●紫陽花の末路 しとしとと音も立てずに降り注ぐ雨が、公園の隅っこで咲き誇る紫陽花を愛おしげに眺める十歳ほどの少年の体を濡らしていた。どうやら少年は傘を差していないらしく、長時間外にいたのか、全身隈なく雨に打たれ濡れてしまっている。 「綺麗なお花……よし、このお花をお母さんに持って行ってあげようかな」 少年の母親は現在病魔に侵されている。 と言っても、別段死に至る病というわけでもない。 「ごめんねお花さん、少しだけ、もらってもいい……?」 そう言って少年が紫陽花に手を伸ばそうとしたときのことだった。 ほんの一瞬、世界を優しく舐めまわすように、一陣の風がその場に吹いた。突然の風に少年は目を閉じるも、特に何かが起きたようには見えない。 「何だったんだろう……あれ?」 しかし少年が異変に気付いたのはその直後のこと。 「あじさいが、無くなってる? 何で、どうして……?」 さっきまで『そこ』に在ったはずの紫陽花たちは、少年の前から跡形も無く――否、根っこの部分のみを残し、消え去っていた。 それは神隠しか、はたまた妖精の悪戯か。 答えは――。 「よう、せい……さん?」 少年が見上げた先には、宙に浮かぶ小さな『羽根の生えた生物』が一匹。五十センチほどの体長に、顔には二つの愛くるしい目が二つ。それ以外のパーツはどこにも見受けられない。 そんな『ようせいさん』が、先程目の前から忽然と消えた紫陽花たちとそっくりな紫陽花の塊を片手で持ち上げているように見える。 「……ねえ、そのお花を僕のお母さんに渡してあげたいんだ。お願いだから、僕にちょうだい、ようせいさん!」 少年の必死の懇願に、口を持たない『ようせいさん』は何の言葉も返せるはずもなく、無感情に少年を見下ろした。 「え? ……あァ……ッ」 ――無造作に放たれた【風の刃】が、暗き夕方の公園に、少年の血でできた真っ赤な花を咲かして散らす。 「……」 そして『ようせいさん』は、これは手向けと言わんばかりに、ぱらぱらと散らした紫陽花の花弁を今はもう動かなくなった『少年だったもの』に振り掛ける。 空中を躍るようにして花弁をばら撒くその姿は、どこからどう見ても無邪気に遊びまわる、一人の子供のようにしか見えなかった。 ●紫陽花の活路 「心優しき少年と『ようせいさん』がお友達になる……こういう童話、よく聞いたりするでしょう……?」 と、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は視線を落としながら静かに今回『万華』によって予測された、恐ろしき事態を語り始める。 「だけど今回は、もしかすると違うのかもしれない……」 「違う、と言うと?」 その場にいたリベリスタの一人が間髪入れずに質問をする。 「少年と『ようせいさん』はお友達になんかなれない、ということ。今回、みんなに相手してもらうのは可愛らしい『ようせいさん』の姿をしたアザーバイド。この『ようせいさん』は、男の子がお母さんのために苦労して見つけた紫陽花を、突如奪い取ってしまう……」 もしかすると『ようせいさん』にとっては単なる悪戯のつもりなのかもしれないが。 「そして挙句の果てに、『ようせいさん』は少年を――殺す」 放たれた風の刃が、少年の頭を、ぶつり。 少年は為す術も無く死に至ってしまう。 そんな悪行を、『悪戯』で済ましてなるものか。 「傘も差さずに病気のお母さんのためにお花を摘んであげる。そんな健気な男の子の頑張りが無駄になるなんて童話、あってほしくない。お願い、少年と紫陽花たちを、助けてあげて――」 イブはどこか重苦しげな表情で、リベリスタたちを送り出す……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:坂譬海雲 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月01日(月)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●花は咲き 曇天に包まれた空から絶えず降り注ぐは、雨。 それは、これから起きるであろう惨劇を想った“天からの涙”なのだろうか、それとも――。 (ゆるせないデス、こんなひどいみらいは。