこれが起爆装置。これさえ、奪ってしまえば『剣林』が如何に暴れようとも、破界器の起動は叶わない。魔術知識をフルに使えばこの場での機能停止も出来たろうが、さすがにそこまでの余裕は無かった。 「さて、彼は自業自得ですし見逃して欲しいとは言いません。ただ、ビルを爆発させるのを止めて頂けませんか?」 「そういう訳にはいかねぇな。別にここを潰してぇのは、ついでってだけでもなけりゃ、ドイツ野郎どものためでもねぇ。俺にもそうしたい事情があってのことだしよ」 そういう事か、とリベリスタ達は納得した。 フィクサードがより強大な力を得るために崩界を促すような陰謀を企むことはままある。加えて、百虎は以前よりそうした真似を何度もしているのだ。故に意図して、火槌に爆発させようとした。 なにより、今晩百虎の最大の目的は、この場にいる敵全てを降すことである。 「だったら、戦いましょう。私が来たのは、貴方に一泡吹かせるチャンスがあると解ったからです」 「当然、そちらは不完全燃焼だろう? それはこちらとて同じ事。リベリスタ、新城拓真。剣林百虎に今一度……手合せを願おう!」 ビルはわずかに揺らぎを見せている。破界器の起動に失敗した『剣林』がビルごと破壊しようと考えたのだろう。そう簡単に行くとも思えないが。 真っ当な神経の人間なら戦うよりも、当の昔に逃げ出すはずだ。 しかし、不殺のために全力を抑えていたのだ。ここで戦わずしていつ戦う。 リンシードの言葉に、拓真が頷く。 「全く、弦の字といい、てめぇといい、厄介な生き方選んだもんだぜ。だが、悪くねぇ!」 百虎が白虎のオーラを燃え上がらせる。 「百虎さん、悟陽さん達がビルを壊します。もう、限界です! ……って、慧架ちゃん!?」 その時だった。 戦場へ1人の少女が駆け込んでくる。剣林のフィクサード、武蔵トモエだ。下の状況を伝えに来たのだろう。そして、久しぶりに会った友人に慧架は一礼する。本来ならゆっくりとお茶したい所だが、さすがに互いにそんな状況ではない。 「この様な状況ですが、トモエさんお会い出来て嬉しい限りです。ただ、この状況で止めるのは……難しそうですね」 そう、虎鐵の魂の震えは止まらなかった。全てにおいて百虎が上を行くのは分かっている。それでも、闘争本能を、男として生まれついてしまった本能を抑えきれないのだ。 ただひらすらに、満足する戦いを……魂が求めているのだ。 「やろうじゃねぇか。ここからが本番だ! あんたのお陰で手に入れた白虎の力をここで見せてやる……鬼蔭虎鐵……いざ、参る!」 「日本最強、今の自分がどこまで届くか、試しましょう!」 亘が百虎に刺突を放つ。相手の速さ故に簡単に当たるなどとは思っていない。それでも、当たるまで、腕がちぎれるまで戦うだけだ。 いくつかの手応えはあった。しかし突然、百虎の姿が消え失せる。 百虎が用いる文字通りの「必殺技」。百虎真剣だ。 神速故に戦う誰もが、誰もがその姿を見失う。 キィン その時、金属音が響き渡る。 「貴方の切っ先を、かわす。絶対的な暴力の渦の中でも、立ち続ける。そのために、きました」 百虎の刃を止めたのはリンシードだ。 瞬間的にはソードミラージュすら超える一撃。それでも、静から動に映る直前なら速度を支配しているのは自分だ。 「一矢報いるなら、これが一番手っ取り早いですよね?」 百虎が満足げに笑う。 もし、リベリスタ達が火槌を倒して満足するような者であったら、百虎は容赦無く襲い掛かり、勝利を掴んだリベリスタの命を奪っていただろう。 これは偶然の共鳴。 リベリスタ達は百虎と戦うことを望み、百虎もリベリスタと戦うことを望んだ。 互いの気迫があればこそ、真に戦いは成立した。 その偶然を呼び寄せた意志の力こそ、人は運命と呼ぶのだろう。 わずかな時の間に無数の刃が乱れ飛び、派手にリベリスタの血が流れる。 生佐目が放ったスケフィントンの拘束を、百虎がぶち破り刃を振り抜く。傷付きながらも、その動きは一向に衰えていない。 「それでこそだ! 死ぬ心算は無い、だが、この戦いでしか得られぬ物がある!」 それは戦いへの充足感であり、日本最強の技術。達人が出し惜しみすること無く奥義を見せる場など、戦いの最中にしかない。それらが拓真を戦場へと導いた。 さらなる境地に至るために。 「あぁ、俺もここでしか手に入らねぇものがあるから来たんだ。余所者にてめぇらを渡すかよ!」 百虎は改めて剣を構える。いつぞやの大上段ではない。正面に構える形は、相手を対等と見たが故。 再び大きくビルが揺れた。 ● それぞれに脱出したリベリスタ達は、遠くから倒壊したビルを見ていた。 小梢はカレー食べたい、と思っている。 次第に空が白んできた。さすがにこの季節は朝が早い。おっつけ、アークの回収班が迎えに来てくれるだろう。さすがに、怪我人が多過ぎる。 そして、ツァインは『剣林』が去って行った方へと呟いた。 「百虎さん……今度、剣の話を肴に……酒、呑みましょう」 絶望の夜を乗り越えたのだ。 さぞかし旨い酒が飲めるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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