おかーさんのことを思って、がんばった少年のきもちが……こんなりふじんにあっていいわけがないです) 慈愛の心と闘志に満ちた、『不倒の人』ルシュディー サハル アースィム(BNE004550)の途絶えること無き“意志”の表れなのか。 リベリスタたちが此度の舞台となる公園に着いたとき、少年は丁度、やっとの思いで見つけることのできた紫陽花を詰むべく、しゃがみ込んだところだった。 「そこの少年、その花を摘むのは少し待ってくれないかな? ――悪い虫がいるからね」 天宮 総一郎(BNE004263)がそっと手を伸ばした少年に声を掛ける。 実際にオレたちが相手取るのは、そんなもんじゃないのだけれど……事態は急を要するため、細かく説明する時間も意味もない。 と、総一郎は考えていた。 「……え? どういうこ――うわっ!?」 「みなさん、来マス!」 ――少年の言葉を攫うかのように、一陣の風が吹く。 それは少年にとって単なる突風でしかないものだ。が、リベリスタ達にとっては、突風即ち開戦の狼煙。 その場にいたリベリスタ全員が、適度な緊張とそれぞれの得物を携えて。 「さあ皆さん、始めますよ?」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の言葉と共に、迅速な行動をすべく、少年を眼下に置く小生意気な『ようせいさん』目掛けて――動き出す! ●妖精は舞い 「…………?」 出現すると同時に動き出すリベリスタたち。 まるで初めから知っていたかのように行動する彼らに、『ようせいさん』は無言でありながらも確かな疑念を抱かずにはいられないでいた。 それもそのはず。 何せリベリスタ達は、“この戦いを事前情報として既に知り終え”、“この戦いのためだけに日夜作戦を練り”、“この戦いのために覚悟を決めて望んでいる”のである。 だが、そんな裏の事情を知る由も無い『ようせいさん』には、此処に彼らが居合わせたのは単なる“奇跡”、又はそれ同様の事象としか映らない。 だから考える、『ようせいさん』は考える。 己の愛する悪戯を完遂するために、己が今取らねばならない行動は――。 「……!?」 しかしまあ、結果的には。 「『ようせいさん』……“命”を賭けた悪戯をしたいようですね? ならばその願い、私たちアークが叶えましょう!」 そう疑念を抱いてしまうことが。 そう対策を練ろうとすることが。 既にある種の失敗であったのだと『ようせいさん』は瞬時に理解する。 「……ッ!」 少年を救うため。 敵の気を引くためか、「UEEEEI!」と奇怪な叫び声と共に瞬く間に『ようせいさん』へと距離を詰め、『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)は刀の柄に手を掛けたかと思えば――疾風居合い斬り――気付けばその刀身は、もう既に宙を斬り“終えて”いた。 ようせいさんはこれを、持ち前の身軽さを以って何とか後方へ回避しようと試みるも、その身に刃先を僅かではあるが迎え入れてしまう。 加えて、あまりの急激な動きにすぐさま反撃へと転じることができず、折角奪い取ってやった紫陽花をも地面に落としてしまった。 「……ケガは、ないデスカ?」 「――えっ、あっ、うん……あの、えっと、あっと! 僕の紫陽花さんがっ!」 「フフ。ダイジョウブです。あんしんしてください。キミもあじさいも、ぜんぶボクタチがまもりますから」 「……あ……ぅ……う、ん」 麗華の危険を顧みない特攻が作り上げた隙を縫い、少年を『ようせいさん』から庇うようにして間に立ち塞がったルシュディーは、柔和な笑顔で状況を呑み込めずにあたふたと視線を泳がせる少年に語りかける。 彼の笑顔から流れ出す平和的なオーラが、少年を少しだけ落ち着かせた。 「……!」 ただでさえ、玩具である紫陽花を手放してしまったというのに。 この上さらに悪戯対象である少年を奪われてなるものか。 どれだけ歪ませても可愛さしか感じられない表情で、『ようせいさん』は風の刃をルシュディ―目掛けて放ち、眼前の麗華に対しても同じようにして風を繰り出した。 「そうはさせマセン!」 ルシュディーは少年を抱えたまま横に飛び、空気を裂く刃を間一髪のところで避けるも、 「――くっ! ……こんなもの、ただの掠り傷です!」 速攻を仕掛けたばかりの麗華は満足な回避行動ができず、斬撃に身を晒してしまう。 「ルシュディーはよくやってくれた! 少年の“お守り”はわしに任せぃ!」 仲間の勇姿を労って、大斧を担いだ『抜けば玉散る氷の刃』五郎 入道 正宗(BNE001087)が、大斧という得物を振るうに相応しい大きな手腕で少年を優しく抱きかかえる。 「少年! ココから先は、お姉ちゃん達に任せておきな!」 聖星・水姫(BNE004579)は抱えられた少年の頭をそっと撫でると、 「そんなに“遊びたい”なら、私たちが相手になってやるんだぜ?」 と、『ようせいさん』に鋭い眼光を向けた。 「へへっ、そういうワケで相手してもらうぜ! つか、ちびすけより小っちぇークセに随分生意気じゃねェか、オマエ!」 「その通りです……『ようせいさん』? さすがに、おイタが過ぎますよ?」 何度避けられようと、風刃に刻まれようと――闘志の如く燃え盛る両の拳を『ようせいさん』の真正面から打ち込んでは敵の行動を牽制しようと立ち回るコヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)が高らかに吼え、『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)はピンポイントによってコヨーテの攻撃を避けることに意識を向けざるを得ない、『ようせいさん』の四肢を撃ち抜く。 これにより、万全たる布陣は整った。 「…………」 しかし依然として『ようせいさん』は様々な方向から連携的に降り注ぐ攻撃に対し、下がる姿勢を見せることはなかった。 むしろ、奪われた玩具を全て取り返そうと考えたのか、悪戯を越えた本気の攻勢に転じようと空を舞う! 「さてとここらが正念場、皆さん、終わらせますよ……?」 「目標は『ようせいさん』――ええ、速やかに排除しましょう」 総一郎とレイチェルも各々の武器を目標に向け、対処の姿勢を見せる。 ●人は憂い 「ちと怖いかもしれんが、なに、わしがきっちり護ってやろう」 正宗は快活な笑みを見せ、両腕の中で小刻みに震える少年の心を落ち着かせようとする。 (できれば此処からさっさと離れてしまいたいんじゃが……) どう考えても、玩具を手放す気のない『ようせいさん』がそれを許すはずもなく、少しだけ距離を取ることに落ち着くしかなかった。 「…………ッ!」 膠着する暇も与えず、早くに動きを見せたのは『ようせいさん』。体中に鋭利な風を纏うと、極めて小柄な体型を生かし、緩急をつけながら飛び回る。そしてリベリスタ達の視界から外れるや否や――! 「うおぉっ!? 痛ぁッ!」 急降下しながらコヨーテの懐を駆け抜ける。 ただしその身に纏われているのは、風刃。 その風は最前線にて牽制の意を込めた殴打を繰り返す、コヨーテの腹部を抉るようにして切り裂いた。 「――んな簡単に、負けてやるかよ……ッ。たとえ死んでも、俺は負けねェッ!」 切り裂かれた腹部から身体中を奔り抜けた激痛が、これまでに受けた幾つもの小さな痛みと合わさって、コヨーテは膝をついて倒れ込みそうになるも、奥歯を噛み締め地面を叩き、自らを叱咤激励して何とか踏み止まる。 リベリスタ人生初の戦場にて、運命の力に頼らずして立ち上がる男を、ルシュディーが労う。 「そのイキですよ、コヨーテサン! ワタシがキズをいやします!」 そして謳われるのは清らかなる賛美歌か。 神々しくも儚く。それでいて力強きルシュディーの歌声が世界に響き渡る時、コヨーテを筆頭とした全リベリスタたちの傷を少しずつ塞いでいく。 「……ま、これで振り出しに戻ったって感じだよな?」 「そのようですね。ではでは、私たちは私たちの戦いを始め直しましょう? 鬼さんこちら、手のなる方へ――」 みなぎる闘気に水姫は笑みをこぼし、敵の気を引くために麗華は陽気に歌を口ずさみつつ園内を駆け回る。それに続くようにして、他のリベリスタたちもあちらこちらへと散っていく。 「……? …………!?」 少年を取り返そうとするも麗華らによって注意を散漫にさせられ、『ようせいさん』はその場でくるくると回り始める。 その隙に、正宗はその巨躯を駆使して少年に戦いの場を覗かせないようにしながら、じわじわと距離を開かせていく。 (目指すは公園の外。敵の気を引く仲間たちに報いるためだ、この身に代えてでも少年を死守せねばならんな?) 少年への気遣いを欠かすことなく。 敵の動きからも目を離さず。 かつ敵との絶妙な距離感を維持しつつ隙を見て距離を開かせ。 最終的には、少年の避難を完遂する。 「――ふむ。ある意味、敵と戦うことよりも神経を使う仕事じゃのう。……なあ少年、そうは思わんか?」 「……えと、はい……?」 正宗の問いかけに、そんな裏の状況を知りうるはずも無い少年は曖昧に頷くだけ。 「まあ、そうじゃろうなぁ……しかし少年、これだけは覚えておけ? 誰かのために戦うのは、大変なことなんじゃと」 「……う、ん?」 少年は、やはり曖昧そうに頷くことしかできなかった。 「しかし、予想以上に耐えますね。あの小柄な体躯のどこに、そんな体力が蓄えられているのやら――はッ!」 予想もしていなかった長期戦に、やれやれ……と髪を撫でると総一郎は魔弓に矢を番える。 「相手の体が小さかろうが、これなら扇の的ほどじゃない……ね」 ヒュッ、という小気味の良い風切り音を立て飛んで行く矢。 1$シュート――たった一枚の小さなコインでさえも撃ち抜ける精度重視の一矢が、佐里、コヨーテ、麗華、水姫ら前衛陣に引きつけられ後方への意識が向いていない『ようせいさん』の片翼を穿つ。 「……ッ!?」 鳥は片方の翼だけで飛ぶことなど到底できやしない。それはアザーバイドたる『ようせいさん』も例外ではなく、バランスを崩された『ようせいさん』は、それを取り直すこともできずして一気に落下していく。 それは、片翼だけの天使よろしく片翼だけの妖精とでも称すればよいのだろうか。 地に落ちた『ようせいさん』は、平衡感覚を失った生物のようにふらふらと足元を彷徨わせながらも、辺り構わず風刃を放ち始めた。 「おっと! まだやれんのか!」 水姫は横っ飛びで縦横無尽に飛来する刃をかわし、他リベリスタ達もそれに倣って避けていく。 「しかしこのままでは埒が明けません! それに、いつあの紫陽花に当たってしまうか……!」 佐里の言うことは最もだ。目的無く飛ばされる風の刃を避けることは難しくないし、万一当たったとしても回復ができればさほど致命傷にはならないだろう。 が、目的無く飛ばされる刃の行方を限定することは当然難しい。翼が無くなったことによる弊害、というやつだ。 「――く、そうはさせません!」 レイチェルは敵の攻撃を顧みることなく、『ようせいさん』に向かって駆けた。途中、数発ほど傷を負うことになったが、そんなものを気にしてはいられない。 「そういえば、総一郎さんが初めに言っていましたね、この妖精を“虫”、と――」 『ようせいさん』は気付けば目前に迫る勢いでこちらに近付いていたレイチェルの姿に今になって気付く。すぐさま狙いを定めるも、バランスを取り辛くなったこの体では満足に狙い打つことはできない。 後方には、今が好機と駆け出したリベリスタ6名と。 「遅くなって済まんのぉ? じゃが、少年の避難は無事完了した。頭がこんがらがって疲れてしまったのか、公園の外で寝ておるよ」 任せられた護衛の任を終え、どこから取り出したのかすら不明な大斧を担ぎし大男・正宗の計7名全員の姿が目に映る。 先ほどの言葉を訂正するのなら、今か。 ――これにより、“真に万全たる布陣”は整った。 最前列へと躍り出たレイチェルが放ったのは、敵を絡め取ることにこの上無く特化した――トラップネスト。 「……“虫”を捕まえるなら、やはり網が一番ですね?」 『ようせいさん』の姿が網にかかるのを見届けて、後方を見ゆる。 「いや、“虫”というのは説明を省くための――まあ、いい!」 「ええ、そんな些細なことなど、今は気にしなくてもいのです!」 ――動くことすら叶わない敵に向けて総一郎により放たれたのは、この上なく無慈悲な、逃れる暇すら与えない“不可避”と謳われし魔弾・アーリースナイプ。 ――そんな魔弾に撃ち抜かれ、痛みに悶える瞬間を与えないようにして。 麗華は闘気を爆発させたかのような、ただただ威力のみに特化させた、対象の生死を掌握すると言っても過言ではない一撃・デッドオアアライブを轟音と共に叩き込む。 かくして。 救い無き童話は、ほんの少しだけ――少年に関しての結末を変え、幕を閉じることとなる――。 ●人は言う 「みなさん、僕のために戦ってくれていたんですね……あの、本当にありがとうございます」 紫陽花の花を数輪だけ摘み取って。 感謝の言葉を述べた少年は、照れくさそうに少し笑った。 朗らかで、純粋さに満ちた、歳相応の笑み。 ――それは、本来であれば見ることすら叶わなかったであろう、そんな笑み。 「いいってことよ! それよりも少年っ、お母さんのために何かしたいなら、まずは自分を鍛えることから始めようぜ! 最初は誰だって弱ぇんだ、だからこっから強くなれ!」 コヨーテは純粋な“強さ”を語る。 「そうじゃのう……もしかしたらいつか、おぬしのお母さんが怖い目にあうときが来るかもしれん。お母さんが好きならそのときに助けてあげられるように自分を鍛えるのじゃぞ。体ももちろん――勉強もな?」 正宗は守るための“強さ”を語る。 二つの強さは似ているようで違う。 降りかかる火の粉を払うための強さと、火の粉が舞う前に火元を消すような、そんな強さと。 語りし強さは異なれど、二人が抱く強さは同じ。 であるからこそ、彼等はリベリスタとなり、こうして少年を守ることができたのだから。 「そーそ、でもよ、強さっていっぱいあるんだぜ? 精神的な強さとかも、な?」 水姫は少年の胸の辺りを、人差し指でトンっと突く。 「……ところでお姉ちゃん、何でそんなかっこうしてるの?」 「ん? スク水パーカーのことか? これからはや――」 「まァまァ、とりあえず強さって何か、考えてみるといいぜ、な?」 「う、うん?」 これ以上は子供の教育的にまずい! そう考えたコヨーテは、水姫が言い切る前に口を塞ぐ。 「ははは……。あぁ、キミの強さも大事だけど、まずはお母さんを元気にしてあげなきゃ、ね?」 佐里はそう言って少年と正面から目が合うようにしゃがみ込み、微笑みながら頭を撫でてあげる。 けれど少年は首を傾げて、 「あれ、どうしてお姉ちゃんが僕のお母さんのこと知ってるの……?」 「――ふふふ。あのね、世の中には不思議な事があるんだ。だから、秘密にしておいてね?」 「代わりに、キミが公園の花を摘んだ事は黙っていよう。どうだい?」 レイチェルの言葉に頷くかどうか悩んだ少年は、総一郎の言葉に頷かざるを得なくなり、「絶対内緒にしてね!」とだけ残し、逃げるようにして去って行く。 「アララ、行ってしまいマシタ……んー、大丈夫でショウカ?」 ほんの少しだけルシュディーは懸念する。 自分たちの存在が他者に不必要に知れ渡ってはならない。だからこそリベリスタ達はいつも人目を気にして行動しているのだ。 「平気だろ、子供って案外そういうのはきっちり守るもんだぜ? 『言うな』と言われればどうしても言いたくなっちゃうもんだけど、そこはほら、総一郎さんが、な?」 水姫はにやり、と笑って総一郎の方を見る。 総一郎は眼鏡をくいっと動かし、何のことやら、ととぼけてみせた。 「……私、思うんですけど」 独り言のように呟いたのは、つい今しがた少年を諭したばかりのレイチェル。 「本当は、『ようせいさん』も紫陽花が欲しかっただけなのかもしれませんね。そのために、先に摘もうとしていた少年を、どうしていいか分からず、過って殺してしまった……とか」 行き過ぎた“行い”が自らの身を滅ぼすことは、世界に遍在する幾編もの童話を通して描かれてきた一つの戒めである。 この物語が“子供たちに善悪の判断力を付けさせるための童話”であるのなら、その終わり方は二つしか存在しないだろう。 ――主人公が良い行いをし、良い結果を得ることか。 ――主人公が悪い行いをし、悪い結果を得ることか。 善悪の二極。 だとすれば、『ようせいさん』がしようとした“悪”戯は『悪』であり、それを止めたリベリスタたちの行いはれっきとした『善』であり。 「……何と言いますか――もしそうだとしたら、後味が悪いお話ですね」 麗華はそっと俯きながらも、レイチェルの考えに微かな頷きを返す。 「じゃが、しかし……」 ばつの悪そうな顔付きをした正宗は、白頭を掻きながら言葉を漏らす。 どれだけ後味が悪くとも、それは不変なのじゃろうよ……。 ――と。 おしまい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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